前回のお話はこちら
*今作は日本書紀に記載されている、神同士の対立について言及している描写があります。
前回のあらすじ
アリスモンに敗北した羽衣香達。
どうにかして対抗出来る作戦をたてたいところだったが、アリスモン側から逃げてきたピノッキモンのジュゼッペ、ピエモンのエースからも有力な情報を得られないまま。
刑事の香取経津子とも連絡が取れず、信太森保名が入院先の病院で不審死を遂げ、数週間が過ぎていた。
◇
『ごめんね羽衣香ちゃん、皆と頑張って情報集めてるんだけどなかなか……。また何かあったら連絡するね、羽衣香ちゃんも何かあったら私にすぐ言ってね!』
プツ、と切れたヨツバとの通話画面を見つめて、羽衣香はため息をつく。
事態は一向に進展がない。ミカモンの手がかりもなく、なにも分からぬ状況への焦燥と不安が、また別の不安に重たくのしかかる。
「羽衣香ちゃん、どうしたの?……大丈夫?」
「……うん……」
片道15分の通学路を進む足が重たい。
こんな事をしている場合ではないのに、そんな時に限って通学日は来てしまうのだ。
祖母と祖父に迷惑をかけたくないから、と1人で勇んで家を出たまではよかった。
歩いていくうちに、学校であった嫌な思い出や、ミカモンのことを思い出して胸がきつく締め付けられるように痛む。
不安そうに声をかけるステラモンの優しさも、痛む心に届かないような感覚だ。
自分の横を気にすることなく通過していく他の小学生の様子と比較してしまうと、より辛くなってしまう。
バイタルブレスに戻ったステラモンが心配そうに羽衣香を見つめる姿に、ミカモンが重なる。
「……ミカモンが心配しちゃうから……!ミカモンがつらい時に羽衣香がこれだとだめだ!羽衣香もがんばる!ミカモン、羽衣香がんばるから!」
ランドセルの肩紐を握り締め、羽衣香は前を向く。
「おゥそうでェ!羽衣香、気張ンな!」と笑うミカモンの顔と声が思い浮かぶ。
手首に巻いたお揃いのミサンガをそっと撫で、羽衣香は先程とは違う勇み足で学校への道のりを歩き出した。
◇◇
ダメだった。
教室に到着してすぐ、仲の良い友達と久々に再会できたところまでは良かったのだ。
だが、以前父の死を揶揄ったクラスメイトの顔を見た瞬間。すぅ、と血の気が引いてしまい、1歩が踏み出せなくなった。
父の死、母の死、そしてそばにいなくなったミカモン。アリスモンとの戦いの際の惨状。全てのことがオーバーラップする。
気がつけば、羽衣香は弾けるように教室から飛び出していた。
後ろから引き留める声が聞こえた気もしたが、胸の深いところが澱むような感情に抗えない。
こんな時、ミカモンならなんと言うだろうか。
そう思いながら、羽衣香は図書室へと駆け込んだ。
「あら、鳥船さん。こんにちは」
図書室の扉を閉めたところで、カウンターから柔らかく声がかかる。
司書教諭の岐神(クナド)は羽衣香にとって数少ない、話が出来る大人だ。
「クナド先生、しばらくいていい……?」
「良いよ、ここは何人も拒まぬ全てを受け入れる知の世界。静かにしてたら大丈夫」
「ありがとう……」
「宇宙の本も仕入れてるよ」
ランドセルを空いた椅子に置き、本棚へと向かう。
お気に入りの宇宙関連の書籍のある場所は少々奥まったところにある。
普段なら、小さなハシゴ階段を借りてガラガラと押してそこまで行くのだが。
「(ハシゴ階段ない……)」
定位置に、ハシゴ階段がない。
もしかしたら片付けていないだけかもしれないが、先生が他の利用者に対しても口を酸っぱくして片付けるように言っているものだ。
……もしかして先に宇宙コーナーに行ってたりして。
頭に浮かんだ期待に、羽衣香は図書室の奥へと進むと、ハシゴ階段はそこにあった。
妙な格好の何者かが利用している最中であったが。
「あ"?」
「あら」
「わ」
背の高い目つきの悪い男に、魔法使いのような姿の男子。
人間の形はしているが、明らかに人間ではない。
「デジモンだ!」
デジヴァイスを起動させる音が高く響く。
バイタルブレスから飛び出したステラモンは顕現と同時に進化し、アステリアーモンの姿を取った。
「わ、わ!ま、デジモン?!」
「貴方たちこんな所で何をしているの!」
「何を……って……読書だが……」
「まさか子どもたちを狙って……!」
背の高い男は子どもの前に素早く前に出ると、長い棒のようなものを構え、アステリアーモンを睨みつける。
アステリアーモンも、羽衣香を庇うように手をかざし、視線を逸らさない。
