今になって思えば、あいつと初めて遭ったあのときから私は自分の底が見えていた。
進んだ先は行き止まり。どれだけ探求をしても世界の深淵なんて知ることはできず、どれだけ研鑽をしたところで新たな神秘なんて得られない。世界を守るなんて大それたことはそれこそ論外。
結局できることは目の前の一つを繋ぎとめることだけ。それも自分の持ちうるすべてを犠牲にしても確実性のない大博打。抜きんでた傑物でもなく、臆病さを隠して意地を張っている私にはそれが精一杯。
これはその癪な事実を受け止めるための話であって、他に壮大な意味なんてない。
ソウの拳がサラマンダモンの顔面に深く食い込む。炎を纏うその身体は普通なら触ることすらできないもの。けれど、両手を覆うように渦巻く風がグローブの代わりをしているお陰でソウの拳が炎の影響を受けることはない。寧ろ風圧によるインパクトの増大によって赤蜥蜴の身体の方が殴り飛ばされている始末。
攻防一体の拳を産みだす風の加護。それはソウの両手だけでなく両足にも施されている。地面と近い場所で風が産む恩恵は脚力の増強。そして、移動速度の向上だ。
最初の一歩。左足で地面を強く踏みしめた直後、ソウの身体がジェット噴射もかくやという速度で飛び出す。一気に縮まる距離。サラマンダモンは未だ着地すらできずに空を見上げている。必然、ソウの目の前にはその無防備な腹がある。
特大の的に突き刺さる右の健脚。これだけで重い一撃だけれど、ソウは油断することなく即座に二撃目の準備に移る。右足が刺さった赤い腹を足場に、他の三点で渦巻く風が上体を強引に持ち上げる。跳躍。回転。ソウの身体はサラマンダモンの真上を滞空。そして降下へと移った瞬間、サラマンダモンの腹に今度は左足が叩きつけられる。
揃って地に落ちる二種の怪物(モンスター)。しかしその勝敗は明白だ。敗者は無様に背中を地に着け、勝者は静かに息を吐いて悠然と立っている。
「終わったぞ、アコ」
そして、勝者(ソウ)のパートナーである私はただ彼が生きていることに安堵する。他に出来ることがあるとすれば、無力感という小さな棘をなんとか嚥下することくらいだろう。
体表から採れる発火性の体液。ソウがサラマンダモンを殴り倒した目的はそれだ。けれど、別に私達も追剥ぎのように一方的に殴り掛かった訳ではない。最初は下手に出て協力してもらおうとしたのだけれど、対価に命を含めたすべてを吹っ掛けられた。交渉はどこまでいっても平行線で、先にあちらがしびれを切らして実力行使。そうなった以上はこちらも黙っている訳にはいかず、ソウの拳に頼ることになったわけだ。
「いつも悪いな」
「こっちの台詞」
サラマンダモンを昏倒させることはできたもののソウの方も無傷という訳ではない。最後は優勢に進められたとはいえ、やはりサラマンダモンの炎は彼にとっては脅威で火傷を負っている箇所がかなりあった。今回は私の治療でもカバーできるが、もし次に同じようなことがあったらどうなるかは想像したくない。そうならないために手を打っている筈なのに、戦いの後に痛感するのはいつも私自身の未熟さだ。
「気にするな」
「……気にするわよ」
不意に私の心を見透かされたような言葉を吐かれた。彼なりの気遣いなのだろうが、今の私にとってその言葉は抜き身の刃のようなものなので止めて欲しい。「気にしなくていい様にしなさい」なんて言えればいいのだけれどそのための手を打つのは結局私の役割なのだ。口にしたところで自傷行為にしかならないのは目に見えている。
流水で患部を冷やしながら、手持ちの薬で使えそうな物を選別。水自体に微弱な魔力が浸透しているから、その刺激で自然治癒力も平常時よりは活性化しているはず。薬の持ち合わせも今回の分は足りている。とはいえ今後を考えるともう少し確保しておきたいところ。
