酒場でエンジェウーモンがテイマー自慢する話です。
◇
あらこんにちは。対戦終わりの1杯ですか?
さっきは対戦ありがとうございました。
素晴らしい戦いぶりでしたね。
……あら、すみませんさっきとは見た目が違うから。
先程1戦交えさせていただきましたものです、今はエンジェウーモンの姿ですが。
うふふ、びっくりしました?私結構あの姿好きなんですよ。身体が、こう、ぐいーん!って伸びる感じがしまして……。
なんでこんなところに?……ウフフ、明日お休みなんで私もちょっと1杯。あ、何かご注文されますか?よかったら御付き合いしてください。……ちょっと私のテイマーのお話をしたくて。ウフフ。テイマー自慢ってやつです。
私のテイマーのお嬢さまは、医者一家の末っ子で、周りは医者ばかりですから、本人も医者になるために日々研鑽を重ねている大変な努力家なんですよ。
私はお嬢さまのお世話係で付き従っているのですが、真面目で頭の良い方ですから、手のかかることなどあまりありません。
多少、四角四面なのがたまにキズなのですが……。
ある時、庭に小さな黒アグモンが迷い込みましてね。
喧嘩っ早い子でしたもので、傷だらけで、おなかをすかせて今にも倒れそうだったんです。
当時私やエンジェモンのような人型のデジモンとしか触れ合ったことの無いお嬢さまでしたが、放っておけなくてその子を手当して介抱してあげたんです。
……優しいでしょう?うちのお嬢さま。
「おばさんやお父さんたちがそうしているから」、と言ってね……涙が出そうです。
で、その子、お嬢さまの手当のおかげですっかり元気になって。でも野良デジモンでしたし、一旦は外に放たれたんですがね。
翌日庭の木の影に隠れてこちらを見てたんです。それから毎日……
お嬢さまに懐いたんですよね、花とか木の実とかをお土産に、お嬢さまに会いに来てたんですよ。
お嬢さまも、それを喜んでいたんですが……。
お嬢さま、悩まれていたんですよ。
仲良くなったデジモンですし、あの当時お嬢さまもパートナーデジモンはいませんでした。私も、パートナーにしたらいいじゃないですか、と申し上げたんですよ。
でも、お嬢さまは首を縦に降らなくて。
「お父さんお母さん、兄さんやおばさんのパートナーデジモン、みんなワクチン種でしょ?黒ちゃんはウイルス種だから……」
……あの当時、医療関係デジモンというと、ワクチン種が主でしたでしょ?
特にそう言う決まりはないんですが、医療器具の不具合にすぐ対応できるように、とか、ワクチン種という験担ぎとかもありますね。
私もですが、お嬢さまの周りにはエンジェモンやマリンエンジェモン、ウェヌスモン……ワクチン種しかいなかったですから。
「お医者さんになるのに、ウイルス種のデジモンがパートナーになったら、お父さんとお母さんきっとがっかりしちゃうから……」
私は「そんなことは無いですよ」と申し上げたんですが……。その環境の中生きてきたこととは異なることを受け止めるのは、その時できなかったんだと思います。
仲良くなった黒アグモンを受け入れたいのに受け入れられない、お嬢さまは狭間で揺れていました。
そんな状況が長く続く中、お嬢さまが進級した際にことが起こりまして。
クラスに、テイマーが数人いらっしゃったんです。
いや、まあテイマーというか、パートナーデジモンを連れたクラスメイトさんというのは今まで何人かいらっしゃったんですが、今回は違いまして。
本格的な「テイマーバトル」をするクラスメイトさんだったんです。
今まで会ってきた子達は大きくても成熟期を連れていたわけですが、今回は別格、ベルゼブモンを連れたクラスメイトさんでして。
……その頃、黒アグモンはお嬢さまの後を付かず離れずついていくヒヨコみたいな状況で、学校にもこっそりついてきていました。
で、ある日の放課後に、私がお迎えに行くと、お嬢さまとそのクラスメイトさんが取っ組み合いの喧嘩をしていたんですよ!
私びっくりしましたよ!大人しくて真面目なお嬢さまが!
