株式会社DEVA
日本を本社に置く多国籍企業であり、今DEVAと言えばと訊かれると、多くの人が「ゴーストゲームを作った会社」と答えるだろう。
だが実際は、ファーストフード店、アイドルプロデュース、映像作品制作、家具など凡ゆるものにDEVAは関わっている。
起業直後に行った業務が多すぎて、DEVA最初の商品が何になるのか今でもハッキリしないほどである。
そしてそんな大企業を起業したのは、日系アメリカ人のマイク・アンソニー・テンドウ。
自身のルーツである国で成功したいとのことで、わざわざ来日して起業したらしい。
そんな彼は今、運転中の車の個室の後部座席に一人で座り、モニターに映るニュースを観ている。
彼の乗っている車は最先端の技術を使用した高級車で、乗り心地は言うまでもなくなく快適。空調も良好。もちろん清潔。
そんな快適な空間にいるのにも関わらず、マイクは不満そうな顔をしていた。
「何だか最近、超越者が暴れてマスよね〜。何だかニュースにもなってるし…Mr.安達(あだち)とMr.大洞(おおぼら)にはもっと頑張ってもらわないと。キミもそう思うでしょう? Ms.ヴァーレリー」
「判断しかねます」
別室の運転席にいる社長秘書のドイツ人女性ヴァーレリー・ボアズは、通信越しに冷たい態度でそう返す。
ヴァーレリーのこの塩対応はいつものことなのか、マイクは特に何も返さない。
しばらくして、マイクの車はとあるビルに到着した。
車は地下駐車場に止め、マイクとヴァーレリーはそのまま地下の部屋へと向かう。
道中、警備員が何名もいたが、マイクは軽く許可証を見せただけでスイスイと進んでいく。
最後に厳重な扉があり、彼はその扉の隣にある指紋認証システム、網膜認証システム、音声認証システムの3つをクリアして奥の部屋へと入っていった。
マイクの入った部屋は、何とも幻想的な空間であった。
照明は青いLEDが点々と付いており、まるで星空を思い浮かばせる。
床は全面ガラスで、ガラスの奥には水が満たされ、その水はマイクから見て右側の壁にある人工的な滝から来たものの様だ。
そしてその滝の奥にはLEDパネルがあるのか、黒い背景に白と紫の光の玉がゆっくりと漂っている幻想的な映像が、滝越しに映っている。
部屋中にある水が生む光の全反射により、ただでさえロマンチックな星空の様な光が部屋中を優しく細々と照らしていた。
そんな滝の側で、ビーズクッションに座ってファッション雑誌を読んでいる男がいた。
デーヴァの一人、マクラモンの人間体である小根だ。
少し遅れてヴァーレリーが部屋に入ってきたタイミングで、マイクは左側へ顔を向ける。
そこにはガラス製のテーブルと2台のソファー、そして2脚のイスが置かれている。
イスの方には、マイクとヴァーレリー同様のスーツ姿をしたメガネの男性がタブレットを眺めている。一方、ソファーには長い金髪を後ろに束ねた大柄な男性が深く座っており、その隣では白と黒のストライプ模様のキャスケット帽を被った真っ黒なオーバーサイズの服を着た若い女性が、大きなイビキを上げながら寝ていた。
奥にもイスやテーブルが見えるが、そちらの方には人影は見当たらない。
「やれやれ…全員は来ていないみたいデスね」
「半分以上は来てるんだ。文句言わないでよ」
マイクの言葉に、小根は微笑みながらそう答える。
マイクはその言葉に「まぁ…それもそうではあるんデスが…」と困った様に頭を掻く。
「それはそうとMr.安達とMr.大洞。貴方たち、ちゃんと役割は果たしているのデスか?」
マイクの質問に、メガネの男性と大柄な男性が彼の方を見る。
最初に口を開けたのはメガネの男性の方だった。
「マイクさん、貴方は現状を理解していない様ですね。私の働きのおかげで、今の状態をリテンションできてるんですよ?」
「俺も、一応俺なりにやってるつもりだが?」
メガネの男性・安達の早口な回答の後に、大柄な男性・大洞はそう答えた。
そして大洞はそのまま言葉を紡ぎ始める。
「ネットじゃあ、もうお祭り騒ぎさ。スーツェーモン様降臨の動画を載せる奴がわんさかいる。それを全部消せってのは無理な話だ。適当な嘘を付いて欺けるのが一番。
そして、その嘘が広がるのには時間がかかる。だから少しは待ってて欲しいな。
スーツェーモン様降臨の動画を超越者誕生の瞬間だと勘違いしている奴が沢山いるのが好都合なところなんだが」
「強ち間違ってはいないけどね」
大洞の言葉に、小根はそう付け足した。
