次なる目的地、第三の神器が眠るという古代闘技場には、暗雲が立ち込めていた。
詩的な比喩ではない。文字通り、円形の巨大な闘技場の上に暗い雲が立ち込めている。
おまけにその雲がグリッチだらけとなれば、俺でもただごとじゃないのが理解できた。
道なりに歩き続け、闘技場前までたどり着いた俺とジャガモンが冷や汗を流す。
「タゴロウ、嫌な予感がするジャガ……!」
「奇遇だな相棒、俺もだよ。急ぐぞ!」
アーチ状の入り口を通り抜け、ふたりで中へと駆け込んでゆく。
そこに広がる光景は、俺たちに言葉を失わせるのに、十分だった。
抉れた地面。散らばる瓦礫。舞う土埃。
広々とした円形のフィールドのあちこちで、乱雑に転がる、デジタマ。
つい先ほどまで、ここで激しい戦いが行われていた形跡の数々。
そしてフィールドの中央には、一体のデジモンが立っている。
その姿は、デジモン好きの俺からすれば、見間違えようもなかった。
秩序の護り手たる、究極の騎士団〝ロイヤルナイツ〟が一員に数えられる戦士。
二足のすらりとした体躯。胸部と肩、腰、脚を覆う黄金の鎧。
露出した腹部や腕部、大腿部などに、竜人のようなシルエットが見え隠れする。
聖騎士型デジモン――マグナモンだ。
「これは……お前がやったのか……!」
「ああ。守護者までもが瘴気に侵され、手遅れだった」
このデジタマたちは、瘴気に侵されたデジモンたちが倒された、成れの果てだろう。
闘技場の周囲には、ぽつぽつと家や売店らしきものが見受けられた。
ここにも、日常を過ごしているデジモンたちや、それを庇護する守護者がいたのだ。
だが最北より来る侵食によって、守護者ごと瘴気に飲み込まれてしまった。
ニバンメノ村あたりまで被害が広がるのも、おそらく時間の問題だろう。
……想像以上に、のっぴきならない事態になってきているらしい。
「貴様、神器を纏うその姿……現実世界より来たりし、勇者だな?」
「だったら、どうする」
身につけたスイムキャップとゴーグルて勇者と判断されたのは釈然としないが。
それはそれとして、事態がシリアスであることに変わりはない。
「神器をこちらに渡せ。災厄の鎮圧は、ロイヤルナイツ、マグナモンが引き継ぐ」
「やっぱり、ロイヤルナイツかよ……!」
「ほう……現実世界にも、我らの名は知られていたか」
実はサクヤモン:巫女モードにも、旅に出る前に言い含められていた。
各地で災厄の予兆があると、ロイヤルナイツが出張ってくることがある。
特にこの時期は特にロイヤルナイツがよく出るので、気をつけた方がいい、と。
季節に出没する虫とか獣みてぇな扱いだな……。
「ぼ……僕とタゴロウは、災厄を倒すために旅してきたジャガ! 今更帰れないジャガ!」
「ジャガモンか……。この短期間で成長期を完全体にまで育てたことは、驚嘆に値する」
マグナモンがジャガモンを一瞥し、ゆっくりとかぶりを振った。
「知ってんのか。俺たちの、これまでの経緯」
「当然だ。俺は旅行先の事前調査も欠かさないタイプだからな」
何の話だよ。
得意げなマグナモンだが、だからといって態度が友好的になるわけでもない。
「だが、ジャガモンなどという弱小進化……災厄を討伐するには、足りぬ」
「ジャガガ……!」
ジャガモンが悔しそうに唸る。眼前の相手の強さを理解しているのだろう。
一般男子高校生の俺でも、相対していて肌がピリピリするのだ。
これまで戦闘経験を重ねてきたジャガモンなら、尚のことだろう。
……マグナモンの言うことは、一理ある。
ロイヤルナイツに比べれば、ジャガモンなんてマイナーで、弱い。
強さを比べようにも、比較にすらならないような相手だ。
「そんなことないジャガ! タゴロウと一緒なら、僕は限界を越えられるジャガ!」
「ジャガモン風情の限界を越えたとて、俺に膝一つ、つかせることができるか?」
マグナモンはなおも尊大な態度を崩さない。
そして俺へと、手を差し出す。
「もう一度言う。神器を渡せ。でなければ、実力行使に出る」
「タゴロウ……!」
黙って見守っていた俺を、ジャガモンが縋るような目で見てきた。
……確かに、俺にマグナモンの要求を断る理由はないのかもしれない。
俺は所詮、成り行きで召喚された勇者で、行きずりのテイマーに過ぎない。
それにマグナモンはデジモンの進化の最上位、究極体に匹敵する力を持つデジモンだ。
強力なデジモンであるロイヤルナイツが出動してくるほどの相手。それが、災厄。
こいつに神器を渡して、災厄を倒してもらった方が、確実で、利口な選択なのだろう。
だが。
「断る」
「なんだと?」
成り行きだろうと、行きずりだろうと、俺はジャガモンのテイマーだ。
テイマーにとって一つ、絶対に許せないことがあるとすれば。
――自分のパートナーを、コケにされることだ。
「うちのジャガちゃんを弱小扱いされて、引き下がる理由はねえなァ……!」
不敵な笑みを虚勢で浮かべて、俺は一歩前へ出て、ジャガモンと並び立つ。
ジャガモンの表情が、ぱっと華やいだ。
こっちで一緒に過ごして一週間ばかりだが、こいつの喜ぶ顔が、俺もどうにも嬉しい。
結局テイマーっていうのは、自分のパートナーこそ最高のデジモンに思えちまう。
「……力なき人間が、よく吠える。だが、その威勢には、一顧の価値を認めよう」
マグナモンが怒ることも覚悟したが、相手は冷静だった。
あるいは、激昂するまでもない相手、ということかもしれないが。
「名を名乗れ、人間の勇者よ」
「……タゴロウだ」
「タゴロウよ。この闘技場は、ハシッ孤島のデジモンたちが力を競う場所だったという」
「それがどうしたんだ?」
「神器は、優勝者に贈られるチャンピオンベルト同様の扱いだったと聞く。ならば……」
マグナモンが、上向きにした指をクイクイと引き寄せるように動かしてみせる。
……俺の世界と同じなら、この状況で、そのジェスチャーが意味するところは一つ。
「神器を奪い合うにふさわしい手段、一つしかあるまい」
「かかってこい」だ。
俺たちは今、お互いに喧嘩を売り合ったことになる。
一触即発。デジモンとデジモンが相対したなら、やることは一つというわけだ。
ジャガモンが俺の前に出て、マグナモンを睨みつける。臨戦態勢だ。
そして俺はといえば……まっすぐ、広げた手のひらをマグナモンへ突き出す。
「……何の真似だ?」
「勝負はわかった。でも、ちょっと待ってろ」
要は、制止のジェスチャーだ。
戦いの前に、やらなきゃならないことがある。
俺はマグナモンから目を背けると、デジギアを手に歩き出す。
そして、闘技場のそこかしこに転がるデジタマへデジギアをかざしていった。
デジタマたちがデジギアへ吸い込まれては、集落へ転送されてゆく。
「……これでよし、と」
意図を理解したのか、マグナモンが手出しをしてくることはなかった。
元の位置に戻ると、ジャガモンがこちらに穏やかな表情を向けてきた。
……そういう顔をされると、いささか照れ臭い。
「さて、それじゃあ始めるか……マグナモンさんよ」
「……よかろう。その高潔に免じて、一瞬で片を付けてやる」
「ジャガガッ……!」
マグナモンが拳を握り、ジャガモンが表情を引き締め。
そして俺が、デジギアを手に構える。
「ペンデュラム、スタ……」
「受けるが良い、奇跡の閃光!」
そして俺がデジギアをペンデュラムする前に、マグナモンが高く飛び上がる!
ひ、卑怯だぞ、あんにゃろう!
……いや違う、あれが普通だわ。
なんかこれまで律儀に待ってくれてた島のデジモンたちが異常なんだわ。
すっかり感覚が麻痺していたが、呆けている暇もない。
空中に舞い上がったマグナモンの全身に、黄金の輝きが収束してゆく。
まずい。
俺はデジモン好きとして、あの必殺技を知っている……!
「ヤバいぞジャガモン、隠れ……る場所がねえ!」
「タゴロウ、僕の後ろに!」
俺の意図を汲んだのか、ジャガモンが凄まじい勢いで地面に穴を掘る。
闘技場の土が盛られ、ごく小さな塹壕とバリケードが築き上がった。
俺がそこへ飛び込むと同時に、マグナモンが両腕を広げ、必殺技を叫ぶ。
「シャイニングゴールド……ソーラーストォォォォムッ!!」
いつ聞いても長ぇな技名が!
などとツッコミを入れている余裕もない。
シャイニングゴールドソーラーストームは、全方位を薙ぎ払う恐ろしい必殺技。
マグナモンの周辺空間が急速に圧縮、爆発し、黄金の光波となって解き放たれる!
