#ザビケ
本作は夏P(ナッピー)・作 『Death or Dominate』 Duester.01 の第三話となります。
Duester.03「キミの瞳に乾杯」
Duester.04「May the Force be with you.」
・
メイオウ、即ち冥王プルートゥ。
プルートモンは元々オリンポス十二神の一体、ユピテルモンと並び称されるモンスターである。
同じ神人型に属し、同様に善を以て悪を討つとする両者は、だがしかし決して相容れぬ関係として知られた。天界より神罰を与えるユピテルモンと悪を地の底に堕とすプルートモンはまさに正反対の存在であり、両者が相対すればいつ果てるともしれぬ死闘が繰り広げられる、そう伝説には記されている。
曰くプルートモンとは、地獄の番犬ケルベロモンの進化系とも記録されている。
もう一つの進化系であるアヌビモンが冥府の守護者として知られるのと同様、プルートモンは悪と断じた者を冥府に叩き落とすことを悦とするという。ある意味では双方共に同じ裁断者・執行者の属性を持ちながら、守護と破壊と相反する役割も有する。故に神話で最も名の知られた魔獣と言っても過言ではないケルベロスの名を冠しながら完全体に数えられたケルベロモン種の可能性もまた広がりを見せる。
人狼モード。そう呼ばれる姿がケルベロモンには存在するのだと言われ始めた。守護者(ガーディアン)ではなく破壊者(デストロイヤー)、全てを嚙み砕く牙を両腕に備えた禍々しき姿こそが、プルートモン直系の完全体であると。
故に近付く。進化の度に冥王は人の身に近付いていく。
高位な存在は人間の形を取ることが多いとされるデジタルワールドにおいて、それは決して珍しいことではない。それでも原種が純粋な獣の姿を取りながらその名の通り人に過分に近しいその姿は異質だった。
人間を喰らったとか。
人と触れ合ったとか。
そんな風聞が流れ出すのも無理からぬこと。
そして今。
真紅に染まった地球という惑星にプルートモンは存在している。過去のデジタルワールドを再現するかの如く、今この紅き星の上で覇権争いに明け暮れるビッグデスターズの戦いに関与することもなく。誰もを狂わせるとされる紅い花が咲き誇る世界、一度踏み締めれば人間もデジモンも等しく正気を失うとされる紅い花畑を何ら意に介せず彼の神人は君臨する。
月。
火星。
水星。
木星。
金星。
土星。
彼らビッグデスターズが人間、七人の『姉』『妹』を喰らうことで黒き巨人から真の姿を取り戻し、やっと自我を保てる紅き惑星で。
何にも影響されることはない冥王星として。
それは果たして誰の記憶だったのか。
プルートモン。冥界の支配者と呼ばれた黒き神人であるはずの私は今、私でない私の記憶に突き動かされている。自分は紛れもなくデジタルモンスターとしてあの世界に生まれ、本来の居場所ではない人の世に溢れ出た異物として長らく生きてきたはずなのに、脳裏を過る懐かしくも儚い思い出は、紛れもなく人間のそれだった。誰かと出会って溶け合い、やがて子を成した記憶は、我ら電脳生命体には有り得ないものだった。
友愛。
情愛。
性愛。
それらは全て、当然のようにデジタルモンスターの世界には存在し得ないもので。
「あ……うっ……」
私の足下で血を流しながら呻く少女の姿が、記憶の中の私自身と重なる。
この紅き花の世界で冥王(プルートゥ)と謳われる私が、年端も行かぬ童女であった時期が確かにあった。友愛も情愛も性愛も知り得なかった当時の少女は、人類文明の最盛期と言われた25世紀に生まれ、まだ分かたれていた時期のデジタルワールドを『彼』と共に旅したのだ。
『彼』? 『彼』とは誰だ?
言うまでもなく知っている。
世界をこうした『彼』のことだ。
この私達の故郷を紅く染め上げた元凶だ。
絶対に許してはならない男のことだ──!
