
尾池礼奈の朝は早い。
「じゃあ、行くよ七美」
そう言って、尾池は自室の水槽にビニール袋を沈める。水槽には高さ長さ共に三十センチ近くある七色の体色をした熱帯魚、七美がいる。
沈めたビニール袋は到底七美が入るとは思えないサイズであったが、ビニール袋に入ろうとするに従って七美の体は比率そのままに縮小していき、かなり余裕を持って収まるに至った。
尾池は慣れた手つきで素早く袋の口を結ぶと、袋に入った七美をそのまま小さめのクーラーボックスに入れ、教科書や弁当の上からリュックサックに詰め込み、早歩きで部屋を後にする。
そのまま実家から普通に走れば自転車で二十分かかる道を、全力で走って十五分ですませて高校に到着すると、自転車を急いで駐輪場に止めた。
それでも尾池はまだ止まらない、玄関に入って靴を履き替えるとすぐに階段を駆け上がり職員室へ。
「失礼します! 二見先生いらっしゃいまびゅッ、かッ!?」
尾池が、噛みながらもそう一気に捲し立てると、今来たばかりなのか赤いコートを着た黒髪の女性教師が職員室の中から出てくる。
「はいはい、いつもの理科室の鍵ね。口の中大丈夫?」
ありがとうございます大丈夫ですと言ってる様にも聞こえる鳴き声をあげながら一礼し、さらに尾池は走る。
理科室の扉を開け、窓際に置かれた空っぽの水槽の前に辿り着くと、リュックをそっと下ろしてクーラーボックスを取り出し、ビニール袋の中にいる七美を水槽の中に解き放った。
「はぁ……」
水槽の中に無事解き放たれた七美を見て、やっと尾池は止まった。
幽谷の連れている火夜と同じく、先日に遭遇した炎人と同じく、七美もまた人の常識では測れない生き物なのだ。
体のサイズが変わる魚といえばフグなんかが想像されるが、フグはあくまで浮き袋を膨らませているだけ、折りたたまれていた皮が伸びたりはするが鱗やヒレ、目玉のサイズなんかが変わることはない。一方の七美はといえば、体全体が膨らむし縮む。パソコンの画面上で拡大したら縮小しているかの如く変ずる。
とはいえ、七美にとって基本となる大きさというものもあるらしい。
それで尾池は急いでいたのだ。魚の表情というのは存在するかも定かでないが、あったとして人の目にはあまりよくわからない。サイズを変えるという行動がどれくらいの負担なのかは計り知れない。
なら連れて来なければいいと言いたいところではあるのだが、尾池の場合それもうまくいかないのだ。
尾池が七美になる卵を拾ったのは高校入学する前、春休み中のこと。七美が今の姿になってから一度七美を置いて学校に行ったら部屋は荒れ果て水浸しに。七美は水量が半分ぐらいになった水槽の中に横になって浮かんでいた。
それから可能な限り尾池は七美から離れないことに決めた。
入学前に科学部に顔を出して水槽を確保、入学したら他の生物への餌やりを理由に誰より早く理科室に行き七美を水槽に移し、帰りはギリギリまで残って七美を回収する。休み時間も大体見にくる。
そして入学からおよそ一月、尾池はクラスで孤立するに至ったのである。
「どうしてこうなったかなぁ……七美ぃ……」
水槽にもたれかかりながら話しかける尾池に七美は言葉を返さない。尾池が指をくるりと回せばくるりと回る程度のコミニュケーションは取れるが、言うことを理解しているのか単に追いかけているだけなのかさえも尾池にはわからない。
それでも、七美に話しかけるのは、話しかける友達がいないからだ。
高校生は基本的に休み時間にコミニュケーションを取る。休み時間を七美と共に過ごす尾池が孤立するのは自然な事だった。
「朝から楽しそうだな、尾池」
ぐっとかけられた声の方に尾池が顔を向けると、さらりと伸びた赤い髪に長い下まつげ、端的に言って美人の先輩がいた。
「……おはようございます」
尾池が挨拶をすると、んと一言返し椅子を持ってくると、スカートも気にせずに足を開いて座った。
「はしたないですよ」
「いいんだよ、俺は男だし」
ならなんでスカートを履いているんだかと思いながらも、尾池は水槽にもたれかかるのをやめた。
硯石 天悟(スズリイシ テンゴ)は尾池から見れば先輩、幽谷から見れば後輩、科学部唯一の二年生で副部長の男子生徒である。
「……見てるこっちは落ち着かないです」
「まぁ、その内慣れるさ。諦めてくれ」
