本作はマダラマゼラン一号様・作 【#ザビケ】SUMMER TIME SERVICE 第一話「猫と恐竜の夏休み」 の第二話となります。
第二話「起源と機嫌と紀元前」
言うなれば、蝿。
いやそれは断じて目の前で跳びそうで舞いそうな黒い令嬢のことではなく。ていうか、そんな比喩表現使ったらわたしの眉間に風穴不可避。
『チサトくん、○○とか、××とか、好きなんだよねえ』
憧れている人にそう言われて嬉しかった。
『じゃあそういうふうに描けばいいのに』
憧れていた人にそう言われて心が折れた。
勿論、折れるまでには色々なことがあったはずだけど。
ああ、わたしにはきっと無理なんだと思ったのは、間違いなくそのタイミングだ。
何が無理だったのかなんて明確に言葉にすることはできないけど、わたしはそれはもう無様に何もかもを投げ出して田舎に帰った。東京でしゃにむに頑張っていた中で生まれた全ては、もうわたしにとってどうでもいいものとしか思えなかった。
でもさ。
七年前のわたしだって同じだったよね?
漫画家を目指していたわたしは、ド田舎の全てを振り払って上京したんじゃなかったっけ?
それなのに、今わたしはそのド田舎にいる。
寄る辺が無かったとか東京が嫌だったとか理由は色々あっても、そのかつて振り払ったはずの生まれ故郷に帰ってきている。
それはもしかしなくても、ここがわたしの起源(ルーツ)ってことなんだろか。
わたしは結局、心のどこかで故郷(ルーツ)へ戻ることを考えていたんだろか。
アイツになんて言ったっけ?
自分の好きなものを、自分のルーツを在り来たりに表現はできない。
でもそういう風にやれてる連中はどんどん認められ、駆け上がっていく。
殺したいよ? ああ、本当にそういう奴らは殺したいと思う。
でも殺せないんだ。だから花森千里は殺したいって吼えてるだけの意気地無し。
わたしに半端に根付いた常識は、わたしの情動にクソ生意気にも歯止めをかけてきやがるんだ。
あー。
くそ、クソ、糞。
だから蝿。
いやまあ一応これでも乙女だし、せめて蛾ってことにしとくべき?
求めるものはすぐそこにあるはずなのに手を出さない。わたしは手を出すことができないのに、手を出さないだけだなんて言い訳をし続ける。だからそれが本当に求めているものなのかどうかもわからないまま、ただフラフラと集るように飛び続ける醜い蛾。
まるで優雅じゃない田舎(ルーツ)に、誘蛾の如く引き寄せられたのがわたしだった。
現れたそれは、果たして“あの日、あの場所”のそれと相違なかった。
太陽に照り映える鱗と兜のように頭部を覆う黒い装甲。それは一般的に恐竜と呼ぶべき体型をしていたとしても、きっと世間で知られているあらゆる種と趣を異にする。
そもそも恐竜なんて現代にはいない。ならばその時点でそれは奇異以外の何者でもない。
「チ、確かにアンデッドは大した生命力だと聞くけれど──」
お嬢様の声が奔る。
しなやかな両足が大地を蹴り、その黒衣が空を舞う。5メートルぐらい跳んでない!?
宙で逆さになりながらも微塵も捲れないスカート、同時に両手に携えた短銃が火を噴く。一発、また一発、その度、目の前の恐竜の腕が、足が、パッと閃光を放つ。
見惚れる余裕なんて当然無い。
「──微塵も効かないってのも苛つくものねっ……!」
幾度の銃撃にも揺らがない恐竜は、驚くほどわたしの記憶の中のそれと変わらない。
実のところ、恐竜の視線はわたしにしか向いていなかった。その理由を鑑みると、ノアお嬢様の正体が何たるか判然とするというものだけど、それ以上にわたしは喉をカラカラに乾かせてジリジリと後退りするしかないのだ。お嬢様は手足の一本程度は覚悟しなさいと言っていた。いや冗談じゃないわ、ナメック星人じゃあるまいしそんな覚悟できるかァ!
