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デジタルワールド。
数多の情報のデータが集まって形成されたその世界には、人工知能を持つデータの生物であるデジタルモンスター……略称『デジモン』が生息しており、様々な種が生まれ持った個性を活かして生きている。
そのデジタルワールドの大陸上に存在する村の一つ――発芽の町。
丘のある草原の上に建てられたこの村には、木造にしろ石造にしろ扉の無い建物が多く建っており、丘の最上部から湧き水が溝を沿うような形で流れ、滝と川が形成されている。
村には動物や植物など、様々な物を模した姿をしたデジモンが多く住まっており、互いに協力し合いながら暮らしている。
そんな発芽の町の真昼間。
「……ハァ」
片方の手に釣竿を、もう片方の手にバケツを持ち、赤と青の毛並みに九本の尻尾を持った哺乳類型のデジモン――エレキモンが、木造の建物の中に入った途端にため息をついていた。
「ぐぅぅぅぅ~……」
彼の目の前には、黒に近いグレー色の毛皮を持つ小熊のような姿をした獣型のデジモン――ベアモンが、気持ち良さそうに寝息を立てていた。
彼からすれば見慣れた光景なのか、エレキモンは頭の痛さを装うように額に右の前足を当ててもう一度ため息を吐くと、ベアモンを起こしにかかった。
「おい!! 起きろ寝ぼすけ!!」
最初にエレキモンは、ベアモンの体を揺すって直接意識を覚醒させようとする。
「ぐぅぅう~ん、あとごふぅ~ん……」
しかし大して効果は無いようで、ベアモンは器用に寝言でエレキモンに返答しながら眠りの世界にしがみ付いていた。
「ったく……おい!! とっとと起きろ!! 約束を忘れて何昼寝してんだ!!」
「ぐぅぅ……う~ん」
その様子を見たエレキモンは揺する力を更に強めると、ベアモンは寝ぼけて意識が完全に覚醒していないままで立ち上がった。
「やっと起きたか。いつもながら苦労させられる……ぜ!?」
しかし、エレキモンの予想はベアモンが睡眠欲に負けて前のめりに倒れこむと言う形で、文字通り押し倒された。
偶然にも、ベアモンの正面にエレキモンが居たためにエレキモンはベアモンに押し倒される。
「あたたかぁ~い……」
「こら!! お前には自前のがあるだろうが!!」
「ふにゃぁ~……気持ちいい~」
ブチッ、と。
その瞬間、エレキモンは自分の頭の中で何かが切れる音を聞いた。
それが何の音かはエレキモン自身理解出来ていたが、抑えるつもりは毛頭無かったらしい。
よく見ると額に青筋が出来上がっており、体からバチバチと火花が生じているのがその証拠。
「いい加減に……しろやあァァァ!!」
「ふぎゃぁぁぁあああ!?」
次の瞬間には、エレキモンの体からゼロ距離で放たれた放電がベアモンに炸裂し、朝のモーニングコールよろしくベアモンは自業自得の悲鳴を上げていたのであった。
流石に電撃を受けた事もあって意識は完全に覚醒し、ベアモンは目を覚ました……のだが、体の方は痺れてガクガクと震えている。
毛皮の大部分から焦げ臭い黒い煙が出ているのは、きっと彼自身が全くの手加減をせずに放電したからだろう。
やがて体が痺れながらも動かせるようになると、うつ伏せに倒れていた自分の体を起こす。
それと共にエレキモンも脱出する事が出来た。
「……あ、エレキモンおはよ~」
「おはよ~……じゃねぇよ!? もう昼だ!!」
「ほぇ? そうなの……?」
「……ハァ」
そして、電撃を受けながらもようやく眠りの世界から脱出したベアモンの第一声はと言うと……何とも緊張感の欠片も見えない朝の挨拶だった。
電撃を受けても能天気に時間軸のズレた朝の挨拶が出来る辺り、元気ではあるようだが起こしたエレキモン自身は何処か疲れたような表情をしている。
これがツッコミ役の宿命とでも言うのだろうか、とエレキモンは内心で思いながらもベアモンに状況を説明する。