しかし、そんな小根に大洞は睨み返す。
「お前がホログラムゴーストからデジモンに戻る瞬間とかも見られてんだぞ。そっちは漏れてる情報が少ないから流出は避けれてはいるが、目立ち過ぎることはするんじゃねぇ。俺の役割が増える」
「ごめんごめん」
笑いながらの小根の謝罪は、もちろん大洞を満足させるものではない。
だが、これ以上小根に時間を取られるのも鼻に触る。この感情が小根の計画通りだとしても、大洞は自分を抑えて黙ることにした。
「私だって、ペリメトロスの連中の動きを抑える様に根回ししているんです。第一今回は、スーツェーモン様の降臨という一大イベント。大柄さんも言った様に、簡単に抑えられるものじゃない。だから…」
安達はそう言った後、メガネをズラしてマイクを睨みつける。
「適当なこと言ってんじゃネェぞ、クソじじぃ」
安達の変貌に、誰も表情を変えはしない。
小根に関しては「またか」と言った様な表情を見せている。
「これはゴーストゲーム内の問題だ。俺達も役割があるから多少は手を貸すが、ここまでの問題だと運営であるテメェらが何とかする仕事だろ。全てを俺達に押し付けるなよ、このクズ野郎」
「全てという訳ではありまセンよ。私だって役割はちゃんとしていマス。ヴァーレリー」
マイクは指を鳴らして後ろにいるヴァーレリーに合図を送った。
「………ヴァーレリー? Ms.ヴァーレリー?」
しかし返答が無かった為、マイクは怪訝な顔で振り返る。
ヴァーレリーはそこで目を開けて立ち尽くしており、心ここに在らずという様な状況だった。
「……ヴァーレリー!」
「……ハッ! Jawohl(かしこまりました)!」
「寝てたでしょキミ」
「寝てません。要望は何でしょう」
「寝てたじゃん」
「寝てません。意識が飛んでただけです」
絶妙に怖い言い訳をしつつ、ヴァーレリーはタブレットを開いてマイクが要求したデータを、天井からスライド式で現れた巨大スクリーンに映し出す。
それは運営が行ったゴーストゲームの詳細なアップデート情報、クレーム対策、マスコミ対応など株式会社DEVAとして行った仕事の数々だ。
「結構我々も残業してるんデスよ?時は金なりとはよく言いマスね。表向きは真っ当な会社でないと行けませんから、残業代も出さざるを得ない。全く、お金が勿体無いデスよ。でしょう?ヴァーレリー」
「………あ、Ja(はい)」
「また寝てた?」
「意識が飛んでただけです」
「だから怖いんダヨその言い訳」
マイクとヴァーレリーの漫才の中、大洞は横目で隣で爆睡しているキャスケット帽の女性を見る。
「……こいつはこいつで、マジで起きねぇな…」
大洞が半ば呆れ気味に言った直後、小根はファッション雑誌を大きく音を立てて閉じた。
相変わらず爆睡しているキャスケット帽の女性以外は、視線が小根の方へと向き始める。
「喧嘩はそこまでにして、まずは挨拶と行こう。遂に一柱が覚醒された…スーツェーモン様、又の名を飛沢蝶蘭(とびさわ ちょうらん)様だ」
小根がそう言うと、奥からブラウンカラーの長髪を靡かせて一人の女性が現れた。
それは以前、小根がまだマクラモンとして本性を見せなかった時、宇佐美と同じゲームのチームメイトだったあの人物《飛鳥》であった。
飛鳥こと飛沢の登場に、今まで座っていた安達と大洞は急いで立ち上がる。
相変わらずキャスケット帽の女性は爆睡していたが、大洞に叩き起こされてようやく目が覚めた。すぐに事態を理解したのかワンテンポ急いで立ち上がった時には、小根も立ち上がって全員が飛沢に頭を下げていた頃であった。
「……ねぇ《園長》」
「はい?」
飛沢はバツが悪そうな顔をして小根を見る。
「あんたに本名で呼ばれるのは慣れない。《飛鳥》って呼んで。あと、話し方もいつも通り」
「分かりましたよ、飛鳥さん」
スーツェーモンに覚醒したばかりの飛鳥こと飛沢は、喋り方も態度も何処か偉そうだった。ほとんど元の飛鳥の面影も残さないほどに。
しかし、今は違う。スーツェーモンに覚醒して時間が経ったことで適応化が進み、その性格は飛鳥とスーツェーモンの二つが融合したものとなっていた。
なので…
「あ、じゃあじゃあ! あたしも堅苦しいのヤだから、スーツェーモン様のことあだ名で呼んでもいいですかー!あーちゃんとか、スーちゃんとか……」
「燃やされたいの?」
「ごめんなさい何でもないです」
さっきまで爆睡していたキャスケット帽の女性の無礼すぎる態度にはこれである。
