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チャレンジャーマッチ開始、5分前。
指先の動きを確かめるように、リクが両手の指を絡めて組む。現実世界ではいまだ痛むが、こちらでなら自由自在だ。在りし日の感覚が行く道を思い起こさせ、少年を奮い立たせる。元々リハビリ用に作った地味なアバターは、今ではリクにとって、もう一つの肉体だ。
リクのデジヴァイスに、アリーナからの通知が届く。
『チャレンジャーマッチ開始5分前となりました。バトルフィールドへ移動してください』
以下に、所定の手順の事務的な説明が続く。受付すぐ横の転送装置を使用し、セッティングされたバトルフィールドへ転送されることとなるようだ。
通常の試合と同様の手順だが、久方ぶりともあって、いっそうリクの気が引き締まる。
すれ違うテイマー、デジモンたちの会話が耳に入ってくる。
「俺チャレンジャーマッチ見んの初めてだわ」「ボクらもやってみようよー!」「まだ早い!」
「あたしPCで見るからちょいログアウトするー」「負けてられないな、マイテイマー!」「盛り上がって参りました!」「お、ほらほら、あの受付前にいんのチャレンジャーだって」「さっきファイヤーお嬢様と話してんの見たよ」「え、マジ? もしかして師弟的な?」
これから始まる試合は、エンターテイメントとしても消費されようとしている。
彼らはどんな展開に期待しているのだろう。
【リトルクイーン】による、生意気なルーキーの秒殺?
有名なボクシング映画よろしく、大健闘した末の敗北?
それとも……ルーキーによる、ジャイアントキリング?
需要がどうあれ、目指すべき結末はただ一つ。
「盛り上げてやろうか、ワームモン」
「キキィッ!」
勝者となることだけだ。
転送装置に入った直後、リクはバトルフィールド上のデジスフィア内に転送されていた。
デジスフィアは、ごく淡い青色をした、半透明のバリアフィールド。試合が開始するまで、参加選手はこのスフィア内で各種情報を閲覧し、作戦を練る時間が与えられる。言うなれば選手控室に近い。広大なフィールドのどこかに、マミミたちのスフィアもあるはずだ。
ドーム状の戦場は直径だけでも数kmに及ぶことがある。アリーナ外観以上の巨大さは、データ圧縮技術の賜物であり、選択されたステージによってフィールドに仮想空間が展開、風景も広さも一変する。デジタルワールドに、現実世界の物理法則は通じない。
フィールドは限定的な仮想空間に過ぎないが、デジモンはデータで構成されているため、仮想オブジェクトであっても問題なく触れ、相互に干渉することが可能である。
リクが視線を動かし、スフィア内のウィンドウに表示された情報を確認する。
試合時間、最大20分。ステージは森林(昼)。
ルールはD-1レギュレーション。時間切れか、デジモンの戦闘不能(ノックアウト)までバトルが続く。
アリーナのバトルフィールドにはセーフティシステムが張り巡らされており、耐久限界に達したデジモンはシステムが〝ノックアウト〟と判定し、デジモンの心臓部にあたる電脳核(デジコア)の緊急保護処理が行われる。これにより、デジモンが強力な攻撃を受けても死亡せず、互いに全力を尽くし合えるというわけだ。
あとの情報には、選手のプロフィールがずらりと並ぶ。
(本当に、この場所に帰ってきたんだ)
大敗に大敗を重ねた、アリーナの戦場。深呼吸で、鼓動を落ち着かせる。
フィールドに転送されたテイマーは、その時点で不可触のホログラム体となる。
ワームモンも今は肩から降り、リクの足元で武者震いしていた。
森林ステージは、記憶が正しければ二度目になる。地上は鬱蒼と草木が繁茂して見通しが悪く、ステージに設定された限界高度が低いため、上空の機動もある程度限定される。
デジスフィアは地上の森林内にあるため、既に視界は薄暗い。ときおり何かの影が過ぎる。
(このフィールドでラピッドモン相手に立ち回るなら……)
限られた時間で、いくつかの作戦を組み立て、有効なアーマー進化を選定。
デジヴァイスをちらりと覗く。鍵になるのは、おそらく……このデジメンタルだ。
「いいかい。ワームモン。合図は…………」
「…………キャウ!」
作戦概要と、その要となる合図をワームモンへと伝えた。
返事はひと鳴き。全幅の信頼による、「応」の意だ。
直後、電子音が鳴る。デジヴァイスへの着信。マミミからのビデオチャット申請である。
先の対戦申請で連絡IDも自動交換されたのだろう。
第一声で「煽られそうだなあ……」と思いながら無視もできず、着信に応じた。
「ハァイ、ちゃんと来たのね、ザコテイマー♡ 時間を守れて偉いじゃない」
案の定である。
スフィア内にカメラウィンドウが開いた途端、憎まれ口を土産にマミミの顔が映る。
「いい試合にしましょうね、マミミさん」
「きゃあ、こわこわ。顔が全然笑ってないんだケドー?」
嘲るマミミの後方、スフィアの外に、四角い頭の何かが映り込んだ。
(モニタモンだ……!)
よく観察すると、周囲でも何匹かこちらを観察している。先ほど過ぎった影も彼らだろう。
モニタモンは頭部がモニターとなった、忍者のようなデジモンだ。種全体の共通点として、デジモン・ウォッチングを趣味としていることと、高い情報の共有能力を誇る点がある。
そんな彼らの生態に、昨今発展著しい動画配信文化は、あまりに都合が良かった。
いまやモニタモンたちの間では、〝映(バ)える〟デジモンバトル動画を撮影し、DTubeに投稿してバズりを狙うのが大ブームとなっている。
これらの能力と行動原理は、試合を生配信したいアリーナ側の需要にぴたりと一致した。注目度の高い試合では、バトルフィールドにモニタモンたちが何体も転送・潜伏、バトルを撮影。結果、様々な画角からのデジモンバトル配信が実現しているのである。
「これ結構モニタモン来てるわね……生放送の同接も増えてるみたいだし、運がいいわね。アンタのザコテイマー人生で、いっちばん注目される試合になるんじゃない?」
「大型ルーキーとして、ワームモンと一緒に名を上げられそうですね」
「言ってなさい。大衆はクイーンの勝利を望んでんのよ」
ビデオチャットを通しての睨み合い。ワームモンも飛び跳ね、存在をアピールしている。
戦いを前に精神統一しているのか、ラピッドモンは不気味なほどに静かだった。
そして……どうにもこの日は、静寂がすぐに引き裂かれる傾向にあった。
『レディースエェンドジェントルメン、エェンド、オールカインズ!』
フィールド内に設置された仮想スピーカーから、陽気な男の声が鳴り響く。
リクでも知っている。この声は、アリーナの名物実況……ボルケーモンだ!
『イッツ・タイム・トゥ・デジモンバトォ! お楽しみのチャレンジャーマァッチ! 実況はこのオレ、ボルケーモンがお届けだ!』
生配信されるとあって、この試合には実況までつくらしい。ますますリクは落ち着かない。作戦会議は済んだが、いっそ実況のボイスチャンネルを切ってしまうべきか。
もっとも、試合開始後は、選手間で情報が筒抜けにならぬよう実況のボイスチャンネルが自動で接続オフとなるのだが。
『この度挑戦を受けて立つのァ、大胆不敵・傲岸不遜・融通無碍! しかし強けりゃ文句は言わせねェ……プラチナランク、【リトルクイーン】マミミ、ウィズ……ラピッドモン!』
マイクパフォーマンスに合わせ、ビデオチャットの向こうでマミミが横ピースを決める。流石と言うべきか、カメラ慣れしているようだ。大歓声が彼女を包む。
『対するチャレンジャーは、成長期で挑む謎のルーキー! まァったく未知数のその実力、俺たちにサプライズをもたらしてくれるのか! リク、ウィズ……ワームモン!』
ボルケーモンの紹介に続いて、リクに大歓声が上がる。歓声はサウンドエフェクトであり、生放送のコメント数に合わせた音量のそれが流れるシステムだ。
『さァ、今日は解説にスペシァルなゲストも来てくれてるぜ! プロリーグ入りは秒読みとご評判、アツく燃えるスピリットファイター……【ファイヤーお嬢様】爆熱院麗火!』
『皆様、ゴキゲン爆うるわしゅう! 爆熱院麗火ですわッ!』
予想だにしていなかった名前と声が飛び出し、リクが思わず目を剥く。
飲み物を口に含んでいたら、間違いなく噴出していただろう。
(麗火さんが言ってた用事ってこれのこと!?)
行動力の塊のような人と知ってはいたが、まさかこんなことまでやるとは。
「ウッソ、麗火様見てんの! ますます腕が鳴るわね……!」
(そしてマミミさん、麗火さんのファンだ……)
麗火はその強さと鮮烈な外見、キャラクター性、後輩テイマーへの細かな気配りなどから人気が高い……というのは全部本人が言っていたため、リクも知っていたのだが。
画面向こうでマミミが興奮しているのを見るに、麗火の自己申告は紛れもないようだ。
「アタシを知らなかったんだから、アンタは知らないでしょうね、麗火様のスゴさ……」
(すみません、その人さっきまで一緒でした……!)
麗火の離席などでマミミと麗火はニアミスを重ねているが、当人は気づいていない様子。
バレたら更に面倒なことになりそうなので、リクは固く口を噤むことにした。
『さァさァ、いよいよ試合開始まで30秒だ……カウントダウンの準備をしときな!』
「時間ね。バァイ、ザコテイマー。1分耐えたら、見直したげる」
マミミとのビデオチャットがプツリと切れる。
リクとワームモンが視線を交わし、互いに頷いた。
深呼吸、そして静寂。
『3!』
程なく、ボルケーモンのカウントダウンが始まり。
『2!』
リクがデジヴァイスを構え。
『1!』
デジスフィアがひび割れ。
『バトォウ……FIGHT!』
ガラスの割れるような音と共に、デジスフィアが砕け散り……試合が開始する!
「早速いくよ、ワームモン! 知識のデジメンタル、装着(セット)!」
リクが掲げたのは、やや縦長のドーム状をした、黄土色の物体……知識のデジメンタル。土属性を持つデジメンタルであり、これにより進化したデジモンは大地の力を手に入れて、地中での戦いが有利になるとされる。
ホログラム体であっても、デジヴァイスを介せばバトルフィールドのワームモンへ直接デジメンタルを転送し、その力を発動することができる。
たちまち、ワームモンが黄色い光に包まれ、アーマー進化によってその姿を変える。
メタリックな銀色に染まった、半球形の胴体から生えるのは六本の脚。頭部には赤い瞳が妖しく光り、胴体と同等の長さを持つ二本の触覚が揺れる。
だが最も目を引くのは、背部に搭載されたプレート型レドームだろう。デジモンの属性を司る知識の紋章が刻まれたレドームが、極めて高度な情報収集能力を実現する。
アーマー体、索敵に特化した昆虫型デジモン――サーチモンである。
必殺技《ジャミングヘルツ》によって敵を錯乱する電波を放つなど、妨害も得意だ。
「さあ、頼んだよ、サーチモン!」
進化すれば、デジモンの呼び名も変わる。個体名という文化は、デジモンにとって馴染みがないらしく、大半のテイマーはデジモンを種族名で呼ぶ。一時的な進化でも同様だ。
サーチモンが樹木に張り付き、レーダー機能を展開。森林全体を捜査して、ラピッドモンたちの現在地を音もなく割り出し、情報面の優位を取る。
ラピッドモンの耳型レーダーは、聴覚による探知が主体。索敵面ではこちらが有利だ。
(この小さい反応は、モニタモンか……)
デジヴァイスに共有されるレーダー情報には、隠れ潜むモニタモンたちも引っかかった。サーチモンの必殺技は妨害電波。彼らの配信の邪魔にならなければいいが。
やがて、レーダーがモニタモンたちと比にならない強力な反応を一つ捉える。
間違いない、ラピッドモンだ。即座に現在地を割り出すべく、観測データを表示する。
対象特定。完全体、ラピッドモン。方位179度より接近中。
彼我の距離――12m。
ラピッドモンは、瞬く間すら奪い、すでに視界に迫っていた。
「な、速ッ……!?」
「ラピッドファイア!」
身構える間も与えず、ラピッドモンが両腕のキャノンと背部リボルバー、全ての砲口から大量のホーミングミサイルを発射。一斉展開されたミサイルがサーチモンを狙う。
「ゴールデントライアングル!」
(まずい、動画でも見たパターンだ!)
