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~イマジナリー・フレンド【おつコン2024】(第一章・第二章)の続きとなります~
幕間②
~as of now~
その理由を俺は知らなかった。
中学一年生のあの日、とうに街を去ったはずの女とカードショップの前で偶然俺は再会した。後になって例年のクリパにサプライズ枠で呼ばれていたこと、そして体調不良でこちらまで来れなかったと連絡があったことを知った。
俺の所為だと思った。彼女がこの街まで来ていたことを、俺だけが知っていた。
突然の再会に柄にもなく舞い上がっていたらしい俺は、あの時の彼女の変化に気付けなかった。ガルルモンの進化系の話題を振るもあまり反応が良くなかった時点で気付くべきだったのだが、無理も無いと己を甘やかしてしまう。俺と奴を出会わせてくれた彼女が、自分の育てたガルルモンを誰よりも愛していた彼女が、デジモンの話題を振られること自体が嫌になっていたなんて、あの時の俺は想像だにしなかったのだから。
だから後悔、俺は四半世紀後悔し続けている。
あの時に俺が上手くやれていたら、下手をやらなければ、彼女はきっと今でもデジモンを好きだったはずなのに。俺達の友人の一人としてすぐ傍にいられたはずなのに。そしてそんな彼女がいれば、俺の親友である奴もまたデジモンを段々と忘れていくことは無かったかもしれないのに。
それが俺には心苦しかった。何故こうなってしまったのだろうと悔やみ続けた。
最高に身勝手で独善で自己満足な考えだが。
「そうだ、お前達はデジモンを好きだっただろ……?」
俺に大切なものをくれたお前達がデジモンを嫌いなまま、デジモンを忘れたままでいることが、俺は嫌だった。
今より10年ほど前、デジタルモンスターのリバイバルブームが起きた時期があった。その頃に友人二人と相談したことがあったが、転職活動で忙しいと一人、結婚と出産を控えていて難しいと一人、結果的に二人の協力は得られずご破算になった。とはいえ、彼女の方はその時の俺の言葉によってデジタルモンスターの存在を思い出し、今では一人息子がデジモンにハマっているらしいが。
恥ずかしながら俺は友達が少ない。一人の方が落ち着くし、友人を作ること自体が苦手でいる。それは大人になった後も変わらない。
だからこそ数少ない友達は生涯大事にしていきたいと思う。そう言った時、いつものラーメン屋で二人は笑っていた。
『お前にしてはいいこと言うぜ。同感!』
『何かあったら言って。絶対手伝うから』
得難い友人達だ。彼らもまたデジモンで繋がった大切な仲間だった。
俺の人生は気付けば常にデジタルモンスターがあったのだと思う。人生の七割程度をデジタルモンスターと共に過ごしてきた。俺が長らく相棒にし続けてきたメタルティラノモンに、ラストティラノモンという究極体が生まれたのだと友人達に教えてあげたかった。仕事にプライベートに人生に、遊ぶ間もなく忙殺されていく友人達にお前達が好きだったデジモンの世界はまだまだ広がっているんだと叫びたかった。
そして何よりも。
俺のライバルであるはずのあの男と、その男と俺を友人にしてくれた女が、デジモンを忘れたり嫌いになったままなのが嫌だった。
独善だ。
我が儘だ。
自己満足だ。
それでも俺は、彼ら二人にはずっとデジモンを好きでいて欲しかったから。
「ふむ。……手にしているのはデジモンか?」
だから一月前、偶然顔を合わせた奴が手にしていたものを見た時、何かが動き出した気がしたんだ。
「あ、ヤバ」
デジタルモンスターCOLLAR、そのver.1。
言うまでも無く、奴が育てていたのはグレイモン。
「……お前は」
「うん?」
「本当にグレイモンが好きらしい」
その時の俺はきっと、万感の思いを込めてその言葉を口にした。
帰って来たと思った。俺の宿敵が、高校まで共にデジモンを語り合い高め合った親友が戻って来た気がした。
だから止められなかった。俺が奴と会ったのは母が亡くなり葬儀を済ませ、一人になる父の為に実家を整理してきた帰りだったのだが、偶然持ち帰ってきていた奴と彼女のデジタルモンスター、高校時代に奴が捨てようとしていたところを預かった代物を奴に再び託した。この日この時に俺がそれを持っていたことが運命だとしか思えなかった。
そして次に実家に戻った時、小学校の卒業アルバムと六年生の頃の連絡網を駆使して彼女を探した。
何としても探さなければならない気がした。この時を逃せばもう二度とあの二人にデジモンを好きになってもらえることはないという確信があった。
馬鹿げた話である。未だに付き合いのある奴はともかく、彼女は20数年前に会ったきりで、今では生きているのかすらわからなかったというのに。何よりも最後に会った時、理屈も理由もわからなかったが彼女を傷付けたのは他ならぬ俺だったというのに。
それでも没交流だった当時のクラスメイト──何しろ俺は六年生の時の同じクラスの友人など彼女しかいないのだ──の情報を駆使して、俺は俺にとって大切な友人の行方を追い続けた。
そして今この時だ。俺達の母校の前で、遂に見つけた女の背に向けて、俺は感嘆の色を悟られぬよう呟いた。
「……懐かしい顔を見たな」
そう告げれば女は驚いて振り返る。
「え、何……!?」
俺を友人にしてくれたあの日とまるで同じ反応。
懐かしい友人は、四半世紀前と驚くほど変わっていなかった。
「うわ、やだ! めっちゃお久しじゃない!?」
「お前は変わりないようだ」
これが女性に対して失礼なのか否か、俺は正直知り得ない。
「え、今もこっち住んでるの!? 凄い偶然じゃん、ビックリしちゃった!」
「偶然だな」
嘘である。彼女が毎年、折に触れてこの土地を訪れていることは確認できていた。
「へー、今は東京で仕事をねー」
そのまま入った駅前のカフェで、彼女はストローをくるくる指で回しながら微笑んだ。
小学生の頃も授業中、ペンをこんな風に回すのが流行っていた気がする。
「他の皆とは会ってるの?」
「そうだな、三人とも会っている。……奴とも先月会ったな」
ピクリと眉が上がった。
それまで小学生のように快活で屈託のない表情を見せていた彼女の顔が、憂いを帯びた女のそれに代わる。