まぁこれは彼女が悪いところが多いのだが。実際、彼女は帽子越しに大洞に頭を叩かれてしまった。
「で? 園長。デーヴァは全員揃ってないみたいだけど…他は?」
「他の方々には、人としての人生や役割があるので。あまり全員が直接集まること無いんですよ。あとで紹介します」
「なるほど…。私も世間的には高校生だもんね。今は退院直後ってことで学校休めてるから良いけど。それで…他の四聖獣の目星は付いてる訳?」
「付いている者もいます。ただ、覚醒までどのくらい時間がかかるかは…」
そこまで言うと小根は呆れた様なジェスチャーをして首を横に振った。
その小根の回答に「そう」とだけ答えた飛沢は、近くにあったイスに座る。
「単刀直入に言う。これからは私も手を貸してあげる。……私も燃やしたくてウズウズしてるからな」
後半部分は、目を赤く輝かせて言い放った。
飛沢のその言葉に、ほぼ全員の背筋が自然と伸びる。唯一、小根だけは笑みを浮かべて。
「それでは伝えたい事があります。メールで伝えたとおり、我々に探りを入れてる者がいる。彼等が我々にコンタクトを取る方法はいくつか考えられますが……高幡(たかはた)さん」
小根はキャスケット帽の女性・高幡の方を見る。
「彼等は、貴方に真っ向勝負を挑む可能性が高い。心してください」
一瞬、部屋が静まり返る。
しばらくは水が流れる音しか聞こえなくなった。
しかしその無音の世界を、一人の笑い声がぶち壊した。
それを上げたのは、あの高幡だった。
「真っ向勝負?! あたしと!? 良いね良いね! 確か、小根さんと飛沢様とチーム組んでた人間でしょ!? その探ってる奴って! そいつそんなに強いの!?」
高幡の質問に、小根と飛沢はお互い目を合わせる。
そして、小根はしばらくして高幡の方へ向き直り「えぇ」と頷く。
「ユーザーネームは《キジ太郎》。実力はあります。貴方を満足させられるかどうかは分かりませんが」
「キジ太郎…いいねェ! 初めての対戦相手だ! ちょっとワクワクしてきたかな?」
高幡は子供らしく純粋に笑っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
プロゲーマー 高幡芽衣(たかはた めい)
ゴーストゲームのプレイヤーなら知らない人はいないと言われる程の超人気プロゲーマーである。
その端麗な容姿と天然っぷり。そしてそこからは想像できない程の荒々しくも洗練されたゲームスタイル。
高幡芽衣は、多くのゲーマーを一瞬で魅了した。
「……そんな話、もちろん知ってますけど」
府内探偵事務所でバイトをすることになった宇佐美は、カップを洗いながら府内に言った。
ちなみに学校は、今日は創立記念日で休みである。
「だろうね〜。そこで話はちょっとズレるんだけどさ。いててて…」
府内は頭痛薬を飲みながら話を進める。
どうやら、昨日はかなり遅くまで飲んでしまったらしい。
「デーヴァと名乗った《園長》ってプレイヤー、マクラモン使いなんだよね?」
「えぇまぁ…完全体はマクラモンしか使ったところは見てなかったです」
思えばそれは当然だった。あのマクラモンこそが、小根の本当の姿だったのだから。
「これも知ってると思うけど、マクラモンはゴーストゲーム初期から実装されていたホログラムゴーストだ。そしてファンから、とある括りに分類されていた」
そこで、宇佐美の手は止まった。
これももちろん、宇佐美は知っていたからだ。
「干支ホロ…!」
「そう、干支のホログラムゴースト。略して干支ホロ。これらは初期から実装されていた。僕の推理だと、多分その園長って奴の正体がその干支ホロだったのは偶然じゃない」
思えば干支ホロの存在意義は謎だった。
プレイヤーのプロフィールに該当するキャラクターを作って、思い入れや他プレイヤーとの仲間意識を作るなんてこと、他のゲームにもあるにはある。
しかし、干支なんて1年間はずっと同じなのだから、プレイヤーの年齢層によってはどうしてもプレイヤー毎に該当する干支の数に大きな差が生まれてしまう。だったら1ヶ月という短いスパンで切り替わる星座の方が適正な筈である。
つまり、星座よりも干支を優先する必要があったのだ。
「干支ホロが先なんだ。ゴーストゲームよりも。干支ホロは、元々デーヴァ専用の何かだったんだ」
「それってどういう…」
「さぁね。僕が言いたいのは、干支ホロ使いがデーヴァの可能性が高いってこと」
そこまで聞いて、宇佐美は府内が高幡芽衣のことを話してきた理由が分かった。