ラピッドモンが脚を束ね、両腕を立て、Yの字のポーズを取る。両の手と脚先が三角形の光線に結ばれ、黄金色のエネルギーが充填され始める……!
ここで下手な回避機動を取れば、必殺のゴールデントライアングルの餌食となる。
だが、リクの瞬間記憶が、ミサイルの多くが木々へ衝突・炸裂したのを見逃さなかった。実質的に狙ってくるミサイルは少量……ならば。
「サーチモン、突撃!」
ゴールデントライアングルは一撃必殺だが、発射に数秒の充填を要する。
前方へ突貫し、ラピッドモンに体当たりを仕掛けた。硬質なサーチモンの甲殻があれば、多少のミサイル被弾は強引に耐え切れる。懐に潜り込めば、光線の発射も阻止できよう。
「……いい判断です、テイマーリク」
だが当然……破れかぶれの体当たりなど、ラピッドモンの機動力で躱せぬはずもない。
即座にポーズを解き、充填をキャンセル。一瞬で後方へ跳び、彼我の距離を開く。
「キュキュル……!」
サーチモンが、駆動音の入り混じった驚きの鳴き声を漏らした。
侮っていたつもりはないが、その上でなお、見積もりが甘かった。
これが、光速にも例えられるラピッドモンの速度。リクたちに戦慄が走る。
「どうやって、あの短時間で僕らの位置を……」
「律儀にカメラウィンドウ開く方が悪いのよ、ばぁか♡」
試合前に開いたカメラウィンドウ。マミミは先ほど映ったデジスフィア越しの映像から、リクたちの大まかな現在地を割り出したのだ。なるほど、既に歴戦、各フィールドの地形や法則は頭に畳み込まれているのだろう。
彼女の知識量と己の迂闊さに、リクが冷や汗をかく。次からはカメラを切り、音声のみで応答せねばなるまい。
「さあ、逃げ場はないわよ、獲物ちゃん!」
マミミの煽動を合図にラピッドモンが武装を構え、再度サーチモンを狙う。
遥か遠くの敵をも捉えるというラピッドモンの耳型レーダーに、天才とも呼ばれるマミミが誇るテイマーとしての経験値が合わさる。その厄介さが、早くも肌で感じられた。
だが、一撃必殺を凌いだなら、ここからどうにでもなる。
このサーチモンだからこそできる、ラピッドモンに対する攻め手があるのだ。
「サーチモン、ジャミングヘルツ!」
「キュルルッ!」
リクの指示に反応し、サーチモンが必殺技、ジャミングヘルツを放つ。
人間の可聴域を大幅に超えた高音と共に、怪電波攻撃がラピッドモンたちを襲う!
ついでに視界の片隅でモニタモンが何体か伸びているのが見え、内心でリクが謝罪する。
「ぐッ、レーダーが……! マミミ、地形を利用しますよ!」
「めんどい攻撃ね……オッケー!」
即座に、ラピッドモンが木立の合間に紛れた。
サーチモンの索敵能力なら、位置の特定こそ容易だが……。
(やっぱり森の中じゃ、威力が落ちる……!)
サーチモンの必殺技、ジャミングヘルツ。背部レドームから放つ怪電波によって敵を錯乱させる技は、ラピッドモンに対して極めて有効であるとリクは踏んでいた。
ラピッドモンの耳型レーダーは巨大な耳をそのまま改造したもの。であるならば、聴覚の破壊を伴う強烈な効果が期待できると判断したのだ。
だが、思ったより効果が薄い。
問題はこの地形だ。木材は電波を減衰させるため、鬱蒼とした森林内でこの技を放てば、よほどの至近距離でない限り、威力が大幅に弱まってしまう。デジタルオブジェクトは、現実世界のそれより反応が極端なのだ。
そして電波による攻撃と判断した瞬間、ラピッドモンは即座に木々を盾にし始めた。
マミミのイメージに反し、彼らの立ち回りは冷静かつ堅実そのもの。
彼らにとっては知らないデジモンのようだが、あの数秒で電波攻撃のリスクと対処法を導き出したのだとすれば、恐ろしい相手だ。
「あの背中のやつの紋章、なんだっけ?」
「知識の紋章……つまり、地中戦特化のアーマー進化ですね」
「ふうん……見た目もやることも、いかにも使えないザコモンじゃない」
挑発的なマミミの言動がリクの心をざらつかせるが、サーチモンが直接戦闘向きの形態ではないのは事実。このまま森林内で戦っていても埒があかない。
ならば。
「サーチモン、上へ!」
「キュルッ!」
サーチモンが甲殻を開き、翅を広げ、木々の枝葉を貫いて上空へと飛び立ってゆく。
呆気に取られたのは、マミミとラピッドモンである。
「「いや飛ぶんかい!」」
マミミ、ラピッドモン、ふたり分のツッコミが全く同時に発された。
知識のデジメンタルによる進化は地中戦能力を強化する……はずなのだが。平気で空を飛び始めるサーチモンを目にすれば、ずっこけそうにもなるというもの。
「転回!」
森林上空へ到達すると同時に、サーチモンが方向転換。
上空から森林を俯瞰。敵の姿が観測できずとも、微細な振動すら逃がさないサーチモンの探知能力にかかれば、ラピッドモンの位置から向きまでお見通しだ。
即座に追撃してくるであろうラピッドモンの機動を計算し、先読み。
高度限界ギリギリで待ち構え、急降下。ジャミングヘルツによって奇襲する狙いだ。
ジャミングヘルツが最大効果を発揮する距離は、半径およそ10m。離れるほど効果は徐々に減衰してゆく。模擬戦シミュレーターで徹底検証済みだ。
転瞬、デジタルの空気を引き裂き、ラピッドモンたちが森林から飛び出す。
即座にこちらも反応し、急襲……ジャミングヘルツを放つ!
「後ろ、上空!」
怪電波が空中を覆うより前に、マミミの声が凛と響いた。
その指示と同時に、ラピッドモンが急停止。機動を直角に変じて、サーチモンから一気に距離を引き離す。
ジャミングヘルツを放ち終えたときには、すでに彼我の距離は目算で100m近くまで引き離されていた。遠方で、ラピッドモンがこちらを振り返るのが見える。
奇襲は失敗。だが、収穫もあった。
デジモンバトルにおいて、瞬間記憶能力は強力な武器。マミミの指示までラピッドモンが死角に無警戒だったのを、リクの目が捉えた。先のラピッドモンの反応からして、おそらく、ジャミングヘルツの影響でレーダーが一時的に無効化されていたのだろう。
やはり、通用はする。なればこそ、ラピッドモンは一度、木立に隠れたのだ。
同時に、感心した。ラピッドモンの欠点の的確な補完。マミミは優秀なテイマーなのだ。その補完を信頼しきってこそ、ラピッドモンも無警戒でいられたのだろう。
「サーチモン、次は……」
「キュルッ」
だが次の行動へ移るより前に、すでにラピッドモンは距離を詰めてきている。
「そんなザコモンに、制空権はあげない!」
すれ違い様に鋭いキックでサーチモンを蹴り飛ばし、その勢いで転回。
向き直ったラピッドモンが、再びサーチモンへと両腕の砲口を向ける。
「あの電波、連発はできないようですね。空中機動も……鈍いッ!」
ラピッドファイア発射態勢。吹っ飛ばされたサーチモンが危険信号を発する。
障害物がないことで有利になるのは、ラピッドモンとて同じこと。ホーミングミサイルを全弾まともに浴びるのは、流石に避けねばならない。
ならば、換装の頃合いだ。危険信号に応え、リクが即座に次のデジメンタルを発動。
「友情のデジメンタル、装着(セット)!」
雷の属性を持ち、デジモンに俊敏な速度を与えるとされる、黒い瓢箪型のデジメンタル。
サーチモンが雷を思わせる光に包まれ、たちまち全く異なる姿へと変化してゆく。
「友情のデジメンタル……雷属性、スピード型ですか」
「スピードでラピッドモンと勝負? バッカじゃないの!」
次なるアーマー進化は、透き通る無数の氷水晶を背に生やしたハリモグラの如き姿。
アーマー体、哺乳類型デジモン、トゲモグモン。
もはや虫ですらなくなったが、デジモンの進化では珍しいことでもない。
「いい的です! ラピッドファイア!」
だが相手も、悠長に進化が終わるまで待ってくれはしない。
数十発にも及ぶホーミングミサイルは既に放たれ、四方八方よりトゲモグモンを狙う。
トゲモグモンに飛行能力はなく、空中で進化した以上、自由落下するのみ。
「守れ、トゲモグモン!」
「シャウッ!」
だが、それで良い。回避の必要などなかった。
トゲモグモンが丸まると同時に、背中のトゲが一気に硬質化し、ミサイルを受け止めた。
着弾した先から、ミサイルが次々に凍りつき、落下してゆく。
《クリスタルガード》……触れたものすら凍らせる硬質のトゲの存在が、トゲモグモン最大の防御にして攻撃。
「今っ!」
そしてリクの合図で、トゲモグモンのトゲが全方位に一斉発射される。
超低温、氷水晶のトゲを機関銃のごとく乱射する、必殺の《ヘイルマシンガン》だ!
「「いや、防御型なんかい!」」
トゲを防御し、スピードとは無縁に、ころころ自由落下してゆくトゲモグモンの姿を見届けながら……またもマミミとラピッドモンのツッコミが冴え渡るのであった。
連中のアーマー進化は、つくづくわけがわからない。二度に渡り不意を突かれたことで、マミミが親指を噛む。自分にイラついた時の癖だ。
こんなことなら、もう少しアーマー体について予習してくるのだった。
回避の「か」の字もなく攻撃を受け止めるあの姿、およそスピード型のそれではない。
トゲが360度にばらけたため、直撃数こそ少なかったが、侮れない威力。
攻撃を受け止めたラピッドモンの右腕部の砲塔が凍りついている。少しの間は、使い物になりそうにない。
これでもし関節部に直撃を受けていたら、肝心要の機動力を削がれていただろう。
「想定以上に厄介ですね……」
「てか氷属性じゃん。ラピッドモン、ウソばっか」
「お、俺も知らなかったんです! しかし、短時間で連続進化とは……」
デジメンタルは、強い精神データを持つデジモンの死亡時に残される結晶のようなもの。出力されるパワーが控えめになる傾向にある代わりに、デジモンへの負荷が少ない。
……というのを、試合前、デジスフィア内でラピッドモンが聞かせてくれた。
ザコ相手にそんな情報……とあの時は思ったが、今なら重要性がよくわかる。
「追撃よ、ラピッドモン!」
「ええ!」
動転させられたマミミだが、ぼうっとしている暇はない。すかさず指示を出し、急降下。
ものの1秒で切り替わる視界にも、マミミは戸惑わない。これこそが、ふたりの景色だ。
木々を突き抜けて地上に降り立たんとした瞬間、視界外から氷晶のトゲが襲い来る。
「二度も同じ手は食いません!」
だがサーチモンがいなくなり、ラピッドモンのレーダー機能はすでに回復していた。
迎撃はラピッドモンの予測するところである。地を這うような低空飛行で針を躱し、肉薄。凍ったままの砲塔でトゲモグモンを殴りつける。
ラピッドモンの一連の動きに、マミミは口を出さない。あえて指示を出さず、デジモンの戦闘センスに任せる場面の見極めができてこそ、一流のテイマー。マミミの持論だ。
「シャウアッ……!」
「即座には生え替わらないようですね!」
トゲモグモンの背はガラ空きになっている。トゲの発射直後、再び生え揃うまでにタイムラグがあるのだろう。ラピッドモンにとっては、あまりに長い猶予だ。
友情のデジメンタルで進化していながら、トゲモグモンの動きは鈍い。仰け反る肉体に、追撃を見舞わんとラピッドモンが振りかぶり……
「希望のデジメンタル、装着(セット)!」
「ラピッドモン、バック!」
リクの宣言とマミミの指示を耳に、弾かれるように後方へ飛び退いた。
次に何を仕掛けてくるか、まるで読めない。相手の得体が知れない。
マミミもラピッドモンも、ともに警戒心を植え付けられつつある。
「希望のデジメンタル……邪悪を払う神聖属性ですか!」
「もうフラグにしか聞こえないわよ!」
柔らかな光に包まれたトゲモグモンは、またも一瞬にしてその姿を変える。
現れたのは、青い鎧を纏い、赤きマントをはためかせ、湾曲した金色の二本角を輝かせる闘牛のごとき姿のデジモン。
横目に、デジヴァイスをちらりと確認する。デジヴァイスには、対峙しているデジモンをスキャンし、データベースに登録された簡素なデータを表示する機能がある。相手デジモンの姿が何度も変わるなど、貴重なケースであるため、まず試合中に使用することのない機能だったが。
アーマー体、哺乳類型デジモン……ブルモン。必殺技は《マタドールダッシュ》。
それ以上のデータを確認する暇はない。
なぜならブルモンが荒々しく鼻息を吐き出し、前足の蹄で幾度か地面を掻き始めている。誰がどう見ても、突進の構えだ。
――ならば、回り込んで叩けばいい。
そう判断したのだろう。マミミに確認を取るまでもなく、ラピッドモンが背後を取ろうと、
「上へ飛んで、ラピッドモン!」
したところで、マミミが叫ぶ。迷いなく、ラピッドモンが機動を変えた。。
途端に、ブルモンが〝発射〟される。
そうとでも形容すべき初速の、突進。土と草を巻き上げ、二本角で木々をへし折る猛進。
「ブルルルルルッ!」
なるほど、あれが件の必殺技、マタドールダッシュに相違あるまい。
轟音を立てながら木々を薙ぎ倒し、ブルモンがあっという間に視界外へ走り去る。障害物など一つもないかのような、清々しいまでに減速ゼロの直進。曲がるのは苦手らしい。
駆け抜けていった後は、土埃が立ち込め、木々は倒れ、土砂崩れの後のような有様だ。
(嫌な予感がしたけど……やっぱり、直撃してたらヤバかった!)