ジャガモンが築いたバリケードの後ろにいてなお、凄まじい風圧が俺を襲う。
あたりに散らばっていた小石や瓦礫が、一瞬にして分解、消滅してゆくのが見えた。
光波をまともに受けたバリケードも、たちまち塵となって消えてゆく。
「ぐうううぅぅッ……!!」
「ジャガモンッ……!」
俺を庇うようにジャガモンが二足で立ち上がり、前足を広げる。
多少なれど、光波をまともに浴びてしまったようだ。
ジャガモンの表皮が、ボロボロと崩れ落ちてゆく。
「ほう……咄嗟の足掻きとしては、悪くない」
大技を放った後だというのに、上空のマグナモンは余裕綽々だった。
肩アーマーに搭載されたスラスターを噴かし、悠然と滞空し続けている。
「まずいジャガ、タゴロウ……あんなの、何度も受けきれないジャガよ!」
ジャガモンは硬質な表皮を持つ、防御力に優れたデジモンだ。
それでも、必殺技が掠っただけでこのザマだ。
相手はロイヤルナイツ。覚悟はしていたが、これほどまでとは。
360度全方位をこの威力で薙ぎ払うなんて、デタラメすぎる……!
「受けに回ってたら負ける……攻めろ、ジャガモン! ペンデュラム、スタート!」
「スマッシュポテトだオラァ!!」
シャカシャカとデジギアを振り、ジャガモンを大幅に強化。
同時にジャガモンが芋のような表皮を連続発射し、上空のマグナモンを狙う!
だが、マグナモンはそれを回避すらしなかった。
腕を前面で交差させ、腕部の鎧で必殺のスマッシュポテトを弾いたのだ。
鎧には、傷一つついていない。
「ロイヤルナイツ守りの要に、その程度の攻撃が通じるとでも?」
マグナモンの肉体を覆う黄金の鎧は、クロンデジゾイド製。
ロイヤルナイツの中でも、特に防御に特化したデジモンだ。
その意味では、同じ防御型デジモンのジャガモンの上を行かれている。
クソッ、あんだけ腹とか腕とか露出してるくせに……!
「戯れは終わりだ。出力を上げるとしよう……!」
再び、マグナモンに黄金の光が収束してゆく。
まずい。また、アレをやるつもりだ……!
どうする。どうすれば、奴に攻撃が通じる?
考えろ、考えろ。考え……。
…………ん?
腹とか腕を、露出してる?
それに、あいつの必殺技は……。
……よもやと思い、俺は必殺技の構えに入るマグナモンを指差す。
「……ジャガモン。あいつが叫び始めたら、腹を撃て」
「わかったジャガ!」
疑うこともなく、信じ切った返事。
そして。
「露と消えろ! シャイニングゴールドソーラーストー……」
「スマッシュポテトだオラァ!!」
「グハァ!?」
長すぎる技名に割り込む形で、ジャガモンが必殺技を放つ。
次々に放たれた表皮が、全て見事にマグナモンの腹部に命中した。
技名が長い上に、技を放つときに両腕をおっ広げるので、それはもう当てやすかった。
なんなら〝ドソー〟のあたりでもう着弾していた。
「ごふっ……!」
痛みに耐えかねてかマグナモンが地上へ落下。
腹を抱えて蹲り、地に膝をついた。
硬質なポテト弾を何度も腹に食らった様はちょっぴり気の毒である。
「あいつなんで防御特化のくせに腹守ってねえんだ」
「ビキニアーマーみたいなものジャガい?」
「やめろよちょっと納得しそうになるだろ」
というかデジタルワールドにもあるのかよ、ビキニアーマーの概念。
やがてマグナモンが腹を抱えたままよろよろと立ち上がり、こちらを睨む。
「このマグナモンの弱点を見抜くとは……貴様ら、只者ではないな……」
それ弱点として自認していいんだ。
「なあ、マグナモンさんよ」
「……何だ」
「膝一つ……つかせられたぜ?」
戦いの前の、マグナモンの言葉。
そう、こいつは確かに言った。
『ジャガモン風情の限界を越えたとて、俺に膝一つ、つかせることができるか?』
……と。
その言葉は今や、違えられたことになる。
「天下のロイヤルナイツが相手を舐めてかかって、痛い目を見たわけだ」
「むむむ……」
「少なくとも、お前の見積もりは間違ってた。なら実質、俺たちの勝利じゃないか?」
「ふざけた屁理屈を……」
「だが、考えてもみろよ。コイツは、ロイヤルナイツを苦しませるジャガモンだぜ?」
「……何が言いたい?」
「コイツが究極体に進化したら……災厄にだって、打ち勝てるってことだ」
いささか苦しい言い訳ではある。
ジャガモンも息を切らし、体力の限界が迫っている。
なんとかして勝負を切り上げたいのが、俺の魂胆ではあった。
だが、嘘を言ったつもりもない。
ジャガモンの攻撃は、ロイヤルナイツにすら届いた。
他でもないこの俺こそ、コイツの究極進化を拝みたくて仕方ない。
災厄を打ち倒すのは……戦いを求め、強さに憧れた、コイツであってほしい。
「……面白い。ロイヤルナイツを前に、なおも臆さず吠えるか、人間」
そして幸いにして、マグナモンは俺の言葉に乗ってくれたようだった。
意思が届いた。そうであると、信じたい。
「それに、ほら。目的が同じなら、敵対する理由もないだろ?」
ダメ押しとばかりに、今度は道理を説いてみせる。
マグナモンは曲がりなりにも、ハシッ孤島の災厄を滅ぼすために来ているはず。
なら、秩序の守護者として、目的を同じくする者に仇する理由はないはずだ。
「……いいだろう。ならば神器は一時、お前に預けるとしよう」
マグナモンが肩のアーマーに手を突っ込み、中から何かを取り出す。
収納性あるんだ、それ……。
「受け取るがいい。第三の神器――〝奇跡の鎧〟を!」
奇跡の……鎧!
ここに来て、ついに、ようやく、マトモな神器なんじゃあないか?
そうであってほしい。そうであってくれ。
ゴーグル、スイムキャップと来た以上、なんかもうフラグしか感じないけれど。
最後ぐらいは、カッコいい神器であってくれ!
そして俺はマグナモンが差し出してきた、第三の神器へ目を向ける。
黒色で、ブーメラン状に反った形状を持つそれは、見間違いようもなく……。
海パンだった。
「知ってたよチクショウ!!!!」
揃っちゃった……。
ゴーグルにスイムキャップに、海パンまで揃っちゃった……。
「露出面積が多すぎるだろ! これのどこが鎧なんだよ!!」
「鎧は露出面積が多いものだろう……?」
マグナモンが怪訝そうな顔をする。
チクショウ、コイツはそうだった!
妙なところでビキニアーマー説を裏付けてくるんじゃねえ!
「やったジャガ、タゴロウ……僕たち、ロイヤルナイツに認められたジャガよ!」
俺の心中など知るよしもなく、ジャガモンはぴょこぴょこ跳ねて喜んでいる。
崩れた表皮も元に戻り、傷が回復しつつある。大した再生力だ。
「……デジギアにより、生命力を限界まで引き出しているのだな」
マグナモンが感心したように呟く。
どうやらこの再生能力は、デジモンにとっても一般的ではないらしい。
「俺は傷が癒えるまで、しばし休む。災厄との決戦までには、快癒するだろう」
マグナモンはまだ腹を手でさすっていた。
腹へのスマッシュポテトは思った以上に効いていたようだ。
ジャガモンが元来持つ強さに、デジギアの強化が合わさった結果か。
「ありがとな、マグナモン。災厄、一緒にブッ倒してやろうぜ!」
「……ふん。足を引っ張ると判断すれば、神器はすぐにでも押収するぞ」
典型的なセリフを残して、マグナモンは飛翔し、飛び立っていった。
がらんどうの闘技場に、俺とジャガモンだけが残された。
……一時はどうなることかと思ったが、どうにか切り抜けることができた。
まさかロイヤルナイツが味方になるとは。これはなかなか、テンションが上がる!
『……ゴロウ。勇者タゴロウ、聞こえますか?』
その時である。デジギアから、聞き覚えのある声が響いてきた。
目をやると、画面からサクヤモン:巫女モードのホログラムが浮かんでいた。
そういえばこんな機能もあるって言ってたっけな……!
『どうやら全ての神器を揃えたようですね。霊気によって伝わってきましたよ』
「そういうのわかる感じなんスね……」
嫌だな、海パンが霊気放ってるの……。
『三つの神器を揃えし勇者は、デジモンに究極の力を与えることができると言います』
「究極の、力……」
『ゆえに今こそ授けましょう。神器の力を引き出す、〝振り子の舞〟を……!』
サクヤモン:巫女モードが巫女服を整え、奇妙な構えを取る。
巫女服姿で姿勢を整える様は、どこか荘厳で神秘的だった。
……彼女が、踊り始めるまでは。
『モンモンデジモン、育てるモンモン……』
サクヤモン:巫女モードが、クネクネと珍妙な動きのダンスを始める。
おいマジか。
『バトルの前には振りますモンモン……』
やめろ、手首にスナップを効かせるな。
首を激しく微振動させるな。
その死ぬほどダサい動きを俺に真似させようとするな!
「…………」
『………………』
「……………………」
『モンモンデジモン、育てるモンモン……』
「いや二周目入んなくていいです」
覚えられなかったから沈黙したんじゃねえよ、絶句してんだよ!!
ダッッッッッッッッッッサイどころの騒ぎじゃないぞ、この踊り!
