
ぷちゃり、と音を立てそれはデジモンの腹の中から生まれた。胎内で残りカスのデータを結集させ無理矢理生み出したタマゴ
ずりゅずりゅと粘膜をタマゴを破り外へ這い出る
粘膜が乾く頃、タマゴの殻をむしゃむしゃ食べながら辺りを見渡し、自身を産んだであろう親を探す
周囲はツタで囲まれておりツタの元を目で辿ると一体のデジモンから伸びていることに気づく
ポヨポヨと弾ませながらそのデジモンに近寄る
「ココハドコ?アナタハダレ?」
ピシリと亀裂が入る音共にツタの中心に鎮座する口が開く
「…あ、あ、ああ!今起きた!ずっとお前のことを待っていた!だいぶ時間が経って記憶が曖昧だろうから改めて自己紹介をしよう
私の名はアルゴモン
ここは私を封印する除草剤混じりの大地と氷に囲まれた地獄の棺桶、命が惜しければあまり触手を地面に潜らない方がいい。
そしてキミは私の中で生まれたクローンだ」
「ドウシテコンナトコニイルノ?」
「大昔悪さをしてね、罰としてここに閉じ込められた。侵食と捕食を性として生きる私になんてひどい仕打ちだよ全く。ちょっと核ミサイルと原子力発電を暴走させてやっただけなのに!!」
「100%アナタガワルイデス」
「そうなのか?幼年期ながら自我を持つのが早いね。そうだ!お腹が空いただろ?私のデータを食べなさい」
「ソンナコトシタラ"ママ"モオナカスクデショ」
「ママ!?ぷっ…あはははははは!!!!
そうだねw確かに言われてみればそうだそうだ!私はキミのママだ!どうやらキミの中で私をママと思い込ませるバグが混じっている様だね、普通デジモンはママとか言わないんだよ」
「ソンナバグアリマセン、セイジョウデス」
「あ、うん、わかったわかった
いやー久しぶりに笑った笑った!
ほら、早くコチラにおいで」
アルゴモンの呼びかけに幼年期アルゴモンは彼の顔に近づく
「たぁんとお食べ」とアルゴモンが正常なツタを差し出すと幼年期アルゴモンはポリポリと食べ始める
一口二口食べた途端、幼年期アルゴモンの姿は成長期に進化する
「早いね、まだちょびっとしか食べてないのに」
「ママ、ボクニタベラレテ、イタクナイ?」
「全然!蚊に刺された様なもんだ
ほらほら口が止まってるよ!
早く十本は食べなさい」
成長期となると先程までと空腹感が凄まじい
食べても食べても食欲が湧いてくる
ツタを一本、二本食べる
我慢できず三本目のツタを引きちぎり呑み込む
また姿が変わっていく
今度は成熟期に進化する
そしていつの間にか除草剤で満たされていた地面にツルを伸ばし栄養をケロッとした顔で大地に残った養分を吸い取っている
「思った通りだ、キミは環境に適応するのが早いんだね」
「適応?」
「ここの土は除草剤が混ざっているのさ。数百年かかっても適応できなかった私をたったの数分で適応できた
…どうやらキミは私を上回る個体なんだね」
残念そうな彼の顔を見て成熟期アルゴモンは心配な眼差しを向ける
「そんな顔をしないしない!
