◇
第19話:暴食の魔王
激突し、鬩ぎ合う光と水の闘士。
「タイタニックチャージ!」
「リヒト・クーゲル!」
高速回転するカルマーラモンに光の弾丸を撃ち込み、その動きを停止させる。
間髪入れずに接近すると、一気に光の刃を振り抜く。それで初めて、先程コンクリートさえも容易く砕いたカルマーラモンの触手が、軽々と切り落とされた。振り下ろされるヴォルフモンの太刀筋は一切の迷いを持たぬ。単純な意味でも速すぎる上、更に穢れが無さすぎるのだ。
「ハッ、少しはやるザマスね! それなら、私も本気で行くザマス!」
口から出る言葉は全て虚勢だ。
内心、カルマーラモンは焦っていた。人型形態をも遥かに上回るパワーを有する獣型形態。だがその力を以ってしても、自分は人型のヴォルフモンにさえ及ばないのだから。
確かに彼女は知っている。炎の闘士と光の闘士。十闘士の筆頭に位置する彼らには、何らかの特別な力があるということを。けれど悔しかったのだ。十闘士と称される存在の中で最も単純な戦闘力に劣る者は、間違い無く水のラーナモンか風のフェアリモンだろう。そんなことはわかっていた。自分が弱いことを知っていたからこそ、彼女は力を求めたのだから。ジャンヌが強いことを知っていたからこそ、ラーナモンは彼女を覚醒前に潰そうと画策したのだから。
故に敗北は許されない。彼女が十闘士で在り続けるためには、同じ十闘士たるヴォルフモンに負けるわけにはいかないのだ。
だから彼女は、言ってはならぬ言葉を口にしてしまった。
「何故十闘士ともあろう者が、あんな何の価値も無い人間を守ろうとするザマス!」
それはどうしようもない感情。誰もが強者に一度は抱く、確かな嫉妬。
「……なに?」
「それほどの力を持ちながら、そんな人間のガキを守るために躍起になるなんて、堕ちたもんザマスね! 光の闘士の名が泣くザマスよ!」
所詮、それは負け惜しみにすぎず、ヴォルフモンにとっても取るに足らぬ言葉のはず。
「堕ちた……か。確かにそうかもしれないな」
だが、そんな言葉に何か思うところがあったのか、ヴォルフモンがその暴風のような動きを止めた。それを好機と見やり、カルマーラモンは一気に無数のイカ墨を吐き掛ける。全てが全て直撃コース。如何にヴォルフモンとて、喰らえば一瞬で溶解してしまう。
それを、ヴォルフモンは避けなかった。その胸部にイカ墨が次々と着弾する。
「なっ、何を――!?」
「……だが何の価値も無い人間と言ったな、カルマーラモン」
それまで清流のように何の気も発していなかったヴォルフモンに、純粋な殺気が宿る。
微かに震えたようにも見える白銀の騎士は、胸部の装甲をドロドロに溶解させながら決して力強さを失わない。そこに明確な殺意が現れた今、既にカルマーラモンに勝ち目は無かった。だというのに、何たる不幸か彼女自身はそれに気付かない。
十闘士の筆頭格に位置する光の闘士、名前をジャンヌ。彼女は常に清く穏やかな少女だったはずだ。そんな彼女のことを、水の闘士であるカルマーラモンは知り尽くしている。そう、本当に彼女ならこのような顔をするはずがないではないか――!
だからこそ、一瞬だけ浮かんだ恐怖という感情に蓋をして、ヴォルフモンに襲い掛かる。
「下手な脅しを! 覚悟するザマス!」
触手をハンマーのように振るい、白銀の騎士に叩き付けようとしたその瞬間、事は起きた。
「殺す気は無かった……などと綺麗事を口にする気は無い。だが今の貴様の言葉、我が怒りを静めるには細切れにしても余りある!」
「なっ……?」
「愚かしき水の闘士、カルマーラモンよ。覚えておくがいい。仙川八雲……否、渡会八雲は穢れ切った我が魂を救いし人間であり、また我が魂が存在する理由でもある。故に貴様如きが彼の者の存在を否定しようなどと、分不相応にも程があるわ――!」
瞬間、ヴォルフモンの体が激しく発光する。
その光に対して本能的な脅威を覚え、カルマーラモンは僅かに後退する。だが遅い。既にその領域は光の闘士のテリトリー。そもそも、あの言葉を放った時点で水の闘士からは生き残る資格など失われていたのだ。
それに気付かなかったこと、また自らの恐怖を認めなかったことこそが彼女の敗因になる。
目にも留まらぬ凄まじいスピードで閃光の中から飛び出してきた野獣が、容赦無くカルマーラモンの触手を切り裂き、間髪入れず飛び掛かってくる。何の感慨も見せず、獲物の命を刈り取ろうとするその様は、神々しい白銀の体躯とは異なり、どこかギリシア神話の地獄の番犬、ケルベロスを思わせるものがあった。
この雄々しさ、この凶暴性。まさに、光の闘士のビーストスピリット――!
