◇
何故届かない!
何故掴めない!
あらゆる知識を探求してきた。如何なる苦境にも耐えてきた。完全となって久しいこの肉体、だが戦闘にはまるで向かず野蛮なる者どもと相対すれば無様に逃げ惑うことしかできない我が身は、徐々に忍び寄る戦火の影に怯える運命なのか。
否! 断じて否!
惨めに死ぬつもりはない。蛮族に殺されるつもりなど毛頭ない。
高みを目指して戦い続けるのがデジタルモンスターだと皆は言う。その有り様を嘲笑ってきたのは誰あろう私なのだ。そしていざ死の恐怖が迫ってくることを改めて認識した今、みっともなく生にしがみ付き足掻こうとしているのもまた私自身だった。
そう、私は死にたくない。始まりの町が消えた今、死ねば私としての私はそこで終わる。
まだまだ見たい世界がある。まだまだ出会いたい者がいる。だから私はまだ死ぬわけにはいかないのだ。
だから必要なのはただ逆境にも負け得ぬ力。強さも高みも否定し続けたはずの私が最後に縋るのは、結局のところデジタルワールドの原始的な理だったのだ。
それでも今更肉体を鍛える術など私は知らない。私がしてきたことは己が知を高めることだけ。ただひたすらに叡智を掻き集めた先にそれがいると願って、伝説の英雄の中でも随一の知恵者と呼ばれる姿に到達できる自分を思って、そして先行きの見えないこの時代において未来を見通す力さえ手に入れれば必ずや世界の為になると信じて。
だから彼奴どもとは違う。暗雲の立ち込める世界で尚、英雄(ヒーロー)に憧れ続ける彼奴どもとは。
彼奴どものような憧憬ではない。純粋な実益を求めて私は目指すのだ。
伝説の十闘士、その中でも最大の名声を誇る賢者。
エンシェントワイズモンを。
【コテハナ紀行】
The last element
【鋼の闘士編】
広々としたように見える講堂は、その実そう大した広さではない。
「……随分と顔触れが変わったんダネ?」
ズラリと並んだパイプ椅子。その中で末端を示す最も下座に座らされたネーモンのハナビは、隣に腰掛けるボコモンのコテツに囁くように口にした。
久方ぶりの学会ということでコテツもハナビも気合いを入れてきた。しかし数百名分は用意されているはずのパイプ椅子にはかなりの空席が目立ち、見知った顔も殆ど見受けられない。何せ例年通りなら座長を務めているはずの力天使の姿も見当たらないのだ。
「クラヴィスエンジェモンもいないでやんすね……」
力天使の二つ名に反して知的で穏やかな人柄で知られる彼を思う。
「……座長なら死んだって話だぜ」
「ええっ? それは本当なんダネ?」
すぐ前の席から振り返ってきたのはフレイウィザーモンだ。以前トレイルモンで偶然顔を合わせた記憶はある。
「でもクラヴィスエンジェモンといったら究極体でやんすよ? そんな簡単に……」
「ロイヤルナイツさ、奴らにやられたんだ」
昨今の世界において忌むべき名。それを炎術師は躊躇いがちに呟いた。
ロイヤルナイツ、世界最高の英雄と名高い十三体の聖騎士達。今の時代、その姿を目撃されているのは精々五体ほどだったが、その彼らは荒廃した世界の中でも強者、即ち究極体デジモンを狙って活動しているという噂が前々からあった。狙われた者はまずその場で命を奪われる為、聖騎士達が何を目的として動いているのかはわからない。
コテツもハナビも思い返すのはあの光景だ。燃え盛る始まりの町、死が充満した地獄絵図をゆっくりと飛び去っていく二体の聖騎士の後ろ姿。
「……でもクラヴィスエンジェモンは別に何か悪いことをしたわけでは……」
むしろ三大天使の次席に座すると言われた力天使であれば、神に仕えるロイヤルナイツと近しい立場なのではないか。
「さてな。英雄サマの考えは俺達にはわからねえよ」
そう言ってフレイウィザーモンは向き直った。
徐々に講堂へ入ってくる他の学者達。ウィザーモンやソーサリモン、ウィッチモンにエンジェモンやピッドモンの姿も見える。コテモンやコエモンなど見知った顔も見つけてコテツもハナビも軽く会釈した。
けれど殆どが成長期か成熟期だ。元よりこの学会は老成した完全体が中心であった。近年ではそれどころか彼らが進化したのか究極体も増えてきた──ちょうど始まりの町が滅ぼされてからだろうか──というのに、気付けば顔が見えるのは自分達も含めて若輩者ばかりだ。クラヴィスエンジェモンだけでなく、他の老獪達も聖騎士達に討ち果たされたとでもいうのだろうか。
おかしいと思う。何かが絶対におかしい。
「静粛に」
不意に澄んだ声が通る。
座長席に“代理”の札が貼られており、そこに座る彼の声だ。
「此度もこのような場を設けることができ、大変嬉しく思う」
ローブに包まれた奥の瞳が妖しく煌めいている。
「通例通りならクラヴィスエンジェモン殿にお任せする立場だが、彼はご不幸に見舞われた。故に僭越ながら此度は私ワイズモンが司会進行を務めさせて頂く」
スッと立ち上がる禍々しき賢者。その瞬間、何故かコテツは彼と目が合った気がした。
彼奴らが自ら憧れ、理想といった理由から十闘士の研究を専門としたように、私も成長期であった時分からある英雄達の研究を専攻していた。
ロイヤルナイツ。世界で最も名を知られた十三体の聖騎士、最強の英雄として勇名を轟かせる秩序の守護者。
恐らく始まりは彼奴らと同じ、私が彼らを知りたいと思った所以も憧れである。数多の伝説で活躍するその武勇、世界を我が物にせんと企む魔王にも敢然と立ち向かう勇猛さと気高さ、多くの幼年期や成長期デジモンがそうであったように、今は亡き始まりの町に生まれ落ちた私も自然と彼らに憧れていた。もっと彼らのことを知りたいと思った。そして自分もいつか彼らのような強さを手に入れられるだろうかと夢想した。
そして気付けば研究者となっていた。彼らの遺した奇跡と軌跡を知りたいと思う気持ちだけがいつの間にか成熟期、ウィザーモンとなった私を動かしていた。
竜の剣と狼の銃を携え、邪悪なる者と戦った最後の聖騎士。
奇跡の力を宿し、絶対防御の輝きを放つ黄金の若き聖騎士。
数多くの時代の影に現れる、漆黒を纏いし始まりの聖騎士。
伝説の駿馬の名を持つ雄々しさで世界を駆ける紅き聖騎士。
空をも覆わんばかりの双翼で全てを守護する巨竜の聖騎士。
彼らに代表される十三体の聖騎士の伝承は世界の至る場所に刻まれ、今も幼き者達の心に息づいている。そういった伝承を収集して紐解くのは楽しかったし、その英雄としての格に上下も優劣も存在しないにしても、彼奴らが追っている実像すら定かではない十闘士なる英雄と比べれば遥かに実像を伴うロイヤルナイツを追うのは私をただ夢中にさせた。いつか自分も彼らに追い着けるのだと、そんな笑止千万な夢を見る程度には。
けれど気付くのだ。
世界の危機に現れ、我らを救ったとされる数多の聖騎士。
ああ、聖騎士だ。そこに嘘偽りはない。救世主は確かに我らのよく知る聖騎士であったに違いない。
だが。
その聖騎士達は本当に、ロイヤルナイツだったのか──?