高幡芽衣の使用するホログラムゴーストは…
「ミヒラモン…! 寅の干支ホロ…!」
「そういうこと。それに彼女のプレイ、僕はゲーム下手だから逆によく分からないけど…異常なんでしょ?」
府内の言う通り、高幡のミヒラモンの強さは異常だ。
まるで最初から自分がミヒラモンかの様に、ミヒラモンのポテンシャルを誰よりも引き出している。
それにあの反応速度は、周囲から「もはや人間じゃねぇ」と冗談混じりで言われるほどである。
「その異常なプレイスタイルは、彼女自身が本当にミヒラモンだから可能なこと…?」
「君は園長のマクラモンと戦った訳だろ?その時もどうだった?」
戦った…という程ではない。一発蹴りを入れられただけで、ほぼ瀕死状態だった。
しかし、園長として、同じチームメイトとして戦っていた時と比べて、その動きは常軌を逸したものだった。
きっと、チームメイトとしてプレイしていた時は、わざと自分達に合わせて動いていたのだろう。
「確かに、高幡芽衣のプレイスタイルに少し似ている部分はありました。今思うと、ゲームであんな動きが出来るのかって」
「そう、じゃあ高幡芽衣の接触はデーヴァを知るには有効だね。もうその園長や飛鳥って人とも連絡付かないんでしょ?」
府内の言う通りで、あの事件が起きてから二人とは連絡が取れていない。
そもそも二人ともゲーム以外の話はあまりしなかったし、連絡先もゴーストゲーム内のものしか知らない。
二人の出会いはゲームだったし、園長も飛鳥もSNSは恥ずかしいと教えてくれなかったからだ。飛鳥の方は本当に恥ずかしかったのだろうが、園長の方は、そもそもSNSをしてたのかどうかはよく分からない。
その唯一の連絡先だが、何度チャットを寄越しても返答が来ることは無かった。なんとなく予想はできていたが、本当にあの二人は変わってしまったのだと思うと少し寂しくもある。
「……あれ?そういえば、羽山さんは?」
ふと、事務所に羽山の姿がいないことに気付く宇佐美。今日は非番なのだろうか。
「あぁ、羽山くんなら、もう一人のデーヴァ候補に会いに行ってるよ」
「えっそれマズいんじゃ…」
宇佐美の心配に、府内は「大丈夫、大丈夫」と言ってコーヒーを1杯カップに注ぐ。
「羽山くんは、立派な探偵秘書だからさ」
◆ ◆ ◆ ◆
大極東慶讃(だいきょくとうけいさん)小学校
ブルースクリーン第5区に存在する進学校。
生徒は明るめのグレーの制服を着用し、黒地に白いライン2つが入り、真ん中にはその学校のシンボルが描かれた専用の横長のリュックを背負って登下校する。
さらには学校から支給されたベレー帽も被っており、これは学年毎に色が異なるとのことだ。
羽山はその学校の門から100メートルほど離れた場所で、ケータイを弄っていた。視界から門を絶対に外さない様に。
天才プログラマー 末広忠太(すえひろ ちゅうた)
僅か5歳でゴーストゲームの基盤となったと言われるゲームを制作したとされている。
株式会社DEVAがそのゲーム等の権利を買い取り、その3年後にゴーストゲームは制作された。
さらにそこから2年後の現在、ゴーストゲームは今も変わらず超人気ゲームとして君臨している。
このゴーストゲームの売り上げの一部は、末広忠太の家族にも入っている様だ。
ゴーストゲームと強い関わりを持つ天才少年。
特に何でもなければ良いのだが、怪しいか怪しくないかと言われれば、かなり怪しいというのが本音だ。
府内探偵事務所での、数少ない探偵依頼で磨き上げられたこの尾行センスをフル活用して末広忠太がデーヴァと繋がりが無いかを確認する。
1日で掴めるとは思っていない。正直リスクが高過ぎる。しかし、羽山の好奇心は止まらない。
羽山はケータイで時間を確認する。
15:12
もう門から出てきても良いはずだ。
「何してるのおじさん」
不意に右から声をかけられた。
声の方へ視点を下げると、そこには大極東慶讃小特有の明るめのグレー色の長袖半ズボンの制服とリュック、そして小学4年生だと伝える赤色のベレー帽を被った少年がいた。間違いない末広忠太だ。
「もしかして…僕を待ってた?」
忠太は、子供にしては不気味な笑みを浮かべる。
この発言と表情で羽山は確信した。
彼は少なからず、デーヴァと繋がりを持っている。
「一体…どうやって…」
「ここまで来たか? 簡単だよ。おじさんの気配はしてたから、裏門から出たんだ。僕達デーヴァを探る奴がいるって、予め連絡があったからね」
「デーヴァ…。君も、デーヴァなのか」
