俺は腹を抱えて笑い転げた。
なんて滑稽! なんて惨め!
出会った時からツイてない野郎だとは思っていたが、まさかこれほどとは。
過呼吸を起こしながら、右目から溢れた涙をぬぐう。生理現象というやつか。人の身体は何かと不便だが、この愉快なキモチを彩るスパイスだと思えば、けして悪いものでは無い。
俺はとにかく、気分が良かった。
「もう一度!」
表情が変わらないなりに瞳の奥に「不快」を滲ませるリンドウの肩を掴み、寝物語を寝ないで強請るガキのように、俺は彼女に詰め寄った。
「もう一度、話しておくれ。お前のオカアサンの最期について」
「父が、お母さんを殺したの。……パートナーの、デジモンを使って」
だが、リンドウの方も何度でも繰り返す心づもりらしい。
忘れないように。刻み付けるように。
怯えた子供の躊躇は、最初から、どこにも無かった。
「でもすぐに死んだわけじゃないんだってな。一緒に家の外に逃げて、偶然にも、奇跡的にも! 『迷路』の入り口を見つけて。……オカアサンは、何て言ったんだっけ?」
「私の本当のお父さんは、『迷路』で絵本のお店をしているって」
「うんうん」
「あなたは、人殺しの娘じゃ無いって」
「それでそれで?」
「「あなたはひとりぼっちにはならない」って。……後は、「行って」って。……おしまい」
こらえきれずに噴き出して、今度は文字通り、その場に転がってげらげらと笑った。
声を上げて笑った。
ああ、可笑しい。可笑しい、可笑しい!
慣れない事をするからだ阿呆め。本当に、何一つ成せない哀れな道化だったな『オマエ』はよう。
「だがお前がオトウサンだと思っていた男はただのオカアサンの昔のトモダチ! お前は妻を殺した男の娘で、今では見知らぬ土地でひとりぼっち!! ああ、人生ままならねェな。わかる。わかるよ。オレサマだって面白おかしく暮らしてただけなのに――」
……。
顔の筋肉が一瞬で表情を真顔に作り替えたのが解った。
あー、嫌な事思い出した。最悪だ。こんなところでも俺の悦びに水を差しやがって。あの腐れ聖騎士め。
「まあいい。……ああ、可哀想なリンドウ。『選ばれし子供』の2世。なまじ力を持って産まれてきたばかりに、実の親からも過酷な運命を強要される悲しき存在よ」
言い争っていたのだと、リンドウは言った。
父親の提案に対して、彼女のオカアサンは、その言葉を否定し、リンドウを連れて逃げ出そうとしていたのだと。
そこを、背後からブスリとひと刺し。
……連中、なまじ選ばれて生まれてきた自負があるばかりに、俺を追い払った今でも自分達が世界を護る特別な存在だと信じ続けているのだろう。
そしてその役割を、己の子供たちにも、同じように。
「『アイツ』に「後は任せた」って言われたからな。手伝ってやっても良いぜ。……お前が運命に、抗いたいなら、な」
「手伝ってほしい、の間違いでしょ。あなたが、復讐したいのを」
「言うねエ。まァ、そのくらいの気概がなきゃ始まらねえ。……うまくやれると思うぜ、俺達は」
「……」
リンドウの前で、指を3本立てる。
今度はボキリと折ったりはしないさ。人間の骨折は、直ぐには治らないらしいからな。
「俺の目的は3つ。正確には、1つの目標を成すために2つの手段ってところだが。……まず1つ目」
俺は黄昏の色をした左目を動かして、リンドウの足元に控える成長期デジモンを見下ろす。
折角取り込んでいた『暴食』を分けてやったというのに、そいつ--モルフォモンは、警戒心たっぷりに俺を睨みつけていた。そんなあどけない顔でねめつけられても全くすごみは無いのだが、やれやれ、この恩知らずめ。
「『七大魔王』の捕食。……正確には、昔『迷路』にいたオグドモンの分け身、だな。アレは良かった。すごく良かった。全部喰い切れれば、前以上の力が手に入った筈なのに」
『コイツ』に残されていた知識曰く、リヴァイアモンの元ネタであるリヴァイアサンは、終末の際に神から人々に分け与えられる供物であるともいう。
神からの供物。
その特性故か、『暴食』をモルフォモンに貸し与えてなおアーマゲモンに進化できるだけの力を確保できたわけなの、だが。
まだ、足りない。
あの聖騎士を殺すには――まだ、まだ足りない。
「『傲慢』と『暴食』は取り込んだが、他は『迷路』の各地に散らばっちまった。内、『嫉妬』はマンモンに。『強欲』はオグドモンのパートナーの手元に。どれに成るかは解らんが、1つは場所も割れている。……ここにある以外の4つを喰ってから、最後に『選ばれし子供』のパートナーであるお前のモルフォモンを取り込んで、疑似的に俺がお前のパートナーになる。……これが、目的その1。俺の強化」
モルフォモンを一瞥してから、しかしリンドウは小さく頷いた。