「いいから起きろボケが!! 今日は昼に釣りに行く約束をしてただろ!!」
「………………」
「……まさか、忘れていたのか?」
「……あっ」
約束と言う言葉を聞いたベアモンの表情が、徐々に焦燥感を帯びていく。
「……昨日、次の日に釣りをしに海辺へ行く約束をしていただろ。なのに今日、待ち合わせの場所で予定の時間になってもお前は来なかった。だからまさかと思ってお前の家に来たら……このザマかよ」
「あ~……」
「……何か言う事は?」
「……てへっ」
カチッ、と。
ベアモンの可愛い子ぶった返答を聞いたエレキモンの脳裏で、今度は何かのスイッチが入る音が聞こえた。
堪忍袋の尾が切れているわけでは無いらしいが、何故か物凄く気持ちの良い笑顔を浮かべている。
その表情を見たベアモンが本能的に危険を察知するも、既に手遅れだった。
エレキモンは次の瞬間、全身からパチパチ音を立てながらベアモンに、とてもとても優しい声で言い放った。
「四十秒で用意しな。ただでさえこっちは待ち惚け食らってるんだからな!! これ以上遅らせたら問答無用で放電ブチかます!!」
「エレキモンの鬼ー!! 悪魔ー!!」
「のんきに昼寝して、一日前の約束を忘れるお前に言われたかねぇぇぇッ!!」
ベアモンは木造の帽子掛けにかけておいた自分の帽子――アルファベットで『BEARS』と文字が書かれた青色の帽子を逆向きに被り、同じく青色の革で作られたベルトを左肩から右側の腰に、そして手を痛めないための防具として両手にはそれぞれ六つほど巻いていく。
急いでいるせいか、かなりきつめに巻いている所もあれば緩く巻いている所も見える。
そして、部屋の隅に置いてある釣竿を右手に、その隣に置いてあるバケツを左手に持つと共にベアモンはエレキモンと共に用の済んだ家を後に、村の入り口付近へと向かって走って行く。
二匹が立ち去った後に木造の部屋に残されたのは、空洞の中のような静寂と木造の建物特有の木の匂いだけだった。
村を出て一時間ほどの場所に存在する浜辺。
そこでは強い日光が蒼海や岩肌を照らし、美しい自然の風景を二匹の目前に現していた。
硬い甲殻に覆われた蟹のような姿をしたデジモンや、ピンク色の硬い二枚貝のような姿をしたデジモンなど、この付近には水の世界に生きる野性のデジモン達が多く生息している。
「この辺りの砂浜ってガニモンとかシャコモンとか、成長期のデジモンが多いから危険な場所じゃないんだよね」
「だな。シードラモンとかが滅多に現れない場所だから、成長期の俺達からすれば絶好の釣りポイントだ」
潮の流れる音を耳にしつつ、二匹は持ってきたルアー付きの釣竿を振り降ろす。
鋭い放物線を描きながら、糸の通ったルアーは海の中に投下された。
得物が食い付くのを気長に待つのみとなった彼等は、暫しの談笑に勤しむ。
「それにしても、お前も中々粋なまねをするよな。普段は川釣りなのに、突然海釣りだなんて」
「最近は森の方でも嫌な噂が流れているでしょ? 野良のデジモンが狂暴化して、暴れているとか……」
「まぁ確かに物騒だな。でもそれだけじゃないんだろ?」
「バレた? 実は単に魚が調達したかっただけだったりするんだよね~」
「こいつ。まぁそういう事なら、別に何の不満も無いけどな」
あはは、と二匹はニヤけ顔を見せながら笑う。
エレキモンは自分の手に持っている竿を地味に微動させながら一度思考すると、気が変わったかのように話題を変える。
「ところでよ、お前は決めたのか?」
「決めたって何が?」
「これからの事だよ」
「?」
エレキモンの問いを聞いたベアモンの頭上に、小さな疑問符が浮かんだ。
「聞いた話によると『アイツ』は『あの事件』以来、力を付けるための武者修行の旅に出たらしいじゃんか。お前はどうすんだ?」
「……エレキモンも、返答に困る質問をしてくるね~」
「気になってたからな」
エレキモンは思った事をそのまま口に出して返答した後、ベアモンの答えを待った。
