遠い遠い昔
デジタルがリアルワールド社会に活用され始めた頃
デジタルワールドに光と闇は存在しなかった
たくさんのデジモンたちが無垢のまま生まれ、与えられたデータ、与えられた役割を当たり前のように暮らしていた
そこにはまだ喜怒哀楽は存在しなかった
そんな中、リアルワールドは目まぐるしい化学の発展によりロボットやAIが生み出された
デジタルワールドのデジモンたちも心を獲得し、毎日ただ命尽きるまで生きるのではなく、楽しいく生きたいと願うようになった。
デジモンたちに知恵が付与された
あっという間に善し悪しの区別が判断できるようになるまで成長し、そして事件は起きる
この世界に最初の闇が生まれた
一体の女神型デジモンがデジタルワールドを破滅へもたらそうとした
これはこの世界が誕生して間もない頃のお話
デジモンは死んでもまたデジタマに孵る
彼らには死の恐怖がなかった
どうせ傷つき倒れてもデジタマに戻る
だから邪魔な奴、気に食わない個体は即殺害してもいい
恐怖がない、怒りもない、不平不満がない
彼らはそうやって何度も何度も同胞たちを殺め、消去し、次への糧として食らってきた
彼女はそんなデジタルワールドに不満があった
きっかけはリアルワールドの男女が愛し合う姿だった
支え合う男女の姿に心を奪われ、羨ましいと感じてしまったのだ
我々デジモンはどうだろう
愛し合うどころか不要と認知されればすぐに消されてしまう、愛のない、生産性のない、ただ傷つける、心のないおぞましい生き物なのだと
変わりたかった
愛を知りたかった
そんな好奇心で彼女は人間データを手に入れ自身のデータを組み合わせてしまう
それらを元に人間でもデジモンでもない生命の遺伝子構造が完成した
しかしデジモンに子を身篭る機能はない
この遺伝子が育つための安全な揺りかごが必要である
卵ではダメだ
この子はデジモンではない何か
ならば、卵でないなら人間と同じことをすればいい
けれど私にはそんな機能は備わっていない
ああ…
ならば
いっそのこと
作ってしまえばいい
彼女は自らの体を作り変えた
人間の女性と同じ体、同じ胎を得ることでデジタルワールド初の体内で育てるデジモンが誕生した
全身が子に集中する感覚
この気持ちを上手く言い表せなくて、ただただ愛おしく涙が溢れ出る
宿る命は秒ごとに細胞分裂を繰り返し成長していくふっくらと膨らむお腹を撫でながら、彼女は長い時間を用し誕生を待ち望んでいた
可愛い可愛い誰かさん
デジモンではない誰かさん
人間でもない誰かさん
早く育っておくれ
早く元気な姿をみせておくれ
しかし、その願いは叶わず
デジタルワールドは彼女を
歪な命を排除したのであった
彼女の同胞たちは彼女を気味が悪い、なんて下品なことを、信じられないと心にない感情と言葉を捨て彼女の体をバラバラにしゴミの山へ捨てた
不幸にも彼女の意識だけはハッキリしていた腹は無惨にも裂かれ、同胞たちに打ち捨て悪口も嫌味事も全て見ていた
彼女は生まれて初めて死ぬことを恐れた
打ち捨てられ息絶えてしまった小さな命を目の前にふつふつと彼女のデータが黒く染まり始める
私は愛が知りたかっただけなのに
この子はまだ生まれてもいないのに
どうして
どうして?
この子を産みたかった、抱きたかったのに…
どうして誰も救ってくれないの?
どうして?
