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第3話:懐かしい顔
自分は彼女と出会えて嬉しかったのだろうか。
自分は彼女との再会を望んでいたのだろうか。
言うまでも無い、答えは是だ。
思わず綻んでしまう自分の表情が、それを何よりもハッキリと伝えてくれる。
「ふっ……」
思わず漏れた笑みと共に、手袋を身に付けた。久し振りである。酷く懐かしかった。
当時、まだ赤ん坊だった八雲には思い出すことすらできない自動車事故で残されたらしい、父親の唯一の遺品。所々に黒い染みが残されたそれは、不思議と如何なる時でも手放すことはしなかった。彼女と別れて以来、一度として填めたことは無かったのに。
自然と心が猛っている。自分らしくないのか、それともこれが本来の自分なのか。こんな状況だというのに、それすら理解できないでいる自分がおかしかった。
「……なあ朱実、アイツは何なんだ?」
「アタシは知らないよ? 別に興味も無かったしね」
「何か知らずに戦ってたのかよ、お前は……」
相変わらずの破天荒ぶりに、八雲は大きくため息を吐く。
「倒す相手のこと知ったところで何になるよ? やり辛いだけじゃん」
「それは……そうだけどな」
そう答えられると、ぐうの音も出ない。倒せるつもりでいることに安心もするわけだが。
別に口下手ではないつもりだが、彼女を相手にすると昔から弱い。これは要するに、自分と彼女は同じタイプの人間で、それでいて彼女の方が僅かに格上だということなのだろうか。そう考えると、少し悔しいものがある。自分は彼女に負けるつもりは無い。そもそも、負けないために今まで修練してきたのだから。
断じて惚れた弱みとかそういうことではない。うん、そういうことにしておく。
「何か得物は?」
「ナッシング」
朱実が両の人差し指で×を作る。文字通りの徒手空拳。怪物に相対するにはあまりに無力。
けれど怯まない、躊躇わない。彼女が隣にいれば自分達がやられることなど有り得ない、そういう確信がある。自分達はいつだってそうしてきた、正しいと思ったことを成してきた。
それはきっと朱実も同じだ。こちらを見てニッと笑う彼女の八重歯が眩しかった。
「それじゃ八雲……アンタの力、久々に見せてもらうとしよっかな?」
「……言ってろ!」
小さく吐き捨てながらも、二人が飛び出したタイミングは殆ど同時。
閃光の如きスピードで疾走する二人は、一切の言葉を交わさずしてコンビネーションを取っていた。八雲は怪物の右方から、朱実は左方から回り込む形だ。二人の攻撃の照準は奴の翼に完全に絞られており、そのこと以外の思考は既に掻き消えている。
如何なる手段を以ってしても、人間は空を飛べない。故に今相対しているような巨大な鳥との戦闘を行う際は、まず飛行能力を奪うために至近距離から頭部か翼を攻撃するのが定石だ。
無論、そんな定石は朱実と八雲にだけ通じるものであり、普通なら一般人が巨鳥と戦うことなど、まず有り得ない。だが当時小学生だった長内朱実は、それすら想定した訓練を自らに課し、何故か巻き込まれる形で八雲も同様の修練を行う羽目になった。朱実曰く「この戦闘方法を極めればプテラノドンも倒せるだろう」ということだったが、八雲には当然のように得るものは無かった。
しかし、不思議と体は覚えているもので、殆ど無意識の内に八雲の体は『対プテラノドン用フォーメーションB』を取っているのだ。
「一気に行くよ、八雲!」
「了解だ、朱実!」
これは良くないと思う。ノリが小学生の頃に逆戻りしてしまっている。
そんな思いを抱きながらも、八雲は沸き立つ心を押さえ付けることができずにいた。そう、自分は今の置かれた状況を心底楽しんでいたのだ。本来ならば如何なる人間に対しても恐怖の対象となり得る怪物の存在も、今の八雲にとっては己が血を滾らせる要因の一つに過ぎない。そして何よりも今、自分の隣には長内朱実の姿があるのだ。自分が唯一背中を任せられると認めた最高の相棒。そんな少女と共に戦えるのであれば、熱くならないはずが無い──!