そして先の言葉通り、お嬢様は恐竜の気を引くべく立ち回っている。
わたしを守る為? 何それこそばゆい、こんな状況でなければ惚れちゃいそう。
「違う……っ」
そんなこと言ってる場合じゃない。
どういう理屈かわからないけど、お嬢様はあの竜と互角にやり合えている。
その身体能力おかしいでしょとか銃刀法違反じゃないのなんてツッコミはさておき、でも違うんだ。
情けなく恐怖でカタカタ揺れる膝に鞭打ち、わたしは何とか体を起こした。今見せているのがあの竜の全てじゃない。それをわたしは知っていて、きっとだから恐竜もわたしだけを狙っているんだと思う。それを伝えなければ、お嬢様にはそれを知ってもらわないと。
それが浅はかな考えだとも気付かず、わたしはよたよたと戦いの場に駆け寄ろうとして。
「お嬢様! そいつは──」
「……愚図」
そんな小さな声を聞いた瞬間。
まるで鞭のように頭上より振り下ろされる竜の尾を見た。
(あ、死んだわ)
なんかもう、無様なぐらいそれを理解した。
まあ子供の頃には探検しまくったのは事実だけど、特に思い入れなんて無かった。
裏山っていうのは文字通りの裏山で、小学校の裏にある山ってだけ。未来のタヌキ型ロボットが大がかりなひみつ道具でも出してくれない限り、子供の遊び場にも大して向いてない小高い山だ。
山道の途中に小さな博物館があるけれど、それは田舎町の博物館って単語をそのまま形にしたようなボロっちい建物でしかなく、いや今考えたらこの街の数少ない子供にとってこれまた数少ない娯楽施設だったかもしれないと思うのだけど、わたしもユウマも入り浸り過ぎて小学校の高学年になる頃には、目を閉じても順路を歩いて抜けられるぐらいになっていた。
要するにそれぐらい見るところの無い場所で、カナデ様は何故そんなにも通い詰めるのだろうと聞きたくて仕方が無かった。
山道の途中には他に神社もあるけど、神社って正月に10円玉投げる場所でしょ?
『進化というものを間違っとる』
いつだったか、今でも大人気を博す世界的なモンスターゲーム、当時この街に存在したのはなんとわたしとユウマ共用の本体一台だったけど、それをユウマの家の和室でやってたわたし達に、あのジジイはそう言ったんだ。
頭の固いジジイ、そうとしか思えなかった。いや今でもそう思ってるけど。アドバンス無しで当時の小学生が生きていけるかァ!
だから結局、わたしとユウマがあのつまらないことこの上ない博物館に入り浸るようになったのはジジイのせいなんだ。だけどいつしか行くのが当たり前になって、つまらないと知りつつもあそこに行くこと自体がある意味で生活の一部になっていた。
『お前らに本当の進化というものを教えてやる』
進化論、という概念は多分、今時のガキなら言葉は知らずともなんとなくイメージは付くと思う。
かく言う花森千里もその一人で、展示物こそ大したものが無い癖に、地球の生命の歴史だの進化だのばかり紹介していた博物館の影響もあってか、当時小学生だったわたしも漠然と猿から人間が生まれ、恐竜は鳥になって、みたいなことは漠然と理解していた。そこから10年経った今でも、その辺の理解は全く変わっていない気がするのが問題かもしれないけど、それはまあ今は置いておくとして。
そして進化ってのは数年単位で起こるものじゃなく、少なくとも人類が文明を築いている間に変質するなんて短いスパンの話じゃないことも知っていた。環境とか生き方の変化とか利便性、そういった様々な要因に晒される中で何代、何十代もかけて変わっていく、そう教わった。
わたしとユウマを博物館に何度も連れ出したあの偏屈なジジイに、春川某にそうご教授遊ばされて頂きました。おっと誤用。
当然だけど感謝なんてしてない。
だけど当たり前。生物の進化なんて常識だった。
あの頃は。
あの時までは。
「愚図には言葉がわからなかったようね」
いや言い過ぎでしょ。
と言う以前に、わたしは目の前の光景に圧倒される。
ノアお嬢様は年齢も体格もわたしとそう変わらないはずなのに、撓るように打ち付けられた恐竜の尻尾を両手の銃底を盾代わりとして受け止めていた。
「えっ……あっ……」
嗚咽は驚愕からか安堵からか。
自分が生きているらしい事実からか、わたしはよたよたと数歩後退してまた尻餅を着いた。
ああもう、今のわたしってば無様なぐらいヒーローに助けられるモブ村人その3。むしろ余計なことして主人公に迷惑をかける無能キャラまである。
「あんたが色々と知っていることには驚かされたけど」
ギリギリと。
恐竜が押し込もうとしてくる尾を、ただ己の膂力のみで拮抗するノアお嬢様。
「……メイドに助けられるほど落ちぶれちゃいないのよ」
お嬢様の足がグッと沈む。素人のわたしから見ても蹴り飛ばすつもりなのだとわかる。
だけど、この馬鹿でかい恐竜を?
わたしと変わらない体格の女が?
そもそもシスタモンって何なの?
