top of page

フォーラム記事

2024年8月26日
In デジモン創作サロン
※色々注意  その瞬間、世界から全てが消失した。彼――アヴェンジキッドモンを構成する、憎悪も怒りも、その一瞬だけ消失した。   まるで、眼球が、神経が、デジコアが、魂が、不可視の弾丸に撃ち抜かれたような。視線も心も、全てそれに固定される。   ずっと目で追っていたいと、あれのことだけを考えていたいと、心が喚いていた。   暴力と表現できるほどの誘惑。何もかもを忘れて、ただただ、溺れていたい。そう思わせるほどの何か。  彼の意識を狂わせた対象――それは、人間の女だった。  パートナーデジモンも連れずに、一人で歩く女。  アの女は何者ダロウ?   背丈は、成人した人間の女という基準で言えバ、大柄な部類。   髪は、雪を想起するほどニ白い長髪。  目は、左右デ色が違っている、いわユるヘテロクロミあ。かタ目は鮮血のよウなアカ。 片メは夏の日差シを浴びた木々のようなみどリ。  ……ただタだ綺麗だと思った。  泣きたくなルほどに、綺麗だと。  あァ欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。ほしいホシイホシイホシイほしい欲しいホシイほしい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しいホシイほしい欲しい欲しいホシイホシイホシイほしい欲しいホシイほしい欲しい!欲しい!欲しい!あのオんナが欲しイ!!  それは彼がこの姿になってから、久しく抱いていなかった、僧悪と怒り以外の感情。その感情の意味も名前も、彼は知らなかったが。  全てが終わった日から始まった苦痛。  変わって、壊れて、墜ちて、歪んで。  赤い影を憎んで憎んで憎んで。 それでも、生きてイキテ生きていきていきて生きて生きてイキテ生きて生きて。   そんな僧悪という底無しの闇に、突如現れた一条の光。 もたらされたのは、黒い色水に白い絵の具を混ぜるような変化。   ある意昧では、致命的な破壊。それでも彼にはそれが――彼女がひどく眩しく見える。  あの女と一緒ならば。オレはどこまでも違くまで行けるだろう。  ……きっと、空の果てまでも。 そうなれば、それは、どれだけ――。  アヴェンジキッドモンは微動だにしない。  小さくなる人影を、彼はいつまでもいつまでも見ていた。 視界から消えて無くなるまで、いつまでもいつまでも。  その日、黒き復讐者の目的が増えた。   今までにあったもの。  一つ目は復響。二つ目は破壊。   そこに新たに加わったもの。それは――――。
0
0
57
2024年8月15日
In デジモン創作サロン
※色々注意  一目見たらもう駄目だった。  デジコアを撃ち抜かれたような感覚がして、もうソイツから目が離せなくなった。  俺と同じ色の髪。でも俺の髪は首に掛かるかどうかだけど、ソイツはすごく長い白髪。  目は左右で違う色。確か……ヘテロクロミアって言うんだっけ?  片方は、俺の服と同じ色。燃える炎みたいな赤。  もう片方は、俺の目と同じ色。絵の具のチューブから、そのまま絞ったみたいな緑。  顔色は調子悪いんじゃねーか? って感じだし、表情は全然変わらないし、何だか少し人形みたいで、不気味な感じがする。なのに、俺はソイツがキラキラして見える。  人間の女。名前は知らないけど、どうしても気になる。  名前は何か、どんな声なのか、好きなものは何か、笑ったらどんな顔なのか……。  ああ……。  いじめてみたい。泣かせてみたい。  俺は、唐突な自分の思考に驚いている。だって、こんなの俺の趣味じゃない。  泣かせてみたいだなんて、そんな馬鹿な。  デジモンとか人間とか関係無く、いじめなんてサイテーだ。