一筋の闇が落ちる
行き場のないそれは1箇所に留まりお互いにくっついては殺し合い、引き離されては殺し合う
戦争や核兵器によって滅んだ世界
悪なる者によって侵略され蹂躙された世界
環境問題によって生物が絶滅した世界等々
皆、無慈悲に死んでいった魂たち
夢も愛も幸せも掴めず散っていった恨みの霊魂
人の形をなせず、死んで尚明るい魂たちがいる場所にいけず深い闇の中にしか存在できない追い詰められた黒い魂たち
ドプンッ
永遠に続く無念と悲しみの怨嗟
辛い、苦しい、私が一体何をしたというんだ
お前が悪い、貴様が悪い、全部全部この世界が悪い
死んでるのに楽になれない
こんな事になるなら死ななきゃ良かった
いや、そもそも生まれて来なければよかったんだ
この世界が憎い
この世の全てが憎い
だから
創らねば
我々が恨む全てに鉄槌を下す英雄を
自分たちだけを救ってくれる救世主を
そんな都合のいい我々/私たち/俺たちの神様をツくロウ
だからだからだから
もっともっともっとたくさんの闇を彼に注ごう
生まれておいで、そして我々/私たち/俺たちを楽にしておくれ…
ドクンッ
闇の集合体から心臓の音が聴こえる
やがてそれは肉をつけ次第に大きくなり、人の形から異形の体へと変化し怒りと悲しみに満ちた産声を上げこの世に誕生した
それが最初に見たものはデータの闇
脈動する度に憎悪が全身を駆け巡り、触手からは生物全ての遺伝子が詰め込まれ、頭の中は霊魂たちの苦痛の叫びと憎しみの声が流れていく
全身を掻きむしりながら瞼を閉じる
しかし瞼を閉じてもこの世全てが嫌でも見えてしまう
生者たちが何の不自由なく暮らしている
それらを見ると虫唾が走る、吐き気を催す
なんでなんでなんでなんでアイツらだったのか
どうして我々/私たち/俺たちじゃなかったのか
壊してやる!全て壊して、無にして、生命も誕生しない闇の世界に作りかえてやろう
膨れ上がった怒りが最高潮になり地上を映すモニターを表示し掌に大量の暗黒(ダークネスゾーン)を展開、世界に向けて放とうとした、その時
「?」
それの動きが止まる
止まった理由は一つのモニターに映る地上の親子
一人は人間の女性、もう一人は小さな赤ん坊
出産を終えたばかりの女性が我が子と対面している光景に彼は目が離せない
ソッとモニターに手を当て親子の様子を見る
幸せそうな笑みを浮かべる女性が赤ん坊に向けて言った言葉が彼の行動を静止させた
「生まれてきてくれてありがとう」
それを聞いた途端、自分が何をしようとしていたのか怖くなってしまった
自分は何のために生まれてきたの?
どうして世界を壊そうとしたの?
自分が酷い目にあった訳じゃないのにどうして?
生まれた瞬間自分もあんな言葉を言ってほしい
けど自分はこの世界を滅ぼすために生まれた
祝えられる資格がない
そもそもここには形のない怨念しかいない
そして自分も怨念の集合体
ああ、あの親子のような温もりがほしい
誰かに抱きしめてほしい
私を愛して欲しい
私?
私って誰なんだ?
分からない
これは一体誰なんだ?
誰か教えて!
誰か!
誰か!
誰か…
たスけテ
産まれたばかりの暗黒が抱いた人肌への恋しさと己自身への嫌悪
「おァ…さん…」
モニターに映る親子を見つめながら指をしゃぶり、背中を丸めて動かなくなった王
王の幼児返りの行動に周囲にいた生みの親の怨念たちは失望した
これが我々/私たち/俺たちの王だと?
こんなものを王とは言えない
何故こんなものを創ってしまったのだ
失敗だ
怨念たちの手が殺到する
力強い一つ一つの手が王の全身を引き裂き、体のパーツを更にバラバラにしていく
しかし怨念たちが願って生まれてきた王は不死身であったのですぐに再生してしまう
お前を創ったのが間違いだった
その罰として未来永劫我々/私たち/俺たちの鬱憤晴らしになってもらおう
再び怨念たちが襲いかかりなぶり殺しにされる
あまりの激痛で声が出ない
自分の意思とは関係なく修復する細胞
そして死のない永遠の暴行が繰り返される
しかしそんな中でも彼の目はモニターに映った親子に向けていた
皮膚を剥がされ、首を折られ、顔面が潰されようとその眼差しは親子の笑顔を見つめ続けている
どれくらい月日が経っただろう
怨念たちは飽きたのだろうか、再生途中の顔を投げ捨て離れていく
くっついたばかりの体を起こし、よろよろともたついた体でモニター画面に擦り寄る
あの赤ん坊は背が高く成長し車椅子に乗せた年老いた母親を介護する姿が映っていた
あの日と変わらず2人とも幸せそうな笑みを浮かべている
それを見て不思議と胸の奥が暖かくなった
それと同時にこの世界は消すべきではないと思った
モニター画面に愛おしそうに顔を寄せて、声も届かぬ親子に向ける
「絶対に、この世界を滅ぼさないから、自分が守るから、だから安心して…」
この親子だけでなく数多の世界に住むデジモンたちを見つめ、暗黒の王に似合わない優しい笑を零す
彼はこの世界を粛清せず救済する為に尽力することを決意したのであった
これはアバターを作成しデジタルワールドに降り立つアポカリモンが誕生したばかりの数十世紀前のお話