「お客さん、店で血を飲むのはご遠慮下さい。本に着いたら弁償してもらいますよ」
中年男性店主が長身の無愛想な怖顔のデジモンに声をかけている
店内にいる複数人の客はその行動に驚きながらも「声かけない方がいいって」「殺されるぞ!」とヒソヒソしながら店主とデジモンのやりとりの様子を見ている
店主は腕を組みながら睨みつけると魔人デジモンは店主の存在に気がついたのか申し訳なさそうな顔を浮かべながら店主の目線に合わせて腰を下ろし謝罪する
「これは失礼しました!この『聖書』と『仮面ラ〇ダー』のお話がものすごく面白くて、お腹が空くのも忘れて読んでいたもので、つい…」
慌てて飲みかけの血液が入ったフラスコを胸元にしまう
そしてその傍には山積みになった聖書関連の分厚い本と幼児向けのヒーロー本
しかも彼が腰かけて座っているのは椅子ではなく商品棚
寄りかかった重みで絵本が折れたりページが潰れてしまっているではないか
流石の店主もソレを見てデジモン相手だろうとひるむことなく注意する
「うちはね、あんたみたいな客対応できないんだよ。それでもデジモンお断りとは注意書きないのもウチの問題だろうけど、この子供向け本棚を見て!絵本や図鑑がぐしゃぐしゃだ!商品が全て処分だ!これ以上寄りかかったり本を汚す行為をするなら出禁にするからね」
「わあっ!あ、す、すみません!!
すぐ出します!弁償します!あっ、ここって通貨はドル使えますか?」
「は?」
店主は見た
デジモンが取り出した財布の中身はドル札でいっぱいだった
しかもその他にも他国のお金が混じっている
デジモンなのに電子マネーを使わんのか!?
「もういい!帰ってくれ!店の評価を落としたくないんだ」
「……大変申し訳ありませんでした。必ずお支払いします!今すぐ両替してきます!これにて」
謝ると同時に強い風が突然吹き、その場から彼は姿を消した
店内にいた人全員がポカンとした顔をしてデジモンがいた場所を見つめる
そしてまた見慣れた日常に戻る
が
店主だけまだあのデジモンのことで頭がいっぱいになっていた
「アイツまた来るだろうな…」
ああ…俺はたぶん今日か明日にでも殺されるかもしれん
都心にオープンしたばかりのオシャレな書店
俺はその店のオーナーになって早2日
まさか人間しか来店しない書店に完全体デジモンが白昼夢堂々と立ち読みときた
怖かった
俺は完全体デジモンを見たことない
ご近所にいる子供が連れていた白い猫デジモンしかデジモンを見たことがない
他はテレビやニュースでアイドルの様に紹介されてるヤツばかりだ
どいつもこいつもあんな可愛いのが進化するとあんな不気味なモンになっちまうってのかい
もう二度と来ないことを願おう
店主は嫌な汗でベタベタになった手をスボンで拭くとアイツが腰掛けてダメした本をどうするか頭を抱えながら業務に戻って行った
その日の夜
店が閉店した後も店内は明かりがついている
店主は一人残って本の整理をしていた
そしてかなり疲れている様子であった
無理もない
ヤツがダメにした棚一つ分の本を全て移動させたり、新しい本を補充したり、その他発注や新刊整理など
全て一人でやっていたのだから
「俺が就任してから散々だ」
もうすぐ定年退職だというのに
定年直前に店主を任された
何でも人手不足で正社員はおらずアルバイト採用の子数人(の内二人は無断欠勤)
誰もやりたがらないから後任が決まるまで長年書店を営んでいた俺に頼んできやがった
知り合いの頼みとは言え俺は頼まれたら断れない性格だ
あーあ、せっかく退職金貰って旅行の計画をしてたってのに面倒ごとが増えてしまった
「はぁ…いっそ誰か代わってくれないかね」
バイクで日本一周…いや
世界一周するのが私の夢
「その夢、私が叶えてあげましょうか?」
「うおっ!?お前は昼間のデジモン!!」
店主の背後に忽然と現れた魔人
店の施錠はした
シャッターも下ろした
自分以外誰もいない
コイツ、昼間みたいに不思議な能力使って入って来やがったな!
