人間どもが管理する現実世界、その七月七日。
オレは簒奪者というか捕食者というか何というか――まぁ色々あって体の主導権を有している『白』の内側から、その視界を介して世界を見物していた。
今のオレにとって、そして『白』にとっての兄貴こと天ノ河宙(あまのがわ ひろ)はこの日、自分の部屋の中に置かれた見慣れない細っそい植物に、何かを書き記した紙を吊るしていて、成長期――ガンマモンの姿だと進化後の有り様が嘘のようにガキな『白』は兄貴にただ疑問を投げ掛ける。
「ヒロー。それ何ー?」
「あぁ、そういえば色々あってガンマモンは初めてだったっけ。七夕ではこうやって、願い事を書いた短冊を笹の葉に吊るしてお祈りをするんだよ」
「おー。願い事を、ざくざくにー?」
「刻んじゃダメだからね」
「おー」
いつもながら馬鹿っぽい調子で『白』は兄貴と会話をしている。
ベテルにしろカウスにしろウェズンにしろ、最低でも成熟期に進化するだけでもそれなりに知能も上がってるんだが、それでも『白』は基本的に成長期の姿で兄貴と接することを選んでいる。
デジヴァイスの恩恵が無くとも、成熟期までの進化ならば自力で制御出来ているのに、だ。
大した理由は無いんだろうが、オレの体を使っている以上はもうちっと振る舞いをカッコウがつくものにしてもらいたいもんだ。
兄貴の説明を受けて、タンザクとかいう長方形の紙に『白』はエンピツで願い事を書いていく。
アンゴラモンの奴からたまに教えてもらってるのもあって、何だかんだ人間の世界の言語は理解してやがるから、文字自体は書けるみたいなんだよな――兄貴の書いてるそれとは比べられない程度にはよれよれしてるが。
「お、書き終わった?」
「おー!! ヒロとオレ、サイキョー!!」
「ははは、ガンマモンらしいや」
で、肝心の記された内容はと言えば、言葉の通り。
タンザクには『宙とガンマモン、サイキョー!!』と書かれていた。
ちなみにこいつの言う最強は人間の言葉に置き換えるとチョコレートの事で、戦闘者としての強弱とかを示す意味じゃねぇ。
長い付き合いだ、めっちゃくちゃ簡略化されていることぐらい、兄貴も理解している。
タナバタとかいうものはオレもよく知らないが、これも以前兄貴がハツモウデとかいう日にダチの連中と一緒にジンジャーとかいう所に行ってたのと同じようなものだろう。
願いが成就するために行動する前に、存在するかどうかもわからない何かに叶ってくれと頼み込む、たぶん人間しかやっていない行為。
正直に言って、オレには無意味な行為にしか思えない。
だってよぉ、そうなってほしいって願う事があるのなら、そうなるための行動をするだろ第一に。
存在するのかもわからんカミサマだのホトケサマだの何だのに頼み込むとか、そんな事してられる時間があるのならそれを有益に使えよ、と言う他に無い。
こうしている間にも、世界の全てを喰らうものが顕れるタイムリミットは近付いている。
どんな過程があれど、敗者がオレである以上は勝者である兄貴の方針にも『白』の約束にも従う他にねぇんだが、やっぱりなんつーか……こうして観測しているだけでも、呆れる事に関しては事欠かない。
最早いつも通りになりつつある欠伸を独り漏らしていると、ふとして兄貴はこんな事を言いだした。
「――あ、そうだ。グルスガンマモンも何か願い事書くか?」
「おー!!」
おー!! じゃねぇが。
何か急に矛先が向けられたと思ったら、オレの目の前に『白』が姿を現した。
ここは精神の宇宙であるため、その気になれば『白』がこの場に姿を現すことは容易だ。
GRBで軍団を増やそうとあれこれしてた頃とは真逆の形にはなっちまったが、そこはまぁ重要でもない。
今重要なのは、目の前の『白』がいかにも期待を膨らませた表情を浮かべていることだ。
『お前もネガイ、書くー!』
『いや書く気は……ああくそ、はいはい解ぁったよ。書けばいいんだろ書けば……』
心底ムカつくし同一個体として思いたくもねぇやつのニッコリ笑顔(「約束したよな?」の意)に逆らうことが出来ず、オレは『白』に手を引っ張られる形で精神世界から表に出る。
黒に染まった眼球を開くと、当然目の前にはオレ達の兄貴こと天ノ河宙の姿があった。
数秒の間を置いて、兄貴は『白』ではなくオレに向けて言葉を投げ掛ける。
「ガンマモンから話は聞いてたよな?」
「ネガイを書けって話だろ? ったく、こんな紙切れに文字書いただけで何の意味があるってんだか……」
「まぁそう言うなって。俺も気になってるんだ、お前の願い」
「それならもう知ってるだろ? 兄貴。前に言った通りだ」
「それは知ってるけど、使命と願いは別のものだよ。いつかやりたい事とか、そういうのでいいから」
「……ハァ……」
言われるがまま、されるがままに俺は三本の指でエンピツを握る。
使命と願いは別のものと兄貴が言った以上、デジタルワールドでブルムロードモンの野朗と鉢合った際に語った内容とは別のものを兄貴は期待しているんだろう。
