クリスマス編:シャンパンと鮭のムニエル
「メリークリスマス! 今年1年やんちゃができる程の出会いも無いので結果的にいい子にしていたあなたに、ミニスカサンタが来てあげましたよ♡」
俺は玄関の扉を閉めて、鍵も落とした。
「……あの」
「……」
「お気に召さないジョークを披露してしまった件は謝りますので、せめて何かしらのリアクションはもらえませんかね? 道化的に無視は一番堪えるといいますか」
俺は「今の姿」に合わせている事もあって妙〜〜に哀愁漂うピエモンの声音に頭を抱えながら、まあ近所で噂になるのも困るので、仕方なく扉を開けてやる。
そこには変わらずに、安っぽい生地のサンタ衣装(ただし本人の宣言通りミニスカ)を身に纏った、コイツの人間時の姿を更に女体化したような人物が、眉をハの字にしながら上目遣いで俺を見上げていて。
見れば見る程めっちゃくちゃに顔のいい女で、中身がピエモンだと思えば思う程シンプルに腹立ってきた。
「お前なぁ」
どうせガワを変えているだけだとは思うが、見ているだけで寒くなる格好のコイツをいつまでも外に放置しているのは気が引けて、流石に部屋へと手招きしてやる。
ピエモンはわざとらしく腕をさすりながら、これ幸いとばかりに飛び込んできた。
「遅れるっつーから心配してたのに、何やってんだよ」
「いやぁすみませんね。酒屋さんが混んでいたのは本当ですよ。ただ、私の見立てよりもレジのご婦人のお仕事が鮮やかだったのです」
言いながら、ピエモンは背中に背負っていた袋からシャンパンを取り出す。
ラベルにはトナカイの引くソリに乗ったサンタのデフォルメイラストが描かれていて、緑の瓶も相まって、1人暮らしの男の部屋にも僅かながらにクリスマスの空気が流れ込んできたような錯覚を覚えた。
「……てか、お前。いつまでその格好でいるつもりだよ」
そして酒の瓶よりもクリスマスらしく、同時にわざとらし過ぎて嘘っぽいミニスカサンタ美女は室内に入ってからも健在で、問いただしてみれば「せっかくなので」とピエモンはいつもより控えめな赤色の唇を弓形に曲げる。
「お料理が出来るまではこのままでいましょうかね」
「おいマジかよ」
「だって割合よく出来ているでしょう? なんだかすぐに解くのがもったいなくなってしまって」
こっちの世界での貧乏暮らしが、究極体デジモンにさえ節制の精神を根付かせてしまったらしい。
まあ、確かに、宮廷道化の顔がいいのは、女装以前から知っている話だ。
「でも中身がお前だと思うとなぁ」
「それとド○キで見繕ってきた衣装が少なくとももう来年まで日の目を見ないと思うと可哀想で」
「買ったのかよ!?」
変なところで無駄遣いしてるじゃねぇかコイツ……!!
とはいえいつもの調子を取り戻したいなら、さっさとクリスマスディナーとは名ばかりの、今日の肴を用意すればいい話だ。
俺はシンクに置いていた白いパックから、被せてあったキッチンペーパーを剥がした。
塩を振って置いていた鮭が、その鮮やかな朱い身を覗かせる。
「おや、鶏ではなく鮭なのですね」
「近所のスーパーに特撮好きでもいたのか、やたらと推してたんだよ。まあ実際、フライドチキンは買った方が美味いしな」
(ファ○チキください……)
「テレパシーやめろここはロー○ンですお客様」
相変わらずファンタジーな要素の無駄遣いが上手いなと思いつつ、鮭の表面に軽くキッチンペーパーを滑らせて水分をきっちり拭き取る。
改めて塩胡椒を振り、パックに乗せたままの鮭に小麦粉を振るう。両面に満遍なく振りつつ、混ぜるようにパセリも散らすとなんだかお洒落だ。
「まあ料理工程は全然お洒落じゃないんですけどね」
「おう思考まで読んでんじゃねーよ」
あなたがわかりやすいんですよ、と笑顔のピエモン。
実際今回はただの経験則だろうと判断しつつ、余分な粉を軽く落としてから、鮭をバターを溶かしたフライパンへ。
