
廃ビルの中でトグロを巻く、下半身が蛇になるとトグロを巻く体勢がどれだけ落ち着くかがよくわかる様になった。
きっと尾池に伝えたら喜ぶだろうと幽谷は思い、自嘲気味にどう伝えればいいんだと笑った。
この身体になって、少し落ち着くと幽谷はこの県が異常なことがわかる様になった。
デジモンの体の成長は断続的、Levelが上がる際に一度リセットが掛かる様なものだ。それによってか、そもそも人間の体にデジモンという異物が混じったからか、自分にかけられていた洗脳の影響が弱まった。幽谷はそう解釈した。
黒松や学校の人間が洗脳されているのだと幽谷は思っていた。それは間違いではないが、それだけではなかったのだ。
去年の三月と今年の三月、魔王が二回に分けてデジモン達を送り込んだのはわかっている。だけど、去年の三月と今年の三月では規模も違えば他にも多くが異なっている。
幽谷のいる廃ビルは、美容関係の専門学校が入っていたらしい。責任者がいなくなり、訳の分からない負担の増えた講師達も去り、生徒はどうしていいか分からず通えなくなった。
そんな場所だから、生徒が置いていったのか、それとも授業で使う資料だったのか、ファッション雑誌がかなりの数置いてあった。幽谷はそれを見て、違和感に気づいた。
その雑誌に載っている日本人の髪は基本的には黒や茶色、せいぜい赤か金銀ばかりなのである。時折そうでない髪色の人間もいるが、それはどちらかと言えば珍しく、幽谷はそうした赤系でない色素の混じった髪色を珍しいものだと当たり前のように捉えている自分に気づいた。とうの自分の髪がまさにその赤系でない青色なのに。
幸い、電気料金は口座引き落としになっているらしく、その建物は電気もパソコンも生きていた。
そうして調べていると、幽谷は境目に気づいた。急に日本人の髪色や目の色がカラフルになった日がある。その日も去年の三月中。魔王と関係がないとは考えられない。
幽谷はそれを見て考えた。これはもっと大規模な改造・洗脳実験だったのではないかと。
髪の色と目の色、パッと見て気づく部分に手を加えて且つそれを隠す洗脳を施す。それでも人々は気づいてしまうのかをここで試した。
だとすると何の為に行われたのか。何かが気づかれてしまわないか試す目的だったのではないか。
何をと考えれば、髪の色や目の色と同程度に気付きやすく、それでいて気づかれてしまったら騒ぎになるだろうぐらいには大規模な何かとそれを隠す洗脳が、だろうというとこまでは幽谷はわかった。
でも、そこからがわからない。これが、何かを起こしてしまったからそれに洗脳で蓋をしたことがバレないか検証したのか。それとも、後に大規模なことを起こして洗脳して蓋をしようとして起こしたことなのか。
ふと、幽谷は学校の洗脳の時期と、それが洗脳された当人でさえ自覚さえできれば破れる杜撰なものであったことを思い出した。
「もしも、あの洗脳が、もっとわかりやすい筈の事柄の隠蔽がうまくいったからこそ杜撰に行われたのだとしたら……いや、そもそも杜撰なのではなくて元来大規模なものに適用するものであるからこそ大雑把な形でしか洗脳、いや髪色を考えると事情を問わない改変か? とにかく、九月のそれもリリスモンやその勢力による介入ならば……」
ある突拍子もない仮説を思いつくと、幽谷はその場で叫び出したい気持ちに駆られた。
「確かめなくちゃ……」
そう呟くと、幽谷は夜を待ってそのビルを後にした。
「……君は、自分が異常である自覚はあるか?」
土神将軍にそう聞かれ、尾池は目を丸くした。
「え、なんの話?」
「君の話であり、君がデジモンと出会う頻度の話だ」
そう言って土神将軍は話し始めた。
「水虎将軍はロードナイトモンとその部下達から一年間隠れ通していた。しかし、君は偶然出会い、友好的な関係を結び、他の候補とも出会い、その時点で既にロードナイトモン側とも出会っている。加えて、水虎将軍のついていないイレギュラーな幽谷雅火や黒松細工とも出会っている。野沢ともなんだかんだと友好的で、知性がない個体以外とはほぼ友好関係を築いている」
これは異常ではないか、と言われたら尾池も異常な様には思う。