ねぇ
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
あぁ…そっか
この世界に救いなんてないんだ
そゥなんダ
アハ、こンな世界ナクナッチャェ
この日、悲しみが怒りと憎みへと暴走し、彼女は暗黒進化してデジタルワールドを闇に包み込む
大きな翼を羽ばたかせ
我が子の亡骸まで無に帰し、全ての命を消し去ろうと現れた
その名はオルディネモン
オルディネモンとの戦いで大勢のデジモンたちが犠牲となった
更にオルディネモン出現をきっかけにデジモンたちの遺伝子に恐怖や怒り、憎しみが植え付けられてしまったのだ
後にオルディネモンは全てのデジモンに負の感情を与えた発端として後世に語られる
その後拘束された彼女はデジタマに戻ることも許されず永遠の苦痛を今でも味わい続けているという
こうしてデジタルワールドは平和になりましたとさ
めでたしめでたし
あぁ…なんて、なんて酷い話なのだろう
黒い人間の皮を被った暗黒デジモンが嘆く
この男の名はアポカリモン
手に持った《デジモン創世の書》を元の本棚に戻し図書館を後にする
過去の文献、出現した歴代の終末デジモンと対峙した時代、過去どのように対処されたのか調べていた
しかし残念なことに、どの情報にも彼らの明確な最後が記されていない
ほとんどが今現在まで放置されている
封印、投獄、監視、隠蔽
又は罪人を生かしたままデジタマに孵らせない刑、デジタマに戻った状態で管理、など現在進行形で実施され続けている刑罰
「それほどまでに原初の暗黒デジモンの復活を恐れているのか」
胸の内の怨念がザワつく
我々/私たち/俺たちは救われないの?と不安な思いを叫ぶ
世界がお前たちを見捨てても私は、私だけは見捨てはしない
だから安心しろ、と怨念たちを安心させる
アポカリモン、彼は今までたくさんの世界線の暗黒デジモンを、怨念たちを無理矢理吸収し、別次元のアポカリモンにも引けを取らない莫大な負のエネルギーを抱え込む、終焉を望まざる異端なるもの
その精神はとっくの昔消耗し切っており、いつナカの怨念が破裂し自戒して乗っ取られてもおかしくないほどにやつれていた
本体は既に戦えないほど疲弊している
アバターになったことで生まれて初めて自身に限界が近づいていることに気づく
「ゴホッゴホッ…!!」
激しい胸の痛みと共に喉奥から暗黒の瘴気と赤黒い血が口から吐き出される
とうとうアバターにも本体と同じ現象が起き始めている
「急がなければ」
あちこちの掲示板や発注クエスト欄にアポカリモン討伐の依頼を貼り付けた
しかし名乗り上げる者が一向に現れない
何故だ?
「アポ!ただいま!!」
情報収集に出かけたピコが戻ってくる
大量のデータ、大量の依頼表を背負いフラフラ飛びながらアポカリモンの胸に飛び込む
「あれ?またアポの心臓の音小さくなってない?」
「?、別にそんなことはないぞ」
「そう…あっ!そうそう!!討伐依頼を引き受けてくれる人が居たよ!!!」
あぁ…やっとか、待っていた、待ち焦がれていた!
