前回までのあらすじ
光の世界の長、ラジエルモンとその部下でありプロットモンの師であるソーサリモンと出会った一行は、この世界の過去の一端を知る。プロットモンがその身に負った大きな使命は、破滅の歴史から続く重たいものでもあった。
『旅立ちの試練』に臨んだプロットモンは一度は追い込まれるものの、夢のまっすぐに信じてくれる正義の心に共鳴し、D-Venereの光に包まれ進化を果たしたのだった。
お知らせコーナー
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以上お知らせコーナーでした。
【 第七話・一 】
一行は今、城を後にし地図の情報を頼りに図書館へ向かっている。ゲートが閉じるまではまだ余裕があるが、現実世界ではもう十八時を少し過ぎているはずだ。拓海は、図書館での用事を済ませた後、ゲートが閉じてしまうギリギリまでエリスモンの里帰りに付き合う予定だ。この近くだというので、ふたりで話し合って決めた。八雲くらいにはその旨を伝えておかないと、また心配させてしまうだろうか。年上だからとずいぶん気を張っているようだから、これ以上余計な心配をかけたくはない。もしまた今度にしてくれと言われたら、素直にそうするつもりだ。
「八雲さん、俺この後、エリスモンと一緒にエリスモンの故郷に寄って帰るつもりなんだけど……行っても、いいかな」
「村に行くの? エリスモン。私も行きたいな」
「そっか、プロットモンとエリスモンは同じ村に暮らしていたんだっけ……。もし皆の時間が許すようなら、構わないよ。帰りは皆のこと送って行くから」
「俺はオッケー! よし、早く調べ物済ませちゃおう!」
それなら、と拓海はまた地図の案内に従って歩き始めた。光の世界のデジモンは、拓海たちを歓迎こそしていないようだが、警戒をされている気配もない。外の世界で散々殺伐とした殺気を感じ続けていた拓海にとってはそれだけでほっと安らげた。
「プロットモン、調子はどう?」
先ほどの戦いでくたびれてしまったようで、プロットモンは夢に抱き上げられながら移動していた。少し眠ってから城を出てきたが、まだ万全ではなさそうだ。
「大丈夫よ、夢。でも進化できたのに戻っちゃうなんて、思わなかったな。やっぱりD-Venereの……ウェヌスモン様の力を借りて進化したからなのかな」
「進化したら、普通は戻らないの?」
「少なくともあたしはそんなの聞いたことないわ、エリスモンとヴォーボモンはどぉ?」
「俺もそうだなー、進化したらずっとそのままで、前の姿に戻るとこなんて、見たことないや」
デジモンの進化については拓海たちは知らないことだらけなので、パートナーたちの話を聞いてみるしか知識を得る術がない。もしあの進化が通常デジタルワールドで見られる進化という現象ではなく、D-Venereの力に依るものなのだとしたら、そのトリガーは一体なんなのだろうか。プロットモンの進化は、夢との気持ちの共鳴をきっかけに起きたように拓海には見えた。だから、自分とエリスモンもそんな風になれたらな、と少しだけ思う。なれないような気も、してしまうけれど。
「着いた。ここよ」
プロットモンは夢の腕から飛び降りて、まっすぐに扉を見据えた。白く美しい彫りの入った円柱に支えられたその建物は、授業で見た外国の神殿にどこか似ている。光の世界の建物は、城も含めどれもこうした異国情緒に溢れていた。扉を開けると、優しい光と静かな紙の香りがそっと拓海たちを包んだ。学校の図書室とは比べ物にならないほど広くて、高い。ここにない情報なんてないみたいに、どこまでも聳えるように棚が続いていた。その光景に圧倒されながらも、夢は言った。
「私は歴史を書いた本が残ってないか探してみる。司書さんに聞けば分かるかな」
「……大丈夫かな、ここの司書は、」
プロットモンが言い切るよりも前に、図書館には到底ふさわしくない喧騒が一行の間を通り抜けていった。ふたりのデジモンは少女のような見た目をしていて、スカート姿であるにも関わらず、明るく狂気すらはらんで聞こえる笑い声を上げながら、凄まじい速度で図書館中を走り回っている。