いつもだったら、そんなことを少しでも考えた自分を、撃ち抜きたくなる。  なのに、今はそれがなくて。  アイツ限定でそう思うのか。それともアイツのせいで変わり果てたのか。──でも、もうどうでもいい。  アイツが泣いたら、きっと最高に色っぽい。  アイツの涙は、きっと飴みたいな味がする。  アイツの中を俺でいっぱいにしたい。  アイツを俺に釘付けにしたい。  頭から爪先まで、そんなことでいっぱいだ。  瞼を閉じると、何かが揺らめく。虚像の形は一つだけ。  キラキラ光る、星みたいな女。  運命とか宿命とか、小難しい言葉は好きじゃねーけど、今だけは違う。――きっと、運命や宿命という言葉は、俺とあの女のことを指している。  …………ガンドラの旦那やベル子には秘密だ。だって、あの二人に教えたら、二人も絶対あの女が欲しくなる。  絶対絶対教えない。  俺だけの星。俺だけの、運命の女。 「──そういやアイツ、パートナーいるのかな」  ふと過る疑問。答えはすぐに出た。  いなかったら独り占め。  もしもいたら……決闘でも何でもして、手にいれてやる。  狙った的は外さない。何があろうとも、絶対に俺のものにする。 「へへ……待っていろよ。honey?」  どこにいるかも、名前も分からない女に呼び掛けながら、俺は翼をはためかせた。
1
2
88
2024年7月16日
In デジモン創作サロン
お前は……私に何の用だ? 仕事について何か質問があるのか。  ボスの話が聞きたい、か。私でいいのか? ヤツとの付き合いは、バンチョーマメモンとブラックウォーグレイモンの方が長いぞ。  ──うん? 二人より私の方が話が聞きやすい? そうか? 自分ではそうは思わないが………………頼られたなら、仕方ないな……。  いいだろう。私で良ければ話そう。  トゥエン·ディー·フォー。  ああ。我がテイマーの名前だ。  何? ボスに名前があったのか? それはあるだろう。生物だからな。  まあ、それも仕方ないとは思うが……。ヤツがこのチームのリーダーになってからしばらく経つ。お前のように、名前を全て知らないか、覚えていない者もいるだろうよ。若者は特にな。  ………………まあ……いくら妻子持ちとは言え、まだ年寄りという年齢では……いや、何でも無い。  呼び方が多いのが悪い?  それは一理あるが、仕方ない。アレは自分がどう呼ばれようと、構わないという立場だからな。   あの鎧か。別に大したものではない。ただの鎧だ。メーカーのカタログを見てみるといい。あれと同じものが載っているぞ。  銭湯で兜を着けたまま風呂に入っていた、か。  確かに衛生観念だのが不安になるだろうな。安心しろ。と言っても無理だろうが──一応言っておく。トゥエンはちゃんと全身洗うぞ。兜も掃除──そうではないと。特別な理由? そんなものは無いぞ。ただの趣味嗜好の範囲だろう。いや。ヤツは兜を外す時もある。単純にお前が見ていないだけだ。  ボスの素顔は、このテイマーチームの七不思議になっている?  誰だ。そんなものを作ったのは。トゥエンの素顔なんぞ、別に不思議でも何でもないぞ。  ……全く。  あの噂は本当か? 噂……どの噂だ。  ウルカヌスモンを投げ飛ばした? エルドラディモンを背中に乗せて泳いだ? ロイヤルナイツのデュナスモンと素手で互角に戦った?  ……一つずつ答えよう。  まず第一の噂は本当だ。シュウトの所にいるウルカヌスモンは知っているな? ヤツはトゥエンに投げ飛ばされたことがある。理由か。長くなるから、全てはこの場では話せないが、簡単に言うと、「武器馬鹿のいらん暴走を止めた」と言ったところだ。  ……次に、第二の噂。これは嘘だ。……何を驚く。当然だろう。ヤツは人間だ。エルドラディモンを殴ることは出来ても、背に乗せて泳ぐことは出来ない──何だその顔は。