「はぁ~。プリンスマメモンに進化してぇ~」
ロイヤルナイツが一人、「ガンクゥモン」の一番弟子たる「ハックモン」が、夕日に向かって言い放った一言である。
「え? ……えっ?」
弟子の信じがたい発言を聞いてしまったガンクゥモンは、ハックモンの顔を二度見、三度見した。
残念ながら、何度見直しても事実は変わらない。ハックモンが別モンにすり替わっていたりはしないし、「実は夕日が喋っていました」と誰かが教えてくれたりもしない。やはり弟子の発言であると、認めざるを得なかった。
「ハックモンお前、プリンスマメモンになりたかったのか?」
「あ、やっべ」
ハックモンは今更になって口を押さえた。隠しておくつもりだった本音が、一日の終わりに気が緩んでぽろっと出てしまったらしい。
「そうか……。プリンスマメモンに、なりたかったのか……」
ガンクゥモンはハックモンと同じように、夕日に向かって呟いた。
夕日を望む荒野の丘陵での出来事であった。
◇
ロイヤルナイツとは、十三名の聖騎士型デジモンで構成された、デジタルワールド保護管理機構である。彼らは一人一人が一騎当千の強者であり、その力を正しき事のみに使う清き心の持ち主だ。
災害で家を失ったデジモンがいれば救助に向かい、世界征服を企む魔王デジモンがいればそれを討伐しに向かう。デジモンの危機とあらば必ず駆けつけ解決してくれるヒーローとして、世界中のデジモンの尊敬を集めている。
しかし、今から数年前の事である。ロイヤルナイツの一人、「ジエスモン」が悪のデジモンとの戦闘で命を落としてしまう。
それ以来ジエスモンの座は空席となり、後継者の擁立が急務となっていた。
そこで手を挙げたのがガンクゥモンだ。
ガンクゥモンは鎧を纏わずコートを羽織り、己の拳を武器とする、聖騎士型としては一風変わったデジモンである。
その容貌は口ひげを生やした人間の男性――カジュアルに表現するならば、渋い「オヤジ」である――に類似しており、ロイヤルナイツはおろかデジモンの中でも一際特異な容貌の持ち主だ。
しかし、その実力と正義の心は本物であり、他のロイヤルナイツも一目置いていた。
父性に溢れ、多少強引ながらも頼れるリーダーシップを持つ彼になら任せられると、ロイヤルナイツはガンクゥモンに後継の育成を託した。
そんなガンクゥモンが弟子に選んだのが、このハックモンだった。
ジエスモンは赤いマントを翻し、風より疾く剣を振る、クールホワイトに輝く鎧の竜騎士だった。ハックモンはそれを彷彿とさせる、赤いマントに白い鱗の小竜型デジモンだ。何を隠そう、先代のジエスモンもハックモンから進化しており、後継者も同じハックモンの中から選ばれた。
選ばれた彼は軟派な若者口調とは裏腹に、無茶にも思える修行を賢明にこなす努力家でもある。成績が優秀であった以上に、ひたむきな姿勢がガンクゥモンの心を掴んだのだ。
ハックモンが皆の希望と憧れを背負う騎士になれるよう、ガンクゥモンは手塩にかけて彼を育成している。
この会話に至る前も、ガンクゥモンはハックモンに稽古をつけていた。基礎的な体力トレーニングに始まり、「自身と体型が全く異なる相手とどう組み合うか?」という実践的な戦闘訓練に終わった今日の一日。最後に夕日を見ながら師弟のエモーショナルな会話で締める心づもりだった。
つもりだったがまさか、未来予知能力(オメガインフォース)でも持っていなければ予測できないほどの衝撃的カミングアウトを受けるとは。ガンクゥモンは己の見識の狭さを恥じる。
そしてすぐに「いやこれワシの見識の問題かなぁ?」と考えを改めた。
「一応、弟子採用面接では立派なジエスモンに進化したいと言っとったが……」
「サーセン、あれ嘘っス。採用されたらある程度勉強させてもらったところで辞めようと思ってたっス」
「そ、そうか。受験とか就職でも、志望理由なんか本心では家が近いから給料がいいからとか、そんな感じだもんな。みんなそんなもんだ」
こんな事を言っているが、若い頃から武術に明け暮れていたガンクゥモンは、ロイヤルナイツ採用試験以外で面接を受けた事がない。
ハックモンは、取り繕う意味は無いと観念してか、一切の自己弁護をしなかった。
もしハックモンが「楽してジエスモンになりてえ」とか、「とっととジエスモンGXになりたいんで、師匠ちょっといい感じに力を譲渡してくんないスか」などと甘えた事を抜かそうものなら、地面にめり込む勢いで鉄拳制裁を食らわせていたところだ。
だが、「プリンスマメモンになりたい」というのはハックモンの中では至って大真面目な目標のようだ。弟子を心から応援しているガンクゥモンは、強く出られなかった。
ガンクゥモンはプリンスマメモンの外見を思い浮かべる。金ぴかゴールデンな球体からにょろっと手足を生やし、ゴージャスな王冠とマントをお召しになったマメモン族の王子は、考えれば考えるほどクールホワイトに輝くスマートな竜騎士とは真逆の存在だ。
「ジエスモンには、あんまりなりたくない感じか?」
ハックモンへの気遣いと自分の気持ちとの間で揺れた結果、言葉を選んでいるのがバレバレの質問になってしまった。
「俺、トゲトゲしてんの好きじゃないんスよ。ホラ、ジエスモンってあちこちトゲトゲじゃないっスか」
「そうだな……。確かに、トゲトゲしているな……」
困った。ジエスモンに限らずロイヤルナイツはどこかしらトゲトゲしている。
ジエスモンが無理でも別の聖騎士に誘導できないものかと淡い希望を抱いていたが、基準が「トゲトゲしているのは嫌」ではプリンスマメモンには勝てない。七大魔王にだって負けない。
「その点、プリンスマメモンはいいっスよね。完全な球の体、ホント憧れちゃうっスね」
「なるほど、そういうロマンもあるのか」
ガンクゥモンには全く分からないロマンであった。ガンクゥモンでなくとも理解できる者はそうそういないだろう。
そう。余人には理解できない願望だ。
ロイヤルナイツは世界中のデジモンの憧れ。手を伸ばしても届かない、遙か彼方に輝ける星。そのロイヤルナイツに師事し、果てはロイヤルナイツの一員になるための特別な特訓さえ受けているハックモンは、誰もが羨む存在だ。
輝かしい未来へ向かう快速線から飛び降り、何でもない平坦で平凡な徒歩の旅をしたいと誰が思う?