「そう……なんだ。彼はまだ好きなわけ? その……デジモン、だっけ」
「どうだろうな」
「どうだろうって」
こんな白々しい台詞を言わせたくはない。
こんな顔をさせたくはない。
こんな話をしたくはない。
それでも俺は、止まるわけにはいかなかった。
「呼べば喜んでくると思うが、電話するか?」
「いや! ……いいでしょ、いきなり呼んだって困るでしょ……」
「そんなことはないと思うがな」
本心からそう言ってやる。
少なくとも小学校の頃はそうだった。傍から見ても面白いぐらいに明白だった。
「そうだな、ここで会えたのも何かの縁だ」
とはいえ、白々しいのは俺も同じか。
「お前に会えたならと、渡したいものがある」
キャリーケースから取り出したそれを円テーブルの上に置く。
「それ……!」
「懐かしいか?」
デジタルモンスターCOLLAR、勿論ver.2。
描かれているのはガルルモン。
言うまでも無く、彼女がかつて最も好きだったデジモン。
「最近出たからな、纏めて買っていた。ver.5は秋に届くのでな、お前がver.2を受け取ってくれたなら、ver.3と4はアイツらに渡すつもりだ」
「……なんで?」
「何かの縁だと言ったろう。まあ偶然会った古い友人に、折角だからプレゼントしたくなったとでも思ってくれればいい」
出方を伺うことなどしない。そもそも俺にそんなコミュニケーション能力はないんだ。
「好きだっただろう、ガルルモン」
「……あの、ver.1……彼には?」
「奴なら自分でもう買っていた。流石と言ってやるべきかな」
だから彼女が断る理由を先に断つ。
意味も理由も理屈も加味しないと俺は決めた。何度だって言う、俺は俺の大切な友人達がデジモンを好きでない状態のままなのが嫌なんだ。
そして奴が自分の意思でデジモンを再開したのなら、グレイモンと再会したのなら、そこに再び彼女も含めた友人全員で集まりたいと思うだけだ。
「私、もうデジモンは引退するって……」
「聞いた。前世紀末にな。もうあれから100年か」
「24年ね」
そこは冷静にツッコんでくるのか。
「嫌いになったのか?」
「違う、そんなこと無い……けど」
死ぬのが怖い。ガルルモンと再び別れるのが怖い。
彼女らしくないか細い声で女はそう言う。その意味するところを俺は理解できない。
だからせめて。
目の前の大切な友人に。
俺を奴と出会わせてくれた恩人に。
言いたいことを全て言っていく。
「前にデジモンにいいも悪いもないと言った話、覚えてるか?」
「……いや何十年前の話よ、それ……」
言いながらも彼女には心当たりがあるらしい。
それを受けて俺の口の端はつい上がりそうになってしまう。たとえ何十年経とうと友人としたデジモンの話題は忘れていない。それが何よりも彼女のデジモンに対する思いを示しているような気がして、俺は嬉しかったんだ。
「俺は今だって悪そうなデジモンが好きだ」
「……大分遅れてきた中二病だよね?」
失礼な。
むしろ中学二年生より前からずっと変わらない。
「聞け。俺達が育てたドックの中でデジモンは生きる。俺達が育てた通りにデジモンは進化する。その結果として到達した姿に設定としての善悪こそあれ、それは結果であり存在に是非は無い。俺とてアニメやゲームといった物語においてダークティラノモンやメタルティラノモンが悪役として登場し、主役デジモンに倒されることに文句はないしむしろ当然の役割だとさえ思う。物語上の役割としては、という意味でだが」
彼女の顔を正面から見る。言いたいことは一つ、ただ一つだけだ。
四半世紀前から変わらない髪と同じ栗色の瞳を見据えて、それでもと俺は言う。
「……だが俺が育てたダークティラノモンは違う。断じて違う」
これだけは絶対に譲らない。譲ることはできない。
俺の育てたダークティラノモンは、そしてメタルティラノモンは決して悪役ではなく、誰にも負けることはない。俺が彼らを好きな理由は見た目や設定だけじゃない、俺が育てた上で共に過ごした過去があればこそだ。友人達と高め合った日々があればこそだ。
レオモンに対するオーガモン、カブテリモンに対するクワガーモン、親友二人が好きなデジモンだって一般的に見ればライバル関係の種族に対して悪者とされがちだ。それは正しいし、むしろ設定として他種族との繋がりを設けられたことは世界観を広くする。だが彼らが育てていたオーガモンもクワガーモンも決して悪役ではなかったはずだ。俺達のデジモンが互いにバトルを行う姿には、善悪を超越したものがあったはずだ。
「ならば何故その姿に進化したのか、進化させるのか」
その答えは至ってシンプル。
「勝つ為だ」
「……っ!」
息を吞む彼女。恐らく俺が言わずとも彼女はそれを知っている。
だが俺は言葉を止めるつもりはない。今の俺は恨まれようと殴られようと、決して止まらない。
俺は惜しまない。妄執と言われようと構わない。
何故なら友人であり続けたいからだ。
奴と、奴の親友と。
彼女と、これまた彼女の親友と。
彼らは子供の頃の俺に初めてできた大切な友人だったから。
彼らは俺のダークティラノモンを完全体にしてくれたから。
彼らは俺に人と人が繋がる意味を教えてくれた存在だから。
だから嫌なんだ。だから大切にしたいんだ。だからデジモンを好きでいて欲しいんだ。
「……お前も、同じだったんじゃないのか……?」
「私、は……っ」
知っているんだ。
俺は彼女が誰よりもガルルモンを愛していたことを。自分の育てたガルルモンこそが世界で一番強いんだと、受験で忙しくなって遊べなくなった後も奴のグレイモンや俺のダークティラノモンなどには負けないんだと密かにガルルモンを育て続けていたことを。
「デジモンの世界は、俺達が覗かない限り存在しないんだ。お前に何があったかを詮索するつもりはない。……だがお前がもう一度世界を覗こうとしない限りガルルモンは」
「あなたに、何がわかるっての……!」
その呻きに乗っていたのは確かな拒絶だった。彼女を苛んでいるもの、彼女がデジモンから離れた理由の一端がそこにある気がした。
大声を出さないよう顔に添えた掌の間から、ヒューヒューと空気の漏れる音。
「いい気になって遊んで、勝てる相手だけぶっ飛ばして、都合のいいものしか見ようとしないで、それでいて綺麗事ばかり言って……!」