図書室に緊迫した空気が走る。
「こらこらこら〜〜〜〜〜〜図書室では静かにしなさ〜〜〜〜い」
背後から突然響いた声に、四者は同時に肩を震わせた。
「クナド先生!!!デジモンいる!!!!」
「鳥船さんも見えるのあの人たち、アレデジモンって言うの、へぇ〜」
「クナド先生、この子僕らが見える!」
「そうだねえ、君たちデジモンって言うんだ。まあ座りなさいな」
クナドの案内でテーブルに案内された4人は素直に従い、そのまま席につく。
「図書室ではお静かに。ハシゴ階段を椅子がわりにして座らないこと」
「す、すみません……」
「……」
「兄さんも」
「……チッ、すまん」
「鳥船さんと、そちらの方も、何かあったらすぐ先生に伝えてね?」
「は、はい……」
「ごめんなさい……」
殺気や警戒が削げたところで、クナドはいつもの穏やかな顔に戻り、椅子に座る。
「この子達は先日、この図書室に来るようになったんだ。ウィザーモンくんとバアルモンくんだったね。……この子は鳥船さん、宇宙関連書籍棚の主だよ」
「あそこの棚かぁ!本の揃えがいいもんね!君がリクエストしたの?今あそこ読み込んでるんだ僕、面白いよねえ!」
嬉しそうに身を乗り出して語るウィザーモンに呆気に取られる。
それでも、共通の話題を振られて悪い気はしない羽衣香は、アステリアーモンの手を握って小さく頷いて肯定とした。
アステリアーモンとバアルモンは終始睨み合っていたが、その様子にクナドが咳払いする。
「お前もデジモンか」
「アステリアーモンよ」
「……聞いたことがない名前だ、ウィッチェルニーにも、デジタルワールドにも記載がない」
「私はそちらで生まれたデジモンじゃないもの」
未だ警戒が滲む2体のやり取りに、羽衣香とウィザーモンは顔を見合せ、困ったようにそれぞれの保護者に視線をやる。
「アステリアー……。星の神様の名前を冠してるんだね、君は」
「アステリアーモン、星の神様の名前なんだ……」
ややピリつく空気の中、クナドは一旦立ち上がる。ゴソゴソと本棚を漁り、すぐに1冊の本を手に取って戻ってきた。
『星の神様の話』というタイトルの本。
それを開くと、その女神は姿を表した。
「新しい本だよ。鳥船さんに読んでもらいたくて取り寄せたんだ。アステリアーはギリシア神話の星の女神。星座の女、って意味だよ。確かにアステリアーの名にふさわしい姿だね」
差し出された本には、分かりやすい解説と、隣に描かれた美しい女神の挿絵。
アステリアーモンの顔に快活な笑みが戻る。
「うふふ、そうよ!私は星のデータから生まれたデジモンだからね!」
誇らしげに胸を張るアステリアーモン。
クナドから渡された本をそのまま机に開けば、羽衣香とウィザーモンの2人が食いつくように書面を覗き込んだ。
東西から様々な神話の神や悪魔、精霊が名を連ねている目次に、2人は興味の光を目に宿す。
正義の女神、乙女座のアストライア。
アステリアーの娘、魔術の女神ヘカテー。
メソポタミアの天空神、アヌ。
明けの明星の名を持った堕天使、ルシフェル。
「星の神様って結構いっぱいいるね」
「うん、面白いね!……?」
突然、羽衣香がページをめくるウィザーモンの手を制した。
「どうしたの鳥船さん」
図書室に静かな緊張が張り詰める。
クナドの言葉が遠く聞こえるほど。
何も語らず、息を詰まらせる羽衣香。
そのページに書かれているのは、日本神話に伝わる星神。
「アマツ……ミカ……ボシ…………?」
天津甕星。または天香香背男。
日本書紀にその名を記された星の神。
葦原中国平定の際、高天原より派遣された武神である武甕槌命と経津主神の2柱を相手に、最後まで反逆した悪神。
……この神を知っている。
荒々しくも美しい男神の姿で描かれた、その神の名前を起点に、羽衣香の頭の中で、次々と記憶のパーツが組まれ、掘り起こされていく。
記憶を失い、ステラモンと名乗るはずの自身を「ミカモン」と名乗ったミカモン。
『私は星のデータでできてるの』
『ギリシア神話の星の女神の名前だね』
◇◇
『羽衣香、見えるかい。あそこに輝いてるのは金星。日本の金星の神様は天津甕星と言うんだ』
『あまつー、みかぼし?』
肌寒い秋の夜。
父から語られた星神の伝説に耳を傾けながら、月の隣で誰より一際輝く星を見つめる。
『悪い神様と言うけれど、パパはその神様が好きなんだ』
『なんでえ?いうこときかないわるいかみさまなのに?』
