*キャラクターとあらすじ
・アポカリモン
とある世界に王として君臨しているデジモン。王としての威厳と統率力があるが、本当は自分に自信がなく内気な性格。
・九龍院 靡希(くりゅういん なびき・なびきちゃん)
いわゆるお嬢様。女子校に通う中学三年生で、いつでも自信満々。お金持ちの家の一人娘で厳しく育てられた。いつでも自信満々で間違っていると思うことにははっきりと間違っていると言えるタイプ。
反面そうした仕草が反感を買いがちで、本人も周囲に反発することが多いので友達がいない。たくさんの仲間がいて王として皆に愛されているアポカリモンを尊敬している。
少女はある日デジタルワールドへ引き込まれた。その先にあったのは真っ暗な世界とアポカリモンだった。
少女とアポカリモンは互いに話をするうちに、お互いが真逆の性質を持っていることに気が付く。
『内気だけれど民に愛され認められているアポカリモン』『友達はいないけれど強気でまっすぐで自分の意見がある少女』
アポカリモンと少女は、互いに足りないものを補い合うように絆を深めていく。
*読まなくても良いところ
ノベコン用に執筆していた作品ですが、あまりに二者間感情に寄った話作りになりすぎてしまい、また、バトルシーンが一切ないためデジモンのノベルコンペティション向けの作品としてふさわしいかどうか検討を重ねた結果ボツとしました。
この作品しか考えていなかったので(今連載中の作品のちょっと未来の話から一話抜き出して書いても良かったのですが、『完結済み作品であること』の条件を満たせるのかが微妙でやめました)ノベコンにも作品を提出しませんでした。いつか完成させてアップしようかなと思っていましたが、せっかく素敵な企画が開催されていましたので、一章の途中まで投稿させて頂きます。素敵な企画をありがとうございます!
一
生まれた時、最初に聞いたのは怨嗟の声だった。最初に見たのは上下の区別すらない闇だった。自分の名前も知らず、自分の出自も知らない。どうして生まれたのかも知らないのに、その身には深い悲しみや憎しみだけが静かに満ちていた。自分はどんな形をしているのだろう。生まれたばかりなので体をうまく動かせない。なんとか闇から這い出て薄い光の下へ出ると、無機質な黒い色が、淡く光を返しているのが見えた。五角形を集めてできた黒い核、それぞれの面の中央から張り出た金の突起、そこから細く伸びた、鎖形の何か。体を動かすと、その物体も一緒に動く。それが己の下半身であると気づくのに、そう時間はかからなかった。自らの肉体がそのような物体に生えているのがなんだかとても恐ろしく思えて、その日、背にたなびくひらひらした部分に顔を埋めて、泣いて過ごした。
闇から出た自分を最初に見つけてくれたのは、今身の回りの世話してくれているひとりのドラクモンだった。名前もなく、デジモンであるかどうかも曖昧な自分を、彼はダークエリアで一番強い者として祀り上げ自分に今の地位を与えてくれた。幸い力だけは人並み以上にあるようで、他のデジモンでは手もつけられないような凶暴な暗黒デジモンも今ではすっかり言うことを聞いてくれるようになった。自分が手を振るい、声を上げれば、ダークエリアに住まうデジモンは皆熱狂的に答えてくれた。そうしていつしか、自分はデジモンであるかどうかも不確かなくせに、ダークエリアを統べる唯一の王として君臨するようになっていた。誰も悲しい夜にそばにいてはくれない。自分の核の中に満たされた寂しさに目もくれない。本当に欲しいのは地位でも名声でも歓声でもないのだ。求めてもらえるのは、そんな苦しみを忘れていられるから好きだ。王の器なんかじゃとてもないけれど、求めてもらえているうちはこの地位を保つのも悪くはないだろう。そう思わないと、とても立ってはいられなかった。
