なんでもない日編:ピーマンの肉詰めとビール
男には、多少面倒臭くてもピーマンの肉詰めを作らなきゃいけない日がある。今がその時だ。
……いや、そんな日なんて別に無いんだが、誰しもそういう気分になる食べ物自体は、あるんじゃないだろうか。
俺の場合、それはピーマンの肉詰めで、今日はそういう気分だった。
「一袋ではなくグラム売りのピーマンに手を出すものだから何事かと思いましたが、そういう事だったのですね。私てっきり、ついにあなたが値札表示まで読めなくなったのかと」
「「ついに」ってなんだ「ついに」って。あと「まで」も引っかかるなオイ」
肉ダネ作りの工程が物珍しいのか、キッチンを覗き込んでいたピエモンが、どこか生暖かい眼差しを向けながら、一言。
普段と違う大ぶりのピーマンを籠に入れた俺を見て怪訝そうな顔をしてやがったのは、それが理由か。
……まあ、グラム売りの商品の100グラムを一袋の値段と勘違いし、レジで軽く青ざめた経験自体は一度や二度では無いのだが、黙っておこう。
あの表示、何らかの罪でしょっぴけないのだろうか?
「んな事言ってると、お前の分だけ肉詰めてやらないからな」
「アッ許してくださいどうかそれだけは。肉の詰まってないピーマンなんて、ただのピーマンじゃないですか」
それはそう。
「でもそういえば、氷水に漬けたピーマンが生のままでも美味いだのなんだの、この前SNSで流れてきてたような」
「そうなんですか? ……とはいえ流石にピーマンの肉詰めの代わりにはならないでしょう。マジで非礼なら謝るのでお肉は詰めれるだけ詰めてください」
「しれっと取り分まで増やそうとしてんじゃねーよ」
遠慮が無いを通り越して図々しくなってきてないか? コイツ。
来月でピエモンと宅飲みを初めて丸1年になるのだが、あの日慣れない人の家で正座して残量に気を使いながら枝豆を摘んでいたピエモンと同じ個体だとは、まあ思えない。
親しくなると距離感がバグるのは、根っこの部分がコミュ症故か。
……初手宅飲みに誘った俺のバグり具合も人(デジモンだが)の事は言えないし、万が一言ったら後が面倒臭いので、絶対口には出さないが。
別に、コイツとのやり取りが嫌なワケでもないしな。
微塵切りにして軽く塩を振って炒めた玉葱(ちなみに新玉だ)を、あら熱を取ってから合い挽きミンチに投入。
繋ぎに使うのは、パン粉ではなく砕いたお麩だ。パン粉は高確率で余らせた分をダメにするが、こいつなら味噌汁や煮物にでも使えるしな。
それから卵と牛乳、顆粒のコンソメと塩胡椒に、ケチャップも少しだけ。
最後にナツメグを一振りしたら、手早く混ぜて、肉ダネは完成だ。
……ところでこの「混ぜ」の工程、手の熱が伝わり切るまでに混ぜ終えろと言うやつもいれば、脂が溶けて肉と一緒くたになるまで混ぜろと言う奴もいて、正直何が正しいのか、分からないままやっている節がある。
そもそもハンバーグ系は特集を目にする度にシェフが皆バラバラの事を言っている気がするのだが、気のせいだろうか?
「人間は適当ですねぇ」
「お前にだけは言われたく無いと思うぞ」
次に、半分に切って種とヘタを取り除いたピーマンに、肉ダネを詰めていく。
肉ダネからピーマンが剥がれないように、この時小麦粉をどちらかに振る……のが一般的だが、面倒なので振らない。
詰めれば詰まる。
「でも私、あなたのその、調理工程を力技で解決しようとするところ、嫌いじゃ無いですよ」
「おうサンキュー」
ここまで来れば後は焼くだけだ。薄くサラダ油を引いたフライパンに作ったものを並べ、肉の側から焼いていく。
いい感じに焼け目がついたらひっくり返して、次はピーマンにも軽く焦げ目がつくまで。熱と肉の脂でいい感じに鮮やかな緑色だったピーマンがしなっとなれば、中までしっかり火が通った頃合いだ。
「ほい、ピーマンの肉詰め、完成だ。……それから、と」
ピーマンの肉詰め、そして炊飯器から白いご飯をよそっている間に温めた、玉葱の残りをくし切りにしたものと輪切りのじゃがいも(これも新じゃがだ)、ワカメを散らした味噌汁を椀に取る。
一汁一菜ではあるが、普段の事を思えば大分しっかりとした夕飯の完成だ。
「おお……いつになく豪勢な……」
「ピーマンの肉詰めだと、やっぱりご飯も欲しくてな……たまにはいいだろ、たまには」
5月の俺達はよく働いた。ゴールデンウィークが過ぎても、比較的気候の良いこの月は所謂レジャーシーズン。
