・前回までのあらすじ
ツカイモンとの関係や夢へのネガティブな感情など、自分の内側にあるものに思い悩む八雲。年上としての責任や、皆を守りたいという思いと自らの自信のなさが絡み合いひとり苦しむが、拓海の言葉により少しだけ前を向くことができた。できる、できないではない。やると決めたからにはやるのだと覚悟をし、D-Venereを託した存在の導きの通りデジモンとの絆を深めようとする3人を守りつつ、ツカイモンのサポートをすることを決めた。
そうして久しぶりに4人でデジタルワールドを訪れた日、4人はそれまで会ったこともない大きなデジモンに出会う。そのデジモンは、探偵を自称する、アスタモンというデジモンだった。
【 第五話・一 】
自らを探偵と称したそのデジモンは、小脇に抱えた女性をそのままに拓海たちに向け微笑んだ。名前はアスタモンというらしい。エリスモンたちよりもずっと大きくて強そうだ。左手には一挺の大きな銃を携えていて、口元に微笑こそ浮かべているが、その圧は拓海たちから一切の言葉を奪った。もし敵対することになったら、拓海とエリスモンとでは到底敵わない相手だろう。警戒心を隠すこともなくアスタモンを見上げていると、抱えられたままの女性が呻くような声を上げた。
「ちょっと、降ろしてよぉ……」
「ああ、ごめんごめん。スカイダイビング、中々楽しかっただろ?」
「アンタが投げたんでしょ!?」
「わあ! お姉さんが怒った、子供の前なのに……」
「うう……」
女性はスタンダードなブレザータイプの制服姿で、アスタモンの腕から降ろされるとスカートの裾を直しながら立ち上がった。細い脚が不自然なほど鮮やかなデジタルワールドの草を踏む。黒いロングヘアに短く折られたチェックのスカート、足元は膝下のハイソックスにローファーのスタイルだ。星埼の制服ではない。
「人間と一緒にいるデジモンがいる……って噂になっていてね、話を聞いてみたかったんだ。だからきみ達を探していたんだけど、やっと見つけられたよ。よければ歩きながらでも話を聞かせてくれないかな。……あ、この子は百合花。ほら、お姉さんなんだからしっかり自己紹介して」
そう言いながらアスタモンは構えた銃の先で女性の背を軽く突いた。百合花と呼ばれた女性は軽く悲鳴を上げながら拓海たちに黒くて丸い瞳を向け、少しだけ声を震わせている。恐怖していることは容易に想像がつくが、対応自体は慣れている様子だ。
「あ、私、香月百合花。高校二年生。えっと、アスタモンのパートナー……なのかな……?」
「そうだよ。自信持ちなよ。僕、百合花と以外組む気ないんだからさあ」
「そんなこと言って何回も私のこと危ない目に遭わせてんでしょうが! いつも死にそうになってるんだから!」
「ええ? 最初に言ったじゃないか、『僕はきみを殺したりしない』って。……皆ごめんねほんとに。この子いつもこの調子なんだ。そんなところも可愛いんだけど」
独特のテンポで会話を繰り広げるアスタモンに、段々妙な気持ちになってくる。緊張も恐怖も警戒もまだ残ったままだけれど、それでも、最初に思ったほど怖くて悪いデジモンではないのではないかと思えてきた。この世界できちんと話ができるデジモンに会えただけで、今まで殺気に晒され続け擦り減った心が解されていくようだ。
「あ、あの、アスタモン……は、探偵、なんだよね?」
「ああ、うん。そうだよ。デジタルワールドと現実世界を股にかけるハンサム探偵さんさ」
「自分で言わないでよ……」
「えっと、じゃあ、色んなこと知ってるんだ。あの……俺たち、まだ知らないこといっぱいあるから、俺たちの質問にも答えてくれるなら、話をしてもいい、かな」
アスタモンの巨躯と銃は怖いけれど、拓海はなるべくアスタモンの顔を見ながら言った。仲間の視線が一挙に背中に突き刺さる。ウェヌスモンを遣わした者の話、この世界のこと、争いのこと、自分たちにできること……聞きたいことは山ほどある。まだアスタモンと百合花を完全に信頼したわけではないけれど、取引のような形であれば、少し話をしてもいいかなと思った。もしそれで仲間を危険な目に遭わせてしまうようなら、その時は拓海だけが盾になればいい。そう考えている。
「もちろん。話ついでに、きみたちの目的地まで案内と護衛をするよ」