「私はバアルモン。本の弁償代を払いに参りました」
ボロのマントを羽織りターバンを巻いた金髪の魔人。その手には札束が握られていた
「お釣りは結構です。どうぞお受け取り下さい」
ドサッと渡された札束に店主は戸惑う
「待ちなさい!いきなり現れて何なんだ!
それにこの札束は見るからに100万は超える量じゃないか!偽札か?それともどっかで盗んで来たのなら警察を呼ぶぞ!!!」
「えぇ…そりゃないですよ…お母さんから借りてきた本物のお金なんですって」
お母さん?
もしやコイツの保護者か?
無愛想な顔で可愛らしくお母さんと呼ぶのか
「そうだ!余ったお金はおじさんにあげます!それなら問題ないでしょ!ね?」
ニコニコした顔で追加でもうひと束お金を店主に渡すバアルモン
コイツとはまともに会話できない
そう悟った店主は札束を握りしめる
「お前なぁ…」
「?」
子供の様にキョトンとした顔をするバアルモンを見て店主は文句を言うのを諦めた
バアルモンは真剣に聖書を読んでる割に知能は小学生以下
個体によって大差あると思うがあまりにも常識が無さすぎる
「私、昔から誰かを助けるヒーローに憧れてまして。だからこれから困っているオジサンの夢を叶えてあげたいのです!」
「その助けるヒーローさんがウチで迷惑行為しちゃいかんだろ」
「ハハハ!ごもっとも!私の悪い癖だ
よくお母さんにも注意されます!」
陰湿そうな見た目をしてるくせによく笑うヤツだな
「その前に店主、ひとつ気になることがあります」
「気になること?」
「この店、悪霊(デジモン)に取り憑かれてません?」
バチンッ
「なんだ!?停電か!」
パリンパリンパリリリリンッ!!!
突然店全ての蛍光灯が割れた
店主は一瞬故障か何かかと思ったがすぐにそれは違うと判断する
何故なら
天井一面に先程までいなかった大きな蟲の様な一つ目の化け物が複数体ウヨウヨしているのだ
バアルモンは咄嗟に周囲に被害が及ばぬよう結界の札を四方に飛ばし壁に貼りつけ、標的に指を指す
「やはりパラサイモンだったか
先程から店主の肉体に取り憑こうとタイミングを伺ってましたね?
残念でした!昼間来店した時からお前達の存在は匂いで分かりましたよ!最初からね!」
「なんでそんなにノリノリなんだ!!
俺は危うくこの蟲共に殺られるところだったんだぞ!」
「ちゃんとそれも予測して保険を残しときましたよ、アナタの背中にね」
店主の背中を見ると人の目には見えない札が貼られていた
「ナゼバレた!?アト少シでコノ人間モ、他の人間ミタイニ寄生デキタノニ!!」
寄生?他の人間?
まさか先日アルバイトのふたりが同士に無断欠勤もコイツの仕業なのか!?
「人間ノ精神ハ美味シイ!トクに夢ヲ持ッタヤツ程食べ応エガアル!」
「オマエノ脳ミソ喰ワセロ!」
「イイヤ!オレが先二喰ウンダヨ!!」
「テメェ!昨日喰ッテタジャネェカ!!」
「えっ、デジモンってマジで人喰うのかよ…」
そもそもパラサイモンって口どこがなんだ?