そういえば、魚は身から焼くものだと聞いたのでいつもそうしているんだが、念のためとレシピを調べたら皮目から焼いているものも多かった。
結局どっちが正しいんだろうな。
等々首を傾げたりしている内に、ほどよく色付いた鮭をフライ返しでひっくり返す。こういう時箸で横着すると、哀しい結果になるとは経験済みだ。
蓋をして3〜4分。
「こんなもんかな」
待っている間にセットした冷凍インゲンの解凍終了を知らせるレンジの音を合図に蓋を開けると、今回はちゃんと、狙った通りの狐色だ。
「バターのいい香りがしますね」と、ミニスカサンタもご満悦である。
緑のインゲンと赤いプチトマトを添えた皿にメインディッシュを鎮座させれば、気分だけはクリスマス風の鮭のムニエルが完成だ。
……と、言いつつ、これだけでは少々味気ないので
「今回は特製タルタルソースも用意したぞ」
冷蔵庫から出してきたタルタルソースを鮭のピンク色の身に乗せてやると、ピエモンもぱあっと大きな瞳を輝かせた。
いや本当に、中身がコイツなのが悔やまれるな。
「これはいいですね。雪などより余程素敵なホワイトクリスマスです」
「? なんか雪に嫌な思い出でもあんのか?」
「ええ、ええ。それはもう。ちょっとブリザード吹き荒ぶ極低温の地域で」
「ごめん、多分俺お前と雪の基準違うから、やっぱりいいや」
「幻の珍獣型、モジャモンの足跡を発見したという知らせを受けた我々は」
「胡乱な怪奇特番やめろ」
言っている間に自分の分も盛り付けを終えたので、今度こそ準備は完了だ。
「それじゃあ、シャンパンを開けますね……っと、その前に」
いつもの座布団に腰を下ろしていたピエモンが、その場から立ち上がる。
「慣れない姿で開封に失敗して大惨事、なんてのは避けたいですからね。名残惜しいですが、そろそろ魔法を解きましょうか」
「おー、そうしろそうしろ」
別に開封は俺がやってもいいのだが、食事中までこの姿では疲れるのはピエモンの方だとは想像に難くない。
悪ふざけを切り上げる口実にはちょうどいい頃合いだろうと、俺はピエモンが変身を解くのを見守った。
見守ってーー
「……あれ?」
次の瞬間に現れたのは、確かに、見慣れた道化の姿であった筈なのに。
「お前……ピエモン、だよな?」
何だか、妙に引っかかる部分があって。
と、
「ぷっ」
途端にピエモンが唇を突き出したかと思うと、女性の声をそのままに噴き出して。
「ふっ、はははは! 嘘じゃろう!? 全く違う姿になら騙されて、個体差のほぼ無いデジモンの姿なら即気づきおるとは! はぁー、おっかしぃー!! あのバカ弟子、全くもっておもしろい人間とつるみよってからに!!」
「えっ、えっ」
腹を抱えて大笑いするピエモンでは無かった誰かに、笑われ過ぎて混乱するしか無い俺。
その時だった。
「いやー、すみません、遅くなってしまって! クリスマスの混雑具合ナメてましたね。その上レジのお嬢さんが気の毒になるくらいお疲れだったようでーー」
まるで示し合わせたようなタイミングで、エコバッグを掲げたジェスターが、さっきのミニスカサンタとは真逆な事を言いつつ、変身を解きながら部屋に上がってきたのは。
そして目の前のコイツと共謀していたわけでない事は、ピエモンの点になった赤い目が何よりも如実に教えてくれた。
「よう、バカ弟子! メリークリスマスなのじゃ!!」
にやりと笑いながら振り返ったソイツは、今度こそ変身を解除したようだ。
現れたのは、クリスマスというよりはハロウィンが相応しそうな、ピンク色の装束を纏った青紫色の髪の魔女で。
肌の色は健康的とは言い難かったが、魔女の姿を確認するなり、ピエモンの顔がそれ以上に青ざめた。
「その声……まさか師匠!?」
「師匠!?」
ついでに俺の声もひっくり返ると、師匠と呼ばれたデジモンは、なおも可笑しそうにけらけらと笑う。
「妾の事なんぞあーっという間に追い抜いて究極体になってしまった神童クンに言われても、なんじゃがなぁ」
ワルダモン、と、魔女のデジモンは巨大な爪で自分自身を指し示した。