「ぎっ……ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっーーーー!?」
その瞬間、この世のものとは思えないほどにおぞましい悲鳴を耳にした気がして、八雲とウィザーモンは振り返った。
そこには、一体の銀狼がカルマーラモンの体をズタズタに引き裂いている様が見えた。つまり、今の奇声は水の闘士自身のもの。肩口のブレードで全身を蹂躙された挙句、躊躇い無く喉笛を食い破られた水の闘士の体は、何の感慨も見せずに一瞬にして霧散した。その姿は僅かながらも哀れである。
如何に敵だった者の死に様だとはいえ、決してざまあみろなどと言える状況ではない。今この瞬間、自分の前で何かが命を奪われて死んだのだ。その事実自体を八雲は嫌悪する。死なせたくなかったし、何よりも殺すつもりなど微塵も無かったのだから。
だが言ったところで後の祭りだ。つまり、最大の問題はその銀狼の正体であって――。
「ジャンヌって子……なのか?」
「……私の本能もそう告げています」
瞬間、彼らの背後からシードラモンが飛び出した。
標的は言うまでも無く、静かに唸り声を上げる謎の狼。主を失ったことで単純な本能から、恐らくシードラモンはこの場で一番強いと目される存在を見極めたのだろう。その長大な体を捻りながら突撃を仕掛ける。
その口から放たれるは氷の刃、アイスアロー。
「なっ――!?」
それを、砕いた。否、押さえ込んだと言うべきか。
あの氷刃は下手に触れられるものではない。それがわかったからこそ、八雲も龍斬丸で砕くという手段を取ったわけで、また触れてしまえば一瞬で全身を凍り付かされる。先程の八雲とてD-CASで受け止めなければ片腕は容易く凍り付き、今頃は壊死して肩口から崩れ落ちていたかもしれない。
それを牙で砕いた。触れた時点で効力を発揮するその技を、完全に無効化したのだ。
「……化け物か」
そう呼ぶに相応しい存在だ。
その銀狼の名は光の闘士、ガルムモン。人型のヴォルフモンに対する獣型、ビースト形態。北欧神話に語り継がれし伝説の猛犬の名を持つ彼の獣は、その圧倒的な存在感を以って大地に降り立つ。尚も迫り来るシードラモンのことなど相手にもならない。
周囲の光がガルムモンの口内に集束する。そして、放たれしエネルギーは太陽光線に等しき光量。
「ソーラーレーザー!」
「うわっ!?」
一瞬だった。奴が口を開いたように見えた瞬間、シードラモンの姿が掻き消えていた。
圧倒的すぎる。十闘士が他の姿に変身するという特徴は、ギガスモンの時点で既に知っている。だが奴の力は桁違いだ。ギガスモン以上のパワー、カルマーラモン以上の威圧感を誇示している。この感覚は、確か曖昧な意識の中で見た紅蓮の竜に似ているような気がした。
ふと脳裏を過ぎった姿に首を振る。今はそんなことを考えている場合ではない。
自分達は獲物なのだ。ガルムモンにとっては目に映る全てが敵。理性を失っているであろうことは、その血走った瞳を見るだけで明らかだ。そう、如何に銀狼の正体があの愛らしい少女だったとしても、今のガルムモンの中にジャンヌはいない。
何はともあれ、厄介な存在であることに変わりはあるまい。
「……正直、あれを相手取るのは厳しいですね」
「チッ、ただでさえ腕がイッちまってるってのに……」
数分前にシードラモンの攻撃を受けたこともあり、現在八雲の左腕はまともに機能しない。一種の麻痺状態という奴だ。そんなわけで、今の八雲は右腕一本で龍斬丸を保持している状態なのだ。とてもではないが、まともに戦える状態ではない。
無論、ジャンヌが理性を取り戻してくれるという確率も無いわけでは無い。だが楽観はできない。それが渡会八雲の気質だ。
「くっ!」
突っ込んできたガルムモンのブレードを、辛うじて龍斬丸で往なした。