しかも、ナイツへ進化する道を捨ててまでプリンスマメモンになりたいと言う。
プリンスマメモンにまつわるこんな民話がある。
マメモンの王子がおったとさ。
王子はいいやつだったけど、おばかなやつでもあったとさ。
ある日おサルがあらわれて、おばかな王子にこう言った。
「わたしはサルの国の王さま。あなたに会うためはるばると、海をわたって来たのです」「あなたみたいにりっぱな王子、わたしの国にはおりません! ロイヤルナイツもあなたを見れば、きっとたちまちひざまづく!」
王子はたちまち調子に乗って、いばりんぼうに早がわり。
いいやつなのがとりえの王子。いいやつなだけがとりえの王子。
あっという間にきらわれた。
この後、サルの王さま――キングエテモンが権威失墜したプリンスマメモンの代わりに王を名乗り、プリンスマメモンの地位を奪った後にロイヤルナイツに討伐される展開が続くが、本題から外れるため割愛する。
この通り、プリンスマメモンは滑稽な存在として語られる事もある。ロイヤルナイツの引き立て役としての出番も多い。
ロイヤルナイツ行き列車を降りてまでなりたい存在としては、魔王以上に不適かもしれない。狂気に片足を突っ込んでいると後ろ指を指す者も現れるかもしれない。
それを彼は、なんでもない事のように語った。師を騙していた事に罪悪感はあっても、夢自体は恥ずかしいものとは思っていないのだ。
師がそれを笑わずに聞いてくれると、疑う発想すら持っていなかった。
それは成長期の頃は誰もが持っていたはずなのに、成熟期の終わりには多くが失ってしまう無邪気な夢。
ロイヤルナイツが守りたいと願うものだ。
「ぃよおおし!!」
突然大声を張り上げるガンクゥモン。夕日も驚くほどの声に、当然ハックモンも怯む。
「な、なんスか」
叱られそうな予感がして、ハックモンのデジコアがバクバクと高鳴り始めた。少しでも優しく怒られる事を期待しつつ、おそるおそる師の顔色を伺う。
ガンクゥモンは吸った空気を腹に貯めて一拍置き、それから、ハックモンへ今後の処遇を告げる。
「お前を、慈衛守門(ジエスモン)塾から破門とする!」
「やっぱりね」
分かってた。と、ハックモンは首をやれやれ横に振る。
嘘の志望理由で受かってしまったのがそもそもの間違いだったのだ。破門にされるのも当然で、むしろそれ以上の罰が無かっただけ感謝すべきだ。
後戻りできなくなる前にここらで修行を降りて、これからは一般デジモンとしてプリンスマメモンへの進化を目指す事にしよう。そうしよう。
今後の進退を考えつつ、まだ言いたい事がありそうな師の、次の言葉を待った。
「そして……王子豆門(プリンスマメモン)塾への入塾を許可する!」
待った言葉はハックモンが予想だにしない、否、ハックモンの想像力の遙か向こうからもたらされた言葉だった。
「えっ……、え? どういう意味、すか? なんスか、プリンスマメモン塾って」
「正確には、刓空者(ガンクゥモン)道場の中で慈衛守門塾から王子豆門塾への移籍、だな」
「サーセン、塾の運営母体がどこか知りたい訳じゃないんス」
そもそも、そんな道場も塾も全部初耳である。
そんな事はどうでもいい。今のハックモンは、ハックモンの本心を知ったガンクゥモンと同等か、それ以上に驚愕していた。
つまりどういう意味だ? 今度はジエスモンではなく、プリンスマメモンに進化するための稽古をつけてくれるというのか? あり得ない。だってそれは――
「そんなの、師匠にとっちゃ何にも意味ないじゃないっスか」
ガンクゥモンの利には、決してならない筈なのに。
「うむ……」
ガンクゥモンは腕組みをしながら弟子に返す言葉を考える。しかしそれは伝えづらい内容だからではなく、寧ろ真っ直ぐ伝えたいが故に言葉を探しているようだ。
「ハックモンよ。ロイヤルナイツが守るべきものとは、何だ」
「えっと、世界平和じゃないスか?」
「その通り! では、世界を守るためにロイヤルナイツが大切にしているものは、何だ」
「己の正義?」
「そう! ロイヤルナイツが戦うのは、己の内に芽生えた正義を守るためにこそ! ……我が教え、忘れていなかったようだな」
忘れるものか。ガンクゥモンから一番初めに教わり、その後も事ある度に言われてきた「最も大事な教え」だ。
「仮にだ。ジエスモンは生半可な気持ちで進化できる存在ではないが、仮にお前の気持ちが変わらぬままジエスモンに進化したとしよう。その時点でお前は、プリンスマメモンになりたいという己の正義に背いた……否、背かされた事になる」
そうだ。だからいつかはこの関係を辞めるべきだと思っていたのに、師匠はなぜか、自分の手を離してくれない。それがハックモンには分からない。
「それにな、ハックモンよ。悔いを残したまま進化したジエスモンより……切に願い進化したプリンスマメモンの方が、ずっと大きな力を発揮できるとは思わんか?」
「えぇー? そんな事は」
「ある!」
ガンクゥモンは有無を言わせない。元々頑固な師匠だが、今のガンクゥモンはその比ではない迫力があった。
「いいかハックモンよ! お前は後ろめたさのあまりに忘れてしまっただろうがなぁ! 普通、なりたいデジモンがいたとて、そのために努力できるデジモンはほんの一握りだ! しかも、夢を叶えるためにロイヤルナイツへの弟子入りを目指すなどと、それ自体を目標とする者も多い関門を入口に選び、あまつさえ本当に弟子の座を掴み取る奴が他のどこにいる! お前は本当にすごい奴なんだぞ、ハックモン!」
ガンクゥモンに怒鳴られるのは日常茶飯事だった。言いつけを破ってしまった時や不甲斐ない姿を見せてしまった時、必ず師匠からの愛が籠った雷が落ちた。今の師匠も叫んでいる事には変わりないが――師匠の叫びにこんなにも悲痛に聞こえたのは、初めてだ。
「ワシが探しているのは〝ジエスモン〟ではない、〝ロイヤルナイツ〟だ! お前がワシの教えを糧にプリンスマメモンを目指すと言うのなら、ワシは全霊を以てお前を導く! お前は世界で一番のプリンスマメモンになるのだ! これからのロイヤルナイツはオメガモン、ドゥフトモン、マグナモン、エグザモン、デュークモン、デュナスモン、スレイプモン、ロードナイトモン、クレニアムモン、マグナモン、アルフォースブイドラモン、アルファモン、ガンクゥモン、そしてプリンスマメモンの十三人だ!」
「そんな無茶苦茶なコト言って、〝イグドラシル〟が許してくれるんスか?」
「駄目だったらロイヤルナイツに属さずにロイヤルナイツと同じ行いをすればよい! 我々はロイヤルナイツだから正義を為すのではなく、正義のために戦ったからロイヤルナイツになったのだ!」
師匠を唯一止められる存在、ロイヤルナイツの上司の名前を出してもなお止まらぬ熱意。今まで食らったどんな拳骨よりも重くハックモンのデジコアに響く。
「お前がついた嘘は重い! 見限る師も世にはいるだろう! それでもだ、自分だけの特別な夢を持ち! それを叶えるための努力を惜しまなかったお前! お前を見放す事は、ワシ自身の正義に反する!」
最後の叫びに込められたのは、三つ目のハックモンの知らない思い。ガンクゥモン自身の正義。
ガンクゥモンは叫ぶのをやめた。その途端に息切れを起こして、肩で息をし始める。あの叫びにどれほどの想いの丈が籠っていたのかが伺える。普段なら「師匠、年っスね」とからかっているところだが、今のハックモンは圧倒されて、「師匠……」と小さく呟く事しかできなかった。