お互い服や髪の毛を引っ張ったり、叩いたり……考えられませんでした。
情けない話ですが、私がびっくりして動けない間にクラスメイトさんのベルゼブモンが2人を離したものの、お嬢さまは泣き叫ぶわ相手のクラスメイトさんはお嬢さまを怒鳴りつけるわの大騒ぎ……。
先生まで駆けつけて、その後はお互いの親が出てきて、話し合いもしましたね……お互い謝り倒す話し合い……大変でした……。
最初は2人に理由を聞いてもお互い頑として口を閉ざしてて、お互いの家族も困惑しましたね。
私もお嬢さまが何であんなことをしたか、分からなかったんですが、ある日の夜に、庭にやってきた黒アグモンが私に声をかけたんです。
「あら、どうしたの?お嬢さまもうご就寝されてますから、明日」
「しおり、俺のせいであんなことしちゃったんだ」
「……どういうこと?」
「あのニンゲンな、しおりに『どうして黒アグモンをパートナーにしないの』って聞いたんだ。しおりが医者になる為にはワクチン種じゃないと、って言ったら『バカみたい、そんな理由で黒アグモンがかわいそう』って。……で、しおりが怒った」
『私だって!私だって黒ちゃんがパートナーが良い!でも私は医者になるためにそんな訳にはいかない!簡単にそう言うな!分かってる!なんも考えず好きに強いデジモンひけらかして!』
……で、取っ組み合いになったと。
お嬢さまの今までの葛藤が、そのクラスメイトさんの一言をトリガーに、ってわけで。
黒アグモンは、申し訳なさそうにしながらも、「でもおれ、うれしかった」ってはにかむもんですから、私も〜〜〜〜〜泣いちゃった……。
お嬢さまが黒アグモンのことをパートナーにしたい、とそう願っていたのが私も嬉しくて。
この事をお嬢さまのお父様に報告するか、悩みましたが、お嬢さまの中ではかなりデリケートな問題ですからね……。
しばらく、そのクラスメイトさんと席を離されて、口も聞かなかったみたいなんですが……。
ある日ついに……。
夕方私がお嬢さまをお迎えに行ったら、別のクラスメイトさんのデュークモンが焦りながら飛んできたんですよ!
また何かあったのかと急いで向かったら、グランドにフィールドが張られててまさか……!って……!
フィールド内には、例のクラスメイトさんとベルゼブモン、お嬢さまと黒アグモンがいたんです!!
デヴァイス機能使ってお嬢さまに連絡をとっても応答してくださらないし……!
どういうことか周りの生徒さんに聞き回ったら、どうやら黒アグモンがベルゼブモンにバトルを申し込んだらしくて……
あの子喧嘩っ早い子でしたからね、ベルゼブモンはレベルも違いすぎるから断ったみたいなんですが、黒アグモンは引かなかったみたいで。
野良デジモン相手のバトルでフィールドが展開され、それにお嬢さまが巻き込まれたと。
お父様になんて申しましょう、と頭抱えましたよあの時は。
フィールドに張り付き、私は事態を見守るしかできません。
黒アグモンは成長期。歴戦のテイマーであるクラスメイトさんと究極体のベルゼブモン、勝てるわけがありません。
連続で吐き出されるベビーフレイムも弾かれ、その場から動かない"ハンデ"を背負ったベルゼブモンの単発で放たれる弾丸に吹き飛ばされ。
勝てるわけないバトルでした。
『も、もう無理だよ!あなたはもう戦えない!無茶だよ!ベルゼブモン相手に!』
駆け寄るお嬢さまに、黒アグモンは首を振って1歩も引かず、ふんす、と鼻息荒く立ち上がります。
『おれのせいで、しおりきずついた。これはおれのおとしまえ!』
駆け出した黒アグモンの姿に、私は見ていられませんでしたが……。
『ああああああ!!!!!』
突然響いた叫び声に、周りが静まり返りました。……叫び声の主である、お嬢さまは立ち上がります。
丁寧に整えた黒髪を掻き毟って、編んだ三つ編みがぐしゃぐしゃになるまで……。
お嬢さまが声を荒らげるところは、今回2回目の遭遇でしたが、今回は違いました。
『なんで!なんでみんな勝手なんだよ!私こんなに悩んでるのに!どうしたらいいか分からないのに!何でみんなそう言い切れるの!?勝手ができるの!?もう!もうーっ!なら私だって好きにしてやる!吾妻さんのベルゼブモンが何よ!黒ちゃん!!!!』
スマホを力強く構えたお嬢さまに、黒アグモンは焦ることなく力強く首を縦に振って……
まるでもう分かっていたかのようでした。
『アグモン"進化"』
フィールドに溢れた進化の光。
私もう涙で前が見えませんでしたよ……!
いや防具してるからそうなんですがね、うふふ。
青グレイモンが力強く大地を踏み締め、攻撃を弾かれ吹き飛ばされたら、次は青メタルグレイモンが爪を地面に突き立てて体勢を整えて『ギガデストロイヤー』を放ち……
『黒ちゃァ──────────────────んッ!!!!!行け─────────────────────ッ!!!!!!!』
『メタルグレイモン、"進化"ァアアアッ!!!!!』
お嬢さまとメタルグレイモンの咆哮が響き、ベルゼブモンが1歩を踏み出した瞬間……
銃と鋭い爪がぶつかり合って、火花が散りました。
『"ブラックウォーグレイモン"!』
力強い名乗り。
立ち上った砂煙の中からその姿をあらわしたブラックウォーグレイモンに、ベルゼブモンは青い目を細めて笑ったんですよ。
『ねっ、ねっ!ようやくさっ!一緒にバトルできるねっ!』
『……ああ、負けない』
……それから、凄まじい戦いでした。
ベルゼブモンからの重たい拳の一撃をドラモンキラーの装甲で受けて、そのまま押し返した勢いで『ブラックトルネード』で追撃して……
『ガイアフォース』を小出しして、銃弾を弾きながら距離を詰めて、ゼロ距離『ガイアフォース』!!