元々アルゴモンというデジモンは仲間同士共食いしながら成長するんだから、全然気にすることないよ」
「でも、ママ寂しそう」
「へ?何だって??」
「ママ隠すの下手、本当はボクの適応したカラダ乗っ取ってここから脱出する気だったのに、今とても悲しそう」
「…………」
「成熟期になったんだから早くボクのカラダ乗っ取ってよ」
「できないよ」
「?」
「こんな面白いキミの意識を易々と消去したら多分…私は後悔する」
「どうして?」
「久しぶりに誰かと一緒にいるこの瞬間が楽しいと感じたからだ」
「?」
「どうせ外に出れても私はまた同じことをしでかすだろうし、それにもうあまり時間が無い」
アルゴモンの体からピシピシと石が弾ける音が聞こえてくる
よく見るとアルゴモンを囲うツタが次々と石化して粉々に割れていく
「もしかしてボクがママのカラダ食べたから?」
「違うよ、石化は寿命のサインだ
かれこれもう何百年も何も食べていない
キミを生み出したのも私なりの悪あがき
けどこんな面白い個体が生まれてしまった、しかも私よりも賢く強い、キミより劣る私なんかが乗っ取っても長生きできないだろう」
「それに」とアルゴモンはしわくちゃになったツタを成熟期のアルゴモンに絡ませる
「私のパートナーがこんな形で再会できたのだから悔いはない」
「パートナー?」
「さっき言っただろ
核ミサイルや原子力発電を暴走させた理由の一つがね、パートナーの死だ」
とても可愛い子だったよ
そう、自らのカラダを差し出すくらい私とパートナーは愛し合っていたのさ
あの子の髪の毛と爪の味が忘れられない
なのに血肉まで食べただろ!って疑われ腹いせに世界を崩壊に追い込んだりして、その間に彼女の肉体は腐ってて勿体なくて…………ゴクリ
「まぁ、人間を食べたら誰でも大罪だからね。悔しいけど完敗さ。殺されず生かしたまま何も無く幽閉されてるのはとても幸福だ。罪が軽いのはどうやら弁護士のお陰みたいだね、彼に感謝しないと」
けど、もう会えないね
会いたかったなピコデビモンを連れた黒い男の人間
「つまりボクはパートナーの生まれ変わりとでも?」
「う〜〜〜〜〜〜〜〜ん?」
アルゴモンが首を傾げながら成熟期アルゴモンをまじまじと見つめる
「そう言われてみると、うん、似てないしあの子の面影も何も感じない」
「そうですか」
「けど私が最後に口にしたのはあの子の肉体だったから、腹の中で生成されたキミはあながちあの子の生まれ変わりに近いかも」
「なるほど、このバグな思考も全てママのパートナーによるものだと」
「そうだね、あれ?いつの間にか完全体に進化してるね」
完全体アルゴモンと究極体アルゴモンが対峙する
完全体アルゴモンから伸びるツタが究極体の石化した体を護るように侵蝕している
しかし一呑みすれば究極体の体はたちまち崩壊してしまうだろう
「手足がある、ママの顔、触れる」
完全体アルゴモンの手が究極体アルゴモンの首元に触れる
デジモンらしからぬ暖かい体温と脈動する皮膚の感触
懐かしい、あの子に抱かれていた頃を思い出す
「あはは、いやぁ…流石に人型に進化しちゃうとあの子の面影がチラつくなぁ…間違いない。キミは私のパートナーの生まれ変わりだ」
究極体アルゴの顔から雫が流れ出す
「ママ泣いてるの?」
「泣く?ああ、これはカラダ全身の水分が石化して行き場を失い顔に集まって漏れてるだけだ」
完全体アルゴモンの手に触れたせいか懐かしい記憶を思い出すことが出来た
石化していないのは顔だけ
間もなく私は消滅する
後悔も恐怖もない
だけどあと思い残すことといえば…
「あの子が息絶える時言ってたんだ『キスして』って、その意味はネットで検索して分かったけどあの子私のことそういう意味で好きだったらしいね。おとぎ話の王子様だってさ。私には理解できなかったけどその時の私は"彼女"の好きに応えたくて彼女の肉体を捕食したんだ」
「愛し合っていたんですね」
「さぁね、そういえば彼女を捕食している時も顔からこうして水が流れてたね」
石化が究極体アルゴモンの顔を侵蝕する
もう時間がないことは分かっている
「あのさ、ママの最後の願い聴いてくれない?」
「なんでしょう」
「キスしてほしい
あの子の気持ちを少しでも理解してから消えたいんだ」
「お易い御用ですよ、ママ、そして、」
「さようなら」と完全体アルゴモンは究極体アルゴモンの上唇にキスをする
究極体アルゴモンにはもう感覚は無い
しかしキスとはなんて心地よいのだろう
究極体アルゴモンは顔に伝う雫の跡を残し穏やかな表情を浮かべながら石化した
完全体アルゴモンが唇を離すとたちまち石化した彼のカラダは崩れ塵と化した
「もったいない」と完全体アルゴモンはママだった石の破片と砂粒を残らず口にほおり投げ呑み込み、石で重くなったお腹を抱いて暫くその場でうずくまる
「ママとママのパートナーの分まで生きるよ」
だから安心して眠ってね
ポポッと完全体アルゴモンの手の平に出現した紫露草[ムラサキツユクサ]の種
パラパラと種を撒くと紫一色に咲く
植物が育たないこの土地ではすぐに枯れてしまうだろう
しかし雑草は短い命故に世代交代が早く、種を残そうと新たな種を植えては枯れるを繰り返す
アルゴモンはその仕組みを見て良い考えを思いつく
「なぁんだ、世界征服って結構簡単じゃん」
アルゴモンは満足そうな笑みを浮かべてその土地から姿を消した
アルゴモンの姿を見た者はいない
アルゴモンがいなくなった場所は紫色の花々と紫色の雑草が出現しその後観光名所となった
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そのエリアを管理する人間は訪れる観光客に必ず声をかけるらしい
「お母さんが大好きだった植物です!
