ダークエリア。
情報とそれに伴う概念の累積によって構築される世界、デジタルワールドにおいて『地獄』とも呼ばれる別位相。
主に戦闘で死亡したデジモンの魂が辿り着く、あるいは暗黒の力を有し日向の住人からは忌み嫌われる者が生まれ育つことになる領域。
此処ではデジタルワールドの治安を護ったりする『聖騎士団』や『オリンポス十二神』などといった、志を(基本的には)同じくする者たちが寄り集まって構築された枠組みとは異なり、単一の個がその圧倒的な力と存在感によって枠組みを構築するに至っている。
その中でも筆頭と言えるのが、いわゆる『七大魔王』と呼ばれるデジモン達だった。
彼等は周りから一括りの存在として語られながら、一つの集団として協力しあう事が無い。
それぞれが司る大罪――憤怒、剛欲、嫉妬、暴食、傲慢、色欲、怠惰――に沿うように自侭に動き、その行動に伴ったカリスマとでも呼ぶべき存在感に惹かれ、適正のある悪性を有するデジモンたちが寄り集まった結果として組織のように見えるだけで。
七種の大いなる魔王たちはそれぞれ、根本的なところで相容れない存在なのだ。
そんな魔王の内の一体――色欲の大罪を司る魔王型デジモンことリリスモンは、自らの住まいとしている居城の一室にて、高貴な飾りのついた椅子に座って思考に浸っていた。
「…………」
紫衣を纏う妖艶な女体は正しく魔性の美と呼べるものであるのだが、現在の彼女は特にそれを発揮しようなどと意識しておらず、いつになく真剣な眼差しでテーブルの上に広がった札を眺めていた(それはそれとして自然に妖艶になってしまう辺りが宿業だったりもする)。
札にはそれぞれデジモンの姿が見える絵が描かれており、絵と重なる形で様々な文章の記載がなされている。
彼女はそれを眺めながら目を細め、ある程度の時間が経った頃にため息を吐き、同室している従者――白い竜のように見える体と悪魔のように見える翼と大きな単眼を備えた魔王型デジモン――デスモンに対し、言葉を発した。
「デスモン」
「ハッ。何でございましょうか」
七大魔王、と呼ばれる存在の恐ろしさ『のみ』を知る者であれば、背筋に悪寒を覚えて然るべき場面だった。
返答を間違えれば首を刎ねられる、などと予感してしまってもそれは自然の成り行きと言える。
そして、暗黒の女神とも称される女体の魔王型デジモンは、単眼の怪物に向けてこんな問いを出した。
「カオスディグレイドって4枚入れるべきかしら」
「そこまで使わないと思うのですが。流石に2枚か、多くて3枚で妥協すべきかと」
現在、デジタルワールドではカードゲームが大流行しており、その影響は恐ろしい勢いでダークエリアの魔王達にも伝播していた。
色欲の魔王として知られるリリスモンも例外ではなく、彼女もまたカードを集めて自分のデッキを構築しており、現在はもうじき馳せ参じる『用事』を見越して内容を見直している真っ最中なのである。
無論、従者のデスモンもまたカードゲームのプレイヤーの一人だったりするので、こうして(立場の違いこそあれ)同じ目線でもって相談出来ていた。
「マスティモンデッキはただでさえ安定化させるのが難しいですし、除去札に枠を多く割いていられる余裕は無いはずです。『御神楽ミレイ』も入れるのなら尚の事」
「……最近は除去に対する耐性を持った子も多いから、3枚でも足りなく感じてきてしまうのですよね」
「お気持ちはわからなくも無いのですが、それで始動札が足りずに動きが遅れてしまってはどの道、というものです。まぁ、今回は『大会』というわけでも無いので、ガチガチに安定化を図らずとも良いとは思いますが」
「やるからには負けたくないですから。最近はベルゼブモンのデッキが大暴れしてますし」
「アレはもう運なので。誰がどんなデッキを握ろうが仕方の無い時はあります」
「運で負けるというのも中々に堪えるのですけどね」
意見を交わし、思考を巡らせ、決めるべきことを決める。
どのような組み合わせのカードでデッキを組もうが、勝負ごとに手札の内容は変わるため、どうしても運の要素を取り払うことは出来ない。
弱肉強食の世界とは異なり、誰と誰が競おうが全てが予定調和とはいかない。
種族的な強者たちにとっても、世界を俯瞰して見る者たちにとっても、それは未知の魅力を宿したものだった。
「ピエモンは元気かしら」
「ヤツなら今も忙しくしていることだと思いますよ。……それにしても、あなた様としてはこれで良かったのですか?」
「何がかしら」
「このような異質な形で、平和が形作られている事についてですよ。まぁ、全部が全部そうなっているわけでも無いですが……元天使のあなた様としてはどう思っているのです?」
「……平和であることそれ自体は良いことよ。しかし、それはあくまでも表面上だけの話。人間の世界と同じく、いつかのタイミングでデジモン達の関心は移り変わる。特に、ダークエリアのデジモン達は悪性に偏りがちですからね。転売や賭博などの話はあなたも聞いているでしょう?」
「まぁ、どう足掻いても金銭が絡む話であることに変わりはありませんからね。金銭には悪性がつき物です。いついかなる時代、どれだけ発展した文明においても」
「文明が人間世界のそれに近付くということは、デジモン達の性質も人間のそれに近付いていくということ。カードゲームが広まった現在のデジタルワールド、そしてダークエリアは事実として人間世界の合わせ鏡。世界はより複雑なものになっていく。まぁ、管理者は頭を抱えていることでしょうね。場合によってはデジモン達より先にあっちの方がおかしくなるのかも」