「……僕は、正直言って……『ギルド』に入ろうと思ってる」
「……そうか」
ベアモンの返答を聞いたエレキモンは納得したように軽く頷くと、そのまま言葉を紡ぐ。
「お前、外の世界をもっと見てみたいって言っていたもんな。実は俺も『ギルド』に入ろうと思ってる」
「え? そうだったの?」
「お前とは別件でな」
「ふ~ん……お、ひっかかった」
会話の途中、ベアモンの竿にピクピクと反応が現れ、魚が喰い付いた事に気がついたベアモンは竿を持つ手に力を加える。
「どっ……せぇ~い!!」
後ろに走りながら一気に竿を振り上げると、突発的な噴水に似た小さな水しぶきと共に魚が海の中から釣り上げられた。
「デジジャコかぁ……まぁ、当たったから良しとするかな」
掛かった魚を見て魚の種類を判別すると、ルアーの針から魚を外し、持ってきていたバケツの中に放り込む。
ベアモンの反応からして、目当ての魚と言うわけでは無いのは目に見えて明らかだ。
「まぁそんな事もあるさ。そういや狙いは?」
「デジサケ」
「やっぱりな~……お、こっちもか」
ベアモンの狙っている魚の名称を聞いたエレキモンが予想通りと内心で呟くと、自分の方の竿にも掛かった事に気がついた。
「ぐぎぎ……ぐっしゃ~い!!」
ベアモンとは違い、釣り竿を口に咥えて釣り上げるという変わった釣り方を披露したエレキモンは、釣り上げた魚を一目見ると直ぐにバケツへ投入した。
「ちぇっ、こっちもデジジャコかよ……」
「あはは、そっちもそっちだね」
「うるせ~やい」
自分をからかうベアモンの発言に少々イラっと来ながらも、エレキモンは再度釣り竿を海へと投下する。
釣り上げた魚の大きさや美味しさなどを話の草に、釣り上げてはまた釣り上げて、時々釣りのポイントを変えながら、二匹は徐々にバケツの中へと魚を増やしていった。
それから二時間後。
二匹は場所を海水に濡れた岩肌のある地帯へと移っていた。
同じサイクルを何度も繰り返していく内に、気がつくと二匹の持ってきたバケツの中は両方ともいっぱいになっていた。
海水の入れられたバケツの中では魚達が窮屈そうに泳いでおり、後々の事を考えるとベアモンとエレキモンの口元に自然とよだれがはみ出る。
「そろそろ帰らないか? もう大体釣れたんだし」
「いや。まだ僕はメインの魚を釣れていないから、もうちょっとやってみるよ」
ベアモンはそう言い自分の好物が当たる事を願いながら、もう何回投下したか細かく覚えていない釣り竿のルアーを海へ投下する。
「雑魚ばっかりだもんなぁ。それでも数が多いから、飯には困らないわけだが」
「むぅ~……だけど、たったの一匹すら当たらないのはちょっとなぁ……」
「お前、引き運無いな」
「うるさいなぁ。見ててよ、君がびっくりするぐらいの大物を釣り上げてやるからさ!!」
少なくとも十匹以上は釣ったのにも関わらず、狙いの魚が当たらない事実をちゃっかり毒刺すエレキモンとその毒に対して同じ毒で対抗するベアモン。
(ま、どうせ当たらないと思うけどな。ましてや大物なんて、そう簡単に……)
ベアモンの粋がった台詞に対して、エレキモンがそう内心で呟いた時だった。
「うおおおお!! 何だか凄い引きだあああああ!!」
「……ってはやっ!! マジかよ、竿の方が先に折れたりしないよな!?」
まるで誰かが仕組んだとすら思える見事なタイミングで、ベアモンの釣り竿が大きくしなり始めたのだ。
引っかかった魚の引きが強いのか、それとも単に重いからか、腕力に自信があるベアモンでもかなり厳しそうだ。
「仕方ねぇ!! 逃がすよりはマシだから、俺が手伝ってやる!!」
そんなベアモンに、エレキモンは文字通り手を差し伸べた。
後ろからベアモンの体を引っ張り支え、大物と思われる魚を逃がさないために強力する。
ベアモンも、それに呼応するように腕の力を強めた。
「どっ……こんじょぉぉぉ~!!」
そして、気合の入った叫びと共に釣り竿を大きく振り上げた。
――バシャァ!!
――ガァン!!