ガンクゥモンの呼吸はぜえぜえと乱れたまま戻らない。しかしこれだけは言わなければならないと、最後の願いを口にする。
「ハックモンよ。どうか、ワシの正義を守らせてくれないか」
感情に任せた絶叫とは真逆の、絞り出すように懇願する声だった。
それからガンクゥモンはしゃがんでハックモンと目線を合わせ、ハックモンに向かって手を差し出した。長年の修行を経た、傷やマメの跡でゴツゴツした手だ。
ハックモンは「はっ」と我に返る。ハックモンも右の前足を持ち上げ、一瞬だけ躊躇いを見せた後に――ガンクゥモンの手の上にそっと、前足を乗せた。ガンクゥモンはすぐにハックモンの前足を握り返して、上下に軽く振る。
そう言えば初めて会った時も、こんな風に握手してもらったっけ。ハックモンの記憶とあの頃の感情が、鮮明に蘇る。
「しゃーなしっスね。これからもよろしくオナシャス、師匠」
「うむ。修行の厳しさは据え置きだ。覚悟しろよ」
ハックモンもガンクゥモンも、互いに視線を交わして「にっ」と笑った。
落ちかけた夕日が最後に一際強い光を放つ。ガンクゥモンのコートもハックモンの鱗も、全てが橙一色に飲み込まれ、今二人は同じ色に輝いていた。
「ところで師匠。さっき、マグナモン二回言ってたっスよ」
「なぬ? うっそ~恥ずかしい~」
「年っスね」
「おっと、今のは一線を越えたぞ」
ガンクゥモンが体にぐっと力を入れると、夕日に負けない強さのオーラが出現する。
実体を伴う竜型のオーラ「ヒヌカムイ」の拳骨が、ハックモンの脳天に落とされた。
◇
ロイヤルナイツは必ずしも常に共に在る訳ではない。
彼らの心は正義の下に一つ。正義のため世界のため、デジモン達の笑顔のために戦う事を忘れなければ、ナイツの絆は絶対に失われない。だから彼らは、一人一人が思い思いに世界中を飛び回る。
彼ら全員が円卓の前に集うとき、それは君主イグドラシルに命じられた時。
全員で事に当たらなければ解決できない危機が訪れた時。
或いは、祝い事の席に呼ばれた時くらいだろう。
さて、月に一度のロイヤルナイツ定例会は大詰めを迎えていた。
未だ次代が生まれていないジエスモン、普段から不在がちのアルファモンを除いた十一名(※巨体のエグザモンのみリモート参加)の騎士が持ち寄った議題はあらかた議論し尽くされ、残る議題はガンクゥモンの課題のみ。特に彼が掲げる課題は、ロイヤルナイツの未来に関わる重要なもの。他のナイツからの注目度も断然高い。
「では、最後に……ガンクゥモンよ。次代のジエスモンの育成について、進捗を伺おう」
議長を務める双頭の騎士、オメガモンがガンクゥモンに発言を促す。ガンクゥモンは口角を上げて「フッ」と笑った。
「案ずるな。育成はしっかりと進んでいる。ハックモンの奴もますます熱心に修行に励んでいるぞ」
おお、それは良かった。ハックモンも頑張ってるな。騎士達は口々に安堵の声を口にする。
「待っていろ。今に立派なプリンスマメモンを連れて帰る」
「え? ……えっ?」
オメガモンがただでさえつぶらな瞳を更に丸くして驚いている隙に、ガンクゥモンは席を立ち、コートをばさりとはためかせながら部屋の出口に向かう。
会議はまだ終わっていないのに、格好をつけて去ってしまった。
呼び止める声も虚しくガンクゥモンの姿が見えなくなった後、聖騎士達はにわかにざわめき出す。
「どういう事だ……? ジエスモンの代わりにプリンスマメモンを連れて来るという事なのか? 言い間違いな訳があるまいし……」
「ジエスモンの隠語がプリンスマメモンなのかもしれん」
「もっと無いだろう」
「ジエスモン以外のデジモンから選ぶにしたって、なんでプリンスマメモンなんだ?」
疑問に応えてくれるガンクゥモンはもういない。「ハックモンが突然プリンスマメモンになりたいと言い出した」という荒唐無稽に思える真実を導き出せる者は、聖騎士達の中にはいないだろう。
「……だが、ガンクゥモンのことだ。何か考えがあるのかもしれん」
「まさか、ジエスモンに匹敵する力を持ったプリンスマメモンが存在したというのか?」
「或いは、プリンスマメモンだからこそ解決できる事態が起こると予期したのやも」
聖騎士達は未だ空席となっているジエスモンの席を見つめた。
ロイヤルナイツが座する椅子は、例えばロードナイトモンであれば薔薇、クレニアムモンであれば盾といったように、その騎士を象徴する意匠が施されている。
ジエスモン用の椅子は、白の鎧風の意匠を基調に、ジエスモンが引き連れていた「アト」「ルネ」「ポル」を模した装飾が施されている。
「……プリンスマメモン用の椅子を、用意する必要があるかもしれん」
「あの種族は体型が特殊だからな」
ロイヤルナイツは困惑しながらも寛容であった。
◇
ハックモンは師より「明日の朝十時半、この場所に来るように」と指示を受けた。二人が拠点とする町内、市民向け公共施設の貸しスペースだ。
朝起きるとガンクゥモンは既に出発していた。知らない場所ではなかったので、時間に間に合う程度にゆっくり朝食を摂った後、一人で施設へ向かった。
施設に着いたら、入り口の掲示板を見て利用状況を確認する。指定の場所にガンクゥモンの予約が入っていると確認できたので、小走りで部屋に向かう。
扉を開けた先の光景を見るや否や、ハックモンは目をぱちくりさせて驚いた。
「え、なんで教室みたいになってんスか」
貸しスペースは、利用者が用途に合わせて机などを並べるシステムになっている。
今回の場合、黒板の前に教卓代わりの司会台、黒板と向かい合わせになるよう置かれた机といった具合に、学校や塾の教室に似せたレイアウトとなっていた。ただし、席の数は一つだけ。しかも黒板の真正面だ。
教卓の前で如何にも先生です。といった風に立っているのは勿論ガンクゥモンだ。ハックモンの質問には特に答えず、威勢よく「はじめの言葉」を述べる。
「うむ、全員揃ったな。では! 王子豆門塾の開校式と入学式と初めての授業ととにかく諸々を同時に始める!」
「あの、全員も何も俺たち二人だけなんスけど」
「あれ、塾の場合、入学式とは言わないのか?」
「知らねっスよ。別に入学式でいいんじゃないスか?」
ガンクゥモンは塾らしい雰囲気で進めたかったようだが、メンバーが結局いつもの二人なので、いつも通りのなあなあなノリで話が進んでいく。
「入学おめでとう! 入学式終わり! それでは早速授業を開始する!」
「すいません師匠。まだ、なんで座学が始まってんのか教えてもらってないんスけど」
このままだとガンクゥモンは本当に何も言わずに授業を始めてしまいそうだったので、強引に割って入りもう一度質問する。流石のガンクゥモンも、二回目の質問に対しては答えてくれた。
「うむ。お前に課した修行はジエスモンのみを目標とし、他のデジモンへ進化する可能性を極力排した特別メニューだ。ジエスモンとは全く異なるプリンスマメモンへの進化を望むならば、一から学び直す必要がある。言わば、志望校をジエスモン体育大学からプリンスマメモン美術大学へ変えるようなものだ」
「師匠って受験に例えんの好きッスね」
しつこいようだが、ガンクゥモンは大学を目指そうと思ったこともない。
「ジエスモン対策の試験勉強をするとどうしても知識が偏るからな。ワシもお前も、ここらで進化について考え直そうという訳よ。という訳で授業開始! ちゃんとノート取れよ!」
ノートは律儀に机の上に用意されていた。