「ノワール! 待ちなさい!!」
「あっはは! いやだよーだ! シエルったらそんな真剣になっちゃって、おかしいんだー!」
「……今のが、司書なの……黒い服の方がノワール、白いのがシエル……ふたりはシスタモンというデジモンなんだけれど……」
「ずっと、あの調子なんだ」
拓海が尋ねると、プロットモンは心底呆れたという表情で頷いた。ふたりは走った勢いのまま本棚や机の上を自由に飛び回り、図書館の地平へと消えていく。来館しているデジモンたちもすっかり慣れたという様子で、これが日常であることがよく分かった。
司書に聞くのは諦めて本を探そうというムードを醸し出すプロットモンの姿に押されて、D-Venereのカメラ翻訳機能を使いながら周囲を見渡した。検索機などがあれば目的の棚がすぐに分かるはずだけれど、生憎そうしたものは見当たらない。四手に分かれて探すことになったので、拓海はエリスモンと共に、本棚の森へと分け入った。
……結局、探している本は見つけられなかった。届いたメッセージによると、八雲が歴史書のコーナーは見つけたものの、見つけた本は数冊のみで、しかも中身は美味しい料理の歴史やら執筆者の偏った見解と一方的な物言いに満ちた本やらばかりで、目的の内容はとても載っていなさそうだった。図書館の端、先ほどシスタモンたちが消えていったあたりで落ち合った四人は、このどう考えてもおかしな状況に揃って首を捻った。
「歴史の本『だけ』がこんなにないなんて、どう考えてもおかしいよ」
「俺もそう思う……学校の図書館には、もっとあるもんね?」
「他の分類の本は、たくさんあった……小説も漫画も、他にも、色々」
「収穫ゼロ、か……付き合ってもらったのに、ごめんなさい。本当は、過去に戦争があったのかどうか、あったのならどうすれば止められるのか、知りたかったんだけど……」
「答えは簡単。『本当に、この世界にはほとんど残されていないから』よ」
「!?」
拓海たちのそばで急に響いたのは、先ほどとは打って変わって冷たいノワールの声だった。よく見ると、ノワールは二挺の拳銃をその手に携えている。少女の見た目こそしているが、気迫は十分だ。拓海たちでは戦いにもならないかもしれない。
「なぜだと思う? それはね、『歴史に意識を向けられることが、誰かにとって都合が悪い』から。その誰かって誰なのかしらね? ……私たちデジモンは、過去のことなんか考えもせず、ただ争い殺し合う定めなのよ。その定めから逃れられるヤツなんてひとりもいないの。ラジエルモン様だって例外ではないし、この光の世界のデジモンたちもそう。『戦いたい』本能からは、誰も逃れられない。他のことに目を向けようなんて思えなくなる。だから、この世界のデジモンは、歴史を知ろう・残そうなんて普通思わないのよ。でもそれって、本当は——」
「ノワール!」
「ああん、シエル……」
「ノワール、裏に戻っていなさい」
「もー、意地悪ぅ……」
スタスタと長い足を操ってやってきたシエルの呼びかけに、ノワールは急に態度を軟化させた。先ほどまでの気迫も冷たさもその顔にはなく、甘えた少女そのものといった柔らかい眼差しをしていた。シエルの言葉に素直に従い、ノワールは黒いスカートを揺らしながらこの場を後にした。代わりに残ったシエルは、心の底から申し訳ないという表情を拓海たちへ向けた。
「ノワールが、ごめんなさい。他の人にはいつもこんな態度なの。私を困らせるためだけに、ああして毎日館内中駆け回ってて、そんな時に人間を見つけたものだから……。あのね、あまり真に受けないでね。あの子はいつも言っているの。『人間が、デジモンだけでは逃れることのできない因果』から逃れる術をくれるかもしれない。って。意味は分からないけど、ともかく人間になにか期待することがあるみたい。それから……歴史について知りたいのなら、ここよりは狭間の世界の小さな村々を巡った方がいいわ。もしかしたら個人の家なんかに、細々と残っているかも」
「……あ、ありがとう」
「怖い思いをさせてごめんなさいね。もし狭間の世界へ出て行くのなら、道中気を付けてね。困ったらすぐ大人を頼るのよ。それから、」
