熱い、あつい、熱い!
当たり前ですわ。
だってこれは身を焦がす恋。
仏道に背く、身を燃やす情欲。
輪廻を外す、身も心も焼き尽くす憤怒。
ああ、焼ける!
身が引き攣れ、髪が燃え、鱗が爆ぜ。
「あああ!ああああ!すき、すきですわ!
愛してます!愛しておりますわ!
愛してる、愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる!
殺したいくらい愛してますわ!!」
ああ!愛しくて愛しくて!
あなたに裏切られて更に燃え盛る怒りを持っても!
こんな気持ちをあなたに思い切りぶつけることが出来るなんて、なんて素晴らしいのでしょう!
震える声で念仏を唱える僧侶達を燃える尻尾で叩き潰して、雑音は二人の間にいりません。
鐘の中から聞こえる愛おしい人の声が聞こえなくなってしまいますわ。
「共に地獄へ落ちましょう!無間地獄へ!ずっとずっとずっとずっと!わたくしと共に地獄の業火に焼かれて焦がされ、肉や骨がとろけてひとつになって!灰になって混ざりあいますの!何度も、何度も何度も何度も何度も!」
肉が焦げたにおいが自分のものか、それともあなたのものか。そんなことはどうでも良いのです。
においですら混じりあってひとつになってるだなんて、背中を走り抜けていく恍惚のなんと至高なことでしょう。
あなたが身を隠すこの梵鐘が、赤く染まりとろけ始めわたくしの肌を燃やしても!
喉が焼けても!わたくしは叫びますの!
「愛しておりますわ、██様ァアアアア!!!」
◇
「姫様」
何度か呼びかけられて、ようやく意識が浮上する。うっかり眠ってしまっていたようだ。
随分懐かしい夢を見て、まだうっとりと夢見心地のよう。
羽織っていた竜胆色の唐衣を整えて、まだ眠気に霞む眼を何度か瞬かせた。
「姫様、魔王様が」
「どなた」
「暴食の魔王様です」
「お通しになって。あの方の為に、ありったけのお菓子をご準備さしあげて」
甲冑を整える間に、部屋に柔らかな座布団が目の前に置かれ、大量の菓子が準備されていく。
「よォ、姫サン邪魔するぜ」
「ようこそいらっしゃいました。ベルゼブモン様。ささ、此方に」
鴨居をくぐり抜けて入ってきたベルゼブモンは、喜びに目元を柔らかく細めた屋敷の主に上機嫌に迎えられた。
「変わらずか」
「ええ」
「……機嫌がいいな」
「良い夢を見ましたもので」
「そうかよ。尻尾しまっとけよ」
「あらやだ」
唐衣からはみ出た尻尾を指さされ、屋敷の主は恥ずかしさに顔を隠しながら引っ込める。
座布団にどっかり腰掛けたベルゼブモンは準備された菓子をさっそく齧り始めていた。
「今日はどんな御用で。いつもの定期訪問には早いですわ。何かありまして?」
「いや。近くによったから腹減ったついでに来ただけだ」
「うふふ。ベルゼブモン様らしいですわ。しっかり召し上がってくださいませ」
「あンがとよ」
まんじゅうやらようかんやらを貪りながら、ベルゼブモンは開かれた障子の向こうに広がる煤けた空を横に見る。
荒涼としたダークエリアの中にあって、ここは空気が全く異なる場所だ。
和の建築の中、この屋敷の主に仕えるデジモン達は勤勉に働いているし、穏やかな雰囲気さえある。
こんなに平和な場所は、ダークエリアでも数少ない。
魔王達の居城でさえ、時たま騒動は起こるが……まあそれはいいとして。
この穏やかな雰囲気を保てるのは、ひとえに屋敷の主「姫様」の存在が大きい。
「ベルゼブモン様、リリスモン様はお変わりありませんか?」
「アイツは相変わらずだよ。ヤローのケツ追っかけてる」
「うふふ、そうですか」
「まあ他のやつも元気だよ」
「そうですか。ご健在でしたら、隙を見て憤怒の冠を焼き殺しにいってもいいですわね」
「まあまあまあ、まだまだその時じゃアねえよ。機を見てぶっ殺しゃいいじゃねえか」
「そうですね、ベルゼブモン様がそう仰るなら」
一瞬背後に見えた禍々しい邪竜のシルエットは、たった一瞬だけでベルゼブモンですら圧倒する殺気で背中に冷たい汗を滲ませる。
この屋敷の主である女は大変厄介である。
今は腹の奥に燃え盛る憤怒と歪んだ恋情を押し込めて、普段はこうして安穏とベルゼブモンと向き合っているわけだ。
「泊まられますか」
「いや、大丈夫だ。あンがとよ。腹いっぱいになったしもう行くわ」
「わかりましたわ。お見送りいたします」