講堂を出ると大きく背伸びをした。
「うーむ、どうにも盛り上がらなかったでやんすね」
それが正直な感想だ。以前に比して会合は形骸化している、そう感じる。
コテツが専門としている十闘士だけではない。ロイヤルナイツにオリンポス十二神、三大天使に七大魔王、ビッグデスターズといった過去に名を馳せた様々な組織が当学会の研究対象であったし、以前であればそういった組織を専攻する者達の発表や論説を聞くことがこの会合における楽しみだったはずなのだが、今回はどうにもそうした空気ではなかった。発表者は皆、どこか淡々としており以前のような熱気がない。完全体や究極体が少なかったことと関係があるのだろうか。
「若僧ばっかりだったんダネ、オイラ達含めて」
「ミスティモン氏やデジタマモン氏の発表は確かに面白かったでやんすが……」
戦いも冒険も多くの糧を得た完全体。そんな彼らだからこそ経験に裏打ちされた知識を持てるというのは誰の言だったか。
やはり自分達は圧倒的にそれが不足しているのだと思う。当学会に属していたはずの者達は究極体だけでなく、完全体もめっきり数を減らしているように見えた。単に集まりが悪かったというだけならそれでいい。しかしクラヴィスエンジェモンがロイヤルナイツに討たれたという情報がある以上、もしかしたら。
「……ボコモンにネーモンか」
「やんす?」
講堂の正面、元々は高位なるデジモンによって築かれたらしいその建物の上部を見上げていた彼に声をかけられた。
「おお、元お師匠様なんダネ。今回はお勤めご苦労だったんダネ」
「元も師匠もよせ。然したることはしていない」
ほんの一時、師事したこともある巨匠ワイズモン。此度の会合では座長を務めていた完全体。
「クラヴィスエンジェモン氏のことは……」
「聞き及んでいる。彼には大層世話になったものだ」
無機質な声。如何なる時でも変わらないその色は師と仰いでいた頃と同じである。
自ら声をかけてきたというのに、彼は講堂の屋根を見上げたままこちらに顔を向けようとはしない。だから自然、コテツもハナビも彼の両隣に立って同様に屋根を見上げた。
元より彼は口数の多い方ではない。だから如何程の時間が経ったのか。
「……貴様らの提出したレポートは読ませてもらった。実に興味深い内容であった」
ポツリと。
僅かに違う色を纏ったワイズモンの声が響く。
「すまなかったな。貴様らにも発表の時間が取れれば良かったのだが」
「いや、ワテらのような若輩者にそんな……」
自分達は聴講できるだけで幸福なのだ。コテツもハナビもそう思っていた。
元よりこの学会は人型や亜人型といった一部のデジモン達が発起人となって立ち上げられたものだ。長らく荒廃から立ち直ることのできていない世界だからこそ、千々に散逸した数多の偉大な記録や叡智を集め、紐解いていこう。そういった考えの下にコテツやハナビが生まれるよりずっと前、当時の賢人が世界の保全を提唱して発足したという。コテツやハナビを含めた一部の成長期も若輩者ながら所属させてもらってこそいるが、そういった経緯がある故に構成員は知恵者として大成した完全体、もしくはそれが進化した究極体が殆どであった。
そのはずだ。そのはずだったのだが。
「世代は変わるものだ。クラヴィスエンジェモンを含めた先人達は災難であったが、いずれ貴様達のような若き者が我が会を背負う日が来る」
「クラヴィスエンジェモンは……やはり?」
「良からぬ噂が流れているな。……だがその通りだ。彼やピエモン、ヴァルキリモンといった面々は皆ロイヤルナイツによって討たれた」
それは紛れもなく、この会合で重鎮とされる者達の名前。
コテツやハナビが生を受けた頃、世界に究極体は殆ど存在しなかったと記憶している。各地で暴れ回る猛者は皆完全体であったし、究極体という概念そのものが半ば伝説と化していた。世界が今のように変わったのはいつなのかと考えれば、それはやはり始まりの町が滅ぼされてからなのだろう。その時期に前後して各エリアを治める者達は互いに鎬を削る中で次々と究極進化を果たし、またコテツとハナビの知る本学会の知恵者達も同様に進化を遂げていた。
皮肉なものだ。デジモン達の安寧の地である始まりの町、そこが消滅して世界の理が乱れたことでデジモン達は逆に活性化し、伝説とまで呼ばれていた究極体が世界に数多出現するようになったのだから。
それに伴って本学会も大いに隆盛した。究極体となった者達が積極的に世界を回るようになった為だろう。
危険を冒してダークエリアを巡り、過去に暗躍した七大魔王の軌跡を世に知らしめたピエモン。オリンポス十二神の何人かと実際に出会い、硬い友情で結ばれたと豪語していたヴァルキリモン。かつて魔王の一人が使役しようとした超究極体と呼ばれる未知のデジモンの正体を突き止め、その存在を追い求めて世界を旅していたレグルモン。
究極体となった皆々から提供される数多の知識に、コテツもハナビも魅了されてきた、はずなのに。
「ロイヤルナイツは、何故そんなことを……」
「知っているだろう? 彼の英雄達の考えなど下々の我らに理解できようはずもない」
「しかし、ただ殺されるなんて理不尽でやんす……!」
始まりの町を滅ぼしたのがロイヤルナイツであることをコテツもハナビも知っている。
それに伴い世界には究極体が増え始めた。故に長らく停滞していた世界を再び巡らせる為、始まりの町を滅ぼした理由がそれであったのなら理解もできよう。
だがそれならば何故、その増え始めた究極体をロイヤルナイツが摘むというのか。安寧のシステムが破壊されたことによる心理的な要因が究極進化を呼んだとしても、彼らは武勇にしても知略にしても各々が切磋琢磨して高め合った果てに進化した、それはまさしく由緒正しきデジタルモンスターの形であったのではないのか。
「現時点でも十闘士そのものの姿は確認できていない。……それでも貴様らは、彼らの実在を今も信じているのか?」
「も、勿論でやんす」
唐突な質問に面食らうコテツだが、ワイズモンの視線は変わらず虚空に在った。
「全ての叡智を一点に集めるべし……か」
紡がれた言葉はコテツに向けられたものではなく。
過去にメタルエンパイアと呼ばれた都市部、半ばゴーストタウンと化していたはずのそこに本学会とその会合の場所である大講堂は存在する。都市部の中心にはターミナルが築かれ、トレイルモン達が往来する中で自然とデジモン達も集まってきていた。全盛期には及ばずとも確実にかつての繁栄を取り戻しつつあるはずの都市部。
本学会に本来名前はない。
けれど全ての叡智を一点に集めるべし、そういった理念が根付いていたことも要因の一つかもしれない。それはまるで伝説に謳われるある英雄、コテツが最も魅せられた存在の在り方に相通ずるものがあったのだ。古代に生きながら未来、即ちコテツ達にとっての現代に起こる事象をも全て見通していたと言われるデジタルワールド随一の知恵者、コテツ自身をも含む突然変異型にその力を引き継がせたと言われる鋼の英雄の在り方に。
「貴様らは楽しそうだ。十闘士が虚構であっても実在していたとしても……それは変わらぬのであろう」
