正月の朝、悪夢を見た一人の人間が、自分だけが部屋の中で変わっていることに気付きました。
手足というものがなくなり、頭と呼べるものさえ失っている。
唯一残ったその身体は白米と海苔で構成された三角形……
そう、五十嵐美玖は、一つの大きなおむすびになっていた。
「………待て、本当にこれが美玖だっていうのか!?」
冗談だろう、と青ざめた顔でシルフィーモンとミオナはベッドの上にどんと座したおむすびを見た。
ただのおむすびと思うなかれ、ほぼ大人一人分に相当するサイズと質量はとても一人では食べきれない。
具材はなんなのか、ただの塩むすびなのか議論の余地のある所だがそれはともかく。
「……うん、せんせいだよ。たましいがおなじだからまちがいない」
「デジマ!?デジマなの!?」
ーーーで。原因はなんなんだい?私もこんな面し……おかしい事案は初めて見たんだが。
笑いを堪えているヴァルキリモンをジロっと睨んでから、ラブラモンはアホのクリームソーダならぬおむすびを見た。
おむすびは話せないようで、必死に身体(?)を横に前にと揺らしてのボディランゲージをとっている。
「げんいんはわからないけど、かのうせいのありそうなはんにんならこころあたりあるよ。うぃっちもんとか」
「…またあいつか」
「かのうせいのはなし、だけど」
実際、ウイッチェルニーにいるウィッチモンは過去に美玖に対しての前科がある。
いやあ、ひどい事件だったね!
「でもなんでおむすび?正月だから鏡餅じゃダメなのかな」
「そんなこと言ってる場合か。ともかく、ウイッチェルニーのデジモンと連絡を取ってウィッチモンに直談判だ」
「……!」
おむすび美玖はベッドの上で跳ねた。
せいぜい数ミリ程度だが、どうにか動けはするようである。
「なぁ〜〜〜〜にぃぃぃいいい〜〜〜!!やっちまったなあ!!?」
というわけで、所変わりウイッチェルニー。
学院を揺さぶる程の叫びの主は、学院において全責任を預かっているミスティモンだ。
二度目の事件以降、厳しくウィッチモンを監視しているのだが、その監視に穴でもあろうものなら彼の沽券に関わる。
しかし、そんな、ムカ着火ファイヤーな彼と、その後ろに見えるクソデカおむすびを見たウィッチモンは大慌てで
「ま、待って、待って院長!ほんとにタンマ!!アタシは無関係!無関係ですって!」
「だがこの人間は過去に二度もお前の"実験"のターゲットにされている。関係性を疑う正当性は十分にあるぞ」
「そうですけど!ほんとにアタシじゃありませんって!」
おむすびがぐらぐら揺れて何かを伝えようとするが、誰にもそれがわからないので話にならない。
仕方がないので、ウィザーモンの呪文に頼り、かけた相手の思考をホログラム化することにした。
初めに具現化されたのは、美玖が初夢として見た悪夢から。
夢の中で美玖は、石壁に囲まれた通路のような場所を歩いていた。
ゲームなどにありがちなダンジョンといった風情で、床に剣や盾、腕輪や巻物と落ちているものをかき集めている様子が映される。
「なんだ、これは?」
「……」
シルフィーモンの問いにクソデカおむすびもとい美玖はうごうごと揺れた。
…見れば見るほど、事件発覚から半日近く経過したとは思えないほど鮮度が保たれた白米と海苔の香りである。
ホログラム化された夢は進行する。
美玖は床に落ちた物をかき集め、時にそれを装備したり手に入れた壺に突っ込んだりしながらダンジョンを進んでいた。
剣や盾が手に入るという事は当然それを使って倒すモンスターも出るわけで、始めこそはいかにも弱々しいものばかりだったが階層を降るにつれ強いものも出るようになり……
「……!…!」
たらこ唇とのっぺりした肌に顔のモンスターが出た途端、美玖の震えが大きくなった。
夢の中、美玖は二匹ほどそいつに囲まれ、一匹を倒したと同時にもう一匹が彼女に白い息を吐きかけ……
「…夢はここで終わってる。どうやらこの夢に原因が眠っていそうだな」
「……」
「ふむ、ならば夢に干渉されたのだろう。デジモンの仕業か…」