そう言われるだけのことを俺は言った。言葉の針でどれだけ刺されようと、コーヒーをぶち撒かれようと仕方のないことだ。
だが同時に知っていた。
「あ、これ……全部私か……」
優しい彼女は、俺の初めての友人である女は。
それでも俺を責めることすらせず、自分自身を戒めるのだということを。
「ガルルモンを死なせた。目の前で……わかっていたのに、あの世界は軽く考えてたらヤバいってことぐらい知ってたはずなのに……」
それは絵空事だったのだろうか。彼女の夢の中の世界での出来事だったのだろうか。
「お別れも言えなかったんだ。あれは感動的な別れでも劇的な最期でも何も無くて、ただゲームの負けイベントみたいにドカンと爆発して」
泣かない。それでも泣かない。
充血した目は、自分の目の前に置かれたデジタルモンスターCOLLAR ver.2を真っ直ぐに捉えていたけれど。
「こんな思いをするぐらいなら、最初から好きにならなければ良かった……私、こんな辛い思いをする為にあの世界を夢見たんじゃないのに……!」
そこには俺の恋した彼女の、最も愛した狼の姿。
ガルルモン、ver.2の成熟期。当時はワクチンもデータも無かったし、彼女の中ではガルルモンはアニメの主人公デジモンとして活躍するより前の時代で止まっている。故にその後の活躍や設定などは知り得ず、俺や奴と同じようにデジタルモンスターを愛していたはずの彼女の時計は、事もあろうに1999年で止まってしまっていた。
俺には彼女の辛さも悲しみの理由も理解してやることはできない。
それでも乗り越えるにはこれしかないとも知っている。誰かが教えてやるべきではないし、与えてやるべきものでもない。切り捨てたと言いながら心の底では捨てられない思いを抱えるだろう彼女の心の傷を癒すには、ガルルモンを失った彼女に再びデジモンを好きになってもらうには、俺にはこの方法でしかないと知っていた。
また出会うべきなのだ、この女は。
ガルルモンに。愛したデジモンに。
彼女が自分で育てたガルルモンに。
そして先へ、未来へと進むべきだ。
「……奴もグレイモンを育てていた。俺が言いたいこと、わかるだろう」
「わかんない……なんで、そこまで」
「お前は俺にとって大切な友達だ。そして奴も俺の親友だ。……だからだ、ただそれだけのことだ」
それだけを告げて、俺は初恋の女の前を立ち去った。
第三章
~おかえり~
1999年8月1日(Sun)AM09:30
長い長い夢を見ていた。
僕達はタマゴの中でずっと、目覚めの時を待っていた。
その夢から覚めることができなかった仲間もいる。それが夢だとも気付かず、永劫その世界に浸り続けた同胞もいる。そんな中で僕らは偶然にも君達の手に取ってもらうことができて、そこで初めて僕らの世界は始まった。
「生まれた!」
タマゴの殻から外に出た時、そう言って僕を覗き込んだ君の顔を覚えている。
その時の僕にとってはそれが全てだった。ドックと呼ばれる小さな枠の中に収まった僕の世界は、僕という存在の誕生を喜ぶ君こそが全てだったんだ。
それから君との生活が始まった。
君の言葉は数え切れないくらい届いたけど。
僕の言葉は決して君の耳に届くことはない。
でもいいんだ。
「あ、ウンチしてる!」
慌てた様子で僕を手に取る君。
「もう寝る時間かぁ」
自分もあくびをしながら消灯してくれる君。
「おおっ、進化したんだね!」
姿が変わる僕を見て喜ぶ君。
全てが全て、大切な思い出だ。何度生まれ変わっても忘れることはない。僕を覗き込んでくれる君こそが僕の世界で、そうやって君が僕を覗き込んでくれることで僕という存在は成立する。だから僕の存在は君がいればこそだ。
君は生まれた時から僕を愛してくれたね。
君は進化した僕をカッコいいと言ってくれたね。
君は僕こそが最強のデジモンと信じて鍛えてくれたね。
だから何度だって君に会いに行く。
僕は君が望む通りに モンに進化するよ。君がいてこそ成立する僕の世界が、いつまでも君の世界の一部でいられたら、それはどんなに素敵だろうって思っていたから。
だけど永遠なんてものはなかった。
デジタルモンスターの世界が無限大に広がっていくのと同じように、大人になっていく君のこともまた僕は止めることができない。広がっていく君の世界の中で、僕の存在はどんどん小さくなっていく。引き出しの中から出されない時期が増えた。君が一度ボタンを押してさえくれたら僕はもう一度君の世界の一部に戻れるけど、逆に君にそれをしてもらえなければ僕は存在することさえできない。
恨んでいるわけじゃない。だって君に対する思いは変わらないんだ。
だけどそれは多分、どうしようもないことだ。
僕がデジタルな存在で、君がリアルに生きている以上、僕の方から君の世界に干渉することはできない。中学生から高校生、大学生と成長していく君の姿を、ただ僕は封じられた中から感じることしかできなかった。
君には辛いこと、沢山あったよね。
それ以上に楽しいこともあったよね。
全てを僕は知っている。
他の誰が知らなくても、僕だけはそれを知っている。僕がそれを知っていることを君自身が知らなくても、僕はずっと君を見ている。
きっとね、君の友人達が育てていた子達も同じだよ。僕と毎日のように鎬を削ったオーガモンやクワガーモン達も同じ気持ちだと思うよ。僕らは君達が観測することで初めて存在を許される者だから、君達に育ててもらった僕達は君達の在り方を映し出す鏡のようなものだから。
だから待つんだ。君が再び僕の世界を開いてくれる日を。
いつかきっとその日が来ることを願って。
僕の言葉が君に届くことは無くとも、いつか君と巡り合えることを信じて。
そして言うんだ。
「お久し、 モン」
多分そう言ってくれるだろう君に。
また会えたね、って。
△ △ △
2023年8月1日(Tue)PM10:15
私は、逃げていたのかな。
東京の自宅に戻り、リビングの机にそれを置く。
デジタルモンスターCOLLAR、ver.2。断り切れず受け取ってしまったそれと、私はただ真っ直ぐ向き合っている。
昔、好きなデジモンがいたんだ。
世界で一番強くなって欲しかった。
そうなれると信じていた。そのはずだった。
