「君はアンデット型のデジモンという存在についてどう考える?」
それが、私、デジタルモンスターの研究者である四垂咲良。その師である三宅教授のお決まりの問答だった。
デジタルワールドはフォルダ大陸のナイトメアソルジャーズの支配地域に私が行けたのも三宅教授のおかげで、尊敬する師である。私がデジタルモンスターの特にアンデッドの研究者となったのも三宅教授の影響だ。
「アンデッド型のデジモンを君はどう思う。生まれながらに死んでいるとは奇異な事だと思わないか?」
そんな風に、教授とほぼ同じ言葉をその続きまでも同様に、そのデジモンは初対面の私に投げかけてきた。
2052年、この手記を書いている私から見ると八年前の話だ。
読者の皆様においては、この手記は、デジタルモンスター研究者の四垂として書く文はなく、ダークナイトモンという私の友人であり共同研究者についての、私情を込めた、公的でない主観的かつ事実確認の定かでないものである、ということをくれぐれも忘れないで頂きたい。
彼(便宜上彼とするが、正確にはデジモンは性別を有さない。ちょうどいい日本語の代名詞がなかったのでダークナイトモンに希望を聞いたところ、コイントスで答えてくれた)曰く、デジモン達は文献を保護する様なことはほぼなく、肉体さえも死ねば霧散する事を思えば人間達に語らせる方が余程その存在を長らえるだろうとのこと。
正直、私の文の稚拙さを思えば、彼の生命よりこの手記が長く世に残るとは思えない。最新の研究では数百年生きるデジモンがいることもわかっていて、彼がそうでないとは言えないのだ。
だが、せめて五十年先の未来、私が八十だとか九十だとかになって彼のそばにいられなくなったいつか、彼の傍にいる誰かの手元に届いてくれればと思う。
私はまぁたった八年の付き合いであるのでほとんど出てこないが、彼から聞いた彼の生い立ちについての話がこれのメインである。
彼は常夜の悪夢の領域、本当に昼がない訳ではないが常に暗く日も差さない、フォルダ大陸のナイトメアソルジャーズの領域の出身だった。
曰く、彼は生まれついてのアンデッドだった。実際には生まれついてではないかもしれないが、物心ついた頃には既にその身はゴースモンというアンデッドだった。
その身は青い炎の塊の様な姿を取るが、そう言い切る事さえもできない。定まった形もな色もなく、壁さえも抜けようと思えば抜けられるその身は、彼自身、確かな存在というにはあまりに欠けたものが多く感じた。
アンデッドとといえば死なないものを指すが、死なないのは、そもそも生きるに足りていないからだとさえ、当時のゴースモンだった頃の彼には思えたらしい。
大地に体を横たえればそのままどこまでも沈んでいってしまいそうで、宙に浮いていれば寝ている内に月より遠い夜の果てへと吸い込まれていきそうで、眠る事が怖かったという。
自分は不確かな存在だと自覚しながらもなんとか確かなものを探す自分のみが、彼自身も否定できない彼自身の存在証明だった。
そんな状況であるから、他者と関わらずにはいられなかった。それが確かでなくとも、自分が認識される事は彼にとって心地よかった。
ただ、彼の求める関わりと、大抵のナイトメアソルジャーズのデジモンの求める関わりとは異なるものだった。
身も蓋もない凶暴性を持つデジモンこそ少ないが、どこの領域のデジモンでもそうだが好戦的なものは多く、ナイトメアソルジャーズの領域に住むデジモンはそれに加えて残忍な特性を併せ持っているものが多かった。
透明になったり壁を抜けたり、彼は生きる為に何か生物として欠けて思える自分を使わざるを得なかった。
それでもまだ、何の関わりもないよりはマシだったのかもしれないが、どちらも辛い事には変わりなく、成長期の間は生き地獄の様な期間だったという。
しかし、彼の生にただ死を恐れる他の意味が初めて生じたのもこの成長期の時だった。
彼は十人の人間と遭遇したのだ。これは2037年の11月21日に出発したRobert Brenner教授が率いたチームである。元は十二人だったが彼と出会った11月24日には既に十人だった。詳しくは述べないが、この亡くなった二人というのは研究者達の安全確保等の目的でこのチームの中心となった国家であるアメリカから派遣された人間だった。
