#ザビケ
本作は夏P(ナッピー)・作 『Death or Dominate』 Duester.01 の第四話となります。
Duester.04「May the Force be with you.」
・
不老不死。
生物の永遠の命題は何だろうと考えた時、それは誰しもが真っ先に挙げるもの。
全盛期の肉体を保ち続け。
如何なる要因でも決して死ぬことはない。
恐らく生きとし生ける者全てが一度は見る幻想、求めなかった者はいないであろう机上の空論。
そう、結局のところ机上の空論なのだ。
人類の歴史は今も尚続いている。我々が母なる星を離れて数多の開拓星へと旅立ってから数世紀、火星や木星の表面にも無数の都市が築かれた現在、宇宙は最早見果てぬ夢(フロンティア)ではなく人類にとっての第二の故郷と呼ばれるようになり、地球を知らぬ子らが生まれて何世代にもなる。土地に留まらず空間すら区画整理が行われエアカーが淀み無く行き交う都市部は、古代人の書籍に記された未来世界の想像図そのものだ。
時は25世紀。人類の発展と繁栄は恒久的に続くものだと誰もが疑わない時代。
異星の知的生命体との接触こそ未だ成されていなかったが、かつて人類が自らを地球人と名乗るより以前、人類が地球以外の世界を知り得なかった頃、我々の遠い祖先が夢見た世界が確かにそこにはある。戦争も紛争も遠い過去となり、地上に海底に宇宙に人類は自らの生息範囲を広げていく。
それでも二つだけ、人類には成し得なかったことがある。
一つはタイムマシン。時空移動の理論は数百年前の時点で構築されていたとされるが、その実用化には終ぞ至らなかった。人間一人を移動させることすら叶わず、その理論は今では過去に起きた出来事を実際の映像として見て楽しむ、バラエティ番組やドキュメンタリー番組の中で用いられているに過ぎない。無論、それらの実用化にも多大な時間を要し、今の人類の暮らしを確かに彩るものではあるが、先人達が夢にまで見た過去と未来を自由に行き来する時代は来なかった。
そしてもう一つが、不老不死だった。医療技術の発展により多くの疾病や不慮の事故で命を絶たれる人間の数は確実に減少傾向にある。しかし決してそれが0とはならない。100歳200歳と生き長らえるのが当たり前の時代にあって、人類はそれでも死と老化から逃れることはできないでいた。見てくれのみは若年時を保てたとしても、脳と内臓が老いさらばえることは避けられない。
生命とは、あるいは人生とは必ず死に至る病であると誰かが言う。
だからだろう。幾度となく新たな時代を迎えようと人類は変わらない。
人類は。
ホモ・サピエンスは。
過去へも未来へも行くことは叶わず。
25世紀、現在という牢獄の中で。
いずれ訪れる死を待つべく生きていた。
この世界とは違う世界がある。
そんな仮説が最初に叫ばれたのは、恐らく数百年も前のことだった。
異世界、かつてパラレルワールドと呼ばれて研究されていた並行世界とは違うらしい。とっくの昔に潰えたタイムマシン技術を応用して、それを映像に変換して観測することが理論的には可能なのだ。
例えば僕が今回の依頼を承諾しなければ、今頃は連れと共にエアカーで大空のランデブーと洒落込んでいたことだろう。その場合の世界で僕らがどんな顔をしているのか、何をどうやって楽しんでいるのかを把握することができるというわけだ。
それを理論的には可能だと確かに言った。
だが同時に倫理的には不可能でもあった。
人間という群体、あるいは僕を含む人という一個体の視野では何から何までがパラレルワールドなのか、どこからどこまでが並列して存在する世界なのかを把握できなかったからだ。
例えば僕は今、こうして廃墟と化して久しく一切の立入禁止を禁じられた極東の島国、かつてその国の首都と呼ばれたTOKYOへと足を踏み入れているわけだが、ここに来るまでに無数の選択があった。別に選択と言ったって大層なものばかりじゃない。この辺りは警備が厳しそうだから迂回しようとか、通行可能なランプが点灯するのをほんの数秒だけ待たずに駆け出そうとか、そんな小さいことだって選択の一つだ。