だけど彼が負けて死んだ時、全てが怖くなった。弱肉強食の世界で敗者は死ぬ、それは当たり前のことだったのに、友人達が何度だって目の前でそれを実践していたのに、私はどこまでも楽観的でそれを本当の意味で理解していなかった。自分のデジモンが負けて死ぬことなんて考えたことも無かったんだ。
だからガルルモンが死んだ時、ver.2が動かなくなった時、私はデジモンをやめた。
『君にはずっと、デジモンを好きでいて欲しいんだ』
私は君にそう言ったよね。
そして君は今もver.1でグレイモンを育てているって、彼は言ってた。
偉くて、凄くて、とても敵わないな。デジモンが好きな一人の女の子だった私としての遺言を、きっと君は立派に果たしてくれたんだ。それはとても嬉しいことで、それはとても美しいことで。
そして。
それはどこか悔しいものだった。
「私……だって」
好きだったよ。
誰よりも、何よりも好きだったんだ。
君に負けるつもりは無かった。
君にはいつか勝ちたいと思ってた。
だけどあの時から怖くて、辛くて、苦しくて。
もしまた新しくガルルモンを育て直した時、同じようにあの世界に呼ばれて、同じようにガルルモンが強いデジモンに消し飛ばされたらと思うと。
だから逃げた。
自分は誰よりも好きなんだって自負していたはずなのに、私はただ怖いからって自分の好きの気持ちを君に押し付けたんだよね。
君は背負っているんだ。今まで育ててきたグレイモンを、何度も寿命やバトルで死を迎えて生まれ変わったver.1を、それ自体を自分のパートナーとして育て続けた。そして今またグレイモンと一緒に歩んでいる。私にはできなかったことを、君がやれている。
何それ。
何それ。
何よ、それ──!
「負けて……ないし」
世界中、他の誰に負けたっていい。
それでも私は、君にだけは負けたくなかった。
デジモンを好きな気持ちで、君に負けることだけは嫌だったんだ。
「私は、ガルルモンが好きだよ……」
捻り出すように、祈るように、私自身ずっと封じてきた言葉を。
万感の思いを込めて、、ただそれだけを口にした。
最初から私は知っている。ずっと謝らなきゃと思っていたし、また出会いたいと思っていた。だけどガルルモンはそんなこと求めていない。ムゲンドラモンに敗れた私のガルルモンは、私の謝罪もセンチメンタリズムもまるで必要としていない。
必要なのは一つだけ。私が私でいること、私がガルルモンを好きな私でいること。
「あ……くっ……」
それを開封する。動機が速まる。
果たして何十年ぶりだろう。初めてデジタルモンスターを手に取った時、私は何を思っただろう。
引き抜く絶縁シート。時刻の設定の仕方はなんとなく変わっていた気がした。それにしたってこんな夜中に孵化させるなんて悪い女。だけどデジタルモンスターを前にした時、私は今の私じゃなくて子供の頃の私に戻るんだ、戻れるんだ。
さて、時間はセットしてタマゴも現れたから暫し待って。
ピリリリリッ、ピリリリリッ。
「いや速っ!?」
これ5分か10分ぐらい待つんじゃなかったっけ!?
何はともあれ、冷蔵庫から夜食を持ってこようと思ったけど断念。私は慌てて机に戻って本体を手に取る。
心の準備ができていない。
動悸は相変わらず速いまま。何故だか画面を見るのが怖くて、私は目を閉じてしまっている。
なんて言えばいいんだろう、なんて言葉が相応しいんだろう。
あなたのことはずっと知っている。ずっと前から知っている。だってずっと一緒だったんだから、ずっと一緒にいたかったんだから。それでも私は逃げ続けて、気付いた時には20年、とっくに私は夢見る子供ではなかったけど。
それでも、あなたを好きな気持ちは変わってないと言えるよ。
「お久し、プニモン」
目を開ける。
昔とは違う真っ赤に彩られた体が、私の視界に飛び込んでくる。
それが滲んだ。懐かしいあなたの姿が、何故だかハッキリと見えなかった。
なんでだろうね?
ホント。
なんでなんだろうね?
△ △ △
2023年8月1日(Tue)PM10:15
ありがとう、僕を見つけてくれて。
ありがとう、再び僕を世界に連れ出してくれて。
謝らなければならないのは僕の方だった。
僕が弱かったから死んだ、それだけのことなのに、君はずっと自分を責め続けた。君がガルルモンを一番好きだというから、メタルマメモンの姿を君に見られたくなくて毎度世界から君を帰していた僕が全て悪いのに、それでも君は自分が僕を死なせたんだと罪悪感を抱え続けた。
それ自体は僕にとってとても嬉しいことだったけど。
君がデジモンを愛せなくなるのは嫌だった。
僕は君が好きだよ。
デジモンを好きな君が好きだよ。
だから僕らの全てを愛して欲しくて君を僕の世界に呼んだ。
君を僕の背に乗せて世界を駆け回ったし、君の育てたデジモン──つまり僕だ──の強さを証明する為に多くのデジモンと戦ってみせた。
君が僕に世界を与えてくれたように。
僕も君の世界を広げてあげたかったんだ。
だから再び巡り合えた今、僕はとても満たされている。
生まれたばかりの僕の視界に飛び込んできた君の目は、かつて僕を愛してくれた君のままだったよ。明るく朗らかで一緒にいる誰をも楽しませるあの頃のままの君が、そこにはあった。デジモンを好きだった頃と同じ瞳が、四半世紀前に僕が初めて目にした優しくて美しい世界が、僕の視界には確かにあったんだ。
それがとても嬉しかったんだ。
涙が出たんだ。
ピピピッ、ピピピッ。
だから僕はただ鳴くよ、君と再び巡り合えて良かったって。
ピピピッ、ピピピッ。
だから僕はただ泣くよ、決して泣かなかった君の代わりに。
ピピピッ、ピピピッ。
だから僕はただ哭くよ、もうどんな相手にも負けないって。
ピピピッ、ピピピッ。
そして僕はただ言うよ、ありがとう。
それと。
おかえり。
終章
~或る夏の日~
2024年8月1日(Tur)AM10:30
「は? 同窓会?」
一月前、親友から届いた連絡に僕は目を疑った。
しかも指定日が平日と来ている。意味がよくわからなかったが、ついでのように記された『デジモンを育ててこい。叩きのめしてやるぜ』といった一文が僕の目を引いた。
僕は確かに相変わらずデジタルモンスターCOLLARでグレイモンを育てていたけど、親友の方からデジモンの名前が出るとは一体?