マミミが冷や汗を流す。上空からだと、ブルモンの走行が土埃の軌跡となって見えた。
障害物を加味するなら、直線距離の速度においてはラピッドモンに勝るとも劣らない。
「助かりました、マミミ……」
「いいわよ別に。突撃癖、いつまでも直らないんだから……」
「……ごめんなさい」
しょぼくれて俯くラピッドモンに、笑いそうになってから表情を引き締める。
世間におけるマミミとラピッドモンのイメージは、マミミもなんとなく知っていた。
ワガママで感情的なテイマーと、冷静沈着なパートナーデジモン。
ところが、バトルとなると、この関係が少し逆転してくる。
ラピッドモンは、戦いとなると熱くなりやすいのだ。成長期の頃から、紳士的なくせしてマミミにいいところを見せようと突っ走るきらいがある。諌めるのがマミミの役目だ。
だから、バトルでマミミの指示に従うことは、ふたりの徹底した決まり事となった。
自身の指揮にラピッドモンの名誉がかかればこそ、マミミも本気でテイマーの腕を磨き、彼に恥じない実力の持ち主であり続けてきた。
ラピッドモンはマミミの指揮に全幅の信頼を置き、絶対にそれに逆らわない。
マミミもまた、ラピッドモンが自分を信頼していることを、心から信じている。
両者の絆と信頼があるからこそ、密な連携でここまで勝ち上がってきた。
「よし、氷も溶けました。このまま追撃を……」
「待って」
急発進、のち、制止するマミミの声にラピッドモンが急停止する。
予想外の苦戦に焦るラピッドモンとは逆に、マミミは自分でも驚くほど泰然としていた。
「このままじゃ、また振り回されるだけ。作戦切り替えよ」
「……承知しました」
コケにしていたアーマー体の面倒さは、この数分を通してよくわかった。
ザコテイマーという評価は、改めねばなるまい。
だが、連中のアーマー体が成熟期相当のスペックであることに変わりはないはずだ。
ならば、対応のしようはいくらでもある。
「ムカつくけど……アイツら、油断ならない。ペースを握らせるのは、やめよ」
マミミがリボンを解くと、束ねられていた髪がストレートのロングヘアとなってなびき、両の兎耳が揺れた。
ラピッドモンにも久々に見せる、彼女が集中する時の姿だった。
「【リトルクイーン】に、ひれ伏させてやるわ」
時は少しだけ遡り、アリーナ内、放送席。
「こいつァ驚きのルーキーだ、次々にアーマー進化を繰り返し、魅せてくれるゥ!」
注目の試合は生配信が行われるのみならず、アリーナ内の放送席で実況・解説が行われる。
放送席のモニター映像はモニタモンの進化系、ハイビジョンモニタモンが提供しており、観客の視点を超える情報量から試合を見守ることで、詳細な実況・解説が可能となるのだ。
「形態変化もさることながら、情報アドバンテージがリク選手たちの大きな武器ですわね」
「ほほう? どういうことだい、麗火嬢」
「ボルケーモンさん……ワームモンのアーマー進化、何種類言えます?」
「えーっと、シェイドラモンだろ……サーチモン、トゲモグモン……んん?」
ボルケーモンが答えに窮したのも無理はない。
アーマー進化をするデジモンといえば、小竜型デジモンのブイモンが特に広く知られる。アーマー進化先のフレイドラモン、ライドラモンなどは、アーマー体の代表格だ。
対して、ワームモン。ワームモン自身は低くない知名度のデジモンだ。だがワームモンのアーマー体となると、一気に知名度が落ち込む。
ワームモン自体は戦闘能力の低い成長期デジモンながら、その通常進化先のデジモンが強力であり、テイマーの間でも高い人気を誇るからだ。
結果、ワームモンの各種アーマー体はその人気の陰に隠れ、研究が進んでいない。いわゆる、マイナーデジモンである。
「なるほど……知らなけりゃ対応も難しい、ってワケか! だが、アーマー進化ってのは、そう何度も繰り返して負担にならないモンか?」
「そうですわね、アーマー進化そのものは、デジモンへの負荷が少ないのですけど……」
アーマー体は小負荷で進化できる代わりに、出力が控えめになることが少なくない。
一般的なアーマー体の不利論は、主にそういった側面を強調したものとなっている。
「普通は一試合に多くて二回の進化が限度ではないかしら。何度も連続で進化したら、大抵のデジモンはエネルギーを消耗しすぎてへばってしまいますわ」
「属性も姿も変わりまくりゃあ、進化酔いしそうだわな。なら一体どういう原理で……」
「時間がないので、詳しい解説はまた改めて。ヒントは〝言語〟でしてよ」
「いいねェ、オレもお楽しみは取っておくタイプよ!」
デジタルモンスター発見初期、デジモンの言語は研究者たちを大いに賑わした。
デジモンたちは〝デジ文字〟と呼ばれる独自の文字体系を持っていた。であるなら当然、デジモンたちは「デジモン語」とでも呼ぶべき言語を持つのが自然である。
だが、デジモンたちは人語を話したのだ。それも、あらゆる国の人間と会話が通じた。
日本人はデジモンの喋る言葉が日本語に聞こえ、イギリス人であれば英語に聞こえる。
研究の末、この奇妙な現象の正体が判明した。デジモンたちにはデジタルワールド全体で共用されるボイスバンクと、高度な自動翻訳プログラムがインストールされているのだ。
これにより、デジモンたちはあらゆる国の人間と言語の齟齬なく会話ができるのである。また、共通のボイスバンクによって声を発しているため、時にデジモンは全く同じ声で喋る個体も散見されるのだという。
このボイスバンクを元に〝ヴォーカルロイド〟をはじめとする近代の音声合成技術が、そして自動翻訳プログラムを元に、各種AI翻訳サービスが誕生したのは有名な話である。
そして自動翻訳プログラムとボイスバンクは、決して小さくないデータサイズを誇る。
(そう……恐らくそれこそが、あの子が持つ特異性の理由)
麗火がリクたちと出会ったのは、彼女が通うバトルトレーニングジムでのこと。
何ヶ月も特訓を重ねながら進化しないワームモンとそのテイマーに興味を抱き、彼らのトレーニングに付き合うようになった。
一時的な擬似進化であるアーマー進化と、スピリットによる一時的な進化には共通点も多く、自身の学びにも繋がると考えたからである。
予想通りに彼らは今までに見たことのない戦闘スタイルを見せ、麗火を奮わせた。
そして無数にアーマー進化を繰り返す驚異的な持久力に、麗火は一つの仮説を立てた。
あのワームモンには、ボイスデータなど、他のデジモンが当たり前に持つプログラムが、インストールされていない。必然的に、その分の空き容量が生じる。
その空き容量に、アーマー進化に使用するエネルギーが詰め込まれているのだ。
これにより、他の成長期デジモンでは能わぬ回数のアーマー進化が可能となっている。
そして、一般デジモンと大きく異なる歪な容量配分によってデータ上の不整合が発生し、通常進化ができなくなっているのではないか……というのが、麗火の推理だった。
(進化だけがデジモンの全てではないけれど。普通なら進化ができない時点で、アリーナでD-1を目指す道など諦めてしまうもの)
だがワームモンは闘争を諦めず、リクは決してワームモンの可能性を諦めなかった。
二人のたゆまぬ努力と探究が、ワームモンの才覚を花開かせたのだ。
(本当に、素敵なパートナーですわね。応援したくなってしまうほどに)
はじめは、損得勘定をまじえた指導と協力だった。
だが今では、麗火自身、すっかりあのふたりを気に入ってしまっている。
通常進化ができないデジモンの牙がどこまで届くのか、見届けてみたい。
麗火にとって、リクとワームモンは尊く代え難い〝推し〟なのだ。
さりとて、今は解説席に座る身。あの二人だけを応援することはしない。
何より麗火も、ハイランクテイマーとして、マミミたちの強さをよく理解している。
(マミミさんの本領はここからですわよ。お二人とも……どう出るかしら?)
「おォっと、マミミ&ラピッドモン……思い切った行動に出たァ!」
果たして眼前のモニターに映る戦況は一気に動き、ボルケーモンの実況に熱が入る。
舞台は再び、バトルフィールドへと戻る。
ブルモンの驀進(ばくしん)が、なおも続く。
視聴者パフォーマンスを重視するテイマーはこういうときブルモンの背にでもまたがるのだろうが、リクにそんな余裕はなく、テイマーホロは前傾姿勢で追従するのみ。
景色を置き去りに、眼前を塞ぐ全てがメキメキと音を立てて吹き飛ぶ。凄まじい迫力だ。
程なく、『AREA LIMIT』と赤い文字での警告が表示された。
これ以上走り続けたら、バトルフィールドのエリア外に出てしまう。エリア外に一定時間故意に留まり続けると、反則負けだ。
「ターンだ、ブルモン!」
ブルモンが地面に蹄を食い込ませ、地面を抉り取りながらブレーキ、ドリフト、転換。
敵のいる場所もわからぬまま、森林を破壊しながら突き進む。
だが、これで良い。一定範囲を〝均(なら)す〟のが今の目的なのだから。
(それにしても、ラピッドモンが現れないな)
エリア端まで移動し、二往復目に入ったというのに、追撃はない。
これだけ派手に走行している以上、向こうがこちらを見失うようなことはあるまい。
リクの予測が正しければ、爆走中のブルモンをラピッドファイアで捉えるのは難しい。
視線を絶え間なく動かし、ブルモンの死角を補い続ける。
方向転換によるブレーキも、向こうに見られただろう。そろそろ仕掛けてくる頃か。
「……―ルデン……!」
(来た!)
前方上空の異物を、リクの目は見逃さない。Yの字に構えるラピッドモンの姿。
直線的な動きとなれば、移動先を予想しての偏差射撃も難しくない。
一撃必殺が、来る!