「でも、そもそもデジモンを探していた部長達がいて、そこで何かあって副部長がそのそばにいる様になって、私が後からそこに入って周りを調べてる形だから……」
「部の活動記録を確認した。幽谷雅火は自分の手元と部室と二冊のノートに部としての範囲のみだがデジモンに関わる活動の履歴を残している。そこを参照すると、ただ最初期に散布された卵からlevel4になる個体が出てきたから、だけでは説明がつかない」
「そんなこと言われても……」
「何かないのか? 例えば、家族が神職であり、なんらかの加護を受けているとか」
「サラリーマンだし……神様とか言われても」
土神将軍はまだ疑っている様だったが、尾池に本当に心当たりがないのもわかったらしい。
「……そういえば、私少し疑問に思っている事があるんだけど、聞いていい?」
「……まぁ、いいだろう」
「副部長達ってさ、元から人間の世界にいたわけでしょ? で、そこにロードナイトモンが来てる……みたい。この認識でいい?」
「そうだな、来ているみたいだ。というより間違いなく来ている。我々が先に開いたゲートを追跡して閉じる前に割り込んで乗り込んできたは確認している」
土神将軍はそう言いながらもまだ尾池のことをじとっと見ていた。
「そうなんだ。じゃあさ、なんでロードナイトモンの部下のおかわりは来ないの? 魔王側は一回目も二回目も結構大規模だし、広がりまくった卵を回収するのならそれこそ人海戦術がベタだと思うんだけど……」
「……ふむ、その理由ならば簡単だ。それどころではないからだ。リリスモンは別の事件にタイミングを合わせて今回の件を実行した」
土神将軍の返答に、尾池はぴくりと眉を動かした。
「嘘はついてないけどなんか隠してない? なんか。そう……ロードナイトモン以外の聖騎士が出てこない理由にはなるけど、ロードナイトモンには他に部下とかいないの?」
「……私の核が体内にあるからか察しがいいな。我々は自分達でも陽動の為に事件も起こしている。ロードナイトモンがこちらを、部下達は関連している事件と捉えてその関係ない別の事件を解決しに動いているのだろう」
その言葉に、尾池はじとっと土神将軍を睨みつけた。理屈は定まっていないのに尾池には変な確信があった。
「岩海苔将軍、嘘、吐いてるでしょ。関係ない別の事件ってところがなんか嘘っぽい……本当はここでのことに関連する何かなんじゃない?」
尾池がそう言うと、土神将軍は黙って片手を上げた。すると尾池の胸元からびゅっと緑色の核が飛び出して手の中に収まった。
「問答は終わりだ……デジモンと巡り合いやすい理屈が分からん内は手を加えすぎたくないから手を出さんと理解して大人しくしろ」
それに、日曜でもお前は餌やりに科学部に行かねばならんのだろう、早く準備しろと土神将軍はしっしっと手で払う様にした。
尾池はケチと言った後、ふと鏡が目に入った。見慣れた筈の自分の姿、緑色の髪にオレンジの目がなんだか本来の自分ではない様な違和感を覚えたが、土神将軍のせいだなと無視することにした。
放課後になって、尾池が二見に会いに旧校舎の化学準備室に向かうと、そこには二見の代わりに野沢がいた。
「野沢さん、なんでここにいるんですか?」
「るり先のところ泊まってるし、他に行くところないからさ、とりあえず今度はアルゴモン殺そうと思って」
あんた達ならなんか知ってるでしょと野沢が続けると物騒ですねと尾池は返し、それにお前も大概だぞと野沢は尾池のおでこをピンと弾いた。
「……野沢さん、アルゴモン殺した後はどうするんですか?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「……部長がいなくなって寂しかったので、野沢さんがいなくなっても寂しいんじゃないなと」
部長と過ごしたのはたった一ヶ月、時間の長さは関係ない様に尾池は思った。
「……メリーはいいの?」
「え?」
「あんた高一でしょ? 一ヶ月ぐらいしかいなかった部長にそれだけ入れ込んで、私でも寂しいと思うなら……例えば、あのメリーがいなくなったら寂しいとは思わないの?」