とはいえ、古い友人に呼ばれたからと律義に有給を取って地元へ向かっている僕もまた妙な奴なのかもしれないな。
「……で、どういうことなんだ」
「いや久々にどうかなと思ってな」
「クリパならともかく」
集合は昼だったが、それを問い質したくて早めに駅ビルまで彼を呼び出した。
思えば大学を出るぐらいまでは毎年クリパをやっていたな。東京にいる僕かアイツが出られないことも多かったので、結局集まれるのが二人だけ、いやそれはつまり親友があのラーメン屋でドンチャン騒ぎするだけになる年もあったと記憶しているけど。
「それにしたってなんでデジモンなんだ?」
「お前だってやってるだろ? なら俺らがやってたって不思議じゃない」
「そういうもんかな?」
会話の最中、手元で僕のメタルグレイモンがアンドロモンを叩きのめしていた。
「ば、馬鹿な……」
「ハハハ、敗者の言は心地良い」
高らかに宣言してやった後、少し買い物していくと言う親友とは別れた。
さて、集合時間まで2時間弱あるからどうすべきか。普段だったらまた漫画かラノベを読みにネカフェまで行くところだが、その店長と顔を合わせてしまったので行く気が削がれてしまった。
駅ビルを出てぼんやりと歩いていく。
この一年でまた景色が変わったように思う地元。
当時を懐かしく思う気持ちは今はない。流石にあのラーメン屋が潰れたら悲しいと思うぐらいはあるかもしれないけど、それにしたって友人達が息災ならそれに越したことは無いだろうという気持ちもある。
駅前広場から繋がる公園まで来た。
「ふぁ……」
有給のため昨晩は仕事を片付けてきたから眠い。少しうとうとするかと思ってベンチに腰を落とした。
なんでデジモンなんだろう。
なんとなく考えた。
僕ら四人がデジモン仲間だったのは精々中学二年生ぐらいまでのことで、僕らは変わらず友人ではい続けたけど、アイツと二人の時ならともかく四人揃った時にデジモンの話をすることなんて高校に入る頃には殆ど無くなっていたと思う。だから僕らがデジモンの話でただ純粋に盛り上がれたのは、きっと君がいた小学生の頃までのことで。
やめた。やめやめ。
アイツから缶を返されて以降、一層思い出す機会が増えて辛かったから。
それでも楽しいんだ。君のことを思い出すのは辛いけど、久々に育てているグレイモンはやっぱり僕の好きなデジモンで、その彼がどう強くなっていくのかを間近で見ていくことは凄く楽しいんだよ。この歳になっても尚、ああ僕はデジモンが好きなんだなって思えることが、とても心地良かったんだ。
それは紛れもなく今の僕が当時の僕に誇れることだけど。
それでも当時の僕に、今の僕からアドバイスすべき言葉があるとすれば。
それは、きっと。
「お隣、いいですか?」
日の光の中に影が差す。瞼を閉じた僕の前に、誰かが立っている。
目を開けなくてもわかったので僕は黙ってベンチの左側にズレた。一人でベンチのど真ん中に座ってしまっていたらしい。それが少し恥ずかしい。
薄っすらと目を開くと、声の主が僕の右隣に腰掛けようとしているのが見えた。
困る。何を言えばいいんだ、これは。
「いい陽気ですね!」
何秒経っただろうか、当たり障りのない台詞が響く。
「そうですね」
だから僕の言葉も自然、素っ気無くなる。
「……こちらにはよく来るんですか?」
でもシュンと沈んだ隣の空気が居た堪れなくて、僕は慌てて続けた。
「いえ、小学校の時以来です」
「へえ……それはまた随分と久々なんですね」
「……そんな老けて見えます?」
おっと、失言だったか。
それきり会話は途切れて僕は空を見上げる。雲一つない快晴、でもビルも殆ど無いからあまりに開けた地元の空は眺めていたところで退屈この上なく、子供の頃はこんな何もない土地からはさっさと出て行ってやるとか言っていたっけか。でも東京に出て久しい今となっては自然と懐かしさを覚えてしまう。先程はまだ感じたことは無いなんて言ったばかりだけど、これが郷愁って奴なんだろうかと他人事のように思う僕だった。
「デジモン、お好きなんですか?」
「まーそれなりには」
面倒なところに目を付けられた。
「メタルグレイモンですよね、これ」
「そうですね」
ベンチの横、僕らの間に置かれたデジタルモンスターCOLLARが空腹を訴えていた。大昔に僕はグレイモンやメタルグレイモンを育てているんじゃなくて、育てていたら結果としてこの姿になってしまうんだと親友に熱く力説した時があったっけ。どうも長い時間が経ってもそれは変わらないらしく、僕のデジモンはまず間違いなくグレイモンを経てメタルグレイモンに進化していた。
とりあえずポチポチと操作して餌やりだけ済ます。その間、右の頬に突き刺さるような視線を感じながら。
暑い。いや熱いのかな? 何がって、それはまあ言うまでも無いのだけれど。
「……何ですか?」
「デジモン、お好きなんですか?」
「その質問二度目ですが」
テープレコーダーか何かかな?
「んっ、グレイモンお好きなんですか?」
「まーそれなりには」
「テープレコーダーか何かかな?」
「やかましい」
真似しないで欲しい。というか、気安く心を読まないで欲しい。
「実は私もデジモン好きなんですよ」
「知っています」
「ちょ、それじゃ話が続かな……んっ」
小さく咳払い。この下り要る?
