
「尾池、話がある。放課後付き合ってくれ」
きさらぎ駅の調査の翌朝、理科室に現れた硯石は尾池にそう言って、さっさと教室へと行ってしまった。
尾池は、あっさりと去っていく背中を見て少しもやもやとしていた。
昨日のことを思うと、尾池も少しばかり思うところがある。知識欲は大いに満たされ掻き立てられ、満足した部分もあるはずなのに、総じてしまうと楽しい思い出とはとても言えなかった。それは幽谷の身体について考える余裕がなかったから等では当然ない。
一度は信用できないからと自分から離れることも検討してたのに。
「……黒松さん、私どうしましょう」
「雅火が家にも帰ってないって時に私にそんな考える余裕あると思う?」
早起きして部室に来る余裕はあるのにと尾池が言うと、黒松は尾池の頬を摘んで引っ張った。
「先に尾池ちゃんがデジメンタルの話教えてくれてたらすれ違わずに済んだかもしれないのにー……という気持ちが半分、昨日まで雅火の右目のことに注意がいかなかった自分の反省が半分」
まぁそれは置いといて、と黒松は尾池の頬から手を離した。
「魔王の目的がわかったことで、多少の推測は立つようになった訳よね。でも、それは魔王の配下側の見方でしかないし、人間を利用するつもりならカモフラージュかもしれない。雅火のことを考えると……できるならそこら辺の話が信用に値する話なのか聞いて欲しいわね。向こうが一方的に話を聞くだけのつもりで情報を出す気がないなら……昨日回収した人形の出番かもね」
「暗黒のデジメンタルは?」
尾池は鞄の底に眠るトロフィーの様なものを思い出しながら黒松にそう聞いた。
「やめときなさい。話を聞いた感じだと、硯石君を頼ることもできる尾池ちゃんの場合はそれを使う事と魔王側の仲間になることはイコールで繋がらないけど、そもそもそれを渡した時点で、一定の信頼を向こうは尾池ちゃんに向けている。役にこそ立たないけど、それを持っていることはある種の信頼の証として機能してる。それを硯石くん達に渡したら尾池ちゃんはどちらとも言えない第三者から魔王の敵になったと見られるかもしれない」
なるほど、と尾池は頷いた。いつもの語尾忘れてますよと一瞬言いそうにもなったが、正直ちょっと鬱陶しい語尾だったし、やっぱり余裕がないのもわかったから、言わなかった。
「同じ理由で、魔王側の目的も直接言うのはやめときなさい。私と雅火に言ってるから……あとは車を出してもらう為に説明しないといけない先生ぐらい? あくまでその時点で魔王と敵対してる訳ではない相手にだけ話す、じゃないと信頼を裏切ったと思われるかも」
黒松が指を折って行くのを見ながら、尾池はとりあえずまた頷いた。
「という感じで硯石くんに対しての対応は、魔王側の目的は言えないけども、それを推測するのには使える筈だということで人形を渡す。それならまだ、ある程度どうにかなると思うし」
確かにと頷いて、そのあと、尾池はふと昨日のことで少し気にかかっていることがあったのを思い出した。
「あ、そうだ黒松さん」
「なに?」
「部長から副部長がいたことは聞いたんですけれど、いたのって副部長と聖剣さん、だけでしたか?」
「……そう、ね。だけだったわ」
それがどうしたのと質問の意図を汲みきれない黒松に、やっぱりと尾池は返答せずにただ頷いた。
硯石とおちあったのは、駅前のカラオケボックスだった。
「尾池、魔王の目的や計画、どれぐらい把握している?」
それが硯石の第一声だった。
「えと、そのものは言えないです」
「……なぜ」
「その、メリーさん達の信頼を? 裏切る、らしいので……」
黒松さんの入れ知恵かと言ってため息を吐いて、硯石は尾池が指に巻いた包帯を見た。
「……尾池、お前も黒松さんも他人を信じるにも程々にしておけよ」
硯石はそう言って立ち上がると、尾池を壁に追い詰める様に立ち、不意に尾池のカバンに手を入れるとお守りのついたスマホを取り上げた。
