"星よ、星よ。小さな星よ"
"宙飛ぶ舟の祈りを抱える、小さな星よ"
"お前はあの人の願いを背負い、
羽衣の子の祈りを身にまとい、
お前自身は何を願う?"
ふわふわと揺蕩う身に、誰かが語りかける。
「星が願い事たあ、とんだ滑稽だなァ」
口から零れた言葉に、思わず自嘲する。
「……これは、俺の"願い"なのかもなあ」
◇
「"イシュタル・アロー"」
「"バレットレインストーム"」
『"御神渡り"』
激しく降り注ぐ光の矢と魔弾の雨の中、カカセモンが水を足に纏い、氷の軌跡を描きながら宙を滑り抜けていく。
攻撃が当たらないのが面白くない。
ルーチェモンが不機嫌そうに軽く唇をツンと突き出す。
そのまま差した指をくるくる回してカカセモンに鋭く指を向ければ、ルーチェモンの号令に合わせるように光の矢が真っ直ぐな軌道を曲げ、カカセモンを追う。
「いちいちちょこまか、しかも再生ばっかりしてヤーなやつ。マジでムカつくからさ、あのおちびさんを殺す前にお前は前菜としてぼくがじわじわ嬲り殺してあげる」
ルーチェモンが額に血管を浮かせ、殺気立ったオーラを放つ。
その隣。ベルゼブモンは羽衣香達が走り去った先を一瞥する。
遠くに見えた見覚えのある忌々しい光に目を細め、軽く舌打ちをする。
遊ぶ暇がありゃいいが、そう呟きながら右手のブラスターの引き金を力強く引いた。
◇
「"マジカルホロスコープ"!」
「"マジカルサテライト"!」
アステリアーモンの周りから放たれた12の光弾が弾けるようにして空を飛び交う。
デュークモンがすかさずマントで光弾を振り払うが、ヘカテモンが放った3つのサテライトが周りを取り囲み追撃のレーザーを放つ。
アステリアーモンとヘカテモンがよく似た笑みを浮かべてデュークモンの大ダメージを確信するが。
「"ロイヤルセーバー・ラウンド"」
落ち着いた声音に反し、聖槍に宿る激光が眩く輝く。
目が眩む中、聖槍の一振りから放たれた斬撃がサテライトごと周りを切り払った。
衝撃波で狼を象る仮面が吹き飛び、周りの岩場もろともあっという間に激光に切り刻まれた。
「ホロスコープ!」
「頭が無事ならかすり傷さ!前向きな!」
仰け反ったヘカテモンを心配して叫ぶアステリアーモンの狼狽を一喝したヘカテモンは、彼女によく似た顔立ちを歪ませ、新たなサテライトを浮かべて臨戦態勢を整える。
「騎士様を先に行かせるわけにゃ行かない、スピカ!アタシらが羽衣香の壁になるんだよ!例えデリートされようが呪って道連れにしてやるのさッ!」
◇
ピストモンの背中にしがみつく羽衣香の後ろで、激しく光が輝く。
羽衣香が口を開くよりも速く、間を置かずに烈風がピストモンへの追い風とばかりに吹き荒れた。
「ドキモンちゃん!」
「羽衣香ちゃんあともう少しだよ!しっかり掴まってェーッ!!!」
追い風を受けて加速するピストモンの背に顔を押し付け、羽衣香は限界に近い腕に力を込める。
かおる硝煙と潮のにおい。
飛び交う閃光。
海が近い。
「うおおおおぉ─────────────────────ッ!!!!!」
目の前の崖に恐れ成すことなく、ピストモンが上げきったスピードのまま突っ切る。
空中に身を投げたその下に、黒い海が広がっている。
背中にしがみついている羽衣香を抱え直し、ピストモンは真っ逆さまに下へ落ちていった。
◇
『!ナラ、ヌ……!ナラヌ!』
カカセモンが声を荒らげる。
海へと落ちる羽衣香の姿を視界の端に捉え、長い白髪を乱れさせながら首をそちらへ向けた。
「は?」
ビキリ、と額に浮き出た血管が数筋立つ。
自分達と戦っておいて余所見をするなど。余りにも無礼た真似だと、魔王2体の端正な顔に突沸した怒りが浮かんだ。
「ねえ、何いち抜けしようとしてんの?ぼくらと遊べよ、死ぬまで」
「ボケカスがよォ、早いとこテメェぶっ殺してスッキリした気持ちでアッチに遊びに行きてェンだよ」