一方でその小さな選択肢こそが大きな変化を生む可能性は当然ある。何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。迂回せず警備兵に見つかってブタ箱行きなら少なくとも僕のここからの世界は大きく変わるわけだし、そして僕という偉大になるかどうかは知らないが一人の15歳のガキが市井から消えることで世界は何かしら変化が起きるかもしれない。
今日の朝飯は何にしようとか、数分でも二度寝しようとか。
たった数百メートル歩くのがダルいから電車に乗ろうとか。
往来で肩がぶつかったムカつく相手を始末するか否かとか。
言ってしまえば人間の生なんてものは無数の選択から成り立っているもので、その並行世界への分岐点を追うとなると如何なるコンピュータでも不可能だった。そして何より倫理的に不可能だと言ったのは、if(もしも)の可能性を追い続ければ現実を見失う奴らが世界に溢れることは容易に予想できたからだ。
不慮の事故で息子を失った母親に、息子が生きている世界を見せたらどうなる。
予期せぬ負傷で選手生命を絶たれたスポーツ選手に、そうならなかった可能性を見せることは救いとは思えない。
僅かな選択や言葉の違いで仲違いや暴力沙汰、果てには抗争や戦争が起きるのだという事実を見せ付けて世界はそれでも平穏を保てるのか。
そんな数多の可能性への忌避から、ほんの半世紀ほど前にパラレルワールド観測は禁じられた。これはこんな時代の中にも人間の善性って奴はあるんだと信じられる、僕にとって確かな契機だった。
タイムマシンの開発が失敗、頓挫したのも同じ理屈なのではないかと思う。
今ここにある世界、ここで生きている自分を根本から変えられる可能性は、人類にとって断じて希望などにはなり得ない。むしろ世界を根本から否定する旨い毒、決して手を出してはならない禁断の果実だ。時は前にしか進まない、人類はたとえ無数の失敗や後悔があったとしても、それらを乗り越えて前に進むべきだと僕は思うのだ。
振り返るべき過去は確かにそこにあり続けて。
思い出は綺麗なものも醜いものも沢山あるが。
人間は未来を見据えて今を生きるべきだろう。
半日ほど前のことだ。
呼び出された通り、大陸の東端に位置する小さな村を訪れてみれば、その村の片隅で如何にも怪しいフードを被った依頼人が待っていた。
「……いやガキじゃん、私と変わんない」
随分なご挨拶だ。そして同時にその言葉でこの怪人物が女で、しかも僕と同年代らしいと知る。
「ガキで悪かったね。……これは?」
それでも色気のある話など微塵もなく、要するに仕事の依頼だ。
寂れたバーのカウンター席で手渡された紙ベースのフォトグラフは実に前時代的だったが、同時に何らかのキナ臭さを感じるものだ。何せ僕さえ始末してしまえば証拠は何も残らない。
「──────」
女は語らない。十数枚のフォトグラフを全て確認しろと顎で示す。
如何にもオリエンタルそのものといった、黒絹のように滑らかな長髪が目を引く少女。しかし25世紀の今にあって東洋も西洋も無いもので、伸ばし放題の前髪から見え隠れする伏せがちな瞳は、明らかに髪とは違う色に彩られているようだった。端的に言えば、写真の人物は一見して人種以上に年齢が特定できない。僕と同年代のハイティーンの少女にも見えるし、とっくに成人している20代後半の大人の女性にも思える。尤も、平均寿命が優に150歳を超えて老化現象も抑えられるこの時代にあって、ホモ・サピエンスという生物の外見年齢が如何程の意味を成すかは甚だ疑問ではあるが。
何はともあれ、そんな正体もわからない女の呼出に僕が何故応じたのかと言えば、それは女が依頼の際にインターネットを介して告げたある単語が俺の興味を引いたからだ。
「デジタルモンスター」