人間界とデジタルワールド、互いに影響なくしては共に存在し得ない二つの世界を、その根幹を成す垣根を破壊して世界を分け隔て無くしてしまった諸悪の根源。
その『彼』と共にいた頃の私は、ある種の気の迷いで愛し合った頃の私は、きっとこの少女と同じ姿形をしていた。
違う。きっと違う。
彼女が似ているのだ。
他ならぬ彼女の方が私に似ているのだ。
食い荒らされた全身からは血を噴き出しながら覗く白い肌。
紅い世界の中で何にも影響されぬだろう黒々とした長い髪。
白磁の頬の上、薄く開かれた目蓋の間には確かな蒼い輝き。
青、蒼、碧。
ああ、なんて美しい色。
けれど今彼女が持っているそれらは。
かつての私も確かに持っていたもののはずで。
その理由、そんなものは言うまでも無く──
『Death or Dominate』
────Duester.03「キミの瞳に乾杯」
痛い。
痛い。
痛い。
「あっ……うっ……」
あのキノコの化け物達に食い千切られた肩と脇腹が焼けるように痛くて。
だけど痛いってことはつまり生きているということで。
私が気を失っていたのはきっと、数分にも満たない僅かな時間。それでも遠い意識の中、あの漆黒の背中が木精将軍と刃を交える度に響く軽やかな剣戟音だけが私の頭蓋を揺らしていた。
「くっ! メイオウ……!」
紅い花の中で横たわっていた私が恐る恐る開いた視界の先、その歯噛みが示すようにザミエールモンは明らかに押されていた。
剣戟音というのは正確ではない。メイオウと呼ばれた漆黒の背中の主は、武具を持たず純粋な格闘技で木精将軍を追い詰めていく。背負った巨大な鏃を盾代わりにメイオウの拳打も蹴りも捌かんとするザミエールモンだけど、本来は弓矢による狙撃や援護を得意とする彼にとって向き合っての近接戦に入ってしまっていること自体が失策だった。
そして純粋な格闘技というのもまた正しくはない。
メイオウの鎧、もしくは彼の体そのものなのか。全身に刻まれた牙状の意匠は装飾ではなくそれ自体が意思を持ってザミエールモンに食い付かんと唸りを上げる。パンチ一つを取っても牙との波状攻撃となっている時点で、木精将軍がただでさえ不得手とする接近戦を更に不利なものとしていた。
その光景を私は。
「──────」
食い入るように見つめることしかできなかった。
あの化け物達に人の身で対抗することなんてできない。一時の憎悪の発露で私の『姉』『妹』を全員食い殺したアイツらを殺してやると宣言した。だけど一日も経たない内にこれ、アイツらを倒すどころか紅い花畑で正気を失ったキノコ達──私より遥かに小柄な生き物なのに──にすら食い殺されかける事実。
曲がりなりにも強大な存在に食われた『姉』『妹』達と違って、明らかにアイツらより格下なキノコ達に殺される寸前だった私は、相変わらず八人の中で一番出来損ないのメイビだった。惑星から外された冥王星のメイビだった。
「なん……で……っ!」
なのに、生きている。
なんで私はまだ無様に生きているんだ。
ジワリと流血で服を濡らす肩口を押さえながらよろよろと起き上がる。キノコの歯形が残る太ももがカタカタと震えて立つことすら覚束無い無様な私。
痛みか悔しさか情けなさか、涙で歪んだ私の視界の中、清爽さすら覚える漆黒がザミエールモンを追い詰めている。
メイオウ、冥王星の私(メイビ)と同じメイオウ。それなのにその力は人間の私なんかに及びも付かないもので。
「やだよ……私、もうやだ……っ!」
意図はどうあれ、彼が現れたことで私は救われたらしい。
でも。
なんで来たんだって思う。
彼が乱入してこなければ私は今頃死んでいたのに。
死ねたのに。楽になれたのに。
肩が痛い。お腹が痛い。足が痛い。それは思い切り囓られたんだから当然なんだけど。
だけどそれ以上に痛むのは心だった。
ここは私達の故郷のはずなのに、訪れて24時間足らずの間にいいことなんて一つもない。自分の惨めさと不甲斐なさを骨の髄まで突き付けられて、だけど死んで楽になることすらさせてくれない。『姉』『妹』達は一人残らず死んで私だけが生きているのはおかしいのに、私は紅い花に囲まれたところでルナのようにおかしくなることもなく──なんで? 本当になんで?──他の『姉』『妹』に劣る冥王星のまま。その癖、いざ死に瀕してみれば死にたくないと泣き叫んで、会ったこともないお『母』さんに助けを求める始末。