「遺跡の近くに小さな町があったの覚えてる?」
「いや、まず地図を見ていない」
「アンタの物なんだから確認しなさいよ。処置が終わったら、進路を東にずらしてそこに向かうから」
「いいのか?」
「目的地を前に準備を整えるにはちょうどいいじゃない」
「なるほど。そういうものか」
「そういうものよ」
整えるのは物資だけでないということをこの男は分かっているのだろうか。その類いの言葉が飛び出すのをこらえる間に治療そのものは終了。片付けが終わったら、更新された行程を速やかに実行しよう。
「ちょっと。盛り上がってるところ悪いけど、わたし達も町まで同行していい?」
不意に声を掛けてきたのは私達と同じ人間とデジモンのコンビ。人間の方はゆるいウェーブの茶髪を肩まで流した小柄な女。デジモンの方は四肢にタービンのような装置が組み込まれた獅子の獣人。分かりやすい程の武闘派デジモンで、偏見ではあるけれどソウとは気が合いそうだ。
「名乗りもせずに頼むのは失礼か。わたしは梶隅(カジクマ)梨子(リコ)。リコとでも呼んで。こっちはグラップレオモンのデンカ」
「別に気にしないで。わたしはアコ。こっちはソウ」
噂で聞いたゆるふわ系とやらの見た目に反して、冷静さと決断力の両立した振る舞いのリコ。近くにいるだけで静かに伝わる程の闘気を秘めたデンカ。互いの関係性も至って良好。第一印象ではあるけれど、自分達とは違って実直で優秀なコンビだろう。
「同行してもらうのは構わないけれど、戦力としてはあまり期待しないでね」
そんなコンビが私達の同行を求める理由は何だろう。強いて上げるなら、ソウの珍しさくらいか。
「その治療の手際で十分よ。でもまあ遠距離からでもサポートしてくれたらありがたいけど」
「私に戦えってこと?」
「うん、そうね。極力戦いは避けるけど、戦うときには攻撃してもらわないと。大丈夫。成熟期でも戦力としては問題ないから」
どうやら過大評価に加えて誤解もされているらしい。同行すると言った以上、認識の齟齬は解消しなくてはならないだろう。
「ごめんなさい、リコ。あのね」
「アコって言ったか。急で悪いが俺の推測が合ってるか確認させてくれ。――デジモンのお前じゃなくて、人間のソウが戦っているのか?」
尤も、私が話す前にデンカによって真実は曝された訳なのだけど。
「少し長くなるから歩きながら話してあげる。暇潰しにはちょうどいいでしょ」
ウィッチモン。成熟期。データ種の魔人型デジモン。それが私ことアコが属する種族のプロフィール。
人間。体毛の少ない二足歩行の生物でデジモン以上の知能を持つ。デジモンではないため、デジモンとしてのカテゴリ分けは不可能。それが一機(カズキ)湊太(ソウタ)ことソウが属する種族のプロフィール。
私達が出会ったのはおよそ三ヶ月ほど前。魔術の実験に使う植物を求め、一人で山に潜っていたときのことだった。あのときも私はうっかりヘマをして、怒り狂ったグリズモンに追いかけられていた。
せめて落ち着いて手心を加えてくれないだろうか。半ば諦めかけたそのときソウが私の前にふらっと現れた。
「熊なんて飼うもんじゃないぞ」
開口一番の言葉がそれ。何から何までずれている言葉に思考が止まったのを覚えている。けれど、その疑問の波に数秒前までの恐怖や諦観が洗い流されたのも事実だった。
「こんなの飼ってる訳ないでしょ!!」
「そうか」
本当に理解しているのかという疑問が沸き立つ間に、彼は私とグリズモンの間にふらりと割ってきた。あまりに自然な動きで、私がそれに気づいたのはグリズモンが標的を彼に変えたと感づいた直後だった。