客足が遠退く梅雨入りを前に、一度勤労を称えあっても、バチは当たらないだろう。
食卓にビール缶を2本並べれば、準備は完了。
「いただきます」
手を合わせて、それから。俺達はほとんど同時にピーマンの肉詰めを口に運んだ。
旬はもう少し先だとはいえ、温室育ちのピーマンもなかなか侮れないものだ。
しゃくしゃくと、これだけ火を通したのに、まだしっかりとした歯応えがある。
「どうしてピーマンに詰めただけで、ハンバーグとは全く別の食べ物になるんですかねぇ。仄かな苦味が良い仕事をしている。これは米に行くかビールに行くか、かなり悩むところ」
ご満悦顔でしばらく悩んだ後、結局ビールに手を伸ばすピエモン。
だが確かに、米も酒もある食卓というのは、なかなかに贅沢なものだ。少なくとも、俺達の宅飲みでは。
俺の方は相方に米を選択して、ついでに冷蔵庫から持ってきたケチャップを一絞り。
加わったトマトの酸味と旨味が、また一段階、ピーマンの肉詰めを違う食べ物にしてくれる。お陰でさらに刺激された胃へと、一気に米をかき込んだ。
味噌汁を作っておいて、本当によかった。
春の空気を残す新野菜はそれだけで程よい甘味があって、口の中に残った肉の脂を引き受けて言ってくれる。
これでまた新たな気持ちで、今度はビールと向き合えるというものだ。
「……にしても、不思議ですねぇ」
「? 何だよ急に」
ふと端を止めたピエモンに、俺もカシュ、とビールのプルタブを引きつつ顔を上げる。
「いや、人間の子供はピーマン、苦手な者が多いんでしょう? こんなに美味しいのに」
「あー。でもほら、子供と大人の味覚って違うもんだし。そもそも苦味って、毒とかを感知するために発達したとか昔聞いたような、聞かなかったような」
大人が美味いと思うからって、子供に食べるのを強要するのは、正直あんまり気持ちの良い話ではない。
いや、俺の場合は親父が偏食でお袋が自称自然食派だったから、また毛色が違うんだろうが。
「まあ、いうて俺、昔からピーマン嫌いじゃなかったけどな」
「そうなんです?」
「ん。……でも周りが嫌い嫌い言ってるから自分もそう言っといた方がいいのかなって、言うだけは言ってた時期あるよ」
「……なるほどね……」
不意に、ピエモンが視線を落とした。
「? ピエモン?」
「そういう、形だけでも周りに合わせられる技術があれば、と。やっぱり、多少は思ってしまいまして」
「……」
ピーマンと魔術の才能じゃあ、また全然違うとは思うが……幼少期? の苦い思い出って意味では、簡単に飲み込めるものでもないのだろう。
「でも、やっぱりそんなの窮屈だし、今こうやって美味いピーマンの肉詰め食えてるんだから、いいんじゃねーの?」
「ま、それもそうですね」
時折突拍子も無く落ち込むのは今でも変わらないが、立ち直りは随分と早くなった。
デジモンの世代の頂点、究極体にも変化は絶えず訪れるモンなんだとーーそう考えてしまうのは、流石に、俺の驕りだろうか?
「ああ後、今ちゃちゃっと調べたんですが、最新の子供の嫌いな野菜ランキング1位って唐辛子らしいですよ。あなたが幼少期からピーマンを食べられたのも、なんだか納得ですね」
「おう辛いもの好きになったのは比較的最近だっつーの。……てか唐辛子って本当に野菜カテゴリでいいのか??」
驕りかもしれない。あと心配して損した。
美味い物を食べている時に、気分ってのはなかなか沈まないものだ。
俺は次のピーマンの肉詰めに齧り付いて、そこにビールを流し込む。
米とはまた違った最高の組み合わせに、俺もやっぱり、些細な事はどうでも良くなるのだった。
あとがき
最近久々にほろよいを買って飲んだら、1缶でグロッキーになってしまったアカウントはこちら、快晴です。
という訳でこんばんは。酒が飲めない文字書きによる、ピエモンに日本一雑な物を食わせているTwitter不定期連載デジモン小説『宅飲み道化』の夏編まとめをご覧いただき、誠にありがとうございます。
今回は俺くんやピエモンの背景に触れるお話が気持ち多かったのですが、いかがでしたでしょうか。
さて、春編のあとがきで予告していた通り、『宅飲み道化』は秋編の後、最終章に突入します。サロンへの投稿は、次のボジョレーヌーボ発売日に……この1年、あっという間だったなぁ。
とはいえフウマモン殿も言っていた通り、食欲の秋ですからね!
秋のおつまみも一生懸命考えますので、どうかもうしばしお付き合いください。
では、改めて。ここまで読んでくださり、ありがとうございました!