頭がパニックだ
「ひーふぅーみぃーよぉー…究極体が六体か
パラサイモン自体弱いけど武器が汚れるのはキツイな」
「「「「「「ソノ身体ヨコセ」」」」」」
カサカサと六体のパラサイモンの触手攻撃がバアルモン目掛けて迫っていた
「おい!このままでは殺られてしまうぞ!」
「ここは手荒な方法で行かせてもらうよ」
バアルモンは胸元から赤い仮面を取り出し、決めゼリフを言いながら仮面を被る
「変身!」
ガシッ
眩い光と共にパラサイモンの全ての触手を受け止め、現れたのはバアルモンよりも不気味で大きなデジモン
どう彼の容姿について説明すればいいのか店主には分からない
だがこれだけは言える
コイツはとんでもなく恐ろしい化け物だ
次の瞬間地獄の底から響くような恐ろしい獣の唸り声がバアルモン(?)から発せられる
「メルティングブラッド」
血のような液体がバアルモン(?)から放たれると触手は全て瞬く間に溶けてなくなった
「「「「「「ギャアアア!!?」」」」」」
液体の数滴床に落ちる
ジュワリと床に大きな穴を作る
コレはSF映画でよく見る酸性なのかもしれない
「殺生は好まないがお前達の様なデジモンが悪さしているんじゃお母さん達の仕事の邪魔になるやもしれないからね。問題の芽は摘んでおかないと」
赤い仮面を被ったバアルモン(?)は鋭い歯を見せつける笑顔でパラサイモン達に手を振る
悪は滅ぶべし!
「ハウリングブラッド」
バアルモン(?)の両肩から放たれた赤黒いエネルギー弾がパラサイモン六体をデリートする
「驚かせてしまい申し訳ない」
なんだ?一体何が起きてるんだ?
店主の前でバアルモン(?)が跪き頭を垂れている
「改めまして私はバアルモン、今のこの姿はベリアルヴァンデモンという魔王デジモンで、人間世界で活動するにはあまりにも不便なもんで、退化の術をお母さんにかけてもらいバアルモンとして動いていたわけです
あっ!別に悪いことは企んではいません!
私はヒーローを目指しているので!
先程の『変身』もなかなかカッコイイでしょ!」
「あ、ああ…」
おぞましい姿になっても中身は変わってねぇな
店主は少し安心した
パラサイモンだったモノがサラサラとデータの塵となったのを見て店主は恐る恐るベリアルヴァンデモンに聞く
「なぁ、アイツら死んじまったのか?」
「アレらはアナタ方人間からすると死亡、骸になりましたがデジモンからしたら転生した、つまり次と命に生まれ変わったと言っていいでしょう!大丈夫!そう悲観的にならなくてもデジモンは何度も蘇る!……まぁ私は不死身なので転生できませんがね、死ぬってどんな感覚なのでしょうね、お母さんに死ねる様頼んでみようかな…」
何やら死ぬ事が羨ましいそうな発言をしているが
まぁそれは置いといて
「今日はおかしな事ばかりで頭がどうにかなっちまいそうだよ」
本の在庫確認して気を紛らせようかな…
「そういえば先程この店の情報を確認したところパラサイモンの手回しで営業されてたらしいですね!ヤツらは催眠も得意とします!つまり!アナタを店主にした人間もパラサイモンの毒牙にやられてる可能性があります」
つまり俺を店主にさせたアイツも!?
「マジかよ…じゃあどうすんだよこの書店…」
「ご安心を!ついさっきお母さんに連絡した所この店を買い取ってくれることが決まりました!後はお母さんに任せて私はオジサンの夢を叶えるお手伝いをしましょう♪」
慌てて俺はスマホを取り出し店の所有者の名前を確認した
確かにコイツの言う通りだった
書店の持ち主が"黙場"という人間の名前に変わっていた
「お前の母ちゃん何モンだよ…」
「私のお母さんはデジモンの中では最凶のデジモン!その名はアポ…「あーわりぃな、聞いたとしても多分聞いたこともない。そもそも俺はデジモン詳しくないんだ」
「なんですと!是非とも知ってもらいたい!