既に声を上げることすら間に合わない。間合いはもうグリズモンの爪の圏内だ。二秒後に何も知らない彼の腹が裂かれるのは揺るがない必然。私にはその現実から目を逸らすことすらできなかった。
「え?」
だからこそ、私は目の前で起こったことを現実として認識するしかなかった。
グリズモンが左の豪腕を力強く振るう。先端の大きく硬い爪が鋭い角度で迫る。それを前に彼が取ったのは、左方への僅かな前進と腰を落とすかたちの体重移動。あまりに最小限の行動だ。けれど、それが最大限の効果を産んでいたことを私はすぐに理解する。
グリズモンの爪は彼の右後方を通過。慌てて次の攻撃に移ろうとするグリズモンだが、既に間合いは一歩前に踏み込んでいる彼のものへと変わっている。無論、反撃の準備も整っている。
けれど、彼はあくまで人間だ。デジモンと人間ではどちらの方が頑丈な身体を持っているかは明白。ましてやグリズモンとなれば、攻撃を仕掛ける彼の手が無事で済むとは思えない。
その予想は半分当たっていた。至近距離で掌底を打った結果、彼の右腕は限界を迎えて折れてしまった。けれど、限界を迎えたのは彼の右腕だけではない。腹の内まで浸透する衝撃によって、グリズモンの身体も限界を迎えていた。予想が半分当たったということはもう半分は外れている訳で、このとき外れたのは闘いそのものの勝敗だった。
「む。やはり一筋縄ではいかないか」
折れた右腕を眺めつつ彼は敗者に背を向ける。そうなると必然的に目が合うのは何もできずに腰を抜かした私になる。それに気づいてずんずん近づいてくる彼を前に、私ができることなどありはしない。
「大丈夫か?」
それでも差しのべられた左手を掴むことができた理由は今でも分からない。人間にしては大きなごつごつとした手。これならば確かにある程度のデジモンには自力で対応できるだろう。今回のように犠牲を払うことが前提だけれど。
「その腕……」
「ん、ああ。普通の熊ならもう少し抑えられたが、それでは通用しないと思った。これでも生き残るための駄賃としては安い方だろう」
「そういうことじゃない!!」
思わず飛び出した叫びに私自身が一番驚いた。一人で旅をしてきたのに、ここに来て他人の心配をするとはどういう気紛れだろうか。けれど私以上に馬鹿げた気紛れを前にしては、この気紛れも何てことのない平常運転に思えてくる。
「なんで私のために腕を犠牲にしたの?」
逃げるタイミングなんていくらでもあったはずだ。最初に私を見つけた段階で声を掛けずに立ち去ればよかった。グリズモンを認識した段階で逃亡を始めればよかった。私とグリズモンの間に入らなければよかった。爪を避けた後に反撃に移らず走ればよかった。
そうすれば少なくとも彼が右腕の骨を折ることはなかったはずだ。代わりに私の身体に危害が加えられるけれどそれは彼には関係のない話。当事者としてその仮定は認めたくないけれどそれが私と彼が辿る当然の末路だった。
「危なそうだったから」
頬を掻いて出た言葉は声量とは裏腹に確固たる意思が籠ったもの。それを聞いてしまった以上、問い詰める言葉は出なかった。どれだけアプローチを変えたところで納得できる答えは得られそうにないと分かってしまった。
天性のお人好しかただの馬鹿か。間違いなく後者だと判断した後、何の気まぐれか自分も後者になろうと思ってしまった。
「もういいわ。……ひとまず病院に行きましょう。その腕が治るまで付き合ってあげる」
「いいのか?」
「私以上に危なっかしい奴を放っておける訳ないでしょ」
「確かに。それもそうだな」
「アンタのことよ。アンタの」
自分を助けてくれたのがこんな危機管理のできない奴ではいつどこで野垂れ死ぬのか不安になる。その遠因が自分にあるのではないかと胃が痛くなるのは御免だ。
ならばせめて、私のせいで死んだと思わなくて済むまで行動を共にした方が精神衛生上健全だろう。