死にたい。生きていたくない。もう全てを投げ捨てて楽になりたい。
「なんで私だけ……っ! 私だけ生きてるの……っ! マキでもミナでもルナでもなくて……っ!」
人の身でアイツらに立ち向かえないにしても、他の『姉』『妹』ならもしかしたらと思う。何か逆転とか対抗策とか手立てを考えるだろうけど、私にそんな考えは微塵も浮かばない。私なんかが足掻いたところで、どうせどこかで野垂れ死ぬだけ。
死ぬことが怖くないと言ったら嘘だけど、それ以上にここからも一人で寂しく生きて、死ぬまでにもっと痛い思いをすると思うと心が折れそうになる。
もう足首に力が入らなくて、へなへなとその場にへたり込む。
「……痛いのはやだ! 寂しいのもやだ! なんで私だけこんな思いしなきゃいけないの……っ!」
童女のように。
際限が付かず。
ただ泣き喚く。
「私も……皆と一緒に逝きたかったよ……っ!」
だからって自分で命を絶つ度胸なんてなく。
風にそよぐ紅い花畑で続くメイオウと木精将軍の戦いを、私はただ見つめることしかできなくて。
そんな中。
「────────」
ザミエールモンと組み合いながらも背後を振り仰いだメイオウが。
鎧に施された敵を食い千切る以外の機能を持たないそれではなく。
禍々しさすらある金色の鍬形を備えた兜の下より覗く本当の口が。
アシタ。
そんな言葉を紡いでいるように私には見えた。
アシタ。……明日?
何それ。確かマキもいつだったか、突然『明日ァーッ!』と叫んでいたことがあった。
私がそんな懐かしい思い出に意識を向けた瞬間。
ドクン。
自分の心臓が跳ねる音を私は聞いた。
アシタ。
彼女が考えた名前だ。
自分と同じ“明日”を意味する三文字。日本語なんてものはとうの昔に廃れていたけど、それでも彼女は八つ子の中で蒼い目を持って生まれた三女にその名前を与えた。だから本来、僕らの三人目の『娘』は地球を意味するEarth(アス)であると共に未来を背負う明日(アシタ)を兼ね備えた名前で呼ばれるべきだった。ただ戯れに僕が日本語、漢字を教えた長女のマキが幼い頃に“明日”をメイビと読んだことから狂い始めた。
いや、狂わせたのは僕だ。
メイビ。それは他ならぬ彼女の名前だ。僕の『娘』達は見たことどころか存在すら知らない『母』の名前だ。
誤読だとしても『母』に最も似た三女がその名前で呼ばれることに、僕は不思議な喜びを感じていた。本人がそれに苦しめられていたことを知りながら、僕は一度だって名前で呼んだことはない。どこかで理解していたにも関わらず、僕らの血を最も色濃く受け継いだ『娘』のことをアシタともメイビとも確定させることから逃げていた。
そんな三女だけが生き残った。他の七人が死に絶え、僕の蒼い目と彼女にそっくりな容姿を持つ三女だけが。
それを運命と考えるつもりはない。
つもりはないけれど、少しだけどこかで納得している僕がいるんだ。
心の片隅で他でもない三女が生き残って良かったと考えている僕はどこまで行っても人でなしであり、どこまでも親として失格だった。
『──────』
「君もよく知る彼女だよ、あれは」
クロスローダーから聞こえる咎めるような声に、僕は表情を変えずに応じる。
惑星D-2から見上げる歪んだ空。その先にいる『相棒』は今も尚、僕にとって『相棒』であり彼自身も僕の唯一無二の存在であると信じて生きている。それ故の苛立ち、それ故の不満が彼の声には乗っている。
それを尤もだと思い、同時に傲慢だとも切って捨てる。
僕は悠久の時を生きた今でも確かに人間であり。
君は如何に世界を支配しようともデジモン以外にはなり得ない。
「最初から間違っていたんだ、僕は……僕達は」
『──────』
「だが結果はこれだ。君が何と言おうとも、僕は……僕達は、自分達の独善で世界と歴史を狂わせた大罪人であることに変わりは無い」
人間とデジモン、異なる二種類の生物はわかり合えると信じていた。
そんな甘さ、綺麗事を信じるだけの強さがかつての僕には確かにあった。
人間界とデジタルワールド、二つの世界の隔たりこそが人間とデジモンの相互理解の障壁であると考えた僕らは、共に協力して二つの世界を繋げることに成功した。地続きとなった世界の中、やがて二つの生物の融和と交流が始まると僕達は信じていた。