「あ、待って、えっと……シエルは、『願いをなんでも叶える秘宝』を知ってる? デジタルワールドのどこかに眠ってるって話を聞いたんだけど……」
「? ごめんなさい、そういうのは御伽話でしか聞いたことないかな。でも、あるといいよね」
そう言ってシエルは微笑んだ後、一礼をしてその場を立ち去った。まるで嵐のような二人組だ、と拓海は思った。
調べようと思っていたことが簡単には調べられないことなのだと知って、一筋縄ではいかないのだということを思い知る。秘宝についても、平和な世界を作る方法についても空振りだった。ラジエルモンは戦いたくないと言ってくれたけど、闇の世界が攻め込んできたら、もちろん争いになるだろう。それくらいのことは拓海にも簡単に想像がついた。秘宝の力があればデジタルワールドに平和をもたらすことができるかもしれないけれど、それ以外の道も探したい。秘宝が平和をもたらしたとして、それがどれくらい続くのか分からない。またラジエルモンに聞いた話みたいなことが起こらないとは限らないだろう。エリスモンにも、ここに生きるデジモンにも、曇らないでいてほしい。そのどちらの道も決して簡単な道ではないのだということを毎秒のように実感した。
「……うん、エリスモンの故郷に行こうかな。小さい村らしいけど、色々聞けることがあるかも」
「おー! 村には学校があるから、色んな本も読めるし、夢とプロットモンはそこで休憩してたらいいよ!」
「ふふ、うん。先生にもしばらく来られないって挨拶しなくっちゃ」
「学校!? 学校があるんだ! おれ、飛ぶ方法聞いてみたいな〜」
ちょっとばかり上手くいかないなと思うことがあっても、こうして元気でいてくれる皆の存在が拓海にエネルギーをくれる。ずっとひとりでいた時には知らなかったことだ。自分が気持ちを表明しても鬱陶しがらないで、自分の言葉を受け止めてくれて、大事にしてくれる。そんな仲間の存在に誰より助けられているのは、他ならない拓海自身だった。
【 第七話・二 】
エリスモンの故郷は、入ってきたのとは違う小さな門を出て少しの場所にあった。光の世界から外の世界を知ろうと学びに来ているデジモンや、光の世界から働きに出てきたデジモンが多くいる、石畳の敷かれた綺麗な村だった。デジタルワールドの眩しい空すらここよく感じられるほどのどかだと思う。狭間の世界に位置すれど、ほぼ光の世界が統治していると言って差し支えなさそうだ。
学校へ行こうと誘うプロットモンの声に返事をして、案内通りに進んだ。デジモンたちは好奇の視線を向けてくる者もいたけれど、急に襲われるようなことはなさそうだ。ほどなくして、ここよ、と言うプロットモンの声に足を止める。小さな門の中には、古びた校舎と小さな校庭がぽつんと見えた。星埼とはずいぶん雰囲気が違って、ちょっぴり緊張する。エリスモンとプロットモンの先導に続いて校舎へ入ると、様々なデジモンに呼び止められた。ふたりの友達のようだった。エリスモンはそれに柔軟に対応しているようだ。自分では絶対できないその仕草に、尊敬の気持ちが湧き上がる。やっと職員室に到着すると、さきほどの賑わいが嘘のように静まり返っていた。先生に怒られてしまうから、このあたりでは皆静かにしているようだ。ノックして、挨拶。それからクラスと名前。拓海も何度もした通りの作法で入室して行くエリスモンに続いて職員室へ入った。自分の学校の職員室でも緊張するのに、ここは他の、しかもデジモンの学校だから、殊更に緊張した。
拓海たちのところへ早足でやってきたのは、人の形をしたデジモンだった。薄青のスカーフと金の髪が揺れ、マスクの奥の瞳が拓海たちをじっと見る。いつも思うが、自分たちより体の大きなデジモンも多いので、ただこちらを見られるだけでもかなりの圧迫感があった。
「お前たち! 今までどこに、」
「ごめんなさい! 人間の世界にいたんだ、ウェヌスモン様の導きで、色々あって……帰ってくるタイミングなくて……」
「そうなんです、すみません。でもラジエルモン様にお会いして、旅立ちの試練も済ませて来ました。だから、」
「はぁ……落ち着いて、ゆっくり話せ。……無事で、良かった」