ミスティモンが思考にふけり、場の空気を読んでしばらく沈黙を守っていたウィッチモンがひたすらチラ見。
「夢が関わるというのなら、バクモンに協力を仰ぐのが良いな。美玖のこの姿も元に戻せるかもしれない。…さすがに、この姿のままなのは、見るに堪えないしな」
シルフィーモンが言いながら美玖を見た。
顔すらないおむすびのため表情は見えないが、目線を合わせようとしているのはすぐにわかる。
「だが犯人の特定は急いだ方が良いだろう。こちらでも現実世界に似た事件がないか、魔法で調査はしておく。ウィッチモン、お前にも働いてもらうぞ」
「は、はーい…」
「何かわかれば連絡を取ろう。連絡手段はこのフレイヤを使う」
「うむ。……まさか、久方ぶりにその鳥を見ることになるとはな」
さて、この初夢おむすび騒動はあまりにも呆気なく終わりとなる。
というのも、犯人は帰宅と共に割れたからだ。
一般人ならぬ一般デジモンなバクモンに事情を話し、美玖を元に戻してもらった翌日の朝に。
「あのー、あんみん枕のデリバリー二日目に参りましたー」
そんな可愛らしい声と共に、羊と枕を合わせたような見た目のデジモンがやってきた。
それに応じた美玖に、デジモンが尋ねる。
「きのうの夜はねむれましたかー?」
「ね、眠れましたが夢を見まして…」
「ゆめですかー」
「起きたら、……その、おにぎりになってたんです」
「あらー、たぶんそれは、ぼくのちからのせいです。ごめんなさい」
会話を聞いていた探偵所一同が、そのデジモン、ピロモンに詰め寄った。
「「「原因はお前(あなた)かぁあああ!!!?」」」
発端は、美玖が見つけた広告からだった。
内容はピロモンによる添い寝安眠サービス。
派遣されたピロモンに添い寝をすると居心地の良い安眠が得られるというものであり、ピロモンはその際の夢を報酬として食べる。
シルフィーモンが別件で大晦日から三日ほど夜毎に家を空けるため、彼の不在だとまたメフィスモンによる悪夢を見るのではと不安に駆られた美玖はピロモンを呼んだのだ。
しかし、話はここで終わらない。
ピロモンは二種類の泡を出すのだが、寝心地の良い夢を見せるものと、寝心地の悪い悪夢を見せるものがある。
通常、ピロモンは眠りながらこの泡を出すので、寝心地の良し悪しは完全にピロモン任せだ。
「おそらくピロモンの悪夢の泡と、美玖の悪夢がニアミスを起こして原理は不明だがそれによっておにぎりになってしまったんだろうな」
「なんて迷惑な話なのよ…」
「とはいえ、普通は精神攻撃のようなものだ。ここまでの案件はむしろレアなケースといえる。当然、どちらが悪いとも言えない。むしろ解決の糸口があっただけ実際の被害も軽かったしな」
ピロモンは、まごまごしたように見えたが、美玖は優しく撫でて答えた。
「今夜も、お願いできますか?」
「いいんでしゅか?」
「今度はちゃんと寝心地良く寝るのよ二人とも」
「わ、わかったです」
(このお姉さんちょっと怖いでしゅ)
ピロモンからちょっとそんな事を思われているのをミオナが知ることはなく、この初夢おむすび騒動は終わりを迎えたのだった。
んほおおおおおおおと七夕に続き狂ってる。夏P(ナッピー)です。
むしろバクモンによってサクッと解決してしまえるスピード感に戦慄しましたが、正月から何たるカオスだ。ピロモンがこんな感じで創作に使われているのを初めて見たかもです。悪夢と言えばバクモンまたは技が同名なデジタマモンのみならず期待のニューフェイス。疑いをかけられるウィッチモンは哀れでしたがこれは日頃の行い。
真面目に「恐らくピロモンの悪夢の泡と美玖の悪夢がニアミスを起こして原理は不明だがそれによっておにぎりになってしまったんだろうな(意味不明」と解説するシルフィーモンナイス。原理は不明だがってお前。おにぎりになりたい願望でもあったの美玖サン。
番外編を迎える度にカオスな目に遭い過ぎて、いずれ殺されること以外のありとあらゆる酷い目を経験する羽目になるのではないでしょうか美玖サン。
それでは今回はこの辺りで感想とさせて頂きます。正月からカオスでしたぜ。