今また女が淡々とその言葉を紡ぐ。飽く迄も事務的に、それだけで全てを読み取れと言わんばかりに。
デジタルな怪物、即ちアナログな生物である僕達とは対極に位置する生命体。遠い昔に観測されたことがあるらしい、この世界と隣り合った異世界に生きる人ならざる者。
与太話だ。古代の言葉で言うなら、都市伝説って奴だ。
それでも。
「へえ……これはまた驚いた」
パラパラと捲っていくフォトグラフの中に映るそれは。
恐らく目の前の女の過去だろう童女の隣にいるそれは。
擬人化された犬、そうとしか言い表せないその生物は。
「デジタルモンスター、ラブラモン」
「ラブラモン……?」
「私のパートナー……らしいのよね」
人と共に生きるデジモンって奴の可能性を示していた。
僕は目を丸くして背後の空間、バーの入口の方を振り返る。そこにいるはずの透明化した相棒も恐らく同じ気持ちだろうことは間違いなく、僕らは今日ここで初めて自分達以外のデジタルモンスターの存在を知った。僕ら以外にも人間とデジモンが出会う事例があるのだと知ったのだ。
「OK、引き受けよう。僕の名前は」
「とっくに知ってるわ、アンタの名前ぐらい」
「それもそうか。では君のことは今後何と呼べば──」
僕の問いを待たず彼女は机に置かれた注文用紙の裏面にサラサラと記していく。ボールペンを親指と人差し指とでクルリと回し、流れるような筆記の動作は美しかったけれど、形を成していく文字列は正直言って汚かった。端的に言って悪筆な女だったんだ、彼女は。
ただ、小さく「ん」とだけ告げて僕の方に滑らせた紙に記された文字が目を引いた。
漢字だった。もう見ることも無いだろうと思っていた、僕の生まれた国の文字だった。
明日 門。
「アシタ・モン……?」
僕の目がもう一度丸くなる。
久々に見る漢字だったのもある。だけどそれ以上に僕の背後に控える相棒の名前によく似た響きだったことが僕の声を震えさせた。
「ハズレ」
紙を手元に引き寄せながら女が笑う。
如何にも小馬鹿にしたような悪戯っぽい笑みでフードを取りながら。
黒く艶やかな長い髪が僕の視界で流れ、それとは対照的に白い頬がバーの灯りの下で照り映える。久方ぶりに見る同年代の女の姿、だけど何より僕に印象付けられたのは。
「メイビ・カドよ。……よろしく、タイヨー」
まるで宇宙に浮かぶ地球を思わせる、彼女の美しく蒼い瞳だった。
西暦2485年8月1日。
後に世界を変えてしまう愚かな男と女が出会った日の出来事だ。
『Death or Dominate』
────Duester.04「May the Force be with you.」
私が舞う。
私が翔る。
「──────」
紅い花の上を疾走する痩躯。
私の意思に反して動く私の肉体は、果たして私以上に私のことを知っていた。この狂った赤い世界での生き方を知っていた。
この紅い花は境界線。人間と化け物ども、両者がそれぞれ住まってきた世界を分断していた境界線の具現。化け物どもがこちらの世界に溢れ出すと共に二つの世界の境目は曖昧となり、やがて人間の世界こそが化け物どもに乗っ取られる形となった。いつしか私達の母星は化け物の闊歩する異形の世界へと変わっていた。
化け物ども。
私だ。
今の私のような化け物だ。
「女、貴様……!?」
斬り結ぶメイオウとザミエールモンの間に割って入り、パッと距離を取る両者を見て取ると迷わず木精将軍へとその銃口を向ける。たとえ私が私で無くなっても、私でない私は『姉』『妹』を殺したコイツらのことを許してなんていない。その胸元に埋め込まれた『妹』の姿を確認して握り直した殺意(じゅう)、込め直した殺意(だんがん)と共に裂帛の気合いで放つのみ。
やめて。
「ヘルファイア」
私の右手に握られたオーロサルモンから放たれた無数の銃弾は、身を翻したザミエールモンの肉体を掠めるように飛び去るも、まるで意思を持つかのように曲線の軌道を描いて一つ、また一つと木精将軍の背中に着弾してパッと火花を散らした。
やめて!