硯石はそう言って髪をかき上げた。
「で、今日はなんで早いんですか?」
「んー……部長から、三日前にアレと戦ったって聞いたからさ。尾池は記録係に過ぎなかったとは聞いたけれど、大丈夫だったか確認しておきたくてな」
三日前、炎人を確認しに行ったのは木曜日、葬式なんかで金曜日も学校に来れなかった硯石と会うのは、アレから初のことだった。
「はぁ……」
「level4相当ならいつもは火夜と重忠の二体がかりだったからな。火夜がダメージを受けにくいだろう相手であると見当はついていたらしいが……一体で行くにはちょっとな。部長のスリングショットなんて効くやつの方が珍しい」
重忠は硯石のところにいる火夜や七美の様な存在だが、学校にはついて来れないということで尾池はまだ一度も会ったことがなかった。
「え、と……それって、結構危ない橋を渡ってました……?」
「渡ってたな。新聞部のやつもいたんだろ? 部長はアレで結構ドライだから……弾避けか囮ぐらいのつもりだったかもな」
ワンテンポ遅れて冗談だという硯石と裏腹に、尾池は先日部長に唆されて炎人に追われていたのを思い出した。
「あ、そういえばなんですけれど……今言ってた、level4ってなんですか」
「ん? あぁ、そういえば言ってなかったか……まぁ昨日が戦うの初めてだったわけだし、基本内緒の話だからな」
こくこくと頷く尾池に、じゃあ説明しようと硯石は話し始めた。
「あいつらは、卵から産まれる。この時をレベル1として、一回……進化、姿を変えることだな。これをするとlevel2、次はlevel3、今の七美がこの段階だな。そこからさらに姿を変えるとlevel4だ」
七美もまた姿が変わるんだろうか。そうしたら、炎人や昨日の火夜みたいにでっかくなるんだろうか。そう思うと少し尾池は複雑な気がした。
ついでに言えば、姿を変えることを変態ではなく進化と言うのも少し気になったが、とりあえず今は我慢した。
「……アイツらと向き合う時は気をつけろよ」
どことなくもやついた表情の尾池に、硯石はそう言いながら、小さなピンク色の巾着袋にストラップが付いたものを手渡そうとする。
「なんですか、これ……」
「お守り」
「はぁ……」
お守りの中には小さな塊が入っているらしい。気休めにしかならなそうだなと思いながらも、とりあえず後でスマホに透けておきますと言って尾池は受け取った。
「まぁ、昨日の今日でlevel4と遭遇することは……多分、ないから安心しろ。いや、もしかしたらまたあるかもしれないが、俺や部長がいるから大丈夫だ」
「部長達っていつも二人でああ言うのと戦ってたんですか?」
「いや、去年の夏頃まではほとんどlevel1か2だったし人数もいたからな……捕獲するのも余裕があった。その後だから駆除したのは十回にも満たない。徐々にlevelは上がってきているけどな」
その捕獲した子達はどうなったのか。人数がいたと言っているのに今はほとんど人を見ないのはなんでなのか。尾池はそれを直接聞いたらいけないような気がした。
他に質問はと硯石が聞いたので、尾池は少しぼかして聞くことにした。
「あ、そういえばなんですけれど、なんでうちの部って放課後ほとんど人いないんですか?入部して一ヶ月ぐらい経ちますけれど、部長と副部長しか見たことない……」
「まぁ、それは……他の部員がいないからだな」
「部長のセクハラのせいですか? 膝の上に座らせたりとか」
アレに襲われたせいでは、とは言えなかった。なんとなく気が引けた。
「そういうのはお前しかやられない。むしろ人恋しくてセクハラしてる感じだ」
めんどくさい人なんだと微笑みながら硯石は返す。その姿は男子だと自称しているにも関わらず、美少女にしか見えない。
それにしても部長がめんどくさい人なのは尾池も知っている。ほんの一ヶ月も経たないのに十分にそのめんどくささはわかっていて、硯石が聞いてくれるからか尾池は調子良くされたセクハラやドッキリについての愚痴を話した。
そんな話をしていると、廊下の方からどたどたと足音が聞こえ出した。
なんだろうと思って見ていると、金髪碧眼の女子生徒がばーんと横開きの扉を開けて入ってきた。
「静かに開けましょうよ、一年が怖がっている」
音にビクッと肩をすくませる尾池を尻目に硯石がそう言うと、その人は一回頭は下げた。