「……やろうと思えば、力尽くでも話は聞ける。お前が首を突っ込んでるのはそういう場所なんだ。次は爪の一枚じゃ済まないかもしれない。専門家に任せて、尾池や黒松さんは引くべきだ」
そう言った硯石の顔は、尾池が知っている中では一番辛そうだった。
尾池が硯石に取られたスマホに手を伸ばすと、硯石はひどく悩ましそうな顔をしながら尾池の腕を掴み、ぐいと持ち上げた。
「俺は……本気で言っているんだ尾池。それとも、刃物でも突きつけた方がいいか? 脅されて仕方がなかった。そう言えば……多少はマシだろ」
尾池は自分の表情がわからなかったが、多分危機感のない顔をしていたのだろう。その言葉に、尾池はどう返していいかわからなかった。
七美もそんな尾池の気持ちを察してなのか困惑しているのか、動けずにいた。
「ふふっ……あはははははッ!」
そんな声が聞こえたのは、尾池のカバンの中からだった。
尾池が驚いて目を丸くしていると、カバンの中からずるりと一体のデジモンが現れてみるみるうちに膨らんでカラオケボックスの天井に届かんばかりの背丈になった。
「薔薇騎士の秘蔵っ子は真面目だな。真面目が過ぎると言うべきか……言葉と表情があまりにかけ離れているではないか」
そのデジモンは、顔を鋼のバイザーで覆い、黒く海藻の様な髪をなびかせるだけならまだ人間味があったが、胴や脚は異様に細く長く、その腕は長く幅広で爪がある一方で紙のように薄い。非常に奇妙なデジモンだった。
「土神将軍か……」
硯石はそう呟くと自身の鞄からずるりと明らかに鞄には入らないサイズのトゲ付きハンマーを取り出した。
「いかにも、とはいえ戦闘の意思は無いのでまずは落ち着きたまえ。私は、自身の宿主のピンチにいても立ってもいられず出てきただけ。間違っても笑いがこらえきれなかったのではないぞ」
「なんだと?」
「え、知らない……」
硯石の視線が向けられて、尾池は困惑の言葉を発した。
「ふふ、教えてないからな。カバンの中にデジモンにまつわる物品を入れすぎて、私が小さくなって忍んでいても誰も気にも留めなかった」
というかカバンの中ぐちゃぐちゃだぞ。なんて軽口を叩き、土神将軍が指をパチンと鳴らすと、硯石が掴んだままの尾池の手に緑色の透き通る球体が肉をかき分けて現れた。
不思議と尾池の身体に痛みや違和感はなかった。
「さぁて、そういう訳だから、脅す脅さないなんて物騒な話はやめにしようじゃないか。情報が欲しいなら私が答えよう、私は君の止めたいリリスモンの配下、その当人なのだから」
尤も答えられる範囲ではあるがねと付け加えて土神将軍は笑った。
「……どういうつもりだ?」
「私は計画の進行をする立場ではないからな。計画が頓挫しないに越したことはないが、私の役目は主に事態の健全化だ」
「健全化だと?」
「そうとも、信じられないかもしれんが……我々としてもイレギュラーだらけでな。予想以上に問題が大きくなっているし、危険なことになっている」
「……それで俺達を使おうと?」
「使うというのは違うな、協力しようと言っているのだよ」
土神将軍はそう言って胡散臭い笑みを浮かべた。
「そもそもがお前達の勝手でこうなっている事が、わかっているのか……?」
「ははは、勝手と来たか……聖騎士達は世界の危機とあらば消耗品感覚で人間を呼び寄せるというのに、我々はゲートを開くだけで剣や銃弾が飛んでくる。私達の勝手がこの世界で問題を起こす一因に、行き来が容易でなく事前実験を満足にできなかった事かあるのをお前は理解しているのか? なんて言いたくなってしまうな」
そう言って土神将軍は愉快そうに笑った。しかし、尾池は軽そうに見えて本気で言っているのがなんとなくわかった。