差し出されたドックを手に取る。一応「見ても?」と聞こうと思ったけど、僕が聞く前に眼前に押し付けられたのだから仕方ない。見なくても知っていたけどCOLLAR版のデジタルモンスターver.2、ただし画面の中で唸り声を上げているのは僕の知らない金色のデジモンだった。
「知らないデジモンですね」
「でしょう? 私も知らないんですよね」
「オイ」
それは無いだろ、流石にそれは無いだろ。
「だってドット見ただけじゃわかんないですもん」
「……最近のデジモンはステータス画面で名前が確認できるはずですが」
「え、そんな便利機能あるなら先に言ってよ……んっ」
また会話が途切れる。 だからこの下り要る?
隣でブツブツと「く、クーレ?」とか言ってる声が聞こえたけれど。
「自分のデジモンの名前もわからないようじゃテイマー失格ですよ」
「ていまー?」
「……お通いの中学校は竜宮城にでもあったんで?」
「し、知ってて言ってるでしょ! ……んっ」
だからこの下り以下略。
「そういえば超久しぶりに親友と会ったんですよ」
「奇遇ですね、僕もです」
「その子もデジモン好きで、久々に一緒にやってるんですよ」
「奇遇ですね、僕もです」
「さっき一足先に行ってきて、ボコボコにされました」
「奇遇ですね、僕はボコボコにしてきました」
「なんでそこズレるの!? ……んっ」
だ以下略。
久々と言っても隣の久々とは大分期間が違う気がするけど、親友の育てていたアンドロモンをついさっき駅前で倒してきたところなのは事実だった。数時間後にまたバトルするだろうが、今日という日に合わせて究極体にできなかったので焦っていた僕だけど、同じくタイミングを合わせられなかった仲間がいたことで少し安心している。
折角だ、少しだけ敵情視察でもしておこうか。
「実は僕、この後デジモン仲間と同窓会みたいなことするんです」
「奇遇ですね、私も」
「いやそれもういいんで」
「なんでよ!? ……んっ」
以下略。
「なので参考までに教えて欲しいのですが、その親友さんのデジモンは何でした?」
「見たことのないデジモンでした」
使えねー。
「今使えねーって思いました?」
「いえ全く」
「思いましたよね?」
「いえ全く」
お隣さんをボコボコできたということは恐らく究極体には進化させているということだから、少なくとも僕よりは強いデジモンと予想できる。
ふむ。そろそろ進化タイミングのはずなんだけどなーと、本体をカタカタ振ってみる。
「ペンデュラムじゃありませんよ?」
「ほう、竜宮城にはペンデュラムはあったんですか?」
「それ引っ張る必要無くない? ……んっ」
略。
しばし静寂。別段話すこともない。何せ数時間後にはまた存分に話すことになる。
なんて言ったら格好も付くのだけれど。
要するに僕は。
柄にもなくビックリしていて、柄にもなく緊張していたってだけのことだった。
隣に座られた瞬間呼吸が止まるかと思ったし、今だって脳内は疑問符が無数に押し寄せて僕の精神は押し潰されそうになっている。なんでと何故とどうしてがいっぺんに押し寄せて、あと何よりも25年ぶりなのに一瞬で理解できた自分が気持ち悪すぎて、以下略以下略と言い続けてきたけれど、この下りが誰よりも必要なのは多分僕の方だった。
だから屈辱的だけど、僕から聞かなきゃいけなかった。
「……なんで?」
「いい友人を持ちましたね」
「なんで自画自賛?」
「いや、私ではなくてですね」
頬に突き刺さっていた視線が初めて逸れる。どこか遠く、空の向こう側へ。
「彼はいい男です」
おどけたようなその口調で得心した。
いけ好かない仏頂面、思い出したのは唯一高校まで一緒で大学時代もよくつるんだ男のそんな顔だった。
「アイツが……」
「通算成績、彼の勝ち越しなんでしょう? その上で古い友人への思いやりでも負けていると来たらそれはもう」
「……僕の方が一勝、勝ち越してる」
多分、きっと、恐らく。
「そうですか、それなら私も鼻が高い。それに──」
君が私以外に負けるのなんて見たくないし、なんて都合のいい言葉を聞いた気がした。
「あと別に友人なんかじゃ」
「そういうことにしときましょうか。……あら?」
ピピピッ、ピピピッ。
鳴る。けたたましく、だけど僕が今最も待っていた音が鳴る。
「おめでとう」
「ありがとう」
僕らが交わす言葉はただそれだけ。
メタルグレイモン、僕らが子供の頃の到達点だった完全体が進化する。
そこは決して行き止まりじゃなかった。
先に進む為に、未来へと歩み出す為に。
他でもない、君と再び巡り合った日に。
僕は一歩、進化することができたんだ。
「さて、突然ですが見知らぬ君」
「何でしょうか、素っ気無い君」
なんか怒ってるような口調に聞こえますが?