「……あの、サクヤモン:巫女モードさん」
『イエス、アイアム・サクヤモン:巫女モード』
「一応聞くんですけど、つまり神器を身に着けて、これを踊れと……?」
『詠唱も必須ですので、そこはお忘れ無く』
マジのマジか。
シャカシャカする分にはいいけど、これは流石に俺の美的感覚が全力で拒絶をする。
俺はいま、頭の中で「どうやったらコレを踊らずに済むか」だけを考えていた。
「すごいジャガ……これで僕も、究極体に進化できちゃうジャガ!?」
「………………ああ、そうだな!」
だがジャガモンの純粋な眼差しを前に、それを態度に出せるはずもない。
俺は今年に入って以来最高の笑顔で頷いてしまうのだった。
『それと、勇者タゴロウ……神器が集まった今、お伝えすることがあります』
「今度は何スか……」
『災厄の、真の名についてです』
「真の名……?」
『ええ。災厄にまつわる伝承は、今やあまり多くは残されておりません』
サクヤモン:巫女モードは、至って真面目なトーンで話していた。
先ほどの変な踊りと違って、シリアスムードだ。
いや、本人的にはあれもシリアスだったんだろうけど。
『数少ない伝承に、こうあります。真の名を知らねば、誰も彼の者に触れ得ぬ、と』
「その真の名っていうのは……?」
『わかりません。ただ……』
「ただ?」
『現実世界より来たりし勇者だけが、その真の名を知り得ると言われます』
なんじゃそりゃ。
俺は災厄とやらが何者なのかもわかってないというのに、他力本願が過ぎないか?
あるいは、俺が人間であることと、何か関係しているのか……?
『瘴気……影響…………通信が……』
「サクヤモン:巫女モードさん?」
『気……けて……さい……勇者…………武運……』
サクヤモン:巫女モードの声にノイズがかかったかと思うと、通信が遮断された。
断片的に聞こえた言葉からして、瘴気には通信を妨害する力もあるらしい。
あとはもう……前に進むしかないってわけだ。
……気がつけば、この冒険も終わりに近づいている。
ほぼ一本道の道程だったのもあって、体感時間はあっという間だ。
古代闘技場を抜けた後の拓けた道で、俺たちは野営していた。
食事を終え、あとは眠るだけ。
奇妙なもので、食事は不要なのに、俺も眠ることは可能なのだ。
これもデジギアのもたらす力の一環なのかもしれない。
「ねえ、タゴロウ」
焚き火を挟んで反対側から、ジャガモンの声が聞こえた。
「何だよ」
「……もし僕がすごくカッコ悪い究極体になったら、どうするジャガ?」
「すごくカッコ悪いって、どんな」
「プラチナヌメモンとか……」
プラチナヌメモン。
ヌメモン、スカモンといった、いわゆる「汚物系」デジモンの究極体だ。
汚物系デジモンは見た目も必殺技もウ●チとの縁に事欠かない連中だ。
デジモンと●ンチは切っても離せない関係にある。
汚物系はもっぱら、ウン●の世話をキチンとしないと進化するデジモン。
ウ●ンチを投げるビジュアルに違わぬハズレ枠であり、基本的に弱い。
そしてついでにデジモンとしてのビジュアルもかなりアレだ。
ウン●チ使ってる時点で当然ではあるが。
お世辞にも、テイマーにとって進化して嬉しいデジモンではないだろう。
「そりゃまあ……テンションは、上がらないだろうな」
「そうジャガよね……」
「不安か? 自分が、どんな風に進化すんのか」
「……うん。僕、全然勇者のパートナーって感じの進化、できてないジャガ」
こいつ、まだ気にしてたのか。
仮に俺の気持ちが伝播してたんだとすると、申し訳なさがある。
「……俺はお前がポテモンやジャガモンに進化したとき、微妙な気持ちだった」
「や、やっぱりそうジャガ……?」
この期に及んで、パートナーに嘘はつきたくない。
案の定ジャガモンが少ししょげた顔をする……が。
「バーガモン、ポテモン、ジャガモン。そんなに思い入れのあるデジモンじゃなかった」
「ジャガガ……」
「〝じゃなかった〟んだよ。過去形なんだな、これが」
「ジャガ?」
「俺さ。好きなデジモンベスト10はずっと決まってたんだ。ドラゴン系ばっか」
ダークドラモン、ウォーグレイモン、アルフォースブイドラモン……。
俺は基本的に、二足歩行のカッチョいいドラゴン系のデジモンが大好きだった。
「でもなあ。誰かさんのせいで、ベスト10に異物が3種類も入ってきちまった」
「それって……」
「いちいち言わせんなよ。結局、一緒に冒険して愛着の湧いたデジモンが最強なんだ」
思い入れは、最強の後付けアタッチメントだ。
現実世界だって、今は多様性ムーブメントの真っ只中。
〝らしさ〟なんて、時代と共に、いくらでも更新されていくものだ。
俺にとっての〝勇者らしさ〟には、もう、バーガモンやジャガモンが欠かせない。
……とまで言うと、カッコつけすぎなんだろうが。
少なくとも、こいつのためにカッコつけたくなった気持ちは、嘘じゃない。
「プラチナヌメモンでも、そう思えるジャガ?」
「あたぼうよ。それに汚物系って、進化するとスッゲー強くなるんだぜ」
「でもプラチナヌメモンは究極体ジャガよ?」
「超究極体っていう究極体の先も、たまにいる。そこに至れるかもしれないだろ?」
プラチナヌメモンからの更なる進化なんて、実際のところ聞いたことはない。
が、バーガモンが勇者のパートナーって時点で前代未聞なんだ。
デジモンは、どんな姿にだって進化し得るのが魅力。
だったら、どんな可能性にだって期待したっていい。
「……どんな姿だって、僕とタゴロウで、勇者ジャガね」
ポテモンとして過ごした夜に、俺が口にした言葉のリフレイン。
相手の口から言われると気恥ずかしいが、悪い気分でもない。
「やり遂げようぜ、相棒。どんな進化だって、俺たちが勇者だ……あっづァ!」
ジャガモンへ拳を突きつけると、焚き火から爆ぜた火の粉が指にかかる。
結局カッコつかない俺の姿に、ジャガモンの笑い声が響くのだった。
ざぶざぶと、波打ち際の透明な水を踏みつけ、小島に上陸する。
俺とジャガモンは今、災厄の祠の、その眼前にまで到達していた。
辿り着いてみて驚いたが、祠はなんと、小さな湖に浮かぶ小島の上にあったのだ。
つまり……。
「祠に入るのに神器が必要って、こんな物理的な意味だとは思わねぇだろ……」
……そう。俺は、泳いで小島に到達したのである。
ちょうどよく手元に揃っていた、水泳セットもとい神器を身に纏って。
「助かったジャガ、タゴロウ。僕、泳げないから……」
「いや、いいってことよ。しかしお前、あんまり重くないのな」
「そんなことないジャガよ? たぶん、タゴロウが力持ちなだけジャガ!」
ジャガモンは泳ぐ俺にしがみついて、一緒に小島まで辿り着いた。
しがみつかれても大して重くなかったあたりが、神器の力なのだろうか。
……でもこれ、泳げるデジモンや飛べるデジモンなら全部解決してたのでは?
いや、よそう、俺のパートナーはジャガモンだ。
そうだ、ジャガモンには何の不満もない。ないのだが。
……向こう岸に服を置いてきたせいで、俺はスイムキャップにゴーグル、海パン姿。
嘘だろ。俺この格好で最終決戦に挑むの?
幸い、帽子の内側にしまったデジギアは問題なく動作した。
さすがに実際のデジモンペンデュラムと違って防水仕様らしい。
「それにしてもタゴロウ、泳ぎが上手なんジャガね!」
「あー……まあな。中学では、水泳部でいいとこまでいったし」
「スイエイブ?」
「泳ぎの速さを競う集まりさ。大会で優勝したりもしたんだぜ」
「えーっ、すごいジャガ! じゃあタゴロウ、チャンピオンなんジャガね!」
「……元、だけどな」
何を隠そう、俺は中学時代、水泳部の部長だった。
部を県大会優勝にまで導くのに、少なからぬ貢献をした自負はある。
高校に入って両親が忙しくなったので、高校では水泳部の勧誘も蹴ったのだが。
……正直なところ、きょう久々に泳げたのは、とても楽しかった。
俺、やっぱりまだ、泳ぐのが好きなんだなあ。
気を取り直して祠に向き合う。
巨大な岩をくり抜いたような作りで、入り口がぽっかり口を開けている。
扉の一つもないのかと思ったが、よく見たら注連縄のようなものが地面に落ちていた。
おそらく、封印の類が破られてしまって、こうなったのだろう。
内側からは、俺でもわかるほど重苦しい空気が流れ出ている。
目を合わせて頷き合うと、俺とジャガモンは祠へ踏み入っていった。
真っ暗闇を覚悟したが、祠の中は存外に明るかった。
壁に取り付けられた松明が、紫の火を放って中を照らしているのだ。
いかにも不気味な光が「此処がラスダンでござい」という雰囲気をもたらす。
下り坂になった道を歩いて、地下へ、地下へ。
やがて俺たちは、小さな広間のようになった空間へ辿り着いた。
「……よくぞ来たな、勇者よ」
俺たちの到着を待っていたかのように、広間奥の通路から声が響く。
ゆらり、紫火に照らされて、幽鬼のようなシルエットが歩み出てきた。
「我ら、封印を守りし者。勇者よ、力をここに証明せよ……」
その輪郭が露わになった瞬間、俺の全身が総毛立つ。
俺は、このデジモンを知っている。知らないはずがない。
「ブラックウォーグレイモン……!」
「然り……」
ウォーグレイモンといえば、究極体でトップクラスに有名で、人気の高いデジモン。
超合金を纏ったヒロイックな竜人戦士であり、極めて高い戦闘能力を誇るワクチン種。
そのウィルス種バージョンにして、漆黒に染まったダークヒーロー的存在……。
本家に負けじと人気を誇る強力なデジモンが、ブラックウォーグレイモンだ。
そしてこいつは今、「我ら」といった。
ウォーグレイモンといえば、対を成すデジモンとしてメタルガルルモンがいる。
極寒のブレスを吐き出す、全身をサイボーグ化した狼型デジモン。
つまり、こいつの相方は……!
