注意事項。
暴力、殺傷、遺体の描写があります。
「アポカリモン」
私の名前をなぞる音。清涼感の中に、甘さを含んだ声。イメージは、柑橘類の味がする炭酸飲料。彼女と一緒に飲んだそれを想起する、この声が好きだった。
「どうした……?」
「うん……私ね」
はにかむ彼女の表情の愛らしさに、頬が緩むのがわかった。彼女の目に映る私は、ひどくだらしない顔をしている。
柄にもなく、わくわくしていた。彼女は私に何を伝えたいのだろう────。
「貴方のこと、嫌いなの」
その瞬間、音も、空気も、時間も、何もかもが凍り付いた。
「な、……ぇ」
「何で世界はこうなんだって、何で私はこうなんだって、苦しむのは仕方ないと思うの。誰だって、自分以外の誰かが憎たらしい時があるわ。短い長い関係なく」
ワンピースの裾を翻しながら、彼女はくるりとその場で一回転をする。踊っているかのようだ。
「でもね……?」
こてん。と小鳥のように可愛らしく首を傾げて、彼女は続ける。
「貴方は開き直って、誰かに嫉妬して、誰かを憎んで、傷付ける。自分は悪くない。自分以外の全てが悪いって。だからお前達は苦しめって」
「ち……ちが、ぅ」
何が、違うのか。彼女の言葉は正しい。
私は全てが憎かった。
デジモンも、人間も、世界も関係無い。自分以外の全てが、羨ましくて、憎かった。
敗北、無惨、悲劇、憎悪、嫉妬、無念、怨念……ありとあらゆる負の要素が集まり、煮詰まった、私達あたしたちぼくたち我々私ども僕達俺達皆……。
それらが世界に災厄をもたらしたのも、事実。先代も、先先代も、それよりずっと前の私ではない私がやったことも、記録している。
けれど、否定したかった。
君に出会えたから。君と過ごしたから。君を愛したから。だから、私は変われたのだと。全てを憎むよりも、君を愛し、守ることを選んだのだと、叫びたかった。
「私、は……」
「また誰かのせいにするの」
「やめてくれ!!」
「私の、せい?」
「そうでは、なくて」
違う。違う。違う。
静かにしてくれ。黙ってくれ。もうなにもはなすな。
衝動のまま、細い首に手をかける。あらん限りの力を込めて、握りしめた。
狭くなる、肉の筒。
肌に、爪が食い込む感覚。
ゴキリ、という異音。
「はっ……はぁっ……はー、はー……」
己の喉から、不快音が漏れる。
「はぁ、は……は……ぁははは……」
胸に満ちるのは、ささやかな達成感。五月蝿い口を止めてやったという、仄暗い、喜び。だが、それらは泡のように消える。
──眼前に広がる惨劇に、私は言葉を失っていた。
潰れた首。無惨に変色した肌。小さな唇を赤い泡が伝い、しなやかな四肢がだらりと垂れている。
私を映していた目は──美しかった目は、醜く濁っていた。
「……あ」
突き付けられた現実が、私に牙を剥く。
「こんな、つもりでは」
言い訳を吐いても、罪は消えない。
「すまない……許してくれ……許してくれ!!」
許しを乞うても、彼女は何も返さない。彼女は帰ってこない。
「アぁ……嫌だ……嫌だ……私を、一人に……しないで…………くれ……」
彼女の死骸に縋り付きながら、私はいつまでもいつまでも泣いていた。
最初に視界に入ったのは、窓から注がれる光。次に、無機質な天井。
私は、眠っていたらしい。……ひどい悪夢を見た。
あの夢は一体なんなのか。夢は、見る者の願望や、無意識ながらも心に秘めたものが現れる、という説を聞いたことがある。ならば、あの夢もそうなのか?
私は自覚の無いまま、彼女にも憎悪を向けていたのか……? 私には、彼女を殺したいという願望が……? まさか。そんなはずは無い。そんなことあってはならない! 私は、彼女を──。
「アポカリモン」
思考を遮る美声。清涼感の中に、甘さを含んだ声。聞こえた方向に顔を向けた。
そこには彼女がいて、心配そうな表情で私を見ている。
「………」
「魘されていたよ。起こそうかと思ったけど、寝ているのに悪いと思って……ごめんね」
無言のまま、触腕で近くまで引き寄せると、彼女は私の頭を胸に抱いてくれた。
「怖い夢を見たの?」
心の底から、相手のことが心配だと、案じる声。いつもと変わらない現実。私が欲しかったもの。
「……」
「よしよし。いいこ、いいこ」
彼女は慈愛に満ちた声で、幼子に語りかけるような言葉を紡いで、優しい手つきで私を撫でる。
「……」
……時折、彼女からされるこの行為が、まるで、幼子扱いされているようで、私は苦手だった。いや、幼子というより弟扱いか。
彼女はどうも、私のことを自分の弟と同列に扱っているらしい。
私はそれに不満を持っている。
パートナーデジモンでは足りない。私は友達でもなく、弟でもなく、恋人として……夫として、彼女に愛されたかったのだから。
でも、今はこれで良かった。
「すまない……」
「うん」
「愛している」
「ありがとう」
「……」
「……楽になったら、一緒にソーダを飲もうね」
「ああ……」
「アポカリモンの好きな、オレンジ味も買ってあるからね」
「…………ありがとう」
彼女の背に腕を回す。
どうか、ずっと側にいてくれと、願いを込めながら。
空前のアポカリモンブームry 夏P(ナッピー)です。
またしても怖いお話、いや一応夢だったということでいいのでしょうか。それでも夢は己の願望もしくは不安の発露とはよく言ったもので、それを考えると夢の中での出来事は決して現実で起こり得ないものというわけではないのでしょう。
アポカリモン、アニメだと倒されるべきラスボスとして2話で討たれてしまいましたが、掘り下げれば色々な描写ができると思っておりました中、確かにその一端を垣間見させて頂きました。一般的なデジモン創作で描写されるロイヤルナイツや七大魔王と同様、アポカリモンもまた先代、先々代と確実に受け継がれてきているものはあるのですね。その脈々と継がれてきたものがいいものであるかどうかは決してわからないけれど……。
自然に首がゴキリと逝ってしまう恐怖。拒絶されるがままに思わずそうしてしまう旨い欲、だけど夢の外での願望はめちゃくちゃ切実かつ強固なものでした。……夫!? しかもとても自然に愛していると言っている!
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。