ソウの退院が決まったのは三か月後のことだった。腕の骨折だけならその半分以下で済んだけれど、肩や足、内臓など他の箇所で目に見えない深い傷を負っていたため治療は想定以上に困難だったらしい。
その間は私も旅を中断してソウの面倒を看ていた。収集したい素材は既に集まっていたし、じっくり腰を落ち着けるタイミングとしても適当だった。……正直、それが取り繕うためのささやかな言い訳だという自覚はありました、はい。
面倒を看ていたといっても身元保証のために近くに居ただけのようなもので、私は特に治療には関与していない。応急処置や治癒魔術は心得ているけれど、その道のプロフェッショナルが居るのなら任せた方が良い。
結局のところ私が二ヶ月の間していたことは試料の整理やレポートの執筆。そして最も時間を割いた、ソウの暇潰しのための雑談くらいだった。以下はその中で一番印象に残っている一幕。
「つまりここは俺が居た世界とは別の世界なんだな」
「そ。で、アンタが熊だと思ってたグリズモンも私もデジモンという生物。アンタの世界の生物と一緒と思わないように。血気盛んな問題児もゴロゴロいるから、この世界には治安の悪い場所もかなり多いわ」
「なるほど。気をつける」
丁寧に説明してもこの相変わらずの反応。これでは分かっているのか分かっていないのか私の方が分からなくなる。教師としては非常に困る相手だけれど私は話を続けるしかない。
「この世界には稀にアンタみたいに紛れ込む人間が居る。ただでさえ非力な人間達には可哀相なことに、この世界には『人間と契約できれば活力を吸い上げて力を得られる』なんて話が広がっているの。おかげで人間を探しては捕まえようとしている連中も居るわ。――要するに、哀れな迷い子が長生きできるほどこの世界は甘くないってこと」
「まるで俺が生きていることが幸運みたいな言い方だな」
「実際幸運以外の何物でもないから」
タチの悪い組織に捕まって、エネルギータンクとして売られる未来もあったかもしれない。彼らにとって重要なのは話の真偽ではなく売れるかどうか。売られた後は結果に関わらず使い潰されて捨てられるのがオチ。ネガティブなifなんて考えるだけで精神力が削られるのでここまでにするけれど、私達の想像よりも酷いオチが待っている未来もあるだろう。
「うん、その通りだ。初めて遭ったデジモンがアコでよかった」
「な、何よ急に。今さら褒めても何も出ないわよ」
その言葉はまさに不意打ちだった。あのとき助けられたのは寧ろ私の方だ。笑える程あっさり死ぬはずだった私を自分の身体を顧みずに守ってくれた。その借りくらい返さなければ、胸を張って見送ることができない。今ここでソウと話しているのも結局は自分が納得するための行動なのだ。
魔女(ウィッチモン)らしくない性格だとは散々言われた。けれど、これが私なのだからどうしようもない。
「む。これからも世話になりたいと思うのも駄目か」
「嫌な冗談言わないで。契約でもするつもり?」
想像するだけで気が滅入る。そう言葉を繋げながらも内心はそんなことは無いだろうと笑っていた。そんな自分を殴りたくなるのは三十秒後の話。
「その契約はどうやるんだ?」
「それを今聞く? 悪いけど知らない。そもそも任意でするものじゃなくて、相性が合えば勝手にされているものらしいし」
「なるほど。ところで急に力が抜けてきたんだが」
「妙なタイミングね。寧ろ私は急に力が湧いてきたんだけど」
渇いた笑いが思わず零れる。同じタイミングで真逆の現象が起きるなんてなかなかない偶然だ。この現状が先ほどの契約の話と一致していることが一番奇妙な話。これではまるで私とソウの間に契約が結ばれたようなものではないか。