「光の世界の入り口を探してたんだ」
「ああ……それならあともう少しだね。行こうか」
歩き出す百合花とアスタモンに続いて、拓海たちも歩き出す。信頼できるかは自分で見極めなければならない。守ってくれる人は誰もいない。その実感を、一歩歩くごとに得始めていた。
アスタモンは少しでも気配を感じればその方向に愛銃を向けて、時々威嚇するように引き金を引きながら拓海たちを先導した。放たれた弾丸の行先から時折聞こえる悲鳴が拓海たちの心を揺さぶっていく。実力差も人数差も関係なく、デジモンたちは明らかな悪意と殺意を拓海たちへ向ける。まるで獲物にでもなった気分で、どうにも居心地が悪い。この世界にとっては異物であるのだから目をつけられるのは当たり前だが、それにしては警戒を向けられている感じがしないのだ。殺気と形容するのが相応しい、ぎらついた、恐怖の削げ落ちた強い感情だった。
「すごい殺気だよねえ。でもここのデジモンは皆こうなのさ。僕たちデジモンは、生まれつき闘争本能が強いんだ。戦いに飢えている。ただ戦うために戦う。そういう子達なんだよ。まあ時々そういうのからは外れたデジモンもいるけどね。でも基本的には常に皆『誰かを殺してしまいたい』って本能を持ってる。本能と戦う者、手懐けた者、受け入れた者、それぞれってだけで」
そう言うアスタモンの声はあっけらかんとしていて、言葉がずっと軽く聞こえる。それほど強烈な闘争本能と命のやり取りに身を置くことを彼らは怖いとは思わないのだろうか。しんと冷えていく手指を、拓海はしきりに動かした。
アスタモンはぽつぽつと拓海たちに質問を重ねた。名前や学校などのデジモンに関係のない話から、次第にどうしてこの世界へやってきたのか、どんな協力者がいるのかという方へ話題が移り変わっていく。ウェヌスモンとデジタルワールドを作った者の話やもらったもの、エリスモンと出会ってから今に至るまで、それぞれどんな気持ちでデジモンと過ごしてきて、今後どんな目的や目標があるのかに至るまで……アスタモンは優しく穏やかに尋ねた。拓海たちはアスタモンの質問に、ゆっくりと言葉を選びながら答えた。
「ウェヌスモンと、大いなるもの、ね……。違うデジタルワールドの神様かあ。いてもおかしくはないと思っていたけれど、まさかこちらの世界にコンタクトしてくるなんて思わなかった。なんせこの世界の神様が誰だか誰も知らないんだ。だから他の世界の神様を動かさないといけなくなったんだろうけど……。大いなるもの……デジタルワールドの創造主も参ってるんだろう」
「アスタモンは、別のデジタルワールドがあることは知らなかったの?」
「いいや、この世界の他にもデジタルワールドと呼ばれるデジモンたちの世界があることは、この世界の住民なら誰でも知っているよ。大いなるものと本には記される、この世界を作った存在がどこかにいることもね。ただこの世界には神様がいない。誰かが統治する場所ってのも、光の世界だけしかない。だから神様ってものに馴染みが薄いんだ。そういった大きな力の介入が起きていることを僕は今初めて知ったよ。それほどのことが起ころうとしているんだろうね。戦争の噂もあるくらいだし」
「噂は本当。光の世界の長たちは争いを望んでいないけど、開戦も致し方なしという判断に至ろうとしているの」
プロットモンの声が柔らかく響き、アスタモンが軽く振り返った。表情を正確に読み取れるわけではないけれど、とても真面目で真剣な表情に見える。瞳が皮の奥で光っている気がした。夢はアスタモンを前にして、毅然とした態度で話し出す。彼女のその芯の通った態度と勇気を、拓海は密かに尊敬している。彼女は歩幅も小さく体力もないのでついてくるだけで精一杯だろうに、アスタモンの言葉を一言も聞き逃すまいと懸命についてきていた。
「争いなんてしないで欲しいんです。アスタモンと香月さんも、そう思ってくれますか?」
「そうだねえ……。それにしても、子供たちは百合花とは大違いだ。ねえ?」
「そーですね……みんなしっかりしてるね……」
「えっと……百合花さんはどうしてアスタモンとパートナーになったんですか?」
「えぇ……っとぉ……私が迷子になっちゃって……助けてもらったのがはじまりかな……?」
「全てを語ると話が長くなりそうだね」