「まぁね。じゃないとあり得ないでしょ。5歳であんな大作作るなんてさ」
忠太は笑いながらそう答えた。
まさか1日目で尾行がバレてしまうとは予想外ではあるが、彼自身もデーヴァであると分かったことも良い意味で予想外だ。
問題は、ここを生きて返してくれるかだが。
そんな時、忠太は羽山の顔を覗き込んできた。
「考えてること分かるよ〜? このあと殺されちゃうかも〜とか思ってるんでしょ?」
「……違うのか?」
羽山の問いに、忠太は何処かわざとらしく「う〜ん」と悩む素ぶりを見せる。悩みながら周囲をウロウロしており、今なら逃げる事が出来そうではあるが、相手は見た目が子供とはいえ、人外の力を持った存在だ。今逃げても事態が悪くなるだけだろう。
しばらくして「あ!そうだ!」と言って、忠太は羽山に走り寄る。
「僕のお願い、1個だけ叶えて欲しいな!」
「お願い?」
「うん!せっかくだし、叶えてくれたらおじさんにもう1個情報も上げちゃう! どう? 悪い話じゃないでしょ? ちなみに拒否したら〜…」
そう言って忠太は、笑顔で防犯ブザーを見せつけた。
殺されるのかと思っていたが、どうやら社会的に抹殺するつもりらしい。
「……分かった。それで…そのお願いっていうのは?」
ここで防犯ブザーを鳴らされたら、こちらには釈明できる術はない。素直に従うしか無いだろう。情報をさらに貰えるというのも美味しいところだ。
しかし、忠太のお願いとやらの内容にもよる。断る道は事実上閉ざされているが、一体何をさせられるのだろう。羽山は、唾を飲み込んで覚悟を決めた。
忠太はその覚悟を見て、今度は子供らしい意地悪な笑みを見せる。
そして両手を後ろに回し、まるでおねだりをする様に体をくねらせた。
「おじさん知ってる? ここのチョコレートケーキ…とっっっっっても美味しいんだよ〜?」
忠太が目で指したのは、彼の右隣に建っているカフェであった。
そのカフェのガラスに大きくメニューのポスターが貼ってあり、そこには忠太の言っていたチョコレートケーキが値段付きで載っていた。
「せ、千……三百八十円…!?」
ちなみに税抜である。
◆ ◆ ◆ ◆
「ん~~~! おいひぃ~~~!」
「何でケーキでこんなに高いんだよ…うちのケーキは650円だぞ…」
目の前に窓があり、景色が一望できるカウンター席で、美味しそうにチョコレートケーキを食べている忠太。
その隣で羽山がケーキの値段に対して文句を言いながら頭を抱えている。
「ん? おじさんもお店やってるの?」
「俺はただの店員。探偵事務所の」
「探偵事務所でケーキ売ってるの?」
ご尤もな質問である。
まぁここまで来たら別に隠す必要も無い。ケーキを売っている探偵事務所なんて他には無いだろう。
「うちの事務所は成り行きで喫茶店もやってるんだ」
「どういう成り行きなのかは気になるけど…まぁいいや。ケーキも美味しかったし、おじさんに僕からプレゼント」
そう言って忠太は天を指差した。
羽山は一応それを追って天井を見るが、もちろんあるのは天井のみ。
「聞こえるでしょ? 歌が」
確かに、カフェ店内には音楽が流れている。
今は丁度、超人気マルチアイドルKiMiの先週リリースしたばかりの新曲が流れている様だ。
しばらくして、羽山は小さく「まさか…」と声を漏らした。それを聞き逃さなかった忠太は「そのまさかだよ」と意地悪な笑みを見せる。
「あ~あ、おじさん知っちゃったね~。超人気アイドルの意外な正体」
「KiMiも…デーヴァ…!」
確かにKiMiの事務所はDEVAだ。関りが無いわけではなかった。
だが、まさかアイドル業界にまでデーヴァがいたとは思わなかった。
「デーヴァには役割がある」
突然、忠太の目が変わった。
何処か子供離れしていて、羽山を見極める様な目で彼を見つめながら言葉を紡ぐ。
「僕は【開発】、そしてこの耳障りなアイドルは【宣伝】って感じでね」
「耳障り…君はKiMiのことを良く思ってないのかい?」
羽山のその質問に、忠太はあからさまに嫌そうな顔をする。
「アレの本性知ったら、嫌でもそう思うよ」
忠太は最後の一口サイズのケーキを飲み込む。
「美味しい〜!」と反応して、どさくさに紛れて一緒に注文されていたオレンジジュースを飲み干した。
「最後の情報は、おじさんが面白い探偵事務所教えてくれたお礼だから。じゃあね、おじさん。美味しかったよ。ご馳走様でした」
そう言って、忠太はカフェから去って行った。