全ての疑念は、お嬢様がその足を振り上げて恐竜の尾の付け根に炸裂させた光景を前にすればどうでもいいことのように思えた。
巨大な体躯がコマのように回転して吹き飛ぶ。
何だこの売れ筋漫画の1話のような光景。
地響きと共に現れた茂みへ文字通り舞い戻った恐竜の肉体は、奴が現れたであろう──それもまた記憶通りだった──掘り返された大地の窪みへと沈んだ。
そこに腕を交差させて短銃を構えたお嬢様の声が飛ぶ。
「ブレスファイア」
火を噴く銃口から同時に放たれるのは、一片の肉塊をも残さんという絶対の殺意。
濛々と煙を噴き上げる周囲一帯。私は相変わらずモブの役割で、無様に尻餅を着いたまま動けなくて。
倒した。そうではないのがわかってしまって、わたしが。
「お、お嬢様……多分、まだ」
「花森」
言い終える前に、お嬢様は被せるように振り返らず言う。
「私はね、同じことを二度言うのは嫌いなのよ」
機嫌が悪い時と同じ声音。
煙は未だ晴れない。
だけどお嬢様は銃口を逸らさない。
知っている。ノアお嬢様はこれで終わりではないと知っている。だって彼女は最初から「アンデッド」と言っていた。対峙した怪物は未知の種とはいえ恐竜の姿をしいているはずなのに、シスタモンノワールはそれを不死者(アンデッド)と呼んだのだ。
「メイドに助けられるほど落ちぶれちゃいないのよ」
お嬢様が向ける銃口の先。
晴れる様子の無い土煙の中。
忘れない。
ああ忘れられない。
“あの日、あの場所”と同じ。
翠の目が、わたしに向けて光っていた。
発端は知らない、思い出せない。
博物館に飽き始めた頃だったから、もしかしたら肝試しだったのかもしれない。それとも裏山にジジイが何かしら目的があって向かう時、話し相手かあるいは以前のように知識をご教授する為の相手としてわたし達を連れて行ったという可能性だってある。
だけど10年以上前、ジジイがわたしとユウマを連れて“あの日、あの場所”を訪れたのは確かだった。
『馬鹿な、有り得ない……』
『うひゃああああああ!?』
ジジイの呻きとユウマの悲鳴、どっちが先だったんだろう。
ユウマを煽って引っ張ってきたわたしだって息を呑んだんだ。ていうか、アイツには言わないけど単に都合良く記憶を改竄してるだけで、実は情けない悲鳴を上げたのはわたしだった可能性だってある。
ド田舎の山道、それもそこから外れた雑木林に電灯なんて洒落たものはない。木々の間から差し込む僅かな夕日と、三人がそれぞれ持った懐中電灯だけが頼りの薄闇の中、雑草ごと赤茶けた土が掘り返されており。
そこには。
そこには決してあってはならないものが。
『恐竜の、骨……!』
博物館で見飽きたティラノサウルスの骨格レプリカに酷似したそれ。
だけど有り得ない。だって十数メートルに渡り土が掘り返されている上、そこに横たわっているのは余すことなく全身だ。ガキだったわたし達だって知っている。恐竜の化石なんてものは揃って出土することなんてない。粉々に砕けてしまっているのが当たり前で、それらを大切に丁寧に収集、検証することで初めて化石として認知される。足や尻尾の一部しか見つからないなんてことはザラで、全身骨格が発見されるなど極めて稀なんだ。
もう一つ、いや正確にはもう二つ。
『有り得ない……』
ビックリするほど語彙の無いジジイの視線の先。
ドクンドクンと。
化石のはずのその竜の胸部に、脈動する心臓があって。
ボロボロと。
竜の口元から転がり落ちる幾つかのボール大のそれらは、理科室で見る人体模型の頭部にしか見えない程度には現実感が無くて。
そして。
月が。
翠の月が気付けば私達を照らしている。
『嘘……』
無音。無言。無慮。
本当に想像を絶する光景を前にすれば、人間なんて唯々圧倒されるしかないんだと思い知る。
ユラリと天を覆うその巨体は幽鬼のようだけど、小高いビルのような巨体はその実骨格のみであるため私達に影が差すようなことはなく、その向こう側に黄色い月が見えている。
黄色い月? じゃあこの翠色は?
『有り得ない……』
ああ。
なんて語彙の無いジジイ。
“あの日、あの場所”。
骨が。
骨格のみで動く巨大な竜が。
その翠の瞳で、私達を見下ろしていた。
「お父様が欲しがるわけね」
笑う。
ノアお嬢様はどこまでも余裕たっぷりに。
だけどわたしは動けない。
ハッキリ言って恐怖だけ。蛇に睨まれた蛙、猫を噛めない窮鼠。
だって殺される、間違いなく殺される。
先の橙色の竜とは違う明確な殺意の塊がそこにいる。
どうして逃げないの?