雑魚を釣り上げた時とは比較にならない水しぶきが上がり、釣り上げられた獲物は派手にベアモンとエレキモンの背後にある岩の方へと叩きつけられた。
よっぽど大きく、そして重かったのか、反動でベアモンは岩肌に背中から倒れる。
その際に後ろに居たエレキモンは、まるでドミノ倒しのように巻き込まれ、ベアモンと同じ姿勢で倒れた。
「痛てててて……エレキモン大丈夫?」
「俺も大丈夫だ。強いて言うなら、お前ちょっと重いぞ」
「ひどっ」
ベアモンは立ち上がり、エレキモンはそれに順ずる形で立ち上がる。
二匹は互いに安否を確認した後、後ろの方へ向けられている釣りの糸を辿ってその先に掛かっていると思われる魚を確認しようとする。
「……え? これって……」
「どう見ても魚じゃないよな……ってか、コイツって……」
釣り針が刺さっていたのは魚の口では無く、赤色の恐竜を思わせる姿をした――
「「……デジモン!?」」
――デジモンの鼻の穴だった。
返しの針が深々と刺さっているその有様は見るからに痛々しいが、二匹からすれば疑問に思う事が多すぎて、思考が追いついていなかった。
「……死んではいないよな……?」
エレキモンは恐ろしいものを見てしまったように腰引け気味ながらも、明らかに死んでいるように見えるデジモンの体の中央の部分を右の前足で触る。
余程長い間海水に浸っていたのか、赤い体色に見合わず体温はかなり冷たかった。
「……消滅してないって事は、まだ死んではいないって事だが……この様子だと、かなり危険な状態だな……」
「………………」
エレキモンの告げた予測に、ベアモンは目の前で倒れているデジモンを可哀想と思った。
だが同時に、疑問も浮かんだ。
体の形を見るに、水棲型のデジモンでは無い。
だが、自分が生きていた『森』の地域では見覚えも無いデジモンでもある。
どちらかと言えば火山や荒地など、恐竜型のデジモンが生息する地域に適したデジモンにしか見えない。
そんなデジモンが海の中から見つかるなど、どう考えても異常なのだ。
「……助けよう!!」
「え?」
単に同情心からか、それとも正義感からの行動か。
ベアモンは自身の両手をデジモンの胸の部分に当て、力いっぱい押す。
すると、恐竜デジモンの口から海水が噴き出された。
「おい、そいつが何者なのかも分かんないのに助けるのか? もしも悪い奴だったらどうする?」
「仮にそうだとしても……見捨ててられないでしょ!! お願い、エレキモンも手伝って!!」
自分の力だけでは助けられない。
そう内心で理解したベアモンは、この場で手を借りられる唯一のデジモンであるエレキモンに、手伝いを要求した。
エレキモンは一度「う~ん……」と深く俯きながら考えたが、やがて腹をくくったように声を上げた。
「……だ~!! 仕方ねぇな、やると決めたからには……絶対に助けるぞ!!」
夢を見ていた。
周りで見知らぬ人物が不気味な笑みを浮かべ、自身の何かを作り変えられていく光景。
自身の『外側』と『内側』の感覚がよく分からなくなるような、ただただ気持ち悪い錯覚。
そんな夢の内容を、彼は悪夢としか思えなかった。疲れた時によく見る悪夢だと、そう信じるしか無かった。
何処で何をされ、何が起きたのかまるで分からない。
まるで霧が掛かったかのように、全く思い出せなかった。
何より今、自分が何処に居るのかすら分からなかった。
周りの景色は視界が塞がっているのか真っ暗で、とにかく冷たい物に覆われているような感覚があった。
寒い。
冷たい。
熱を感じられない。
一体いつまで、この場所に居続けなければならないのだろうか。
夢なら早く覚めてほしい。夏の風物詩など今は求めていない。
それとも、
(俺は……死んだのか……?)