ぎゅっと、エリスモンとプロットモンを抱きしめた先生の眼差しは、何より深い慈愛に満ちていた。大きくても、一見怖くても、優しいデジモンもいる。そのことをアスタモンと知り合ってからずっと、何度も思い知っていた。『ヴォルフモン先生』と呼びかけられた先生はふたりを離し、それから職員室の奥の部屋で、ゆっくりと話を聞いてくれた。
「……という、わけなんです」
「本当に、よく無事で……頑張ったんだな……。秘宝とやらについては俺は知らんな。ただ……御伽話も真に受けてみる価値はあるかもしれないな。本当に求めるもののために、何にでも真剣に向き合うのは大切なことだ。引き続き、頑張りなさい。人間と力を合わせて、な。……それにしても、ふふっ、プロットモン、お前の試練の相手はソーサリモンだったんだろう?」
「あ、はい。お師匠様ですから」
「くふっ、ふはは、ははは! アイツが師匠かぁ、そうか、それもそうだな。悪い、昔馴染みなんだ。アイツがまだこんな小さくて、俺ももっと小さかった頃からの……だからなんだか、おかしくってしょうがない。まあ、アイツはラジエルモン様の補佐役なんて役目を仰せつかっているし、俺も教師になっているから、当然なんだがな……」
無愛想で無口で少し怖い先生に見えたけど、笑うと可愛くて、好かれそうな先生だと思う。無愛想で無口なだけの自分とは違う。せっかく故郷へ戻ったのだからできる限りゆっくりしていけというヴォルフモンの言葉の通り、夢とプロットモンはここでもう少し休憩していくようだ。朝陽は鳥型デジモンの先生の元へ行って、ヴォーボモンと色々話を聞くのだと張り切って出て行った。拓海は、遊びに行きたがっているエリスモンと一緒に行くことにした。職員室から見える校庭は随分と賑わって見える。
「八雲さん、エリスモンと校庭に出てもいい?」
「それなら僕も行くよ。えっと、夢さんは、ここで休んでいて」
「うん、ありがとう」
「この子達のことは俺が見ていよう。ここはそう危険な場所ではないが、やんちゃなデジモンも多いから気をつけてな」
「はーい! ありがと、先生! 拓海、早く行こ!」
「ふふ、うん」
エリスモンはいつでも笑っている。拓海の家でも、故郷でも。初めて出会った時は緊張もしていたけれど、今では硬い表情は滅多に見せなくなった。自分はどうだろう。エリスモンといる日々は楽しくて尊いものだけれど、笑えているだろうか。
エリスモンをいじめているというデジモンがいないか心配だったけれど、校庭で遊んでいたデジモンはエリスモンの友達だったようだ。一緒に遊ぶか迷ったけれど、せっかく久々に友達に会えたんだから遊んでおいでと言うと、エリスモンはそっと駆け出していったので、八雲とツカイモンと一緒にエリスモンを見守ることにした。
「いいの、拓海くん」
「うん。俺がいたんじゃ、悪いし」
「……そういう気持ちは、僕も分かるけどね」
風が吹き抜けていく。スケートボードの上で感じる風とは違って、優しくて、少しだけ寂しい。寂しさにももう慣れたものだ。
スケートボードや音楽の趣味で繋がったSNS上の知り合いなら少しはいるし、スケートボードに取り組む中で、同じコースで知り合った友人も学外にいる。年齢は様々だ。新しいテクニックや練習方法などの話で盛り上がれるのは楽しいし、じゃれ合うことだってある。でもそれは、スケートボードが好きということさえ共通していれば、実際そこまで心を開いていなくても友人として繋がっていられるだけのことだと思う。その証拠として、拓海は彼らのことなんて、思い返せばほとんど何も知らないでいた。
そうではない繋がり方をした人たちと、どう関わっていけばいいのか分からない。だからその年偶然同じクラスに割り振られただけのクラスメイトとうまく話せないし、同じ偶然を共にした八雲たちともまだうまく話せない。グループチャットで毎日話してはいるけれど、それは朝陽が引っ張ってくれるから話せるようなものだ。趣味も考え方も全く違う人たちと仲良くなるには、少しは自分のことも見せないといけない。大切なものや心の中にしまった宝物や自分の意見というのを開示するのは、誰が相手でも少し怖い。毎日話しているはずの人たちが相手でもこうなので、クラスが同じになったくらいの人に見せられるものなんてなにもないのだ。だからクラスでは、無愛想で無口な人として静かに座るしかできないでいる。