「ブルモン、ストップ! カーブ!」
デジモンへ追従するテイマーホロの性質を利用し、ブルモンの前へ。指先で進行先を示し、方向転換を行わせる。均しは十分、ならば次へ……。
「――トーゼン、当たらないわよね」
ラピッドモンとマミミが、目鼻の先にいた。
ブレーキをかけ、速度を緩めた刹那のことである。
「……!?」
フェイントだった。こちらが偏差射撃を避けると予測し、逆に距離を詰めてきたのだ。
ラピッドモンが右腕を振りかぶり、ブルモンの体側を砲口で殴りつける。
「ブルァッ!?」
ガラ空きの胴体に一撃を受けた瞬間、爆発が起こり、ブルモンがよろめく。続けざまに、ラピッドモンが連続蹴りを放ち、追撃。至近距離での格闘戦による、間断なき連続攻撃だ。
(爆発するパンチ!? いや、今のは……)
一瞬の出来事ながら、リクの目は紛れなくラピッドモンの攻撃を見留めていた。砲塔によるパンチが命中した瞬間、ラピッドファイアのミサイルを発射。ミサイル発射の反動と共に素早く腕を引くことで暴発を避け、ゼロ距離から回避不可のミサイルを着弾させているのだ。
「ゼロ距離ラピッドファイア……!」
「ほう、見えているのですか」
コンマ1秒でも動作が遅れれば、砲塔内でミサイルが炸裂してしまうに違いあるまい。ハイリスク極まりない、絶技である。
リクを賞賛しながらも、ラピッドモンは攻め手を緩めない。残像を残して反対側へ回り込んだかと思えば、今度は両腕でゼロ距離ラピッドファイアを見舞った。打撃と爆発のコンビネーションが、着実にブルモンのダメージを蓄積してゆく。
「ブルモン……!」
「奇策は、貴方たちの特権ではない――」
嘆く間もなく、ラピッドモンによる後方への回り込みと、蹴りのお代わり。
ひたすらブルモンの至近距離に張り付き、格闘戦を仕掛けてくる。
翻弄、玩弄、逃れ得ぬ速度。
「――俺には、優秀なテイマーがいるんです」
だがブルモンとて、やられたままではない。疾く身を捩り、尻尾を鞭のようにしならせ、ラピッドモンのか細い腹部を打ち据える。ブルモンの得意技《テイルウィップ》……データベースにも登録されていないマイナーな技は、ラピッドモンへの不意打ちとなる。
「その、程度ッ!」
「ブルルゥッ……!」
それでも、ラピッドモンは痛みに堪え、怯むことなく肉薄、連続蹴りを見舞ってくる。
素早く側面に回り込めば、またもや砲塔を振りかぶり、ゼロ距離ラピッドファイア。
ブルモンが膝をつき、苦悶の声を漏らした。
(嫌な戦い方だなぁ……!)
ぎりり、とリクが歯を食いしばる。
ラピッドモンたちは、明らかに戦法を切り替えてきている。
完全体の身体能力と耐久力に任せての、格闘戦……肉を切らせて骨を断つ戦法に。
「集中砲火は撒けても、こっちは無理でしょ?」
「……!」
テイマー同士のすれ違い様、解かれた後ろ髪をなびかせ、マミミがリクに囁きかけてきた。
またも、狙いを見抜かれている。それも恐らく、今度はマミミの洞察によって。
上空で100mほど距離が空いていたとき、ラピッドモンは距離を保たず、接近してからラピッドファイアを放ってきた。おそらく、有効射程が長くないのだ。
高速で動きながら必殺技を放たないのも、そうだ。ミサイルの方がラピッドモンの速度についてゆけず、ホーミング前に行うべきロックオンが間に合わない……といったところか。ゴールデントライアングルにしても、ビームが拡散し、威力が落ちるのだろう。
だからこちらも高速で動くことでラピッドファイアを封じ、時間を稼ぎ、地を均して勝利への布石を整える算段だった。
「大技が当たらないなら、小技で十分。スペックで圧倒しなさい、ラピッドモン!」
必殺技はデジモンの主力。それを軸に立ち回るのは定石であり、あえて切り捨てる判断は大胆極まるものだ。それでも勝てると、ラピッドモンを信じきっているのだろう。
進化段階ひとつを隔てるに等しい差を埋めるには、一点の特化でラピッドモンを上回り続けるしかない。だからこそ、基礎スペックの差を押し付けられると、あまりに苦しい。
「ザコテイマー呼ばわりは、取り消したげる。こっからは、全力で潰す!」
布石を整える目論見自体は成功したが、こうも早く的確に、嫌な対応をしてくるとは。
ラピッドモンの知識と、それを支えるマミミの知恵。
さんざっぱら暴言を吐かれた相手だというのに、思わずリクの心が喜色に満ちる。
(このふたり、本当に良いコンビだ……!)
「なに笑ってんのよ、キモいわね!」
(本当だよ。ちょっと嬉しいとか思うんじゃない、僕!)
そう、マミミたちは、偏差射撃の回避を戦略に織り込んできた。
つまり、あの程度は確実に避ける技量があるとこちらを信じ、認めてくれたのだ。
当然、喜んでばかりもいられない。そしてリクは、観察を止めない。
相手が完全体とはいえ、多少の格闘戦で易々と倒れるほど、ブルモンもヤワではない。
いくら進化段階が上とて、ラピッドモンはスピードに特化したデジモンだ。
そしてラピッドファイアは本来、多重砲火によって火力を出す必殺技。ゼロ距離ラピッドファイアは驚異的な戦法だが、その一撃一撃に、ブルモンを即座に追い詰めるほどの破壊力はないのだ。
ブルモンの耐久力を信じ、ラピッドモンの一撃一撃を冷静に見極める。
必ず訪れる、反撃のチャンスを掴み取るために。
「スピードと格闘能力による圧倒ォ! ブルモン、たまらず防戦一方ォ!」
一方、加熱する試合模様にボルケーモンの実況とどろく放送席。
推移してゆく形成に、実況・解説、ともに画面から目を離せない。
「やはりアーマー体の戦闘力では、完全体に太刀打ちできないのかァ!?」
「進化三倍の法則、ですわね」
試合を見守りながら、麗火が冷静に呟いた。
通説として、デジモンは一段階進化するごとに、おおよそ三倍強くなると言われている。種別や個体による差はあるが、進化段階が異なる相手と戦うのはそれほどの困難。
自在に姿を変えられるアドバンテージあってなお、成熟期相当と完全体の間に隔たる壁は大きい。
「力押しも時として作戦になる。必要な場面を見極める、マミミさんの決断力の妙ですわ」
「このまま押し勝ちも十分にありえるワケだ。ジャイアントキリングならずか?」
「どうかしら。あのふたりの強みは、アーマー進化をフル活用した計画力と、咄嗟の対応力。最後まで、狙いが読めませんわ」
「その口ぶり、リク選手たちを知ってんのかい?」
「ええ、まあ……トレーニングジムが一緒で、偶に模擬戦など。強いですわよ、あのお二人」
さすがに〝推し〟と答えるわけにもゆかず、わずかに答えに詰まる麗火である。
「ほォ、ハイランクとの対戦歴ありか! そいつァ肝の太さも納得だ!」
「……わたくしがビーストスピリットによって進化する、ヴリトラモンの強さはご存じ?」
「ハッハァ、キミの試合を何度実況してきたと思ってんだ! ヴリトラモンは完全体に並ぶパワフルなデジモンだ。そいつで勝ち上がってきたんだろ?」
「ええ。コントロール困難な龍の爆発力を制し、強敵をちぎっては燃やしてきました」
「するってえと、あのコンビはヴリトラモン相手に揉まれてきたわけだ!」
「ここ数日だって、何度か模擬戦をしましたのよ。結果は、4勝1敗ですけど」
「ワオ! 麗火嬢相手に1勝たァ、確かにタダモンじゃあ……」
「逆ですわ」
腕を組み、誇らしさと闘志でないまぜになった表情から放たれた、麗火の言葉。
その意味を理解した瞬間、ボルケーモンが息を呑んだ。
「……わたくしが、彼らに1勝しかできませんでしたの」
絶え間なきラピッドモンの猛襲に、リクたちはいつしかブルモンが均した倒木だらけの路から、再び森林内部にまで追い込まれていた。
(正面ではツノ、背面では尻尾の攻撃を警戒して小振り。腕を使った大振りの攻撃は、全部が側面からの攻撃に集中してる……!)
攻撃のパターンは見極めた。
反撃に転じるならば、次に側面から襲い来る瞬間。
デジメンタルだからこそできる……攻撃を〝すかす〟手段が、リクたちにはある。
「これで……!」
ラピッドモンの声。大振り、砲塔による殴りつけが来る。
チャンスは、今しかない。
「アーマー解除(パージ)!」
ラピッドモンもマミミも、我が目を疑ったことだろう。
振り抜かれたラピッドモンの腕が空を切り、ミサイルが地面で炸裂する。
いるべきはずの場所から、ブルモンが消えた……否。正確には、〝縮んだ〟のだ。
ブルモンが輝きに包まれ……その姿が、ワームモンへと退化している!
戦闘中にわざわざ退化するメリットなど、殆どない。ゆえに、対戦相手が退化するなど、普通なら想像すらしない。だからこそ、ラピッドモンたちは虚を突かれた。
「ネバネバネットだ!」
「キシャシャッ!」
リクの指示で、爆風を潜り抜けたワームモンが粘着質の糸を勢いよく吐き出す。
ダメージなど皆無の必殺技だが、絡め取れば、一瞬とてラピッドモンを止められる。
「くっ、糸が絡まっ……!」
「パージってどういう意味よ!?」
相手は完全体、糸から抜け出すのは容易いだろう。追撃は欲張らない。
今はただ、この場から離脱し、次の布石を打つのみ!
「純真のデジメンタル、装着(セット)!」
ワームモンの小さな体が、無数の煌めく葉に覆われる。
アーマー進化。煌めく葉が散った瞬間、ワームモンはまた、全く異なる姿に変じる。
腰に弓を携え、肩には一羽のカラスを乗せた、カカシを思わせる姿のデジモン。顔には、「へのへのもへじ」が書かれて、どこかユーモラスな印象を与える。
パペット型デジモン……弓の名手、ノヘモン。
「純真のデジメンタル……草木の属性、自然への同化能力ですか!」
「それはもういいってば!」
ノヘモンとリクが茂みへ飛び込むのとほぼ同時に、ネバネバネットが振り解かれる。
流石と言うべきか、追跡・追撃には迷いがない。肉薄のアドバンテージを失った瞬間に、すかさずラピッドモンが両腕の砲口をノヘモンへ突きつけるのが見えた。
ラピッドファイアが来る!