アスタモンはそう言いながら、一回引き金を引いた。拓海たちがデジモンたちの強い気配を感じる前に遠慮なく引き金を引ける判断力や纏う気配は、明朗な話し口からは想像もできないが間違いなく強者のそれだった。
「ウェヌスモンたちの導きで出会ったんじゃないんだ」
「うん、そうだね」
「じゃあ、アスタモンはどうして百合花さんと一緒にデジタルワールドに来るの? 一緒じゃないと来られないとか?」
「百合花と一緒じゃないと達成できない目標があるからさ。きみたちもそうだろう?」
アスタモンの言葉の通りだ。拓海たちにはデジモンと出会ってそれぞれに達したいと思える目標ができた。アスタモンと百合花にも同じように目標がある。デジモンとの出会いは突然で、まだ飲み込めていないことも多いけれど、エリスモンと叶えたい目標も、ウェヌスモンたちのためにしたいこともどちらもある。アスタモンもきっと同じなのだ。叶えたい何かのために、一生懸命になっているのだ。拓海はエリスモンの目標も、皆の目標もなんとなくだけど分かってきた。アスタモンにも何か目標があるのだと分かった。分からないのは、ウェヌスモンたちの思惑だけだ。
「ウェヌスモンたちは、俺たちとデジモンを引き合わせてどうしたいんだろう」
「他の世界の神様や創造主が介入してまで止めたいことって相当のことだよねえ。一番最初に浮かぶのは、今起ころうとしている争いを止める力をつけて欲しい……ってとこかな? そうでなくてもこの世界には血気盛んで、本能から戦いを求めているデジモンが多くて争いが絶えない。本能のままに無意味に戦って滅ぶなんて、馬鹿みたいだろ? 本当に危ない奴らが多くて嫌になるよねえ。でもデジモン同士じゃ、根っこにある闘争本能は変わらない。だからきみたちみたいな人間とデジモンを出会わせて、新しい刺激を与えて、違う進化や価値観を与えようとしている。……とかね。デジモンたちの争いっていうのは、人間界にも無関係じゃない。きみたちがこちらの世界へやって来れるのは、デジタルワールドと現実世界の境界が揺らいでいるからだと僕は読んでるよ」
「じゃあ、D-Venereが示してるゲートの開放や閉鎖っていうのは、境界の揺らぎとその終息を示してる可能性があるんですね。進化、というのは? 地球の生物の進化とは違いますか?」
八雲の冷静な声が響いた。もしかしてそれが、ウェヌスモンの言っていた絆を結んだ時に生まれる強い力のことなのだろうか。進化をすればデジモンは強くなるのだろうか。
「進化ってのはざっくり言うと成長して違う姿のデジモンになること。僕だって小さい頃はファスコモンっていうきみたちみたいな小さいデジモンだったんだ。ゲートの開放っていうのは、まあそういうことなんじゃない? きみたちは初めてこっちへ来た時どうやってやって来たの?」
「エリスモンたちがウェヌスモンの指示通りに儀式、みたいなことをして、って言ってた」
「どんな儀式か具体的なことが分からないから言い切れないけど、おそらくそれは故意に現実世界との境界に揺らぎを発生させるためのものだったんじゃないかなあ。つまりきみたちもその術を手に入れれば、理論上はいつでもこちらとあちらを行き来できるってことになるね。……それより問題なのは、きみたちみたいなチビッコがした『儀式』によって一時的だとしても容易に世界の境界が揺らいでしまうってことだ。人間が入ってくることなんて大した問題じゃない。『デジモンがきみたちの世界へ自由に行けてしまう』ことの方が、重大な問題だと思わない? 実際、デジモンたちは既に現実世界にも影響を及ぼし始めている。揺らいだ次元の狭間を越えて現実世界へ現れて事故や事故を起こしたりね。今は揉み消されているけど、今後どうなるか分からない」
「……え……」
現実世界で、人知れずデジモンが暴れている。それは拓海たちにとっては衝撃の発言だった。エリスモンと出会うまで、デジタルワールドのことなんか知らずに暮らしてきた。大きな事故や事件はすぐニュースになるけれど、それにデジモンが関係しているかもしれないなんて考えたこともなかった。本当のことなのだろうか。アスタモンの妄想ではないのだろうか。でも確かに、拓海たちが神とも呼べる存在が与えた力を利用してデジタルワールドと現実世界を行き来している以上、力を持つデジモンがこちらからあちらへ出ていけないなんて言い切ることはできない。全身が細く震える。拓海は己の手にのしかかった責任の大きさに今初めて気がついたのだ。