でもその結果こそが今この時代だ。
溢れ出したデジタルワールドの“中身”は瞬く間に人間の世界を食らい尽くし、僕らが永遠の楽園と定めたあの蒼い惑星が、人の住める場所でなくなるまで千年とかからなかった。
そうしてデジタルモンスターは本来、人間と関わってはならない存在だったのだと、僕はその時になってやっと気付いたわけだ。なんて滑稽だろう、なんて無様だろう、僕と相棒が理解し合えたのだから他の人間とデジモンにだってそれは当然のように適用されるのだと信じて疑わなかった。全ての人間にパートナーとしてのデジモンがいる世界、まさに夢物語と呼ぶ他無いそんな時代が間違いなく来るはずだと、僕は心の底から信じていたんだ。
でもね相棒。決して忘れてはならない。
僕の所為だけじゃない、これは僕らの責任だ。僕らが二人で永久に背負っていくべきものだ。
「……覚えてるかな、そろそろ四千年だ……」
『──────』
忘れるはずがない。相棒なら間違いなくそう言う。
「君が嫌いだった彼女だ。アレは君が何度だって殺そうとした、あの彼女だよ」
ハッとしたような反応。相棒からの通信はそれで切れた。
四千年、口にしてしまえば刹那としか言い様がない。僕と相棒、そして彼女は運命共同体。人類の歴史を破綻させデジモンの世界も捻じ曲げた罪は、今こうして揃いも揃って死ぬこともできずにそれぞれが歪んだ姿で顕現し続けていることで果たして清算することができているのか。
キィと椅子を引き、司令室の机から一枚の写真を取り出す。
映っているのは僕だ。
今と変わらない見た目の僕と、歪む前の相棒と、もう一人。
「……相変わらず随分と寝坊助さんなんだ、君は」
僕の八人の『娘』達──最早一人を残すのみだけど──に瓜二つな彼女。
最後に生き残ったあの子の生き写しと呼んでいいぐらい変わらない彼女。
僕や相棒と共に世界を狂わせた罪を背負って一人彷徨い続けている彼女。
そんな彼女に一つだけ言いたいことがあったとしたら。
「……今になって言っても、遅いんだろうけどね」
後悔先に立たず。それでも言いたい、言わずにはいられない。
「君の『娘』はアシタだけじゃなかっただろう……メイビ・カド」
彼女を呼ぶ。彼女を恨む。彼女を咎める。
八人、ルナを含めれば九人、彼女達を死地へ送り込んだのは他でもない僕だ。だから僕自身にそんな資格は無いと知っていても、恨み言を言わずにはいられないのが僕という人間の弱さだった。
だけど、それでも。
一つだけ。
たった一つだけ。
ドクン。
一際大きいその音が私の心臓の鼓動だと、私はしばらく気付かなかった。
「あうっ……!」
わからない。
何が何なのかわからない。無様に土下座するような態勢で胸を押さえても止まらない。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
早くなってくる。熱くなってくる。
紅い花に包まれた世界の中で、私の視界がじんわりと朱に染まり出す。目を向けた先には既に視線を戻したメイオウと木精将軍が今も戦闘を継続中、彼らの武器や鎧が奏でる軽やかな音色は狂った世界にあってどこか清廉さすら感じるものであったのに。
紅い花の上に立ったルナは壊れた。あの月光将軍の口ぶりからして他の『姉』『妹』達もルナと同じだったらしい。
私だけが壊れなかった。どうして私だけ……? その疑問をゆっくり考える暇なんて無かった。そんな物思いに耽る余裕なんて無かった。
「か、はっ」
カサカサの喉が擦れて何か液体のような固形物のようなものを吐き出す私。
ドロリと紅い花々の上に纏わり付いたカサついたそれが自分の血だなんて思えなくて。
毒々しい花を艶やかな朱に染めるそれを一瞬でも綺麗と感じたなんて信じられなくて。
その血の中に何か微小な生命体がゴワゴワと犇めき合っている様から目が離せなくて。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
もっと加速する。もっと熱くなる。
「私……?」
私は壊れていない。私は私、出来損ないのメイビ・カザリ。
なのに。
メイオウにアシタって呼ばれた。
アシタ。あした。明日。
私が、明日?