「……まぁ、そもそも論を持ち出すのはやめようじゃないか。魔王リリスモンは確かに暴虐を成した魔王ではある。しかし、魔王リリスモンが暴虐を成す魔王となったのはその肉体を悪魔デジモンと入れ替えられた際の聖騎士達の対応にある。とはいえ、悪魔デジモン達の歴史を思えば……と、どこまでも行くだけで、最早当事者とは関係なくなってしまうからな」
「……そうだな」
硯石は少し釈然としない顔ではあったがそう同意した。
「さて、ではこちらのスタンスの話だが……まず最初に、リリスモンはこの世界を脅かしたい理由はない。という話をしておこう」
「え、こんなにデジモンばら撒いてるのに?」
「そうだとも。デジモンは人為的な介入さえなければ基本的にはlevel3にいたるまでに三年から五年はかかる。この計画は最短一年、長くて三年、人と結びついたとしてもlevel3ならば大した騒ぎにはならないと踏んでいた」
これがさっき言った事前検証しなかったことによるイレギュラーの一つ、と土神将軍は言った。
「……この世界の環境か」
「そういうことだ。人間が幾ら多いとはいえ、人間の感情に伴って生じるエネルギーが作用するには指向性と変換器が必要。故に問題はないと見ていたが……噂や都市伝説の様に人の感情の対象にされる、そのほんの少しの指向性とこの世界で再定義された肉体の在り方によって、変換器を使わずとも生育に影響が出るだけの作用が生じたのだ」
「え、でも撹乱目的に大量に連れてきたって聞いたけど……」
「それは嘘ではない。聖騎士達の使っているレーダーは、世界を超える反応の数を捉えるもの。卵の状態でも実行役の水虎将軍の場所の撹乱にはなる。追ってきた聖騎士やその部下の足止め役は、知性を奪った水虎将軍も同時に送り込むことで十分な筈だったし、現状を見ると十分ではあった様だ。最初に追跡できない様時間を稼げれば……水虎将軍は追えない様潜伏できる。その後の調査まで妨害できたのは我々にとって都合がいい点であり、しかしその妨害の内容は都合が悪い」
確かに話に矛盾はない様に尾池には思えた。
「リリスモンはこの世界を脅かす意図はなく、その点はそちらと共通すると見ている。如何かな?」
「……そうだな。確かにその通りではある」
硯石は一応頷いた。
「故に私から、そちらに対処を依頼したい危険がある。そちらとしては、こちらの目的や狙いを推定するのに役立つであろうし、私としては私のみでは最早手に負えない事態であるのだから解決して欲しい。ということだ」
「内容による、必ず快諾できるわけではないが構わないな」
「もちろんだ。それでいい……私の依頼は、幽谷雅火についてだ。彼女の半身がデジモンに侵された状態にあることは知っているか?」
硯石は、思わず尾池の手を掴んでいた手を離した。
「どういうことだ」
「デジメンタルだ。我々はデジメンタルを使うと人間の肉体がデジモンへと変化していく様に改造した」
「なんだって……?」
ハンマーを少し浮かせかけた硯石に落ち着きたまえよと土神将軍は語りかけた。
「本来ならば、それは無理がない領分で進むものであり、水虎将軍の介入込みで短くて一年前後で完了する見込みで進めるものだった。もちろん同意もありでの話だ。だが、幽谷雅火は我々の監視下にない状態で二個同時に使った事で過剰反応が起きている。我々の想定していた段階も一段階は飛ばして反応している状態にあると推定される他、身体の負担もある上いつ暴走してもおかしくない状態にある」
「なんてことを……」
「私の推定では、その状態からの解決策は大雑把に三つ」
土神将軍はぺらぺらの指を三本立てた。
「一つ目は幽谷雅火を痛めつけてデジモンの部分が退化される状態まで追い込み、人間の部分が優勢な状態に戻すこと。ただし、人間の部分に負荷を与え過ぎると当然命に関わるし、人間の部分が回復するまでは完全に取り除くことも負担が大き過ぎてできない」
そう言って指を一本折った。