『その神様はやってきた神様達が単に嫌いで戦ったわけじゃなくて、大切なものを守ろうとしたんじゃないかなって思うから』
ベンチに置いたラジオからは、今日の夜の天気予報が流れる。
望遠鏡のピントを調整しながら、父は語りかけた。
『神様は自分を大切にしてくれる人達を守っていたんだ。辛い時苦しい時でも、願いや大切な人の為にがんばれる。凄いことでしょ?優しくて強い星の神様なんだ』
『……うん!かみさま、すごいね!ういかもそのかみさますき!』
『あはは!よかった!パパと一緒だね。羽衣香も、好きなことや大切なものを守れる子になるんだよ』
『うん!ういか、かみさまみたいにやさしくてつよいこになる!』
『よーしパパも!羽衣香とママのためにお仕事たくさんがんばるぞー!いつか羽衣香をパパのロケットに乗せて金星まで宇宙旅行だ!』
『わぁい!パパだいすき!』
◇◇
やさしく抱きしめられた後に、肩車をしてもらった時に見た、地上の星の海と空に輝く宵の明星。
「パパ……」
鮮烈なまでに思い出された記憶に、視界が潤み、額が熱くなる。
「パパ、パパが羽衣香のために、神様を連れてきてくれたんだね……」
あの時の明星がミカモンとして、足元と道を照らす道標になった。
胸の中から溢れ出るあたたかい感情を止めることなど出来ず、羽衣香は口元を綻ばせ、小さく肩を震わせる。
心配するアステリアーモンに首を振り、涙を小さなタオルハンカチで拭う。
呼吸を整え本を閉じ、確信する。
自分がやるべきことが決まった。
羽衣香はバアルモンとウィザーモンに向き直り、真剣な眼差しを向けた。
「バアルモンさんとウィザーモンさん!ダークエリア……って、デジタルワールドにあるんだよね?お願いします、ミカモンに記憶を届けに行くために……羽衣香にダークエリアへの行き方を教えてください!」
その言葉に、バアルモンとウィザーモンは驚愕を隠せぬ目を向き合わせる。
アステリアーモンも言うまでもなく、羽衣香の発言に唖然として上手く言葉も出てこない。
「馬鹿か!ダークエリアは危険地帯なんだぞ。悪魔系デジモンがうじゃうじゃいる!そこを支配する魔王型デジモンは災厄そのものだ!生きたデジモンが、ましてやお前みたいな小さな子供が行くだなんて死にに行くようなものだ!」
先程と打って変わり、感情的に饒舌に詰め寄るバアルモンだが、それに怯むことなく羽衣香は赤い目を見つめる。
「大体人間がデジタルワールドに行く方法が確立していない、行く方法があるにしても生存も保証できん!無理だ!」
「でもポコモンはデジタルワールドに行った人間もいるって言ってたよ!」
「いる!いるがそれは昔話だ!だからお前がデジタルワールドに行くのは不可能だ!」
『いいやできるさ』
突然の反論に、バアルモンはウィザーモンに勢いよく視線をやる。
「何か言ったか?」
「僕じゃないよ!?」
「私じゃないわ」
「私も違うよ」
順番に睨みつけられるが、その場にいた全員が否定していった。
皆が首を傾げ、バアルモンが神経質そうに訝しむ中。
『イーッヒッヒッヒ!ヒヒヒ!簡単簡単さ!アタシの魔法があればねぇ!』
不気味な笑い声が図書室に響き渡る。
周りを見渡すが、声の主はどこにもいない。
ふとウィザーモンがなにかに気づいたように目を見開き、すかさずバアルモンの腰に提げたアッピンの赤い本をひったくるように取り出す。
そのまま、バアルモンの制止も聞かぬまま、アッピンの赤い本を図書室の広いスペースに投げ捨てた。
放り出された赤い本は床に落ちることなく宙に留まり、ふわふわと浮遊してみせる。
皆が不信げに身構えていると、表紙に描かれた三角の紋様が妖しく輝きを放ちはじめ、ついに図書室を飲み込む激しい光を放った。
『イーッヒッヒッヒ!イーッヒッヒッヒ!!ようやくこっちに一身置けたねぇ!アタシを呼んだだろう、ハヅチの娘!』
光でちらつく視界の中、本の表紙から現れた人物が父の名を呼んだ。
「……パパを知っているの?あなたは誰?デジモン……?!」
羽衣香の問いかけに、ようやく全貌が見えてきた人物は不気味に笑う。
それは狼のような仮面を被り、両手にそれぞれ猫と蛇の仮面を被った似た顔立ちの生首を持った、長い髪を三つ編み3束で纏めた女。
それぞれの頭がくすくす笑い、にやにや笑み、その異形さを際立たせ、額にいただく月の冠が妖しげに光る。
「イッヒッヒッヒ!ヒヒヒ!そゥさね!アタシはデジモン!デジタルワールドに三身を置く魔女、ヘカテモンさ!」
To be continued……