自分より遥かに大柄な獣の攻撃を受け止めた衝撃に、思わず手が千切れそうになる。少なくとも体は大きく横に流される羽目になる。まあ、それでも曲がりなりにも奴の攻撃を受け流すことができただけで僥倖だと言えよう。現時点で最大の問題は、相対している怪物が八雲を守らんと戦ってくれた、あの黄金の少女だということだ。
痛みとは別の意味で思わず顔を顰める。
「……大丈夫ですか、八雲君」
「マジでやるしかないのかよ……」
苦言を呈するのも無理は無い。
眼前で猛々しい唸り声を上げる銀狼に、どうしてもジャンヌと名乗った少女の姿が重なってしまう。自分でも甘いと思うが、あの女の子とは戦いたくないと八雲は思っている。少なくとも、他の十闘士とはどこか違う感じがしたし、彼女となら理解し合える気もしたのだ。
だが今こうして向けられているのは、飽く迄も獣としての殺意。ジャンヌのものではない。
「ウィザーモン、手を貸してくれ!」
「……またですか。君と出会ってから、私は厄介事に巻き込まれてばかりですよ」
大きくため息を吐きながらも、ウィザーモンは杖を掲げて八雲と並んで立つ。
彼らは既に理解していた。ガルムモンが自分達を襲ってきたのは、ジャンヌが望んだからではないということを。これほどの剥き出しの殺気は、年端も行かぬ少女が発せられるものではない。だとすれば答えは一つ。
今の奴は、単なる獣だ。
「知っていることでいい。今の状況の説明を頼む」
「……噂話ですが、十闘士には人型と獣型の二つの形態が存在するという話を聞いたことがあります」
人型と獣型。八雲は先程の戦闘で垣間見た水の闘士の姿を思い出す。
人型と言うのであれば、あのラーナモンは間違い無く人型だと言えよう。つまり、彼女が姿を変えた形態、カルマーラモンが獣型ということになる。同様に考えれば、グロットモンやダスクモンは人型の闘士であり、ギガスモンやベルグモンは獣型の闘士だと推測できる。
不意に思い浮かべたのはアグニモンの姿。確か戦いの最後、奴は人型から強大な竜へと変貌を遂げたような――?
「……んで、それがどうした」
「ええ。獣型の形態は制御が難しく、下手をすれば暴走すると」
「なら今のアイツは暴走しているってことなのか?」
「……恐らくは」
言葉を濁してはいるが、ウィザーモンの中では既にそれは確信に変わりつつある。
あのジャンヌという少女を初めて見た時、彼は本能的に不信感を抱いた。古の十闘士の魂を受け継ぐ者として、ジャンヌはあまりにも幼く見えたのだ。実際、闘士としての実力は別としても、覚醒直後に八雲を一目見た時の様子からして、精神的にもかなり未成熟な少女だと容易に予測できた。
だから最初から暴走の危険性を彼女は孕んでいたのだ。それなのに、ジャンヌは敢えてガルムモンへ進化を遂げた。その理由はわからないが、きっと重要なことなのだろう。
「……ブイドラモンがいれば、もっと詳しい対処法が聞けるんだろうが――」
八雲も同じことを考えていたらしい。ウィザーモンも思わず苦笑する。
「そうですね。ですが、今は叶わぬ夢ですが」
「……相変わらず嫌な言い方するな、お前」
だが事は簡単だ。相手が単なる獣の本能に振り回されているのなら、それを叩き潰してやればいい。カルマーラモンを相手にするより容易なことだ。知性を持たぬ獣を相手にするなど、八雲にとっては児戯にも等しい。
瞬時に脳内をトレースする。勝負を一撃で決めるべく、意識を思考に埋没させる。
「では八雲君、どうするのです?」
「作戦は単純だ。奴が動いた瞬間、その進行方向にお前が雷を叩き込め。……俺がその隙に意識を刈り取ってやる」
「……そんなことができるのですか?」