信じられなかった。信じたくなかった。心労で倒れそうだった。
「契約されてたようだな。……何かまずかったか」
「まずいというか、変人とハズレが組むって事実が辛い」
「変人とは失礼な。……ん、アコがハズレ?」
「ええ。ハズレもハズレ。こと戦闘においては落ちこぼれの筆頭よ」
あまり口にしたくはないけど、契約が結ばれた以上は隠すことはできない。事実を打ち明けたら人畜無害そうな顔がどう変わるのか。他人から侮蔑の表情を向けられるのは慣れた筈なのに、彼の顔にその表情が浮かぶのが怖くて仕方ない。それでも、今ここで打ち明けなくてはいけない。
「私ね、攻撃できないの。生物に向けて魔術を使えないのよ」
トラウマのきっかけは至ってシンプルな事件。荒くれ者に襲われた窮地に私はウィッチモンへと進化し、その溢れんばかりの力で向かってきた敵を一発で撃退した。けれども未熟な私に自分の力は扱いきれず、荒くれ者だけを狙うなんて器用な真似はできはしなかった。結果、私の旅に同行していた仲間にもその牙を剥いてしまった。
その日から私は魔術を攻撃手段として使うことができなくなっていた。指を向ければその先端が震え、手元は不自然に揺れ、動悸は激しくなる。立つことも危うい状態をしのいだ頃には既に魔力は四方に霧散して術としてのかたちを保つこともない。
「分かったでしょ? 私はアンタを守れない。パートナーの人間を守れないデジモンがハズレでなくて何なのよ」
打ち明けた。洗いざらい話してやった。思う存分絶望して、その呑気な顔を曇らせばいい。未来の不安から緊張感を持ってくれれば、私も自分がハズレという事実を笑えるというもの。
「なるほど。自衛の手段が無いのは大変だな。――なら、俺が戦おう」
「何を、言ってるの?」
様々なパターンを想定していた。どんな言葉が飛んできても良いように心の準備もしていた。それでも自分の耳が信じられなかった。あんな目に遭ったのにそんな妄言を言える彼の神経が理解できなかった。
「アコが戦えないのなら、代わりに俺が戦えばいい。腕っぷしには自信がある」
「ふざけないで!」
ここが病院だということを忘れるほどに、ソウの言葉は私の感情を乱暴に逆撫でした。自分の身体を何だと思っているのか。なぜ自分がここに居るかも理解していないのか。そんな馬鹿が私の代わりに戦うなんてこちらから願い下げだ。
「戦えない奴の代わりに戦える奴が戦う。合理的だと思うが」
「どこが合理的? 誰が戦える奴って? 腕一本折っておいてよくそんなこと言えるわね」
「でも、グリズモンとやらは倒せた」
「ええ、そうね。で、代償に今度はどこを折るつもり? それとも何かの器官を潰す? そんな真似をしてたらすぐに死ぬわよ。死んだら私の代わりなんてできないでしょ」
「う……ああ、確かにそうだな。いや俺も無駄に死ぬ気は無い」
自然と語気は強く、語調は説教じみたものになっていく。いや、説教でも足らないくらいだ。最後に薄っぺらい生への執着を見せなければ本気で一時間は説教が止まらなかっただろう。
デジモン同士の戦いでも当然負傷する。皮膚(テクスチャ)が欠損したり、骨格(ワイヤーフレーム)が折れたりなんてこともざらだ。自分の攻撃の反動で傷つく程度の人間に、それだけのダメージを何度も生身で受ける私(デジモン)の代わりが務まる訳がない。
治安が安定しているエリアも多くはなってきても、私達デジモンは元々が闘争本能を宿した獣。野蛮な性を暴力に変える賊が少なくないのも事実で、そういう輩に限って弱ったところを突くのに長けている。奴らからすれば一度の戦いで必ず重症を追う相手は格好の獲物だ。
この世界において生きるために足掻くことは大前提。出来る限り負傷せずに弱味を見せないことこそが最適だ。
