前々回: https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/puroziekuto-torihune-8-ming-xing-noming
前回番外編: https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/puroziekuto-torihune-v-xing-du-muhu-xun-ranuzi-yan
◇
真っ暗だなァここは
夜の空より暗くて、何にも見えねェや
図書室で見た海の図鑑で見た、ありゃ深海ってヤツか、こんなもんなンかねェ
あー。体が重てェ、鉛にでもなっちまったのか?
……羽衣香、大丈夫かなァ
怖くて泣いてやしてねェかな
こんな真っ暗じゃ俺が光ったって見えねェかもなあァ
ロケットみたいにバビューン!と飛ンで行けたらいいのによォ
……羽衣香、会いてえよォ
◇
こわばった表情のアステリアーモンが素早く羽衣香の前に立つ。
それが予測できた行動なのか、ヘカテモンは嘲笑うように口角を歪め鼻を鳴らした。
「あ、アステリアーモン、知り合い……?」
「……ヘカテモン……。進化したのよ。姉妹よ。あいつは双子の妹だったの。同じステラモンだったから、コードネーム『ホロスコープ』。私は『スピカ』」
おそるおそる聞いた羽衣香を怖がらせまいと、多少引き攣った笑顔を浮かべてアステリアーモンは答える。
ヘカテモンは肯定するように首を縦にふり、口元を三日月のようにニヤリと歪ませた。
「……お前さんまさか、『ルーチェ』と『ポーラ』の話もしとらんのかい?」
「やれやれお前さんは……優しさを履き違えておらんか?」
「昔から変わってないのね〜折角だから教えてあげましょ〜」
指を軽く振ると、羽衣香の周りに小さな星が舞い、ふわりと宙へ浮かぶ。
アステリアーモンがそれを阻止しようと羽衣香を抱き寄せようとするが、抱き寄せる腕はすかりと空を切るばかり。
先程まで驚いていて動けずにいたクナドがすぐさま駆け寄るが、「手荒なことはしない」と制する言葉に、様子を見るしかない。
バアルモンも手元に戻ってきた赤い本に傷ができていないか確認しながらも、ウィザーモンを後ろへと押しのける。
ふわふわと羽衣香は宙に浮かび、ヘカテモンの膝の上にそのままゆっくりと座らされた。
仮面の向こうの目に悪意はない。
むしろ慈しむような温かさがあった。
「ハヅチとオリコの娘や」
「羽衣香です」
「羽衣香、フフ、悪かったねェ本当は名前を知っていたのさ。お前の父さんにアタシたちは見つけてもらったからねェ。さてまずはどこから話そうか」
「まずはアタシたちステラモンの話じゃ」
「アタシたちとアステリアーモン、それともう3体、ステラモンがいたのよ〜」
語りかける優しい声音。
ヘカテモンが語るのは5つの星の子の話だった。
宇宙センターで人間達が新しいロケット打ち上げ計画を立て、そして新しい衛星を開発している時であった。
ロケット計画の責任者だった羽衣香の父、鳥船羽津智(ハヅチ)はコンピューター内に妙なデータ異常を発見した。
そのデータは、独立した動きを見せ、システムをウイルスのように害することなく宇宙センターのコンピューター内をまるで遊ぶように飛び回っていたのだ。
仕事の傍ら、そのデータ達を少しずつ解析していき、見つかったのが5体のデータ生命体……ステラモンだった。
同じような見た目でも、性格がまるきり違う5つの星たちは双子2組と一人っ子で構成されていた。
しかし、名前は皆同じステラモンなので、コードネームをふることにした。
優しい『ポーラ』、やんちゃな『ルーチェ』の兄弟
正義感の強い『スピカ』、ミステリアスな『ホロスコープ』の姉妹
陽気な一人っ子『トリオン』
5体はハヅチにすぐなつき、しばらくした頃にはハヅチのロケット計画のシステム防衛や管理を手伝う心強い味方となっていた。
「あの時のアタシ達は可愛い可愛い星の子ちゃんだったのサ!ハヅチやオリコの願いを叶えるために小さな世界、宇宙センターの電脳をひた走る、健気なモンさ」
「……高度なファイアウォールとセキュリティに守られた星の箱庭という訳か。道理でお前達のデータがアッピンにも記されんワケだ」
椅子にどっかり腰掛けたバアルモンが脱力したように肩を下ろし、そのまま尊大に足を組む。口角を上げるヘカテモンに、多少不服そうな態度を示した。
「だけどねェ、あの日が来ちまったのさ」
「……パパの、ロケットの打ち上げ……?」
あの時、本来であればハヅチのロケット『イワクス』に『ルーチェ』が、後から打ち出されるオリコの衛星『デーロス』に『ポーラ』が搭乗するはずだった。