チームはナイトメアソルジャーズの領域での調査を中断することができなかった。当時は異世界への干渉や研究は、簡単に言えば国家間の火種と考えられていて、審査を何重にも行わないと許可が下りないものだった。
どれくらい切迫していたかといえば、既に公になった事であるが、死亡した二人は、デジモンを捕獲することに加えて研究者達は事故で亡くなったことにして殺害する密命をおっていた。当時のアメリカの軍部はそうして世論を煽ってデジタルワールドへの渡航を世界的に難しくして他国のデジモン関係の開発を妨害し自分達だけが利を得ようという腹づもりだった。
当時はそんな情勢だったのだ。結果から言えばその二人はデジモン への理解が薄く、命を落とし、密命も不意になった。
しかし、例えその二人がどんな人間であろうと死人が簡単に出てしまったことで、今後ナイトメアソルジャーズの領域に足を踏み入れることはもうできないかもしれず、チームは研究成果が出ない内の人死にはなかったものとし、帰還直前に二人は落命したという事にした。
この時のチームにはナイトメアソルジャーズの領域における生態系の研究で名が知られると共に、先日デジタルワールドから持ち帰った資料の一部を違法に所持していた事で捕まった黒木南天教授がいた。研究としてはデジタマから成熟期へ至るまでの詳細な記録は素晴らしいものだったが、方法としてはとても褒められたものではない。
彼女は功績はともかくとして人間性に関しては問題ある狂人だが、彼にとって彼女の存在は救いとなった。
狂人の性と当時三十代前半という若さ故に、研究者の中で誰よりも彼に遠慮も慎重さもなく近づき、誰よりも熱心に話に耳を傾けたのだ。一見すると燃えているかのように見える彼の手も躊躇いなく握る。
それは彼の望んでいた関わり方の様に見えるものではあって、彼は今でもその時に初めて他者の温もりを覚えたと言う。
黒木教授は彼にとって初恋だったのだと私は思う。
性別を有さないデジモンに、初恋という表現を使うことに人によっては違和感を覚えるだろう。学者としての私もなんの検証も挟まずに使うことに抵抗を持たない訳ではない。しかし、友としての私は、彼の感情を彼自身がヒトと同じものであって欲しいと願っているのと同じ様に私もそう願っている。故にあえてありきたりで不適当かもしれない表現として恋という言葉を使わせて頂く。
彼は研究者達がナイトメアソルジャーズの領域にいる間のサポートをすることになった。これも単に黒木教授のそばにいたいが為、独りになりたくないが為のまので、黒木教授はその好意を躊躇なく利用した。既に亡くなったメンバーがあくまで役割としては護衛役だった事も一因だろう。
しかし、それでも彼にとってはよかった。デジモンに怯えたところがある研究者達の態度よりも、自分の目的の為とはいえ一緒に旅をする事を容認し頼ってくれる。レポートとして彼の存在を残してもくれる。
利用されているとしても、研究対象へ向けた興味関心でしかなくとも、彼にとっては無関心や敵意に比べればよほど好意的で心地よかったのだ。
その時のチームの一人によると、彼は何度も黒木教授を庇って死にかけたという。彼にとって、目の前の死よりも黒木教授の方が重かったのだろう。
毎日の様に研究チームは危険な目にあった。人間は大抵のデジモンに比べて力が弱いし足は遅い、その上大人数でまとまっていて見つかりやすくもある。
人間を珍しい獲物と捉えるデジモン、人間を食べると異世界の力を身につけられるという根拠のない噂に釣られるデジモンなど、わざわざ狙ってくるデジモンとも彼は戦わなければならなかった。
彼が研究チームと出会って十七日目、事件が起きた。
彼がバケモンという、ゴースモンと同様に幽霊の様なデジモンへと進化したのだ。
それを彼自身は喜んだし、黒木教授も喜んだ。しかし、彼の進化を機にBrenner教授はチームの帰還を決定した。
それは全く理解できない訳ではない。人同士でさえ行動を制御するというのは難しい事である。ゴースモンだからまだ脅威になっても対処できると、バケモンになられては対応できなくなるかもしれない。そう考えたBrenner教授は責められない。これ以上の死者を出すわけには行かなかったのだ。
黒木教授は、自分が調査を指揮できる立場になってまた来ると彼に約束した。後にその約束自体は果たされるが、それは私も調査に加わる十五年後の事。