「流石にアンタも死にたくないのね。よかった、そこまでの馬鹿じゃなくて」
「もしかして心配してくれているのか?」
「……は?」
心配している? こんな馬鹿をなんで私が。ただ私は成り行きでもパートナーとなった人間が自分の身体を大事にしないのが気に食わないだけ。無駄に命を散らした理由が私の代わりに戦った結果なんてことになれば、私のプライドや精神(メンタル)まで無残に散ることになる。あくまで私はソウのパートナーとして彼にもパートナーとしての自覚を持たせて、私の精神に少しでも安寧をもたらしたいだけ。
「俺のことを心配してくれるなら、俺が死なないようにアコが上手いことやってくれ」
「なんでそんなことを頼むの。面倒事を私に投げてまで、なんで私の代わりに身体を張ろうとするのよ」
本当に馬鹿だ。自分の身は自分で護る意識くらい持ってほしい。自分を蔑ろにしてまで私は守って欲しくない。そもそもいくらパートナーだからといっても自ら危険な役割を担おうとするのがおかしい。
「理由なんて大層な物は無い。――ただアコのために何かしたいだけだ。でも、俺には戦うことくらいしかできないから」
思わず声を失った。ソウが口にした言葉は具体的な返答としても不十分な、それ単体では信用に値しないもの。けれど、その瞳はあまりに純粋な光を灯していた。それはソウがその言葉を本気で言っているという証明に他ならない。
「はぁ、分かったわよ。好きにしなさい。――けど、死ぬことは絶対に許さないし、そんなことにはさせない」
本当に馬鹿だと思う。それもかなり強情で無駄に意思の固いタイプの馬鹿だ。そんな馬鹿はこれ以上何を言ったとしても意見を曲げないだろう。ならばせめてソウには好きなようにやってもらって、私は彼の命が少しでも長く伸びるための準備をした方がいい。馬鹿の言葉通りに動くのは癪だけど、人間にただ護られるなんてのは私自身が許せない。――だから、いずれは私がソウを護るのだと口には出さずに誓った。
「ようやく納得してくれたか」
「納得はしてない。許容しただけ。……デジモンじゃなくて人間が戦うなんて滅茶苦茶よ」
「滅茶苦茶でいいだろう。何事にも例外は付き物だ」
例外――戦うことのできないデジモンと戦うことしかできない人間のコンビにこれ以上的確な言葉は無いと思う。
ソウがデジモンと戦う。そう決まった上で、身体を張る彼を護るために私が打った手は主に二つ。
一つ目は薬による内側からの強化。大まかな効能は心肺機能や筋肉の増強、加えて魔術への耐性の付与。ドーピングといえばドーピングだけれどあまり手段は選べないのも事実。当然、ソウが人間としていられる範囲内だけれど。
二つ目はアクセサリによる外側からの強化。私が得意とする風や水の魔術の術式を籠めた腕輪(ブレスレット)や足輪(アンクレット)を付けさせることで、移動速度や格闘技をデジモン相手でも通用するものへと昇華させることに成功した。当然ただそれらを付けるだけではソウの身体がアクセサリの魔術に耐えられない。けれど、元々ソウが鍛えていたことや薬で肉体を強化していたこともあって、ソウは何の負担も無く使いこなすことができた。
私が薬や道具を作ることが得意だったのは本当に幸いだった。ソウはもう並大抵のデジモンの攻撃じゃ簡単にはくたばらない。流石に無傷で終えられる戦いは無かったけれど、ここまで大怪我を負うことなく旅を進めることができたのもまた事実だった。
「話はここまで。長時間に関わらずご清聴ありがとうございました」
「ふーん。とりあえずソウが馬鹿だってことはよく分かった」
「それだけ理解してくれれば十分よ」
あまり語りが上手くない自覚はあったけれど、リコもデンカも退屈そうな顔をしないでくれたのはよかった。一方でソウが口を尖らせながら頬を掻いている点に関しては一切考えないこととする。