「例えば、そうだね。去年起こった巨大ビルの爆破事件。多くの人が巻き込まれて亡くなっているけど……あれもデジモンの仕業さ。他にもニュースで目にする大きな事件・事故の数々の中に、デジモンの影響を多大に受けたものが混じっているんだ」
「本当、に?」
「信じるかどうかはきみたち次第だけど……でもきみたちがデジモンと共に強く成長すれば、そうした事件だって止められるようになるかもよ? 僕と同じように、きみたちにはきみたちの目標があるんだろうけど……。強くなりたい、争いを止めたい。そうは思わない?」
「思います、誰も悲しませたくなんかないから」
拓海より早く答えたのは夢だった。彼女のまっすぐな声が、拓海の後ろから矢のように飛んでいく。拓海も同じ気持ちであった。デジタルワールドでこれから起こるかも知れない争いを止めたい。現実世界の平和も守りたい。最初エリスモンの手を取った時とは比べ物にならないほど大きな責任が、拓海たちの手に今乗ろうとしている。その重みを、拓海は今確かに感じていた。自分ひとりでは背負えるけれど、皆に一緒に背負わせてもいいのだろうか。それがとても不安に思えた。
「……進化して強くなったら、平和になるのかな。デジタルワールドも、現実世界も……」
「そうだといいよねえ。でも僕は正直、あんまりそうは思わない。進化が生む悲しみだってある。力を得てしまうことによる苦しみもある。僕は、もっと確実に揺らぎの原因を止める方法が、争いを止められる方法が、他のどんな目標も叶えられる方法があると思ってるんだ。きみたちのことは信じているから教えてあげるよ。『デジタルワールドに眠る、願いを叶える秘宝』の話をね」
【 第五話・二 】
光の世界の大きな門扉の前で、アスタモンは立ち止まった。拓海たちもそのまま門の中へ入っていこうとは思わなかった。まだ話は終わっていない。アスタモンも拓海もそう考えているようだった。アスタモンと百合花は光の世界の境界にそびえる塀にそっと寄りかかり、拓海たちはアスタモンと対峙するような形になって、話を続けた。
「デジタルワールドに眠る、願いを叶える秘宝。僕がその話を聞いたのは、誰からってわけじゃない。各地を巡って色んな話を総合するうちに、どうやらそういうものがあるらしいという結論に行き着いたんだ。最初は与太話だと思ったけれどね。とはいえ僕も、デジタルワールドのどこにその秘宝が眠っているのかまだ分からなくってね……つまりはきみたちに秘宝を探して欲しいのさ。何か情報があればきみたちに教えるし、きみたちが集めてきた情報をもとに推理をすることだってできる。僕は言うなれば探偵として謎を解き明かすことが願いで、秘宝に願いたいことなんて特に無いのさ。僕が百合花といるのだって、現実世界での謎解きを円滑に行うためだし。でもきみたちは秘宝を使って叶えたい別の願いがある。秘宝はきみたちが探して、持っていてくれて構わない。僕は推理して、それが当たっていたことを知りたいだけだから」
アスタモンはそう言って、軽快な話し口からは想像できないほど真面目な顔をした。すぐにでもうんと頷きたかったけれど、出会ったばかりのアスタモンを信用し切れるわけではない。皆の顔を見ると、皆一様に同じことを思っているようだった。本当に『願いを叶える秘宝』なんてものがあるのかも分からないし、あるのなら、アスタモンたちが誰にも言わず自分で探せばいいはずだ。謎を解き明かしたいだけだと言うけれど、本当にそうだとも限らない。アスタモンには色々な話を聞かせてもらったけれど、拓海はまだ、その全てもアスタモンも完全には信じきれないでいる。
「きみたちにとっても悪い話じゃないと思うよ。それぞれバラバラに自分たちの目標に向かってがむしゃらにデジタルワールドを歩き回るより一緒の目標があった方が連帯も生まれるし、秘宝だって手に入るかもしれない。そしたらデジタルワールドから争いをなくすこともできるかもしれない、現実世界だって平和なままでいるかもしれない。もちろん進化して強くなって、自分の手で争いを止めたいっていうならそれもいいと思うよ。ただ本当に平和を望むなら、できることはなんだってしたらいいんじゃないかな?」