彼――紅炎勇輝は何も見えない、何も聞こえず感じられないそんな空間の中で、再び意識を深い闇の中へと落としていった……。
場所を岩肌地帯から最初の砂浜地帯へと移動し、赤い恐竜型のデジモンを砂浜の上に乗せた二匹は、恐竜デジモンを助けるために行動していた。
ベアモンは恐竜デジモンの口を強引に開かせた後、力のある限り両手でデジモンの胴部を押し、海水を吐き出させる。
しかし、恐竜デジモンの意識は戻らない。
その様子を見たベアモンとエレキモンは、次の行動へと移行する。
「海水は全部吐き出させたな。次は……」
「体を温めたほうがいいんじゃないかな。ここは浜辺なんだし、砂を使って砂風呂みたいな物を作られないかな?」
ベアモンは右手を帽子越しに頭に当てながら知恵を働かせ、エレキモンに提案した。
しかし、その案を聞いたエレキモンは一瞬呆気に取られた顔をした後、その案に対して難点を突きつける。
「お前にしては悪くない発想だが、問題の砂をどうやって集める? 両手で掬い上げてるだけじゃ、全然効率的じゃないぞ」
砂と言う物は基本的にサラサラしており、手で取ろうとすると量がどうしてもこぼれて、少なくなってしまう。
両手で掬い上げた程度の砂を振りかけているだけでは、何分掛かるか知ったものではない。
ならばどうすれば良いか。
「ここは、体温より先に意識を覚醒させた方がいい。体温なら後で対処出来るしな」
「……それならさ、エレキモンの電撃の応用で意識を覚醒させたり出来ないかな? 電気ショックとかで」
意識を覚醒させるのに効果的な手段の一つが『刺激を与える』事だ。
昼間の出来事でベアモンは電撃によって一気に意識が覚醒し、眠気の一切も吹き飛んでいる。
だが、この案にも問題があった。
「お前を起こした時とは状況が違う。コイツは明らかにヤバイ状態だぞ、下手したら余計に死ぬ可能性が高くなるから、それは最終手段だ」
「それもそうかぁ……う~ん」
「酷いやり方だけど、こういう時には痛みを与えてやればいい。体にダメージを負わせる事無くやるなら、刺激を与える事も一つの方法だしな」
「痛みを与えるって……何だか、このデジモンが可哀想になってきたんだけど」
ベアモンは恐竜デジモンに同情の念を送りながらも、それ以外の案が思いつかずに、結局恐竜デジモンの頭部にある羽のような形をした耳を掴むと。
「……ごめん!!」
恐らくそのデジモンにとっての特徴と言える羽のような部位を、謝罪の言葉を呟きながらぎゅっと摘んだ。
しかし、反応は特に見えない。
「その羽っぽいのは大して影響が無いんだな……次にいくか」
次にエレキモンはそう言うと、自身の爪を恐竜デジモンの足の裏にチクっと浅く突き刺した。
すると、僅かに震えた素振りを見せた。
「反応したな……意外とあっさり助けられそうだ」
エレキモンはそんなベアモンの方を向いてから、自身の体に電気を蓄積させ始める。
「え? さっきエレキモン、電気は最終手段だって言ってたような……」
「アレはコイツが本当に瀕死の状態だったらの話だ。こんぐらいで無意識に反応するんなら、電気を使っても問題無い」
「そうなんだ……」
「ち~とビリっとするけど、勘弁してくれよ。荒療治だが列記とした治療法の一つなんだからな!!」
そして恐竜デジモンに聞こえもしていないであろう台詞を吐きながら、恐竜デジモンの腹部に見える刻印を目印に、ダメージではなくショックを与えるための電気を放った。
「……んぅっ……?」
恐竜デジモンは全身に感じた刺激に呻き声にも似た声を上げ、まぶたを開くと共に視界へ降り注いだ日光の眩しさに開けた目を少し細めながら、意識を覚醒させた。
「あ、起きた!!」
「ふぅ、やれやれだぜ……お前さん大丈夫か? 手荒に起こして悪かったな」
その様子を見た二匹のデジモンは、無事に救助が出来た事にふぅと息を吐きながら胸を撫で下ろす。
しかし、何やら助けられた恐竜デジモンの方は二匹の姿が視界に入るや否や目をこすり始めた。
まるで、目の前の状況を疑うかのように。
「………………」
まず、恐竜型デジモンは無言で二匹を凝視する。
「……何をそんな驚いた顔してんだ? 驚かそうとした覚えはねぇぞ」
「君、大丈夫……?」
流石に理由も無く、未確認生命体を見るような視線をされてはたまらないのか、エレキモンは恐竜デジモンに対して自分から問いを出した。
一方のベアモンは、自分達に向けられている視線に対する疑問の答えを得ようとしていたが、結局思いつく事は無かった。
「…………で」
『で?』
返って来たのはたった一文字の、意味を為さない言葉だった。
そして。
「で、でででででデジモンッ!?」
次の瞬間、赤い恐竜デジモンは口を大きく開け、腹の奥底から響き渡るような叫び声を漏らしていた。
「……え?」
「……は?」
その返答は流石に予想外だったのか、エレキモンとベアモンはほぼ同時に頭に疑問符を浮かべながら、一文字の言葉を無意識の内に吐いていた。
だが、そんな彼らの疑問を解決する前に驚愕その物の表情で、恐竜デジモンは二匹に対してと言うよりはこの状況に対しての疑問を、そのまま口に出している。
「ななな、何でデジモンが!? 俺はデジタルワールドにトリップでもしちまったってのか!?」
(とりっぷ……?)