「ごめんね! 雅火いる!?」
「ご覧の通りです」
大きな声にもう一度ビクッと身を震わせる尾池を庇う様に、硯石は立ち上がってその女子生徒の方に向かいながらそう答えた。
「……そっか、残念。頼みたいことあったのだケド」
まぁ、授業前ぎりぎりまで待つかなんて言いながら椅子を持ってきてどかっと座る。
この人結局誰なんだろう、早く帰ってくれないかな。そう思っている尾池と裏腹に、その女子は尾池の方をじろじろと見た。
「あ……そっか君が尾池ちゃん! いやぁ、雅火から聞いてるヨ? 押しに弱くてチョロそうでおしり触ってもおっぱい揉んでも許してくれそうってネ」
ぐへへと言いながらその人が手をわきわきと動かし尾池に近づこうとすると、頭にそこそこ鈍い音を立てて硯石の手刀が落とされた。
「お触りはNGですよ、黒松先輩。自己紹介もしないで初対面の相手にそんなことしていいと思ってるんですか?」
「ワタシ、黒松 細工(クロマツ サイク)。三年生で社会文化民俗等研究部の部長、雅火の幼馴染、そんなところでよろしいかナ? マネージャーくん」
「まぁ、自己紹介したとしてもセクハラNGは変わりませんよね。常識的に」
どうあってもセクハラさせない気ではと黒松は首を傾げたが、尾池はそれって当然なんじゃないかと思った。
「……結局、なんなんだろうこの人って思ってるだろ」
「あ、はい」
「そう思うのも仕方ない、黒松さんは部長の幼馴染なだけあってやばい人だ。部長がスリングショット持ち歩いてるだろ、先生に見つかって怒られそうになったことがある。その時にこの人は割って入り、社民研と科学部合同の活動に必要なものだ、と説明し、実際に文化祭でポスター発表したタイプの人だ」
「えぇ……」
「あれは楽しかったヨ! 石膏だか何かで作った骨にラップ巻いて、その上に生肉巻いて、合皮を巻いて……ブーメランを投げつけたり、スリングショットで撃ったり、槍投げしたり、シンプルに殴打したりして骨の砕け方とかを見てネ! 石膏だったのが残念なところではあったけれど……合皮や肉に残る跡とかもやっぱり武器ごとに違うんだよネ! おしむらくは刃物を使った実験の許可が出なかったことと、死んでるし血抜きされている肉だから、血管の様子とかがわからなかったんだヨ! ほら、青あざとか殴ったらできるじゃない? そういうのもねやっぱ武器の種類によって差は出ると思うしさ!」
興奮して喋っていた黒松は、ふと尾池の背後にいる七美をじっと見て黙りこくった。
「……銛、釣り、罠、網、うん。今年のテーマはそういうアレかな。網の結び方ってわりと民族独自なところがあって文化の一部なところがあるから、いろいろ強度とか調べて地域差と使用用途から考察してみたりなんかするのはいいネ」
尾池がどうすればいいのかわからなくておろおろしていると、硯石は大丈夫だというように手を尾池の方に出して一つ頷いた。
「部長はいちいち水差すタイプだけれど、この人もそういう、放っておくと無限に脱線する人だ」
「むむむ、それは失礼ぶっこき過ぎじゃないかネ」
「で、部長に頼みたかったこととは?」
「ん? あぁそうそう。君達口裂け女って知ってるよ、ネ?」
「なんか、怪談ですよね」
尾池がそう返すと、そうそうと黒松は頷いた。
「ふむ、尾池君は口裂け女を詳しくは知らないのか」
そう言いながら唐突に現れて理科室に入ってくると、幽谷はその話を語りだした。
「まず、口元を完全に隠すほどのマスクをした若い女性が、学校帰りの子供に 「私、綺麗?」と訊ねてくる。「きれい」と答えると、「……これでも……?」と言いながらマスクを外す。するとその口は耳元まで大きく裂けていた、という話。「きれいじゃない」と答えると包丁や鋏で斬り殺されるとも言われているね。1979年に岐阜県を中心に広がったものだな。メディアに最初に登場したのは岐阜の地方新聞で、それが子供達の口コミを以て広がり、本当に包丁やハサミをむき身で持って口裂け女の格好をした変質者も現れて警察沙汰になって逮捕者が出たこともある非常に有名で影響力を持った都市伝説だ」
口調の明るさゆえにそれは恐ろしさとは無縁であったが、それでも逮捕者が出たとか生々しい話に、尾池は十分嫌な気持ちになった。
「部長、それ全部覚えているんですか?」