俺の予想通りに、漆黒のアーマーを纏ったメタルガルルモンが、その隣に歩み出た。
「人の育てしデジモンに……封印を守る我らを、打ち倒せるかな」
「ブラックメタルガルルモン……!」
「メタルガルルモン(黒)だ」
なんでだよ。
お前はブラックメタルガルルモンであれよ。
和洋のグラデーションをそこに織り込むなよ。
つーか今までずっとブラックメタルガルルモンだと思い込んでたぞ、お前の名前。
デジモンオタクの名折れだよチクショウ。
でもこれまでのパターンからして、こいつもきっと自分の名前を誇っている。
俺は全てのツッコミを心の中にしまい込んだ。
……それに、状況はちっとばかしヤバい。
このブラック黒コンビ、口ぶりからすれば祠の正当な守護者なのだろう。
だが……。
「さあ……勇者よ……殺すか、殺されるかだ……!」
奴らの体には、グリッチが生じていた。
冷静な口調に反し、瞳は澱み、どこか遠くを見ているようだった。
封印の守護者ですら侵されるほど、溢れる瘴気が濃厚になっているのだ。
「正気を失った究極体2体とガチバトル、ってことかよ……」
「だ、大丈夫ジャガ。タゴロウと一緒なら……!」
俺だってそこは疑っていない。
なんだかんだで、俺のパートナーのジャガちゃんは最強だと信じてる。
祠までの道中、戦いを重ねてもついに究極体になることはできなかったが。
デジギアの力もあれば、こいつらを乗り越えられるはずだ。
あのダサい踊りからは極限まで目を逸らし続けることにしつつ。
……問題は、この後に災厄とやらも控えてるってことだ。
戦った後に、一息入れる時間があればいいが……。
「……厄介なことになっているようだな、勇者タゴロウ」
冷や汗をかいていると、そんな俺を制するように黄金の影が眼前に躍り出た。
その金ピカで露出度の高い鎧を纏った後ろ姿、見間違えるはずもない。
「マグナモン……!?」
「ふん。月並みな台詞だが、言わせてもらう。『ここは任せて、先に行け』とな」
「……いいのか?」
「神器はいま、貴様らの手にある。ならば、災厄は貴様らに任せるのが合理的だ」
「相手は究極体2体だぜ?」
「ロイヤルナイツを、甘く見てもらっては困るな」
「でも、お前……」
「いいからはよ行け!! 貴様らがいたら必殺技が撃てんだろうが!!」
そういやこいつの必殺技、全方位無差別放射だった。
心配もいらぬ世話と見たので、ここはお言葉に甘えることにする。
「ありがとうジャガ、マグナモン!」
「やられんなよ、マグナモン!」
「誰にものを言っている!」
拳を交わした戦士の絆、とでも言うのだろうか。
視線を交わしたジャガモンとマグナモンの間に、俺は信頼らしきものを感じ取った。
ロイヤツナイツに道を譲られたことが、ジャガモンも誇らしいのだろう。
ジャガモンは弛みそうになった顔を引き締めると、俺と目を合わせ、頷いた。
「シャイニングゴールドソーラーストグハァ!!」
背後からマグナモンの悲鳴が聞こえた。あいつまた同じ過ち繰り返してる。
でもタフだからきっと大丈夫だろう。
確かな信頼を背に感じながら(感じながら!)俺たちは最奥へと急ぐのだった……。
ブラック&黒コンビの後ろをすり抜け、通路を駆け抜けていった先。
両開きの巨大な石扉が、俺たちの行く手を阻んでいた。
いかにも「封印の扉」といった雰囲気の佇まい。
扉には、デジモンたちの文字、デジ文字で何かが書かれている。
「さいやくを、ここに、ふうず。みっつの、じんぎが、とびらを、ひらく……」
「タゴロウ、デジ文字が読めるジャガ?」
「まあな。昔ちっと練習したんだ」
学校の勉強は得意でないくせに、デジ文字は必死で勉強した俺の思い出。
おかげで読みたくないものもたくさん読めるようになってしまったっけ。
知りたくなかったな、オメガモンの剣に刻まれた文字が間違いまくってること。
しかし、「災厄をここに封ず。三つの神器が扉を開く」か。
流石に神器にはまだ役割があったらしい。
よかった、岸まで泳ぐために物理的に水着が必要ってだけの理由じゃなくて。
「しかし、神器をどうしたら……」
「あれ、タゴロウ……何か光ってるジャガよ?」
「えっ?」
ジャガモンに言われて気づいた。
俺が身に纏う神器が、石扉に反応してか、光を放ち始めたのだ。
眩いばかりの光が、眼前の石扉へと吸い込まれてゆく……!
「すごいジャガ、タゴロウ……これって勇者の光ジャガ!」
「…………そうだな…………」
うん。神器が光を放ってると言えば、聞こえはいいかもしれない。
でもこの神器、スイムキャップとゴーグルと海パンなんだよね。
頭と目と股間が発光する方の身にもなってほしい。
勇者らしからぬ絵面はこれまでも頻発したが、これはライン越えだろ。
俺のいたたまれない気持ちなど知る由もなく、石扉が重い音を立てて開いてゆく。
内側から、瘴気がドス黒い霧となって溢れ出してきた。
瘴気の奔流は、しかし頭と目と股間が発光する俺の眼前で阻まれ、割れてゆく。
最悪のモーセか?
「この奥に、災厄がいるんジャガね……!」
「…………そうだな…………」
最終決戦を前に俺のテンションは凄い勢いで急降下していた。
やがて神器の発光が収まるが、依然、瘴気は俺たちに触れ得ない。
神器とデジギアの加護なのだろう。
……災厄の討伐。俺たちの使命を、果たす時が来たのだ。
「もう何だっていい……災厄をぶっ潰して、ハシッ孤島を救うぞ!」
「ジャガァ!」
ヤケクソ気味に走り出し、俺とジャガモンは扉の奥へ飛び込んでゆく……。
そこは、漆黒の空間だった。
ペイントソフトのバケツツールで黒をぶち撒けたような、見事な黒一色。
だというのに、暗くはない。
俺とジャガモンの姿は、漆黒の上にクッキリ浮かび上がり、視認できるのだ。
まるで黒いキャンバスの上に、俺たちだけ別レイヤーで描かれているかのようだ。
「ここに、災厄がいるんジャガか……?」
「そのはずだが……」
いくら歩いても、黒一色の空間ではまるで前に進めている感覚がない。
距離感や平衡感覚といった概念が失われそうで、目眩がしてくる。
……そして、次の瞬間。
まばたき一つの間に、俺たちの目の前に、騎士が現れた。
「…………!?」
思わずジャガモンともども、後ずさる。
前触れも何もなく、まるで最初からそこにいたかのように、騎士が立っている。
……より厳密には、騎士のような姿をしたデジモンが、だ。
黒い鎧を纏い、右手には魔槍、左手には盾を持った、暗黒騎士。
俺はこのデジモンを、知っていた。
「カオスデュークモン……!」
災厄というからには、よほどのものが待っているとは思っていたが。
なるほど、こいつは特級呪物だ。
カオスデュークモンはまさしく、災厄の化身ともされる邪悪なデジモンだ……!
「……待ち侘びたぞ、勇者と、その走狗よ」
カオスデュークモンの体が、糸で操られているように傾く。
カタカタと空虚な音を鳴らして、右手の魔槍が俺たちへ突きつけられた。
「我は災厄、カオスデュークモン。この世界を、憎悪するモノ」
「憎悪だって……?」
「言辞は不要である。構えよ。我を、屠りに来たのであろう」
背筋がぞくりと震える。
殺気とか、そういうやつを感じたわけではない。
むしろ逆だ。
目の前のこのカオスデュークモンからは、何も感じられないのだ。
確かにそこにいるのに、一瞬、そこに〝何もない〟と認識してしまいそうになる。
気を張り詰めていないと、ふとした瞬間に注意が散漫になりそうだった。
「タゴロウ、最後の戦いジャガ……!」
「ああ、デジギア、スタンバイ! ペンデュラム……スタート!」
シャカシャカと、デジギアを振るだけの気の抜けた時間は最終決戦でも変わらない。
まさか災厄たるカオスデュークモンでさえ律儀に――
「――なぜ律儀に待ってくれているのか、疑問か?」
俺の脳内を読み取ったかのように、カオスデュークモンが低い声で問いかけてきた。
カタカタと鎧が揺れる。まるで、嘲っているかのように。
「証明するためだ、勇者よ。汝らの存在の空虚さを。無意味さを」
「何だって……?」
「瘴気にあてられた全てのデジモンとて、そうよ」
ペンデュラムを終え、ジャガモンに最大限の力が注がれる。
だがカオスデュークモンは、その場から一歩も動かない。
「勇者も、その走狗も、デジギアも、神器も。全てが虚無と知り、絶望せよ」
全身が粟立つ。
こいつを相手取ってはいけないと、俺の本能が告げている。
今この時に至って、ようやく理解できた。
瘴気に侵されたデジモンたちは、律儀にペンデュラムを待ってくれていたのではない。
災厄の意思に従い、俺たちにデジギアの力を享受させていたのだ。
デジギアによる強化すら、災厄の前では無意味だと、俺たちを嘲るために。
「汝らの歩みには、塵芥ほどの価値も無い」
「ッ……ジャガモン!!」
「わかってるジャガ……スマッシュポテトだオラァ!!」
気圧されそうになりながらも、俺の指示でジャガモンが必殺技を放つ。
だが、マグナモンをも苦しませた表皮の弾丸は、一発たりとも命中しなかった。
すり抜けていったのだ。
まるで、カオスデュークモンが、そこに存在していないかのように。
「ジャガッ……!?」
「――腐れ堕ちよ。ジュデッカプリズン!」
カオスデュークモンが盾を構えると、そこから暗黒の波動が放射される!