羽山は残された伝票を見て、再び頭を抱えるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
超人気マルチアイドルKiMi
本名は城木紀美(しろき きみ)
現在19歳で、新曲をリリースすれば最低でも3ヶ月は確定で1位をキープ。その後もトップ10には必ず残り、その間にも新曲を出したりするので彼女の勢いは誰にも止められない。
その可愛らしい見た目はもちろん、その人気の秘訣は「宇宙一ファンを愛するアイドル」というキャッチコピーを有言実行しているその姿勢だ。
彼女の握手会で一度でもファンが自身の名前を名乗ると、次に出会う機会までにはKiMiは必ず覚えてくれている。それだけでもファンにとっては堪らないのだが、短い握手会の間で、必ず彼女は手を強く握りしめた後に「大好きだよ」と言ってくれる。こんなの、夢中にならない筈がない、と多くのファンは発狂しているという。
しかし、アイドルも人間である。いや、KiMiの場合は怪物だ。
「ただいま〜」
KiMiこと城木紀美は、一人暮らしのマンションに辿り着いた。
荷物を置いたり、シャワーで汗を流したり、一通りの準備を済ましたあと、鍵がかけてあった一室へと向かう。
「みんな、ただいま」
紀美が笑顔で言った先には、多くの人間の写真が貼られた巨大なスクラップブックが壁に飾られていた。
そこに貼られていた写真は全て、彼女のライブに出向き、握手会をしたファン達だ。
「花井(はない)君、最近見ないな〜。今どうしてるんだろう?」
一人の若い男が映っている写真を手に取り、紀美はケータイを弄った。
紀美の頭の中には、全てのファンの名前と顔、そして来たライブ等の凡ゆる情報が入っている。
彼女はその情報を元に、既にほとんどのファンのSNSを特定済みだ。
「あ!いた。………え?」
花井のSNSを見ると、どうやら花井に彼女が出来た事が書かれていた。
それを知るや否や、紀美の表情は冷たくなる。
「そっか…。もう、あたしのこと、嫌いなんだ…」
紀美はスクラップブックの近くに置いてあるモニターを観る。
そこには、怯えた男女数名が映っていた。
「君たちはあたしのこと、嫌いにならないでね?」
モニターにいる者は、KiMiのストーカーだ。
彼女を追いかけている内に彼女に捕まり、彼女のデーヴァとしての能力で、意識のみを電脳世界に閉じ込められ彼女のコレクションにされた者達。身体は適当に捨てた。場所は覚えてない。
「花井……ゴーストゲームやってるんだ…。そっかぁ…」
花井のSNSから、彼が最近ゴーストゲームにハマってることを知る。
そうなると、やる事は一つだ。
「ちょ〜〜〜と痛みつけて、あたしの価値を思い出させてあげないと。心が少し壊れちゃうかもだけど、別に良いよね?」
デーヴァの能力で、離れたファンをゲームから脱した暴力で痛めつける。
それが、彼女なりの愛情表現。
彼女の「宇宙一ファンを愛するアイドル」のキャッチコピーは決して嘘ではない。紛れもない真実だ。だから彼女は、自身を愛してくれるファンの情報収集をしっかりする。
住所、家族構成、好きなもの、嫌いなもの、SNSのアカウント、お金の使い道、そして誰にも言えない様な秘密。それを全て調べ上げて記憶する。
彼女こそ正に、宇宙一ファンを愛するアイドルなのである。
◆ ◆ ◆ ◆
探偵事務所という名のほぼ喫茶店のバイトを終えた宇佐美は、自分の部屋のベッドで横になっていた。
「高幡芽衣がデーヴァ…かぁ…」
意外と言えば意外だが、意外ではないと言えば意外ではない。
彼女がデーヴァなら、あの異常なプレイスタイルは納得する。
そして高幡芽衣がデーヴァである事で生じるメリットがある。
それは、比較的接触が容易である事。
府内にも言った通り、もう園長と飛鳥とは連絡が取れない。
ならば、プロゲーマーの高幡芽衣が現状最も接触しやすい相手となる。
有名人ではあるが、ゲーム大会に出れば高幡芽衣と接触できる可能性がある。
その可能性があるだけ、マシだというものだ。
バイト終わり直前に事務所に顔出してきた羽山曰く、あの天才少年の末広忠太と超人気アイドルKiMiもデーヴァだということが発覚した様だが、忠太はカフェでケーキを待ってる間「次からもう何も教えない。無理にでも訊こうとしたら容赦はしないよ」と防犯ブザーを見せていたらしい。KiMiとの接触も、握手会という手段はあるが時間があまりに短過ぎる。現実的ではないだろう。