「これも何かの御縁だと思うので、一度バトルをお願いしたい」
「御縁もクソもないかと思うけど、受けて立ってあげましょう」
「……やっぱやめときましょう、クソとか言う女性はちょっと」
「なんでよ!? ほら、さっさとドック貸す! 貸しなさい!」
隣から手が伸びて。
僕は思わずそれを遮ろうとして。
「──────!」
「──────!」
初めて君と目が合う。
四半世紀ぶりに君の笑顔が僕の視界にある。
「……お久し」
そう言ったのは僕だったか、それとも君だったのか。
ピピピッ、ピピピッ。
焼けるような夏の日差しの中。
バトル開始を待つ僕らの相棒達が奏でる音色が、どこか心地良く響いていた。
△ △ △
2024年8月1日(Tur)AM11:00
待ちに待った時が訪れる。
僕らは今この瞬間、記憶の中の幻想ではなくなった。
僕らは君達を悲しませていたのかな。絶望させていたのかな。
違う。僕らは君達に教えてあげたかったんだ。
僕らの世界はこんなにも広いんだって。
僕らの世界はこんなにも素晴らしいんだって。
地上に空に海に、ここには多種多様なデジタルモンスター達がいる。神の使いだっている、悪魔のような存在だっている、君達の世界では伝説と呼ばれたドラゴンや神獣だって多くいる。やがて世界を守る者と乱す者が現れて、僕らの世界は更に広がっていく。そして何より僕らは、君達の育て方次第で何にだってなれる。何にだって変われるんだ。
それを教えてあげたかった。
僕らの世界をちょっぴりだけ覗いてくれる君達に。
僕らの存在を生活の一部としてくれている君達に。
かつて子供として果てなき未来を見ていた君達に。
僕らと同じように無限大の可能性を持った君達に。
だから僕は今、ここにいる。
僕らは再び、ここにいるんだ。
△ △ △
2024年8月1日(Tur)AM11:00
互いに相手の姿を認め、開口一番。
「「何あのキャラ!?」」
それを告げたのは同時だった。
吹き抜ける草原、ただ青と緑だけに包まれた世界の中、当時僕が恋した時のままの姿で笑う君は、後光が射して──それは彼女の後ろに立つ黄金の獣人の所為か──まるで天から舞い降りた女神のようだった。
気付けば僕だって同じだ。ここにはあの時と同じ11歳、小学五年生の僕がいる。自由と信じていた頃の僕、未来を夢見れていた頃の僕、そして何よりもデジタルモンスターを誰よりも愛していた頃の僕。
「キャラ作り過ぎでしょ! 笑い死ぬかと思ったよ!」
「それは君の方だろう? 君はきっと根本的に敬語を使うのに向いてない」
「言ったなー!」
だけど違う。今の僕はきっと、あの頃の僕とは違う。
見渡す周囲の世界は僕の地元に似ていて、だけどやっぱり少し違う。それは確かに夢であり空想であるけれど、それでも絶対にそれだけでは有り得ない。僕らが思い描く限りの想像をほんのちょっぴりだけ超えた、彼らデジタルモンスターの世界。そして目の前の君は、きっと昔からこの世界を知っていた。僕らがまるで知らない場所で、この世界を夢見ていた。
そして今、僕も立っている。
僕らは確かに、ここに立っている。
「……君はずっと昔から、こんな世界を知っていたんだ」
「うん。まあガルルモンと一緒でこそだけどね」
「それは……羨ましいな」
本心だ。それを目の前の君も理解してくれた。
「……どうして僕は来れなかったのかな?」
「さあ?」
答えなんてない。理由なんてない。
だけど、強いて言うなら。
ここにいる最も大切な誰かを思う時に繋がるんじゃないかな、この世界とは。
ガルルモンを純粋に愛していた君は、夢の中でまでその姿を見ていたかったから、この世界に来ることができたんだ。そしてガルルモンがメタルマメモンに進化した時、即ち最も愛した者がいなくなった瞬間、君はこの世界から弾かれる。
つまるところ、今僕がこの世界に来れた理由は、とんでもなく恥ずかしいものになるのかもしれないけど。
「君のグレイモンへの愛より、私のガルルモンへの愛の方が強かったんじゃない?」
「言うね」
「そりゃ言うよ? 口八丁でしか勝てなかったし?」
唇を尖らせて言う11歳の君に、おやと思った。
「こりゃ珍しい、君は自分で負けを認めるんだ?」
「し、しまった! 今の無しだかんね! 私は負けてないよ!」
自然と破顔した。
四半世紀前もあっただろうあの朝のように。
小学校の教室、騒がしいHRの前のように。
君が初めてこの世界を訪れた直後のように。
「そしてあの時から多分、私はこの時を待ってたんだ」
「……言ってくれれば良かったのに」
「そうだね。……でも独り占めしたかったのもホントだった」
僕を?
そう問うと。
馬鹿。
そう返された。
「この世界を、だよ」
風と雲、デジタルだろうと関係なく広がる世界。
僕達を隔てるものなんて何もない。
空をエアドラモンやバードラモンが舞い。
草原でティラノモンとモノクロモンが相争う。
湖にはシードラモン、海にはシーラモンやホエーモン。
オーガモンやクワガーモン、ダークティラノモン。僕らの親友達が愛したモンスターだって世界のどこかに必ずいる。ここはそういう世界なんだ、僕達がかつて夢想した世界そのものなんだ。最初から知っていた、僕らがドックの外からちょっぴり覗かせてもらっていた世界は、その向こうに最初から広がっていたんだって。
草原も。海辺も。魔界も。
密林も。帝国も。天界も。
きっと広がっていく。僕らが夢想すればするだけ世界は、その可能性は輝きと大きさを増していく。だって世界の中心はいつだって僕らの心なんだから、僕らの心から世界は広がっていくものなんだから。
そして今、僕と君、各々が育てたデジタルモンスターが対峙する。
「この世界をガルルモンと私で独り占めしたかったのもホントだし、君とグレイモン……あ、今はボタモンか、君達が来るのを待っていたのもホント」
「気持ちはわかる気がするな。僕も逆の立場なら同じように思う」
「そう? 君は私のことなんて歯牙にも掛けていないと思っていたけど?」
「……本気でそう思っていたなら、僕は今この場で迷い無く腹を切るまであるな」
そう言うと、どちらともなく屈託無く笑い合った。
「やめてよー! わかってるって!」
「え、いつから?」
「そりゃ最初からに決まってるでしょー!」
「それはそれで腹を切りたくなるな……」
楽しかった頃を思い出すかのように。
そして。
これからをもっと楽しくするように。
「誰にも邪魔されない場所で、本気で戦って、君に勝つんだ」
それだけだ。
それだけを求めて君は今日ここに来た。
誰よりも裏表が無く隠し事もせず素直なはずの君が、ただ一つだけずっと心の中に背負い込んできた願望、忘れようとしていた欲望。それは事もあろうに、デジタルモンスターで自分を負かし続けてきた隣の席の男子に勝つことだったらしい。