ガンクゥモンはウキウキで白いチョークを手に取る。あのチョークが授業終了まで無事でいられるのか、ハックモンは少し心配した。
「進化の可能性は無限大! 今日は陸を歩いていても明日は空を飛んでいるかもしれない。明後日は海を泳いでいるかもしれない。我々デジモンは本来、そういう生き物だ」
ジエスモンの成長期に位置付けられるハックモンにだって、本来はあらゆる進化の道が開かれているのだと、ガンクゥモンは熱く語る。
「空を飛びたいスイムモンがいるとしよう。夢を叶えるためなら、魚型のデジモンを経由してファンクンモンになってもいい。シードラモンを経由して空を飛べるドラモンを目指してもいい。成熟期でいきなりバードラモンに進化したっていい。ヴァイクモンに辿り着いたとして、ハンマーをぶん回してヘリコプターのように飛んだっていいのだ! ゴールは一つでも、選べる道は無限にある!」
「最後のは脳筋の師匠じゃないと思いつかないっすね」
ガンクゥモンの拳骨が飛んで、ハックモンの意識も飛んだ。
「ただ、デジモンの進化は当人の資質や周囲の環境に影響されやすい。進化前後で特徴がかけ離れていればいるほど、進化しづらくなるという訳だ。スイムモンがバードラモンに進化するためには、水辺が全部干上がるレベルの環境圧力が必要になるだろう。故に……今日のテーマは〝逆算〟だ」
ガンクゥモンは黒板にデジ文字で「逆算」と書いた。
「プリンスマメモンからイメージを抽出して逆算し、ハックモンへと繋がる進化の道筋を描く! 少しでもハックモンから進化しやすいルートを構築し、確実に夢をモノにせよ!」
ガンクゥモンは黒板をえぐり取る勢いでガツガツと謎の図形を描く。ガンクゥモンの絵は大変独創的――包み隠さずに言えば下手くそ――なので、何を描いているのか理解に苦しむ出来になった。ハックモンはとりあえず円形と、推定手足が生えているので、今までの文脈からしてプリンスマメモンだろうと判断した。
「それに、発想力のトレーニングは大事だぞ? ロイヤルナイツ一の知恵者はドゥフトモンだが、何も奴に作戦を全て任せきりにしている訳ではない。ドゥフトモン以外のナイツの提案によって事態が収束したことも一度や二度ではないのだ。柔軟な発想が世界を救う鍵になる」
ガンクゥモンは白から黄色のチョークに持ち替え、円の中をぐりぐり塗っていく。やはりやはりプリンスマメモンで正解らしい。下手な事を言う前に正解が分かってハックモンはほっとする。
「それではハックモンよ! プリンスマメモンの特徴はなんだ、言ってみろ!」
ガンクゥモンは描く手を止めて、ビシッとチョークでハックモンを指す。ハックモンは「待ってました」とばかりに自信満々で持論の展開を開始する。
「えー、プリンスマメモンの魅力はなんと言っても黄金の球体ボディで」
「その通り!!!!!!!! 〝黄金〟と〝球体〟がプリンスマメモンの特徴だな!!!!!!!!」
ガンクゥモンは推定プリンスマメモンの隣に「黄金」「球体」と書き殴る。
ハックモンは自分の言葉が遮られたことなんかより、今のでチョークが元の半分の長さまで削れたことの方がよほど気になった。
「他に思いついた事は?」
「えっと……マメモン族っス」
「そう! プリンスマメモンはマメモン族!!! 大事な事だな!!!!!!」
ハックモンが何をどんなトーンで喋っても叫ぶらしい。
「王子」
「王子!!!!!!!!!」
「マント」
「マント!!!!!!!!」
ハックモンが出した案を、ガンクゥモンが大声で復唱している内に、黒板は無数のアイデアで埋め尽くすされていた。
「うむ。沢山のアイデアが出て来たな。次は出してもらったアイデアから連想できる完全体デジモンを挙げてもらうぞ!」
「はーい。マメモン族と言えばやっぱりマメモンでーす」
「うむ! マメモン抜きにマメモン族は語れないな」
ちなみに何故ガンクゥモンの声が比較的小さくなったのかというと、鬼の形相でやってきた施設職員に注意されたからだ。
「逆にマメモン族が強すぎて、他のデジモン思い浮かばなくねっスか?」
「そうだな……。例えば、ダークエリアの〝貴公子〟と呼ばれるアスタモンはどうだ? 高貴な身分繋がりだ」
「あっ、そういうのもアリなんスね! 流石師匠!」
「どうしてもマメモン族の進化前はマメモン族というイメージが強くなってしまうからな。だが、案外回り道した方がプリンスマメモンへの近道が見つかるかもしれんぞ?」
ガンクゥモンはダークエリア在住の魔人型デジモンを描こうとして、人型は難しくて描けなかったのでやめた。
「よし、この調子でどんどん挙げてけ! これが終わったら成熟期、その次はどの成熟期がハックモンに一番近いか考えてみよう!」
「よっしゃ!」
師弟のご機嫌な連想ゲームはいつの間にやら大変盛り上がり、夢中になる内に日は落ちて空に星が瞬いていた。
「むっ。もうこんな時間か。板書は写し終わったか? 今日の授業はここまで! 明日からは肉体の修行に戻り、今日イメージした進化の道を実際に進んでいくぞ!」
「お疲れーっス。あざっしたー」
ハックモンとガンクゥモンは、息を合わせてぺこりと礼をした。
ここからは後片付けの時間だ。ガンクゥモンが黒板の文字を消し始めたので、ハックモンも黒板消しを持って手伝おうとする。ただし、ハックモンは背が低いので黒板の下側限定で。
黒板消しで文字の上を擦ったハックモンは仰天した。黒板の文字は全く消えていないのに、黒板消しが真っ白になったのだ。
(これ、書く時力入れすぎとかの次元じゃなくね?)
チョークの削れた粉が黒板に付着しているのではなく、チョークが真っ平に潰れるほどの力で黒板に押し付けられているおそれがある。
もっと恐ろしいのは、板書したガンクゥモン本人は文字を軽々消している事だ。ノリノリで授業をしただけでこれになるなら、万が一本当に本気でガンクゥモンを怒らせてしまった時にどうなるのか?
ハックモンは恐ろしくて、夜しか眠れなかった。
◇
プリンスマメモンになりたいと告白したあの日から、師匠の指導方針も変わったようにハックモンは思う。
例えば、今までの場合。
『爪の存在を意識せよ! ジエスモンは剣技を得意としていた。刃を振るう感覚をその身に刻み込むのだ!』
ジエスモンに進化するために、ジエスモンに近い戦い方・感覚を教えてくれていた。
それが今の戦闘訓練では、こうだ。
「一つの武器に頼るな、攻撃が読まれてしまう。お前の武器は鋭き爪、ドリルのような尾、そして口から吐く炎だ。多面的な戦い方を意識し、如何なる状況にも適応せよ!」
どんな進化の道でも進めるように、バランスの良い戦い方を教えてくれるように
なった。
師が本当に自分を応援してくれているのだと分かれば、修行にもより一層身が入る。
この通りに真面目に修行さえしていれば、進化の時はある日突然やってくる。例えばいつも通りの特訓のために、運動場に集合したばかりでも、突然に。
「なんか今日眩しくね? サングラス取りに帰っていいスか?」
「違うぞハックモン。周りが眩しいのではない、お前自身が発光しているのだ」
「マ?」
「マジもマジだ。それ、進化が始まるぞ……!」
進化とは、更なる力の獲得である。進化の際には増大したデータ、すなわち力の奔流が、光を伴いデジモンの体を包み込む。
それが今自分の身に起こっていると、ハックモンは指摘されて初めて気が付いた。
ハックモンのデジコアに、新たな自分の情報が流れ込む。
ハックモンの新たな姿の名は、バオハックモン!
