こちらのお話はTwitterで不定期連載中の小説『宅飲み道化』のまとめとなります。
1話3000字前後ほどなので、よろしければちょっとつまんでいってください。
以下、本編です。
1.ブランデーとガトーショコラ
「そういえば、今のブランデーって手の平で温めないのが普通らしいぞ。逆に香りが飛ぶだとかで」
長く白い指でグラスのステムを挟み、琥珀色の液体を優雅に揺らす同僚の姿があまりにもサマになっているのが癪に触って、ついつい余計なひとことが口をつく。
最も、皮張りのアンティークチェア等なら兎も角、彼が腰を下ろしているのはすっかり綿の弱ったクッションの上。背もたれは狭い部屋の壁ときている。
役者が良くてもセットがこれじゃあ、なんて自嘲込みの掛け合いを済ませたのは、もうどのくらい前の出来事になるのだろう。
同僚ーーピエモンは、女性客に見せるような艶っぽい笑みとはまるで逆、小馬鹿にしたように赤い唇を尖らせた。
「あなたはご存知無いのでしょうが、私のようないわゆる暗黒系に属するデジモンは、人間よりもずっと体温が低いのですよ。そもそも安酒ですから、コレ。むしろ昔々と同じように、温めた方がいいレベルの」
安月給の身は辛いですねぇとピエモンは肩から伸びる空色の飾り布を揺らしながら笑ったが、今日の酒担当はコイツなので、つまりはお互い様だった。多分、業◯スーパーで特売品を買っておいたのだろう。
職場(サーカス)じゃ人間の姿に化けている状態でも漂う只者じゃ無い感や道化とは思えない程品のある振る舞いがウケて「ジェスター(宮廷道化師)」なんて呼ばれているものの、コイツの上司は王侯貴族じゃなくて、俺と一緒であの小太りでケチな座長なワケで。
だから、なんというか。
自嘲と愚痴で、五分五分といったところか。
「まあ」
そしてその切ないジョークは俺にも効くので、酒の席だが、お茶を濁す。
「つまるところ、安い酒をおいしく飲むには工夫次第、ってこったな」
そっと、切り分けた今日のおつまみをピエモンの方に差し出した。
「おっ、今日はガトーショコラですか。手間がかかったでしょう」
「チョコの湯煎さえ済めばあとは混ぜて焼くだけだから、大したことねーよ」
ブランデーのおつまみといえばチョコレートが定番らしい。
別に板チョコをそのまま出して齧らせても良かったのだが、「これがあなたのバレンタイン思い出の味なんですねぇ」だの鼻で笑われたら多分泣いちゃうので(何せ反論できない)、手間だけは見栄を張った形だ。
細長い型で焼き、薄く切ったガトーショコラは、しっとりとツヤのある断面も相まってケーキというより黒いチーズのようだ。甘い物なのに、なかなかどうして、おつまみらしい。
「これで食器が紙皿とつまようじで無ければねぇ」
「うっせ」
余計なひとことは先程の意趣返しだと言わんばかりに意味深な微笑みを湛え、グラスを置いたピエモンがガトーショコラの一切れを、一口。
……今度は、自然と綻んだような表情だった。
「舌触りが滑らかですね。甘過ぎず、苦過ぎず。有り体な感想しか言えず申し訳ないのですが、ふふっ、おいしいですよ」
「ふっ、そうかよ」
「きっとレシピが良いのでしょう」
「俺の腕だよ!!」
全くコイツは、油断すると……!
立てた目くじらから赤い瞳を逸らして、わざとらしいくらいニコニコしながら、ピエモンは改めてブランデーのグラスを手に取る。
と、ふと視線を下げると、彼はボウル部分を手のひらに乗せるではなく、ステムを指でつまむように持っていた。
……再び上げた目線の先には、もはや見慣れた白黒の仮面。その下の頬が、僅かに、赤い。
「酔ったのか?」
「お陰で少し身体が温まったようで」
ピエモンは俺と目を合わせなかったので、軽く肩だけ竦めて、それ以上は何も言わなかった。
デジモンとしてはかなり強い方らしいが、だからといって人間の世界に対する知識が力の強さで変わるわけでも無いし、そもそも俺だって、コイツに出会わなきゃ、デジモンの中にも酒の好きな種族がいるなんて、考えもしなかっただろう。
だから、これ以上はただの野暮、それこそ酒が不味くなるだけだ。
俺もブランデーを口に含む。
舌の上で転がした琥珀色は、この後つまむガトーショコラにまで、その芳醇な香りを教えてくれそうで、つまるところ、今の俺たちには充分な酒だった。
あとがき
ほろよいのはちみつレモンとアイスティーサワーの缶を間違えて購入した事があるアカウントはこちら、快晴です。
と、いうわけでこんにちは。Twitter不定期連載小説『宅飲み道化』(投稿当初の仮タイトルは『スナック『楽屋裏』』)の1〜7話までのまとめをご覧いただき、ありがとうございます。
最初は自企画用の短編を想定していたのですが、推しと酒を飲む小説を書きたい欲が爆発した結果こうなりました。何故。
1〜7話は誤字脱字の修正こそあれ基本的にTwitterにメモのスクショで上げていたものと同じ内容ですが、おまけの番外編が読めるのはデジモン創作サロンだけとなります。
逆にTwitterでしか読めない話も現時点で1つあるから、よかったら覗いてみてくれよな!(クソ宣伝)
今後も投稿はTwitterでやって、話が溜まったらこちらにまとめを投げる予定です。季節の節目とかに何か書けたらなと。
多少不穏香る事はあっても基本平和路線のまま行くので、他の連載の息抜きにでも使ってもらえたら嬉しいです。
まあこんな適当にぼちぼちやる話ではありますが、またお付き合いいただければ、幸いです。