それは当然の疑問だ。ザンバモンとの一件以来、ウィザーモンも八雲の実力には相応の期待と信頼を寄せているが、それでも十闘士を打倒できるとは思えない。それはカルマーラモンとの戦いを見る限り明らかだ。ましてや、相手はそのカルマーラモンを容易く倒したガルムモンなのだから。
そんな不安を、渡会八雲は一笑に伏した。
「できなきゃ言わないさ。……俺を育ててくれた恩人が、何年も前に教えてくれた。戦闘ってのは要は将棋と同じだってな」
「将棋……?」
「ああ。自分が動き、また相手がどう動くのか、それらを含めてどこまで先を読めるかで勝負は決まるんだよ。……実際、俺もそう思っているしな」
落ち着いた表情で答えると、八雲は龍斬丸を鞘に戻し、静かにガルムモンと相対した。
その頃、無人の高速道路を軽快に走り抜ける二つの影があった。
片方は腰まではあろうポニーテールを靡かせてバイクを駆る少女、長内朱実。ヘルメットが異様なほど似合っているのは気の所為だろうか。そして、もう片方は雄々しい四肢で悠然と大地を踏み締めて疾走する気高き獣人、ケンタルモン。互いに強さを認め合い、結果的に契りを交わした二人は東京を目指して時速数十kmで高速道を駆け抜けていた。
既に横浜は通過した。東京までは残り僅かだろう。
「……結構走るの速いじゃない、アンタ」
「まあ、曲がりなりにも足には自信がありますからね」
軽く苦笑を返しながらも、ケンタルモンには微塵も辛そうな様子は見えない。
その姿を見ていると、やはりこいつと契約して良かったのかもしれぬと朱実は思う。何匹か他のモンスターとの戦いも経験してきたが、ケンタルモンは如何なる敵が相手であろうと須らく勝利を収めてきた。また、たとえ敗者であろうと無意味に命を奪おうとしない彼の考えが朱実の抱く正義に合致したという理由もあり、出会って数日の間に、二人は随分と打ち解けていたと言えよう。
そんな中、何気なくケンタルモンが問うてくる。
「ところで、朱実殿は東京に戻って何をする気なのです?」
「ふむ。改めて聞かれると、パッとは思い付かないねぇ。……まあ、そんなことは着いてから考えればいいっしょ」
「……はあ、了解です」
呆れたように呟きながらも、獣人の顔から苦笑は消えない。
彼もまた、己が契約主となった少女に対して好感を抱いていたのかもしれない。騎士道に深く通じたケンタルモンは無益に他者を傷付けることを好まぬ。確かに長内朱実という少女は粗野で乱暴な性格だが、それでも自分なりの正義に則って行動している。文字通り、主として従うに足る存在だったと言えよう。
その時だった。不意にエキゾーストの音が聞こえたと思った瞬間、突如として二人の左横に一台のバイクが現れたのだ。
「「何奴!?」」
二人は同時に問うが、答えが返ってくるはずも無い。
仮にも運転中で、ヘルメットも被っている今の状況では、そのバイクに跨っている者が何者なのか、朱実は判別することができないでいた。ただ、チラッと見やった限りでは極めて人間に近い体躯を持つ存在だと感じ取れた。だが敵か味方かと問われれば、当然前者に位置する存在だろう。並ばれただけというのに、冷や汗が背中を伝う。
二人にピッタリと並走しながら、奴は何気なく口を開いた。
「……楽しそうだな、俺も混ぜてくれよ」
いや、並走するどころではない。
即座に前方に向き直った奴は、時速100キロ近く出しているはずの朱実とケンタルモンを容易に抜き去り、朱実ですら驚愕するほどのハンドル捌きでドリフトを掛け、前方に回り込んだ。奴の駆るバイクのタイヤが激しく軋み、エキゾーストが鼠色の煙を吐き出す。そして、更にスピードを上げて突っ込んでくる。所謂、正面衝突の形だ。
その姿を本能的に敵だと感知したのだろう。ケンタルモンが蹄を振り上げて突進する。
「くっ、おのれ!」