「左腕!」
リクが二本指を束ね、構えられたラピッドモンの砲口を示しす。
動作と指示が終わるより疾く、すでにノヘモンは弓を構えていた。
百発百中の一矢《ウィリアムアロー》……狙った的は、決して外さない。
「なッ……!」
ラピッドファイアが発射されるより前に、矢が左砲口に着弾。ミサイルが砲口内で暴発、ラピッドモンの体勢バランスが崩れる。残りのミサイルは、あらぬ方向へ飛散。
「なんで今のが当たんのよ……!」
歯噛みするマミミをよそに、ノヘモンが素早く茂みへと飛び込み、気配を失せさせる。
純真のデジメンタル、自然との同化能力。
進化先の性能は、何も、飛行するサーチモンやスピードのないトゲモグモンのような例外ばかりではない。
デジモンが姿を消せば、テイマーホロも一時的に完全透明化し、視認は困難だ。
『試合時間、残り10分です』
合成音声のアナウンスがデジヴァイスを通して流れる。制限時間は折り返し。
「今度はホントに自然と同化してるし……っ、横! あと索敵!」
「そう何度も当たるものですか!」
身を潜めながらの二射目は、しかし死角をカバーするマミミの指揮で回避される。
ラピッドモンも即座に耳型レーダーを展開、ノヘモンの居場所が炙り出される。
「晒しましたね……位置を!」
ノヘモンが身構えるより先にラピッドモンが加速、接近。
速度を乗せた砲塔のパンチが、ノヘモンの体……すなわち、カカシの胴体にめり込む。
「ッ、手応えが……!?」
ラピッドモンの動転は、リクの予想するところであった。
マミミと違い、ラピッドモンはデジメンタルの知識をある程度持ち合わせている様子だ。
その上で各アーマー体へ即座に対処できていない。つまり、ラピッドモンも、ワームモンのアーマー進化先まで正確に把握しているわけではないのだ。いずれもがマイナーなデジモンであるがゆえの、初見殺し。
初めて相対するなら、知りようもあるまい。
パペット型デジモン、ノヘモン……その本体が、カカシに付いたカラスの方であるなど。
「そこだ!」
生まれた隙を逃さず、指を束ね、リクが射撃ポイントを示す。
遠距離でも正確な狙いを誇るノヘモンが、至近距離で矢を外そうはずもない。
ラピッドモンの装甲の隙間、膝関節部に鋭い一矢が突き刺さる。
「ぐあぁッ!」
カラスの超能力によりカカシを操る、トリッキーな成り立ち。
必殺技《デリションクロウ》は話術で敵を戦意喪失させる技ゆえに、ボイスバンクのないワームモンから進化しても扱えなかったが、リクは他の部分に強さを見出した。
本体であるカラスに攻撃が当たらなければ、ダメージもない。純真のデジメンタルによる自然同化能力と相まって、ノヘモンは非常に優れた回避能力を持つデジモンなのだと。
「カラスの方をブン殴るのよ!」
だが、手応えのなかったことで、マミミも即座に別のアプローチに切り替える。おまけにそれで見事に正解を引き当てるのだから、末恐ろしい少女と言うほかない。
弓による攻撃を見せた以上、再び肉弾戦を挑んでくるのは、予想通りの展開。
少しでも確実にダメージを蓄積し、あわよくばラピッドモンの機動力を削ぐ。そのために進化したノヘモンだ。役割は十分に果たした。
次のデジメンタルはすでに、リクの手の中で構えられていた。
「勇気のデジメンタル、装着(セット)!」
炎の渦が巻き起こり、その中から飛び出すのは昆虫型のアーマー体、シェイドラモン。
つい昨日、麗火との模擬戦において敗着となってしまった形態。
格闘能力に秀でたデジモンであり、接近戦ならばラピッドモン相手でも対抗の目がある。
炎から飛び出したシェイドラモンが、接近するラピッドモンの腹部目掛け、拳の一撃。
拳から勢いよく炎が飛び出し、鎧に覆われていないラピッドモンの腹部を焦がす。
「ごはッ……!」
「ギアシャアアアァァッ!」
ワームモンのアーマー進化の中でもっとも凶暴なのが、シェイドラモンの欠点である。
上手くその破壊衝動をコントロールできるか、テイマーとしての手腕が問われる。
「ごめんラピッドモン、焦りすぎた! 空中戦に持ち込むわよ!」
「ええ! ……置き土産をどうぞ!」
そして今の一撃で、シェイドラモンの近接戦闘能力を見抜いたのだろう。一切の迷いなくマミミとラピッドモンが上昇。
牽制射撃のラピッドファイアを散布し、木々を突き抜けて上空へと消える。
「シャガアァッ!」
ミサイルの雨を腕から放つ火炎弾で撃ち落としながら、シェイドラモンが猛る。
炎を纏い、ラピッドモンたちを追うように上空へ。突き抜けた木々に、火が点く。
すぐさま木々の葉が燃え、デジタルオブジェクト特有の反映速度で炎が広がり始めた。
(ラピッドファイアの発射数が減ってる……!)
シェイドラモンがミサイルの大半を撃ち落としたのは、リクにとっても予想外だった。
それもそのはず、試合序盤に比べて、ラピッドファイアで放たれるミサイルの数が大幅に減っているのだ。ラピッドモンの疲弊によるものだろう。
必殺技で実弾の類を発射するデジモンは多いが、ほとんどのデジモンは、それら実弾を、体内データから生成している。当然ながら生成にはエネルギーを使用し、疲弊するにつれて生成可能な量はどんどん少なくなってゆく。
やはり短期決戦で勝ち上がってきた彼らは、長期戦に慣れていないのだ。
(こっちが万全ってわけでもないけどね……!)
ワームモンは無数にアーマー進化を繰り返すポテンシャルを持っていたが、それも無限であろうはずもない。そして必殺技の連発で消耗するのは、こちらも同じこと。
決着の時は近い。リクの中に、確信めいた予感が訪れる。
「あいつ速度は大したことないわ。次弾!」
「ラピッドファイア!」
上空を見上げれば、高度限界ギリギリで再び包囲するようにミサイルが放たれている。
確かに、シェイドラモンはスピードに優れたデジモンではない。
だが、工夫・奇策はリクたちのお手のものだ。
「シェイドラモン……ぶっ放せ! あれ全部、焼き払いたいだろ!」
リクが振り返り、指差してみせたのは下方、火の燃え上がりつつある森林。
シェイドラモンの攻撃本能を満たすべく、〝攻撃対象〟を明確にする。
「ギシャシャ……シャアアァァッ!」
両腕を下方へ突きつけ、筒状の先端から火花が散り、爆炎が噴き上がる。
灼熱の火炎を噴射するシェイドラモンの必殺技、《フレアバスター》の、全力噴射。
下方に向けての噴射がロケットのごとき推進力を生み、上空のラピッドモンへ迫る!
「高度限界ッ……! ラピッドモン、右!」
「見切れぬ速度ではない!」
ラピッドファイア発射態勢によりわずかに出遅れたとて、ラピッドモンの機動力。
すぐさま横っ飛びに、ロケットとなって迫るシェイドラモンを避け切れる、
「回転(スピン)!」
はずだった。だが疲労とダメージにより、機動力が着実に削がれつつある。
ラピッドモンへに接近する瞬間を見計らい、リクがシェイドラモンへ合図。
噴射を止めることなくシェイドラモンが身体を捻転。
フレアバスターで、空を薙ぎ払う!
「ぐ……おおぉぉッ!」
横薙ぎに降りかかる灼熱は、完全体のラピッドモンとて無事で済む威力ではない。
鎧は焼け焦げ、リボルバーや両腕から黒煙が上がる。
「まだ、まだよ! やれるでしょ、ラピッドモン!」
「当然……です! 俺は、マミミの、パートナーだッ!」
それでもなお、ラピッドモンは墜ちない。
砲塔を構え、火炎を強引に突き抜け、急降下……シェイドラモンへと殴り抜ける!
「ギアアァッ!」
「掴まえるんだ!」
その声によってかよらずか、シェイドラモンが自身にめり込む砲塔を両腕で挟み込んだ。
炎気をはらんだ吐息を漏らしながら、ラピッドモンを両足で鋭く蹴り上げる。
ラピッドモンも負けじと反対の腕を振り下ろし、一度、二度、執拗なる殴打。
先のフレアバスター噴射により眼下の森林は激しく炎上しており、黒煙が空を覆う。
取っ組み合い、降下し、黒煙に視界さえ定かでなくなろうが、互いに一歩も譲らない。
「ギシャアアアァッ!」
「グオオオオオォッ!」
それはもはや、獣と獣の喰らい合いであった。
雄叫びが溶け合う中、黒煙の隙間を縫ってテイマー同士の視線が交わる。
「なんで、まだ倒れないのよ! 離しなさい、バカ!」
「勝ちたいんだ! 離すもんか!」
「いい加減、諦めなさいよ!」
「諦め方なんか、忘れたよ!」
痛罵と怒りから始まった戦いだというのに、いつしかリクは、また笑っていた。
育て上げてきた、愛すべきデジモンが。
背を追ってきた、最高で最強の相棒が。
共に戦い、輝くこの舞台……楽しまずには、いられない!
それでも、勝者は一人。勝つというのは、負けさせるということだ。
あの泥を噛むような、胸の中全てグチャグチャに掻き回したくなるような、全身内側から引き裂かれるような悔しくて苦しい感情を、相手に与えることになるかもしれない。
けど、「それでも」と願ってしまったからには、もう戻れない。
諦めてしまえば、確かに楽になれるのだろう。
こんなに頑張って戦ったところで、この先の人生、役に立つ保証なんかない。
でも……諦めた先の道に現実世界の幸福があったって、そこには、〝君〟がいない。
だから、ここまでずっと布石を整えてきた。
これからも君と勝ち続けるため、最初に掴み取る……勝利の布石を!
(――ここだ!)
立ちこめる黒煙の中、眼下に見えたのは焼き焦げる倒木の数々。
ブルモンの力によって薙ぎ倒し均した、あの走路だ。
「シェイドラモン……上に向かって撃て!」
指を立て、上空を指し示す。
この試合を勝利へ導くための決定打を、今ここで打つ!
「ギャシャッ……!」
シェイドラモンが、わずかに躊躇する。凶暴な本能と、理性の間の葛藤。
「勝ちたいだろ! 僕を信じて!」
「……!」
瞳孔の細まった凶暴な瞳に、ほんの少し、ワームモンのつぶらな輝きが取り戻される。
テイマーとデジモンの意思が交わり、ただ一点、勝利だけを注視する!
「ラピッドモン、こうなったらゼロ距離で……」
「ギシャアアァッ!」
シェイドラモンが両腕を上空へと突き出し、その内側に炎を充填させる。
無論、ようやく腕を離されたラピッドモンがそれを大人しく受けるはずもない。
シェイドラモンを地面へ向けて蹴り飛ばし、自身はその反動で高く跳び上がった。
放たれたフレアバスターによる火炎の放射は、ラピッドモンを掠めるに留め……。
蹴飛ばされた勢いと炎の噴射とが合わさり、シェイドラモンが急速落下。
中空で姿勢を直すと同時に高速で錐揉み回転を始め、大地へ突撃。知られざるシェイドラモンのもう一つの必殺技、《インデントスクリュー》である。自らの肉体そのものをドリルへと変じて、シェイドラモンが猛然たる勢いで地面を掘削し、地中へ姿を消してゆく。
土煙が舞い上がり、マミミたちの視界を覆った。
噴き上がる煙に――ホログラムの身では意味もないのに――思わず顔を腕で覆いながら、マミミはシェイドラモンの穿孔した先を睨みつけていた。
「まだあんな技隠し持ってたの……? ラピッドモン、反応は?」
リクたちの多芸さに、マミミも内心で舌を巻く。
あの連中、もはや何をやってきても驚かぬと心を固めた矢先だというのに。
「地中を高速で移動しているようですね……」
「時間稼ぎのつもり? でも地中に逃げたのは、ミステイクね」
「ええ……モグラ叩きとゆきましょう」
ラピッドモンの耳型レーダーは、敵の音を決して聞き逃さず、暗闇での活動をも実現する代物。煙で視界を奪われることは、さしたる痛手にならない。
さりとて炎の燃え盛る中、地中ともなれば、上空からは反応を拾いづらい。
ラピッドモンがマミミと共に降下し、地中に逃げたシェイドラモンの探知を開始する。
潜行を続ける反応を、レーダーによって確実に辿る。
足元には黒焦げた倒木がいくつも転がり、パチパチと爆ぜ続けていた。
「よくもまあ、これだけ派手にフィールドをぶっ壊すわね……」
「ええ、感服に値する破壊力です。……しかし、レーダーの反応が悪いですね」
「…………?」
目まぐるしく苛烈な終盤戦、攻撃の飛び交わぬ寸刻。
木々の爆ぜる音さえ耳に届くその空隙が、マミミの思考に余裕を与えた。
レーダーの異常。この戦いの中、一度経験した現象だ。
(なに、この違和感)
違和感。
そうだ、何かが、おかしい。
マミミの思考が加速する。
あの少年、リクは、デジメンタルを使用するたび、デジメンタル名を叫んでいた。
おそらくはパートナーとの連携のためだろう。アーマー進化先を伝えることで、デジモンに身構えさせ、次の行動への移行をスムーズにしている。合理的な作戦だ。
そう、彼らは合理的だ。トゲモグモンによる防御、ノヘモンによる潜伏と狙撃……意表を突くアーマー進化の裏で、全ての行動に明確な狙いがあった。
ならば。
この地中潜行にも、何かの意図があるのではないか?