本当は、誕生日をお祝いされてみたかった。なんでもない自分でもここにいていいのだと言われたかった。それから名前が欲しかった。自分というものが揺らぐ瞬間は本当に怖くて、叫び出しそうになる。せめて名前があれば、どんな自分でも自分を保っていられるような気がした。黒い手を空に透かす。ダークエリアはいつでも暗くて、怖くて、寂しい。こんな毎日がこれからも続いていくのだと思うと、消えたくて堪らなくなった。
……そんな自分に名前と誕生日をくれたのは、今肩の上で次から次へと日々の愚痴を吐き出しているこの少女だ。名前は九龍院靡希、いつもは『なびき』と呼んでいる。なびきはある日突然空から降ってきた人間の少女だ。家でクラスメイトのSNSを見ながら憤っていたら、吸い込まれるようにこの世界に落ちてきたのだという。驚いた様子ではあったものの、その時の少女の瞳はダークエリアで一番輝いていた。生まれてこの方真っ暗な空や苦しみの声ばかりを聞き続けてきた自分にとって、初めて見た光だった。
「それでね、私その時……ねえ『アポカリモン』、聞いてる?」
「ごめん、ちょっと聞いていなかった」
「もう、ぼんやりやさんね!」
アポカリモン。これが彼女が自分にくれた名前だった。ダークエリアの王として君臨するのならそれに相応しい名が良いだろうとなびきが名付けてくれた。ダークエリアの皆と同じような名前が欲しいのだとリクエストをすると、彼女は任せてと言って何日もかけて考えてくれた。スマホのメモ帳には名前の案が何個も並んでいて、最後はなびきとドラクモンとで、一番威厳がある名前だと言ってこの名に決まった。口の中で何度も音を転がす。一音跳ねるごとに胸が暖かくなる。この名はアポカリモンにとって一番の宝物だ。
なびきが最初こちらの世界へ落ちてきた時、アポカリモンはなんとかして現実世界へ返してやらないといけないと思った。ダークエリアはあまり良い環境ではないし、そもそもデジタルワールドは人間のいるべき場所ではない。アポカリモンは人間についてあまり詳しくなかったけれど、彼女にもきっと帰るべき場所があるだろう。だというのに、帰らないとというアポカリモンの言に彼女は酷い抵抗を見せた。なびきにとっては、ダークエリアの方が現実世界よりもよほど良い世界らしかった。困った少女だとも思ったけれど、それよりも彼女のその気丈な振る舞いとはっきりとした性格がアポカリモンの胸を打った。自分は大きな体をしていて、ダークエリアの王だなんて呼ばれているくせに、自分の気持ちひとつ周りに伝えられない。名前が欲しい、誕生日が欲しい、寂しい、悲しい、もっと仲良くなりたい、なんて、王の立場には相応しくない感情だ。自分が立場や周囲からの視線を気にして言えない何もかもを彼女はなんてことなく言ってのける。そんな姿がアポカリモンにはとても気高く見えたのだ。だからアポカリモンは彼女ともっと一緒に過ごしたくなった。帰るべき場所はあるだろうけれど、この場所が彼女にとって少しでも安らげる場所ならば、通ってもらうのがよいだろう。そう提案すると、彼女はその瞳に宿ったひとすじの光で、強く、アポカリモンの目を射抜いた。
「あなた、そんなことできるの!?」
「……ああ」
できる確証なんてどこにもない。それでも今この手の中にある力は、きっとそれくらいのこと簡単に叶えてくれるはずだ。アポカリモンはなびきを一度現実世界に返し、その痕跡を惜しむように、ずっと空を見上げていた。見慣れた空のはずなのに、中には無数の星が煌めいて見えた。アポカリモンにとって、初めての悲しみのない夜だった。
それからというもの、なびきは週に三度はダークエリアにやってきた。決まった時間だけあちらとこちらを行き来する道を作っておき、なびきは気が向けばその道を通ってやってくる。そうしてこの闇ばかりの世界に眩い光を振り撒いて、夢のように帰っていく。アポカリモンは彼女がいた光の残滓を大事に掻き集め、喜びの中で眠りに落ちる。この気持ちをなんと呼べばいいのか、アポカリモンはまだ知らなかった。