私は正しいことを言ったぞ。  最後に第三の噂。これは私にもわからない。…………いちいち妙な顔をするな、お前は。  何故わからないか? 言われた覚えが無いからだな。  私は神ではない。物事の予見は出来るが、箱の中身の生死はわからない。ということだ。例えがわかりづらいだと? それはすまない。  話が脱線したな。  ヤツもいい加減な年だ。仕事のことや共有しておくべき情報はともかく、個人的な事柄は、子供が親に言うように何があった何をしただの、いちいち身内にも言わないだろう。  まあ……あり得そうなことだとは思うが。  ヤツも、休みの日は町の外に出かけることがあるからな。  ロイヤルナイツと一戦交えていても、おかしくはない。  ……「互角」には突っ込まないのか? ああ。トゥエンならば、ロイヤルナイツと戦えるだろうからな。そこは疑問に思わない。   ボスの強さの秘訣をおしえてくれ?  さあな。  別に大した秘訣なんぞ無い。生きているうちにああなっただけだ。  嘘? まさか。真実しか言っていない。  私は無責任なことを言うつもりはないからな。  日々無理はせず、己の体と知力を鍛えよ。私が言えるとしたら、それだけだ。  お前はお前として、変化と精進をすれば良い。  トゥエンのようにはなれないかもしれない。だが、お前はお前の強さと道を身に付けられるだろうよ。  信じろとは言わぬ。ただ、年上の戯れ言として扱っても構わない。それは自由だ……あくまでも、お前の人生だからな。  「ヴァロドゥルモン、新人と何を話しているんだ?」  「お前には関係の無いことだ」
0
0
36
2024年7月01日
In デジモン創作サロン
金属質な響きを持った澄んだ声。  月光をくしけずったような黄金の長髪。薔薇の模様が入った仮面。すらりと高い背丈。純白の上着を纏い、頭部には白銀の冠を飾っている。足には硝子の靴。  大変美しいデジモンだ。  彼女はサンドリモン。パペット型の究極体。  某月某日。  「サンドリモンが持つ硝子の靴が欲しい」という依頼を受けた僕達は、火山地帯にある「灰かぶりの城」に向かい、そこでサンドリモン達と戦闘になった。  何とか勝利した僕達は、彼女から硝子の靴をもらい、依頼人に渡した。話はそれで終わり。  そのはずだったのだが……。  「我が城での貴方の立ち回り、大変素晴らしいものでした」  何故だか、彼女は僕達の前にいた。  「戦ったのは、リリモン達だよ。僕は君に褒められるようなことは、一切していない」  「過ぎた謙遜は、自他共に毒ですわ。私の目は節穴でなくてよ? 貴方も武器を振るっていたのを、私は見ていました。私に膝をつかせた一撃……あれは確かに貴方のものです」  「それはどうだろう……覚えていないな」  「ふふ……意地の悪い方ですこと」  その微笑みだけで、どれだけの者が虜になるだろう。そんな不謹慎なことが頭に浮かんだ。  「今日は、何の用があってこの町に? 依頼なら、一回テイマーチームを通した方がいいよ」   「残念ながら、依頼ではありません」  依頼ではない。その言葉に疑問符が浮かぶ。なら、彼女の目的は一体何だ? 依頼でもなければ、ここに彼女が来る理由など、無いだろうに。  そんなことを考えていると、サンドリモンが僕の手を握ってきた。  「私の目的は、貴方です」   「?」  彼女の目的が僕? それは一体どういう──。  「私の王子様。貴方と夫婦になるために、お迎えにあがりました」  「「ええーーーーーー!?」」  リリモンとブルコモンの叫び声が、ビリビリと大気を揺らした。  「え、え!? 夫婦!? 夫婦ってことは、結婚? ……駄目よ結婚はお互いの気持ちが、ってそうじゃなくて!」  「結婚って本気か!?」 「ええ、本気です。私は彼を夫に迎えるつもりです」 「は……?」  