(——地中で、デジメンタル名を叫んだとしたら?)
テイマーホロはデジモンに追従し、地形を貫通する。地中遥かに潜れども発声は可能だ。そしておそらく、その声は、こちらまで届かない。
「……まさか!」
テイマーとして優秀であるがゆえに、マミミはその可能性に思い至り。
それでも、思い至った瞬間には、もう、遅かった。
……先入観とは、恐ろしいものである。
友情のデジメンタルはデジモンに迅雷のごとき速度を与える。
その情報による固定観念から、マミミたちはトゲモグモンの対応を誤った。
知識のデジメンタルは土属性の力を与え、地中での戦いを優位にする。
その思い込みから、ラピッドモンさえ、飛び立つサーチモンに呆気に取られた。
繰り返すが、先入観とは、恐ろしいものである。
なぜなら……それを植え付けられた瞬間に、人はそうと気づくことができない。
マミミも、そしてラピッドモンも、変則的なアーマー進化を見せつけられたがゆえに……当たり前の可能性を、完全に見落としていた。
彼(か)のデジモンは〝飛行できる〟のではない。〝飛行も(・)できる〟だけだったのだと。
そう、彼女たちは見落としていた。
シェイドラモンが、地中で別の形態に姿を変えていた可能性。
地中を潜行する反応の正体が、知識のデジメンタルによる地中戦闘能力を持つ――
「……使えないザコモンだって?」
――サーチモンである、という可能性を。
「そんなの、いないよ」
リクの断言と共に、土埃を舞い上げ、サーチモンとリクのホログラムが地中から飛び出す。
即座にラピッドモンが飛び退こうとするも、間に合わない。ダメージの蓄積だ。
必殺技は、すでに発射態勢に入っていた。
手をかざし、リクが叫ぶ。
「ジャミングヘルツ!」
サーチモンの背部ドームから全力で放たれた電波が、音波が、ラピッドモンを掻き乱す。
マミミもラピッドモンも、舞台が整えられていることに気づけていなかった。
ブルモンの猛進によって薙ぎ倒された木々は、下準備だったのだ。
シェイドラモンの攻撃で、更にそれらが灰燼に帰したのも同様。
木材は電波を減衰させる。ゆえに、林立する樹木を片付け、場を整える必要があった。
ラピッドモンの鋭敏な聴覚レーダーにこそ突き刺さる、ジャミングヘルツの効果を……最大限に発揮するために!
「があああぁぁッ!」
「ラピッドモン! ダメ、動きを止めたら……!」
聴覚機能を、そして思考能力さえ掻き乱す錯乱電波に、ラピッドモンが苦しみ悶え、地に転がり落ちる。
そう……知識のデジメンタルこそが、リクが試合開始前に見出した、勝利への鍵。
《インデントスクリュー》による地中への突入が、ワームモンと取り決めた合図。
一見すれば戦闘向きではないサーチモンの手で、最大最高のチャンスを生み出す。
まるで戦いに向かないように見えた、出会った頃のワームモンに報いるかのように。
そしてリクは、戦いを決着へ導く、最後のデジメンタルに手をかける。
(僕は君の、全ての可能性を信じるよ)
誰にも君を弱いなんて言わせない。
誰にも落ちこぼれとは誹らせない。
だって、君は、僕の――
「――希望のデジメンタル、装着(セット)」
アーマー進化、ブルモン。木々を蹴散らす猛進は、炎をも突き抜ける。
「ブルオオォォォッ!」
神聖を帯びた輝きが晴れ、ブルモンが爆走しながらラピッドモンへ突っ込む。
もはや障害物は一つとしてなく、突進は一瞬にして最大速度、最大破壊力に達してゆく。金色の角がラピッドモンの鎧を捉え、衝突。
「がは……あッ!」
純然たる破壊力によって撥ね飛ばされ、ラピッドモンの体が鎧の破片と共に宙を舞う。
火の粉の中で、深き紅蓮に染まるブルモンのマントが、ヒラリとはためいた。
『――ラピッドモン、ノックアウト!』
試合終了を告げる電子音声が、鳴り響く。
『勝者、リク&ワームモン!』
燃ゆる炎を引き裂いて――大歓声が、フィールド上に轟き渡る。
試合終了と同時に、実況解説のボイスチャンネルが解放されたのだ。
『まさかまさかまさかの結末! 勝利は、アーマー体を使いこなす無名のルーキーの手に! オレたちは、新時代の幕開けを目にしているのかァーーーッ!』
続け様に、ボルケーモンによる実況が、コメントの作り出す歓声サウンドエフェクトさえ呑み込んで、バトルフィールド中を覆ってゆく。
試合終了に伴い、吹っ飛んだラピッドモン、停止したブルモン双方にデジスフィアが展開。
燃え盛るフィールドで呆然と佇むうち、リクのデジヴァイスが警告音を発する。
『心拍数の急激な上昇を検知しました』
かつてないほど高まる自分の鼓動が、アバターの姿でも感じられる。
その鼓動が、リクにようやく現実感を与えた。
勝った。
勝ったのだ。
ブルモンの方を見ると、その姿がワームモンへと戻ってゆく。
あれだけの回数アーマー進化を繰り返し、走り、猛り、必殺技を放ち続けたのだ。疲弊しきるのも当然のことだろう。
息を荒げ、それでもワームモンは、ふらふらと身を起こした。
リクとワームモンの、目が逢う。
お互いの内側には、まったく同じ感情が込み上げている確信があった。
「うお、あ、おおぉ……」「キキ、キィッ……」
喜びが言葉にならない。この興奮を言い表すための適切な語彙が、リクにはない。
だから、いま、リクはワームモンと一緒だった。
感情の昂りを、言語で表現できない。
ならば。
「うおおおおぉぉぉぉッ!!」「キエアアアァァッ!!」
もはや獣のごとく、雄叫びを上げるほか、ない。
勝利の雄叫びは、バトルフィールドのテクスチャが剥がれ、両者がバトルフィールドから転送されるまで、ずっと、デジタルの空気を震わせ続けていた。
5
アリーナバトルを終えたデジモンとテイマーは、試合後、アリーナ内に複数設けられたメディカルオフィスへと転送される。デジモン専用回復ポッドをはじめ、各種デジモン向け医療用品が揃えられ、回復技を持った医療デジモンたちも常駐している。
万全の体制により、試合で大ダメージを受けても、参加デジモンは即座に快癒可能だ。
そんなメディカルオフィスの一つにて。
壁に向かってうずくまる少女と、それを庇うように座り込むラピッドモンの姿があった。
ボイスチャンネルをプライベートに切り替え、マミミは声を殺して泣きじゃくっていた。
ラピッドモン以外に、彼女の泣き声が聞こえることはない。
涙を見せるのは、パートナーデジモンの前だけと、マミミは決めていた。
「ひぐっ……負けさせ、ちゃった……ラピッ、モン……頑張った、のに……!」
現実世界におけるマミミ――嬉野(うれしの)麻美(あさみ)は、若干11歳の少女であった。
周囲の皆よりずっと背が伸びてしまったせいで、望まずして大人びた扱いをされ出した。
同年代の女の子にとって、〝大人っぽい〟はカッコよくて、喜ぶべき扱いなのだ。
嫌がったりしたら、きっと空気の読めない子になる。作り笑いが特技になった。
弟妹を束ねる三人きょうだいの長女なのもあり、家でも〝お姉ちゃん〟としての役割を常に求められる。家族のことは好きだから、良い子であり続けた。
でも、寂しさからなる鬱憤は、ずっと溜まり続けた。
学校でも家でも、〝良い子〟の前には〝都合の〟という三字が被さるのを知っていた。
デジヴァイスを買ってもらえたのは、良い子でいたことへの数少ない報酬だ。現実と異なる姿になれるデジタルワールドに、ずっと憧れがあった。
フルダイブには、叔父が経営している、機器完備のネットカフェを利用した。小学生でも利用できる格安料金は、身内割引。「叔父さん大好き」は最強の一言だった。
日々の反動で、デジタルワールドでは思いっきり子供っぽく、強気に振る舞おうと決めた。
ひょろ長くて大人しい現実世界の自分とは、正反対。小さく可愛くて、ガーリーな服を選んでも「こっちの方が似合うよ」なんて言われないような姿。
テイマー協会が仲介してくれたパートナーデジモンは、これまた小さく愛らしい姿で、そのくせ妙に紳士的な振る舞いが印象的な、ラブラモンだった。
お姫様のように扱ってくれるのが嬉しくて、すぐに彼のことが大好きになった。
可愛く生意気で、毒舌なお姫様。マミミは、麻美と正反対のキャラ付けとなった。
他人の面倒ばかり見てきて、周囲の顔色うかがいが得意だったせいだろうか。デジモンの育成とバトルは肌に合い、テイマーとして怒涛の勢いで躍進していった。
そうして人々にマミミとして承認されるうち、タガが外れていったのだ。
戦いも言動も容赦がない、小さな暴君。次第に、アリーナでそんな風に扱われ出した。
そして結局、この世界でも、周囲に求められた振る舞いに身を染めてしまった。
横暴なる【リトルクイーン】マミミとして、引き返せなくなっていった。
強気な言動が傍若無人に変じていたのは、いつからだったろうか。
毒舌と暴言の区別がつかなくなったのは、いつからだったろうか。
道を外れるほど、ラブラモン……後のラピッドモンが紳士的に戒めてくれる様が、マミミに背徳的な喜びをもたらしたのも、余計に彼女の在りようを狂わせてしまった。
「……マミミ。俺たちは、全力で戦いました。彼らが強かったんです」
「でもっ、あんなこと言っ、負けっ……コメントでも、叩かれてるに、決まってる……!」
「見なければいいんです、そんなもの。それより、テイマーリクたちに謝りましょう」
「やだっ! だって、そんなの、かっこ悪いし……あたしは、マミミだから……!」
嗚咽で想いがうまく言葉にならない。
【リトルクイーン】マミミは、横柄で不遜、唯我独尊なる悪童。
素直に謝ってしまったら、ここで新たに築き上げた自分が否定されてしまう気がした。
「……マミミ。俺が試合前に、テイマーリクたちと話していたのは覚えてますか?」
「……うん……」
「俺、『マミミのために貴方たちを全力で捻り潰します』なんて言ったんですよ」
「…………」
「自分が負けるはずないと思い込んで、上から目線でこんな宣言しておいて、負けたんです。格好悪さなら、俺の方がずっと上ですよ」
「そんなこと……」
「俺が格好悪いぐらいで、マミミは俺を見放しますか? 俺だって一緒です」
マミミの脳裏に、デジタルワールドへ来てからの記憶が蘇る。
マミミの素行がどんなにエスカレートしても、ラピッドモンのマミミへの接し方だけはずっと変わることがなかった。悪言悪行は穏やかに諌め、けれど常に彼女の味方だった。
「一緒に格好悪くなって、それからゆっくり考えましょう。それとも……俺とやり直すのはお気に召しませんか? マイ・リトルプリンセス」
跪き、ラピッドモンが恭しく手を差し出す。腕ごと敵を撃つ武器になった手だというのに、差し出されても、マミミだけはまるで威圧感を覚えない。
ラブラモンだった頃から変わらぬ、その気障ったらしい振る舞いをよく知っていた。
リトルプリンセス。マスコットみたいな成長期だった頃から、彼はマミミをそう呼んだ。
気を良くして自分から名乗った称号は、いつしか変容した在り方のために、異なる称号へ姿を変えてしまったけれど。
「……アンタがカッコ悪くなるなんて、一生無理よ」
あの頃よりずっと大きく、ゴツゴツになった手を取って、少女は顔を上げる。
もう一度、自分が夢見た理想の姿に向かって、歩き始めるために。
「それにほら、流行りじゃないですか、マミミも好きな悪役令嬢とか没落からの成り上がりとか。ああいう方向で仕切り直すのも……」
「……ぷっ。アンタってわりとサブカル好きよね」
「ああ、でもマミミ、口もそうですが、食生活も、少し改めましょうね。デジヴァイスから送られてくるバイタルサインに異常があります。マミミの年頃での節食は……」
「お母さんより口うるさい……」
笑顔を取り戻し、絆を携え、少女とパートナーは歩き出してゆく。
アリーナ、南口ロビー中心にて。