返答もせずに理解の出来ない独白を続ける恐竜デジモンにエレキモンは内心で『何だコイツ』と呟き、内心で疑問を浮かべているベアモンを余所に、試極当然のように怪しい物を見るような目をしながら答えを返す。
「……よくわかんね~けど、デジタルワールドに決まってんだろ? お前もデジモンなんだから」
「……えっ?」
エレキモンの何気も無く告げた言葉に、恐竜デジモンはまたもや意味を成さない一文字を口にする。
一瞬だけ、思考が停止したように固まった後……今度は独白では無く、返事としての言葉を返す。
「……何言ってんだ、俺は人間だぞ……?」
「……お前さん、何を言ってんだ? どう見てもその姿はニンゲンじゃないだろ」
互いに訳が分からなかった。
エレキモンは、何故このデジモンが自分自身の事を人間――デジタルワールドで架空の物語として語られている存在であるはずの、人間だと言っているのかに対して。
恐竜デジモンは、ただ単純にエレキモンの言葉に対して、だ。
(……いや、まさか、そんな訳が無いだろ……)
恐竜デジモンの思考に一つの不安が過ぎると、突然周りを見渡し、視界に入った青く広がる海の方へ向かって足早に駆け始めた。
「エレキモン、あのデジモン一体何なんだろ?」
「さぁな。一つだけ言える事は、明らかに頭がおかしい奴だって事ぐらいだ」
「ニンゲンって、おとぎ話とかに出てくるアレの事だよね?」
「だと思うが……絵本とかに出てくるニンゲンは、少なくともあんな姿じゃないだろ」
「…………」
ベアモンはエレキモンに対して素直に疑問を口にするが、エレキモンは恐竜デジモンを怪訝な想いで見ながら、ただ答えの無い言葉で応える以外に何も出来なかった。
そして、海面を鏡代わりに自身の姿を視界に捉えた恐竜デジモンは、
「嘘……だろ……!?」
目に映った現実を信じられないように、ただ疑問形の言葉を吐き出していた。
鋭利で長い爪が生えた前足が、爬虫類のような獰猛な顔立ちが、腰元から生えて動揺と共に揺れる尻尾が、全身の紅色が。
そして、腹部に見える危険の象徴とすら呼べる印が。
今の自分の姿を物語っていたからだ。思わず彼は、その怪物の名を口に出す。
「俺……ギルモンになってる……!?」
焦燥を表すかのように、波の音が強くギルモンの耳を叩いていた。
感想書かせていただきますね~と言ってから大分時間が経ってしまって死ぬほど申し訳ないのですが、今更ながら序章一~二の感想をお送りいたします。
主人公と友人の「デジモンのある暮らし」から始まるこのエピソード、前半の日常パート(特にデジモンのカードやゲームで遊んでいるシーン)の解像度がめちゃくちゃ高く、長編映画の導入シーンを観ているような気分になりました。僕自身はバトタをやったことは一度もないのですが、どういう訳かノスタルジーとワクワク感がこみ上げてきて……これが噂の「存在しない記憶」ってやつでしょうか。とにかくそれぐらい勇輝達の青春が眩しすぎて、平和っていいな、と率直に思いました。
だからこそ、その「平和」が崩れていく不穏さが倍増する訳で。ニュースのくだりから謎の男との邂逅にかけて、勇輝の不安が恐怖に変わるのを読者の視点でもありありと感じ取ることができるという……これが「脚本家の悪意」!() 日常から非日常へシフトする急転直下ぶりには目を瞠るものがあります。
そして勇輝の向かう「非日常」ことデジタルワールド、ここも現実パートよろしくデジモン達の「日常」から始まるんですね。とはいえデジモン達の間でも何やら穏やかでない噂が流れているようで、海辺で出会ったユウキとベアモン達はどこか境遇が似ているというか、現実世界とデジタルワールドの確かなリンクを感じてドキドキが自ずと沸き起こってきますね。
個人的には、ベアモンが帽子やベルトといった装具類を器用に取り回すシーンが印象に残っています。その種族ならではの生活感ある描写に僕はどうも弱いようです。
といった感じで、初回からかなり楽しませていただきました。全てが動き始める予感を残して幕を下ろす序章、この先勇輝/ユウキ達の身に何が起こるのか……そんな期待と不安とを込めて感想とさせていただきます。