キッパリと告げられた言葉に、僕は間抜けな声を出すことしかできなかった。王子様? 結婚? 夫婦? 何だ? 何をどうしたら、そんな話になる? 「意味がわからない」  思わず、本音が口からこぼれる。……恐らくだが、僕以外が同じ状況になっても、僕と同じ心境になるだろう。  すると僕の混乱を他所に、背中と膝の下に手を差し込まれ、柔らかく体を持ち上げられた。  それは、俗に言うお姫様抱っこ。  僕も稀に、リリモン達にするそれ。 「さあ、私の王子様。共に城に参りましょう。早く婚礼の準備をしなくては」 「ちょっと待って!」 「そうだ待って! 貴方のしていることは誘拐だ!?」 「まあ、誘拐とは失礼な」  リリモンとブルコモンが、慌てた様子でサンドリモンを止めに入る。てんやわんやの大騒ぎになってしまった。通行人がいないことが唯一の救いである。  ……いや。もしかしたら、いた方が良かったのだろうか?  意味のわからない状況に、僕の脳裏に場違いなことばかりが過った。  「——おい……さっきから話を聞いていれば、好き勝手言って……どういうつもりだ!?」  地獄の底から響くような、寒気のする声。先程から沈黙していた、ベルスターモンの声だ。  殺気を滲ませながら、ベルスターモンがサンドリモンの額と思われる場所に銃を当てる。  ちり、と空気に火花が散った気がした。   「どう、とはどういうことなのでしょう? 彼を私の王子様として迎える。それだけでしょう」  「それだけ!? ふざけるな! そいつは私の男だ! 速く返せ! お前になんか渡せるか!!」 「まあ? この方は私の王子様でしてよ? 一体いつ貴方のものになったのです?」  「お前が来るずっと前からだ!」  いや違う。一体いつの間に、僕はベルスターモンのものになったというのか。そんな記憶は一切無い。  「闘技場に行くぞ……私が勝ったら、大人しくお家に帰りな!」  「私が貴方に負けるとお思いで?」  「は……吠えていられるのは、今のうちだ」  絡み合う視線は、刃のように鋭い。  頭上で繰り広げられる静かな戦いに、僕はため息を吐くしかなかった。
2
2
65
2024年6月07日
In デジモン創作サロン
※色々注意  暗い部屋に、昏い声が響いている。  喜びに弾む不気味な声。仄暗い熱に満ちた禍々しい声。  それが歌うように、芝居の台詞を語るかのように、部屋の中央から響いている。  声の主はデジモンだ。  白と黒に塗り分けられた仮面。白い襞襟と鮮やかな赤い上着に、黄緑色のズボン。黄色のブーツは爪先が尖ったもの。  その派手な服装は、どこかピエロを連想させた。  彼の名前はピエモン。魔人型。究極体。ウイルス種。  神出鬼没、その存在全てが謎に包まれた強大な存在。  そんなデジモンが、機嫌良さそうに人形を腕の中に収めている。  人形の身長は一見したところ、靴のヒールを合わせて、百七十五センチメートルから百八十センチメートルほど。  生物ではない物に、年齢という概念が当てはまるかは疑問だが、見た目は二十代前半くらい。  黒いドレスの生地は最高級品。  靴はエナメルのパンプス。  象牙色の肌は生者と錯覚させる瑞々しさ。  目はアメジストを思わせる紫色。細い眉は鑑賞者に、いかにも気が強そう。という印象を抱かせる、凛々しい曲線を描いていた。  頭部には、見事な薔薇の造花と、ドレスと同じ生地で出来たヘッドドレスが飾られ、腰まで届く髪は太い三つ編みにして、ドレスと同じ色のリボンで留めている。  まさしく、名工が作り出した逸品────否。精巧な人形にしか見えないそれは、かつて人間であった。  より正確に言えば、ピエモンのテイマーが、彼に人形へと変えられたモノだ。 「貴方の老いた姿を、見たくないと言えば嘘になります。貴方の人生の道を否定したくはない……どんな姿であっても、貴方は貴方なのですから」  声に哀愁のようなものが混じる。 「私はどんな貴方でも愛しますが……私達の寿命は違い過ぎる……私は」  ピエモンは、物言わぬテイマーに語り続ける。 「貴方を喪いたくないのです。ですから、どうか……貴方の時を止めることを、許してください」  果たして、許しを乞う彼の顔は。 「恋しい人──愛しい方よ」  とびきりの笑顔を浮かべていた。