戦闘から離脱しようとするカカセモンの髪をベルゼブモンが掴み、思い切り後ろへ引いたのに合わせてルーチェモンのラリアットが顔面を直撃する。
一瞬仰け反ったものの、すぐに体勢を整えるとルーチェモンを睨みつけ、再生した袖を振り上げてベルゼブモン諸共払い除ける。
あそこまでのダメージを受けた体で動くことが出来たカカセモンに驚きが浮かぶも、2体は素早く体勢を立て直し攻撃態勢につく。
『ハ、ゴロモ……ッ!ナラヌ、ナラヌ─────────────────────!!!!!』
泡立った咆哮が響き渡る。
「……なにあれ」
咆哮と同時に、カカセモンの背後に浮かび上がったそれに、ルーチェモンが声を漏らす。
突如現れた禍々しい気配を放つそれは、まるで仏堂の出入口に設置されるような扉だ。
背後に浮かぶ扉に、ベルゼブモンが息を飲む。
「"バックドア"か……!」
システム等に侵入する為、不正侵入者が設置する出入口。
この"ダークエリア"に侵入したカカセモンだが、多分この扉を使ってやってきたはずだ。
正規のルートであればアヌビモンや他のデジモンが既に騒いでここまで事態が大きくならなかったはずだ。
そして、侵略を企てたカカセモン以上の何者かが関係している。
扉から溢れ出す桁違いの禍々しい気配に、ベルゼブモンの思考はそう判断した。
そうとしか考えられない。
そして今、まずすぎる状況だということも。
カカセモンが両袖を広げるのを合図に、勢いよく戸が開かれ、その先を曝け出した。
直感で感じた身の危険に、ベルゼブモンが目を見開く。
扉の先で、北斗七星が妖しく輝いた。
「まずい!ルーチェモン!!!」
ベルゼブモンが叫び、ルーチェモンの前へと躍り出る。
『"グランシャリオ・ヴァジュラパーニ"』
悪意ある笑みを向けたカカセモンが、まるで己が勝ちを確信したかのような声音で高らかに叫ぶ。
扉から放たれた7つの光がさんざめき、2体を包み込んだ。
◇
「"スライドエボリューション・ダイブモン"」
黒い海に飛び込んだピストモンは静かにダイブモンへと姿を変えた。
この中にミカモンがいるという羽衣香の言葉を信じて、深海に住まうデジモンの気配を浴びながら深く深く、底を目指して潜っていく。
「……ドキモンちゃん」
しばらく経った頃。羽衣香が口を開いてダイブモンの名を呼ぶ。
「羽衣香ちゃんどうしたの、しんどい?」
「ううん。ドキモンちゃんありがとう、羽衣香をここまで連れてきてくれて」
「……こちらこそ」
水の音ばかりが響く暗闇に、バイタルブレスの液晶の光だけが淡くひかる。
……このまま潜っていけば、本当にミカモンがいるのだろうか。
ダイブモンの心に迷いはあるが、自身を頼るしかない羽衣香が真っ直ぐに暗闇の先を見つめているのだ。
それを信じるしか、今はできない。
まるで、星のない闇夜を往く船のような。
「……?ミカモン……?じゃない、誰……?」
ミカモンの微弱なパルスに混じり、カカセモンとは違う別の2つのパルスが微かに液晶に刻まれていることに気づいたのはその時だった。
パルスに敏感なダイブモンも、2つのパルスに気づいてすぐに、パルスの解析に一瞬目を閉じたが、黒い瞳を見開く。
静かな海に響くパルスのひとつは、ダイブモンなら間違えることは無い。
唯一無二のそれだったからだ。
「フツコ」
声を漏らしたダイブモンは、周りをキョロキョロと見渡し、愛おしいパートナーの姿を探す。
「フツコ、どこ、どこにいるの。フツコ、フツコ!フツコ、返事してよ、フツコ!」
「フツコさんがここに……?もしかして、」
パートナーの名を呼ぶが、静寂の海からは返事は無い。
「フツコ、フツコ……!フツコ、おれ、フツコに会いたいよ……フツコに、謝らなきゃいけないことがあるんだ、フツコ……!」
「わぁあっ……!」