「……神の癇癪とか洒落になりませんね」
そんなこんなで語らっている間に、リリスモンは用事に出向く時間になったことに気付くと、目の前のカードを(片手間の魔術で)一つの束として纏め、簡潔にこう告げた。
「それでは参りましょう。友と会いに」
そうして場所はダークエリアから表層たるデジタルワールドへと移る。
魔術によって『門』を開き、物理的な距離を無視して集い場として指定された座標――とある平野に建てられた喫茶店の前――へ瞬時に辿り着いたリリスモンは、そこで先に着いていたらしい――ウサギのそれにも似た羽を生やした、どこかピエロのような風貌の――『友人』の姿を見ると、軽く笑ってこう言ってのける。
「お久しぶりね、ケルビモン」
「君こそ。今期のダークエリアの管理は順調かい? デスモンが黒くなっていないという事は、そういう事だろうと踏んでいるけど」
「私という個体だけで判断されるのは困るのですがね、ケルビモン殿」
ケルビモン。
デジタルワールドの中枢たる『神域《カーネル》』を守護する天使型デジモン達の最高位こと『三大天使』に類される種族であり、種族の話だけで言えば『七大魔王』であるリリスモンとは敵対関係、即座に殺し合いが始まって然るべき間柄の存在である。
が、そんな事は気にも留めていない様子でリリスモンはケルビモンと同じテーブルに集い、椅子に座った後に言葉を紡いでいく。
「順調とは言い難いわ。が、あなたが危惧するほどの事にはなっていない。むしろ、私達としてはそっちの天使や神が癇癪起こさないかどうかの方が気になっているわ」
「ははは、まぁ大丈夫だよ。ラジエルモンが動くほどの事にはなってない。イグドラシルについても……まぁ、薄々察してるでしょ? 『彼』が動いてない時点でさ」
「そこはそうなのですけどね」
事前に注文を受けていたのだろう、二体のビッグネームデジモンが囲む四角形のテーブルの上に、この喫茶店の店長らしいデジモン――青色のマントを靡かせる漆黒の鎧の騎士がコーヒーカップを乗せたトレーを運んでくる。
その姿にリリスモンの従者として侍っているデスモンがギョッとしたように目を見開いたが、リリスモンとケルビモンは特に何も言うことはなく、軽く微笑みを返すとテーブルの上に乗せられたコーヒーカップを手に取っていく。
「……ん、すごい甘くしてるわね」
「僕のオーダーだよ。頭使う前はその方が良いでしょ? ……あ、デスモンの分も必要かな」
「いえ、お構いなく。特に喉は渇いt
「店長さーん、こっちのデスモンにも仕事疲れに効きそうなの一杯、なんか自信ありげなのをお願いー」
「――解った。ちょうど質の良いデジわさびとデジメロンがあったな――」
「命だけは助けてくれませんか?」
「というか今更だけどデスモンあなた何処からコーヒー飲むの?」
「目でしょ」
茶色い涙を流す未来が確定した魔王のことを放っておいて、甘々コーヒーを堪能したリリスモンとケルビモンはそれぞれ空いた手の上にカードの束を出現させる。
今の時勢における主な戦闘手段。
勝敗という解りやすい優劣の記号が賭けられるもの。
魔王も天使も、此度は語らいつつも戦うために此処にいる。
あるいは、デジタルモンスターらしく。
たとえ命を賭けたものでなかろうと、戦いというものに関してデジモン達は正直だ。
「さて、お互いに上の立場の者としては上手くならないといけないからね。策は練ってきたのかな」
「言うまでも無いことでしょう。後は天運に任せるのみよ」
「天の使い、あるいは天を使うと書いて天使の僕に向かってそれ言う?」
「天に見捨てられる天使というのも図としては面白いでしょう?」
魔王の目にも天使の目にも、世界の行く先は未だ見えず。
されど、それが得難い機会であることを知っているからこそ、聖騎士や神でさえ自然と興じていく。
青天の下、のどかな景色の上で、何度目かになる旧友同士の競争は始まった。
「あの、それはそれとして返っていいですか?」
「ジャッジが帰るのは駄目でしょ」
「奢ってもらってるんだからちゃんとコーヒーも飲んでいきなさい」
「…………」
おうまたしてもデジモン化じゃないやんけっ! 夏P(ナッピー)です。
デジカ小説多いなっていうかこれもう平和を掴んだ一つの世界観として成り立っているのでは。デスモン魔王なのにリリスモン様に仕えておられるのがなんか泣けましたが、さてはコイツもなかなかの熟練プレイヤー。唐突に「ピエモンは元気かしら」とか言うのでカードの方のピエモンかとばかり思いましたが全然違った。デジタルワールドにも転売屋いるんかいっ!
おっと、大会会場は間違いなくアキバマーケットだと思っていたのに普通の喫茶店とは。そしてデスモンの色で平和を感知しているケルビモン様ですがアンタの色も大概ではと思わなくもなかったのです。青色のマントの騎士ってアルファモンかッッッッ。↓のQLさんの感想見るまで普通にカオスデュークモンとしか認識できなくて「アイツもあの痴女探偵みたいな趣味があるのか?」と勘違いしておりました。コーヒーで体が黒くなりそうなデスモンに幸あれ。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。