でも朝陽も夢も八雲も、パートナーであるエリスモンも、少しずつ自分というものを拓海に見せてくれている。それは怖いことではないのだろうか。誰かの大切なものを壊してしまうかもしれない、踏み込まれたくない領域に踏み込んでしまうかもしれない、そうしたことが怖くはないのだろうか。そんな風に考えていると、どんどん疲れてきてしまう。周りが傷つかないよう、つまらない思いをしないよう、気を遣って息を潜めるのは、どんなに慣れても苦しいことだ。だからできるだけ、教室では何も考えないように努めて意識を遠くへ置いている。
そんな拓海だから、皆と過ごした後は、心の中が冷たい気持ちでいっぱいになって、反省ばかりが渦を巻く。何か間違えなかったかな、自分が伝えたかったことは、言葉というノイズに紛れて歪んでしまっていないだろうか。ひとつの偶然を一緒に目撃し、デジモンとパートナー関係を結んで、あれよあれよとデジタルワールドと人間世界の危機に立ち向かう立場になってしまった四人だけれど、そんな繋がりをなんて呼べばいいのか、拓海はついさっきまで知らないでいた。これを仲間と呼んでいいのだということに、皆の言葉で気づかされた。全部ひとりで背負っているつもりだったけれど、この繋がりは少なくとも、趣味の友人の繋がりとは意味も形も全く違うのだ。
「余計なお世話かもしれないけれど……」
「?」
「エリスモンは、きっときみと遊びたがっているよ」
「……そうかも、しれない、けど」
八雲にならこの気持ちを伝えてもいいだろうか。まだ本当の気持ちを話すのは怖い。自分を見せるのは苦手だ。それでも拓海は静かに話し出した。八雲は一緒に持つよと言ってくれたから。重たい責任だけじゃなくて、少しの弱音とたくさんの喜びも分かち合えるような関係を仲間と呼べたらいいなと思うから。何より、拓海が八雲に聞いて欲しかったから。うまく言葉にはならなくて何度も絡まったけれど、じっと聞いてくれる八雲は凄く根気強くて、優しかった。
「一緒に遊びたい、一緒にいたいって思う気持ちと同じくらい、迷惑じゃないか、嫌じゃないかって考えちゃうんだ。遊びだけじゃなくて、何をするにもそうで……。スケボーを一緒に滑れる友達はいるけど、逆に考えると俺、友達のことすらスケボーが好きなことくらいしか知らなくて……そういう付き合いしかしてなかったから、八雲さんたちともエリスモンとも、ちゃんと付き合えてるのか分からなくて。だからこういう場面でもなんか、自分から身を引いちゃうっていうか……。相手から来てくれることには一生懸命答えたいって思うのに、答えられてるかも分からないし、ていうか相手から来てくれるの待ちで俺から相手の方へ行かないのも、ちょっと不誠実かな、でも相手のこと嫌な気持ちにさせたら嫌だな、なんて」
「……そうか、うん。僕は、表面的にだけでもうまく付き合っていく人がいてもいいし、もっと深く繋がりたいと思う人とはそうしたらいいと思うよ。拓海くんは優しいから、誰にでも誠実でいようとしているのかな。本当の気持ちは分からないけど、僕はそんな気がする。でも誰も彼もにそんなに一生懸命になってたら、きっと凄く苦しいよ。……拓海くん、一番大事なのはきみ自身が誰とどう付き合っていきたいかだ。きみが誰かのことをいつもたくさん考えていることはきみのいいところだと思うけど、皆にそうしてたら疲れちゃう。それに、きみが仲良くしたい人と仲良くできなくて、きみを苦しめる嫌な人まで大切にしていたら……僕は、嫌だな。拓海くんに一個もいいことないじゃないか。拓海くんは気づいていないかもしれないけれど、僕は拓海くんと知り合って、話せて、結構救われたんだ。絆ってなんだろうって悩んでいる僕の話を拓海くんは聞いてくれたし、自分の意見をまっすぐに伝えてくれたよね。きみの存在が、きみがくれた言葉が、僕の道標になってくれた。……ねえ、拓海くん」
「……?」