「うおおおおおおお!」
ハックモンを包んでいた光が弾け飛び、咆哮と共にバオハックモンがここに新生する。
トレードマークの白い鱗と赤いマントはそのままに、鱗の端はより鋭く、尾には本物の刃が生えた。体つきも顔つきも凛々しくなった、成熟期の恐竜型デジモンだ。
「サーセン、これフツーにジエスモンに寄ってないスか?」
残念ながら、ハックモン改めバオハックモン本人の反応は芳しくなかった。ジエスモンではなくプリンスマメモンになると宣言したそばからこれなので、当然とも言える。
「うむ……。弟子採用試験の適正検査の時点で、お前のジエスモン適正の高さは分かっていた事だが……。うむ……」
「適正検査?」
バオハックモンは、はてな? と首を傾げる。それを見たガンクゥモンは、おいおいと頭を抱えた。
「試験の前にデジコア検査を受けただろ?」
「え、あれそういう系だったんスか? 健康診断だと思ってました」
ガンクゥモンはマンガのギャグシーンのようにずっこけた。
「あれ適正検査だって試験要項に書いたよ!?」
「俺、ジエスモン適正そんな高かったんスか?」
「高かったから一次選考受かったんだよ!? 検査結果も送ったよ!?」
今更になって書類を流し読みしていたのがバレてしまった。これ以上ボロが出ないよう、バオハックモンは笑って誤魔化した。
やっぱり誤魔化しきれずにガンクゥモンの拳骨が飛んだ。バオハックモンの目からも星が飛んだ。
(あ! 今日は意識が飛んでねえ! これが成熟期に進化するって事なのか)
叱られたのに自身の成長を実感する。叱られ続けたからこそ、とも言える。
「まだまだ成熟期! ここからが本番だ。次こそはお前が望む姿になれるよう、より一層の修行に励むのだ!」
「押忍!」
進化すれば戦い方も進化する。戦闘訓練で学ぶ事はまだまだ多い。バオハックモンとガンクゥモンの修行は更なる激しさを増していくのであった。
◇
本日の修行はお休み。いくらでも遅く起きて構わないのだが、バオハックモンは敢えて早起きして、朝市に出かけた。
この町では定期的に朝市が開催される。露店商が自慢の商品を持ち寄り、町のメインストリートで一斉に売りさばくのだ。
店主がポームモンなので品物と店主の区別がつかない果物屋、エカキモンの似顔絵屋、機械系デジモン用のオイル屋などなど、型に囚われない十人十色の店を物色しながら、人ごみの中を進んでいく。
すると、朝市会場の角の隅、本来は出店が許可されていない場所に、一軒の露店が出ているのを見つけた。あからさまに怪しく、逆に怪しくないのではないかと錯覚する。
「ワタシ、ネーモン。スピリットに詳しい行商人さんヨ」
店主も模範的な怪しさのデジモンであった。なんとなく兎に見える長い耳を持ち、、ちょっぴりだるだるの赤いモモヒキを履いた黄色い獣型……。獣型? デジモンだ。
本人はネーモンを自称しているが、身体を黄色く塗ってモモヒキを履いたキュートモンにしか見えない。バオハックモンは本物のネーモンに会ったことはないが、それくらい分かる。一生懸命糸目にしている目がぷるぷる痙攣している事からも明らかだ。
地面に広げた敷物の上にある商品は、とある高名なデジモンを模したミニチュア――自称ネーモンが言った通り〝スピリット〟だ
「お客サン、アナタ、丸いもの好きネ。知ってるヨ」
なんで知ってるんだと聞きたいところだが、「ジエスモンよりプリンスマメモンに進化したがっているバオハックモン」なんて、いいウワサのタネだろうと自答する。
自称ネーモンは売り物の一つをひょいと持ち上げ、バオハックモンに差し出した。
「コレ、鋼のビーストスピリット。使えばセフィロトモンに進化できるヨ」
「え!? セフィロトモンに進化できる!?」
「ホントは素質がないと進化できないんだけどネ、お客サン素質あるヨ。素質に溢れて鋼色に輝いて見えるヨ。エンシェントワイズモンも草葉の陰で喜んでるヨ」
スピリット。それはロイヤルナイツ発足よりも遥か昔、デジタルワールドを守護した伝説の「古代十闘士」の力を秘めた伝説のアイテムだ。これをデジモンが用いれば、伝説の闘士の力を受け継いだデジモンに進化できるのだ。間違ってもこんな町の隅っこで露店商が売るようなアイテムではない。
さて、自称ネーモンの言う通り、「鋼のビーストスピリット」を用いればデフィロトモンというデジモンに進化できる。「ビースト」と名はついているが、鋼の闘士の形状は非生物的な無機質なもの。「セフィロトの木」になぞらえた球体の集合体である。
そう! 球体が連なっているのである!!
「セフィロトモン……セフィロトモン……」
球体の肉体を手に入れることは、ハックモンにとっての悲願だ。しかもセフィロトモンの身体はつるつるテカテカだ。こと球体という観点においては、手足が生えているマメモン族以上に完成度が高いと専門家の間で評価されている。
バオハックモンの前足が僅かに上がったり下がったりを繰り返す。バオハックモンの誘惑と躊躇いの間で揺らぐ心を表しているかのようだ。
わなわな震える前足をスピリットに向かって伸ばす。後数センチだけ伸ばせば、不完全な進化の可能性に頼らず確実に球体の身体を手に入れられる――
「……サーセン。遠慮しとくッス」
――バオハックモンはスピリットに触れる事なく、前足をそっと下した。
「自分、怪しい店の冷やかしが趣味なだけで、別に欲しい訳じゃないんで」
「後悔するヨ? エンシェントワイズモンの呪いがあるヨ?」
偽ネーモンはバオハックモンを脅すような事を言う。しかし、その程度でバオハックモンは怯まない。
「ノロイ? ああ、ノロイね、ノロイ。美味しいっスよね」
「適当なコト言っちゃダメだヨ。お店に入ったら買わなきゃいけない決まりヨ」
その時だ。ピピー! と大きな笛の音が鳴り響き、(大して怖くない顔で)凄む偽ネーモンの蛮行を食い止める。
「警察だ! 遂に見つけたぞ違法出店者め! 詐欺と脅迫とスピリット偽造防止法とその他諸々の罪で連行する!」
「ゲェー!? 警察(サツ)だっキュ、逃げるっキュー!」
警笛を鳴らしたのは、警察を名乗る犬型のデジモンだった。犬種で言えばドーベルマンにそっくりなデジモン、その名もずばりドーベルモンだ。
案の定キュートモンだった偽ネーモンは、見た目に似合わぬ速さで逃走を開始。その時に商品のスピリットを蹴飛ばして行ったが、それには目もくれない。
ドーベルモンもキュートモンを追いかけて行ってしまったため、後にはバオハックモンと偽物のスピリットだけが残された。
「すげー、ドーベルモンより足早えー」
バオハックモンは「面白いもん見た」と軽いノリで今までの出来事を総括し、再び朝市を物色しに戻っていった。
実はこのやり取りを陰で見守っていた者がいた。
「仮にスピリットが本物であれば、今すぐにでも球体、じゃなくてセフィロトモンに進化できていた。誘惑を断ち切り、自らの力で理想を勝ち取る道を選ぶとは……見事だ、バオハックモン。身体のみならず、心も成長していたのだな」
実は朝市に遊びに来ていたガンクゥモンだ。偶然弟子の成長を目の当たりにした師匠の胸は喜びで満ち溢れ、バイザーで隠れている両の目から滝のように涙を流す。
ハックモン側からは物陰になっていて見えないが、後ろからは普通に見えるので通行人が一々ぎょっとしていたが、ロイヤルナイツはそんな事一々気にしない。
「この調子であれば、夢見た姿への進化も近い。頑張れよ、ハックモン!」
この後、ガンクゥモンもキュートモン逮捕に協力したという事を、ガンクゥモンの名誉
のために書き添えておく。
◇
「なんでぇ~?」
バオハックモンは見事、完全体への進化を果たした――デュラモンに。
デュラモンはデジモンの中でも珍しい「武器デジモン」に分類される。その名の通り、武器に変身し、他のデジモンに己を使わせる事ができる種だ。
デュラモンの場合は剣。全身に黄金の刀身が発現しているだけでなく、輝く剣そのものに変身できるのだ。しかも、デュラモンは伝説の武器デジモンに連なる系譜に属しており、ロイヤルナイツとはまた違った魅力に溢れた憧れの的なのだが――バオハックモン改めデュラモンにとって、全身トゲトゲを通り越した全身刃物の姿は非常に遺憾であった。
「全身剣なんスけど……。頭も手も肩まで剣なんスけど……。どうやって飯食うんスかこれ」
「しょうがない。ワシがあ~んして食べさせてやろう」
「あざっす!」
(ツッコミが飛んで来ない!? そんなに、そんなに参っているのか!?)