ヤバい、あれをまともに浴びたら……!
『勇者タゴロウ!』
その時だった。
デジギアが輝き、サクヤモン:巫女モードの声が響く。
あわや呑み込まれるかと思ったが、輝きが暗黒の波動を祓っていった。
『デジギアを通して……私の加護を、あなたに……金剛界曼荼羅!』
「サクヤモン:巫女モードさん!」
輝きが俺たちを覆うように金色の結界となり、暗黒の波動を防ぎ続けている。
巫女モードじゃない方のサクヤモンが持つ必殺技だ!
だが、結界はすでにひび割れていた。あまり長くは保たなさそうだ……!
『どうか……この世界を……!』
それだけ言い残して、デジギアからプツリと声が聞こえなくなる。
「スマッシュポテトだオラァ!! ……だめジャガ、全然効かないジャガ!」
都合の良いことに、結界はこちらの攻撃だけは通してくれるらしい。
だが、ジャガモンの攻撃がカオスデュークモンをすり抜けることに変わりはない。
……考えろ、考えろタゴロウ。
腑抜けている暇はない。
ジャガモンも、サクヤモン:巫女モードも、いま、必死で戦っている。
こいつらの、こいつらの住む世界の命運がかかっているんだ!
そう、サクヤモン:巫女モードは言っていた。
真の名がわからなければ、災厄には触れることができないと。
なぜ勇者に真の名が託された? なぜ人間でなければならなかった?
必死に頭を回転させ続け――俺は、答えに至った。
「……そうか。そういうことだったんだ」
今、ようやくわかった。
どうして、召喚されるのが俺でなければいけなかったのか。
俺のような、デジモンオタクでなければいけなかったのか。
カオスデュークモンというデジモンには……いや。
厳密に言えば、カオスデュークモンのもう一つの姿には、とある〝設定〟がある。
そしておそらく、その〝設定〟を、デジモンたちは知らない。知り得ない。
デジモンたちに対する観測者であり、外側の世界から彼らを知る者。
彼らの〝設定〟を知る者でなければ、その答えに辿り着けない。
「カオスデュークモン」
結界がひび割れてゆく中、俺は向こう側のカオスデュークモンを見据える。
「お前の真の名は――〝メギドラモン〟だ」
転瞬。
結界を絶えず襲っていた波動が消え去ってゆく。
その向こう側に立っていたカオスデュークモンが虚像となり、揺らぐ。
騎士のシルエットが悍ましく蠢き、巨大な竜の姿に変わってゆく。
紅蓮に染まった巨体が蛇のように伸び、その頂点に兇暴な牙持つ頭部。
獲物を引き裂く両腕と、地獄の炎を思わせる翼が俺たちを威圧する。
……邪竜型デジモン、メギドラモン。
カオスデュークモンの真の姿が、その威容を現していた。
「こ、これは……どうなってるジャガ!?」
「……メギドラモンの波動が、俺たちにあいつの姿を錯覚させてたんだ」
そう。カオスデュークモンとメギドラモンは同一の存在。
メギドラモンの放つ恐怖の波動が、奴の姿を錯覚させる。
相対する者の恐怖心が、奴を暗黒騎士にも、暗黒竜にも見せる。
そして、あくまで災厄の本体は、メギドラモンの方だったのだろう。
奴の真の姿を暴き出さなければ、こちらの攻撃は届かなかったのだ。
「……成る程。我が真の名を知るとは、伊達に勇者とは呼ばれておらぬか」
地鳴りを思わせる低い声が、俺の肌を震わせる。
……確かにこいつの真の姿は暴いたが、問題が解決したわけではない。
「だが、それだけよ。汝らの死因が、変わるだけのこと」
単純な話だ。
メギドラモンは……世界に災厄をもたらすほど強力な、究極体デジモン。
対するジャガモンは完全体。こちらの不利は変わらない……!
「滅せよ、弱者ども……メギドフレイム!」
「タゴロウッ!!」
メギドラモンが息を吸い込むと同時、ジャガモンが俺に突進した。
突き飛ばされた俺だけが、吐き出される炎の範囲外に逃れる!
「ジャガモォォン!」
ジャガモンが両手両足を引っ込め、防御体勢になるのが見えた。
全てを灰燼に帰すとされる炎を、ジャガモンが必死に耐え抜く。
だがその表皮は次第に爛れ落ち、見るも無惨な姿へと変わってゆく。
「ジャ、ガァッ……!」
あいつが苦しんでいるのに、見ていることしかできない。
……どうする、どうするんだタゴロウ。
あんな敵を前に、いま、お前に何ができる!?
「スマッシュ……ポテトだ、オラァ!!」
メギドフレイムを耐え抜いたジャガモンが、表皮を発射する。
だがメガヒット級の直撃を受けても、メギドラモンは微動だにしない。
圧倒的な力量差。当たったところで、そもそも攻撃が通用していないのだ。
「無謀なり、勇者の走狗よ。その姿に進化したとき、失敗を悟らなかったか?」
メギドラモンがニタリと悪辣な笑みを浮かべる。
……やっぱり、ダメなのか?
バーガモンじゃ……ポテモンじゃ……ジャガモンじゃ。
メギドラモンほどのデジモンに届く強さには、育ち得ないのか?
意識が混濁し始める。メギドラモンに対する恐怖が心を覆う。
俺は、思わずメギドラモンから目を逸らし……。
「生まれ落ちた姿で、進化した姿で、デジモンの運命は決まるのだ。諦めよ、走狗」
「そんなことないジャガ!!」
……叫ぶジャガモンの声で、逸らされた視線が、すぐに引き戻された。
俺の双眸が、ジャガモンだけを、まっすぐ見据える。
「タゴロウは……こんな弱そうな僕を信じて、ここまで来てくれたジャガ!」
ズタボロになりながらも、ジャガモンが立ち上がる。
「タゴロウがいたから、バーガモンだって世界を救えるって思えたんジャガ!」
災厄たるメギドラモンを前にも、一歩も臆さず、前へ進む。
「誰がなんと言おうと、タゴロウは勇者ジャガ! 勇者の相棒は、絶対負けないジャガ!」
……勇者。
ああ、そうだ。
俺は、勇者としてここにいる。
何やってんだ、九十九タゴロウ。
勇気ある者と書いて、勇者って読むんだろうが。
「僕がジャガモンであることは……絶対ぜったい、投げ出す理由に、ならないジャガ!」
第一、俺が自分で言ったんじゃないか。
カッコ良さってのは、見た目じゃなく……行いについて来るんだってな!
心の奥底で、決意を固める。
俺は、あいつに……ジャガモンに恥じない、勇者でいなければならない。
デジギアを構え、深呼吸して……俺は、叫んだ。
「こっちを見ろ……メギドラモンッ!!」
ギョロリ、メギドラモンの目玉が蠢き、俺を睨めつける。
眼差しだけで射殺さんばかりのその威圧感にも、俺はもう、怯まない。
デジギアを手に持ち、不敵に笑い、俺は――
――踊り始めた。
「モンモンデジモン、育てるモンモン……」
サクヤモン:巫女モードから教わった、振り子の舞。
クネクネと左右に珍奇な動きで腕を振り、脚をくねらせ、顔には満面の笑み。
いま鏡を見たら恥ずかしさで悶絶死する自信がある。
「バトルの前には、振りますモンモン……!」
半ばヤケクソである。
デジギアを激しくシャカシャカしながら、俺も高速回転。
顔にはやっぱり満面の笑み。
いっそ殺してくれ。
「汝……それは、一体…………何を………えぇ…………?」
メギドラモンがドン引きしている。
気持ちはわかるよ。
目の前で海パン男がいきなりMP吸い取りそうな踊りを始めたら、そうもなるよ。
しかも島の命運がかかってる状況で。
……だが。
この滑稽な踊りが持つ力の答えは、すぐに示された。
デジギアから、漆黒の空間を塗り潰すほどの閃光が迸る。
「ジャガ……体の内側が、熱いジャガ……!!」
閃光はジャガモンを包み込み、その姿を作り変えてゆく。
究極の力をもたらす、振り子の舞。
嘘ではなかった。
ジャガモンが今、進化し、究極体へと至ろうとしているのだ……!