「二つ目は幽谷雅火にlevel6まで進化してもらうこと。デジモンの部分と人間の部分が拒否反応を起こす様な状態だから暴走する訳で、デジモンの中に人間の部分が混じっている程デジモン優勢の状態になれば安定すると考えられる。しかし、人間にはもう戻れなくなる」
さらに指を一本折った。
「三つ目は私や水虎将軍の手で調整を行うこと。けれど、これは抵抗される様な状態では当然できないし、あくまで暴走の危険を排除するに留まる」
そして最後の指を折った。
「……なるほど、俺達にさせたいのは一つ目か」
「その通り、聖剣は斬りたいものを斬れると聞いている、多少は残さないと退化という形で済まず、デジモンの細胞が入っていた部分がそのままで傷となってしまうし、下手をすると死ぬが……ロードナイトモンの技量なら必要な分だけを切除できる筈だ」
「ロードはこちらに来ていない」
硯石は即座にそう言った。用意していた回答だったのは尾池にもすぐわかった。
「私は後発組だ、お前達の動向もある程度デジタルワールドから確認してからやってきている。とはいえ、お前の裁量ではいることを明かすことさえできないというのは理解を示そう」
「……嫌なやつだな、お前」
「ふふふ、お前が真面目過ぎるのさ」
そんな二人の会話に、尾池はなんか置いて行かれているなと思いながら七美を見た。七美もなんか置いて行かれているなという顔で尾池を見た。
「……お前達の目的を明かす気は?」
「それはないが、我々と目的を別にした裏切り者の情報なら喜んでくれてやろう。お前達の立場だとこれも見過ごせない筈であるし、我々としてもそうだからな」
「裏切り者……アルゴモン達か」
「そうだ。リリスモン様はやつと、あの場で結界を張っていたドウモンにそれぞれあるアイテムを支給した。その内の一組は回収されたが……アルゴモンが持っていた方は回収されていない。加えて、アルゴモンは卵からも産まれるが植物のデジモン、自身で分裂し増えている可能性がある」
「なるほど、そういうことか」
「何かに得心がいった様子だな?」
「俺と戦ったアルゴモンはドウモンの結界の中にいた。しかし、明らかに場所や条件がアルゴモン向きではなかった。アレは、お前達からも身を潜めていたからか」
「おそらくはそうだ。そして、奴等は互いに裏切り者同士、いずれ自分も裏切られるかもしれないしそれなら先に裏切ろうと考えていたのだろう。アルゴモンは本体を囮にして分体にアイテムを、雷のスピリットを持たせて力を蓄えさせている。と考えられる」
「……スピリットを?」
硯石はそれを聞いて目を見開いた。
「そうだ、お前には思い出深いものだろうが……そこに手を加えるのはなかなか新鮮な体験だった」
「馬鹿なことを……アレはデジタルワールドの歴史を示す重要な遺物なんだぞ」
「ふふふ、私もそう思うよ。本来ならば道具としての運用は本物ではなく模造品で行うべきだ。だが、設備がなくてね。第一陣をこちらに送り込んだ後にデジメンタルの製造施設も破壊されたし、もちろんスピリットもだ。確かアレは……オメガモンだったか、かの聖騎士はロードナイトモンの対応を生温いと仰せの様だったよ」
土神将軍の言葉に、硯石はチッと舌打ちをした。それは尾池が知る限り見たことのない程苛ついた姿だった。そして、それはともかくスピリットの説明をして欲しかった。
「やはり、未だオメガモンとは確執がある様だな。まぁ仕方ないな、私が聞いてもなんてひどい話だと落涙を禁じ得ない。実の姉を、運命という水面に波紋を起すための小石として、そこに沈んだらまた新しい石を拾えばいいと……」
「言うな。尾池にあまり聞かせたくない」
それは失礼と土神将軍は笑った。
「……副部長のお姉さん。聖剣さんもやっぱりそっちに行ったことがあるんですね」
尾池がそう言うと、硯石は少し目を丸くした。
「どうしてわかった?」