だが、ハッキリ言ってそんなものに心当たりは無い。
オレはこの星に、使命をもってやってきた。
全てを喰らうものを斃すため、ただそれだけのために行動してきた。
窮地に陥った『白』や兄貴(とついでにそのダチ)を助けてきたのも、その過程でシールズドラモンだのアルケニモンだのを殺してきたのも、GRBで軍団を作ろうとしたのも、そのために必要な事だったからに過ぎない。
多少気持ち良さを優先してズレたこともあったが、基本的にオレは使命を果たすために必要な事だけを優先してきた。
願いなんてものを浮かべた覚えなんざ無い。
そんな俺に兄貴は、願いを書くことを要求している。
(……いつかやりたい事、ねぇ……)
気にいらない奴をブチ殺したい、とか書いてしまってもいい気はする。
実際問題、オレの事をどうにか出来たからって兄貴達はまだ解決出来てないデジモン絡みの問題が山ほどある。
いつぞやに殺りあった吸血鬼共の行方、自らゲートを開いて姿を消したリリスモンの動向、その他にも厄介事は尽きることが無い。
殺しちまえば、少なくとも問題はそこで明確な『解決』になって心配事も無くなるんだが、兄貴の方針から考えてもそういう終わらせ方を許すことは無いだろう。
どうあれ最終的には対話での解決を求めるはずだ――いつぞやのレアレアモンのように、殺す以外に何もしてやれないような相手でも無い限りは。
さて、そうなると何を書いたもんか。
色々考えてみても何も浮かぶものは無く、目の前は真っ暗だ。
そんなオレの様子を見て何を思ったのか、兄貴は微笑みながらこんな事を言う。
「お前にも悩むことってあるんだな」
「ハッ、この程度のことも書けねぇのか……ってか? 兄貴」
「いや、嬉しいんだよ。お前っていつも、大体不穏な事しか言わなかったし、してこなかったからさ。そういうの以外の事を考えられるんだなって、知れたことが」
「…………」
「大丈夫だって。確かにやるべき事は山積みだけど、こういう時間も絶対に無駄なんかじゃない。誰にだって、必要なものなんだよ」
「……本当かぁ? よくわかんねぇものに頼み込んでるだけとか、怠ける理由作りにしか思えねぇけどな」
「ずっと頑張り続けてても駄目になるだろ」
「前々から思ってたが、人間って体力ねぇのな」
「デジモンと比べたら、ずっとね」
……まったく。
どうにもまだ、オレの助けは必要なのかもしれねぇな。
「ああ解ったよ、じゃあネガイは『兄貴が頑張り続けるように』で決まりだな」
「え、そこはせめて『頑張り続け"られる"ように』じゃないの? 強制?」
「ハッハッハ、オレがそんなヌルいと思うかよ。兄貴には出来る出来ない関係無しに頑張ってもらわないとな。怠けてダラけて終末を食い止められないとかオレが許さねえ」
「うわー。こうして話してみても本当に容赦無いんだなお前って……まぁいいけどさ」
「おーう、そうこなくっちゃな。頼み事は断れないんだろ?」
「誰から聞いたのそれ」
「さぁな」
知らんぷりをきめながら、見よう見真似でタンザクとやらを葉に吊るす。
やる事を済ませたから、さっさと意識を沈み込ませて『白』と交代する。
タンザクに書いた願いは嘘じゃねぇ。
嘘をつく必要がねぇんだから当たり前だ。
ただちょっと、ほんの少しだけ省略はしたが。
……ああ、そうだ。
約束がある以上、GRBを撒き散らして軍団を増やすとかはもう出来ねえ。
だが、だからと言って使命を諦めるつもりはねぇ。
勝者との約束を守りながら、その上で俺は使命を果たす上で必要な事をやる。
どんな無理難題であってもだ。
だからよ、兄貴。
頑張れよ。
オレと同じで、やるべき事から逃げないことを選んでいる限りは。
たまーに、ほんの少しぐらいなら、助けてやるからよ。
……後に、オレがタンザクに願い事を書いたことそのものをダチ共にバラされた結果、アンゴラモンの『いつもの締め』に使われることになったのは、また別の話。
こんにちは。
遅ればせながら読了したことのご報告でお邪魔いたします。
『モノクロ』とタイトルにあったので、てっきりモノクロモンが主人公なのかな?
と思ったんですが、なるほど、ゴーストゲームと七夕を組み合わせたお話でしたか。
宙とガンマモンとグルスガンマモンの微笑ましい日常ですね。
本編は尻切れトンボというか、これからだ!といったところで終わったしまい寂しい限りでしたが、
あったかもしれない日常、グルスのツンデレ・・・う~ん、控えめに言っても最高!!
アニメのアンゴラモンのいつもの締め、あれはなんだかんだ楽しみにしていました。
貴作ではどんな締めだったんでしょうか?
ゴーストゲーム愛、そしてグルスガンマモン愛を感じる内容だったと思います。
ファンの一人として嬉しい限りです。
それでは失礼致します。
中々に素敵、グルスガンマモンの独白が読めるとはとてもいいかもしれない