「……ワイズモン?」
「それを羨ましいと思える私がいる。同時に憎らしいと思ってしまう私もいる」
故にアカシックレコード。一部の者達は本学会をそう呼称する。
「私は知りたくなどなかった。……知らぬ方が良い知識があるということを、知らなかった」
鋼の闘士エンシェントワイズモン。
大講堂は高位なるデジモンが築いたと前述した。それがこのエンシェントワイズモンではないかという説があり、コテツもまたその説を信じている。知識を集めよ、その為に世界を巡れ、この大講堂を訪れる者達はそんな内なる声に突き動かされて探究心を燃やす。傲慢の魔王を討伐した十闘士筆頭でありながら、知恵という原初の世界に似つかわしくない分野で名を馳せた英雄。だから彼の英雄が実在したかどうかには関係なく、突然変異型だけではない皆の心の内に鋼の闘士の魂は生きている。
自らの肉体を異界とすら繋がせたとされる鋼鉄の英霊は、知識を追い求める本学会の象徴として大講堂の屋根に築かれた銅像として、今も世界へ旅立つ探求者達を見下ろしている。
気付いてしまった時、私の胸の内にあった探究心は砕け散ったと言っていい。
憧憬も夢想も全て消え失せていた。既に私の身は完全体、即ちワイズモンとなって久しかったが、その後も究極体に到達する気配はまるで無かった。
進化した直後はそれでも構わないと思っていたはずだ。我が両手に携える真紅と黄金の時空石、それにより私が今まで得たあらゆる知識を記録、また再生を可能とするこの姿は研究者として都合がいい。アカシックレコード、皆がそう呼ぶ当学会のメンバーが世界を旅することで知識が広まり、同時に“本”を媒介とするこの身の活動範囲も広がっていく。だからそれで良かった、それだけで良かったはずなのだ。
それなのに。
ピエモンが死んだ。
彼は私と同じワイズモンだった。ロイヤルナイツを研究する私とは違い、彼は七大魔王の研究を専門としていた。折に触れてダークエリアに躊躇い無く足を運び、過去に魔王が遺した痕跡を探り当てるフットワークの軽さはきっと私以上だっただろう。ロイヤルナイツと七大魔王、一般に世界の善と悪に分かたれた両者を研究する我々は真逆の専門分野を持ちながら、同種族であった為か妙に気が合ったのだ。
その彼が死んだ。
私より早く究極体に到達した彼が。
私の目の前で、私が追っていたロイヤルナイツに討たれて。
何故だと嘆いた。どうしてと悔やんだ。ワイズモンもピエモンも確かにウイルス種、けれど我が学会を含め今の世の中ではワクチンもデータもウイルスも関係なく皆が平和に暮らせていたはずだ。ピエモンとなった彼とて今は一介の探究者、ただ浪漫と幻想に生きた冒険者であったはずなのに、その彼が何故討たれなければならなかったのか。
そこで私は得心に至る。きっと薄々感づいていた、それでも憧れで蓋をしていた。
ロイヤルナイツは世界など救わない。奴らはただの暴力装置、世界の“神”とやらの意思通りに動く掃除屋だったのだと。
確かに数多の伝承に遺る聖騎士達は偉大な英雄だった。我々が憧憬を向けるに値するヒーローだった。オメガモンもマグナモンもデュークモンもアルファモンもアルフォースブイドラモンも、彼らは皆それぞれの形で世界を救っている。
けれど、それは即ちロイヤルナイツではない。世界を救ったのは聖騎士達個々の意思であった。または隣に立つ人間、選ばれし子供とやらの存在もあったのかもしれない。長らく人間の存在などこの世界に確認されていない現代において、そんな異世界からの訪問者に奇跡を起こせる力があるという伝説は眉唾物ではあったが。
聖騎士達は確かに数多の苦難を打ち払う英雄であった、それは間違いない。だがそれがロイヤルナイツという組織に数えられた時、彼らは世界の安寧という名目で不純物を排除するマシーンと化す。彼らが絶対の“神”に仕える以上それは逃れ得ぬ“設定”であり、そこに恐らく彼らの自由意志はない。
つまりロイヤルナイツとはシステムだ。イグドラシルと呼ばれる“神”に従い、ただ世界からはみ出した者を切り捨てる為に存在する殺戮マシーン。伝説に名を残す聖騎士は紛れも無くそれぞれが英雄であるはずなのに、ロイヤルナイツとしての彼らは我々に救いなど齎さない。ただ圧倒的な武力を以って理不尽な断罪を下す化け物どもでしかない。
英雄とは個々の在り様であり、決してその組織名を示すことはない。奇しくも親友の死で私はそれに気付いてしまった。
私が幼き頃より憧れ、いつか同じ高みに辿り着ける自分を空想した十三体の聖騎士は、その実ヒーローなどではなかったのだ。
それに。
あれは果たして、何だったのだろう。
オメガモンではない。マグナモンでもない。況してやデュークモンやアルファモンでもない。
デュナスモンでもロードナイトモンでもアルフォースブイドラモンでもなく。
エグザモンでもクレニアムモンでもドゥフトモンでもスレイプモンでもガンクゥモンでもジエスモンでもない。
私の目の前、その巨大な剣で我が親友ピエモンを刺し貫いた黒き聖騎士は、少なくとも私が知っている如何なるロイヤルナイツとも違っていた。
無論、聖騎士全てが彼の軍団に属するわけではない。黄金の輝きを宿したラピッドモンのように聖騎士型と分類されながらロイヤルナイツの一員とされないデジモンもいる。彼らの始祖たるインペリアルドラモンの白き形態は、古代竜人型とも古代聖騎士型とも言われながら騎士団とは無関係な伝説を遺している。
それでも、目の前の漆黒の人型は間違いなくロイヤルナイツだと私の全身が告げていた。
『………………』
奴は一切を語らない。薄汚れた外套の奥に輝く禍々しき双眸が、刺し貫かれて消滅していくピエモンの肩越しに私の姿を捉えた。
全身が総毛立つ。究極体である我が親友が一切の抵抗を許されず殺されたのだ。完全体の我が身など奴の剣の一振りで容易に砕ける。絶対的な死の予感は私に悲鳴を上げることさえ許さず、私はただピエモンが完全に消え失せた瞬間に目の前の聖騎士が私に向けて跳ね上げた右腕、雄々しき獣を模した──ああ、そこで初めて奴が何者かと理解した──砲口が火を噴くのを待つことしかできない。
舞い上がった外套から細身が覗く。そこに見えた黒き騎士の姿は、寸分の狂いもなく聖騎士であった。
『……完全体……?』
そこで。
奴が初めて言葉を紡いだ。
砲口が下がる。見逃されたのだと私が理解するより早く、聖騎士は外套を翻して飛び去って行った。漆黒の空に溶けるその後ろ姿は、聖騎士の姿を持ちながら如何なる邪悪より遥かに禍々しい。
思わず口内から吐き出した私の息もまた夜の闇に溶けた。情けないことに親友が殺された衝撃は自分が生き永らえた安堵の前に吹き飛んでいる。彼は究極体だから殺されたのか、自分は完全体だから見逃されたのか。奴が唯一告げた単語を信じるなら、そういうことになる。つまり奴、明らかにロイヤルナイツの一員であろう黒い聖騎士は、究極体のみを狙って討伐しているということ。もしや昨今、聖騎士に討たれたと噂される同胞達、クラヴィスエンジェモンやレグルモンも奴に?