1
2
84
2024年6月04日
In デジモン創作サロン
注意事項。 暴力、殺傷、遺体の描写があります。 「アポカリモン」  私の名前をなぞる音。清涼感の中に、甘さを含んだ声。イメージは、柑橘類の味がする炭酸飲料。彼女と一緒に飲んだそれを想起する、この声が好きだった。 「どうした……?」 「うん……私ね」  はにかむ彼女の表情の愛らしさに、頬が緩むのがわかった。彼女の目に映る私は、ひどくだらしない顔をしている。  柄にもなく、わくわくしていた。彼女は私に何を伝えたいのだろう────。 「貴方のこと、嫌いなの」  その瞬間、音も、空気も、時間も、何もかもが凍り付いた。 「な、……ぇ」 「何で世界はこうなんだって、何で私はこうなんだって、苦しむのは仕方ないと思うの。誰だって、自分以外の誰かが憎たらしい時があるわ。短い長い関係なく」  ワンピースの裾を翻しながら、彼女はくるりとその場で一回転をする。踊っているかのようだ。 「でもね……?」  こてん。と小鳥のように可愛らしく首を傾げて、彼女は続ける。 「貴方は開き直って、誰かに嫉妬して、誰かを憎んで、傷付ける。自分は悪くない。自分以外の全てが悪いって。だからお前達は苦しめって」 「ち……ちが、ぅ」  何が、違うのか。彼女の言葉は正しい。  私は全てが憎かった。  デジモンも、人間も、世界も関係無い。自分以外の全てが、羨ましくて、憎かった。  敗北、無惨、悲劇、憎悪、嫉妬、無念、怨念……ありとあらゆる負の要素が集まり、煮詰まった、私達あたしたちぼくたち我々私ども僕達俺達皆……。  それらが世界に災厄をもたらしたのも、事実。先代も、先先代も、それよりずっと前の私ではない私がやったことも、記録している。  けれど、否定したかった。  君に出会えたから。君と過ごしたから。君を愛したから。だから、私は変われたのだと。全てを憎むよりも、君を愛し、守ることを選んだのだと、叫びたかった。 「私、は……」 「また誰かのせいにするの」 「やめてくれ!!」 「私の、せい?」 「そうでは、なくて」  違う。違う。違う。  静かにしてくれ。黙ってくれ。もうなにもはなすな。  衝動のまま、細い首に手をかける。あらん限りの力を込めて、握りしめた。  狭くなる、肉の筒。  肌に、爪が食い込む感覚。  ゴキリ、という異音。 「はっ……はぁっ……はー、はー……」  己の喉から、不快音が漏れる。 「はぁ、は……は……ぁははは……」  胸に満ちるのは、ささやかな達成感。五月蝿い口を止めてやったという、仄暗い、喜び。だが、それらは泡のように消える。  ──眼前に広がる惨劇に、私は言葉を失っていた。  潰れた首。無惨に変色した肌。小さな唇を赤い泡が伝い、しなやかな四肢がだらりと垂れている。  私を映していた目は──美しかった目は、醜く濁っていた。 「……あ」  突き付けられた現実が、私に牙を剥く。 「こんな、つもりでは」  言い訳を吐いても、罪は消えない。 「すまない……許してくれ……許してくれ!!」  許しを乞うても、彼女は何も返さない。彼女は帰ってこない。 「アぁ……嫌だ……嫌だ……私を、一人に……しないで…………くれ……」  彼女の死骸に縋り付きながら、私はいつまでもいつまでも泣いていた。  最初に視界に入ったのは、窓から注がれる光。次に、無機質な天井。  私は、眠っていたらしい。……ひどい悪夢を見た。  あの夢は一体なんなのか。