「踏み込まれたくない人も当然いるだろうけど……きみに踏み込んできて欲しい、きみのことをもっと知りたいし、自分の内側だってもう少し見せてもいいかな、って思っている人だって、いるんだよ。少なくとも僕はそうだ。僕はきみが自分を擦り減らして傷ついていくことを、見て見ぬふりはできない。それは僕たちがデジモンのパートナーという繋がりを持っているからだけじゃない。僕がきみとの間に、きみがあの日教えてくれた『絆』を見ているからだ。だからもしきみが、エリスモンや……僕たちのことを、少しでも大切だと思ってくれているなら……。よければ今僕に勇気を出して自分の内側を見せてくれたように、エリスモンたちにもそうしてあげて欲しい。きみが苦しくならない範囲で構わないから。拓海くん、自分がどうしたいかとか、自分が何を選びたいのかとか、そういう気持ちをどうか、周りを思いやるのと同じくらいの気持ちで、大切にして欲しい」
八雲の言葉は暖かい。拓海の気持ちに寄り添ってくれて、何も押し付けてこなくて、分かろうとしてくれて、八雲の気持ちも聞かせてくれた。拓海自身の気持ちを大切にすること、なんて、今まで考えたこともなかった。
もし、間違えてしまったらどうしよう。……失敗しても、大丈夫。皆になら、ごめんと思う気持ちがきちんと届く。もし、自分の意見をぶつけて喧嘩別れしてしまったら。それでも考え続けることをやめない限り、絆は途切れない。もし、踏み込まれるのが嫌になったら。嫌なことは、嫌だと言ってもいい。それで何かが無くなるなんてことない。だって拓海はそれでも、皆のことが大好きだから。拓海の怖い気持ちを過去の自分が優しく拾って大丈夫だと伝えてくれる。そうできるのは、出会ってくれた朝陽と夢と八雲がいるからだ。こんなあったかいことが、他にあるだろうか。三人と出会えたから、デジモンと出会えたから、拓海は今、初めて自分の気持ちと向き合えている。自分がどうしたいか。答えはひとつだ。怖いけど、もう逃げない。
「……俺、エリスモンのとこに行くよ」
「ふふ、うん。それがいい。僕もこのあたりで見ているから、目一杯遊んでおいでよ」
「うん。……あ、そうだ。ずっと思ってたんだけど、」
「?」
「八雲、って、呼んでいい?」
「うん。もちろん。……拓海」
そんなやりとりがなんだかくすぐったいけれど、拓海はずっと八雲のことをそう呼びたかった。年上だからと気負ってしまっている彼が、少しでも自分が年上だからとはりきりすぎる時間が少なくなるように。少しでも楽に、息ができるように。手を振りながら走る。八雲はいつまでも、拓海を見守ってくれていた。
【 第七話・三 】
今日という日はそれだけでは終わらなかった。エリスモンの元へ行くと、いじめっ子のデジモンらに絡まれていた。五、六人程度はいるだろうか。やんちゃなデジモンも多いと先生は笑っていたけれど、初めて見るエリスモンの暗い瞳が、彼らが日常的にエリスモンに酷いことをしている連中であることを物語っていた。
「……エリスモン、あのデジモンは?」
「スナリザモン。いつもああして数人で群れてるんだ」
「なんだエリスモン……久々に戻ってきたと思ったら人間連れとはなあ!」
「オレたちと遊ぶの、飽きちまったのか?」
スナリザモンたちは意地悪な目で拓海たちを見た。戦いたいという本能を、彼らはうまく制御できていないようだ。小さく後ろを振り返り、八雲にアイコンタクトを試みる。幸い、すぐに何かを察してくれて、八雲はツカイモンとともに校舎の方へ走って行った。
「エリスモン、引こう、」
「嫌だッ!」
エリスモンは暗い瞳こそしていたけれど、その表情には決して逃げ出さないという覚悟が滲んでいた。普段から家で突然物音がしたりすると丸まってしまう怖がりな彼だけれど、今は毛を逆立てながらまっすぐにスナリザモンたちを見据えている。
「戦いたい?」
「もう、逃げたくないだけ!」
「俺も、同じだ。よし……行こう!」
いじめっ子に立ち向かえるくらい、強くなりたい。そしてこの村を出て、世界中を冒険したい。それがエリスモンの願いだった。拓海はエリスモンの手伝いをしたい。拓海よりもずっと拓海の気持ちを考えていてくれたパートナーに、拓海も答えたい。