「え、と……多分寂しいとは思いますけど。野沢さんとそう変わらないですよ、会ってからの期間」
あんな仲良しこよしみたいだったのにと言われて、尾池ははいと当たり前の様に返した。
「……私ね、リリスモンは嫌いよ。大嫌い、元を辿るとあいつのせいで私の家族も友達も死んでるんだもの」
「はい」
「だけど、アルゴモンを殺した後、リリスモンのところに行くのも全く考えてないわけじゃないの」
「そうなんですか?」
尾池は驚いてそう聞き返した。
「るり先はいい人だけど先生だし、私の繋がりはやっぱりアイズモンぐらい。でも、駅でアルゴモンを切ったやつから逃げ切るなら、リリスモンを頼るしかないと思っている」
それに、洗脳もちゃんとした設備がないと完全には解けないみたいだしと野沢は言った。
「副部長はそんな何でもかんでもって人じゃないと思いますけど……」
「じゃあ、デジモンがこっちで生活するのを見過ごしてくれる人なの?」
「それは……」
どうなんだろうと尾池は思う。硯石の姉、示剣のことを思えば、デジモンの存在ぐらいは許されそうにも思うが、デジモンの混じった人間は許されてもデジモンそのものはどう捉えられるか。
「七美も、このままだとお別れかもしれないわ。殺されないけど向こうの世界に強制送還。そんなとこが妥当なラインじゃない?」
確かにそれが妥当だろう。部での駆除だって、本来の生態系に戻せるなら、戻していい状態ならその方がいい。戻す場所も知らずわからず戻せる手段もないだったからこうだった訳で。
「リリスモンの思惑通りだと思うと正直癪だけど……家族亡くして孤独になって唯一の繋がりはデジモンとなると、結局リリスモンの側につく方が良さそうなのよ。私も、メリーももしかしたらそうかもしれないし、他の候補達もなんらかの形で孤独なんだと思う。気を許せる家族や友人恋人がいたら……得体の知れない魔王の家族になろうとは普通思わない。少なくとも人間関係を期待してはならない」
で、と言って野沢は尾池を指さした。
「今は良くても将来的にはあなた達、特にあなたは、魔王にとっても聖騎士側にとっても多分厄介者になるわよ」
「え?」
指差されて尾池は思わずそんな声を漏らした。
「メリーはあなたをめちゃくちゃ気に入ってるし、他にもデジモンを所持している人間達をなぁなぁで繋いでる。デジモンを拾った時点で魔王の家族候補とも取れるけど……なる気がないって言ってもいる」
「……えと、つまり、魔王側は私がここにいることでメリーさんがリリスモンのところに行くのをやめたりするかもしれないと思うし、聖騎士側としてはデジモンは回収していきたいけど私中心に組織だって抵抗されると思うかも、みたいな?」
まぁわかんないけどねと野沢は言いながらアイズモンの頭らしい部分を撫でた。
「……とにかく、身の振り方は考えた方がいいわよ、ほんと。どっちつかずの第三勢力ではその内いられなくなってくる」
「それで、野沢さんは魔王につくんですか?」
「考えてはいる。けど、実際どうするかはわかんないかな。多分私の体内に水の精霊は仕掛けられて監視されてるから、魔王に敵対の選択肢はないんだけどさ」
そう言いながら野沢はここにいるのよと自分の腹に親指をブスブスと刺した。
「野沢さん……話変わりますけど、とりあえずスピリット返してください」
「……急に変わったわね」
「なんか、あんま面白い話でもなかったので……」
「面白くないからでキャンセルしないでよ。もう少しなんかあるでしょ、まともな理由」
「で、スピリット……」
またそう言う尾池に、野沢ははぁとため息を吐いた。
「……デジメンタルは返したじゃない。というかもう一個はあんた持っていったままだし」
「でも……多分体に悪いですよ」
「だとしてよ、これないと戦力不足なんだけど。アイちゃんも小ちゃいし」
「でも、ミキサーとかなら出せるでしょ?」
「出せるけど……アイちゃんって基本的に再現したものの形と重さと速さで殴るしかないし、そもそも見つけるのもスピリットないと手間なのよ」
車とか電車とか戦闘機に大型重機、今は出せない切り札達よと言った。