軽口の叩き合いに発展しないほどの落ち込み具合に、ガンクゥモンは愕然とした。
「う、うむ。ジエスモンの完全体はセイバーハックモン。その名の通り、〝剣〟の性質が強く発現しているデジモンだ。その因子がお前の〝黄金の身体になりたい〟という願いと化学反応を起こし、黄金の剣の姿へと導いたのだろう。……プラスに考えるとすれば、ジエスモンの因子にお前の想いが勝ち始めたのかもしれん」
「マジすか?」
「そう、マジマジ」
ガンクゥモンのフォローによって、デュラモンはひとまず元気を取り戻したようだ。ガンクゥモンはほっとしつつも内心、焦り始めていた。
師としてどの方向にデュラモンを伸ばしてやれば、彼は夢に辿り着けるだろうか。
そして、彼は夢に手が届くまで、挫けず走り続けられるだろうか。
【嘘言】
面白く読ませていただきました。
未完成品をと言ったら完成品が出てきて、めちゃくちゃ困惑していたのは内緒です。それはそれ。
ロイヤルナイツに一応の言及があるプリンスマメモンになりたいハックモンというアイデアがまず面白いですし、やっていることは総じてだれやすいとよく言われる修行パートなのにこの小気味よさ、会話ばかりだなと思ってくると進化イベントが来るのも流石です。
シスタモン姉妹の掛け合いもいいですね。基本冷めているハックモンが姉妹のわちゃわちゃにめちゃくちゃに流されているのとかも私は好きでした。基本突っ込みが辛辣ローテンションなので他のテンションが高めでちょうどいいんですよね。
では、今回はこの辺で。この度は企画に参加していただきありがとうございました!
それから五年が経った。未だ、進化の兆しはない。
「うむ……。人間から力を得て戦うパートナーデジモンであれば話は別だが……通常デジモンは、進化に相応の努力と成長を要する。気が遠くなるような努力の果て、その先にある究極体に至れる素質がある者だけが究極体に進化できる。厳しいようだが、これが現実だ」
ガンクゥモンの人脈を伝って、強大なデジモンとばかり会っているから感覚が麻痺してしまうが――デジモンは本来、究極体にまで至れるのはほんの一握り。完全体にだって、全てのデジモンが進化できる訳ではない。
自分が究極体に至れ「ない」側の存在であると、覚悟を決めなければならない日が、近づいている。デュラモンの焦燥感は日に日に増していく。
「喝! 落ち込むにはまだ早い! 究極体に至るまでには十年の鍛錬でもまだ短いと言われているのだぞ! たった五年で己の限界は悟れん!」
落ち込む度にガンクゥモンから喝を入れられ、その度に立ち上がってはまた悩む。そんな日々が年単位で続いていた。
修行も上手くいかず、行き止まりの日々。例えば、滝行で心を鍛えようにも――
「滝の水全然落ちて来ないんスけど、どうなってんの?」
「……水が頭の剣に触れた瞬間、水流がぶった切られて水が全部横に流れとる」
「マ? 俺、滝に打たれる事さえできないの?」
「多分それ、普通のデュラモンが修行を積んだ末に行き着く境地だぞ……」
ガンクゥモンは、弟子の溢れ出る才能が全く本人のためにならない現状に頭を抱えた。
スランプだ。長く続いたスランプはデュラモンの心を蝕み、遂にこんな事を言い出した。
「師匠……。もし俺が完全体どまりだったら、みんなで湖畔に家を建ててのんびり一緒に暮らして――」
「いかん! デュラモンが〝フラグ〟を立てようとしておる! リアルワールドのお約束と違って、コンピュータの演算で運営されているデジタルワールドでのフラグ建設は洒落にならんぞ。こらっ、目を覚ませ!」
遠い目で穏やかな老後を思い描き始めたデュラモンを、叩いて正気に戻す。ガンクゥモンが思うよりずっと精神的ダメージは蓄積しているようだ。
(うむ……。完全なる球体を目指して努力してきた筈なのに、全身剣だらけで終わるというのは師匠としてもちょっと、流石に可哀相になってきたぞ)
そこでガンクゥモンは一計を案じた。
「よし! ワシの飲み友達、ウルカヌスモンに知恵を貸してもらおう! あやつは鍛冶神だ。武器デジモンを新たな姿に打ち直す方法を知っているかもしれん」
「師匠、イリアスにまで飲みに行ってるんスか?」
そもそもデジタルワールドとは、ただ一つの世界を指す名称ではない。それぞれ別のホストコンピュータに管理されたデジタルワールドが複数個存在しているのだ。
今、デュラモン達がいるロイヤルナイツが維持管理するデジタルワールドの他に、神々の権能によって維持されているデジタルワールドも存在している。それがイリアスである。
神々の名はオリンポス十二神族。その名の通り、ウルカヌスモンを含めた十二柱の神人型デジモンだ。
要するに、ガンクゥモンとウルカヌスモンのどちらかは世界の壁を越えてまで飲み屋に出かけている。
という訳で、ガンクゥモン様ご一行はロイヤルナイツの特別パスポートを使ってイリアスに楽々渡航。ロイヤルナイツの特権をフル活用してウルカヌスモンへの謁見許可を勝ち取り、鍛冶神の神殿へ向かった。
「着いたぞ。ここがウルカヌスモンの神殿だ! 全くあいつめ、職人の拘りとやらで神殿行きシャトルバスを自分のとこだけ行先から外しおって、おかげで苦労したぞブツブツ……」
神殿とガンクゥモンは言ったが、ウルカヌスモンの神殿は神殿という言葉のイメージからはかけ離れており、寧ろ一般の鍛冶工房と変わらない建物のように見える。
ガンクゥモンがロイヤルナイツの中では変わり者であるように、ウルカヌスモンも変わり者の神なのだろうとハックモンは理解した。
扉を開けると、ぶわりと熱い風が顔に吹き付けた。クロンデジゾイドをも溶かす炉の熱が、工房中に充満しているのだろう。こうしている間にも、神の手によって新たな武器が生み出されている。
神殿もとい工房の中心に、ウルカヌスモンはいた。ウルカヌスモンは多腕の神で、八本の腕の一つ一つに鍛冶道具を装備している。顔面は潜水ヘルメットのような被り物
で保護され、腕も合わせた全身のシルエットはどことなくタコに似ている。