あの日以来の実戦だ。緊張もする。逃げたくない。本能のままの戦いではなく、逃げたくないと思う自分の内面の戦いだ。その気持ちが拓海にもよく分かった。
スナリザモンたちは校庭の砂に潜っては急に現れエリスモンを翻弄する。拓海は精一杯サポートするべく、エリスモンの死角の部分の情報をできる限り叫んだ。体格はそう変わらないはずだが、ロケーションと人数での不利があるのは明白だった。彼らはいつもこうして砂場に潜んでは、同じ学校のデジモンをいじめているのだろうか。
「エリスモン、ジャンプ!」
「おうッ! 隠れ続けるなんてできないぜ、『ライトニングファー』!」
エリスモンは光を纏った針毛を四方八方に打ち出し、砂に紛れたスナリザモンたちは攻撃を避けるために一斉に飛び出してきた。その隙をつくように、エリスモンは突進攻撃で次々スナリザモンを薙ぎ倒していく。初めて戦った時よりずっと、戦いに迷いがなかった。それはどうしてだろう。考えるのは後だ。
突進の勢いの落ちた隙を見計らい、一体のスナリザモンが鉤爪での攻撃である『グリッドネイル』をエリスモンの顔面にお見舞いする。叫び声を上げ飛んでいくエリスモンに、一斉に大量の砂が吹き付けられた。その勢いにエリスモンは見る間に砂に埋もれていく。砂はうずたかく、山のようになった。エリスモンが出てくる気配はない。砂とはいえあれほど大量であればその重量も半端なものではないだろう。
「エリスモン!」
思わず駆け出すと、一体のスナリザモンに足元を払われ思い切り転倒する。細かい砂の粒子が拓海の手や膝の表皮を剥ぎ取り内部を露出させた。
「いッ、っぅ……」
「人間って案外弱いんだなあ! あっという間に壊せちゃいそうだ!」
スナリザモンたちが痛みを堪えて立ち上がった拓海をぞろぞろと囲み、意地悪な瞳を一挙に向けた。げらげらとした笑い声が耳につく。それでも拓海はスナリザモンの群れをしかと見据えながら、まっすぐに言った。エリスモンにとってはそうではないかもしれないけれど、拓海にとっては嘘のない、素直な言葉だ。
「俺の友達に、何するんだよ! もうこれ以上はやらせない、そんなに戦いたいなら俺が相手になる!」
デジモンの群れ相手に拓海ができることはそう多くはない。力だって強くないし、デジモンみたいに機敏に動くこともできない。弱くてすぐ壊れてしまうのも、事実だろう。今の拓海の瞳には、エリスモンが埋められた砂の山が見える。その一角からあの黒い鼻先が一瞬覗いたのを、拓海は見逃さなかった。だから今の拓海にできることは、エリスモンが出てくる隙を作ることだとよく分かった。
拓海の挑発に乗って、スナリザモンたちが『サンドブラスト』を拓海に向けて次々噴射する。膝を怪我したせいで動くたびに痛みが響いたけれど、今はそんなことはどうだっていい。なんとか走り、動き回り、彼らの気を精一杯引いた。こんな陽動作戦は、そう長くは持たないだろう。足元に的確に砂を浴びせられ、ずる、と滑るように転ぶ。その瞬間を見計らったようにスナリザモンが拓海の体にのしかかり、その鉤爪を肩に食い込ませた。痛みに悲鳴を上げ目を見開いた時、エリスモンは砂の山から思い切り飛び出してきた。その表情は強く、先ほどの暗さなんて少しも感じさせない気高ささえ帯びていた。
「俺の友達に、何するんだよ!」
拓海と同じ言葉が拓海の胸を打つ。エリスモンの声が響くのと同時に、拓海のポケットからもスマホが飛び出しD-Venereが勝手に起動した。画面は金色の光を放っている。なんとか手を伸ばし、そうしなければならないと分かっているかのように、そっと中央のボタンに触れた。その瞬間溢れ出すあまりに眩い光に、スナリザモンは思わず拓海の上から転げ落ちのたうち回った。光が止んだ後そこに立っていたのは、赤い爪と金色のたてがみを持った、凛々しい姿のデジモンだった。
「……フィルモン……」
D-Venereの図鑑機能に表示された名前をそっと読み上げると、彼は拓海の方を見て小さく頷いた。エリスモンが進化したのだと、その瞬間に理解した。
「行くぜ! 『クリムゾンスラッシュ』!」