そう認識した瞬間から私が私でなくなっていく。メイビだったはずの私が作り替えられていく。
吐き出された血の中で蠢いているゴワゴワはまだ私の体内に無数にいる。私の体内はきっとこの丸い目と小さな口を持つゴワゴワの住処、こんな気持ち悪いゴワゴワで私の全身はできている。ついさっきキノコ達に噛み千切られた肩口から、脇腹から、太ももから、それぞれ流れ落ちる血液にもゴワゴワは潜んでいて。
気持ち悪い。
ああ、これが私。
めちゃくちゃ、気持ち悪い。
「や……だぁ……!」
視界に叩き込まれる情報の嵐で眼球が潰れそう。
ツンと鼻を突く不快な香りは血のそれしかなく。
それでも軽やかな剣戟音は今も耳に届いていて。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
もう止まらない。もう止まれない。
今にも膨張した心臓が胸を突き破って体外に露出しそうな錯覚。全身が炎に焼かれていくような感覚は、もう私を人の身に留め置かない。私は他の『姉』『妹』と違って紅い花の影響で壊れなかったのではなく、この世界に適応する体質だったなどということも断じてなく、ただ壊れる方向性が違っただけだと知る。それも取り返しのつかない方向へ、私が最も望まなかった形で。
だって嫌なんだ。私は死にたくなかったけれど、少なくとも人以外の何かになるのは嫌だったんだ。
(痛い! 痛い! 痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い──!!)
全身を内側から這い回るゴワゴワが私の指先から、爪先から、頭頂部から噴き出して私の体が捲れていく。
死んだ方がマシかと思える激痛の中でも意識は決して手放せなくて、ただ私は心の中で痛い痛いと叫びながら、私の体が私ではない何かに変わっていく様を目の当たりにさせられるしかなかった。
(指が裂けるのはやだ! 頭が割れるのはやだ! 目が潰れるのもやだ! なんで私だけこんな──!!)