十五年の間、ナイトメアソルジャーズの領域へと公的に足を踏み入れる人間はなかった。
ナイトメアソルジャーズ領域での調査と同時に行われたネイチャースピリッツの領域での調査では死人が出ず、デジタルワールドへ行くならば、ネイチャースピリッツの領域だろうと。そうなったのだ。
もちろん、ネイチャースピリッツ領域での調査隊にもアメリカ軍の息がかかった研究者がいて妨害する筈だったそうだが、その研究者は軍部に取り入ってでもデジタルワールドへ行きたいという考えであって元より妨害するつもつもりはなかった。同行したロシア軍人に助けを求めてデジタルワールドからの帰還後すぐに亡命し、十年後になって初めてアメリカの行いを非難する文を公表した。
もう一度人がナイトメアソルジャーズ領域に行くには、その文が公表されて当時のナイトメアソルジャーズ領域に行ったチームメンバーが二人の軍人に関わる記録を偽造したことを認め、世論が色々落ち着くまでの時が必要だった。
しかし、そんな事情を知る由もなく、彼は孤独を味わった。
彼は元々人間と出会う前から死んだように生きていたが、ただ死んだように生きているよりも、一度他者に認められる喜びを覚えてからの方がより寂しく感じたらしい。
進化しても変わらず彼がアンデッドであったことも追い打ちをかけた。自らに温かい血が一向に通わないことが、研究者達との、黒木教授おの超えられない隔たりを象徴している様に感じたのだ。
そうして、黒木教授が戻ると言った場所に数年も留まっていると彼は少し落ち着いてきた。
といってもそれは決していいことではなかったという。己の身体の有り様に感じる悲しみも、孤独の恐怖も、黒木教授はもう戻ってこないのではないかという疑心もなくなったわけではなく、そうした事に激しく反応できるだけの力を失い、諦めながらも他に生きる理由もなく待つ以外の事を始められるだけの力もなかったのだ。
たった数年でと思うかもしれないが、成熟期の彼は例えるならば小型の肉食獣の様な、狩る立場でもあるが狩られる立場でもあるデジモンだった。
安全圏にある人間にとっては、明日というのは大抵の場合在るもので、不意に死ぬ時に初めて必ずしも明日が来るわけでないのだと悟るものである。
しかし、彼にとって、明日というのはいつ来なくなってもおかしくないと常に感じているものなのだ。
「私はどこからこの手記に赤ペンを走らせればいい?」
私は目の前の彼女、四垂 咲良にそう問いかけた。三十代も半ばになった彼女は未だに若手研究者ではあるが、落ち着きのなさは最初にあった頃と対して変わらない。
「そんなにひどい?」
「ひどいさ。私は確かに黒木への気持ちは恋の様なものだったと言ったからまだいいとして、ウィッチモンの事は大切に思っているがアレも恋なのか?」
「私はそう思った」
まったく、嫌になる。こちらが人間の作った概念に疎いのをいいことにやりたい放題だ。
「……まぁ、それもならばこの際いいとして、君と私の話が短すぎやしないか」
「いや、だってさ。これの目的は君のことを伝えることとウィッチモンを探すことにあるんだからさ……君と私に関してはなんか優しいやつっぽいエピソードぐらいでよくない?」
呆れる、最早どうしたらいいものかわからない。流石私が庇って進化したことにもすぐ気づかずに偶然だと思い込んでいた人間である。三宅教授はよく咲良をそれなりの論文を書けるまでに育てたものだ。
「……なら、イギリスでのエピソードぐらい載せたらどうだ。私の力と君の機転で一都市の平穏を守った」
「載せられる訳ないでしょ、君が人間界に非公式に渡っていたのがバレたらまず問題だし、黒木教授がイギリスの支援を受けてデジタマを複数持ち帰っていたのも問題だし、違法行為のミックスジュースみたいなもんだもの」
「エンシェントスフィンクモンに認められる為に君と試練を乗り越えたのはどうだ。君が謎を解いたやつだ」
「レポートは三宅教授に送ったけれど、一般には人よりも高い知性を持つデジモンの存在は伏せられているし、エンシェントスフィンクモンが許可出さないでしょ」
「三宅教授の許可は取ったのか」
「珍しく取った。どうせ私が許可しなくとも勝手に書くだろうからと諦め混じりの返事をもらいました」
得意げに咲良はそう告げた。
私は咲良を庇う為に進化した。娘か妹の様に思うウィッチモンに見つけてもらえなくなるとしても、彼女を庇う方がその時の私に取っては大切な事だった。