「……スピリットあると見つけるの楽になるんですか?」
「なるわよ? 感覚も鋭敏になるし……風のスピリットだもの。使っている時は風が色々教えてくれる」
「風が? なんかファンシーですね」
ファンシーじゃないわよと野沢は言って話し出した。
「そなんて言えばいいのか……ものに意思があるのか、ものに存在してる知性を私がわかる形で受け取るから意思のように感じるのかわからないけど、風のスピリットを使っている時、私はそれを風を通じて感じることができる。風と話し合うことで、デジモンとしての能力も高くなるし、鋭敏になった感覚でも届かない範囲で何が起きているのかを風が教えてくれる」
「……じゃあ、野沢さんがスピリットを使えば、アルゴモンの場所も風に教えてもらえるんです?」
「ある程度近ければ……そうね。やってみないとわかんないけど、三日以内に十キロ圏内ぐらいにいたならば多分わかる。風だからずっと留まってないのよね……」
ちょっと遠くを見る様な顔をする野沢に
「なら、そっちは返してもらって、もう一個の方使うのはどうですか?」
「それは先輩にあげちゃったんでしょ?」
「そうですけど……副部長もアルゴモンは追ってるはずですから」
そう言うと、尾池はメリーに野沢を聖騎士側の人間に会わせていいかとメッセージを送った。
するとすぐに電話がかかってきた。
『もしもし? 礼奈ちゃん?」
「メリーさん? メッセージ見てくれました?」
『見たけど……どういうこと?』
「まだ潜伏しているっぽいアルゴモンを倒そうと思ってて。それで、そっちの人を頼ろうかなって……」
『そっか……私が万全だったら手伝ったんだけど……』
「まだ調整中ですか?」
『ううん、調整は終わってるの……でも、今日は母の日だから、去年急に失踪した両親を思い出して、冷静じゃいられなくて……デジモンは感情に伴って産まれるエネルギーに影響されるから、情緒がぐちゃぐちゃだと私自身のデジモンの部分もうまく制御できなくなるの』
「……去年失踪したんですか?」
『そう、去年の三月、将くんに会う一週間ぐらい前だったかな。うちの両親は元々同じ会社の同僚だったから……会社の後輩の結婚式に二人揃って隣県に行ったの……そして、帰ってこなかった』
尾池は黙っていた、何かおかしいんじゃないかという気がしたのだ。
『他にも結婚式に行った会社の人みんないなくなって……訳が分からなかった。会社に置いてかれたらしい血走った目の人がうちに来て、お父さんとお母さんが来たら連絡をって名刺置いていったりもした。電話をかけてもメッセージを送ってもメールを送っても……全く返事がなかった』
余計なこと喋ってごめんねとメリーは尾池に謝ったが、尾池はむしろもっと話を聞きたかった。もっと話を聞けば何かがわかる気がした、でも、それで何がわかるのかは尾池にもわからなくて、何を知りたいかわからないから何を聞けばいいのかわからなかった。
結局辛い思い出を深掘りすることもできず、尾池はそのままメリーとの通話を終えた。
ひゃっほう! ブログに時系列まとめまで作ってくれてる! こーいうの大好き! というわけで夏P(ナッピー)です。
ちょっと離れてる間に一気に二話も進んでいたッ! 前回感想書いた時にはまた素敵な噛ませが登場したもんだなぁと思っていましたが野沢さん寝返ったと見せかけ表返ってドウモンに突然ミキサー地獄突き噛ますお役立ちキャラじゃないですか。尾池クンに親しくされて困惑する様とか逆に遅れてきた主人公のようだった。副部長と並んでライノカブテリモンと対峙するところか主人公とヒロインみたいじゃないか!
隙間女⇒赤い部屋のコンボは燃える。アルゴモンすぐ倒されるかと思えばめっちゃ粘ってくれたような……いや最後は副部長の手で惨死だから目立ってたとはいえ幸せだったかはわからないけど。シャイングレイモン!? ま、マジか……土にダブスピ無いのでどうすんだと思ってたらこんなことに。というか、割とサクッと姉弟でデジタルワールド関わってたこと明かしてくれましたね。名実ともに前作主人公だったんだ……。
旅立っていった部長がどうなったのかを考えつつ、次回もお待ちしております。