……ちょっと嵩高い。
「今の妾の種族じゃ。こっちでちょっとばかし面白い『実験』に参加して、それでようやく完全体相応よ。かぁー、嫌になるのう」
「えっ、え。師匠、ちゃんと法は遵守してますか? 怖いですよ? ロードナイトモン」
「阿呆。オマエと違ってこっちに来る時はちゃんと書類を数十枚書いて来たわい」
それお前が言うのか、と思っていたら、案の定だったらしい。
ピエモンは苦虫を噛み潰したような顔で、ようやく居間の方へとやってきた。
……だいぶ狭い。
「……何しに来たんです? 彼に手出しとかしてませんよね?」
「心外じゃのう。オマエも言うた通りロードナイトモンはおっかないんじゃ。そんな真似をする筈がなかろうて! ……いわゆるホリデーなんじゃ。久々に可愛い弟子の顔が見たくなったんじゃよ」
それはそれとして、俺は完全に初対面のデジモンに割と失礼な扱いをされていたのか……とじわじわ気づき始めた俺に、くるりとワルダモンが身体を向け直す。
うわ、大きい。
「まあ安心したわい。坊主、これからもバカ弟子と仲良くしてやってくれ」
こやつ、これでいて寂しがり屋なところがあるからのう。と、にこりと微笑む顔のいい女性型デジモン。
「……あの、恥ずかしいんでやめてもらえませんか師匠。あなたも照れるんじゃないですよ、見た目だけですからねこのオバいだだだだだだ」
どこからともなく現れた白い手が、白黒の仮面の隙間からピエモンの頬を捻る。
痛そう。
「全く、いつまでもつれない奴じゃ。ええわいええわい。そろそろお暇するわいのう」
そう言って肩をすくめると、壁に沿った横歩きで狭い部屋を抜けて廊下に出ていくワルダモン。
と、どうにか白い手を引き剥がしたピエモンが、ふいにその後を追った。
「ふふっ、メリークリスマス! バカ弟子とその友よ」
しばらくして、ワルダモンのそんなセリフと共に扉を開け閉めする音が聞こえて、その後げんなりした表情のピエモンが戻ってきた。
手洗いのために彼が置いたエコバッグを見やると、明らかに中身が減っていて。
「シャンパン、差し上げましたよ」
改めて部屋に入ってきたピエモンがふう、と息を吐く。
「どうやら師匠が良さげなやつをくれたようですからね」
「師匠、って」
「言葉通り、ウィッチェルニーに居た時の魔術の師ですよ。いや、あれを師と仰いで良いものか……。実力は間違い無く世代以上でしたが、いかんせん破天荒な方で」
「弟子見てるとわかるような気がするな」
ピエモンはあからさまに嫌そうな顔をした後、こほん、と咳払いを挟んで席に着く。
そのタイミングを見計らって、布巾で押さえながらシャンパンの栓を抜くと、ポンッ! と勢いのある音が響き渡った。
「私もさっき店のポップで知ったのですが、本当ならしゅー、と空気の抜ける音だけさせるのが正解らしいですね」
「「天使のため息」だっけ? ま、俺もお前も天使なんてガラじゃないだろ?」
「違いないですね」
普通のワイングラスにシャンパンをそそぐ。炭酸の泡と一緒に、ほのかに甘い香りが弾けた。
「それでは、男2人のさびしいクリスマスに」
「乾杯」
グラスを掲げあってから、シャンパンを口に運ぶ。
香り同様甘い炭酸の酒はどちらかと言えばジュースのようだが、たまにはこういうのも悪くはない。
「ムニエルもおいしいですね。なんだかすごくお洒落なクリスマスを過ごしている気分です」
「そんなに冷めてなくてよかったよ」
あのワルダモンとかいうデジモン、思ったより滞在してなかったんだなぁと、今更のように。
嵐のような、というのは、こういう時に使う表現なのかもしれない。
「タルタルソースの方はどうだ?」
「おいしいですよ。ただ、このシャキシャキ感、玉ねぎじゃないですよね? 酸味があるのにピクルスが入っている風でもないし」
「らっきょうだよらっきょう。漬物をタルタルソースに使うと意外と合うって話を聞いたから、ちょっと試してみたんだ」