鏡写しのように巨鳥に接近した二人は、両の脇腹に向けて鋭い廻し蹴りを一発。
だが手応えはまるで無い。むしろ、強固な鉱石を蹴り飛ばしたような違和感だけが足には走る。
「チッ! 朱実、お前よくこんな固い奴のこと平然と蹴ってたな!」
「心頭滅却すれば火もまた涼しよ、八雲!」
「人間如キガァ……ッ!」
「喋った!?」
「むっ! まずい八雲、一旦離れな!」
「何ぃ!?」
咄嗟に怪物の傍から飛び退き、大きく転がって距離を取る。
その次の瞬間、一瞬前まで八雲がいた場所を怪物が翼を一振りすることで巻き起こした突風が襲った。石版を容易く傷付けるその突風の威力は、最早カマイタチと呼んでも過言ではないほどに強烈なものだ。もしも朱実の声に反応していなければ、今頃はズタズタに引き裂かれていたかもしれない。
「……文字通りの怪物だな、おい」
「あははっ! 軽口叩いている暇があんの?」
間髪入れず、巨鳥の口が僅かに動いたように見えた。
「……ゾーンデリーター」
「今度は何だ!?」
静かに浮遊した巨鳥は、大きく円を描くように二人の周囲を飛び回る。
奴が通過した軌跡に漆黒の線が描かれ、それが次第に円の形を成していく。そして、その円が完成した瞬間、八雲と朱実は円の中に閉じ込められる格好になった。それがどういうことなのか、巨鳥の放った〝技〟の概要を知らぬ二人には理解し得ぬものだったが、とにかくまずい状況にいることだけは理解できた。
「まずいな……朱実、出るぞ!」
「皆まで言うな!」
地上に描かれた円が突如として盛り上がり、一条のブラックホールを形成して襲い掛かってくる。その漆黒の半球体に触れたものは、小石や木の枝なども含めて全てが一瞬にして消滅する。そう、これこそが彼の黒い巨鳥の、闇の闘士たるベルグモンの必殺技、全ての有を消し去り無と帰すゾーンデリーターなのである。
「あ、アンビリバボー」
「能天気な台詞はやめろ……」
首筋を嫌な汗が滴る。軽口を叩くだけの余裕こそあれ、判断が遅れていたら自分達も消し飛んでいたかと思えばゾッとする。
咄嗟に半球体から脱出しなければ、八雲と朱実も同じ運命を辿っていたはずだ。
「化け物……だね、うん」
朱実の正直な感想は驚くほど八雲の心を端的に代弁してくれる。珍しくシリアスな彼女の横顔に見惚れる余裕を、この状況は与えてくれないらしい。
甘く見ていたかもしれない。普通の鳥ではないことぐらい、最初からわかっていた。それでも、ここまでの化け物だとは考えてもいなかった。奴の闇が覆い尽くした部分には何も残っておらず、文字通り完全なる消滅。その空間だけを丸ごと切り取られたかのようだった。こんなことができる生物など知らない、存在するはずが無い。
そう。完全なまでに、奴は化け物だった。
渡会八雲と別れた後、三上亮と佐々木綺音は遅れてやってきた稲葉瑞希と合流することにした。容姿だけで無く人徳もある瑞希は友人も多く、驚くべきことに十人弱の男女混合のグループを伴って姿を見せた。
そんな彼女を前にして綺音が「敵わないなぁ」と呟いているのが妙に亮には印象的である。
「これはこれは……三上の親分、お勤めご苦労さんでごんす」
瑞希がふざけて手を差し出してきたので、亮もニヤリと微笑んで。
「いえいえ、どう致しまして。……こちらが稲葉一家のご一同さんでござるか?」
「如何にもでごんす。どいつもこいつも三度の飯より喧嘩が好きな連中ばかり……明日の出入りに備えて血気に逸っているでごんす」
「それは頼もしい……くっくっく、それで例の物は……?」
「……無論、ここに」
「稲葉さん、あんたも悪でござるなぁ……くっくっく」
そんな悪趣味な会話に、隣に立つ綺音は少しだけ顔を顰めて。
「アンタ達、何がしたいの?」
「ふふん、積極的にコミュニケーションを取ることは重要なのよ、綺音ちゃん」
「取り方がおかしいでしょうが……」
思わずツッコミを入れてしまう綺音であるが、瑞希にはそんな言葉など全く届いていない様子である。
「それで? その様子だと大体誘えたみたいだけど?」
「任せときなさいって!」
偉そうに胸を張る瑞希ではあるが、実際にその通りだったので綺音としても何も言い返すことはできない。
文武両道とはいえ共に中の上の域を出ていないし、学年中から美少女として名高い癖に実際の性格はガサツで粗暴な面が強い。稲葉瑞希とはそんな少女であるのだが、それでも彼女の周りに多くの人が集まってくるのは、偏に彼女の人柄が為せる技なのだろうと綺音は勝手に思っている。彼女には人を引き付ける不思議な魅力、要するにオーラがあるのだ。