わけがわからない。私はへたり込みたい気分で空を今一度見上げた。
ボロボロの外套を纏う黒き聖騎士。それが翻った奴の姿を私は確かに見た。
ピエモンを刺し貫いた左腕の剣、私自身に向けられた右腕の砲口。
それは紛れも無く世界の誰もがよく知る英雄の姿に瓜二つだった。何故奴がそのような姿をしているのかはわからない。けれど、イグドラシルの如何なる意思によるものか世界各地で究極体を淡々と狩る聖騎士、まさに殺戮者としてのロイヤルナイツのシステムを体現する黒きオメガモン。真名も定かではない奴のことを私はこう呼んでいる。
執行者。
「ロイヤルナイツは結局どういう理由で動いてるんダネ?」
ターミナルでトレイルモンの到着を待ちながらハナビが言う。
「さて、ワテらにはわからないでやんすよ」
「……コテツも随分とベテラン風を吹かせるようになったんダネ」
「どういうことでやんす?」
珍しくハナビの声が苛立ちを纏っているように聞こえて、コテツは相棒の顔を見た。
「フレイウィザーモンもワイズモンもそうだったんダネ。自分達にはわからない、それで終わり」
ジッと線路の先を見据えるハナビの顔には、明確な憤りがあった。
「それをわかりたい、わかるようにしたいのがオイラ達なんじゃないんダネ?」
「……ハナビ」
なんとなく。
本当になんとなくだが。
「大した奴でやんすなぁ」
自分がどうして彼とずっと一緒に行動できているか、わかった気がした。
「褒められると照れるんダネ」
「よし、今度はロイヤルナイツのことも調べ始めてみようでやんす!」
「ええー、十闘士すら調べ切れてないのに……」
トレイルモン・ワームがターミナルに滑り込み、開いた扉から彼に乗り込むコテツとハナビ。
ハナビの言うことは尤もだと思う。自分も時々、初心を忘れそうになるのだとコテツは気付かされた。そもそも研究者を目指した理由は何だろう。言うまでも無く十闘士への憧れは確かに一つの理由だ。けれどそれだけではない、世界に未だ多く残る謎を解き明かしたいから自分は今の道を志した。十闘士を含むデジタルワールドの全ての知識を知りたいと思ったからこそ、コテツはハナビと共に今もこうして旅に出るのだ。
そう、果てなんてない。
この世界はきっと、未知が満ちてるフロンティア。
「コテツはエンシェントワイズモンにでもなるつもりなんダネ?」
「いいでやんすね。世界の全ての謎を解き明かした時、ワテらは実質鋼の闘士でやんす!」
シートに並んで腰かけながら言う。きっとそれが、様々な旅で得たコテツとハナビの結論だ。
氷の闘士と思しき温かな背、それに触れた時が始まりだったと言っていい。
木の闘士は真実こそ不明ながら密林エリアにその巨体を未だ尚残している。
風と水の闘士が齎した愛情(おんな)の概念は今でも確かに根付いている。
土の闘士、その大地の怒りの如き剛腕に憧れた者達が火山エリアにはいた。
雷の闘士を超越した黄金の輝きを纏う蟲王だってこの世界には現れている。
そして今。
鋼の闘士を目指して全ての知識を集めようと再び旅立つ自分達がいるのだ。
十闘士とは在り様。未だ実在を確認できていない彼の英雄達だが、それに憧れた者達、魅せられた者達は確かに存在する。たとえ彼らが架空の存在だったとしても、十闘士伝説は確かに今この世界に根付き、多くの憧憬を寄せられている。ならばその憧憬こそが伝説で真実だ。
『ブオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
汽笛代わりのワームの嘶き。
ゆっくりと客車が動き出す。その窓の向こう、多くの群衆で賑わうターミナルの中に見知った顔を見つけた。
「元お師匠様ああああ!」
ローブに包まれた顔が上がる。その奥の瞳にどういった感情があるかをコテツはまだ知らない。
「ワテらはエンシェントワイズモンになる! だからその時は一緒に語り明かそうでやんすうううう!」
それでもいつかわかるだろう。それが鋼の闘士を目指すということだ。
ワイズモンの片手が僅かに揺れる。達者でな、そう告げているように思えたのはきっとコテツの自惚れではないし、一時であろうと師弟の関係にあった自分達だからこそだ。
後の歴史でコテツとハナビがワイズモンと巡り合うことはない。
それでも。
古の賢者を目指す学者達が交差したこの軌跡には、きっと大きな意味があったのだと思いたい。
ああ、彼奴らが憎い。彼奴らは何故あそこまで真っ直ぐな憧憬を持ち続けられるのか。
鋼の闘士、世界のあらゆる知識を得た鋼鉄の英雄。暴君と化したルーチェモンを倒すべく立ち上がった勇者の一人であり、過去に蓄えた数多の知識を以って未来をも見通す力を持つとさえ言われた十闘士の中でも筆頭格。後の世における突然変異型は彼の力を受け継いでいるとされ、あのボコモンも種族としてはそこに含まれる。ならば憧れるのも追い求めるのも必然か。確かに伝承で語られる鋼の闘士の能力は、知識の探究者であるこの身をして十分に敬服に値する。
だがそんな賢者がいるわけが無かろう。私は大講堂の上の銅像を見据える度に心中でそう叫んできた。
彼の鋼の闘士が本当に平和の為に立ち上がった正義の闘士だったのなら、そして本当に未来をも見据える力があるのだったなら、彼は何故ルーチェモンとの戦いで敢え無く散ったのか。傲慢の魔王との戦いで最後まで生き残ったのは炎の闘士と光の闘士、それだけが絶対の真実であり、即ち鋼の闘士の存在は遥か後世を見据えながら自らの死は予知できなかったという矛盾を孕む。彼らが来たるべき未来の危機に備えて遺したとされる人と獣の魂とて眉唾物、自らの死さえ予知できなかった愚者がどうして後世の危機を見据えられる? ルーチェモンとの戦いで果てた彼が、いつ自らの力を未来の者達に受け継がせたというのだ?
だから断言する。過去と未来、世界の全てを見通す賢者などいない。ボコモンの論を借りるなら、大方当時のそれなりの知恵を持つ人型デジモンが誇張された結果として祭り上げられた存在に過ぎない。
そう、十闘士などいない。彼奴どもにも何度だってそう言い聞かせてきた。だがボコモンもネーモンも自らの目で確かめるまでは他人の言葉に左右されるような輩ではないことを私は知っていた。両者はまるでタイプは違えど性根の部分は似た者同士であり、それは果たして数ヶ月だけだが師匠の真似事のようなことを務めた私とも似通っていた。
だから彼奴らが憎い。けれど同時に羨ましく思えるのもまた事実だった。
十闘士なる架空の英雄──そう、何度でも言うが彼らが架空であると私は既に確信している──に憧れ続ける愚か者達。だがあの英雄達が実在しようとしまいと彼奴らには然したる問題ではないのだ。
この世界に英雄はいる、今この時にも生まれ続けている。
皆が皆、既にそこに在る伝説に憧れる。
灼熱の翼と火炎で古代世界を救済した炎の闘士。
閃光の刃を煌かせ暗雲の世を照らした光の闘士。
死を呼ぶ極寒の地でも難なく脈動する氷の闘士。
天空に虹を掛け、愛なる概念を齎した風の闘士。
甲と鍬形、相反する種を掛け合わせた雷の闘士。
大地の怒りを体現する剛腕を唸らせる土の闘士。
如何なる敵をも粉砕する砲塔を備えた木の闘士。
我らでは決して届かぬ深海をも統べる水の闘士。
存在も詳細も全てが一切謎に包まれた闇の闘士。
そしてあらゆる叡智を持ち、駆使した鋼の闘士。
きっと誰もが一度はこうなりたいと思うのだ、こう在りたいと願うのだ。
幼き頃に英雄に憧れなかった者はいない、魅せられなかった者はいない。
そこに英雄が実在しただの架空だの、そんな議論が介在する余地はない。
彼らに憧れる者がいる、それこそ全てでありその時点で英雄は実在する。
何故なら伝説とは語られるものだからだ。語るものがいてこそだからだ。
今この時も世界で産声を上げている幼き者達の憧れ、それ自体が英雄だ。
わかる、わかるさ。
疑問は止まずとも同じだったから。私も成長期は、ボコモンだったから。
けれど今、私は実益の為にエンシェントワイズモンを目指している。己の口で今まで存在しないと言い張ってきた鋼の闘士の姿に、みっともなく縋っている。我が親友が討たれてからただそれだけを求めてきた。いつか私が究極体に進化した時、それだけの叡智と力が無ければ執行者に殺されると思い知らされたから。
いつ奴らの矛先が究極体だけでなく完全体に向けられるのかわからない状況。討たれてからでは遅いのだ。
此度の学会で参堂した者達は成熟期や成長期が主だった。究極体だけでなく完全体の欠席も目立った。連絡の取れない者達はもしかしたらロイヤルナイツの手にかかった可能性すらある。
だからあらゆる知識を求めた。あのボコモンやネーモンだけではない、若輩達の提出したレポートも片端から読み漁り知識の研鑽に努めてきた。数多の英雄の情報を搔き集めて自らにインストールする。ロイヤルナイツに十闘士、オリンポス十二神に三大天使、我らの世界を上位から見る者達を知ればいつか古の賢者に届くと信じて。
だがダメだった。如何に知識を身に着けても私の電脳核はまるで反応しない。
やはりエンシェントワイズモン、全ての叡智を携えた賢者など夢幻に過ぎないのか。
それでも私は縋るしかない。力ではロイヤルナイツに太刀打ちできないのであれば、せめて知識、私が幼年期の頃より積み上げてきたそれで対抗するしかない。
だから教えてくれ。全てを知ったはずの私が敢えて問う。
どうすればいい。彼奴どもは何を根拠にエンシェントワイズモンになれると言った?