「くっ……貴様ァ!」
ザミエールモン、完全体級。
大脳に叩き込まれるデータの奔流が、私に敵対する木精将軍の詳細な情報を伝えてくる。狙撃や奇襲に長ける反面、足を止めての肉弾戦であれば他の将軍達に一歩譲るだろう存在。そもそもプルートモン──メイオウはそういう名前らしい、私は今知った──を相手に明らかに劣勢だったザミエールモン、今の私に倒せない敵ではない。
やめて!!
「有り得ぬ! 有り得ぬぞ! 人間がデジモンに変わるなど──」
聞けない。聞かない。聞くつもりはない。
背中に携えた矢を番えようとする木精将軍の腕をオーロサルモンで払い、無防備になった奴の胴体に回転の勢いを乗せた銃口を突き入れる。
やめて!!!
「がっ……!?」
それだけでザミエールモンは呼吸を止められ、その場に膝を折る。
呆気ない話だ。この紅い星の頂点を決めるため相争う者達、その一角も所詮こんなもの。恐らく私の次の一撃でザミエールモンの肉体は四散する。胸に生やした ごと、私の大切な『妹』を喰らって顕現した醜い怪物はあと数秒でこの世から消え去る、それが私の復讐の第一歩、全身に纏う暗黒エネルギーを右の足先に集中させて放つアスタモン必殺の──
やめて!!!!
「マーヴェリ──」
誰か。誰でもいい。
私を止めて!!!!!
言ってしまえば、私は。
優しくなんてなりたくなかったのだ。
『メイ姉、眠れないのか?』
懐かしい故郷の家。空に浮かぶ紫色の月を窓の欄干に腰掛けて眺めていた私に、今は亡い『妹』の声がかかった。
『ユノ……』
ユノ、木星のユノ。長い髪をポニーテールに纏めた五人目の『妹』。
普段は四女のエンとコンビを組む快活な五女は、銃や弓の名手として知られた運動神経抜群な自慢の『妹』だった。他の『姉』『妹』達が眠っているのを横目にエメラルドを思わせる翠色の瞳は薄暗い部屋、月明かりに照らされた私達の部屋の中でも燦々と輝いているようで。
綺麗な色。私の蒼い目とは違う、誰かを照らせる宝石のよう。
『……気を付けてね』
『心配すんなって』
ヘヘッと照れ臭そうに笑うユノ。
それはきっと、希望と光に満ちた女の子の笑顔だったはずなのに。
そんな彼女の顔を。
私にとって大切な『妹』のそれを。
他でもない私の足が。
跡形もなく踏み砕いていた。
「ガッ──!」
私の足がその嗚咽を呼ぶ。
アスタモンのマーヴェリックが、ザミエールモンの胸部を踏み抜いている。
そこにあったユノの顔なんて肉片の一つも残らない。右足に纏わせたアスタモンの暗黒エネルギーは人間の肉体なんて木の葉のように燃やし飛ばして余りある。
「ガッ……ガガガガガ……」
痙攣する。私の足下、紅い世界で正気を保つべく私の『妹』を喰らった木精将軍の全身がガタガタと揺れ始める。
その全身に走るノイズと共に姿があの黒い巨人と木精将軍とでブレ始めた。どちらにせよ瞳は既に真っ赤に染まっていて、最早ザミエールモンなのか巨人なのかも判然としないそれは正気を失った状態と見える。
──ざまあ見ろ。
私の正直な思いがそれだった。
「あはっ」
おどけたような声は私でない私の喉元から。
容易い話だった。結局のところ彼奴らとて紅い花の中で正気を保ててなんていなかった。人間を喰らうことで対応していただけ。そして同時にビッグデスターズ、私の『姉』『妹』を取り込んだ彼奴らの弱点は他ならぬ胸から生やした私の『姉』『妹』それ自体なのだと知った。
知ってしまった。
他ならぬ私自身がユノの顔面を叩き潰したことで。
「あははははは……!」
視界を朱に点滅させながら嗤う。私はただ嗤うだけ。
私じゃない?
