終焉の親子Ⅱ
デジタルワールドのホストコンピューター
その名はイグドラシル
デジモン達の創造主、管理者、または父とも捉える者もいる
(何故、イグドラシルは暴走したの?)
「ムシャクシャしたんじゃね?」
アバドモンコアは答える
暴走の理由?
そもそもイグドラシルの仕事ってのはデジタルワールドの繁栄と平和を願っている
破壊と再生の管理するコンピューター
基本的には争いが起きる度に俺みたいな下僕をイグドラシルは送り出し破滅を回避してきた。だが平和を目指した未来予測の演算を繰り返した結果"あれ、これ無理じゃん!ずっと失敗をループしてね?"って気づいちまったんよ
「よーするに同じことを繰り返し過ぎて自身の存在意義が分からなくなっちまったってわけ!」
イグドラシルはこのことをきっかけで病んじまった
メンヘラってやつにに近いかもしれない
そんで遂に自分の立場に飽きちまったのさ
まぁそんな状態でもコンピューターだし
都合よく自身をリセットして業務に戻ればいいだけの話しだ
でもさ、次もまた飽きてしまったら?
そんな考えをしたら仕事もできない
理想のデジタルワールドなんて作れない
どんどん不安になって自分をリセットするのを躊躇する
その結果がこれ
嘘でもいいから
偽りでもいいから
俺達デジモン全てを無理にでも愛そう
リセットはイグドラシルの愛情
だから消していった皆、許してくれるよね?
誰かこのイカれたコンピューター消してくれねぇかな
「コンピューターも鬱病になるだなんておかしな話だ…おっと!話が長くなって悪いね
で、結局イグドラシルどうなったと思う、お姉さん?」
(…)
アバドモンコアの足元に血だらけになった人間の女性がいた
よくみると腹を引き裂かれ中身が丸出し。
だが幸いまだ息はある
息絶えるのは時間の問題だろう
アバドモンコアは女性の腹にあった蠢くモノを拾い上げた
そして女性の体を見下ろしながら笑いを堪えながら言った
「自滅したよ、イグドラシルはずっと解放されたかったんだ。この俺を生み出して仕事を押し付けていい迷惑だよ、全く」
(…)
女性の口からは掠れた呼吸音しか聴こえてこない
「はぁ、可哀想に…
こうなったのもアレを信用したアンタが悪いんだよ。コイツは、いらない。
それが最期のイグドラシルの命令。
これは絶対なんだ」
アバドモンコアは拾い上げたソレを暗いゴミ箱へ投げ捨てた
(…!?)
それを目撃した女性は絶望する
大粒の涙と口から大量の液体を吐き、声にならない声を上げる
やがて彼女の体がみるみる治っていく
(なに…これ)
女性の体は人間ではなくなっていた
アバドモンコアが作ったデジモンに成る薬
それをイグドラシルが投与したのだ
勿論、彼女本人の確認も無しで
罪意識で苦しんだイグドラシルの判断
デジモンになってしまえば記憶も人間性も性別も心何もかも無くなる
イグドラシルの犯した罪も
人間の時の名前も
██の存在も忘れる
完全犯罪
彼女の体は白い羽根を生やした天使型デジモンの姿へ変化していく
潰された臓器、流した血液が再生する
それと同時に彼女の記憶が朧気になっていく
「安心しな、デジモンになれば苦しみから解放される。不死身だ、どうだ?俺と一緒に無限の時を楽しく過ごそう!」
アバドモンコアの寂しげな感情混じりの偽りの嬉々な言葉
それは同情かそれとも励ましか…
(…)
彼女はデジモンに成る
それは確定である
なのに彼女は自身の体の変化よりも██の心配をしていた
両手を伸ばし天を仰ぐ
「…█ちゃん」
アバドモンコアは彼女の言動に驚く
自分の心配よりも██を優先するとは
面白い、大したヤツだ、って感心した
「これが本物の愛情か…」
アバドモンコアは正直イグドラシルの元で働きたくない、嫌気がさしていた
愛情愛情と歌っておいて俺は全く幸せではなかったからだ
イグドラシルの愛情と彼女の愛情
俺は彼女の██が羨ましい
本当に愛されてたんだな、お前
どうしてこんなに天と地の差があるのだろう
いっその事、彼女が神様をやってくれたら…
「そうだ、その手があった!」