「え……いや、合宿の時、副部長のお姉さんと聖剣さんが一緒に家にいる筈でしたけど、一緒にいませんでしたし、昨日は……私達が車で移動するのを尾行してたんですよね? 副部長が頼れて車運転できるのはお姉さん多分お姉さんだけ。そして、聖剣さんを黒松さんが目撃しているから……可能性は高いかなって」
それを聞いて、硯石はミスったなと呟いた。どうしてそう思ったと聞けばまだ誤魔化せたかもわからないが、どうしてわかったと聞いた時点で事実だと認めてしまっている。
観念した様に硯石は話し出した。
「……デジモン達の世界に姉さんを連れて行った聖騎士はオメガモンという名前だった」
オメガモンという名前を言う時、硯石は感情を鎮めながら喋っている様だった。
「あの世界の神は理解が及ばない程の演算能力をもっている、それこそ、デジタルワールドという一つの世界の中で起こることならば全てを計算できる程に。神の配下である聖騎士が人間を向こうに連れていく時は、現在のデジタルワールドの条件では許容できる結論を神が計算できなかった時、世界の外から物を持ち込むことで、条件を変えて結果に変化をもたらすのが目的なんだ」
硯石の語りを、尾池は静かに聞いた。グラビモンも口を挟む気はない様だった。
「事態に変化を起こすには、事態の真っ只中に投入する方が効率的だ。オメガモンは、本来その事態に関わらせるには実力不足の人間とデジモンをセットにして放り込み、大したサポートも与えない。がむしゃらに動いて事態を好転させてくれればよし、死んだとしてもまた神が改めて計算をし直し次の策が打ちやすい。役に立たず生き延びられるよりは死んでくれという方針だった」
理には適っている。でも、硯石が許容できないのも理解できた。
「ロードは、姉さんとそのパートナーのデジモンが死んだ現場にたまたま居合わせた、オメガモンの支援要員だった。しかし、その扱いに対して反対し、姉さんにパートナーの肉体を使って蘇生をした」
姉さんが聖剣の時に変なキャラになるのは、パートナーのデジモンの性格みたいなのが混じるせいだと硯石は付け加えた。
「その後戦況が悪化した事で、ロードはオメガモンにその事を責められた。神の計算を再度賜れば最善手が打てたのにと。しかしロードは譲らなかった。ただ戦場に放り込んでも力もなければ与えられる影響は軽微、オメガモンのやり方では何も未来が変わらなかった証左だと反論した。しかし、オメガモンは聖騎士の中でも力のあるデジモン、代わって新しく人間の子供を呼び寄せてロードのやり方でもって戦況を好転させることを強いられた」
それで、と尾池が硯石を見ながら呟くと、硯石もそれに頷いた。
「俺も向こうに呼ばれた。ロードの元で力をつけて戦い方を習ってから戦場に入り、色々なデジモンやロード、時にはその土地の力といった助けを借りてその戦いを終わらせた。ロードは俺達を元の世界に返せば殺さずともまた神が計算できるし、功労者を始末するのは正しいのかて他の聖騎士を説得し、俺達を帰した」
硯石の言葉は淡々としたものだった。
「オメガモンは嫌いだし、憎いが、やつの極端な行動は事態を好転させる為に大より小を切り捨てる対応でしかないのも理解している。でも、俺はそうしたくはない。理不尽に巻き込まれた人間がどう苦しむかをある程度知っているつもりだからだ」
少し声が震えた様に聞こえた。
「だから、尾池を今回の件に巻き込みたくもない。部長も黒松さんも、みんなだ。それで大して改善してなかったのもわかっているが……もう、いいんじゃないか?」
そう言われて、尾池は少し目を伏せた。気持ちは分からなくはないが、尾池は当事者でなくても観察したいし関わりたいのだ。
幽谷のことを思うと、関わる理由はさらに増える。
「とはいえ、宿主はもう当事者だと私は思うがね。こちらの用意したアイテムを複数持っているし、計画外の存在ではあるが……私の様に計画の余波や影響に対して帆走する役として、既に機能している節がある」