「でもね……えっと、野尻君に荒木君、それと園田君と渡会君は誘えなかったのよね」
「園田に渡会……」
何故だろうと自分でも思う。綺音はその二人の名前が妙に気になってしまうのだ。
園田靖史。一年半前の入学式の日、いきなり告白してきた男子生徒。初めての経験だったからか、それとも不意打ちだったからか、恐らくはそのどちらでもあるのだが、それに思わず顔を赤くしてしまったことは佐々木綺音、一生の不覚であろう。その所為で園田靖史の姿を見る度にあの時のことが思い出されて心苦しくなる。奴の顔面を蹴り飛ばさなければ収まらないほどに。
渡会八雲。そんな園田靖史の友人として常に隣にいる男子生徒。彼のどこか世の中を冷めた目で見ているような態度が、綺音には無性に癪に障る。本人にそんなつもりは毛頭無いのかもしれないが、何故かそんな感じがする。そんな奴に何故クラスメイトの瀬戸口楓が好意を抱いているのか、綺音には全くわからない。中学生の頃に助けられたということだったが、自分だったら奴に助けられたところで惚れることなど断じて無いと言える。
そんな風に二人の同級生の顔を思い浮かべ、自身の中に思考を埋没させていた綺音は、瑞希が自分の顔を楽しげに覗き込んでいることに気付かなかった。
「綺音ちゃん、何考えてるのかな~?」
「ひあっ!? な、何も考えてないわよっ!」
「やっぱり綺音ちゃん、園田君と渡会君がいなくて寂しいんだ……?」
「ち、違うってばっ!」
顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。否定すれば否定するほど墓穴を掘っていく感じ。
瑞希が連れてきた連中もそんな自分を眺めて凄まじく嫌な笑顔を向けてくる。そう、何か物凄く勘違いされていそうな生温かい笑顔。しかもその中には他の連中と打って変わって寂しげな表情をこちらに向けた瀬戸口楓の姿まである。
「か、楓ぇ……?」
「やっぱり佐々木さん、渡会さんのこと……」
「ちょーっ!?」
そもそも自分達は何故この場所に集まったのか。今日中の飲み会は無理なので明日に延期するということから、その店を決めるために集まったのではなかったのか。それなのに自分が何故からかわなければならない?
そんなことを考えていると肩に手が置かれた。思わず振り返ると、同じような笑顔を見せる三上亮の姿が。不覚にもカッコいいと思ってしまった。
そういえばこの男、バレンタインで貰ったチョコの数が学年一だとか。
「頑張れよ、佐々木。俺は応援するぜ」
「アンタも勘違いよ! ……あら?」
その瞬間、綺音は気付いた。ちょうど亮の肩越しに見える西部の小山で今何かが煌めいたことに。
綺音自身は訪れたことは無いのだが、あそこには小さな神社があると聞く。今煌めいたのはちょうどその辺りだ。木々に覆われた山肌を何か大きな物体が高速で移動しているといった雰囲気。猪や狐でもいるのだろうかと思ったが、同時に恐らく感覚的ながらもその物体はそれらより遥かに巨大だとも思えた。
「……ま、いっか」
気に留めるほどのことでも無いだろう。それきり、綺音はそちらの方角へ目を向けることはしなかった。
ゾーンデリーター。そう聞こえた技の影響は今も尚残り、大気をチリチリと焦がしている。
地上でしばらく微動だにしなかった巨鳥は、突如としてその禍々しい口を開いて呟いた。
「人間風情ニシテハヨクヤル……仕方ナイ、俺モ本気ヲ出スコトニシヨウ」
「また喋った……」
「本気……だと?」
喋ることは知っていたが、その言葉は怪物が初めて発した明確な日本語だった。
「ベルグモン、スライド進化──ダスクモン!」
「うおっ、眩しっ!?」
一瞬だけ光に包まれたかと思えば、既にそこに巨鳥の姿は無い。
代わりに二人の前に超然と立ち尽くしていたのは、漆黒の鎧に身を固めた謎の騎士。その姿を目の当たりにしただけで八雲は体温が一度下がったような錯覚すら感じる。胸部と両の肩口には巨大な目玉を思わせる文様が描かれており、それが目の前の存在が放つ異質さを一層高めているようだ。
そう、それは明らかに人の形を成している。だが、同時に明らかに人ではなかった。
「人になった……!?」
「人間如きに我が愛剣を用いるまでもない。……来い」
八雲の声に肩を竦め、手招きするような態度。
先程とは打って変わった流暢な日本語を以って、黒き騎士は二人を挑発する。そのどこまでも男性的な外見に反し、異形の者が発する声音は意外にも涼やかな雰囲気を宿しており、むしろ女性的とすら感じられた。それも随分と若い女性の声にも思える。年齢にして20代か、もしかしたらそれ以下の──?