力強く脚を動かし、更に深く身を沈めていく。
ダイブモンが加速する中、目頭を熱く濡らすそれが黒に解けて消えた。
それをこらえる為に鋭い歯を食いしばる表情に、羽衣香まで唇を食いしばってしまう。
光を増すバイタルブレスの液晶に触れ、深く胸の中で抱え込んで、ミサンガを握りしめた手に力が篭もる。
家の近所に佇むあの小さな神社の姿が、まるで目の前にあるかのように瞼の裏に浮かび上がって羽衣香を招き入れた。
「……かみさま、ほしのかみさま」
静かに、社の向こうの小さな鏡に語りかけるように囁く。
「ドキモンちゃんとフツコさんを会わせてあげてください」
愛おしいパートナーを失っても、パートナーの代わりに、自身の為に走り続けてくれる優しくて強いドキモンちゃんのため。
「みんなが無事で帰れますように」
羽衣香を守る為に、普通であれば敵わないくらい強い相手に立ち向かってくれたアステリアーモンとヘカテモンのため。
気まぐれであろうが、羽衣香達を見逃して戦ってくれたベルゼブモンとルーチェモンのため。
自分達を心配して、あちらの世界で待ってくれているクズハモンとヤスナ、クナド先生のため。
「ミカモンに、大切なものを渡させてください」
この海の底で待つ、大切なパートナーのため。
「羽衣香は、皆や為に、どんな困難にだって立ち向かいます。
もう弱音は吐きません。みんなが背中を押してくれたのを、絶対に無駄にはしません
……ミカモンとなら、羽衣香は絶対に負けません。
……お願いします。
ミカモンに、会わせてください!
力を貸してください!
天津甕星さま!!」
力強くその名を口にした瞬間。
瞼の裏に、一瞬幻が過ぎる。
満天の星を背に、美しい半透明の羽衣を両腕に纏った男がいた。こちらに振り返り、夜明けの色を灯した目を細めてこちらに笑いかける。
「ミカモン……?」
パツン、と手の中で星のビーズが弾ける。
ついに切れたミサンガの糸とビーズが手からこぼれ落ち、黒い海へ解き放たれた。
『ありがとう、羽衣香』
突如聞こえた言葉の後、2人の空間に違和感が生じ始める。
海の中とは違う浮遊感に、周りを警戒して見渡すが、次は突然足元に地面が現れたようで、ぎこちなく2人は着地した。
これは、敵の罠か。
バウトモンにスライドエボリューションし、羽衣香を守るように身構える。
しばらく不安そうに周りを見渡す羽衣香だが、ふとなにかに気付いたようで、バウトモンのズボンを軽く引っ張った。
「あれ……」
羽衣香が指差す方向に、バウトモンも顔を向けて一点を見つめる。
特に何も無い暗闇だったが。
……暗闇に夜明けの色が差し込む。
黒に、紫が差し、徐々に茜が目の前に広がる山の輪郭を柔らかく映し出していく。
映し出された山の頂上付近では、夜を残す紫に、一際輝く星が残っていた。
「……明けの、明星……」
水底に、黎明の光が盈ちる。
山際から漏れた光が更に周りを照らし、羽衣香達の周りもほの明るくなっていく。
先程の張り詰めた緊張から、多少安心感を覚え始めた矢先であった。
「ようやく来たか、待ちくたびれたぞ」
背後からかけられた言葉に、羽衣香よりもバウトモンが素早く振り返る。
柔らかい光に照らされ現れたその姿に、バウトモンと羽衣香は言葉を失う。
凛とした立ち姿をしっかり見据えようにも、すぐに視界がぼやけてよく見えなくなってしまう。どれだけ拭っても、すぐに。
「泣き虫なのは変わらんな。……今回は咎めんがな。よくやった、バウトモン」
何年ぶりだろうか。
パートナーの笑顔を見たのは。
唯一無二の愛おしいパルスが身体に伝わり、バウトモンは堪らず膝から崩れ落ちた。
「フツコ、……お、れ"、おれぇ"っ……!ああ、フツコ、フツコぉ"おお……!!あああ……!!!」
泣きじゃくり蹲るバウトモンの背を撫でながら、困ったように微笑んだ。
「ただいま、バウトモン」