「みんな酷いの! 私はただ放課後はお稽古があるから練習に参加できないって言っただけなのに!」
「お稽古? 練習?」
「お稽古は私の習い事のこと。学校で足りない分のお勉強をしたり、楽器や運動なんかを教えてもらうの。学校で今度運動会があるからね、クラス全員リレーの放課後練習に参加しろって。でもお稽古があるから行けないの! 『放課後練習への参加は任意だから〜』とか言っておきつつ、参加しなかったら陰でコソコソ言うのなんて信じられない! そんな人たちとリレーしろっていう方が無理なのよ!」
「ここに来ることは、お稽古には障りないのかな」
「それは無問題ね、お稽古は好きなの」
なびきは金の髪を揺らしながらアポカリモンの肩に座り次々と日々の不満を吐いた。茶会の準備ならいつでもできるのに、なびきはそうしてアポカリモンの肩の上で過ごすのがお気に入りのようだ。気の強さを感じられる面立ちがアポカリモンの方へじっと向く。金の瞳はアポカリモンの瞳とお揃いの色なのに、自分の目と違って彼女のそれには確かな光が宿って見えた。怒ったり笑ったり忙しく変わる表情がアポカリモンをいつもなんとも言えない気持ちにさせる。憧れと呼ぶのが一番相応しく思えた。
「皆とうまくやっていくなんて、私には無理。アポカリモンは凄いなあ、ここにいるデジモン、皆と上手にやっていってるんでしょう?」
「そうだといいんだけれど」
「ドラクモンだってあなたのこと褒めてたもの。それからこのあいだ来た、あの……」
「スカルサタモン? アスタモンの屋敷の使いの」
「そう! 彼も随分あなたのこと気に入ってるみたい。ここの子達って、嘘がないから私大好きなの」
続
【嘘言】
大変面白く読ませて頂きました! 夏P(ナッピー)です。
アポカリモンという名前すら与えられたものだったとは。
女の子とヤバそうなデジモンの組み合わせというのはいつだって良いものですが、バトルや冒険ではなく日々の語らい合いに終始するというのもまた乙なもの。しかしなびきちゃんに名前を与えられる前は周囲から何と呼ばれていたのか。ひょっとしなくても王なのか。
スカルサタモン「王よ!」
アポカリモン「なんだ長嶋」
しかしデジモンはデジモン、そして戦いというか世界の浸食は避けられないということで、やがてじわじわと迫り来る“奴ら”に全てを奪われそうになりながらも、それでもただ一つ、与えられた名前だけは奪われまいと自己を確立させる姿は感動的でした。これもまたパートナーの一つの形か。
そしてドラクモンはVテイマー01のガー坊よろしく最後まで有能だったのでした。
それでは今回はこの辺りで【嘘言】とさせて頂きます。
【嘘言】
はじめまして、へりこにあんといいます。
大変面白く読ませていただきました。
デジモンと女の子との恋の物語というのは実にいいですよね。
コンペに出すと考えた時、バトルなしはやはりなんとなく気後れするところはありますよね。デジモンらしいのが求められているならバトルはマストではと無理やりバトルを捩じ込んで出した作品が私もあります。
お互いにないものねだりで相手を羨んでいて、相手がそうだとはとても思ってない感じとても心を掴まれるものがありました。
みんなとうまくやっていてとなびきさんに言われた時のアポカリモンの思いはと考えるとこうぎゅっと。
後半の、アポカリモンが深まった絆を壊してしまわないかと自分の弱みを曝け出すのを恐れていたシーンなんかでは、大丈夫大丈夫、なびきさんなら受け入れてくれるからとつい応援するような気持ちで読んでしまいました。
二人に幸あれということで、今回は企画に参加していただきありがとうございました。
また企画何かしました時は参加していたいただけると嬉しいです。