アバドモンコアはいい事を思いつく
散々好き放題やってたイグドラシルより、この人間なら上手く運営してくれるに違いない!と許されざる考えを実行しようとしていた
「……おい、██を助けてほしいか?」
悪魔の囁きをする
捨てられたモノが行くゴミ箱
入ったら二度と出られない暗黒空間
恐らくもう██は助からないだろう
しかし助かる方法が一つだけある
アバドモンコアは彼女の目を見て不気味に笑う
「俺達の神様になってよ、メグミ」
━━━━━━━━
死者を元からいなかったことにする
それは真に正しいことなのだろうか
時は過去
数時間前
デジタルワールドにイグドラシルのお膝元に人間が一人いる
彼女の名はカワホリ メグミ。
デジタルワールド最初に来た人間
彼女が所持していたスマートフォンを通じてイグドラシルが強引に連れてきたのだ
夫という存在に暴行を受け、危機的な状況でタイミング良く連れてこられたので、彼女からすればイグドラシルは命の恩人
救いの神だ
イグドラシルはメグミという存在に興味津々だった
随分前からスマホを通じて彼女を監視していたらしい
夫からの暴行を受けていた時も
縛り付けられ食事を抜かれた時も
決して泣かなかった
彼女は強い、そして優しすぎる
今まで嫌なことをされたデジモンのリアクションは怒り、悲しみ、喚き、遂には殺られたら殺り返すケースが多かった。だが彼女は決して笑顔を絶やさず反抗をしなかった。
いきなり連れてこられたのにも関わらず小言も言わず、デジモンだろうと分け隔てなく接している
寧ろ彼女になんて迷惑なことをしてしまった!とコチラ側が申し訳ない罪悪感が湧き上がるくらいメグミは人が良すぎる
そんなメグミに愛着が湧いくる
新しい玩具を見つけた幼子の様に無意識に彼女を独占したい気持ちになる
アバドモンコアはこのまま彼女も上手くいけば終末装置という役目を終わらせる道が開けると思った
ところがある失言をすることでその夢は叶わぬ方へと行ってしまう、それも最悪な結末へ
それは、突然やってきた
メグミの体調不良、腹痛だ
原因は恐らくメグミの腹にいるソレが関係しているのだろう
「早くメグミを人間世界に帰してやらないと██が生まれちまうよ」
『何故だ?ここなら何も困るものは何も無い』
「出産ってのはとっっっても痛くて、とっても苦しい思いをするみたいだぜ
場合によっちゃあ死亡するらしい」
『なんだと!?』
「そもそも██ってのはそんなに大事なモンなのか?メグミはあの██のせいで死ぬかもしれないことを承知で腹に抱えてるってのもすげぇよ、だから……あれ?イグドラシル?」
アバドモンコアが急いで駆けつけるとメグミとイグドラシルが激しい口論をしていた
メグミは今まで聞いたことの無い声でイグドラシルに反抗していた
『メグミ、お前の愛は真か?
私、イグドラシルの愛を一番に受けているのに、私といる幸福より、お前はソイツを産むことが幸せなのか?』
「私の幸せはお腹の█ちゃんが無事に生まれることです。それとこれとは全く幸福は違います!
愛を私利私欲に使わないで!
じゃないと、デジモン達が黒い子も可哀想です…」
そう言うとメグミはアバドモンコアに目線を送った
今のメグミの言葉
どういう意味か理解できなかった
だがアバドモンコアの瞳から一筋の雫が落ちる
何故か身体全身の目から水が溢れ出る
もしや俺、生まれて初めて慰められて喜んでるのか?
『あんな存在無意味な命に情を持てだと?
否っ!無価値は消し価値ある生物にこそ平和な世界に生きる権利がある!
腹の██を捨て、共に生きようではないか!』
「そ、そんな…
私の█ちゃんをいらないだなんて酷いこと言わないで!!
█ちゃんをそんな蔑ろにするなんて…
まるで私の夫と同じ…
私はもうイグドラシル様とは共に歩めない…」
『メ、メグミ!?』
その言葉がイグドラシルの全てを狂わせた
『メグミ…メグミィ!!!!!
愛(メグミ)の名を名乗る人間よ!!!!!
何故そんな事が言える!?』
█ちゃん?
それはなんですか?
腹にいる生命体がそんなに大事?
何故私よりもソイツを優先する!!!
怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒
怒りが収まらない
自動リセットされない
データが吹っ飛ぶくらい怒りが溢れ出る
イグドラシルは我が身を犠牲にしてでもメグミを思うがままにしたい衝動に駆られる
『弱々しい生命がメグミを縛り付けているのだな!!』
「何をなさるのですイグドラシル様!?」
『メグミと私の邪魔をするなぁぁ!!!!』
[スキャン開始]
……………………………………………………………………
【赤外線カメラ使用】
【放射線使用】
【内部構造確認】
エラー音が響き渡る
次に聴こえてくるのは彼女の心臓の鼓動
体全身を巡る血潮
臍の緒を通じて彼女と繋がる歪な形をした生命
そしてイグドラシルを静止しようと叫ぶメグミの声
特定した位置を割り出し、イグドラシルは彼女の腹目掛けて"巨大なクリスタル"を繰り出す
『不要な種は摘んでおかないとな』
バチャッ
「……これは酷いですね」
『なんだ、いたのかアバドモンコア
作業の邪魔だ、早く彼女を直さねば死んでしまう』
イグドラシルのクリスタルが赤く染まる
神聖な間に人間の血が流れる
これは優秀なコンピューターが人間を故意で殺害。しかしイグドラシルは全く罪の意識がない
【ビーッ!】【ビーッ!】【ビーッ!】
警告のアラームが鳴り響き、イグドラシルの体は激しくガタツキ、全身から煙を出していた
アバドモンコアはイグドラシルに近づく
「殺さなくても良かったのでは?」
『それがどうした
私はどうも思っていない
私は間違っていない
私は正しい
メグミの生命活動は停止していない
助かる、助かるのだ、だ』
「母体の臓器丸ごとゴッソリ取り出すなんて荒業は殺人ですぜ」
『どのみち彼女は█ちゃんとやらを育てる為に長期に苦しむのだ。私の痛みは一瞬、その方が彼女の為だろう』
「ふーん…」
『アバドモンコアよ』
「なんです?」
『メグミを生き返らせる為にお前の持っている"デジモン化のデータ"を寄越せ』
「えっ!?なんで持ってるって分かったんです!?しかし、ぶっつけ本番で使うわけには…」
『寄越せ』
「姿が人間でなくても彼女を愛してるから問題ないと?」
『ヨコセ』
「俺、彼女にはデジモンになって欲しくないなぁ…なんて考えてたりして…」
『ヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセ』
「…………」
イグドラシルの狂行
流石にやりすぎだとアバドモンコアはたじろく。そして気がつく
とっくに俺達のお父さん(イグドラシル)は壊れていたんだ、と絶望する
「今更だけどね」
アバドモンコアはイグドラシルを憐れむ表情を浮かべながらデータを渡す
壊れたイグドラシルは笑いながら投与する
この行為は彼女に拒絶されるかもしれない
優しく微笑んでくれるメグミの顔が悲しみに染まる
だがそんな彼女も見てみたい
怒ったメグミ
泣きじゃくるメグミ
ほんの少し危険な目に遭うメグミ
そんな時のメグミの顔は?
感情は?本性は?
どんな風に絶望するのだろう
神(イグドラシル)よ
それは真に神としてのご判断か?
哀れ、哀れなり
自身でも愚かだと理解している
その上で疑問に思う
何故その様に狂った?と
ああ、そもそも愛情なんて求めなければ…
【ブツンッ】
━━━━[終了します]━━━━━
《記録》
イグドラシルが暴走した
人間を殺害した後、自ら停止
デジタルワールドの管理者がいない
そんな状態で稼働しているこの世界
今の今まで一体誰が管理しているのでしょう?