お嬢さまの指示も的確で、歴戦のクラスメイトさんに引けを取らない采配!
痺れました……!荒々しいドラゴンの力を、ブラックウォーグレイモンとお嬢さまはものにしていたんです!
『『おおおおおお!!!!!!!』』
ベルゼブモンとブラックウォーグレイモンの叫びが響くと同時。空間に甲高い音が鳴って、戦いは終わりました。
弾かれた銃と、折れたドラモンキラーの爪。
引き分けでした。
フィールドが解除され、静まり返ったグランドの空気の中、お互い肩で呼吸をするベルゼブモンとブラックウォーグレイモン。
『黒ちゃん』
駆け寄ったお嬢さまに、ブラックウォーグレイモンはそっとしゃがんでドラモンキラーを外した腕でぎこちなく抱きしめます。
今までは抱きしめられる側だったのに……あっティッシュありがとうございます……
『黒ちゃん、私の大切なパートナー。今までごめんね。やっぱり黒ちゃんがパートナーじゃなきゃ』
『しおり、ウイルス種でも俺をパートナーに選んでくれてありがとう』
固く抱き合うふたりに、私もう立ち上がれないくらい泣いちゃったんですけど、ブラックウォーグレイモンがわざわざ私も抱きしめに来てくれて……もう……もう!
この後、お嬢さまとクラスメイトさんは仲直りして、今では実力を競い合う良きライバルとして良い関係を築いてますのよ。
まあ流石にグランドでテイマーバトルしたから学校と親御さんからキツくお叱りはうけましたが……。
それからは、お嬢さまはテイマーバトルにも力を入れ始めて、そこから関係してデジモン運動学やスポーツ医療についても叔母様に当たるデジモン専門医から教えを乞いながら医者への道を学んでいらっしゃるんです。
意外にお父様からは賛成意見を貰ったらしく、ブラックウォーグレイモンがパートナーでも、娘の大切なパートナーだから……と仰られていました。
……で、私もテイマーバトルに燃えちゃいまして!
本当はオファニモンに進化できる因子はあったんですが、ブラックウォーグレイモンみたいに強くてカッコイイドラゴンに憧れまして!……今に至りますの。ホーリードラモン!
……うふふ、話が長くなっちゃいましたね。
私のお嬢さまは本当に良いテイマーですので……
ああ、いい気分です、お酒も進んじゃいましたよ。
そろそろこれくらいにしとかなきゃ。
また、テイマーバトルでお会いすることがありましたらよろしくお願いしますね。
次はもっと強くなってますから!
覚悟してくださいね?なんて、うふふ。
◇
「さけくさいぞ」
「うふふぅ、あなたとおじょうさまのじまんしてたらおさけいっぱいのんじゃいましたあ」
ソファにとろけたエンジェウーモンに、黒アグモンはやれやれとばかりにため息をつく。
「おみずのんで、しっかり」
「ありがとうございまぁす」
グラスを渡され、水を飲みながらエンジェウーモンはふにゃふにゃと柔らかく笑う。
「くろちゃん、これからもおじょうさまをよろしくねえ」
「あたりまえだ。しおりはおれのパートナーだからな」
ふす、と荒い鼻息。
照れた時の黒アグモンの癖だ。
水の冷たさと酩酊の心地良さ、温かな心持ちに身を委ねながら、エンジェウーモンは一旦スリープ状態になることにした。
◇
エンジェウーモン
酒飲み。医者一家の母の手持ちデジモンかつ看護師デジモンだったが、テイマーバトルに魅了され進路を変えてホーリードラモンになった。身体が伸びて気持ちいい。
お嬢さま
本名:光藤しおり。医者一家の末娘。生真面目な性格の委員長系。普段は落ち着きがあるしっかり者だが、感情が昂ると荒々しくなりがち。ドラモンパにこだわりがある。
ベルゼブモンを連れたクラスメイト・吾妻アコとは良きライバルだが性格もソリも壊滅的に合わないので喧嘩しがち。
黒アグモン(ブラックウォーグレイモン)
通称:黒ちゃん。元野良デジモン。
毎日コツコツ色んなデジモンに喧嘩を売り経験値をちりつもしていたので、パートナーを得て直ぐに進化できた。
しおりのクラスメイト・吾妻アコのベルゼブモン(ベルちゃん)とは仲良しだが、クラスメイトとしおりが喧嘩しがちなのでふたりで気まずくなりながら喧嘩止めがち。