フィルモンは機動力も攻撃の威力も先ほどとは桁違いのようで、地理や人数の不利など全く感じさせない動きを見せていた。素早い動きで次々スナリザモンたちに斬撃を浴びせ、反撃の隙も与えない。吐きかけられる砂を軽々とかわし、不意の攻撃には鋭い拳のカウンターを打ち込んだ。スナリザモンの目にも、次第に怯えの色が滲み始めている。恐怖に打たれて無謀に突っ込んだ一体のスナリザモンを悠々と蹴りで返り討ちにしたフィルモンの姿を見て、いじめっ子たちは、完全に戦意を喪失してしまった様子だ。
「……もう、拓海に指一本も触らせない! 俺の友達をこれ以上傷つけさせない!」
「俺こそ、これ以上友達に酷いことはさせない」
「うう〜……! も、もうしない、だから許してくれよ……!」
怯え切った瞳のスナリザモンを、フィルモンはじっと見下ろした。体はすでに拓海より少し大きいくらいだ。威圧感は相当だろう。今まで自分をいじめてきたデジモンを相手に、彼はどんな選択をするのだろうか。
「今までのことは許さない。拓海のことこんなに傷つけたことも許さない。でも……今後は、戦いたいって気持ち、ちゃんと制御できるように先生に教わった方がいいぜ! できるようになるまで教えてくれるからさ! それに、怖がる気持ちは俺も分かる。怖いって思う気持ちから逃げなくなったのは、最近のことだけど……お前たちもそうならさ、逃げないで向き合えるよううになれたらいいよな!」
そう言って笑う顔は、進化して姿が変わっても確かにエリスモンのものなのだと分かる。怖くても、一歩。エリスモンと拓海は今、同じ気持ちを抱いて響き合えた。こんな進化は自分たちではできないかもと思っていたけれど、踏み出す勇気を持てたおかげで彼を強くすることができた。それがまた、なんともいえないほど深い喜びだった。エリスモンも同じ気持ちだろうか。そうならいいな、きっとそうだと静かに思う。
「拓海、大丈夫? 怪我、してる」
「あ、八雲……うん。大丈夫」
「先生を呼んで戻ってきたら、ちょうどエリスモンが進化したところで……ちょっと手出しできなかった。ごめん」
「ううん。いいんだ。俺たちの戦いだったから。あ、夢と朝陽たちも見てた? エリスモン、頑張ったよ」
そう言って笑いかける。拓海も頑張ったんだよ、と言って笑い返してくれる朝陽の言葉に、そうだ、自分の気持ちももっと大事にしていこうと思ったんだと思い出した。
「うん……頑張った」
ヴォルフモンに抱き抱えられ、保健室へ連れて行かれる揺れと仲間たちが心配してくれる声の中で、拓海は皆とのこの関係が今ここにあることを、なにより嬉しく受け止めていた。
続
先生誰だと思ったらまさかのヴォルフモン! 夏P(ナッピー)です。
遅くなりまして申し訳ございません。
前回からの流れで作中世界のデジモンの進化についての解説を少々。これが最終的にエリスモンの進化に繋がると考えると感慨深さがありますね。その二における拓海と八雲の会話で人間同士の相互理解も踏まえてくれたこともあり、最後の展開へとスムーズに繋がりました。村のヴォルフモン先生はヴォルフモンなので恐らくめっちゃ実力者かと思いますが、それ以上に先生と呼ばれているだけあって素晴らしい人徳を持っているっぽくて嬉しい。
それはそうとシスタモン姉妹が語った、過去の歴史に関して『本当に、この世界にはほとんど残されていないから』というのは世界の不穏さを示すと共に、これは歴史を不当に消し去った何者かの意思が後々に明かされる伏線と予測しておきましょう。というか、シスタモン姉妹自体もなんとなく今後も話に絡んできそうな確信がある。
そして先に挙げてしまいましたが、拓海と八雲の会話! リアルでの付き合いがあったわけでもない関係から半ば済し崩し的に今の状況に来てしまったので、流れで自然と仲良くなるかそれともなぁなぁのまま衝突していくのかと思えば、今回きっちり互いに『話したい』と明言してくれた上での理解の時。待ってたぜ! 年齢差もあって確かにあったはずの壁が取り払われた感覚、きっとここからは太一ヤマトと丈みたいな関係になれる!
それでは今回はこの辺りで感想とさせて頂きます。