本来、他個体と社会を形成する類の種では私はない。良心とか道徳とか本能によって人を庇う、ほんなことはほぼない。もしもあの場でグランクワガーモンが殺す候補が咲良ではなかったら、庇わなかったと断言できる。
「トーストにバターを塗る話も、君がバター猫のパラドックスの話をしたからだ。あの時の私は本気でバターを塗ったトーストを猫の背中にくくりつけて落としたら空中で高速回転を始めて地面につかないものだと思っていた」
「そうだっけ?」
「全く、いい加減なものだ」
私は手記を適当に机の上に放ると咲良の頭をポンポンと撫でた。ありがとーと間延びした返事をしながら揺れる細い髪が手のひらを撫でる。
ダークナイトモンとなっても私は、アンデッドから完全には脱却できなかった。
確かな体は得たが、この身は冷たく熱も通わない。トカゲとかもそうだと咲良は言うが、私の欲しい生とは生命活動という意味のそれではない。
君から熱を与えられる様に君に熱を与えられる肉体が欲しいのだ。今、がらんどうの鎧に紐付けられた魂でいたくないのは君のせいであることを君は知らない。
元はあんなに嫌いだった体も、ゴースモンだったウィッチモンと過ごす内に悪いものじゃないと思えた。だから、ウィッチモンを待つ為という理由があれば虚な体を捨てるチャンスを先送りにすることもできたのだ。
「……そうだ、聞いていいか?」
「なに?」
「咲良、君は何故こんなものを書こうと思ったんだい?」
「んー? ウィッチモンに会いたいかと思ってさ。研究者として私情を挟むのはどうかと思ったから……個人として呼びかけてやろうと」
彼女は私を焼き続ける熱を知らない。言葉にしてもきっと彼女はこう言うのだ、それは君が恋というものをよくわかっていないからさと。
しかし、本当にわかっていないのは私だろうか。彼女は人は恋をする生き物だから自分もわかるものだと思っているが、私にはそうは思えない。
「私の恋にお節介を焼きたい咲良の初恋は?」
「……まぁまだ無いけど、恋愛物は見るよね」
咲良はキョトンとした顔をした。やはり、彼女は恋を知らない。そして私はそんな彼女で恋を知った。
熱に浮かされるというのはよく言ったものだ。あの日、手を握られたあの時から私は彼女の熱を求めてやまない。
「あ、強いていうならアンデッドデジモンかな。子供の頃にその存在を知ってからこんなところまで行き着いてるからね、君達に恋い焦がれていると言っていいと思う!」
「……だとするならば、私はアンデッドで心底よかったよ。君に会えた」
「わぁ、珍しいデレだ。私も君に会えて幸せだよ。ダークナイトモン」
咲良が拳を掲げた。私も拳を作ってこつんとぶつけた。ただ、私の身を焼くこの熱が伝わるにはあまりに短すぎた。
あとがき
どうも、お久しぶりの方はお久しぶりです。はじめましての方ははじめまして。へりこにあんです。
ペンデュラムZの発売が決まり、Twitterの方でパラレルさん、マダラマゼランさん、羽化石さん、快晴さん、ユキサーンさんと、ペンデュラムの六つの領域でお祝い小説をそれも恋愛物で(恋愛ものなのは私の趣味ですが)書いたら楽しいよね、みたいな話をした流れでこの作品は投稿されています。
ペンデュラムZの発送されるらしい十一月中には皆さん投稿される事でしょう。一応、ペンデュラムシリーズに出ているデジモンをメインキャラに据えるみたいな制限はありますが……人によっては私が趣味でねじ込んだ恋愛要素に苦戦してるようでごめんなさいって感じです。
さて、この話ですが……最初はダークナイトモンを究極体として描く予定でしたので、グランクワガーモンは消耗を嫌って去る感じでした。公式がクロウォに世代をつけたのでネイチャースピリッツからヘラクルカブテリモン君に出張ってもらった感じです。まぁ、結果的にはペンデュラム20thリスペクトみたいなところも出てくるからいいのかなとは思っています。
中身については、今回デジモンウェブがかなり研究者目線らしい話をファンコンテンツに載せているので、研究者が一個人として主観を交えながら話している、みたいな形を書きたかったところがあります。裏にきな臭いのが色々出てもそんなことよりと片付ける癖に、論文の紹介はする様なのが咲良という人なのだと、書いてる誰かの顔を思い浮かべながら読んでいてもらえたらなと。
では、またいずれ。