彼のスピードもまた、先程の比ではない。大柄な体躯には似合わぬほどの敏捷性だ。何故かわからないが、朱実は自分と契約してからケンタルモンの力が増しているように感じていた。パワーとスピード、その全てが初めて出会った時の彼とは段違いなのだ。
だが、そんなケンタルモンの全力の突進でさえも、奴は容易に回避した。
「へっ、甘ェよ!」
「ぐはっ!?」
放たれたのは単なる蹴り。すれ違い様、ケンタルモンはバイクの上から繰り出されたそれを喰らって軽々と弾き飛ばされる。
その様が信じられず、朱実は思わず目を見張った。確かに初めて出会った時に朱実もまた、ケンタルモンの体に蹴りを決めたことがある。あの時に感じたのだ。彼を蹴り飛ばすには、自分の数倍の脚力が必要なのだと。つまり、現れた謎のバイク乗りはその脚力を持っているということだ。
だが地面を転がっていくケンタルモンを気遣う暇も無い。間髪入れず撃ち掛けられたのは無数の銃弾。
バイクの前面に兆弾して襲い来るそれらから、咄嗟に左腕のD-CASを掲げることで顔面を庇う。手甲で跳ねる銃弾が火花を散らし、前方の視界が一瞬だけ遮られる。そして、奴にとってはその僅かな隙だけで十分だったのだろう。次に朱実がまともにその姿を知覚した時、奴は既に彼女の進む道を遮るかのように、自身の大型バイクを前方に停車させていたのだから。
「やってくれんじゃない……」
「……どこに行くんだ、テメエら?」
心底楽しそうな声で呟くその存在は、精悍な体付きを持つ一体の魔人。脚部と背部にはショットガンにも思える大型の拳銃が一丁ずつ納められ、それらを保持するのであろう両腕には全てを切り裂かんばかりの鋭利な爪が見える。一見して、奴は黒いジャケットを着た人間に見えないこともない。だが頭部に見える第三の目、そして奴自身が纏う殺気があればこそ奴は化け物で在り続ける。
その様は、文字通り彼らの行く手を阻む脅威。
既に夜が近い中、東京の高層ビル群を背負った魔人の姿は、それだけで悪鬼の巣窟を守護する番人の如き空気に満ち溢れている。そんなはずはないとわかっていながらも、まるで奴が自分達を待ち受けるためだけに立っていたような、そんな錯覚すら感じるほどだった。そう、奴にあるのは純粋な殺気のみ。自分達を殺そうとする強き意志しか、奴からは感じられぬ。
流石の朱実も身震いした。路肩にバイクを停車させ、静かに降り立つ。
「……ケンタルモン、無事?」
「な、なんとか……」
顔を顰める契約者を、彼女はヘルメットを取りながら無表情で見やる。
命に別状は無いようだが、蹴られた腰は大きく陥没しており、四肢は面白いぐらいに痙攣している。それだけでも奴が持っているだろう力の程が計れるというものだ。あの魔人はケンタルモンが敵う相手ではない。先制の一撃で命を奪われなかっただけで、それは僥倖と言えた。あの存在に相対すれば、自分達など一瞬で肉塊に変えられてしまうであろうことを、朱実は容易に理解することができた。
そう、直接戦闘で奴を倒す方法などありはしない。奴を倒さんとするならば、戦わずに勝つ道を探らねばならない。つまり、戦闘になった時点で既に朱実達に勝ち目は無いのだ。
「……チッ、まずいね。もしかしたらアタシ達、生きて東京には着けないかもしれない……」
それは長内朱実が生まれて初めて吐く、真の意味での弱音だった。
「精々楽しませてくれよ、この俺をなァ?」
奴の名はベルゼブモン。かつて異世界に名前を轟かせた、七大魔王の一人――。
◇
こんばんは、引越し前夜の華でございます
読んでたらアンダーテイルの「本物のヒーローとの戦い」、そのあとにポップンの「リリーゼと炎龍レーヴァテイン」が頭の中に流れてきました
本来の推奨BGMが一体なんなのかは分かりませんが、ベルちゃんが純粋な悪って珍しいですね
それでは今回はこの辺で
おやすみなさいませ