ひとりでいくら考えても、拓海はこれだという答えをどうしても出せなかった。アスタモンを信じ切ってもいいのだろうかという惑いや、手にのしかかる責任の重たさに、首を縦に振れないでいる。迷う拓海をエリスモンがじっと見上げている。エリスモンのためにできることを、精一杯したい。その拓海の気持ちに嘘はない。エリスモンと出会った時からずっとそう思っている。両手に乗りかけたデジタルワールドと現実世界のふたつの平和のために自分ができることはなんだろう。エリスモンのためにできることとはなんだろう。誰も巻き込みたくない。自分が首を縦に振っても、皆は首を横に振ってくれるだろうか。
「あの、皆、あのね」
「拓海、俺初めてデジタルワールドで戦った時、拓海が冷静に周り見ててくれて、そんで俺に色んな言葉かけてくれたのが本当に嬉しくてさ……だから拓海がいつか困ってたら、今度は絶対俺が一番に背中押して、なんなら手を握って一緒に飛ぼうって思ったんだ。最初の最初はヴォーボモンの空を飛びたいって夢を叶えてあげたいなって思ってたけど、今はヴォーボモンとも、拓海とも、夢とも八雲とも、一緒に空飛びたいよ!」
「『失敗しても大丈夫だから』。拓海くん、私にくれたよね。だから私も言うね。拓海くん、失敗しても大丈夫だから。私も一緒に秘宝探しがしたい。デジタルワールドと、私たちの世界を守れる可能性があるのなら、なんでも追いかけたい。きっと、同じ気持ち。だよね?」
「誰かのために何かをしてあげたいと思うことが絆なんだって、この前きみは僕に言ってくれた。僕たちきっと皆、拓海くんとの間にもう絆を感じているんだ。きみが僕たちのために何かをしてくれたように、僕たちも拓海くんのために何かをしてあげたい。今それは、きみが今ひとりで持とうとしている責任を一緒に持つってことだと思う。きみが今、ひとりで何もかもを選び取ろうとしているのなら……僕は、きみが選びたい全部を選び取れるように、重たい責任は一緒に持ちたい。ひとりで持てる量には、限りがあると思う。だから」
三人の手が、そっと拓海に差し出される。本当に取ってもいいだろうか。この絆を、繋いでもいいのだろうか。いつでも結局自分はひとりだとずっと思っていたけれど、皆にとってはそうではないのだろうか。最後の一押しは、パートナーの優しい瞳と声だった。
「拓海、皆、拓海だから一緒にって言ってくれるんだよ。拓海がさ、優しくていつでも誰かのために一生懸命なヤツだから。拓海がひとりで過ごしてばっかりだったのも、趣味の話に無理に付き合わせたくないとか、盛り上がってるとこに水差したくないとか、周りにいっぱい気遣ってるからじゃん。そんな拓海の中にあるたっぷりの優しさに、こんなに気がついてくれてる人がいる。俺拓海と出会ったばっかりだけど、それが嬉しいよ。巻き込むんじゃないんだ、皆同じ気持ちで、一緒に行きたいし、一緒に探したいんだ。もう、仲間だから」
仲間だから。朝陽と夢と八雲とデジモンたちが心からそう思ってくれていることが、眼差しから伝わってくる。仲間だと思ってもいいのだろうか。いいんだ。だって皆が心の底からそう思ってくれていて、拓海も仲間だと思いたがっているのだから。ただそれだけのことなのに、胸の奥にはなんとも言えない喜びが、ただ静かに満ちていた。
「……うん。ありがとう。……アスタモン、」
「素敵な友情譚だ。素晴らしいよ。百合花の連絡先を送るから、何かあったら百合花つてに連絡してね。それから、協力のお礼に連絡をくれればいつでもゲートが開けるようにしてあげるよ。小さな揺らぎを起こすだけだから、本当に一瞬しか開かないけれど……それでよければ」
「そんなこと、できるの?」
「僕強いから。どこに出るようにしたいのか、教えてくれればおおまかだけど希望の位置から出て来れるようにもしてあげる。どう? いいでしょ」
「すごい、ありがとう」
拓海が礼を言うと、アスタモンは柔く笑んだ。小さく手を振りながら拓海たちと別れるアスタモンと百合花の後ろ姿を、拓海たちはしばらくじっと見つめていた。それから夢が先陣を切るように、光の世界の閉ざされた門扉と対峙する。扉に語りかけるプロットモンの声が、風に乗って拓海たちの間を抜けていった。