試合を終え、ロビーに転送されたリクとワームモンは、もみくちゃにされていた。
「本当にやりやがったなあ、おい、ルーキー!」
リクにヘッドロックをかけながら拳をこめかみに擦り付け、シスタモン・ノワールが笑う。
アバターゆえに痛みはないが、触覚フィードバックのために妙にこそばゆい感覚。
苦笑しながら受け入れるリクをよそに、ワームモンはノワールの頭部に齧り付いている。歓呼するデジモンや口笛で囃すテイマーたちも集い、ちょっとしたカオスである。
「ノワール、リクさんがお困りです。それと特定のテイマーに肩入れしないように」
「ンだよ、シエルは堅ッ苦しいなあ……チャレンジャーマッチで勝者が出やがったんだぞ。いつぶりだと思ってんだ、お祭り騒ぎにもならぁ。なあ、お前ら?」
シスタモン・シエルの忠言も構わずにノワールがギャラリーを煽ってみせる。
深々とため息をつくシエルが、けれど微笑んでいたのが、リクの視界の片隅に映った。
皆が、自分たちの勝利を喜んでくれている。一過性のお祭り騒ぎでも、嬉しかった。
「なあなあ、オイラもアーマー進化してみたい!」「お前はデジメンタル使えないだろ……」
「彼ら、要注目ですね……データを更新しておかねば」「アーマー体、情報が少ないなあ…」
「データベース更新ヨロ!」「ワームモンってアーマー進化できたのか……」「つーか草ァ、リトルクイーンさんざん煽って負けてるやんけ!」
等々、聞き取れる範囲でもギャラリーは実に賑やかである。
ワームモンの強さを知らしめたのは嬉しい一方、眉根を顰めるような声もある。
チャレンジャーマッチに敗れたマミミを謗る声は、きっと増えるだろう。戦いを通して、ラピッドモンとマミミに対する敬意が芽生えただけに、リクの内心は複雑だ。
これがプラチナランクを背負ってチャレンジャーマッチを受けるということ。挑む際に「受けることにデメリットはないはず」などと宣った、己の浅慮が恥ずかしくなる。
彼女たちは、名誉をかけて戦っていたのだ。これまでも、ずっと。
負ければ自分や、そのパートナーが謗られるかもしれない。背負っていたものは、リクもマミミも、そう変わらないのだ。
だからこそ、彼女に会って伝えたいことがあったが、ロビーはこの有様だ。
姿を現さなくとも、不思議はない。そしてそれを、恥ずべきこととも思えない。
せめてチャットログを辿ってメッセージを送れないかと、ヘッドロックを受けたままでデジヴァイスの操作を始めた、その時である。
にわかに、ギャラリーがどよめいた。騒ぎはずっと巻き起こっていたのだが、囃すような声から、動揺をはらんだような低いざわめきに変じている。
誰かが「リトルクイーンだ」とこぼすのが聞こえた。
ノワールにヘッドロックを解かれて、リクが顔を上げ、背筋を正す。
ロビーの中央に、マミミとラピッドモンが立っていた。
視線が交わった途端に、ワームモンがリクの肩へと飛び移る。その目はやはり、まっすぐ数分前まで激闘を繰り広げていた相手を見据えていた。
リクと肩上のワームモンが、試合開始前と同じように、マミミたちと向き合う。
そして、最初に両者の間の沈黙を破ったのは、マミミだった。
「――ごめんなさい!」
マミミが勢いよく頭を下げ、頭部の兎耳と下ろした髪が大きくゆらめく。
ロビーを包み込むどよめきにも、決してかき消えない、よく通る声での謝罪だった。
「ワームモンとか、アーマー体……あな……アンタを笑った、ことも、全部謝る……ます!」
緊張のためなのだろうか、マミミの口調はごちゃごちゃだ。
気づけば周囲にはギャラリーができている。デジヴァイスの撮影機能を用いて、無遠慮にシャッターを切る音も聞こえてきた。
「ラピッドモンを悪く言われたら、あた、アタシだってきっと、怒って……だから……!」
「俺からも謝罪と称賛を、テイマーリク。貴方たちを侮っていたのは、俺も同じこと。言い訳の余地がない、完敗です。心よりお詫び申し上げます」
マミミの横に並び、ラピッドモンが膝をついて深々と頭を下げる。
……謝罪は、メッセージ機能で済ませることもできたはずだ。
【リトルクイーン】としてのキャラクターを築き上げてきた彼女が、大衆の前で謝罪するのは、どれほどまでに勇気のいる行いだろうか。
出会ったときの暴言は許せなかったが、今はリクの中で、敬意がそれを上回っていた。
試合を通してとっくに理解していたからだ。このふたりの根底にある、気高さを。
「……マミミさん。それに、ラピッドモン」
肩上のワームモンを横目で見ると、「キィ」と静かに首肯を返してきた。
想いは同じと信じ、リクがマミミへと歩み寄り、手を差し伸べる。
「最っっ高に楽しいバトルでした! またやりましょう!」
マミミが驚きに目を見開き、次いで、ラピッドモンが目を細めてみせた。
数秒ほど逡巡したあと、意を決したようにマミミがリクの手を握る。
「……次は、勝つから」
歓呼のお祭り騒ぎが、ロビーに取り戻される。
固い握手を交わすテイマー同士に、もはや揶揄の声を上げる者は一人としてなかった。
「ねえ、アンタ……リク、でいいのかな」
「はい。何ですか、マミミさん?」
「本気で、アーマー体でD-1までいけると思ってるの? 究極体以外は、お呼びじゃない。そういうレベルの大会よ。悔しいけど、アタシたちでもまだ足元にも及ばない」
試合前の嘲るような調子はなく、マミミは真剣に問いかけているようだった。
だからこそ、リクもまた、本気で答える。
「〝まだ〟届かないだけです。僕はワームモンと、アーマー進化の可能性を追い求めます。その先には、究極体に届く牙だってあるかもしれない」
「……何それ。奇跡みたいな話ね」
あまりに迷いなく答えるリクに、マミミが毒気なく、純粋に笑った。
デジモンもテイマーも、拍手で、歓声で、咆哮で、戦い抜いた者たちを讃えている。
ふとリクが目をやると、肩の上で、ワームモンがその瞳を潤ませていた。彼にとっては、初めて目にする、勝者の風景なのだろう。
リクの胸のうちに、熱い感情が込み上げた。それを迸らせるまま、言葉に換える。
「それにしてもラピッドモン、凄かったです! 試合で相対すると動画とかで見るのと全然スピード比べ物にならないし、ラピッドファイアの時にチラッと見えるキャノンの内側が最高にカッコよくて……マミミさんも凄い立ち回りでしたよね、ラピッドモンの足りない部分を補ってたしほら、あの格闘戦ってたぶんマミミさんの発案ですよね、臨機応変な対応でテイマーホロの特性も活かしまくってるの本当に勉強になる部分だらけで…………」
「えっ早口キモ……」
「マミミ、謝った先から!」
「キシャイシャイ!」
手を握ったまま熱く語り出すリク、引くマミミに、諌めるラピッドモン。
ワームモンはといえば、「自分を褒めるのが先だろうが」とリクの頭を甘噛みする。
「ところでアンタ、ラピッドモンへの対応早かったわよね。対策してたの?」
「それもありますけど、元々好きなデジモンだからよく知ってたんです。ラピッドモンって、アーマー体にも同じ名前のデジモンがいるんですよ。金色のボディで……」
「え、そうなの? ラピッドモン金色バージョンってこと?」
「アーマー体では五指に入るほど有名かと。マミミはもう少し勉強するべきですね……」
「ラピッドモンうっさい!」
「キッキィ!」
「だ、大丈夫だよワームモン、他のアーマー体に浮気するつもりないから!」
「めんどい彼女みたいなキレ方するわね、そのワームモン……」
「あ、ところでマミミさん、よかったらフレンド申請してもいいですか?」
「フレンド……まあ、別に、いいケド……」
張り詰めた雰囲気もすっかりほどけ、和やかな会話が繰り広げられていた頃。
「お四方とも、ゴキゲン爆うるわしゅう!」
お約束とばかりに、そんな空気を引き裂く闖入者が高らかな声を上げた。
真紅のドレスに、ゆらめく黄金のドリルヘア。爆熱院麗火である。
「えっえっ……ウソ、生(ナマ)麗火様!?」
「れ、麗火さん! 急におどかすのやめてください!」
「おほほ、サプライズ登場は人気者の特権でしてよ!」
自分で自分を人気者と言い切る自信のほどにはリクも感服するばかりである。
なにより、それが嘘ではないというのが彼女の凄さだ。ギャラリー中から、また撮影を行う人々が現れ始めていたが、カメラ慣れしているのか、麗火はまったく臆する様子がない。
「お二人の仲立ちに参りましたけど……いらぬ世話を強火焼きするところでしたわね」
試合前にはマミミの言に怒りを覚えていた麗火だが、あの戦いを最後まで見守り、ここに並び立つ二人を目にした今、マミミを責め立てるつもりもないのだろう。
「画面越しでも、魂の弾けた叫びが届いてくるほど熱い試合でしたわ! うら若きテイマーたちの友情、なんて美しいのでしょう……おーいおいおい!」
「本当に『おーいおい』って泣く人はじめて見ました……」
などと、アバターに泣き顔を浮かべる麗火を前に、リクがつぶやいた一方。
そんなリクの様子に、はじめは動揺していたマミミが、じとりと目を向けてくる。
「……ねえ、なんかアンタ、麗火様と親しげじゃない?」
「き、気のせいじゃないでしょうか……」
「あら、わたくしとリクさんはお友達(フレンド)ですもの。いつも一緒に模擬戦してますのよ」
爆熱院麗火は隠し事が苦手であった。
どう切り抜けようかリクが考えを巡らす間もなく、堂々と打ち明けられる事実。
「へえ、ふーん……麗火様とフレンドねえ……」
(強火ファンの視線が怖いよ!)
嫉妬と羨望をまったく隠すことなく、マミミがリクを睨みつける。彼女の後ろにどす黒いオーラが見えるのは、エモートエフェクトか、はたまたリクの見た幻か。
今日一番の強烈な感情に、反抗心あふれるワームモンさえわずかに怯んでいた。
気まずさに目を逸らすリクをよそに、麗火はきょとんとした表情を浮かべるばかり。
「次は絶対、ぶっ潰す……覚えておきなさい、リク……」
今しがた言われた「次は勝つから」と同じ意味なのに、語気がまるで違う。
冷や汗を流すリクをよそに、マミミがログアウトの処理を行い、消えてゆく。
「……大丈夫ですよ。素直じゃないだけですから」
リクへ顔を寄せて耳打ちしたかと思うと、ラピッドモンも0と1のエフェクトに包まれ、
姿を消してゆく。
ラピッドモンの言葉の意味は、直後に響いた着信音がリクに教えてくれた。
『マミミさんへのフレンド申請が承認されました』
昨日の敵は、今日の友。
いっそ陳腐なまでのことわざが、リクの心に浮かび、その表情を綻ばせるのだった。
麗火に連れられてアリーナの外へ出た瞬間、リクたちは一斉に取り囲まれた。
各種ニュースサイトの記者アバターやデジモンたちが待ち構えていたのだ。
「テイマーズポータルの者です、チャレンジャーマッチの大勝利について……」「お連れのワームモンが進化できないというのは本当でしょうか!」「デジモン通信でぜひ特集記事を組みたいのですが……!」「アーマー進化を使いこなす秘訣とは!?」「ご一緒におられる、爆熱院麗火さんの直弟子だそうですが……」
あることないことも交えながら、記者たちが押しかけてくる。
巨大なマイクやら録音用のデジヴァイスやらを向けられ、リクもワームモンも大混乱。
案の定、ワームモンが大きく体を逸らして威嚇を始める始末である。
「はいはい、皆様、通行のお邪魔ですわ! インタビューはマネージャーたるこのわたくし、爆熱院麗火を通してくださいまし!」
「いつからマネージャーになったんですか! というかこれって……」
「ロビー内での取材は禁止されておりますのよ。これもテイマーとしての社会経験ですわ。ガツンと受けてみなさい。本気でお嫌なら、ロビーに連れ戻して差し上げますから」
(マミミさん、これがあるからロビーでログアウトしたのか……!)