どうすれば私は英雄に、鋼の賢者に近付けるのだ──?
降り立ったのは故郷である。
本来の故郷であった始まりの町は滅ぼされてしまったので、実際には第二の故郷ということになるが、旅を続ける中で久々に戻った炎のターミナル。コテツもハナビもこの地で長らく生きてきた。そして数多の英雄譚に魅せられ、憧れた。
偶然訪れた後の師たるワイズモンと出会ったのもこの地である。
「さて、これからどうするんダネ?」
「まだ調査できていないのは炎と光、それに闇……でやんすか」
「うへえ。ヤバそうなのばっか残したもんダネ。いったぁ!」
もの知りブックを覗き込んで項垂れるハナビにゴムパッチンを浴びせ、コテツは思案する。
炎の闘士と光の闘士、それに闇の闘士。全てが十闘士の中核とも言われる属性。それらを知ることができれば十闘士の存在に更に近付くことができるだろう。何より炎の闘士と光の闘士には聖騎士にも対抗し得る超越の姿があると噂されている。それはもしかしたら今この世界を覆う暗雲、ロイヤルナイツの粛清にも何らかの対抗策を生む一助となるかもしれない。
パタンともの知りブックを閉じる。考えていても始まらない。
「おっ、まずは腹ごしらえなんダネ?」
「ん? このまま図書館に行くでやんすよ?」
「おかしいんダネ! 腹が減っては戦ができぬって言うんダネ!」
騒ぐハナビを引っ張ってターミナル横の図書館に走るコテツ。
「ワテらはデジタルワールドの全てを知るんでやんすよ! 飯など食ってる暇はないでやんす~!」
「ええええーっ!?」
二体の成長期は駆ける。
燻っていた胸に投げ入れられた炎の意思。コテツは絶対に言わないことだが、それは紛れも無くハナビの言葉だった。
知りたいと思う気持ちに際限は無い。こうして旅を続けていればきっともっと様々な者達に出会えるだろう。十闘士を巡る旅でコテツとハナビは多くのことを知った。英雄に焦がれる者達もいる、英雄を超えたかもしれない者達だっている、どこまでも広がる世界はまだまだ知らないことだらけ。わからないで済ませていたら何も始まらない。知りたいと思い続けることこそが、きっと世界の全てを知るということなのだ。
だから走り続けるんだ。だから追い求め続けるんだ。
「さあさあ! 目指せ鋼の闘士でやんすうううう!」
空回りの気持ちを蹴り上げたら。
「ぬああああ少し休ませて欲しいんダネええええ!」
先に行くぜ、次のフロンティア。
【コテハナ紀行】(完)
或る男と出会った。
男。そう、男だ。
我々の世界には存在し得ぬ概念。それは人間の男だった。
私にとって人間と出会うのは初めてだった、というよりこの数千か数万年もの間、選ばれし子供の召喚が確認された事例はない。ロイヤルナイツの事例を見ても高位なる者達の間で何らかの諍いや問題が起きていたとしても、実際に下々の我々にとって世界は平和そのものだったからだ。だから私が出会った選ばれし子供と呼ぶには歳が行き過ぎている其奴は、とても英雄の再来とは思えず、どこまでもぼんやりとした気質でまるで頼りないことこの上ない人間だった。
それでも其奴は、気質だけで言えば間違いなく善であった。
勇気を尊び、友情と愛情を慈しむ。知識と希望を愛し、誠実で純真さを持つ男。
其奴自身は己のそういった好ましき気質を卑下し、自らを俗人だと蔑んでみせるから、私はいつしか其奴をアンコーと呼ぶようになっていた。
チョウチンアンコウ、光り輝いているのが自分であると気付かず、目の前にある決して届かない光を追い求める男。
「ワイズモン、君は世界が好きなんだろうね」
ある時、アンコーがそう言った。あまりにも唐突で、全く予想だにしない言葉であった。
丘の上に腰掛け、どこまでも続く草原を見下ろす私とアンコー。視線の先では成熟期の恐竜型デジモンの群れが駆けていく様が見える。極めて平和な光景であったが、それが薄氷の上に立つ酷く脆いものであると私は知っていた。
ロイヤルナイツによる大粛正。その魔の手は予想通り完全体にも伸びてきていた。各地でロイヤルナイツに対抗すべく生き残りの完全体、そして僅かな究極体がレジスタンスを結成して対抗しているらしいが、相手はあの執行者である。その抵抗拠点も次々と駆逐されていくのが今の世の現状であった。
その様をアンコーは許せぬと言った。憐憫でも哀悼でもない、そこに在るのは昼行灯であったはず其奴が見せた明確な義憤だった。
「……私は、むしろ貴様の世界に行ってみたいと思う」
「人間界にかい? それはまたどうして?」
「この世界は知り尽くした。だが貴様の世界なら更に多くの未知に出会えるだろう」
それは確かに本音だ。けれど同時に惨めな恐怖心の発露でもあった。
アンコーは「違いないね」と言って笑ったけれど、きっと私の本心を見抜かれている。いつ執行者と遭遇するかもわからぬ日々に疲弊し、探究心も知識欲もとうの昔に無くしてしまっていた。それでもまだ死にたくないと足掻く無様な私は、アンコーにはどう見えるのだろう。
それでも実際、其奴の話す人間界の話は私を夢中にさせた。思えば我々の世界は人間界のそれを模して誕生したというのだからそれも必然か。大きく広がる海や森、高く聳え立つ山々やどこまでも続く空、その中で生を営む人類という生き物に私は魅せられた。
恐らく我々には決して届かぬ理想郷。知を追う私と光を宿すアンコー、性格こそ似通っていても互いは根本から違うのだ。
「……グレイキャノン」
それを知ったのは果たして我々の最期の時だった。
執行者ではない。数多の粛正で食い散らかしたデータが奴を更なる高みへと導いたのか、全身にパリパリと存在が不確かな証左であるノイズを走らせた紛い物の黒きオメガモンは、その竜の顎を躊躇いなく我々に向けて一撃を見舞ったのだ。
炸裂するプラズマ弾と視界に広がる閃光、為す術も無く焼かれるのだと知覚するより早く。
「ワイズモン──!」
私を庇うように前に飛び出すアンコーの姿を、私は見た。
庇えるはずがないのだ。人間が奇跡を起こせると言っても所詮は精神面でのこと。一般的な人間は我々より遥かに、貧弱と自負する私以上に脆い生き物だ。故に選ばれし子供達とて戦闘においてはパートナーデジモンによる守護を必要とした。