なら現状、最も多くの時間で接触できる可能性があるのは高幡芽衣だけなのだ。
しかし、その接触にも大きな問題がもちろんある。
「朱雀杯の優勝…。結局取り消しになっちゃったんだよな…」
そう、宇佐美は半年後に行われる黄龍杯の予選試合とも言われる朱雀杯で優勝していた。黄龍杯出場権を獲得できるのは、各予選の上位3チーム。つまり、黄龍杯の出場権は既に持っていた。
だが、それも同じチームメイトの園長と飛鳥が辞退したことで、その出場権は取り消しとなったのだ。
黄龍杯にはチャンピオンとして高幡芽衣が率いるチームが出る。
是非とも今すぐに黄龍杯に出たいところだ。
「となると…チャンスはこれだな」
宇佐美はデジヴァイスからゴーストゲーム運営が発信するニュース記事を読んだ。
【君も黄龍杯に出場しよう!】
【期間中にゴーストゲームの3on3バトルで勝利を掴め!ランキング上位2チームは今年の黄龍杯の出場権を獲得できるぞ!】
これはつまり、黄龍杯に行けなかったプレイヤーに残された最後のチャンス。所謂、敗者復活戦。
期間開始の時間は、明後日の午前10時から。
既に羽山と府内には話してあるが、府内はゲームが専ら苦手とのことで、一緒に戦ってくれるメンバーが一人足りない状況だった。
羽山も他に良い人がいないか当たってみるとの事だったが、こちらもこちらで探しておいた方が良い。
これでもゴーストゲームは何度も何度もやってきた。それ故に、ゴーストゲームで出来た知り合いは割といる方だ。
その中で実力、相性と共に申し分ないメンバーがいれば良いのだが…。
「俺も羽山さんもガツガツ行くタイプじゃない。欲しいのはアタッカーだな…。アタッカー…アタッカーかぁ…」
どう考えても良い人材が思い浮かばない。少し煮詰まっているのだろう。
何か気分転換でもしようと、宇佐美は無料動画サイトを開いた。
気分転換とは言っているが、なんだかんだずっと観ちゃうんだろうなと自虐していると、おすすめ動画に特撮ヒーローの番組予告映像があった。
そういえば以前、新作のアメコミヒーローゲームが出ると話題になり、その流れで子供の頃観ていた特撮ヒーローのことを思い出して、アルバムを捲る様に当時観ていた特撮ヒーローの動画を観て懐かしんでいた。それの影響で、今やっている特撮ヒーローの宣伝動画がおすすめに現れてしまったのだろう。
今やってるのは技術が発達していることもあって派手だなと思いつつ、宇佐美はそのサムネを凝視する。
敵を倒した場面なのだろうか、大爆発をバックにポーズを決めるヒーローの姿。
それを見て、宇佐美にとあるプレイヤーが頭に過ぎった。
「あの人なら…!」
◆ ◆ ◆ ◆
日野真鈴(ひの まりん)は、何処にでもいる平凡な女子中学生だ。とある要素を抜きにすれば。
ショートボブの髪型に、決して悪くはない容姿。身長は143センチで小柄。14歳となった今、周囲は恋バナで盛んだった。
そんな彼女は今日も学校を終え、一人ベッドで横になって動画を観る。
それは、現在放送中の特撮ヒーロー番組。
ヒーローと悪者は派手に戦い合い、命を削り合う。
真鈴はその戦いを夢中で観続けていると、遂に戦いはクライマックスに突入した。
ヒーローの必殺技が敵に炸裂。敵はヒーローに対する恨みを叫びながら大爆発。その爆発をバックにポーズを取るヒーロー。番組最大の見せ所だ。
真鈴はすぐさま、そこで動画を停止する。
そしてその静止画をスクリーンショットし、画像フォルダに保存した。
真鈴は直様、そのフォルダを開いて先程撮った画像を眺める。
負けた敵の大爆発。そして、それをバックにポーズを決めるヒーロー。
「えへへ…」
真鈴はその画像を見て頬を赤らめ、笑みを浮かべた。
彼女を惹きつけているものは、ポーズを決めるヒーロー……ではない。
見事に散った敵でもない。
画像を見ているのだから、ストーリーな訳もないし、同様にその画像では変身後しか映っていないヒーローを演じるイケメン俳優でもない。
彼女を惹きつけるのはただ一つ。
「可愛いなぁ…この爆発…」
もはや背景とも言える爆発。それ自体が彼女を惹きつけていた。
小さい頃、彼女は花火を見た。
初めて見た花火に、彼女は心を奪われた。
その後、彼女は特撮ヒーロー番組にハマった。
彼女はよくヒーローが敵を倒した時の真似をして遊んでいた。
彼女は大作アクション映画にハマった。火薬をこれまでかと使う爆発シーンには胸が躍った。
そこでようやく気が付いた。
自分は、「爆発」に恋をしているのだと。