麗火が手慣れた様子で記者たちを入り口脇のスペースへ誘導してゆく。記者やデジモン、ついでに野次馬も後からぞろぞろ続き、まるでツアーガイドのような有様だ。
目立たず生きてきたリクにとって、インタビューなど生まれて初めてのこと。
助け舟を求めるように、リクが麗火へ視線を送る。
「んまっ、目線助かりますわ!」
「いやそうじゃなくって……」
「うふふ、冗談ですわ。大丈夫。求められているのは、あなたがたの個性です。思うままを言えば良いのです。あなたなら、礼も失さないでしょう。それに……」
つとめて穏やかに、けれど熱を帯びた声で、麗火が告げる。
「これは、勝者の特権ですわよ」
勝者の特権。その一言に、リクが襟を正す。
どのみち、遅かれ早かれ取材は来ていたのだろう。
ワームモンの初勝利がニュースを飾るならば、余計な悪印象は与えたくない。
……そのためにも、まずは威嚇し続ける肩のワームモンを手でなだめすかすことにした。
「はい、それでは先頭のモニタモンさんからおいでくださいまし! 一人一問ですわ!」
リクの覚悟が決まるや否や、それを看取した麗火が記者のモニタモンを呼び寄せる。
モニタモンが素早くリクへと接近し、小さなボイスレコーダーを向けてくる。
「試合の撮影やってましタ、デジデジ速報のモニタモンでス。ユーのサーチモンの必殺技で録画データがフッ飛んだでス」
「それは本当にすみません!!」
「ンフフ、謝罪のキモチはおコトバよリ、インタヴューへの回答でどうでス?」
「う……わ、わかりました……」
このモニタモン、なかなか抜け目がない。頭部のモニターがキラリと光った。
「ズバリ! チャレンジャーマッチに勝利した今の気分、ヒトコトでどうゾ!」
その質問に、リクが顎に手を当てて考え込む。
デジタルワールドを訪れてからほんの半年ほどで、沢山の経験をした。
麗火という、尊敬すべき友人ができた。
マミミやラピッドモンたちのような、ライバルができた。
そして何より、ワームモンという、かけがえのないパートナーと出会えた。
デジモンの世界を知り、愛したことで、己の人生に新しい道が拓けた。
新たな夢を見つけ、かつての夢と共に、それを追いかけ始めることができた。
夢を諦めた頃の姿を忘れ、いまや自分は、未来に期待しかしていない。
まだ見ぬデジモンやテイマーと出会うのが、楽しみで仕方ない。
それら全ての喜びを包括し、ひとことで表すとするならば……そう。
ようやく落ち着いたワームモンの頭に手を置き、リクが満面の笑みを浮かべた。
「――デジモンと出会えて、よかった!」
エピローグ
大噴水広場の噴水横で、ワレは大好物のデジタケをむさぼっている。
我がテイマー・リクが安らかな表情でペンを動かす横で、デジタケをかじる。
ワレらにとっての日常風景であり、今では〝ルーチン〟というやつになっている。
あのラピッドモンなるやたらめったら素早いヤツと、マミミなるやたらめったら我らをバカにしてきたテイマーとのバトルから、それなりの時間が流れた。
あれ以来、ワレらはアリーナでのバトル前には、この〝ルーチン〟を欠かさないのだ。
こういうのを〝ゲンカツギ〟と呼ぶのだ。ワレは賢いので、よく知っている。
さて、うまきデジタケも食べ終えた。リクめは、集中するとすぐ時間を忘れる。
こういうときは、ワレが肩に上って、耳元で鳴いてやることで……。
……リクの絵を見ると、コヤツ、よりによってスティングモンを描いているではないか!
バカタレめ、キサマ、ワレのようなワームモンから進化することで有名な、ちっとばかり強くて、それなりにカッコいいだけの、スティングモンなどという昆虫型デジモンを!
他ならともかく、昆虫型に目を奪われることだけは、ワレはアブソリュートに許さん!
リクめの頭部に齧りついてやると、ようやく自分の罪の深さに気がつき、ワレに向かい、ヘコヘコと頭を下げてくる。わかればいいのだ、まったく。
デジモンを愛するのは結構だが、ワレ以外に気を取られすぎるのはいかがなものか。
ワレ、パートナーであるぞ?
だがワレは寛大なので、何度でもコヤツを許そう。
肩から飛び降り、ひと鳴きして、リクを促す。アリーナへ行く時間だ。
「そうだね……行こうか、ワームモン」
リクの目を見て、ワレはうなずく。
今日は、あのレイカと、アリーナでバトルをすることになっているのだ。
ワレとリクは最強なので、ヴリトラモンになったレイカを何度もボコボコに……。
……いや、ギリギリで何度も勝ってきたのだが。
今のレイカは、あの頃よりさらにパワーアップしているらしい。
ウデが鳴る、とはこのことだ。
いや待て、ワレにウデはないから、脚か?
脚が鳴る、とはこのことだ。
面倒なアレコレの手続きを済ませ、ワレらはバトルフィールドへ転送される。
今日は夜の荒野でのバトルとなるようだ。
ボルケーモンとかいうデジモンの、やかましい声でワレらが紹介されている。
ワレらの試合は、よくライブ配信され、〝ドウセツ〟も多いらしい。
今や、ワレとリクはプラチナランカーである。
そしてレイカは、今はプロテイマーいうやつであるらしい。
あれからレイカも、ワレらと同じく、相当に強くなったということだ。
レイカは別のアリーナで戦うようになったので、試合をするのは久しぶりになる。
プロテイマーとハイランクテイマーの〝コウリュウセン〟らしい。
ワレとリクが作戦会議をしていると、リクのデジヴァイスから音が鳴る。
リクが操作をすると、デジスフィアの中にレイカの顔が映る画面が出てきた。
「リクさん、ワームモンさん、ゴキゲン爆うるわしゅう!」
「麗火さん、お久しぶりです。……っていっても、通話はよくしてましたけど」
レイカのいつもの挨拶に、ワレもパワフルな鳴き声を返してやるのである。
リク以外のニンゲンはあまり好かぬが、レイカのことはワレも認めんでもない。
ワレやリクのことをよく鍛えてくれたし、色々なことを教えてくれた。
何より、はじめて戦った時から、ワレらを甘く見ず全力。それが嬉しかった。
「僕らもようやく、ここまで来ることができましたよ……麗火さん」
「おっほっほ、胸に熱いものが込み上げてきますわね! あれからどれだけ強くなったか…わたくし、昂って仕方ありませんわ」
「はい。……勝利は、譲りませんから」
「燃えるじゃありませんの。わたくしの新たな進化、アルダモン……とくとご覧あそばせ」
画面の向こうで、レイカが拳を手のひらに打ち付けるのが見えた。
負けじと、ワレも吼える。ワレのガルルモンにも勝る咆哮に、ビビるがよい。
画面が切れ、ワレとリクは作戦会議を再開。
「……ねえ、ワームモン」
ふと膝をかがめて、リクがワレの頭の上に手を置いてきた。
ワレの腹を指でくすぐるのはメガ許せんが、ワレはコヤツの手そのものは好きだ。
おそるおそる確かめるように動く指の感触は、ワレにとっても、心地よい。
「君が、僕のパートナーでよかった。今日も、一緒に勝とうね」
コヤツめは、しょっちゅう改まって、こういうことを言ってくる。
いかにワレに感謝しているかだとか、いかにワレと出会えたのが嬉しいかだとか。
ワレと出会って、いかに救われたか、だとか。
こっ恥ずかしい我がパートナーに、ワレはただ力強く、鳴いて返す。
まったく、ワレのことが好きすぎる男よ。
その瞳の色とて、ワレの瞳に揃えて水色に変えたこと、知っているぞ。
……だがコヤツめはひとつ、大きな、とても大きな勘違いをしている。
違う。違うのだ、リクよ。
救われたのは、ワレの方なのだ。
ワレはとっくの昔に、諦めていた。
最初アリーナにオマエを連れていったのは、ただの腹いせ、八つ当たりでしかなかった。
病院の連中とオマエを、困らせてやろうと思っただけなのだ。
あのまま問題デジモンとして、追い出されてしまえばいいと考えていたのだ。
だのに、オマエはワレに向き合い続けてくれた。
本気で、ワレと共に強くなろうとしてくれた。
ワレの夢を、決して否定せずにいてくれた。
逃げるための言い訳を、ワレから奪い去ってしまった。
わかるか、リクよ。
ワレの自暴自棄に、オマエが意味を与えてくれたのだ。
常識を前にも臆さぬオマエの純真無垢な勇気が、ワレをまだ知らない力に気づかせた。
勝利のために知識を追い求め続けたオマエの努力を、ワレは誰より知っている。
友情だの愛情だのという想いも、オマエと過ごした今なら理解できる。
あの日のオマエの優しさが、ワレの闘う理由を変えたのだ。
オマエの生き様こそが、ワレの光であり、希望なのだ。
我がテイマー、リクよ。
この想いを、言葉でオマエに伝える術はない。
ならばオマエに報いる誠実さは、共に掴む勝利のほかにあるまい。
試合開始の合図が迫り、デジスフィアがひび割れる。
前だけを見るオマエと同じように、ワレもまた、前を向く。
この先どんな試練が待ち受けていようが、オマエとなら、きっと乗り越えられる。
だからワレは、オマエのために、強くなり続けよう。
「デジメンタル、装着(セット)!」
奇跡のようなこの出会いが、我らを輝かしい運命へ導くと信じて。
(終)
【本作ができるまで】
Yahoo!知恵袋伝説の珍回答「そんなのいないよ~ww」でお話を一本書きたいな、と思い至る
↓
がんばって広げる
↓
これになる
【おまけ:各キャラかんたん設定資料】
※ジャガモニウス三世がSD頭身以外でキャラデザができないだけなので、これらの資料は本編中のキャラクターがSD頭身であることを意味しません。
▼リク
アーマー進化でアリーナに挑む新人テイマー。
マミミとの対戦動画が大バズりし、後に特集を組まれて戦々恐々とすることになる。
好戦的なワームモンと大人しいリクで凸凹パートナー関係を築き上げている……
……と思われがちだが、リクもワームモンを馬鹿にされると即座にキレ散らかす狂犬であり、わりと似た者パートナーである。
現実世界での名前は碧海 凛空(あおみ りく)。
デジタルワールドユーザーには珍しく、振る舞いも外見もアバターと大きな差異がない。
▼マミミ
【リトルクイーン】の称号で着々をその名を上げる天才テイマー。
リクとの対戦後、暴言吐きはナリを潜めるようになったらしい。
挑発的な言動と裏腹に、戦闘スタイルは非常に堅実、かつ柔軟。
ラピッドモンがランナモンだった頃は、アバターも髪色から服まで大きく異なっていた。
現実世界での名前は嬉野 麻美(うれしの あさみ)。
高身長で控えめな性格の少女であり、自分を変えるためにデジモンテイマーとなった。
▼爆熱院麗火
火のスピリットによって自ら拳を振るう、スピリット使いのテイマー。
その実力と強烈なキャラクター性から、デジタルワールドにおいても有名人。
ロールプレイを徹底しており、現実世界の顔は一切不明。
稀に行う世代バレ発言もやや露骨なので、それすらもロールプレイの一環では? と噂される。
もっとも、誰もがアバターで好きな姿になれるこの時代において、現実世界での姿を「本当の姿」と定義するのも、無粋なことなのかもしれない。