夢は、見る者の願望や、無意識ながらも心に秘めたものが現れる、という説を聞いたことがある。ならば、あの夢もそうなのか?  私は自覚の無いまま、彼女にも憎悪を向けていたのか……? 私には、彼女を殺したいという願望が……? まさか。そんなはずは無い。そんなことあってはならない! 私は、彼女を──。 「アポカリモン」  思考を遮る美声。清涼感の中に、甘さを含んだ声。聞こえた方向に顔を向けた。  そこには彼女がいて、心配そうな表情で私を見ている。 「………」 「魘されていたよ。起こそうかと思ったけど、寝ているのに悪いと思って……ごめんね」  無言のまま、触腕で近くまで引き寄せると、彼女は私の頭を胸に抱いてくれた。 「怖い夢を見たの?」  心の底から、相手のことが心配だと、案じる声。いつもと変わらない現実。私が欲しかったもの。 「……」 「よしよし。いいこ、いいこ」  彼女は慈愛に満ちた声で、幼子に語りかけるような言葉を紡いで、優しい手つきで私を撫でる。 「……」  ……時折、彼女からされるこの行為が、まるで、幼子扱いされているようで、私は苦手だった。いや、幼子というより弟扱いか。  彼女はどうも、私のことを自分の弟と同列に扱っているらしい。  私はそれに不満を持っている。  パートナーデジモンでは足りない。私は友達でもなく、弟でもなく、恋人として……夫として、彼女に愛されたかったのだから。  でも、今はこれで良かった。 「すまない……」 「うん」 「愛している」 「ありがとう」 「……」 「……楽になったら、一緒にソーダを飲もうね」 「ああ……」 「アポカリモンの好きな、オレンジ味も買ってあるからね」 「…………ありがとう」   彼女の背に腕を回す。  どうか、ずっと側にいてくれと、願いを込めながら。
2
2
83
2024年6月03日
In デジモン創作サロン
注意事項。 暴力を示唆する描写があります。  女が、冷たい床に横たわっている。  床に広がる美しい髪と、艶やかな布で出来たワンピースの裾が、針で展翅板に留められた、稀少な虫の標本を連想させた。 「何故黙っている……怒っているのか……私を嫌いになってしまったのか」  私の問いかけに、彼女は答えない。ただ、目と口を閉ざし続けるだけ。 「……」  服から露出した腕を覆う傷が、痣が、あまりにも痛々しい。  彼女の体にこのようなもの作った輩を、私は決して許しはしないだろう。……だが、これは全て私が作ったものだ。  怒りと憎悪と悲しみに飲まれた私が、彼女を傷付けた証拠。決して消えない罪を、私に突き付けるもの。 「すまない……許してくれ……私は、君が自分以外の誰かのものになるのだけは、耐えられないのだ……」  私達は、テイマーとパートナーだった。  互いが唯一無二の存在だった。  笑う時も、泣いている時も、怒っている時も、いつだって私達は一緒にいた。それは、私達がどのような姿になっても変わらない。  私が太古の予言書に記された災厄——アポカリモンに進化した時も、彼女は私を見捨てないで、隣に居てくれた。  私が、彼女に恋心を抱くのに、時間も理由も存在しなかった。  彼女も同じだと、自分はいずれ選ばれるのだろうと、甘い夢に浸って、その日を心待ちにして——なのに。 「君は、私を選ばなかった」  彼女が、人間の男を好いていると知ったときの、感情と苦痛を表す言葉を、私はいまだに知らない。 「すまない……私の顔など、二度と見たくないだろうが、それでも……それでも……」  私は、君が隣で居てくれるだけで良い……私に微笑んでくれるだけで幸せだったのだ。   情けない声音のまま、意識の無い彼女に思いを告げる。 「どうか、私を選んでくれ……それだけで、良いのだ……」  返事は、無かった。
1
2
73

その他
bottom of page