土神将軍の言葉に一瞬硯石は鋭い視線を向けたが、一度目を伏せゆっくりと開けた。
「……話を元に戻すか。アルゴモンの分体の居場所について心当たりは?」
「ない。というよりかは、私だからこそないというべきか。私とアルゴモン、ドウモンは後発隊……私の存在を奴等は知っている。故に私は特に警戒されていたはずだ」
「つまり、お前は場所を探る上では役立たずという訳か」
「まぁそうなるが……アルゴモンは放っておけばまた増える。協力して確実に殺したいという訳だ。協力の意思としてこれを渡そう」
そう言って土神将軍は尾池のカバンに手を入れると、女子高生が持っていた二つの人形の片割れを硯石に渡した。
「風の……ヒューマンスピリットか」
「私としても改造は心が痛んだのでね、研究員にはすぐに直せる様に改造する様指示をした。見るものが見れば余剰パーツがあることに気づく筈だ」
「……確かに」
「では、後は言う必要はあるまい」
その余剰パーツを調べればどんな意図でアイテムを調整したかがわかるのかと、尾池は思ったが、硯石がわからないとも思わなかったので何も言わなかった。
「これ以上の情報を渡す気は……お前はなさそうだな」
硯石が言うと土神将軍は頷いた。私ほとんど話してないんですけどと、尾池は特に話す内容も思いつかないものの言おうとしたが、口がぱくぱくと動くものの声は出なかった。
「……あまり尾池を巻き込んでくれるなよ」
「あぁ、その点は安心してくれたまえ」
ほらこの通りと言いながら土神将軍が尾池の指に巻いた包帯をはらりとめくり、ガーゼを剥がすと幾らか血の塊が落ちた下から、綺麗な爪が出てきた。
「これこの通り、ちょっとした怪我ぐらいならばなかったことにもできる」
土神将軍の言葉に、尾池はすごいなぁ、治るところみたいしちょっと軽く皮膚でも切ってみようかななんて思ったが、硯石がハンマーを土神将軍のこめかみまで振り上げて睨みつけたので口には出さなかった。
「治るとしても、だ。安易に尾池の身体を傷つけさせるな」
「……善処しよう」
低くドスのきいた硯石の言葉に、土神将軍は口元を緩めながらそう返したが、尾池は内心申し訳なく思った。
と、いう感じでスレD10話でした。アイズモン=隙間女は既定路線なんですが、Twitterで気まぐれに野沢さんについてフェードアウトしてもらうか苦しんでもらうかでアンケを取った為、ドウモンが復活しました。タイトルを隙間女とするにはちょっとでしゃばりすぎかもこの狐。
ちなみに、野沢さんが洗脳されていたのは最初からの既定路線です。アイズモンは能力が便利すぎるし、スピリットと合わせると対人で強過ぎるので弱体化してもらってたんですね。
このドウモンなら、本当に適当に人間選ぶ事もあり得なくはないんですが、下等な存在なのである程度上澄み選ばないと駄目だな。ぐらいの考えはしています。なので野沢さんはデバフが一個消えただけで腹腔ハンドミキサーとかし出すんですね。しれっと二回目はビーストスピリット使いこなしている辺りも強キャラなんです。
洗脳前は誰にでも優しいギャルって感じの子でした。私服と雰囲気と言葉遣いがちょっとギャルっぽいけどって子。ドウモンにも親切にしたらめっちゃ仇で返された。
野沢さんの変遷は大体こんな感じ、一番左が一番強い。
なお、岩海苔もわりとリリスモン嫌いなリリスモンの部下なんですが、この世界のグラビモンとしては非常に謙虚な個体なので、忠臣面して権力握ろうぐらいの感じです。リリスモンはそれわかってるからこそ、素で自分やその家族にズケズケ言う事に罪悪感もなかろうとお目付役に選んだ訳ですね。
メリーさんとの絡みで母の日に触れる話もするつもりだったんですが、なんか野沢さんが動かしやすくて忘れてました。文字数もだいぶ増えちゃいましたしね、今回。