「大体の事情はね。後でシャミ研の部室に置いてある私のファイルを取って来よう。派生した形や容姿のバリエーション、発祥の方さえ諸説ありまくりなんだ。少なくとも整形外科医のアレコレやべっこう飴にポマードの話は第二次ブームの時だから作話だろうと思うが、岐阜の農民一揆を発端とする音量伝説に端を発するという話や、滋賀と岐阜の両方に伝わる女の一人歩きは危険なので口に人参を咥えて化け物の様に見せかけたという話、精神病棟からの脱走者の話だとかもあったかな」
硯石が少し呆れたように聞くと、幽谷はいきいきと答えた。
「……で、それがどうかしたのかな?」
そう問われると、黒松はでは本題に入ろうとと大げさにうなずいた。
「うちの部の後輩から昨日電話がかかってきたのヨ。曰く、旧校舎に口裂け女が住み着いていると。殺されかけた人がいるとかでネ」
「詳しい状況、わかる?」
「わかんないネ。でも、聞いている感じだと、結構ちゃんと目撃しているみたいなのヨ。実害も出ているしいかにもヤバそうじゃない?」
「実害っていうのは殺されかけた人のこと?」
「そうそう、まぁ、正直ワタシとしては懐疑的なんだけどネ」
「まったく、君は本当、人間にしか興味ないんだね」
「そだネ、怪異の正体みたいなのはあんまりネ。急に現れたってなるとさ、あんまり土地に密着したものでもなさそうだし……ワタシより雅火のがこういうの好きでショ? こういう、ポッと出系のヤツ」
「うんうん、大好き大好き。とりあえずその後輩さんを紹介してもらっていい?」
「いいともいいとも、よっぽど怖い思いをしたらしくて泣きつかれたんだけど、私は食指動かないしネ」
「ふむ、では遠慮なく聞かせてもらおうかな。放課後にここに来てもらえないか聞いてくれるかな? 流石に、HR前に聞くにはちょっと時間が足りなさそうだからね」
わいわいと二人だけで盛り上がっていたが、幽谷が時計を指差すと話は終わった。もうHRまであと幾ばくか、そろそろ教室にいるべきだろうという時刻になっていた。
じゃあと、全員が荷物を持って理科室を後にする。尾池だけは教室に寄る前に職員室へと鍵を返しに行くのも忘れない。
そうして授業も半分を終えて昼休みになり、尾池が七美の前で食事を取ろうと理科室に急ぐと、既にそこには幽谷と硯石、黒松に加えてさらに二人の生徒がいた。一人は屈強な体格をした男子生徒で、もう一人は小柄な女子生徒だった
「これで揃ったね。尾池君、こちら被害者の上尾(カミオ)くんと、その知り合いのシャミ研部員の赤頭(アカガシラ)くんだ」
科学部の尾池です、よろしくと一つお辞儀して尾池は硯石の隣に座り、その袖を引いた。
「話聞くまでが早すぎませんか……?聞いてなかったんですけれど……」
「どうせ理科室来るからな」
尾池が幽谷の方を見ると、幽谷は首を横に振って硯石を指さし、硯石はその通りと言う様に頷いた。
「俺が連絡しようとした部長を止めた。知ってたら来なさそうだし」
げぇと嫌そうな声を尾池が漏らすと、硯石はくくくと笑った。
「あの、もう話してもいいですか……?」
上尾と呼ばれていた男子がそう小さく手を挙げて聞く。赤頭が代わりに喋ろうかと隣から提案もしたが、上尾は首を横に振った。
「安心して喋ってくれたまえ。私達科学部が調べて、場合によっては警察沙汰にする際の窓口役も承るよ」
尾池がそんなことまでと硯石に小声で聞くと、部長には懇意にしてる警察官がいるんだと返された。
「でも、シャミ研に持ち込んだということは、ただ不審者がいたって話ではないんだろう?」
「そうです。アレは一昨日、園芸部で、動物か何かに畑を荒らされた件とかフォークが定位置から動かされていたりした件について調べたらしていた時でした……」
それは大体、炎人のせいだったやつだなと尾池は思ったが口には出さなかった。無駄に口を出す部長が黙っているのは、探られたくないからだろうと思ったのだ。
「二見先生が、暗くなってくるとまだ少し寒いだろうから、畑が見える教室から見るのがいいんじゃないかって。旧校舎の一階端の技術室の鍵を貸してくれて……そこで張り込んでいたんです」
二見先生はそういう事言うよなと尾池は今朝のことを思い出す。コートも脱いでなかったのにこっちに先に対応してくれた、優しい先生だ。
「時間帯は?」