視線の先に建物らしきものが見えてきた。長話でも時間潰しとしては適当な長さだったらしい。それはつまり、町までの同行者との別れが近いということ。昔話を語っていたせいか、想像していたより寂しく感じてしまう。こんな気持ちになるのなら無闇に自分達のことを話さない方が良かったとも思えてきた。
「アコ達はこれからどうするの?」
「一息ついたら近くの遺跡に行くつもり。文明を支えた古代の魔術の調査ってところかな。……あ、地下迷宮なんてのもあったかな」
寂しさを誤魔化そうとした結果、話の中心は町に着いた後のことに移る。
私達の目的地はかつてクレノソスという名の都市だった遺跡。二千年ほど前、ウィッチェルニー由来の魔術師を中心に魔術による高度な文明を築いたらしい。けれど、世の中栄枯盛衰が必定。魔術によって栄えたその都市は同じ魔術によって滅びた。けれど、その当時の奇跡の残滓や魔力の痕跡――手付かずのもの含めて――が現在も遺跡の中に残っていると噂されている。
古代の魔術には一人の魔術師として興味がある。それ以上にソウを護るために魔術の知識がより必要だった。
「そっか。……面白そうね。このままわたし達もついてっていい?」
「別にいいけど……いいの」
「いいの。これからの方針も決まってなかったし」
それはあくまで私達の都合。魔術の素養のないリコ達には関係のない話。そう思ってまた二人旅になると考えていたのはこちらだけだった。単純な興味であってもまだリコ達と旅を続けられるのは素直に嬉しい。ソウの奇行に頭を痛める役割が分割できると思うと心底ほっとする。
「じゃあ、これからもよろしく」
「こっちこそ。ま、ひとまずのんびり休みましょ」
町はもうすぐそこ。後は宿を手配してシャワーと食事と睡眠で一日の残りを消化する。それから先は何も決まっていないけれど、おそらくニ三日を休養と準備に使うことになるだろう。準備期間の間にできれば遺跡に詳しい案内役を確保しておきたいところ。
落ち着ける目処が立ったからか今後について色々な想像が閃光のように巡る。そこにソウのことを踏まえたものが無いあたり、私もまだ彼の扱いが未熟だということだったらしい。
ありがとうございます。強いて言うなら恋愛未満の信頼関係の話ですかね。
まほよ要素というのはぶっちゃけ二組のルーツがそこに出てくる連中だったことです。ただ今思うと良くも悪くも剥離してる面があるなと思ったり。
ソウのルーツは草の字なので、ルーツを同じくするアサシンのマスターのキャスターのマスターであるティーチャーと同様に初見なら怪物を殴り殺せるスペックです。一方でアコの方は青子のような破壊の才能というよりは姉貴や有珠のように小技の知識に長けた感じになりましたが、さっぱりしつつもお人好しなところは根底に残したつもりです。彼女の詠唱も最後の台詞も褒めていただき、ありがとうございます。
ヤンキー殿下(デンカ)くま「りこ」じかは完全にイメージと手癖で書いている部分がありますが、ただ似た関係のCPを書きたかっただけということで。……それにしてもデジモンに当てはめようとしたら死亡フラグを背負いかけるのはらしいというかなんというか。
ピトスは言ってしまえば一線を越える舞台装置なので、傷んだ赤色的なムーブをさせました。……ハンプティダンプティ? まあ、草の字を殺す気でストーキングしてたので、登場シーン的に敵と言えば敵なので。
マトリクスエボリューションではなくアコ単体ではありますが、メディーバルデュークモンに進化するケースも考えてはいました。が、せっかくならデジモンと人間と根本的に異なる種族関係だから出来る覚悟の決め方はないかと思い。それを入れ替える形になりました。