目を開けていられないほどの閃光が、やがて晴れ。
ジャガモンの新たな姿が、露わとなる。
……俺はジャガモンがどんな姿に進化しても、驚かないつもりだった。
たとえプラチナヌメモンになろうが、ありのまま受け入れる覚悟を決めていた。
野営のときや、ポテモンの頃にかけた言葉にも、嘘偽りはない。
順当な姿になるのも、素っ頓狂なぐらい姿が変わるのも、進化の醍醐味だ。
でもな。
物事には、限度ってものがあると思うんだ。
光が晴れたとき、そこに姿を現したのはヒトに似た姿の、巨大なデジモン。
浅黒い肌に金色の法衣を纏い、胡座で宙に浮かぶ神秘的な姿。
その足元には太陽を思わせる天体が燦々と燃え盛る。
周囲に浮くいくつもの球体、背後に背負うのは後光と光輪。
その姿を例えるなら、まさしく――
――釈迦だった。
「ジャガモン、究極進化――シャカモン」
そうはならねぇだろ……………………。
ジャガモンは今や、後光絢爛たる如来型デジモン、シャカモンとなっていた。
嘘でしょ。濁点抜いただけでここまで変わることある?
気がつけば漆黒の空間は、シャカモンが放つ後光に照らされていた。
あちこちに蓮の花が咲き乱れる、極楽のような風景。
完全に、シャカモンがこの空間を乗っ取っている。
シャカモンが菩薩じみた笑みを浮かべて、俺の方へと向き直る。
「――ありがとう、衆生。あなたのおかげで、この姿へ至ることができました」
テイマーを衆生で括んな。
「あなたの悟りと、デジギアをシャカシャカした日々が、私を涅槃へ導いた……」
ねえいいの?
ほんとにそんな理屈でその姿になっていいの?
お坊さんたちから怒られない?
「ふふ、驚くのも当然ですね……すべては私の掌の上……おお南無阿弥陀仏……」
釈迦のロールプレイが雑すぎる。
だがその雑なキャラ付けが、示してくれていた。
このシャカモンが、紛れもなく、俺の相棒が進化した姿なのだと。
「な、汝ら……我を、無視するなァッ!!」
あまりの衝撃に放置されていたメギドラモンが、咆哮を上げる。
地獄の衝撃波、ヘル・ハウリングだ。
並大抵のデジモンなら、容易く吹き飛ぶほどの圧だろう。
だが……シャカモンには、通じない。
「ノウマク・サマンダ・ボダナン・バク――怠条真言ッ!!」
「グアアアアアァァッ!?」
真言の一喝でもって、咆哮がかき消され、逆にメギドラモンが吹き飛ぶ。
もう原理とか俺に説明を求められてもわからん。
ただ一つ言えるのは……俺はもう、微塵も焦ってはいないとうことだ。
「さっきからずっと言いたかったんだけどな、メギドラモンさんよ!」
気づけば、俺はシャカモンの肩の上に転送されていた。
シャカモンは一瞬にして、吹き飛ばされたメギドラモンの前へワープする。
「こいつは、走狗なんかじゃねえ……俺の、勇者タゴロウの、相棒だ!」
俺が焦らない理由は、やはり、至極単純な話だ。
……シャカモンというデジモンは、強いのだ。
仮に「あらゆるデジモンの中で最強はどれか?」という議論を行ったとして。
ほぼ確実に、五本の指には数えられるレベルでの……最強デジモンの一角だ。
シャカモンに戦いを挑むことは無意味である、とされるほどに。
「悟遍路掌だオラァ!!」
釈迦の姿になっても必殺技でオラつくの変わらないんだ。
そんなツッコミを胸に秘めながら。
「メギドフレイム……メギドフレイム!! 何故だ……何故、我の攻撃が通じぬ!」
気づけば、メギドラモンは、シャカモンの掌の上にいた。
シャカモンの悟遍路掌によって、幻を見せられているのだ。
掌の上で踊らされ、幻と戦い続け、やがては精魂尽き果てる。
相手を戦いの土俵にすら上らせない、シャカモンの恐るべき必殺技だ。
「……災厄なりし者に、救済の光を」
そして、シャカモンの後光がメギドラモンを照らし上げる。
救済なりしその光が、メギドラモンを浄化してゆく。
「霊光蜘蛛之糸だオラァ!!」
およそ悟りを開いた者らしからぬ、そのオラついた宣言により。
ついにメギドラモンは崩れ落ち、戦いに終止符が打たれるのだった……。
……メギドラモンが、目を覚ました。
蓮の花びら舞う中、俺はメギドラモンの前に立っていた。
海パン姿の男が神秘的な空間の中に立っているのは、死ぬほどシュールな絵面だろう。
「お前の負けだ、メギドラモン」
「負け。負け、か。グハハハハッ……!!」
メギドラモンが、捨て鉢気味に笑った。
シャカモンの理不尽さを前に笑うしかない……というわけでは、なさそうだ。
「汝らの身勝手で封じられ……その挙句、結末が、これか……!」
「……どういうことだ?」
メギドラモンには、もはや暴れるほどの気力はないだろう。
その表情に理性の欠片を見出して、俺はメギドラモンの話に耳を傾ける。
「我は、かつて……平和に暮らす、エビバーガモンだった……」
エビバーガモン。その名の通り、バーガモンの亜種にあたるデジモンだ。
まさかこいつも、かつてはバーガモン系デジモンだったとは。
バーガモン系のポテンシャルどうなってんだよ。
「皆に美味なバーガーを振る舞い、日々穏やかに過ごせれば、十分だった……」
だが、俺はメギドラモンのことを茶化せなかった。
倒れ伏すその瞳は、深い悲しみを湛えているように見えたからだ。
「だが、我は偶然、皆を守るために戦い……進化してしまった」
メギドラモンの牙の間から、火傷しそうな熱を帯びた息が漏れる。
近づいただけで喰い千切られそうな、獰猛な顎。
「進化するたび……我は皆に恐れられる、凶悪なデジモンになってしまった……!」
……こいつは、望まぬ進化をしてしまったのだ。
戦う力を臨みながら、ふさわしい姿になれなかった俺のバーガモンとは、真逆。
それを望んでいなかったのに、強暴な進化ばかりを遂げたのだろう。
「その果てが、この姿だ……! 生きる災厄……我は〝最も邪悪なデジモン〟だそうだ!」
メギドラモンの、公式設定だ。
最も邪悪なる、邪竜。デジタルハザードの化身。
「皆が我をそのように扱った! だから、我もそのように振る舞い、瘴気を振り撒いた!」
メギドラモンが地鳴りのような音を伴って、咆哮した。
それは怒りに満ちた絶叫にも、悲哀を帯びた慟哭にも聞こえる。
「望み通りの災厄となった結果が、封印だと。討伐だと! ならば……ならば、我は!」
最後の力を振り絞ってか、メギドラモンが俺に手を伸ばす。
鋭い爪の、その切っ先が、俺の目鼻の先にまで迫る。
……俺は、瞬き一つできない。
避けることもできなかったし、避けようとも思わなかった。
シャカモンもまた、静かに俺たちを見守っている。
「我は、どう生きればよかったのだ……!!」
嘆き、怒り、憎しみ。
今際の際に、メギドラモンはあらゆる激情を爆発させていた。
俺には想像もつかないほどの、苦難の道を歩んできたのだろう。
その問いかけに……俺は、満足のゆく答えは出せないかもしれない。
それでも。
今日まで生きてきた九十九タゴロウとして、逃げるわけにはゆかない。
俺なりの答えだって、向き合って、絞り出さなきゃならない。
「……どう生きたって、よかったさ」
「何だと……!」
「俺はお前の苦しみ全部を知らないから、無責任なことしか言えない。でも……」
後ろで後光を放ち続けているシャカモンに、目を向ける。
無駄に眩しいが、ゴーグルのおかげでへっちゃらだ。
遮光効果あったんだね、これ。
「俺は、戦いに向いてないくせに、強さに憧れたバーガモンを知ってる」
「それは、汝の……」
「どんな姿に進化しても、そいつは憧れを、自分の生き方を諦めなかった」
シャカモンが微笑みを浮かべ、後光が強まった。
それ感情で光量変わるやつなんだ。
「お前は……メギドラモンになったって、バーガーを作り続けてよかったんだよ」
こいつには……メギドラモンにはきっと、隣にいる誰かが必要だった。
平和な生き方を肯定してくれる誰かが。
どんな姿に進化したって、内面を覗き込もうとしてくれる誰かが。
良いことをしたら「よしよし」と褒めてくれて。
悪いことをしたら「コラッ!」と叱ってくれて。
喜ばしいときには「やった!」と一緒に喜べる。
そんな誰かが、必要だったんだ。
俺は、その誰かになってやることは、できなかったけれど。
せめて祈りを込めて、突きつけられた爪へ、両手で包み込むように触れる。
……俺は、デジモンが大好きだ。
メギドラモンだって、例外じゃない。
多くのデジモンを苦しめたことは、きっと、許しちゃいけないけど。
俺だけは……こいつを否定して終わらせたら、ダメなんだ。
「……頑張ったな。メギドラモン」
振りまいた災いを、褒めることはできない。
けど、こいつが必死に生き抜いたことだけは、俺が肯定する。
あらゆるデジモンは、戦闘本能を持って生まれて来る。
メギドラモンは、己の運命と、最後まで戦い抜いた。
それが、デジモンとして、間違った在り方であるものか。
いま、こいつの戦いを言祝いでやれるのは、俺だけだ。
「……グオ……オオォォォ……!!」
メギドラモンの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
こんな海パン男に絆されて、泣くなってんだ。
涙が流れるたびに、メギドラモンの肉体がほどけてゆく。
こいつの命もまた、終わろうとしているのだ。
「……我にも、再びの生が、あるなら……汝のような者と……」