ガンクゥモンは予めウルカヌスモンに連絡を入れていた――デュラモンの経験上、三割はアポイントメントを取り忘れるので正直心配だった――ようで、デュラモンを気前よく迎え入れてくれた。
「おうガンクゥモンとこの坊っちゃん! よう来たなぁ! ええ金ぴかしとるやないけ」
ウルカヌスモンは神という肩書が嘘のように、デュラモンへ気さくに接してくれた。こういうところもガンクゥモンと仲良くなれる理由なのだろう。
「あの、ワシは?」
「お前は別にいっつも会っとるからええやろ」
「いつもってお前、前に会ったのは先月だったろう」
「俺とお前じゃ先月なんか昨日みたいなもんやないけ!」
長命デジモンジョークもそこそこに、ガンクゥモンは早速本題に入る。
「ウルカヌスモンよ、鍛冶神としての知恵と力を貸してくれ」
「なんやなんや? ワイを信仰する気になったんか? ジンマシン出るからやめれ?」
「いやワシの事ではなくてな、デュラモンの事だ」
「あー、分かった。坊主がいつまで経ってもプリンスマメモンになれへんから、なんとかしてほしいって話やろ」
デュラモンが後で聞いた話だが、ガンクゥモンは以前から飲み友達に弟子の事を話していたらしい。そういった事情もあり、神にはこちらの考えはお見通しだった。
「ああ、その通りだ。大いなる鍛冶神よ。偉大なる武器を産み落とした尊き神よ。武器デジモンであるデュラモンが新たな姿を手に入れるため、知恵を授けてはくれないだろうか。或いは……こやつを剣の姿からあるべき姿に打ち直してやる事は、できないだろうか……! 頼む!」
ガンクゥモンは深く頭を下げた。相手が友人であろうと関係なく、神としての相手に、ロイヤルナイツとしての最大限の敬意を込めて。
こんなにも深く頼み込んでいるガンクゥモンは初めて――いや、自分がプリンスマメモンになりたいと伝えたあの日、「正義を守らせてくれ」と頼み込まれた時以来だ。
師がこんなに頭を下げるのはいつも自分のためだ。気が付いたデュラモンはいてもたってもいられず、自身も深く頭を下げた。こういう時、頭の剣が悪さをしないよう、一々気を払わなければならない自分の体が忌まわしい。
「ほぉ~。さて、どうするかね~」
ウルカヌスモンは八本の腕を複雑に組んで、どう回答するか思案する。答えを思いついたウルカヌスモンは、にやにや笑った。
「いやでぇ~す!」
ウルカヌスモンはわざといやらしく、ねっとりとした言い方で拒否する。さっきの腕組みは考えているフリだった。
相手が神じゃなかったら、この頭の剣があんたをタコの活け造りにしてたんですけど?
デュラモンは危うくこんな感じの事を言い出すところだった。下手すると実行していた。
「お前回りくどい言い方すんなや! デュラモンをプリンスマメモンに進化させてくださいって言えや! まあ答えはいやですのままやけど。剣をただのまーるい鋼に打ち直すなんざ鍛冶屋の仕事じゃ……いや普通の鍛冶屋ならやるかもしれへんけど、ガンスミスのワイの仕事やあらへん!」
ウルカヌスモンはペラペラペラペラ回る口でマシンガンのようにまくしたてる。マシンガンを作っていると、喋り方もマシンガンのようになるのかもしれない。
「そ、その通りだ。すまんかった……」
こんなにしおらしいガンクゥモンは流石に初めてだ。ガンクゥモンがこんな風に大人しくなる相手を知れただけでも収穫だったかもしれないとデュラモンは思う。
「そうや! 謝れターコターコ!」
「すまん……」
「そこはタコはお前だって言えやタコ!」
「この流れで言える訳ないだろ!」
あ、「言える訳ないだろ」までがお決まりの流れのヤツだ。とデュラモンが気が付いた時には既に会話に入る余地が無くなっていた。
若者言葉で煙に巻いていた自覚はあるが、そんな自分が会話に入れない事があるだなんて。デュラモンはさっきから妙な事ばかり学びを深めていた。
と、その時。ウルカヌスモンが急にぐるんとデュラモンに視線を向けた。あのマシンガントークの矛先が自分に向くとは思ってもみなかったので、デュラモンは震える。
「いいか小僧! 俺の仕事は武器を創り、時に打ち直すことや! 武器デジモンを打ち直すことやあらへん!」
「うっす!」
返事以外何も言えない。刺身にするぞなんて口が裂けても言えない。
「武器と武器デジモンの違いが分かるか? 武器はワイら鍛冶屋がいないと打ち直されへん。せやけどな、武器デジモンは自分自身がなりたい姿に自分でなれんねん! 自分、ワイに撃ち直されて嬉しいんか? ちゃうやろ?」
違うだろ。そう問われてかつての自分を思い出す。
師匠が褒めてくれたのは、努力で夢を叶えようとする自分だった。自分のために頭を下げてくれた師匠には悪いけど、自分が好きな自分は、かつての師匠が褒めてくれた自分なのだ。
「……そっすね。その通りっス」
デュラモンは静かに、こくりと頷いた。
「焦ってしまっていたのは、ワシの方だった。デュラモンの努力の才に惚れ込んだのは、ワシ自身の筈なのにな」
ガンクゥモンは再び深々と頭を下げた。今度は、謝罪をするために。
ウルカヌスモンは望みの言葉が返ってきたようで、嬉しそうにうんうん頷いた。
「よーしこの話は終わりや! 師弟愛を確かめ合ってめでたしめでたし! さあ帰った帰った! こっちは仕事がぎょ~~~~~さん、あんねん!」
度を越えたせっかちのウルカヌスモンは、二人にさっさと帰宅するよう促す。仕事が立て込んでいるのは本当の事らしいが。
「う、うむ。邪魔したな、ウルカヌスモン」
「ホンマにな」
「さあ、帰ろうデュラモン。進化する方法は我らの手で見つけ出そう」
「う、うっす」
鍛冶神にも師匠にも急かされて、デュラモンは急いで踵を返そうとする。
その瞬間に、炉の中の炎が目に入ってしまった。レンガで囲まれた簡単な作りの炉だが、その中の炎が、デュラモンは欲しくなった。
(俺という剣を打ち直せるのは、俺だけ――)
お前は本当にすごい奴なんだぞ、ハックモン!