私?
どっち?
私は、どっち?
どちらにせよ、足下のそれにもう用はないけれど。
「ヘルファイア」
今度こそ私のオーロサルモンが躊躇いなく引き金を引かれる。
痙攣する黒き巨人に、ザミエールモンだったものに、ただ弾丸の雨を鱈腹浴びせた。その名の通り地獄の業火の如き銃撃の嵐は黒き巨人の手足を容易く千切り飛ばす。とうにそれは死んでいただろうけど、その亡骸にすら最大の辱めを与えるよう少しずつ削り取って肉片へ変えていく。
だってユノを喰ったのはコイツだもの。
──その顔を踏み潰したのは?
だってコイツは『妹』の仇だもの。
──助ける方法があったんじゃないの?
ユノを化け物の一部として存在させるわけにはいかないもの。
──じゃあ今の私(あなた)は化け物じゃないっていうの?
優しさなんて関係ない領域で、私は己の心がヒビ割れていく音を聞く。
「メ……」
黒き巨人、もう手も足も腰から下も失った達磨が呻く。
とっくに蜂の巣の癖に。
ユノを生やしていた胸には大穴が空いている癖に。
もう私にとって食事としての価値しかない癖に。
「メイね──」
だからその言葉を待つつもりはない。
だってもう喉がカラカラなんだもの。
お腹だってペコペコになっちゃった。
「サヨナラ」
だから私は再び黒い霧を纏わせた足をギロチンのように振り下ろし。
ついさっきまで木精将軍だったはずのガラクタの首を撥ね飛ばした。
『妹』を喰った化け物の首を、最後に『妹』の声を発したその首を。
その様を、私は特等席で見ていた。
アシタ。彼と私の『娘』。蒼い瞳のアシタ。
大人しくて気弱で、だけど誰よりも優しかったはずの少女。でも自らの銃で四散させた肉片をただ貪り喰らおうとするアスタモンの姿に最早その面影は無い。自らの『妹』だった肉を喰らって受肉したザミエールモンを食せば彼女のアスタモンとしての力は更に馴染み、そして人間としての在り方からは更に離れていくことになるだろう。
アスタモン。
彼のパートナーだったデジモンと同じ姿だ。
つまりこの先に待ち受ける運命、アシタが完全にデジモンと化した果ても同じだろう。ならば一刻も早く処断しなければならない、これはきっと『母』としてではなくプルートモンとしての本能。私の『娘』は間違いなく世界に更なる災厄を齎す。すぐにでも抹消すべき世界のバグに他ならない。
それなのに。
無防備な彼女の背へ向けて翳した私の手が動かない。
灼熱の業火を放つはずの私の手は硬直し続けている。
その理由を。
きっと私は知っていた。
「ヘルファイア」
彼のパートナーと、あの子にとっての『父』の相棒と瓜二つのその姿。
私を何度だって殺そうとした闇の獣人と重なるその姿。
だけど、それだけは私だった。
「ヘルファイアー」
プルートモンと化す前。
まだ私が私と私の相棒だった頃。
私の相棒と同じ技だったんだ。
そうだよね。
ケルベロモン。
刹那。
天が割れる音がして。
雲が裂ける様と共に。
現れたそれが。
私(メイビ)と。
私(アシタ)の。
私達の視界の全てを覆っていた。
それを何と呼ぶべきか、私は理解できなかった。
私でない私の体はダラリと銃を垂れ下げて硬直し、天より現れたそれをぼんやりと見上げている。私が喰らうべきだった木精将軍の肉片、カラカラの喉とペコペコのお腹を満たすはずだったそれらが竜巻に舞い上げられるように頭上のそれに飲み込まれていく。
全長は数百メートルか、もしくは数千メートルなのか。
もう縮尺を図るのも馬鹿らしくなる程の巨体は、黄金に輝く四本の足で大地を踏み締めて超然と私とその背後にいるだろうメイオウを見下ろしている。
だけどそいつには顔がない。今この場で突如現れたのでなければ、巨大なオブジェか何かと思ってしまう程度にはとても生物とは思えないその外観。
それでも。
私は現れたそれが敵だと知っていた。
「──────!」
声なき声でそいつが吼える。
明滅するそいつの無数の眼球と激しい咆哮と共に、先程までの私達の戦いで荒らされた紅い花々が再び息吹を取り戻していく。
赤、紅、朱。
「──────!」
そいつの本体は今まさに唸りを上げる、肉体の大半を占める球体から生えている白銀のヒトガタの上半身。奇怪な幾対にも渡る紅い目を備えたそれは、まるで私の『姉』『妹』のような。
そしてそれが生えている巨大な球体は。
本来なら大邪球と呼ばれるべきそれは。
青々と周囲を照らす私達の母なる星は。
「地球──!」
確信する。
数千年の間にこの星を赤く染めたのは。
世界が今こんな風に変わっていたのは。
何よりも。
私達から大切な母星を奪ったのは。
全部こいつが現れた所為なんだ──!!