それなのに何故、そう思った時には全てが終わっていた。
「何故だ」
呟く。煙が晴れた先に残るのは、原型を留めているのが奇跡と言っていい人型の焼け屑。
「何故だ」
俯く。疑問に答える者はもういない。私の知識欲を満たしてくれる異世界の友は死んだ。
「何故だ」
憤る。同じだ、あの時と同じだ。私はまたも友を目の前で失うのか。友に庇われるのか。
「何故だ」
死ぬ。その前に死ぬ。黒狼の刃を向けるオメガモンもどきが私の腹を貫く前に心が死ぬ。
所詮は人の真似事しかできなかったデジタルモンスターにはこれが限界なのか。エンシェントワイズモンなる英雄が架空であるならワイズモンという種族はここまでなのか。そして誰あろう一切の力と強さを求めてこなかった私は伝承で肉体的には脆弱と謳われた人間に庇われることしかできない情けない存在だったのか。
電脳核が軋む。きっと肉体より早く心が死へと向かっていく。
「ガルルソード……」
突き付けられる鈍い輝き。かつて憧れたロイヤルナイツの成れの果て。
そんなものは知らない。自分の心はそれすらも知覚できない。自分の無様さと惨めさと哀れさを突き付けられてワイズモンとしての私が消えていく。肉体はそのままに心が砕け散る私は、恐らく立ち尽くす木偶の坊と化すだろう。
けれど最後に消えなかったものがある。譲れなかった思いがある。
『ワテらはエンシェントワイズモンになる! だからその時は一緒に語り明かそうでやんすうううう!』
それはきっと、誇大この上ない馬鹿者の言葉だった。数ヶ月前のそれが、遠い昔のように思えた。
あの架空の英雄が果たして実在しないのならば、自らがそれになろうという妄言。
それでも彼奴どもは信じているのだ。英雄を目指そうという心意気こそが伝説になるのだと、伝説を追い続ければそれは必ず“在る”のだと。今も世界のどこかを脳天気に旅しているあの力無き成長期二体は、恐らく如何様な真実が待とうともその持論を曲げないはずだ。そしてボコモンとネーモン、彼奴どもは共に在るからこそその持論を持ち続けられる。一人ではなく二人だから、折れることなく歩み続けられる。
そうではなかったか? 自分もまた、かつてはそうだったのではなかったか?
ピエモンという友がいた。専門は違えど共に研究者としての道を歩んだ無二の親友だった。それを救うことができず、剰え自らは命を救われたことに安堵さえした。だがその結果として私は孤独にエンシェントワイズモンの道を求めた。それでも届かなくて叶わなくて、いつしか忘れてしまっていた。私はいずれ一人で朽ち果てるしかないのだと思った。
だが出会ってしまったのだ。私がまるで知り得ない世界を見せてくれる新たな友に。
『君は世界が好きなんだね』
そう言った其奴が消し飛んだ事実を、私は認めない。認められない。
もう二度と共に歩む者を失いたくない。
私の心は耐えられまいが、ならばせめて。
力と呼ぶのも烏滸がましい微弱なものかもしれないが。
私の肉体を、獣(デジモン)の力を、貴様に──!
郷愁、と言うほど時は経っていないと思う。
デジタルモンスター、縮めてデジモン。確か何年か前にアニメがやっていたななどと、そんな未知の存在と初めて遭遇した僕は場違いな感慨を抱く程度だった。
何しろ僕は悲しいかな40歳を目前にしたしがない中年独身男性、いつまでも夢見る少女もとい少年ではいられないもので。実家を大改築するに当たって田舎に引っ込んで頂いた両親など、一人息子が嫁も持たずに異世界で放蕩していたなどと知ったら卒倒してしまうかもしれない。その光景を想像するのは、ちょっと楽しくもあったけれど。
「貴様の語る世界は面白いな、アンコー」
最初に出会った彼、ワイズモンは僕をそう呼ぶんだ。本名教えたかなと首を傾げたけど、まあいいかな。
確かにワイズモンに人間界のことを沢山話した。だけど実際に楽しませてもらったのは僕の方だった。ワイズモンの示す世界、デジタルワールドは非常に魅力的で興味深い。夢見る少年ではいられないなんて言ったけれど、どこか幾何学的で人間界と似ているようで微妙に異なる世界を案内された僕は、きっと童子のようにはしゃいでいたと思う。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、嘆かわしいことに僕の本質はどこまで行っても少年時代のそれだった。
それでも世界を乱す聖騎士の話は少し心が痛んだ。彼らの世界の道理に口を出す権利は僕には無いけれど、許せないものを許せないと思うぐらいはいいだろう。
ワイズモンも恐らく同じ憤りを持っているはずだ。だけど彼はそれを表面に出すことはなく、ただ淡々と世界を案内してその理を僕に教えてくれる。彼もまた慶事に喜び、理不尽に怒り、悲劇には哀しみ、幸福を楽しむ、その点において僕ら人間と変わらないのに、それを押し隠している。その在り様が勿体ないと思うし、同時にまだ本当の意味で心を開かれていないのかなと不安にもなった。
「貴様は優しいのだな」
そんな僕にワイズモンは呟いた。そう言ってもらえるのは嬉しい、きっと僕の数少ない取り柄だ。
でも優しさだけじゃ世界は救えない、大切な誰かも守れない。僕にとっては大昔、今も引き摺っている失恋の話を世界の危機と結び付けたらワイズモンは怒るかもしれないけど、優しいだけの僕は多分僕のことを憎からず想ってくれていたはずの女の子に、僅かに一歩を踏み出すことさえできなかったから。
だから踏み出すべきなんだ。いざという時に躊躇っちゃ駄目なんだ。
「……グレイキャノン」
その選択が多分、僕の知覚した最後の瞬間だった。
貧弱な人間の肉体はプラズマ弾によって一撃で消し炭にされた。惨めに転がる僕自身の肉体を、僕はどこか遠くから見ていた気がする。死ぬと魂が抜け落ちるというのは、つまりはこういうことを言うのかと他人事のように思った。
だけど人間界でない場所で死んだ僕はどうなるんだ? 僕はこの世界ではデジタル化した意識だけで存在しているはず、つまりデジタルワールドで肉体ごと滅んだとしても現実で死するのは意識だけということになる。そうなると僕の肉体は突然意識だけが死んだ状態で人間界に放り出されるのか?