やがて、メギドラモンの肉体が、蓮の花びらとなって弾けた。
あとには、デジタマだけが残されている。
メギドラモンもまた、デジモンとしての輪廻に還ったのだ。
『……ゴロウ。勇者タゴロウ』
デジギアが振動し、声が響いてきた。
サクヤモン:巫女モードからの通信だ。
取り出してみると、またもや彼女のホログラムが浮かび上がっている。
『島中の瘴気が引いてゆきます。やってくれたのですね……!』
「……ああ。災厄を、終わらせたよ」
『ありがとう、勇者タゴロウ。島の者を代表して、お礼を申し上げます』
「あのさ、サクヤモン:巫女モードさん」
『サクヤモン:巫女モードでございます』
「ひとつ、頼みをしてもいいかな?」
メギドラモンのデジタマに向き直り、デジギアを向ける。
向こうにも、このデジタマが見えているだろうか。
「災厄……いや。メギドラモンが、デジタマになったんだ」
『何と……』
「こいつもさ。集落で引き取ること、できないかな?」
『……無論です。新たな生を授かったデジタマに、何の罪がありましょう』
安心して、俺はデジギアをかざす。
デジタマがデジギアへと吸収されていった。
あいつも今度こそ、誰にも否定されない、平和な生を送れたらいいな。
そして同時に、異変が起こり始めた。
デジギアをかざす俺の指先が、半透明になっている。
「あれ、サクヤモン:巫女モードさん。俺の体、透けてるんスけど!」
『……使命を果たし、元の世界へ帰る時が来たのです』
「慌ただしいなあ……」
『そうそう。ロイヤルナイツからも、伝言を預かっています』
「それって、金ピカの?」
『ええ。〝その奇跡のような戦いに、敬意を表する〟だそうです』
あの後どうなったか心配だったが、無事だったらしい。
ロイヤルナイツからの激励。悪い気はしない。
『改めて、勇者タゴロウ……本当に、ありがとうございました』
「いいですって。俺もデジモンと冒険できて、楽しかったんで」
『あなたの行く道に、幸多からんことを……』
深々と頭を下げる姿を残して、サクヤモン:巫女モードの通信が切れる。
気づけば、指先のみならず、俺の腕までもが半透明になってきている。
……別れの時間が、来たようだ。
この旅を共にしてきた相棒……シャカモンの方を見る。
相変わらず胡座で宙に浮かび、バーガモンの頃の面影もない神々しさだ。
「……そういうわけだ。もう、帰らなきゃいかんらしい」
「ええ、衆生。あなたのおかげで、このデジタルワールドの端っこは救われました」
「つってもなあ。ぶっちゃけお前の力でゴリ押してもらっただけだし……」
俺はデジギアをシャカシャカしたり、踊り狂ったりしていただけだ。
こいつの頑張りに比べたら、大したことはしていない。
どうにも決まりが悪くて、頭の後ろを掻く。
「偶然、呼ばれた勇者が、俺だっただけだよ」
「そうですね、衆生。きっと他の勇者でも、災厄を打ち倒すことはできたでしょう」
「だろうな。俺は所詮、メタルガルルモン(黒)の名前も知らなかった男だ」
「ですが……災厄を救うことは、タゴロウ。きっと、あなたにしかできなかった」
シャカモンが口にした予想外の言葉に面食らい、固まってしまう。
……急に名前呼ぶのは、反則だろうが。
「あなたは旅の中で、一度たりとも、リセットボタンに手をかけようとすらしなかった」
「……知ってたのかよ」
「疑問や幻滅さえ抱きしめ、デジモンたちを受け入れる。あなたは、そんなテイマーだ」
「買い被りすぎだよ。こっ恥ずかしいヤツだな」
「あなたがテイマーであったことを、誇りに思います。タゴロウ」
「こっちの台詞だ、バカ。お前がパートナーで、よかったよ」
こちらの時間で、わずか二週間に及ぶかどうかの旅路だった。
いつだって刺激とツッコミと、胸の高鳴りと……あとツッコミに満ちた旅だった。
珍道中とさえ呼べたヘンテコな旅だからこそ、俺はずっと忘れないだろう。
デジタルワールドに勇者として召喚されたらパートナーがバーガモンだった。
今はその事実が、とても誇らしい。
あのバーガモンこそが、デジモンに眠る無限の可能性を、俺に見せてくれたのだから。
内側に溜まったしょっぱい水滴を捨てるべく、ゴーグルを外す。
クリアな視界で見上げ……俺は、驚きに目を見開いた。
シャカモンの体が、少しずつ、光の粒子に変わり、薄れていっている。
「お前……」
「この姿になるのに、限界を越えすぎました。私は間もなくデジタマになるでしょう」
「……そっか」
「悲しいことではありません。輪廻転生。来世の私も、きっとあなたを覚えている」
「お前それ、輪廻転生って言いたかっただけだろ」
「シャッカッカ……バレましたか」
俺とシャカモンの間で笑いが漏れる。
笑い方「シャッカッカ」は流石にないだろ。
思わず浮かぶツッコミこそ、こいつがあのバーガモンだったことの証左だ。
「なあ。生まれ変わっても、飯、ちゃんと食えよ」
「約束します」
「ウ●チはトイレでしろよ」
「必ずや」
「……俺のこと、忘れんなよ」
「永遠に」
取り留めもないやり取りを交わすうちに、俺の視界までもが薄れてゆく。
現実世界への転送が、始まったのだろう。
「あばよ、シャカモン」
「違いますよ、タゴロウ」
霞む視界の向こうで、シャカモンがニカッと無邪気に笑うのが見えた。
神々しさの欠片もない笑い方は、あの姿になる前を思い出させる。
「〝またな〟です」
「……ああ。またな!」
最後にシャカモンへ向けて、まっすぐ拳を突き出して。
やがて俺の視界は、暗転していった。
目が覚めると、自室のベッドの上にいた。
……長い夢を見ていた気がする。
思い返すと、なんか全体的に白昼夢寄りの光景が多かったけども。
時計を見ると、部屋に戻ってきてから、まだ一時間ばかりしか経っていない。
大きく伸びをして、起き上がる。
頭がぼんやりする。
勇者となって、デジモンと一緒に冒険する夢を見るとは。
俺もまだまだ、幼い男の子心ってやつを存分に持ち合わせているらしい。
傍らを見ると、デジモンサウザンズのアプリを開いたままのスマホが落ちていた。
アプリのトップでは、三つのデジタマがゆっくりと動いている。
……ん、三つ?
おかしいな。
さっきは、カオスモンのデジタマ一つしか、なかったはずだが。
そういえば、アプデで三体同時育成も追加されたんだっけ。
ほどなく、誰かからショートメッセージが届いていることに気がついた。
開いてみると、ただ一文、こう書いてあった。
『アリガトウ ユウシャ タゴロウ。カレラヲ タクシマス』
ポケベルかな?
……いや、そうだ。俺はこの文章に、見覚えがある!
下半身のあたりに違和感を覚えたのは、その時だった。
俺の格好は、夢の中で脱ぎ捨ててしまった服装と変わりない。
白いワイシャツとスラックスの、制服姿。
もしやと思い当たり、ボタンを外し、チャックを下ろす。
スラックスを脱ぎ捨てると……履いているはずのないものが、そこにあった。
俺は高校に入って、水泳部をやめたのだ。
だから本来、こんなものを、身に纏っているはずがない。
「……締まらねぇなあ」
下半身に纏った〝奇跡の鎧〟を目にして、思わず苦笑が漏れてしまった。
こうして、我が家のインターネット回線は無事に守り抜かれた。
デジタルワールドの冒険が終わり、俺に、現実世界の明日が訪れる。
部活を終えて、日が暮れる頃合いに帰宅する。
あれから一週間。
ハシッ孤島での冒険を経て、俺の生活に、大きな変化が訪れた。
部活。
そう……俺は、諦めていた水泳部に、入部届を出した。
本当はずっと、水泳がやりたくて仕方なかったことを、あの冒険で思い出した。
家族に相談すると、みんな「なんで言ってくれなかったんだ」と口を揃えた。
結局のところ、俺が勝手に長男として責任を感じ、背負い込んでいただけらしい。
父さんも母さんも、家に帰れる時間を増やせるようにすると約束した。
弟妹まで、家事や料理を分担すると申し出てくれた。
おかげで、俺の高校生活にも、部活に勤しむ時間が生まれた。
……長男という役割に縛られて、やりたいことを捨てなくたっていい。
共に旅した相棒の生き様が、俺にそう教えてくれたのだ。
夕食の食卓につくと、ちょっぴり焦げたオムライスが俺を出迎える。
弟と妹の共同作業、お手製料理だ。
「ごめん、タゴ兄。失敗した……」
「バーカ。ちょっと焦げがあるぐらいのやつも、美味いんだよ」
縮こまる二人を前に、男子高校生らしくオムライスをかき込む。
腹が満たされる感覚は、心地いい。
それが家族の作ってくれた美味い飯となれば、なおさらだ。
やがて食事を終えて、自室へ戻る。
スマホを取り出し、デジモンサウザンズのアプリを開いた。
画面上では、三体の幼年期デジモンが元気に跳ね回っている。
……水泳部への入部を決意したのもあって、デジタマの孵化は先送りになった。
慌ただしい一週間を終え、今日の帰りの道すがら、ようやく育て始めたのだ。
幼年期デジモンは数時間で成長期へと進化する。
おそらくはそろそろ、成長期に至る時間だ。
進化の瞬間を見守るべく、俺はじっと画面を見守る。
……メッセージアプリには「彼らを託します」とあった。
デジタマから生まれたのが、あの相棒であるという確信はなかったけれど。
それでも、こいつらを大事に育てたい想いへの原動力としては、十分だった。
軽やかな電子音と共に、まずは一体が進化する。
進化先は、アグモン!