「変身した……か。なるほど、それがアンタの真の姿ってわけね」
「おいおい。朱実、これは流石にまずいんじゃないのか?」
なんとなくとしか言えない。ただ、八雲からしても今目の前で奴が変化した人型は、それまで戦ってきた巨鳥以上の脅威であると直感した。同じ人間の形を取っている存在であるからこそ、対峙するだけで自分達とは遥かに違う高みに立つ者なのだと理解できてしまう。
とはいえ、八雲はそんな自分に朱実が返す言葉もわかっていた。
「関係無いね。相手に戦意がある以上、アタシらはそれを叩き潰すだけよ。……違う?」
そう返されると、八雲も「そうだよな」と返さざるを得ない。
苦笑するが呆れ以上にそう来なくてはという思いが強い。そうだからこそ、八雲は昔から長内朱実という少女を最高の相棒だと思えてきたわけだ。互いに互いの気持ちがわかるというのとは少し違う。ならばどうなのかと言えば、それを表現するのも難しい。それを承知で敢えて端的に表現しようとするなら、要するに自分達は家族なのだ。同じ釜の飯を食い、同じ街で日が暮れるまで遊び、同じ孤児院へと帰って寝る、そんな関係。それ故に思考回路も似通っているらしく、自然と同じ方向を向いてしまう。
故にタッグを組めば無敵。故に直接対決では決着が付かぬ。
だが小学校時代、如何なる敵をも蹴散らしてきた二人でさえ、目の前の敵は違うと実感できる。身に纏う無機質な雰囲気は冷徹な暗殺者そのものだ。まだ実力を見てもいないというのに、奴が本気を出せば自分達など一瞬で肉塊に変えられてしまうだろうことが容易に想像できた。
とはいえ、それでも八雲と朱実に退却の意志は無かった。彼らの辞書に「戦略的な意味を成さない撤退」という言葉は無い。そもそも、隠れる場所も殆ど無い境内では、逃げるなど文字通りの愚行だ。
そんな二人を前に黒き騎士は僅かに目を細め、小さく呟いた。
「……退かぬか。人間にしては、なかなかの心意気だ」
「そんなことより……アンタ、名前は?」
それでも、そんな気負いなど全く感じさせぬ表情で、朱実は黒き騎士に問うた。躊躇せず敵とのコミュニケーションを図ろうという行為は蛮勇であり、同時に愚考とも感じられ、八雲は自分にはできない行為だと思わされる。
それに黒き騎士は僅かに目を細めた様子だ。そんな姿もまた、どこか女性的に感じられる。
「……良い目だ。俺は伝説の十闘士の一人……闇のダスクモン」
そうして奴は名乗りを上げる。流麗かつ鮮明な声音は謳い上げるかのようで。
「やみのだすくもん?」
だから多分、奴の用いる『俺』という一人称に違和感を覚えたのは八雲だけではなく、朱実も同じだと思う。それぐらい、奴の声は女性的に感じられた。
「十闘士って……何よ、それは」
「話しても無駄だとは思うが……貴様ら人間には知る由も無く、到達する術も無い世界、その創世記に起こった大いなる災厄を沈めた存在がいる。その魂を受け継いだ十闘士と呼ばれる十人の戦士達……俺はその内の一人だ」
奴の言う通りだった。そんな説明をされたところで、八雲と朱実にはさっぱりわからないことであることに変わりは無い。
「尤も、こんな説明など不要だろう。貴様らは今ここで──むっ?」
その瞬間、ダスクモンは何かに気付いたように天を振り仰いだ。
「な、何だよ?」
「……残念だが時間切れのようだ。命拾いしたな、人間ども」
「逃げんの?」
内心ではホッとしている癖に、朱実は飽く迄も相手を挑発する。
「……精々そう思っておくがいい。手袋の小僧、そして長髪の女。……また会う日を楽しみにしている」