それは嫌だなと思った。死の恐怖以上に、原因もわからず突然の死を迎えた僕の肉体に縋り付いて泣く誰かが人間界にいる事実が嫌だった。そうした意味で死にたくない、僕は生きなければならないと強く願った。
だけどすぐに思い直した。辛うじて人型を保つ僕の亡骸の横、立ち尽くした友の姿を見たから。
ワイズモン。彼は微動だにせず真っ直ぐ、炭化した僕だったものを見つめている。それはきっと彼が初めて見せた僕への本当の顔だったのかもしれない。激情と憤怒、肉体を内側から焼き尽くさんばかりのそれらが、爆発寸前の感情データの脈動──後に知ったが、オーバーライトというらしい──がワイズモンの心を砕いていく。
「何故だ。何故だ。何故だ。何故だ」
大切だからだよ、友達だからだよ。人間ってそうしてしまうんだ、それは決して理屈じゃない。
だけど殺される、きっと間違いなく殺される。
目の前の黒い聖騎士は圧倒的な死の具現。魂だけとなった僕にはわかる、二体のデジタルモンスターを強引に繋ぎ止められた存在自体が紛い物。ただ強敵と切磋琢磨して高みを目指した紅き竜人、ロイヤルナイツという英雄に憧れ続けた金の獣戦士、今生に最早存在しない最後の聖騎士の代替として“神”の手で、彼ら自身の意思など無視する形で融合を果たした混沌の象徴。
だから止まらない。聖騎士を形作る竜と獣には、自らの殺戮を止めることはできない。
「ガルルソード……」
ワイズモンに向けられる黄金の輝き。
心を破壊された彼に抵抗の余地など無い。そうまで自分を思ってくれたことにくすぐったさを覚える僕と、それでも今この場で彼を死なせたくないと思う僕がいる。この道を選べば帰れないと知っていても、人間界に確かにいる今の僕の大切な者達に二度と会えないとわかっていても、僕の魂は動き出す。悔いは無いなんて嘘だけど、それでも譲れないものは冴えない僕にだってあるんだ。
だって言ったばかりだ。人間ってそうしてしまうんだ、そう動いてしまうんだ。
君のことが大切だから。僕に新しい世界を見せてくれた友だから。
僕の肉体はもう使い物にならないけど、だからせめて。
全ての知識を追い求める君にはまだまだ物足りないかもしれないけれど。
僕の心を、人間(ヒューマン)の知性を、君に──!
瞬間、オメガモンAlter-Bと呼ばれる聖騎士は、有り得ないものを見た。
見れば人の亡骸も討伐すべき完全体も、全て目の前からは消えている。
だから在るのはただ一つ、目の前で足もなく揺蕩う未知なる突然変異。
理解不能、本世界に該当データ無し。理解不能、過去の目撃例も無し。
知らない、そんなデジモンは知らない、そんなデジモンは有り得ない。
高みを目指して強敵達と激戦を繰り広げてきたブリッツグレイモンも。
ロイヤルナイツに出会う為に修行を続けてきたクーレスガルルモンも。
両者の記憶にそのデジモンは存在しない。むしろ架空だと断じている。
だがガルルソードの斬撃波がその未知の存在に弾き返されたのは事実。
恐らくはグレイキャノンを直撃させたとて同じだろう。そう直感する。
自分と同じ高みに立つ者でなければ容易く葬り去る究極の刃(けん)。
数多の究極体を死んだことも気付かせず消し飛ばす最強の砲(つつ)。
それに耐える者など存在しない。少なくともロイヤルナイツ以外には。
執行者と呼ばれて幾星霜、如何なるデジモンだろうと打ち倒してきた。
だというのに、それはその砲と刃を何ら意に介すこと無くそこに在る。
理解不能。事実も理屈も通らない。理解不能。彼は架空と断じたもの。
歪んだ融合で縛り付けられた竜と獣と、二つの電脳核が悲鳴を上げる。
英雄デハナイ。目ノ前ノソイツガ、英雄デアルハズハ決シテナイ──!
認めてしまったら自分達は崩れる。紛い物は自分達だと気付かされる。
それでもそれはそこに在る。異界に繋がるとされる鏡を模したその体。
それを覆い隠すように纏った緑のローブは、あらゆる攻撃を跳ね返す。
実像の伴わぬ肉体ながらローブの間より覗く両目は黄金に輝いている。
長らく紛い物だと断じられてきた。古来より架空だと信じられてきた。
だが今この瞬間、それは伝承の中の夢でなく確かに世界に登録される。
だが今この瞬間、それは神話の中の幻でなく実像を以って世界に在る。
可能性は最初からあった。人(ヒューマン)と獣(デジモン)の融合。
古来、選ばれし子供の精神こそが数多の英雄を生んだのと同じように。
肉体を失った人間と心を破壊されたデジモン、両者が一つとなった時。
デジタルワールドを知り尽くした賢人と人の世を知る男が融合した時。
英雄は立つ。彼らを架空と断じることは、世界の誰にもできはしない。
英雄は在る。ただそこに在るだけだ。鋼の魂(こころ)で風のように。
だから答えは一つ。
ハイパースピリットエボリューション。
人と獣(おれたち)は今、一つになってここにいる──!
(Fin)
【解説】
・ボコモンのコテツ&ネーモンのハナビ
本作の主人公。今回の話がまだ途上であったと明かしたように、完結作ながら彼らは変わらない。彼らは今後も同じように十闘士の謎を追い続けるだけである。いつか全ての知識を手にした賢人、エンシェントワイズモンと同じ高みに届くことを夢見て。
・ワイズモン
今回の真の主役。名前の通り本来なら古代十闘士に連なるはずだが、そこに届かず苦悩する者。前回のヘラクルカブテリモンと対になる「強さだけを求めるわけではない」デジタルモンスター。腕っ節に冠しては恐らくコテハナ紀行最弱クラスであろう。コテハナに同時に殴りかかられたら負けるかもしれない。
ロイヤルナイツの研究者であったが、彼の者に殺されかけた恐怖心から執拗に自らの上位種たるエンシェントワイズモンへの進化を求める。
・クラヴィスエンジェモン
誰だよテメーは(デジモンストーリー初プレイ時の俺の感想)。
学会の座長を長らく務めていたが死んだ。
・ヴァルキリモン、ピエモン、レグルモン、ドミニモン
今回の敵が~~なので、折角だしとVテイマー01登場の究極体に絞った。ヴァルキリモンはヴァイクモンが研究者っぽくないなぁと思ったので代理。いや全員死んだんだが。中でもピエモンはワイズモンの親友であったが本編開始前に執行者に討たれたとのこと。
・執行者(オメガモンズワルトDEFEAT)⇒オメガモンAlter-B
本作のラスボスにして散々暗躍してくれたあんちくしょう。大蛇足のタイトルが“アクセンティア”であったことも含めてのネクオダオマージュだが、実際にはデジモンクロニクルのオメガモン要素も多い。
世界各地の究極体を狩っている“神”による暴力装置。【雷の闘士編】でヘラクルカブテリモンを討ち果たしたのも此奴であるが、その正体は【土の闘士編】のブリッツグレイモンと【雷の闘士編】のクーレスガルルモンが強制ジョグレスさせられた姿である。強制ジョグレスにより電脳核に異常が生じ、異構築が起こり当初はズワルトDの姿を取っていた。
筆が乗らずに【雷の闘士編】が完成せず、最初の方に持って行けなくてミスったと作者が言っていたのは主にコイツの所為です。もうちょい最初の方の闘士編から匂わせておきたかった。
・アンコー(仮名)
西暦20××年の人間。40歳間近にして独身にして童貞。童貞なのは悪いことじゃないだろ!?