幽谷が聞くと上尾は少し思い出すような素振りをした。
「16時頃から最終下校時刻の19時30ぐらいまでいるつもりで……口裂け女を見た時には、既に日はほとんど落ちてたと思います」
「ふむ、わかった。続けて」
「口裂け女を見たのは、張り込みの途中で外のコンビニ行って帰ってきた時でした」
「ふむ、ちなみにその時買ったものは何?」
「え? えと、棒つきキャンディとホットスナックのチキンとカフェオレでした」
「ふむふむ。続けて」
「旧校舎の一階の廊下に、赤いコートを着た黒髪の女性がいたんです。その女性の顔は、廊下が暗かったのでよくわからなかったんですけれど……先生の誰かかなと思って近づくと、口が大きく裂けていて、腕を振り上げる様にしたので、僕は走って逃げました」
「走って逃げ切ったのかな? それとも、どこかに隠れてやり過ごした?」
「がむしゃらに走って逃げ切りました」
「その時、荷物はどうしてた? 買った荷物」
幽谷の質問は上尾からすると思ってもないものだったらしくて、今までは先にまとめていたのかすらすらと話せていたのが急に滞った。
「そういえば……どこか落としたかもしれません。チキン食べた記憶が無いので、多分。いつ落としたかはわからないので、この時じゃないかもですけれど……」
「ふむふむ、棒付きの飴の形は球体のやつだっけ?」
「あ、それは平たいやつです。安っぽい味が好きで」
「オッケー、続きをお願い」
「それで……と言っても、もうほとんどなくて。新校舎の方の職員室に駆け込んだんです。そしたら二見先生はもう帰っていて、代わりに体育の高村先生が話は聞いてるよって出てきてくれて、今言ったことを聞いたら不審者かもしれないからって他の先生と一緒に僕の荷物を取りに行ってくれて……鍵を返してそのまま帰りました」
「帰り道では襲われたりとかは?」
「してないです」
なるほどなるほど、大体聞くべきことは聞いた気がするねと幽谷は言った。
やっと終わったかと、話をしている最中、終始弁当を食べていた黒松も顔を上げた。
「とりあえず、ポイントはコンビニ袋かな。わざわざ寄り道をする理由はないから、先生達と上尾君は同じ道を通った筈。それならばコンビニの袋は回収されていて然るべきだ。帰り道までは持っていたという可能性もまぁなくはないが……」
幽谷が硯石に視線を向けると、硯石ははぁと一つため息を吐いて続きを引き取った。
「口裂け女にはべっこう飴で撃退できるという噂がある。苦手だからというパターンもあるが好物だからというパターンもある。本物か口裂け女のコスプレをした不審者かはともかく、他の買い物ごと飴を回収していったと考えれば……べっこう飴で撃退されるというルールの元動いていると推測できる」
「でも、上尾の好きな飴はべっこう飴じゃないけど」
赤頭がちょっと控えめに言うと、硯石は無言でスマホを弄ってべっこう飴の検索画像を出した。
「黄色かオレンジ系で透明ならべっこう飴と十分に勘違いする可能性はある。暗がりだから色がよくわからなかったって事もあるかもしれない。まぁ、不審者ならば、そもそも脅かすのが目的で逃げ出した時点で目的を果たしてたって事もあり得るだろうな」
確かにと頷く上尾と赤頭を横目に見ながら、黒松はつまんない事件と呟いたが、すぐに幽谷のチョップが頭に落とされた。
「まぁ、本物かどうか調べるのは難しいけれど、不審者ならばわざわざ靴を脱がず土足だった可能性もある。今日辺り私達で調べておくよ。もう掃除された跡かもしれないが、土足だった跡が見つかれば先生達に相談もできるからね」
「ありがとうございます。お願いします」
赤頭が先にそう言い、急かされる形で上尾も幽谷達に向けて頭を下げる。
黒松は付き添いでいただけらしく、じゃあそろそろ教室戻ろうかと二人と一緒に理科室を出ていった。
あとがき
第一話に引き続きお付き合い頂きありがとうございます。へりこにあんです。
実際に、作中人物達の髪は本当に緑とか赤とか頓智来なカラーリングしてるんだぞというぐらいですね。全員地毛です。といっても、文字情報だとあんまり説明する機会もありませんでせめて科学部の子達だけでもと紹介用イラストを用意しました。立ち位置があれですが主人公は一応尾池ちゃんです。一応。
では、また次回もお付き合いしていただけましたら幸いです。