お母さんの夢はデジモンと人間の共存世界を作ることなんです!」
ベリアルヴァンデモンは尻尾を振りながら俺に保護者のことを熱く語っている
内容はよく理解できないが聞いてないと殺されるかもしれん
「それで、ヒーローさん
俺の夢叶えるとか何とか言ってなかったか?」
「そうでした!実は密かにアナタの頭の中を覗いておりまして…」
「なんだと!?」
「あ!いや、や、やましいモノは見てませんよ!私は人間の体や構造など興味ございませんから!」
コイツ…俺が休憩中グラビア雑誌読んでる記憶を見やがったな…!
「それはそうとバイク、買いたいのでしょう?」
「!」
「旅の共にバイク!実に素敵だ!
私ベルゼブモンにも進化可能なんです!
良ければ御一緒に夜の街を飛ばして行きませんか?」
ベリアルヴァンデモンは仮面を取るとバアルモンに戻り、懐からまた青い仮面を取り出し瞬く間に別の姿へ変わる
「さっきと全然体格違うじゃないか!」
「俺はベルゼブモン!いくぞオッサン!
まずはオッサンのバイク買いにバイ〇王に行くぞ!」
「お、おい!」
ベルゼブモンに手を引かれるまま何処からともなく現れた大きなバイクに乗せられる
店主は作業着のままノーヘルでデジモンと共に夜の街を走る
「ヒャッホー!深夜の道路は車が無くて最高だぜ!!!!!」
まずいまずいまずいまずい!!!
これは絶対良くないぞ!
流されるまま走っているが、コイツは交通ルールを全く守っちゃいねぇ!
信号は無視するわ、ブレーキ無しで右折左折するわめちゃくちゃだ!
もしこんな姿誰かに撮られてネットで晒されてたら俺の人生終わりだ!!
「警察に見つかったらタダじゃすまないぞ!どう説明すればいいんだ!!!」
「その時は飛んで逃げるから安心しな」
「はぁ?!てかお前、その姿になってからキャラ違くないか!?」
「進化すると口調も性格も変わっちまうのがデジモンっもんよ!関西弁喋るヤツもいるぜ!」
アクセルを更に踏む
時速200kmの速さで寝静まった街を爆走
正直こんな時間帯にバイ〇王営業してないぞ
せめてアポとれ!
「オッサン!バイクは男の浪漫だぜ!!突っ走ることも時には大切だ!オッサンも成りたい自分に成れよ!俺のようにな!!!」
何言ってんだコイツ
まぁバイク手に入れたらコイツとはオサラバ「何言ってんだよオッサン」ん?
「は?」
「オッサンの夢叶えるまで一緒だから」
お、おいまさか
俺の旅行までついて行く気なのか?
「世界一周いいじゃねぇか!その為にまず護衛が必要だろ?」
「はぁぁぁぁ!?!?!」
「感謝しろよオッサン!俺みたいなデジモンのパートナーがついてること死ぬほど有り難いと思うぜ!!!!」
「人の旅について来んな!バケモン!」
「ベー、ルー、ゼー、ブー、モーンッ!だぜ!
今後ともよろしくなオッサン!」
そんな訳で仮面ラ〇ダー好きなデジモンと成り行きで旅行をすることとなってしまった
手始めに日本一周をする
こうなればもうヤケだ
残りの人生デジモンと共に旅行
案外それが良かったのか悪かったのか
世界一周を終えた自分しか分からないだろう
次の日
もぬけの殻となった書店はデジモンと人間の憩いの場として寛げるカフェへと早変わり
電子マネーでの決済の仕方がデジモン達にも伝わり人気カフェとなった
彼らが出発してからデジモンに対しての偏見や差別は段々無くなりデジモンとの共生社会が築かれたのだ
一方、日本の中年男性とデジモンがバイク二台それぞれ乗って旅をしながらトラブルを解決していることを世界各地で注目を集めネットで話題になるのはまだ先の話である
【完】