ある偶然からデジタルモンスターと関わることになり、その過程で戦いに巻き込まれて肉体を失った。昼行灯だが正義漢が強く、一方で極端な優しさは逆に誰かを救うことはできないとされる男。昔の失恋を今も引き摺っており、恐らく彼の人生はBSSの嵐。
アンコーとは「誰よりも心に眩しい光を持ちながら本人はそれに気付かない」彼を、チョウチンアンコウに見立てたワイズモンが名付けた名前。
・エンシェントワイズモン(究極体/Vi種)
突然変異型であり言うなればコテツのご先祖様。他の闘士と同様に架空と断じられていた──が、コテツとハナビはどこまでも全ての知識を追い求めて走り続けることこそ鋼の闘士と考えて今後も走り続けていく。
そして。
オメガモンAlter-Bによる大粛正の中、遂に架空ではなく実像を伴って出現した古代十闘士。人と獣の融合の果てに十闘士はいるのである。
先に1推しに挙げたエンシェントグレイモン&ガルルモンだけでなく、十闘士全員の話を書こうと思ったのは、全ては実際に顕現する彼を最後に持ってきたいが為。即ち他の全ての闘士の物語は、鋼の彼が実像として出現する為の布石であり、あのラストシーンこそが作者の書きたかった真の1推し。
全ての知識を知り得たと豪語するワイズモンが何故進化できなかったか、むしろ人と出会ったことで何故鋼鉄の英雄に辿り着いたか。それらは全て、停滞していた彼が人間界という未知なる世界を知りたいと思ったからに他ならない。
ワイズモンの心は死んだ。アンコーの肉体は死んだ。だからきっと、そこに在る英雄の肉体はワイズモンで心はアンコーなのだろう。そんな英雄がこの後にどんな伝説を築いていくか、それはまたどっかで気が向いたら書くかもしれません。
【後書き】
コテハナ紀行、とうとう十人目を書き上げました。タイトルを見て頂ければわかる通り、全ては今回のラストシーンを鋼の勇姿で飾る為だけに話を組んで参りました次第です。筆が乗りすぎて気付けば2万字を突破してしまっており、炎や光と並んで1推しとしたかったのにとてもじゃないが1万字に収めるのは無理でございました。快晴さん申し訳ない! だがしゃーない、これが書きたくて俺はコテハナ紀行を始めたんだ!
というわけで、十闘士はいます。タカトがギルモンと一つになったことで史上初のロイヤルナイツであるデュークモンが生まれたように、拓也が炎の魂と共に戦い続けたことでアグニモンが一つの人格を成して世界を守る立場を引き継いだように、人(ヒューマン)の心と獣(デジモンまたはビースト)の肉体の融合こそが英雄と解釈致しました。
もっと知りたい、もっと知識を得たいと思う心意気こそが伝説であり英雄なのだ。……という意味で、人と出会って魂が共に在ることこそが十闘士であると描きたかった身としては、最後に実像を伴って登場する十闘士はエンシェントワイズモン以外に有り得ませんでした。そして彼が実際に顕現した今、コテツとハナビがいつか彼に追い付くことも夢じゃない……かも?
ここまで読んで頂けました皆様、このような屁理屈と難癖と超理論まみれの作品にお付き合い頂きまして誠にありがとうございました。
この物語は全て架空の英雄譚です。だけど誰かの心に伝説として残ったら、それはとても嬉しいかな……。
最終回じゃないぞよ。もうちっとだけ続くんじゃ。
◇
・
こんにちは、快晴です。
コテハナ紀行最終回――ではない、とのことですが、最後の闘士・鋼の闘士編の投稿、お疲れ様です。新鮮な鋼の闘士だ……。
この度も簡単なものではありますが、感想の方、投げさせてもらいます。
エンシェントワイズモンを目指す者……!? と、いつもとは少々違うテイストで始まった今回のお話。コテツさん達にもお師匠様が、というか、この世界にも学会が存在したとは……。
いきなりあとがきに触れるのですが、座長さんだったクラヴィスエンジェモンさんの初見時の感想が全く同じだったので、思わず噴き出してしまいました。サロンではまだ拝見していないとはいえ(ワタシの読み漏らしだったらただただ申し訳ないのですが)、デジモン小説界隈だと濃いめのクラヴィスエンジェモンさんが多くてすっかり忘れていたので、なんだかお話の内容も相まって、初心に返る思いです。
エンシェントワイズモンをシンボルとし、お互いの知識を高め合う場。……と、そんな設定だけでもワクワクしてしまうのですが、残念ながらこの世界全体の空気がそれを許さない様子。始まりの町の滅びによって世界が加速し始めたとはありましたが、やはり平和で活気溢れる学び舎だって得がたいものである事を思うと、少々しんみりとしてしまいますね。
我が最推し・ピエモンも在籍していた事に驚き。既にお亡くなりになっていると言う事で、どんな研究をしていたのかと思いだけでも馳せさせてもらおう――と思ったら、がっつり言及してもらえて大層にっこり。ゆるすまじロイヤルナイツ。
ワイズモンさんの考えるロイヤルナイツ真実も、かつては憧れであった事を思うととても辛いと言いますか。友人を失っている点も二重に辛い。デジタルモンスターだからこそ、英雄すらもシステムたり得るというのは、考えてみれば確かにそうではあるものの、これまでコテツさんの目を通して(彼の場合は十闘士ではありますが)憧れという概念を見てきたからこそ、くるものがありました。
ですがここでワイズモンさんの物語を挟んだからこそ、やはりコテツさんの若き「憧れ」は際立つと言いますか。
「エンシェントワイズモンになる」――全てを識る知恵者となる。なんて美しい夢であり、宣言なのでしょう。これは読者にもあまりに眩しい。ボコモンの突然変異型という種別をここで拾ってくるのも唸らされますね。古代十闘士の意志は、現代にも引き継がれている……未知が満ちてる、フロンティアへ――コテハナ紀行・完!
終わってませんでした。
終わってませんでしたし――そんな事ってあります!?
この世界における古代十闘士に至る道……現代に残されている筈のスピリットのことも踏まえて、本当に見事な設定開示であり、短いながらもワイズモンさんとアンコーさんが過ごした時間のきらめきが伝わってくる、美しい物語でした。
というか黒い騎士って『彼ら』だったんですね……!? 彼らの憧れやら何やらを思うと、やはりこちらも少々思うところはあり……と同時に、この『神』の理不尽さもデジタルワールドだなあと思ったりしてしまうのでした。
とはいえ「古代の英雄を紐解く」という着眼点から描き出される夏P(ナッピー)様の十闘士箱推し英雄賛歌、毎回大変楽しませていただきました!
もう少しだけ続くとの事なので、次回の投稿も楽しみにしつつ、拙いものではありますが、こちらを感想とさせていただきます。
こんにちは、鰐梨です。
コテハナ紀行史上最長ストーリーの執筆、お疲れ様でありました。
夢を追う事とは闘う事──
友の死をきっかけに鋼鉄の英雄となる事を渇望するワイズモンと、知を求る在り方こそが即ち鋼の闘士であるとするコテツ達の、其々の姿がとても対照的。
そして優しき人間アンコーとの出会いによってワイズモンの心中に生まれた、未知なる世界=人間界への探究心。脆弱な筈のヒトが電子の獣に齎したこの感情こそが幻の英雄に至る鍵だったとは、まさに人と電子の獣との間にかたく結ばれた"水魚の交わり"、『君たちにしか出来ない最後の進化』。
架空の存在から確かなる実体として顕現した英雄の行き着く果てと、コテハナ達の未来。どちらも困難が待ち受ける険しき道になるでしょうが、鋭く斬り込む鋼の刃のように真っ直ぐな意志を掲げて彼等には進み続けて欲しいです。
それでは、拙いものとなりましたが、この辺りで感想とさせて頂きます。改めまして、連載本当にお疲れ様でした。まだ少し続く物語も、楽しみに待っています。