「どうやら正解だったようですね。白一色のタルタルソースというのもなかなか乙なものです。雪よりも余程素敵なホワイトクリスマスですよ」
「……やっぱりなんか雪に嫌な思い出でもあんのか?」
「ええ、ええ。それはもう。ちょっとブリザード吹き荒ぶ極低温の地域で」
「ごめん、多分俺お前と雪の基準違うから、やっぱりいいや」
「幻の珍獣型、モジャモンの足跡を発見したという知らせを受けた我々は」
「胡乱な怪奇特番の天丼やめろ」
*
そうして食事を終えてから、ふいにぽん、と、ピエモンがエコバッグから新たに何かを出してきた。
ドーム型の透明な蓋がはまったそのカップの中には、申し訳程度に柊の葉を摸した紙が刺さったプリンが入っている。
「ケーキは流石に売り切れていたので、本当に気分だけですが」
「気ぃ効くじゃん、ありがとな……って、1つだけ?」
「私の分は師匠にあげたんですよ」
「じゃ、これ2人で分けるか」
ピエモンはまた少しだけ目を丸くして、それからふっと微笑んだ。
「あなたのそういう貧乏臭い発想、嫌いじゃないですよ」
「はいはい律儀で薄情な道化がよ」
俺は器とスプーンを取りに立ち上がる。
と、
「おや? あなたも何か用意してくださっていたんです?」
「え? って、あっ」
見れば、座っているとお互い死角になる位置に、白い袋が置かれていて。
「これ、お前の師匠のだよ。忘れていったのかも」
「師匠に限ってそんなドジをするとは思えませんねぇ」
俺たちはしばし顔を見合わせて
それから、「サンタさん」の置いていった袋を開けた。
「……」
「……」
中には「バカ弟子へ♡」と書かれたカードと、丁寧に折り畳まれたサンタ装束が入っていた。
ミニスカの。
「……あなた着ます?」
「その選択肢だけはねぇだろ。お前宛だし」
「ええ〜……なんで私がそんな事……」
言いつつ、ピエモンがサンタ衣装を片手にぱちんと指を鳴らす。
途端、俺の隣に魔人の代わりに現れたのは、中身がとてもデジモンだとは思えないようなミニスカサンタ美女だった。
「あなたのベッドの下にある書物を参考に化けたのですが、いかがでしょうか」
「んなわかりやすいところに置いてねーわクソ好みの娘に化けやがってチクショーが」
俺たちはどちらともなく嘆息する。
そして仕方なく、多分この世で一番今年のクリスマスを気兼ねなく一緒に過ごせる友人相手に、お互い乾いた笑いを投げかけるのだった。
あとがき
推しの好きな飲み物を消毒液呼ばわりした事があるアカウントはこちら、快晴です。
というわけでこんにちは、この度はTwitter不定期連載小説『宅飲み道化』のクリスマス編~節分編+サロン書下ろしのバレンタイン編を纏めた冬編をご覧いただき、誠にありがとうございます。
1週間毎日連載を行った前回とは違い、行事ごとでお話を分けたのですが、いかがでしたでしょうか。
今回も基本的にはTwitterに上げたものをそのままもって来ているのですが、バレンタイン編だけはこちらのみで読めるお話となっております。慇懃限界忍者フウマモンのお話が読めるのはデジモン創作サロンだけ!
また、こちらの『宅飲み道化』、ありがたい事にTwitterで交流してくださっている他の創作者の方と2回コラボさせてもらっておりまして、そちらのお話を読めるのはTwitterだけとなっております。快晴のアカウントに対して『宅飲み道化』で検索をかけてもらえれば読める筈なので、よろしければ……。
さて、『宅飲み道化』、次回のサロンでの更新は恐らく5月、ゴールデンウィークあたりになると思われます。春編、という事になりますかね。
Twitterの方は多分ホワイトデー編になるのかな? ひな祭りは流石にしないです。男2人で。まあちらし寿司とか食べてそうですけれども、この2人。……ま、快晴の気分次第ですかね。
他があんまりやさしいせかいしていない分、こっちは引き続き平和路線なので、よければ今後ともお付き合いいただければ幸いです。
それでは!