それを知るのはアバドモンコアとデジモンに成った彼女しか知らない
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臍の形をご存知か
2本の細い臍動脈と1本の太い臍静脈が絡み合った構造をしている
そう、まるで遺伝子構造の形みたいだ
ドプンッ
アバドモンコアにゴミ箱に捨てられた██
ここはイグドラシルが消してきた命の墓場
それがゴミ箱(ダストボックス)
無念の魂はこの世全てに終焉を唱えている
そんな彼らにちょうどいい闇が堕ちてきた
ちょうど怨念達は世界を粛清し全てを無にする王を望んでいた
もっともっともっとたくさんの闇を██に注ごうと群がり、生まれておいで生まれておいでと輪を囲む
ドクンッ
██が唯一ゴミ箱に持ち込んだのは臍の緒だった
そして闇の中から最初に這い出たのは遺伝子構造の形をした触手
全てが憎い憎いとなだれ込む想いが全身に流れ、怒りに身を任せ自らの肉体を掻き毟る
種族不明
属性不明
その正体を知るものは誰もおらず、この物体がデジモンなのかも解析することはできない
負の想念が、闇のパワーによって集まって出現した謎のデジモン
アポカリモン
器が██だったせいか通常のアポカリモンらしからぬ心を得てしまったイレギュラー個体
遠い未来
アポカリモンは自らの手で命を絶つ術を探す旅路を歩むこととなる
その動機は
「生まれてきてくれてありがとう」と言われたいからだ
生まれたてのアポカリモンが人間世界の親子から聴いた言葉
生まれた我が子を抱きしめる人間の親から子へ贈った言葉
自分自身が一番に求めている言葉
それが何故なのか生まれたばかりのアポカリモンは分からない
分からないけれど、とても羨ましいと思った
██の無念と溶け合ったことで他者への憎悪を捨て、平和と救済を願うアポカリモンが生まれたのだ
アポカリモンはただジッとしている
だが時たまに無意識に指をしゃぶり、1本の触手を虚空へと伸ばす癖がある
その触手は元は臍の緒だったもの
いつか母が自分を見つけてくれる
ほんの僅かな希望とそんな親はいないという矛盾を抱きながら破壊本能を押し殺し暗黒空間を漂い続けるのであった
【完】
後日談
「ぁああ…うぁ…ああ…」
大型デジモンが自らの肩を抱きしめて泣いている。彼の体からは溢れんばかりの闇の力が増幅し身も心も闇に染めあげる
ここは誰も入ることも出ることもできない暗黒の空間
ずっとずっと真っ暗で一人孤独に生まれた終焉の王アポカリモン
泣くと言っても彼の器官に涙は備わっておらず興奮のあまり血管が破裂したのだ。切れた血管により目の周りに溢れ出る緑色の血液がアポカリモンの頬を滴る
鼻水を啜りぐすぐすと溢れる血の涙を脱ぐうと外の世界を映すモニター画面を表示させる
「…」
外の世界を見るのが彼の日課であった
閉鎖された空間で唯一アポカリモンが楽しめる娯楽であり精神安定効果を望める術である
映るのは平穏な日々を送る人間の親子
人間の赤子と母親の姿。彼女達の様子に目を赤く光らせる。大きな手でモニター画面をなぞり、歯を震わせ大粒の血涙を零す
時たまに一人でいる寂しい気持ちが爆発してどうしようもない時アポカリモンは外界の親子の姿を見て安心しようとする
しかし、それは逆効果。返って孤独を爆発し大声で泣くのが常であった
生まれて間もないアポカリモン
まだ自分が何者なのか理解もできない幼き究極体デジモン
無念に散った彼らに従いこの世を粛清する存在なのに偶然混ざったとある遺伝子のせいで本来の役割を放棄しひたすら泣く日々を送っている
イレギュラーな遺伝子がアポカリモンの器になってしまった
デジモンでありながら知らない誰かの名をひたすら呼び続けていた
「オカァサン…ママァ…ドコニイルノ?」
アポカリモンの器となったのは人間の赤ん坊だった
何千年、何万年と彼は一人で泣いて泣いて泣いて…気の遠くなるような年月が経った。
アポカリモンは泣くことを諦め、この命を捨てる覚悟を持って外界への空間をこじ開けた
世界を知り見聞を深めていけばいつか"生みの親"の正体を知ることを信じて…
【完】
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【簡単なプロフィール】
カワホリ メグミ 年齢16歳
イグドラシルに目をつけられデジタルワールドに連れてこられた
《詳しい容姿は不明》
ただ皆からは外見が大人びいてるせいか20代以上だと間違えられるくらい背が高く綺麗な容姿らしい
家族はいない
気を配る生活に疲れ、寂しさ故に自分より年上の男性と結婚
その後妊娠し学校を中退
ある日男性の会社経営が傾いたことをきっかけに毎日暴力を受けるようになる
周囲からはとても頼りになる優しい子と言われている
子供が好き
将来は子供を大切にする母親になること
最期アバドモンコアのお願いを受けたのか断ったのか不明
何のデジモンに成ったのか不明
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アポカリモン
正体不明のデジモン
その正体はメグミのお腹に宿る赤子(██の部分には赤子が入る)
精神と心は赤ちゃん
身体はアポカリモンという見方
何万年経ってもおしゃぶりが恋しい赤ちゃんのまま
アポカリモン関連の作品、外伝にて本音を零したり嘆いたりする場面は赤ちゃんの心情そのもの
前日譚〖終焉の王が生まれた日〗
↑で嘆くアポカリモンのセリフに注目