ここまで王道ド真ん中のやつを育てることになるのは、久しぶりだ。
それから呼応するように、他の二体が電子音と共に進化してゆく。
その進化先の姿を確認して……俺は、両目を見開いた。
……デジモンサウザンズの進化は、ランダム性が強い。
特定のデジモンに進化させるのは難しく、育成のたび違った進化ルートを楽しめる。
賛否両論ある仕様だが、俺はこの一期一会のシステムが好きで遊び続けていた。
成長期への進化ひとつ取っても、何十通りも存在しているのだ。
一体を……ましてや二体を、狙ったデジモンに進化させるなんて、まず不可能に近い。
だから、俺は画面上に現れたデジモン二体に、思わず噴き出してしまったのだ。
運命ってやつは、つくづく、面白い。
「――また会えたな、おい」
俺の指先が、画面上に跳ね回るバーガモンとエビバーガモンを小突いてみせた。
(終)
こんにちは。はじめまして!
拝見しましたので足跡つけさせてもらいます。(ぺたん・・・)
さて、まず一言申し上げたい!
こういうメタ要素が最高に面白い!!
あと、序盤のサクヤモン:巫女モードの名前のあたりでもうこの作品ぜってぇおもしれぇじゃんと確信しました!!
(橙)と(黒)にこだわる健気なデジモンたちが素敵!!
マグナモンの必殺技の長ry
もう一言じゃない!!(セルフツッコミ)
そしてジャガモンからの進化先、予想外過ぎましたね。
納得というより悟りに近いですね、シャカモンだけに。
語尾に関しては「ローダーレオ」がクリティカルヒット。
もう読者を笑わせ殺しにかかってますよ、あれは反則ですって!
サクヤモン:巫女モードの語尾が「ミコ」であったら私は死んでいた!!
ペンデュラムのCMはリアタイで見ていた現在おっさんである私、
最後の踊る映像が脳内再生しておりました。
あれを巫女モードさんもやっていたと思うと、これは・・・やめろ・・・顔がニチァになっちまいます。
ちゃんと冒険しているのに、ところどころおバカなところが、
とってもとぉ~~~~っても楽しませていただきました。
この手のジャンルがもっと増えますようにと祈りながら・・・失礼しましたー
こんにちは、以前コメントさせて頂きました鰐梨です。後編も拝読致しましたので、稚拙ながら感想を述べさせて頂きたく、再びお邪魔しました。
前編から引き続き、とても楽しくリズミカルなストーリーに終始引き込まれてしまいましたが、特に好きだと思ったところベスト3を挙げるならば
・ジャガモン→濁点取れてシャカモン、それもペンデュラムのシャカシャカ音とそれによって悟りの境地を開いた(なんで⁉︎)末の進化とは……これぞ何にでもなり得るデジモンの特性を最大限に活かした素晴らしいアイデアだと只々関心するばかり。そして物語のラスト、生まれ変わり=仏教的死生観でいうところの「輪廻転生」に結び付けたシャカモンの言葉、彼とタゴロウのやり取りから垣間見える、確かな友情に育まれた〝相棒感〟。それを醸成するだけの、パートナーへの想い……好きなデジモンに相棒とその進化系が加わったということを暗に示す台詞と、それを察するジャガモンの様子からも、確かな絆の深まりを感じました。
・そして、あのなつかCM由来の珍妙な格好について、主人公タゴロウが過去に部を県大会優勝に導いた元水泳部長である、という設定を示す事で、三つの神器を纏うあの姿を単なる変な格好で終わらせない隙の無さ……今回の冒険を通じて再び水泳を始めたタゴロウと彼を支える九十九家の家族達の姿も素敵でした。
・敵のカオスデュークモン=メギドラモンの仮の姿、そして初めはエビバーガモン(本人も意図せぬ事ではあるが、お前一体どうやって進化したんだ⁉︎)だった彼の過去と悲痛な想いを踏まえた感動的なラストシーン。
この辺りが特に〝刺さる〟と感じました。
本作を一言で紹介するならば、「どこから読んでも最高に楽しいデジモン小説」。このような名作に出会えた事、とても喜ばしい限りです。今後もジャガモニウス三世さんの素敵な作品の数々を拝める事を願いまして、後編の感想とさせて頂きます。
はじめまして、快晴という者です。
『デジタルワールドに勇者として召喚されたらパートナーがバーガモンだった』、前後編通して大変楽しく読ませていただきました。
直接感想をお伝えしたく、筆を執った次第です。拙いものではありますが、どうかご容赦ください。
まず、他の方々も既に仰っておられますが、見事にキレッキレのギャグの数々……! 読んでいてずっと笑いっぱなしでした。
主人公タゴロウさんが兎に角良い奴なのが逐一描写から伝わってきて、加えて彼のデジモン愛が作者様の幅広いデジモン知識に裏打ちされていて、大変攻めた描写が多い中でもそれを嫌味に感じないのは、タゴロウさんの確固たるキャラクター性にあるのだろうなと後方でうんうん頷くなどしていました。何面なんでしょうコレ。
でもデジモンの名前をモードや色まで含めてちゃんとフルネームで呼ぶキャラクターに悪い奴なんていないですもの……。
ギャグ描写だけでなく、デジモンそれぞれの設定の使い方が兎に角上手い……!
カオスデュークモンとメギドラモンの同一存在ギミック、モードチェンジという形以外で使われているのは正直初めて見たので、びっくりして腰を抜かしていました。
その上で、デジタルハザードとして恐れられるメギドラモンの悲哀も描かれていて、既存の設定を活かしつつその枠に囚われない御作の作風を象徴する、最高のラスボスだったと思います。
あと設定というと、これは極めて個人的な感想になってしまうのですが、バーガモンの『デリシャスパティ』をエグい技だと思っている方に会えるとちょっと安心してしまいます。やっぱりエグいですよね、対象をパティに練り込む必殺技……。
それから何より、バーガモンさん! 普段はしおらしいのに戦闘となると途端にオラつくという、ハンバーガーらしくずっと濃いめのキャラクターが微笑ましくて愛らしくて、何より彼の進化ルート、滅茶苦茶好きです。
ジャガモンから濁点を抜いてシャカモン! のくだりは最初思わず噴き出してしまったのですが、よくよく考えればバーガモン種の他者を思いやり食べ物を施す性質は正しくシャカモンの慈愛の精神に重なるところが有り、ギャグに留まらない説得力のあるルートだと気付いて戦慄するなどしていました。
シャカモン、最強デジモンTOP5に数えられそうなのと同時に、創作で使いにくいデジモンTOP5にも入っていそうなデジモンという印象が強く、出て来ても倒し方談義をされている事が多い気がするので、勇者タゴロウさんの相棒シャカモンさんはナンバーワンに輝いているシャカモンだと勝手に思っています。偉大な存在は本当に輝いているものなんですねぇ。
ハイテンポで読みやすい文章、誰を取っても印象的なキャラクター達、最悪のモーセとかいう最高の言葉選び、いにしえのモンモンデジモンセットをただのイロモノで終わらせずタゴロウさんの本音と結びつける手腕、気持ちの良いエンディング……と、好きだった部分を挙げ始めるとキリが無いく、このまま書き連ね続けると本当に収拾がつかなくなりそうなくらい楽しませてもらいました。
本作だけと言わず、この先もサロンに顔を出してもらえたら、いち読者としてとても嬉しいです。
改めて、素敵な作品をありがとうございました。
あとがき。
ここまで目を通していただいた方なら、おわかりいただけるでしょう。
某CMを物語の中核に据えすぎたのが、本作のノベコン応募を断念した最大の理由。
でも、おかげでこうして自由にのびのび書けたので、結果オーライかもしれません。
ジャガモン→シャカモンをやりたいがために生まれたような作品でした。
宗教ネタが入ってるという意味でもアウトっぽいですね。
でもシャカモンなんてデジモンが図鑑にいる方が悪いと思う。(責任転嫁)
私事ながら、デジモンで創作を行うのは久方ぶりの挑戦でした。
にもかかわらず、多くの反応、ご感想をいただけて、欣喜雀躍しております。
今も熱意をもって創作されている方々がいる事実に敬意を表しながら。
お読みいただき、本当にありがとうございました。
【教訓】
デジモンペンデュラムのCMを物語の中心に据えるな
【余談】
本作は「可読性特化」というコンセプトで、縛りを設けて書いていました。
ノベコン規約により、1行は40字まで。
なので、特定箇所(ウルカヌスモンの台詞)以外の段落は、全て40字以内となってます。
(記号によるオーバーはあるかも)
結果として、横書きとの相性の方が良かったですね。