師の言葉が聞こえた気がして、デュラモンは火を求めて炉の中に自ら飛び込んだ。
「は? は、は、はああああああ!? 何やっとんやアホオオオオオ!! 出てこい死ぬでお前ってかなんで全身入れてんねん!? 質量保存の法則どうなっとんねや!?」
ウルカヌスモンがデュラモンの様子がおかしいと気が付いた時には、既にデュラモン
は炉の中に飛び込んでいた。
炉の体積はデュラモンの体格と比較すると、ずっと小さい筈だ。頭の剣を入れた時点でつかえる筈だ。それなのにデュラモンの全身がすっぽり炉に収まってしまったこの現象を、神は理解できずにパニックに陥った。デュラモンを炉から掻き出すために道具箱をひっくり返してみるも、混乱した頭ではろくな道具が見つからない。
「デュラモンよ。お前……炎の中に、どんな答えを見出したのだ?」
弟子を案ずるガンクゥモンの頬を、炎が赤く照らしていた。
◇
熱い。熱い。炎が身を溶かしていく。
デュラモンの刃は伝説に謳われた刃。岩も風も闇も水さえ斬り裂き、錆も刃こぼれも一切寄せ付けない、どんな熱でも解けない奇跡の剣。天地開闢より武器を生み出し続けた鍛冶神の神威を帯びた炎のみが、刃をただの金属へと戻していく。
なぜ生きていられるか分からない。自分の強すぎる竜の因子が、ギリギリのところで自分を生かしてくれているのかもしれない。
散々迷惑かけてくれやがって。さよなら。今までありがとう。
竜の因子にも剣の姿にも別れを告げて。今はただ、金色のどろどろした金属になって。
作り直すんだ。自分を。まあるく、まあるく。
自分磨きってヤツっスよね。なんちって。
◇
「そういう事なんだな……そういう事なんだな、ハックモン!」
思わず過去の弟子の名前が口をついて出る。
ガンクゥモンは全身のエネルギーを爆発させ、ヒヌカムイを出現させる。
「いけるな、ヒヌカムイ」
ヒヌカムイは何も言わない、言えないが、代わりに竜の姿を解き、力のすべてをガンクゥモンの右手に集結させた。
ガンクゥモンの右手が、炉の炎と同じ深紅の色に輝く。
「え、は、おいお前まで何するつもりや! 神の炎やぞ? お前の手も焼けるっつーか骨ごと消えるぞ!?」
ウルカヌスモンの制止もガンクゥモンの耳には入らない。
「いくぞハックモン!」
ガンクゥモンはヒヌカムイを纏った右手を、迷いなく炉に突っ込んだ。
◇
上も下も何も分からない。炉は自分の体よりずっと小さかった筈なのに、入ってみると四次元空間のように広い。
神域という特殊な場のせいなのか、自分の感覚がおかしくなってしまったのかはわからない。自分の体を捏ね直しながらたゆたっていると――傷やマメの跡でゴツゴツした手が見えたので、それを掴んだ。
◇
炉の中で手ごたえがあった。それが愛弟子だとガンクゥモンは強く確信する。
手ごたえの元を離さぬようしっかりと掴んで、雄叫びを上げながら一気に引き抜いた。
「うおおおおおおお!!」
引き抜いた物体を焼け爛れた右手ごと、金属を冷却するための水槽にぶち込む。あまりの熱量を受け入れた水槽から爆発するほどの水蒸気が発生した。
「なんやあああああ!?」
人知ならぬ神知を超えた出来事に驚く事しかできないウルカヌスモン。水蒸気が晴れ、水槽の中に入っていたものを見て、ウルカヌスモンはぎょっとする。
ガンクゥモンは確かにデュラモンだったものを引っ張り上げていた。
ただし、剣を含めた体中の金属は解け落ちて、手足らしき出っ張りと、上部の「おでき」を除いた全てが一つの球体に固まっていた。剣でもなんでもない、金色の金属の塊だ。
「そういう事かい……アホォ!」
ウルカヌスモンは鍛冶道具を持つ八つの手のうち、ノミを持つ手を振るって「おでき」をガツンと削り取る。これで、金色の金属は手足を除いて綺麗な球体になった。
続いて、ウルカヌスモンの武装からぶわっと炎が噴き出る。削り取った金属を炎で溶かし、八つの腕と鍛冶道具を用いて神速で加工する――鍛冶神の御業である。
加工し終わった金属を、元々「おでき」があった場所にちょこんと乗せる。
金属は、王冠に加工されていた。
「大体の形は自分で打ち直したんや。こんくらいは、サービスしたる」
ウルカヌスモンの言うサービスがどれほどの重みを持つものかは、推して知るべし。
「次は、ワシの番だな」
ウルカヌスモンと入れ替わるように、ガンクゥモンが金色の塊の前に立つ。
「ちょっと色が違うが、まあいいだろう。これをやろう! やっぱりお前はマントがあった方が様になるぞ!」
ガンクゥモンは自分自身が羽織っていた白いコートを脱いだ。
ガンクゥモンの右手の火傷は深刻だ。深すぎる火傷は痛みさえしないというが、それでも苦痛はあるだろう。それでも、ガンクゥモンはなんでもないように笑って、塊の肩にあたる部分にコートを掛けてやる。
鍛冶神の祝福と聖騎士からの激励を受け、ここに新たなる王子が――プリンスマメモンが誕生する。
まず、白いコートが赤いマントへ変化した。境目の曖昧だった手足ははっきりと形を成し、高貴な衣装を身につけていく。最後に金属の表面に顔が浮き出て、進化、完了。
「……マジ? 俺、マジでプリンスマメモンになった?」
口ができてやっと喋れるようになったプリンスマメモンが問いかける。
「マジだぞ。鏡を見てみろ」
「ああ、この家、鏡無いねんな」
「前に遊びに来た時、買っとけと言ったよな!?」
鏡の代わりに、加工前のぴかぴかの金属の前にプリンスマメモンを立たせてやった。
「プリンスマメモンだ……。俺、本当にプリンスマメモンになれたんだ……」
プリンスマメモンの目から、ぽろぽろと涙が零れた。ただの嬉し涙ではなくて、ガンクゥモンへの感謝や、進化できずに感じた悔しさや、とにかく自身が感じて来た感情の全てが涙になって外に零れる。
「笑え、プリンスマメモン」
プリンスマメモンは、師の声がした方を見た。師は、歯を見せて笑っていた。
「プリンスマメモンの力の源は、笑顔。笑うのだ」
プリンスマメモンはガンクゥモンの真似をして、にっと笑ってみる。その顔は、有名な図鑑に掲載されているプリンスマメモンの写真にそっくりだった。
「良い笑顔だ。……よし、修行再開だ!」
「は?」
プリンスマメモンの笑顔が一瞬で崩れた。
「え? 俺、プリンスマメモンになったスよ?」
「ワシはお前を、世界一のプリンスマメモンにしてやると言ったんだ。ここからが本当の始まりに決まっとるだろ」
それは、そう言われればそうかもしんないスけど。
プリンスマメモンが言いよどんでいる間に、ガンクゥモンはウルカヌスモン邸のドアを開け放つ。
「さあ、走るぞプリンスマメモン! 体型が大幅に変わったから、まずは感覚を掴むのだ!」
「おおー。右腕焼けとるのによーやるなあ。頑張れよー」
プリンスマメモンが何も言っていないのにガンクゥモンは走り出す。ウルカヌスモンは一切止めてくれない。
「ま、待ってくださいっス師匠~!」
プリンスマメモンも慌ててどてどてと走り出す。
本当の修行の、はじまりの一歩だ。