そこまで呟くと、ダスクモンと名乗る黒い騎士は神社の背後の雑木林に伸びる夕闇に溶け込むようにして、その姿を消した。
嘆息を漏らした。それも全くの同時にだ。
「はぁ……」
「……ふぅ」
そんな自分達がおかしくて、顔を合わせてすぐに逸らした。
あの闇の騎士が完全に姿を消した後、やれやれとばかりに額を伝う汗を拭う朱実だが、その表情は自然と晴れない。
当然だ。ダスクモンと名乗る闇の戦士。こちらの命を取ることなど容易かったろうに、奴は時間切れだと理由を付けて自分達を見逃してくれた。それが朱実には恥辱と感じたのだろう。奴の正体などに、彼女は微塵も興味を示さない。自分よりも強い奴がいて、今回は情けを掛けられた。苛立たしさの理由など、それだけで十分だ。
だが、一方の八雲には奴の正体の方が気になっていた。
「……何者だ、アイツ」
どう見ても普通の人間ではなかった。奴は明らかに人間を超えた存在だった。
戦闘力とか身に纏う威圧感とか、そういった類のものだけではなく、何か奴の存在そのものが人間を超越している、そんな雰囲気を感じ取ることができた。人型へと変化した奴と対峙した時、八雲には生まれて初めて心の底から敵わないという確信があった。あの漆黒の騎士に対して、情けなくも半ば本能的な恐怖を覚えていたのである。
「世の中にはまだまだとんでもない奴がいるもんだな……」
「それ、アンタが言う?」
そんな八雲の言葉に、朱実がらしくない呆れたような表情を見せた。
らしくない。その認識がそもそもズレている。よく考えれば二人が顔を合わせたのは八雲が里親に引き取られ、朱実が従姉と暮らすようになって以来、時間にしてほぼ五年ぶりなのだ。そのはずなのに妙なタイミングで再会を果たしたからか、今までそのことに二人とも気付かなかった。
「ふん、とにかく久し振りだね、仙川八雲」
「……今更かよ。ていうか、人をフルネームで呼ぶのはやめろ。調子が狂う」
八雲が軽やかに返すと、朱実はニカッと笑う。
「いいじゃないの、いいじゃないの。……その格好を見るに、アンタも今日は体育祭だったように見えるけど?」
「お前二宮女子だっけ? そっちも今日体育祭だったのか?」
「そゆこと。で、どうなのさ? アンタは活躍できた?」
「ま、まあな……」
珍しく──これもおかしな表現だが──グイグイ来る朱実に調子を狂わされる。
しかし、言われてみれば自分の格好は異常だ。暑苦しいブレザーを上から羽織りながらも、その下には土埃で薄汚れた体育着が見え隠れしている。言うまでも無く、ズボンもジャージのままなのである。わざわざワイシャツに着直るのも面倒だったので、着替えてこなかったというわけだ。
そこで初めて、八雲はまともに朱実の顔を見た。
「まあ、また会えてアタシは嬉しいよ……八雲?」
「!!」
にこやかに笑うその顔が、とんでもなく可愛く見えたのは多分気の迷いだ。
そうだ。この女が自分にとって恋愛対象になるなんてことは有り得ない。そもそも、そんな感情は小学校に上がった時に全て捨て去ったはずだ。目の前の女は美少女という毛皮を纏った猛獣だ。人間扱いすること自体、どこか間違っているような気さえするのに。
色々と失礼なことを思考するが、どれも確信には至らなかった。
◇
毎週2話ずつ投稿すると宣言しておきながら、三回目にして二週間空いてしまいましたが夏P(ナッピー)です。
というわけで、3話及び4話となります。この時点でデジモンが四匹(ベルグダスクは同一存在なので個体数に限れば三匹)しか出てきていないことには実は作者が一番ビビっておりますが、ここから徐々に増えていくかと思いますので何卒宜しくお願い致します。