こそばゆい。
「……ああ、本当に」
くすぐったさに負けて、僕は僕のすぐ後ろ、足下で転がっている相棒を振り仰いだ。こうして目にするのは初めてだったけど、その黒くて丸い生き物が僕の育ててきた彼であろうことは容易に理解できた。
初めて見るその姿、けれどずっと昔から知っていたような気がするその姿。
ボタモン。毎度短い付き合いだけど、それでも初めて君が孵化した時のことは今でも思い出せるよ。
進化。
コロモン。いつだったか、音声をOFFにし忘れて教室で君の空腹呼出音を響かせてしまったことがあったっけ。
進化。
アグモン。仲間達とバトルに明け暮れたあの頃、僕は君が誰よりも強くなれるよう、お腹も筋力も常に最大値から減らないよう世話し続けてきたつもりだ。
進化。
グレイモン。初めて雑誌で君を見た時から僕は君の虜だった。君こそが最強だと信じていたし、アグモンが君に進化した時には僕は何度だって感嘆の声を上げたものさ。
進化。
メタルグレイモン。かつての到達点、アイツのメタルティラノモンと幾度となく戦った僕にとっての相棒の最後の姿。でも変わることを恐れていた僕は、もしかしたら君のことも四半世紀閉じ込めてきたのかもしれないな。
そして。
僕の知らないデジモン、僕を誰よりも知る竜人が、僕の隣には立っている。
ウォーグレイモンじゃない。太陽に照り映える真紅の鎧を身に纏ったその姿は、他でもない僕が育てたメタルグレイモンが辿り着いた究極体。子供だった頃の僕にはなかった、大人になった僕だからこそ出会うことのできた未来のその先。
好きな気持ちにも、強くなりたいという気持ちにも、終わりは無い。
「今日この後、あの三人も呼ぼう。今度は皆でここでバトルしたいよね」
そうできたら。
その時はどんなに楽しいだろう。
「そだね。……あの子なんて下手したらもう何度か来てるんじゃない? 彼、私達よりずっとデジモンのこと考えてるよ?」
「そういう奴だよ、長く友人やってるから知ってる」
「もう友人って言っちゃってるけど何それ、ちょっと私妬くんだけど?」
「存分に妬いてくれ、君の知らない話は沢山ある」
閑話休題。
バトルの待機時間は十数秒。
「ね」
「ん?」
「君は好きだよね、デジモン?」
「……当然!」
言うまでも無く、今だって楽しい。
「さあ勝負だよ、よく知る君」
「受けて立とう、大好きな君」
手にしたドックを君に突き付ける。君の方だって同じだ。僕らは四半世紀前もこうしていた、そしてきっとこれからもこうしていく。僕らがドックの外からちょっとだけ触れさせてもらってきた世界には無限の可能性があって、世界はまだまだ広がっていくんだって教えてもらえるから。
そして今。
僕の育てたデジモンと。
彼女の育てたデジモン。
どちらが強いかを決めることができるんだ。
そう、だから果てなんて無い。夢の後なんてない。
だって無限大だ。
だって夢幻大だ。
僕らが夢見た世界に終わりなんてなく、僕らが夢見る限り果てしなく広がっていくものなんだから。
「ブリッツグレイモン!」
「クーレスガルルモン!」
Battle!!
△ △ △
2024年8月1日(Tur)AM11:10
夢は、終わらない。
覗き込む君達の目は幼い頃のまま。
初めて生を受けた僕を迎えてくれたあの日のまま。
「あれー? 進化したんだけど!?」
グレイモンを育ててくれた君と。
ガルルモンを愛してくれた君。
「バトル後に進化するようになってたんだ、ジョグレスとか無いしね」
忘れさせてごめん。
悲しませてごめん。
だけど僕らはもう二度と離れない。
だけど僕らはもうずっと一緒だよ。
「これアレじゃない? オメガモンって奴!」
君が初めて雑誌で見たグレイモンに一目惚れし、そこからただ僕だけを求めてデジタルモンスターを愛し続けてくれたように、長い時を経て再び僕を育て始めてくれたように。
君が偶然進化したガルルモンを愛し、実際にこの世界で触れ合った僕のことを思い続けてくれたように、そして戦いの中で死んだ僕のことで苦しみ続けてくれたように。
「オメガモンを“って奴”とかモグリかな? やはり君は竜宮城に帰った方がいい」
「そのネタ引っ張るなぁ!?」
喜びも。
怒りも。
悲しみも。
楽しさも。
君達の全てを映し出す鏡として。
君達の世界を少しだけ広げる現身として。
僕はここにいる。
僕達は今、オメガモンAlter-S(ひとつ)になってここにいるよ──
余談
~ソレカラ~
「お、来たか! 親友ども!」
「お久しー! いやー、全然変わらないねー!」
「そうでもないぞ、一層ボロくなった!」
「誰がウチの店の話してんのよ二度目言ったら殺すわよ。……改めてだけど久しぶり」
「うん、うん!」
「……で、なんで二人で来たわけ?」
「うんっ?」
「まあ色々とあってね」
「色々ね……ま、いいけどさ。ところで親友、俺のアンドロモンさっき進化したぜ!」
「へえ」
「へえってお前……そっちまだ完全体だろ? さっきのようには行かねえからな!」
「それは楽しみだ。僕はとっくにお前の届かない高みにいると思うけど」
「後で吠え面かくなよ! 俺のハイアンドロモンの力を見せてやっから!」
「この子ら待ってる間、私のブルムロードモンに負けたばかりじゃないのさ……」
「そ、それを言うな! ところであの野郎は? そもそも今回の企画者は──」
「……もう来ている」
「いや今来たんじゃねーか! 発起人の癖に遅いぜ!」
「すまなかった。仕事の都合でな。……お前も来られたんだな」
「うん、ありがとね」
「礼ならここにいる全員に言ってくれ。コイツ以外の全員に」
「え、何? よくわかってないの僕だけなの?」
「いやー、君にもちゃんと感謝してるって! ……で、あなたのデジモンは?」
「………………」
「うん?」
「何だよお前、もしかして育てるの忘れてたとか」
「アンタ昔から真面目な顔して抜けてるとこあるもんね」
「忌憚ない意見痛み入るが、少しは容赦しろ。俺だって泣くんだぞ」
「それは……むしろ見てみたいな」
「そうね、今日コイツ泣かそっか?」
「おう、泣かすか」
「冗談はそれぐらいにしてだ」
「いや冗談だったのかよ、てかお前が冗談言うのかよ」
「カオスドラモン、ムゲンドラモンの進化系だ」
「……ムゲンドラモンの……」
「……大丈夫か?」
「え、どういうこと?」
「君は知らなくていいの。ありがと、もう大丈夫だよ」
「そうか、それは何よりだ。手加減をするつもりはないからな」
「今度は負けない……私のデジモンは、世界で一番強いんだから!」
(終)
・
ノベコンお疲れさまでした!
感想を配信で喋らせていただきましたので、リンクを下に貼っておきます!
https://youtube.com/live/lvzwnURzAUs
(29:35~感想になります)