それを自覚すると、色んな爆発に個性が見えた。
この子は健気で可愛い爆発。この子は目立ちたがり屋な爆発。この子は恥ずかしがり屋。この子は性格悪そう。この子はきっと委員長タイプだ、と。
しかし困った事に、爆発というのは資格が必要である。特に発破技士という資格は、高校を卒業して大学等で本格的に勉強しないといけないらしい。
それに万が一資格を取れたとしても、日常というのは、そう簡単に爆発はさせてくれないらしい。真鈴は法律を恨んだ。せっかく趣味で爆弾を作れるぐらいの知識はあるのにと嘆いた。実際に作ってはいない。きっと親に怒られるから。
そんな時に出会ったのがゴーストゲームだった。
ゴーストゲームなら、擬似的なものとはいえ爆発を生み出せる。爆発を味わえる。
爆竹でなんとか欲求を満たそうとしていたあの日から、彼女の世界は一変した。
偽物とはいえ爆発は爆発。
彼女にとって、初めて恋人に出会える場所と言っても過言ではなかった。
それ故に、彼女のゴーストゲームのプレイスタイルはゴリゴリのアタッカー。
言うまでもなく爆発を好むので、手当たり次第に爆発を起こして満足している。
たまには相手を誘導して、逃げられない様にしてから一緒に自爆するという方法もやっている。だって恋人を身近に感じられるのだから。
日野真鈴は、何処にでもいる平凡な女子中学生だ。性癖が爆発であるという要素を抜きにすれば。
第四話『WITH YOU』
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あとがき
ギリギリセーーーーーーーフ!!!!!!!!!!!
まさか以前の投稿から1年とはね。サロンもこれから載せれなくなるので、せめてザビケで出したかったキャラを出そうと頑張った結果がこれになりました。
デーヴァ勢ぞろい&末広忠太&KiMiの登場は元々1話のうちに入れようとしていたんですが、色々重なって怒涛の新キャラ紹介みたになってしまいました。さて、出したかったキャラは最低限出せたので満足です。
あとは、原作者であるユキサーンさんことユキさんに、これから先の展開等を記したものを送れればいいなーと思っています。まぁそれもまだ内容が固まってないので時間かかりそうですが、流石に1年は待たせない様にしたいです。
それでは皆さん、僕はあまりこのサロンに顔を出せませんでしたが、このサロンでは色々ありがとうございます!良き創作ライフを!
追記
さて、新キャラ登場を重視し過ぎて、前回にあった「米咲がEULErのアジトに向かう」という流れを無視してしまいました。後悔はない!…というと嘘にはなるにはなりますが、それよりも忠太とKiMi、そして真鈴を出せたことの方が満足です。結構気に入ってるんですよこのキャラ。特に真鈴。ああいう狂ったキャラを書きたかったので、短い間ながら出せて嬉しかったです。あと忠太の苗字である「末広」も結構前から考えていた苗字なので使えて良かったですね。いつか、再び彼らの様なキャラをしれっと登場させたいです。ちなみに勘違いされるかもしれないので、予め言っておくと、忠太はクンビラモンの人間体ではありません。名前とか性格的にそれっぽいですが違います。デーヴァの面々の人間体の名前には、いわゆる遊び心というか共通点があって、忠太とクンビラモンはそれに合致しません。じゃあ何なの?って話ですが…まぁ今のところはノーコメントとさせておきます。気になってる人が何人いるかは知りませんが。
一応ヒント?として、明らかになってるデーヴァの組み合わせを書いておきますね。と言っても二人だけですが。
小根明日(こね みらい)=マクラモン
高幡芽衣(たかはた めい)=ミヒラモン
…これで分かる人、いるんですかね。ちなみにこの共通点とやらは、デーヴァの人間体の名前を考えている時に途中から偶然に出来たもので、それ故に途中からかなり設定を固めるのに苦労しました。
せっかくのユキさんが始めた物語なのに、事実上最後になるであろう回がユキさん制作のキャラがほぼいないという事態になってしまいました。
一応、宇佐美、小根、飛沢、あと羽山はユキさん原案ではありますが…もうほぼオリジナルに片足突っ込んでますね。特に羽山の初登場シーン、もしかしたら勘違いされている方もいるんじゃないかと思ってしまうほどです。
羽山は1話から登場してたユキさん原作キャラです!
さて、大事なことは伝えられたので一応満足ですかね。度々ありがとうございました!