逃げましょうって今すぐ言いたいのに。
どうして驚かないの?
それはもう常識で計れない存在なのに。
どうして私を守るの?
あまりに意味がわからないことだらけ。
「極上のアンデッドだわ……スカルグレイモン、か……」
お嬢様の前、けれどお嬢様ではなくわたしだけを見つめて。
かつて“あの日、あの場所”で取り逃がしたわたしを。
哀れにも狩り場に戻ってきた極上の獲物を今度こそ狩らんと。
煙が晴れる。
起源に戻ったわたしを狙って。
機嫌の悪いノアお嬢様の前で。
紀元前の存在に近しい恐竜が。
人を喰う白骨竜が、そこに在った。
SUMMER TIME SERVICE 第二話「起源と機嫌と紀元前」
次回に続く……
【後書き】
初めて読んだ時、めっちゃ続き書きたいけどマダラさんの作品の続き俺に書けるかなって恐怖に怯えた数ヶ月前。
メチャクチャ悩みましたが、2話を書き上げさせて頂きました。“あの日、あの場所”って何だよあの時があったら小田和正だよと唸りつつ、不死川だしアンデッドが絡むんだろうなと考えて考古学者であるジジイも込みでこういった解釈をさせて頂きました。アンデッド型(白骨の奴)デジモンが化石の要領で現実世界に出土(リアライズ)するという奴ですね。
最初に現れた恐竜はグレイモンで、“あの日、あの場所”より餌(人間)を喰えなかったが故にエネルギーが足りず退化していたようなイメージです。ジジイが“あの日、あの場所”を引き摺っていたのは、人が喰われていたことと、デジモンの進化(退化)を目の当たりにして今までの常識が覆されてしまった、みたいな。
チサト女史がちょいダジャレ込みのおちゃらけた感じになってしまったのは私の責任だ……だが私は(ユウマ君の出番が無かったこと以外)謝らない。
それでは2話書かせて頂きました。マダラさん、2話すげえ書きたくなる1話をありがとうございました。
・
『進化というものを間違っとる』。すげえ、思い描いたジジイだ……おれはこのジジイが見たかったんだ。
というわけで、『Summer Time Service』2話。とても楽しく読ませていただきました。こちらの拙いパスをスマートに受け取っていただき本当にありがとうございます。感想という名の魂の叫びをここにしたためさせていただきます。
まず冒頭のチサトのモノローグがよすぎるんですよね。彼女の挫折の経緯には自分が抱えているものを勢いで詰め込んだのでうまいこと言語化できなかったのですが、丁寧にくみ取っていただきました。そうなんです。自分のルーツをありきたりにコンテンツ化されると、人って殺意が湧くんです。でも、ありきたりにコンテンツ化されたものって、ウケるんだよな。は~~~~~。許せん。
(一話の夏Pさんの感想にここで返すんですが、ぼっちでろっくなあの作品のことではないです。あれは結構好き)
そしてそんな彼女の機嫌と起源を、登場する”紀元前”のデジモンにつなげていく。ぐう、うますぎるぜ。
というか夏P様の書くチサト、マダラのソレから一段も二段もおもしれ―女になってて最高なんですよね。最高です。これはノア様もおもしれ―女認定せざるを得ないという説得力がすごい。
そしてそこからノアお嬢様のヒリつく戦闘シーンと、同じくらい緊張感のある回想シーンの繰り返し。「あの日あの場所」にあったもの、お父様の思惑、作者のぶん投げたものぜーんぶ拾ってくれててマジありがたでした。
これはtwitterでも行ったんですが、ほんとに、回想のジジイがジジイすぎる。2億点です。
自分語りになっちゃうんですが、本作の一話を書くにあたって、過去に作品にならなかった自分のアイデアを多く流用しました。中でも骨子になっているのが博物館を舞台にした男女と偏屈館長の話で、本作に出てくるジジイがこの館長そのままなんですよ! 言った! 「進化というものを間違っとる」ってたしかに言ってました! いやあ、いいジジイを摂取させていただきました。
”そこ”にいる敵のデジタルモンスターは僕もグレイモンのイメージでした。こういうところに無印のデジモンつっこむの、癖になってんだ。
素晴らしい二話、そして読者は大満足した。しかし自体は解決していないどころか悪化している。目の前に現れたあの日のスカルグレイモン(スカグレの目って翠なんですね。初めて意識して見ました)。
どうする、チサト! そしてほんとにどうするつもりだノアお嬢様!
というところでまとまりがないですが感想とさせていただきます。素晴らしい二話を本当にありがとうございました。