ボロボロの服は風に翻るマントとなり。
唯一『姉』『妹』の中で一番綺麗だと褒められた黒い髪は白銀に染まる。
細くしなやかながら鋭い爪を備えた腕(かいな)は、私の意思に反して足元に転がっていたマシンガンを掴み取る。
もう私の脳味噌なんて一片も残っていないはずなのに未だ割れそうな頭蓋の痛みに苛まれる私を無視して、私でない私が立つ。
何故か口の端が上がる。何故かも何も私の体はもう私のものではなくなってしまった。
何なんだろう。
こんな醜い姿をしている私は。
人でなくなってしまった私は。
ホント、何なんだろう。
だから一つだけ。
たった一つだけ言い訳をさせてもらえるなら、僕はきっとこうなることを恐れていた。
僕が君の名前を呼ぶことでこうなってしまうのではないかと、僕はずっと恐怖していたんだ。僕の願いと彼女の思い、それぞれが込められた君の名前を呼んでしまえば、君の境界線が壊れてしまうような気がしていたんだ。
『──────!!』
それでも焦ったような相棒の声がおかしかった。
「……アレが僕の『娘』だよ」
『──────!!』
「驚くことはないだろう相棒。僕もメイビもデジタルワールドと関わり過ぎた、そんな僕達が子を成せばああなるのも道理」
嘘だ。少なくとも他の七人の『娘』は人間だった。普通に生きていけるだろう人間だった。
あの子だけが。アシタ・カザリだけが違った。
世界と繋がった僕、ケルベロモンと一つになったメイビ、その在り方をあまりに受け継ぎ過ぎていた。文 太陽(かざり たいよう)と門 明日(かど めいび)、今から四千年近く前にリアルワールドとデジタルワールド、子供染みた夢想の果てに二つの世界を狂わせた大馬鹿な男女の特質を、あの三女はどこまでもその身に宿して生を受けてしまった。
それを不幸だとは思わない。どこかで喜んでいた僕がいるのも確かだからだ。
「あの子は……全身がデジノームでできている」
『──────!!』
デジノーム。デジタルワールドに存在すると言われながら知覚した者はいない生命体。言語を持たぬが故に行動や自らの変質でこそ生命活動と感情表現を行う電子の妖精。
故にあの紅い花の影響で君は壊れない。人間もデジモンも等しく壊すあの世界、他のデジモン達は人間を──僕の『娘』達を──喰らい、メイビはケルベロモンと一つになることで正気を保てる花の上で、君だけは唯一君のままで生きていけるんだ。君の存在規定は人間でも、それを形作っているのは君を人間として生かしているデジノーム達である故に、君自身の存在基盤は決して狂わされることはないんだから。
そして僕も同じだ。
「君とずっと繋がっていたい、そんな僕の願いをデジノーム達が叶えてくれたらしいんだ相棒。僕が繋がった世界、それは即ち君だからね」
『──────』
そうだ、僕の相棒は世界そのものだった。だから僕が繋がった世界、それはつまり。
「かつての君の姿をしているだろう? クオーツモン」
残された僕と彼女の最後の『娘』。
アシタ・カザリ。漢字に直せば明日 文。
僕が他の『姉』『妹』達に合わせて名付けようとしたEarth。
彼女がもう傍にいられないならせめてと自分と同じ漢字を与えた明日。
そんな僕らの願いが込められた僕らの『娘』が変質した姿は。
本来なら真紅で在るべき仮面の瞳だけは蒼を保っている姿は。
アスタモン。
Duester.01「地獄で会おうぜ、ベイビー」
Duester.02「I`ll be back.」
Duester.03「キミの瞳に乾杯」
Duester.04「May the Force be with you.」
Duester.05「子羊の悲鳴は止んだか?」
Duester.06「Remenmber I promised to kill you last? I lied.」
Duester.07「俺たちに明日はない」
Duester.08「I`m king of the world!!」
Duester.09「Elbow roket! ~ロケットパンチ!~」
Duester.FAINAL「明日は明日の風が吹く」
【後書き】
日曜の午後、ふと「今なら書けるのでは!?」となった為、三時間ほどかけて一気に書き上げてしまいました。ザビケなのに自作の続きを書いてどうするという思いもありましたが、なんか書ける気がするので書く楽しさには抗えなかったのでした。
というわけで、3話ですが早くも1話で振ったおおよその伏線は明かしてしまいました。元々明日(アシタorアス)ってジョグレスさせたらアスタじゃんという天才的ダジャレを思い付いたが為に全てを構成しております。他の姉妹達とメイビ(アシタ)が違う理由も全てはここに起因しております。そもそもセーラームーン的には地球だとタキシード仮面様になってしまう!
ザミエールモンVSプルートモンに関しては今回ずっとキンキンキンキンやってたら終わるという不条理。プルートモンはつまりアシタから見て〇〇なのですが、唯一クロスウォーズ関連デジモンではないので屁理屈でも繋げるのが難しかったかなと思います。Wikim〇nでアスタモンとプルートモン進化繋がってないかなーとか探してしまったのは内緒です。
それでは恐らくサロンではここまでとなるかと思いますが、というか新掲示板に持って行けないかもですが、またよろしくお願いします。
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