しかし、『スピカ』からの強い要望で『スピカ』がオリコに付き従うことになり、代わりに『ポーラ』が『ルーチェ』と共に『イワクス』へと搭乗することになった。
『ホロスコープ』は地上から、2基それぞれのサポートに回っていた。
「お前さんじゃなくて『ポーラ』が乗っていたならば、きっと事故は起こらなかったはずだったよ。……『スピカ』、お前はオリコを殺したんだ」
「違うッッッ!!!!!!」
鋭い咆哮に、びり、と図書室に緊迫した空気が張り詰める。
顔を覆い、肩で息をするアステリアーモン。
焦燥、後悔、……負の要素で崩れ落ちそうな脚元を震わせた。
「まさか、まさかあんな、オリコまで、私が負けるだなんて。私があの時負けるなんて思わなかった、から」
「自己肯定が強いのは結構。でもねえ、お前のその傲慢な正義の心がオリコも、他人も巻き込んだ。正義のヒロイン面して大したもんさ」
2体の女のやりとりに、羽衣香は息を詰まらせる。
羽衣香を抱くヘカテモンの腕。
黙ったままの右の頭と、悲しそうに目を伏せる左の頭は、飄々とした毛皮を被る言葉を放つヘカテモンとは全く違うものだった。
「……『トリオン』は?」
空気を変えなければ、と羽衣香が絞り出した言葉は2体の視線を留まらせる、
「……数週間前からいなくなっちゃったの。私達も探したけど見つからなくて」
静かに口を開いたアステリアーモンを、ヘカテモンが横目で流す。
『トリオン』のことを心底悔やんでいるのだろうか。アステリアーモンが唇を噛み締め俯く顔に、羽衣香は思わず眉を下げる。
「"いなくなった"ねえ。"いなくなった"、と"見せかけていた"のが正しい」
その言葉に、アステリアーモンは俯いた顔を引き上げ、目を見開いた。
「『ホロスコープ』、それって」
「あの事故を起こしたのは『トリオン』さ」
ステラモン……ミカモンとアステリアーモンの仲間が、父と母を殺した。
身体が氷の海に放り込まれたような感覚。
羽衣香の喉がか細く鳴る。
「鳥船さんのお父様のロケット事故は、エンジンシステムの異常が原因……とニュースで聞いていましたが」
「ニンゲンの世界ではそう書かざるをえないだろう。言えないだろ、デジモンの仕業だなんて」
クナドの言葉に、バアルモンが返す。
「僕達デジモンは通信が繋がるなら、どこにだって行けるからね」
「『トリオン』は宇宙センターとロケット、衛星を繋ぐ通信に乗って暴れたんだろうねえ」
「そんな!『トリオン』は優しい子だったじゃない、そんな、なんでオリコを、デタラメ言わないで」
「アタシは止めようとしたさ。
止めようとした。
だけどね、優しいからこそアイツはもう止まらなかった。
アイツは"願い"を背負ってしまったから」
ヘカテモンの言葉を理解したアステリアーモンは力いっぱい拳を握るが、その手は小刻みに震えている。
画面の向こう、ヘカテモンの眼差しにも憂いが滲む。
「……いいかい羽衣香、アタシ達ステラモンは星だ。願いが有り、そこに在る。願いを受け止める。そういう存在なのさ。願いによって、アタシ達は姿を変える。……良いも悪いも関係なく」
語りかける静かな声音。
「願いが、想いが、アタシ達の輝く理由なのさ」
ヘカテモンは羽衣香から手を離し、ゆっくりと床へと下ろした。
震えるアステリアーモンの手に小さな指を忍ばせて、優しく綻ばせたところでそっと手のひらへ差し込む。
少女の手は少し冷たい。
血の気が引いた指先が雄弁に困惑と動揺を語るのに、後ろに引かない強い意志が緩やかに手のひらを握る。
自身を見上げる羽衣香の瞳を見つめて、ヘカテモンは柔らかく口元をほころばせる。
「そこなちびすけ魔法使いと悪魔はよく知っているだろうが、魔女との契約は危険が付き物だよ。羽衣香。……アタシ"たち"に何を望む」
ヘカテモンの問いかけに、羽衣香は固く噛み締めていた唇を開く。
「金星を、迎えに行きたい」
真っ直ぐにヘカテモンを見据える目に、曇るものはない。
いつかの記憶、自分達を見つめる宇宙馬鹿の男と女の輝きに重なる。
「……いい目だ。気に入った」
ヘカテモンの言葉の直後、図書室に携帯の着信が鳴り響く。
ポケットからスマートフォンを取り出すと、液晶にぷかりと浮び上がったメッセージに、羽衣香は目の色を変えた。
「クナド先生!早退きするって職員室の先生に言ってて!」
「分かったよ」
「ありがとう!」
ランドセルを急いで背負い、アステリアーモンとヘカテモンを引き連れて羽衣香は慌ただしく図書室を飛び出す。
クナドとバアルモン、ウィザーモンは再び静かな空間に取り残される。
「……鳥船さん、いつの間に大人になったね」
「……護符の1枚2枚渡してやればよかったか」
「鳥船さん、大丈夫かなあ」
「大丈夫だよ。星を見つけた鳥船さんなら」
正面玄関を開けて走り去る少女の運命の背を、1人と2体は見送った。