さあピースは揃ったよ、クオーツモン。
僕と君。
メイビとラブラモン。
そして僕達の『娘』。
四千年もの戦いに決着を付ける時だ。
Duester.01「地獄で会おうぜ、ベイビー」
Duester.02「I`ll be back.」
Duester.03「キミの瞳に乾杯」
Duester.04「May the Force be with you.」
Duester.05「子羊の悲鳴は止んだか?」
Duester.06「Remenmber I promised to kill you last? I lied.」
Duester.07「俺たちに明日はない」
Duester.08「I`m king of the world!!」
Duester.09「Elbow roket! ~ロケットパンチ!~」
Duester.FAINAL「明日は明日の風が吹く」
【解説】
・クオーツモン(究極体/属性不明)
本作のラスボス、というより舞台そのもの。『父』ことタイヨー・カザリ(太陽 文)のパートナー。
2485年より人間世界に溢れ出ると共に世界中のデータを吸引し始め、数千年の時を経て母なる星の全てを大邪球に取り込んだ災厄の具現。彼が君臨する限り地球は、人間もデジタルモンスターも等しく狂わせる紅い花々に覆われた死の星であり続ける。
・プルートモン(究極体/ウィルス種)
本作の主人公デジモンその1。アシタは知らないが彼女の『母』であるメイビ・カド(明日 門)のパートナーであるラブラモンとメイビ自身が融合した姿。人間と細胞単位で融合している為、人間を喰らう必要も無くこの紅い花々の世界で支障無く行動できる。
・アスタモン(完全体/ウィルス種)⇔アシタ・カザリ(明日 文)
本作の主人公を務める少女。18歳で種族は地球人。八つ子姉妹の三女だが父母の血を最も色濃く受け継ぎ、全身がデジノームで構成されていた。姉妹を失った激情と度重なる生命の危機により肉体がアスタモンに変質してしまい、心優しい少女の心と残虐非道なデジモンの本能が互いに引き裂き合い、言動もまた支離滅裂なものになっていく。
アスタモンとしての姿は父のパートナーであるクオーツモンの過去の姿と同一であり、自然両者は引き合う運命にある。
【後書き】
恐らく創作サロンに投げさせて頂くのは今回が最後になるかと思います(前もこんなこと言ったな?)。
実はかなり昔、某ラノベ大賞に送って二次か三次で無念した作品をデジモン風にアレンジしたものでしたが、まあ1話で全然違うものにしてしまったので続きは書けないよな~みたいなのがあったものの、気付いたら四話。一応ザミエールモンは死んだのでデスジェネラル討滅に向けて一歩前進はしておりますが、ちょっと中途半端な状況でサロンでは終幕となってしまうことをお許しください。
それでは、ひとまず筆を置かせて頂きます。
企画されたへりこにあん様には改めて感謝申し上げます。
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