最近体の調子が悪く遠出が出来なくなってきた
人間世界の株とやらに手を出してみた
それで集めた資金でデジモンを育成する施設建築やシェアハウス支援に使い、既に複数の施設が建てられ今世間の話題として人気が上がっている
他にもボランティア活動で子供や大人たちにデジモンについての映像講座(〇ouTube)を開いたり、デジモンにも人間の生体や同居する際に気をつけるマナーやルール解説、デジモンについての相談窓口を設立、ウイルス種の善し悪しなどなど
更に個人ウェブサイトを立ち上げ自身の遺伝子情報を元にデジモンの進化ツリーを有料会員で公開した
デジモンに興味を持つ人間たち
将来に希望を持つデジモンたち
ここ数週間でアポカリモンの手によって人間とデジモンの重要な架け橋を組み立てることに成功したのだ
遠回りであったが着々とこの私、アポカリモンを倒すにふさわしい実力を兼ね備えた者たちは確実に増えてきている
ピコの体を持ち上げ、強く抱き締める
「アポ?」
「その荷物重かっただろ、お前には苦労させたな」
「何言ってるの、アポの為ならボク何だってするよ」
「そうか…それで誰なんだ、依頼を請負ってくれるのは?」
「そいつの名前はね─────────」
ドォォンッ
「"Lord of the Undead"人間名義では不死王またはブラッドと名乗ってるよ」
「!?」
突然目の前にゲートが開く
ゲートから猛烈に寒い風と中から甘い声を発する巨大な何かが不気味にニタリと笑いながら見つめている
獣臭とアンデッドデジモン特有の腐敗した匂い、そして上位種特有の禍々しいオーラが漂う
グランドラクモン
ダークエリアの最奥に住みしアンデッドたちの頂点に立つ王
「暗黒の王よ、久しぶりだな1000年ぶりか?」
「不死王、依頼を受けたのはお前だったのか」
「そだよ、まぁそんなに身構えるなって、私とは長い付き合いじゃないか。最近のキミたちの活躍を見てるよ。でも最近見ていてつまんないから、こうして手助けに来てやったのさ」
失せろ、とアポカリモンは両腕に触手を巻き付けガルルキャノンへと変化させゲートに狙いを定める
「キミずいぶん変わったね、ちょっと前まで無口で愛想無かったけど、やっぱりそこのピコデビモンのお陰?」
パチンッ
「え」
「ピコに手を出すな!!!」
パキパキパキンッ
その瞬間、ボクの身に何が起きたのか記憶が無い
覚えているのは悲しそうな目でボクを呼びかけるアポの姿と何かに包まれていく感覚だけだった
コロンッ
「へぇー、この子本当にただのピコデビモンじゃないね。魂がキミ一色だ」
グランドラクモンは冷たく固い氷に閉じ込められたピコをつまみ、まじまじと眺める
「ピコを…離せ!!」
「そんな状態で怒ると体がバラバラになっちゃうよ」
体全身クリスタルに固められ身動きがとれない
辛うじて顔だけ動かせるが、無理に動こうとすると皮膚が裂け、余計にクリスタル状の破片が身体にくい込み体を締め上げていく
「このっ!!!」
べキッバキンッ
「おいおい、人間の体で無理しないでよ、この子のことそんなに好きになったのかい」
ならさ、もっと面白いことをしようじゃないか
グランドラクモンはダークエリアへのゲートをくぐるとアポカリモンに煽るように固まったピコデビモンをペロリと舐めとる
「その体でダークエリアに来てよ、おっと本体じゃなく、人間の体でだ。キミがこの子の為にどこまで頑張れるのか見たくなってきたよ」
私を楽しませられなければこの子どうなっても知らないよ
「約束しろ、私が辿り着くまでピコに手を出すなと」
「あー、ハイハイ約束は守る、守るからその足で早く来てね」
待ってるよ、と声と共にゲートが閉じる
自力でクリスタルから抜け出し、アポカリモンは触手を用いてダークエリアへの空間をこじ開けようとする
ところがどんなに触手で空間を切り裂こうともダークエリアへの空間が一向に開かない
「アヌビモン、お前の仕業か!!!」
畜生っ!!!!と誰もいない空へ向かってアポカリモンは叫ぶ
クリスタルが一部刺さった血塗れの体を起こし足だけを動かす
ダークエリアに侵入するツテはある
そいつの所までいけば、行かなければ!
一刻も早くピコを助けねば、あいつがいなければ
私ガ壊レる
あぁ…私はピコがいなければ自ら情緒を保てなくなるほど弱っていたのだな
ピコ、私のピコよ
どうか待ってておくれ…
ゲートが開かず
無謀なダークエリアまで徒歩での移動
無事に辿り着けるのかすら危うい状況の中、その頃囚われたピコはグランドラクモンの城にて今まさに血を吸われようとしている
アポカリモンの心とピコの命
一刻を争う長い道のりの戦いが幕を開ける