たおやかに立ち上がり、マント替わりに羽織った竜胆色の唐衣をゆらりと靡かせてる屋敷の主の後を、ベルゼブモンは素直について行く。
「そういやよ、最近デジモンを食う怪物みたいなのが出るらしい。姫サンも気をつけろよな」
「お気遣いありがとうございます、わたくし達も気をつけますわ」
「それに、最近突然アッチ側に飛ばされる現象もあるんだってな。……姫サンは元々アッチ側にいたんだろ?」
「今は語る時ではありませんわ。然る時が来たら、ベルゼブモン様にもお話いたします」
上手くかわされてしまった、ベルゼブモンはバツが悪そうに髪の毛を掻いた。
門が開き、外で待っていたベビーモスに跨る。
「またお待ちしておりますわ」
「ああ。達者でな」
「ベルゼブモン様もお気を付けて」
控えめに手を振り見送る屋敷の主。
ベルゼブモンは安堵したかのように深くため息をついた。
◇
「鐘巻ちゃんのとこに行きはったん?」
エレベーターを乗り継ぎたどり着いた最下層。
気だるげに横になりながら煙管をふかすリリスモンがゆったりと紫煙を吐き出す。
「お前ふざけんなよ、なんで俺があんな厄介な女のゴキゲントリしなきゃなンねぇんだよ。大体お前が俺をあの女のとこ連れてったのが」
「よォ囀りはるねぇ。おみやげまで包んでもろて、そこそこあんさんも懐いてはるやないの。まだ文句いいはるん」
「ギーッ」
図星を刺されて頭を掻き毟るベルゼブモンを一瞥して、リリスモンは煙管の灰を灰皿へと落とした。
「あの子の機嫌損ねたらどうなるか、わかるやろ?なーァ?」
身を乗り出し、金の装甲で彩られた右手でベルゼブモンの顎をすくい上げる。
屈辱そうに顔を歪める姿はまだまだ若くて、リリスモンは加虐心を震わせ目を細めた。
「あの子はデジタルハザードの権化や。あの子が機嫌損ねてたらうちらが予想するより遥かにえげつないデジタルハザード間違いなしや。うちとあんさんがうまぁくやらへんかったら七大魔王の冠もダークエリアもごっそり持ってかれるで?なーァ?」
わかりはったね?と鋭い指先を頬から顎を撫でると、赤い目の瞳孔がきゅうと開く。
あの時背中に走った冷たい汗の感覚を思い出したベルゼブモンは歯を食いしばる。
にた、と笑いながらリリスモンは再び上座へと戻り、ゆったりと足を伸ばす。
「大体なんで俺たちがデーモンのオッサンの尻拭いしなきゃなンねぇんだよ」
「しゃあなしやァ、あのおっちゃんが意地張ってリヴァイアモンの真似してああなったんやからァ。ウケるわぁ」
「連帯責任かよ」
「そやねぇ。……今度久々に遊びに行こうかしらねえ。ベルゼブモンチャン、ベヒチャン出してぇな」
「イ、ヤ、ダ、ネ!」
「ンもぅ、いけずなんやから」
フンと鼻息荒く立ち上がり、ベルゼブモンは爪先で絢爛な襖を開く。
「なァ」
「なァにベルゼブモンチャン」
「あいつ本当に元人間なのかよ」
ベルゼブモンが唐突に投げかけた言葉に、リリスモンは紫煙を細くくゆらせる。
「女の秘密は暴くもんやないで。若いなァベルゼブモンチャンは。かいらしなあ」
「うるっせェ!」
「いくら目の敵に似てるから言うてなぁ、懸想しとったら大火傷するで?鐘の中で、蒸し焼きや」
「ハ、ハァ?!うるッせェーッ!誰がケソーしてるかってんだ!色ボケキツすぎんだよ!」
「エレベーターは右やで」
「うっせ!あンがとよ!」
「ほななぁ」
ドスドスと荒く足音を鳴らしながら、ベルゼブモンは襖も開けっ放しのまま帰っていく。
ベルゼブモンは魔王の格があるといえ、若者だ。だが、あのデジタルハザードの権化……カオスデュークモンの前で怯まず菓子まで食べて帰る図太さはリリスモンも太鼓判を押していた。
まだ、デジタルハザードは起こりそうにはない。
リリスモンは上機嫌にほほ、と笑い声を漏らした。
◇
ベルゼブモン
最近冠を戴いたばかりの歳若い魔王。
回覧板回す役目になりがち。
意地っ張り。割とデジ当たりがいい。
ロイヤルナイツのデュークモンと喧嘩がしたくて仕方ない。
リリスモン
遊郭のような固有サーバーを持つ魔王。
歳若い魔王であるベルゼブモンをイジりたくて仕方ない。
カオスデュークモン(鐘巻ちゃん)
嫋やかで儚げ。穏やかな性格。
屋敷に侍女数体と一緒に暮らしているお嬢様。
怒るとマジでヤバい。
恋愛話が好き。嘘と浮気話はマジで許さない。
ベルゼブモンとリリスモンとは仲がいいが、訳あってデーモン絶対許さないドラゴン。