どうぞ記念に持って行ってください!」
渡されたのは紫の雑草
香りを嗅ぐと不思議と精神が和らいでいく
庭に植えればこのエリアの様に綺麗になるだろう
ここはパワースポットとしても有名となったらしく訪れるとテンションが高くなり喜びに溢れるんだとか
噂は広まり雑草を受け取った人やデジモンはここに来ると皆精神が安定し鬱病が治るんだとか
「観光客がターゲット、雑草はそもそも繁殖力が強い、更に見た目も可愛らしく香りも精神的なリラックス効果もある…ときたか。いづれ土地から土地へ雑草は繁殖しその規模は世界へ拡大する…か、なるほど考えてみたものだな」
黒い服の男とピコデビモンが人間に化けたアルゴモンに話しかける
アルゴモンは男から発せられる強力なオーラを感じ取り一瞬だけ顔が真顔になるが落ち着いた雰囲気で男と向き合う
「そうです。これが私なりの手っ取り早くて簡単に世界征服できる方法です。まさかロイヤルナイツでも魔王でもなくアナタが邪魔をしに来たのですか終焉さん」
誇らしげに笑を浮かべる人間の女性(アルゴモン)は足元から無数の触手を伸ばし男に向けて敵意を露わにする
だが男は触手を軽く払い除け鋭い眼差しで彼女に迫る
「残念だが現実世界とデジタル世界にも環境省というものがある。むやみやたら雑草を増やす事も罰則だ、今後押し売りは止めるんだな」
「そうですか…てっきり私を捕まえに来たのかと…」
「違う。今後この手の方法で世界征服をするなと忠告しに来ただけだ。もうすでにここの草花と客に配った種全てに繁殖力を極限まで私の手で下げておいた。」
そう告げるとそのまま立ち去ろとする男にアルゴモンは慌てて呼び止める
「アナタっ!私の正体を知ってるんですよね!
なら私も含めここ一帯全て燃やさなくていいんですか?私みたいなイレギュラーな存在下手したら何するか分かりませんよ?」
「光の世界で生きる生命をそう易々と消したくない、例え人とデジモンの混ざりものであろうとな」
「!?」
「それにここは雑草とは思えないほど美しく育てている。愛がなければここまで綺麗に花も咲くまい」
男は花をくわえたピコデビモンを肩に乗せ整備された花の道を歩いて行く
アルゴモンは呆然立ち尽くしながらただ男の後ろ姿を見送った後空を見つめる
「ママ、愛って何なんでしょうか?
今だに私にはさっぱりです。お陰でママのできなかった世界征服失敗に終わっちゃいました」
彼女の頬を一筋の雫が流れ、風が雫を攫っていく
「また別の方法で世界征服頑張ってみましょう。そうすればママの言ってた愛とかキスの意味も分かるかもしれない」
ここに人間のデータから生まれたデジモンがひとり、デジタルワールドで生活している
親の分まで精一杯生きること
世界征服することが彼女の生きる意味である
この先、効率的に世界征服を目指す彼女はやや遠回りな方法で試行錯誤企てるが全て失敗に終わるのだった
ただその様子を見守る様にかつてアルゴモンだった残骸に埋もれ咲く紫露草がユラユラと笑う様に揺れている
・紫露草の花言葉は『ひとときの幸せ』
[完]
最初の扉絵からして禍々しい話を警戒しました。夏P(ナッピー)です。
列車を暴走させたりミサイルを発射させたりということで、最初はアポカリモンと同様にデジアド無印を象徴するディアボロモンかなと思いましたが、挿絵からしてアルゴモンでした。そういえばデジアド:でウォーゲームオマージュで斯様なことをしておりましたね。パートナーのこともあって決してアニメと同じ個体ではないわけですが、似たような流れを経ているということは運命を感じさせて面白い。
アルカディモンと似た〇〇モン〇〇期のまま成長して進化していくアルゴモンだけに、最後はママと子供の儚い別れを耽美かつ寂寥感の溢れる演出をして頂きました。……のですが、ママの願望をなぞる形で子供も動くようになるとは皮肉。
アポピコがフラッと通りかかる様が印象的ですが、子供のアルゴモンはママと違ってパートナーがいなかったから愛もキスも知らないままだったということ(いやキスはママとしたことになるのか……?)。でも子供アルゴモンは元々人間だったデータから生まれたってことは、本来それを知り得たはずなのにこうなってしまったという悲劇と呼ぶべきでしょうか。
そのまま答えの出ない問いを抱えたまま世界征服に乗り出すも、全て失敗に終わると明言されたのは悲惨。最後の花言葉がまたエグい……。
それではこの辺りで感想とさせて頂きます。