【 第五話・三 】
アスタモンと百合花は光の中を抜けていく。裂け目の出口からそっと脚を下ろすと、百合花の姿が足先からどんどんと変わった。地面に足先をそっとつける。ブラウンのローファーが、硬い地面を踏んだ。両足でしかと立つと、頭の先までが全く違う姿に変わっていた。制服の面影はどこにもない。ブラウンのキャスケットにチェックのフリル付きケープを羽織った、細部に至るまで淑やかなフェミニンスタイルの探偵衣装姿だ。脚にはブラウンのショートパンツと白いタイツを纏い、黒い長髪は綺麗なシルバーのボブヘアになった。瞳はアスタモンの毛皮の瞳と同じ色に変化した。オーバルのノンフレームのメガネの奥で、百合花——電脳探偵『りり』は、その瞳を鈍く揺らした。VR空間・エヴォリュシオンの路地裏にふたりは降り立ち、大きく息をつく。光の裂け目は、ふたりの背後で静かに消えた。『りり』は、百合花のエヴォリュシオンでのアバターだ。この世界では、自分が作ったアバター姿で現実世界のように自由に振る舞えるのだ。
「お疲れ様、百合花」
「ねえ、あの子達に話してた『秘宝』っていうのが、あんたが探してるって言ってたもの?」
「うん。そうだよ。人間と組まないと見つけられないらしいからね、情報収集も探し出すのもあの子達に任せておくのが丸いだろう? その間に僕は別の事件をのびのび調べられるわけだし一石二鳥じゃないか」
「秘宝、いらないの?」
「いらないと思う?」
「……やっぱり騙してるんじゃん……」
「それが何かな?」
あっけらかんと笑うアスタモンに百合花は全ての反論を諦めた。この男には何を言っても無駄なのだ。百合花はそのことを誰よりも身をもって理解している。半ば嵌められるような形でこの男の傀儡となってしばらく経つが、アスタモンの何かを理解できたことは今までに一度もない。そもそも自分にはこの男に対抗するための力など何も持ってはいなかった。自分の身を守るためには、アスタモンの言うことを聞いて何も知らない顔をしておく他ない。あちらこちらで怖い思いはたくさんしてきたが、それでもアスタモンはいつでも百合花のことを守ってくれた。だから一応、不本意ではあるがいいところも悪いところも信用はしている。
「そろそろログアウトしようか」
「うん……」
自分より年下の子供達を騙すことも、これからたくさん危なくて危険な目に遭わせてしまうことも、夢に出そうなほど申し訳ないし心苦しい。だけれど自分のような非力な女子高生がアスタモンを止めることなんてできない。この男の強さも、百合花は今まで散々目の当たりにしてきて知っている。我が身可愛さで子供達を犠牲にするようで忍びないが、誰だって死にたくないし怖い思いもしたくないのだ。だから、何もできないままでいる。
「うう、ごめんね……」
小さく謝り自分を慰めながら、百合花はこめかみのあたりをぐっと押し目を閉じた。これがエヴォリュシオンのログアウトの手順だ。次目を開けば、百合花は現実世界の自室のベッドの上で目を覚ます。そしてまた日常生活へ戻り、デジタルワールドへ向かう時、エヴォリュシオンへと旅立つのだ。
続
オイ待てコイツ絶対敵だろ。夏P(ナッピー)です。
でもこの時点で割と目的まで明かしちゃってくれてる辺り、そんなことはないんでしょうかアスタモン。主に種族的な意味でも怪し過ぎますが、現時点で利用する気こそあっても聞かれたことにはキチンと答えてくれるし、敵対するつもり自体は無いように見えますが。でも成長期がファスコモンってことは設定通りのルートを通ってるわけで、つまり究極体は……? というか“傀儡”なんて物騒な単語がいきなり出てきている!
でもアスタモンの言葉から前回までを踏まえた各々の語らいに繋がったので、やっぱり怪しさMAXとはいえその存在はむしろ拓海くん達にとってプラスなことは確か……と言っていいのか。それはそうと前回、年長者としての責任とプレッシャーの狭間にいた八雲くんですが、速攻で自分より年長者が現れてしまった! 何故だ!!
げえっ! 電脳探偵!? おどおどしてるだけと見せかけ、実は形から入るタイプ……というか、実際はノリノリなのでは!? 杏子さんを呼べー!!
それでは今回はこの辺りで感想とさせて頂きます。