もちろんモルフォモン自身は異を唱えたそうではあったが、コイツが生意気にも俺に歯向かった所で、だ。
それに、どうせパートナーのいう事は聞かざるを得ないだろう。
「そして2つ目は、こっちは知識だな。本物の『絵本屋』の捜索だ」
「……『絵本屋』って、お父さんの事じゃ無かったの?」
「まだその名前で呼んでやるのかい? 泣かせるね。……ま、『アイツ』も嘘は言っちゃいねえよ。俺達も絵本屋だ。確かにな。ただ言うなれば、人間どもから見てデジモンに元となるネタがあるように、絵本屋にも元ネタがあるって話だ」
使ってみて初めて分かった事だが、この身体の脳には、好きな時に特定の、出所不明のアーカイブを閲覧できるシステムが備わっていた。
時折要らん知識をべらべら喋ったり、初見のデジモンだろうがすぐに情報を引き出していたのは、記憶力以上にコレの力だろう。
そして、その不明な「出所」こそが、恐らく本物の『絵本屋』だ。
俺のデータを強化するオグドモンの分け身よりかは優先度は低いが、無力なガキと非力なチューモン1匹ずつを生き残らせるに至った『知識』の力に魅力を感じないと言えば、嘘になる。
実際に、それらを駆使した『アイツ』の戦略は、『迷路』における脅威の1つではあったワケで。
「俺の助けになる、本物の『不思議な絵本』を見つける事。これが、目的その2」
2本の指を曲げ、リンドウを見据える。
じいっと見返す双眸を見るに、3つ目は、言うまでも無いのだろうが。
「最後の1つこそ、我が宿願。『選ばれし子供達』の絶滅だ」
殺す。
殺し尽してやる。
あの聖騎士を、そのパートナーを。奴らに力を与えた全ての光の申し子達を、1匹残らず鏖殺する。
最初はそうじゃなかった。
人の世界のデータを、同胞を。好きな時に好きなだけ貪り喰い、好きな時に好きなだけ壊し尽す全能感に酔っていられれば、俺はそれで満足だったのだ。
だが、世界はそれを許さなかった。
俺は殺された。完膚なきまでに叩きのめされた。
それでも、自分のデータの塵を必死に掻き集めて。
今度は俺を殺した奴らを殺し返すために、蘇ったと言うのに。
なのに――まだ、足りなかった。
だから、今度こそは。
「皆殺しにして、俺の安寧を取り戻すんだ。世界の全てが俺の都合通りに回る、俺が神である世界を、な」
「……あなたのものじゃないでしょ。最初から」
「俺のモノさ。そうなってもらう」
俺の在り方を例えるために、『アイツ』が用意したのが『メアリー・スー』という型だった。
なかなか良かった。美しい物語だ。
全てが1人の女の思い通りになって、彼女が死ぬ時には、皆が彼女のために泣く。実に理想的だった。
……ひょっとすると、それは俺以上に『アイツ』の望みだったのかもしれないが――今となっては、知る術もあるまい。
「さて。お前の望みも、聞こうじゃないかリンドウ」
俺は自分の話を切り上げて、再びリンドウへと話を振る。
俺の根底には、どうにも『悪魔』があるらしい。『七大魔王』とやらとデータの相性が良いのもそのためだろう。
それ故か、俺は人間との取引に際して契約を必要としていた。
俺とこの娘を結ぶための、条件を欲していた。
「……私の、望みは」
相槌を打つ。
リンドウは俺を、俺の左目を真っ直ぐに見据えていた。
「多分、あなたと一緒」
目を見開く。
見覚えのある、影が過った。
「私の大事な物を奪う世界を」
――俺に何も与えない世界を
--「台無しにしてほしい」
少女の願いは
かつて、少年の口から聞いた願いと、酷く似通っていて。
再生の出来ない状態にされて、ふわふわ落ちる事しか出来なかった俺を受け止めて。
共に戦っていたナカマを倣って、ぶち殺す事も出来た筈なのに、そうせずに。
俺を生かして
餌も与えて、育てる代わりにと、口を突いたのが、その願い。
ああ、
ああ。
『コイツ』が最後の最後に振り返って、遠いところを見た先に居たのが、この娘のオカアサン!
「お前はゲイリーの娘だよ」
思わず呟いたその台詞に、リンドウが大きく目を見開いた。
人間の、血だのなんだのを媒介とする繋がりはデジモンである俺には解らない。
解らないが、合致する性質が両者を無条件に『家族』足らしめるなら。絶望を縁に同じ願いを抱く彼らは、俺からすれば、同じモノだ。
何より--
「契約しよう。イザサキ リンドウ」
あの戦場での戦利品を取り出す。
持ち主の頭は弾け飛んだが、こちらは無事に形が残っていた。
レンコの眼帯で、俺は左目を、今現在、俺の身体を構成しているクラモンの通り道を覆い隠す。
これで、見てくれはより「らしく」なった筈だ。
――何よりあの男から、妻を殺してまで手元に置きたかった我が子を奪えると思うと、心の底から気分が良い。
先程聞かされた、イザサキという苗字とやらには、覚えがある。
イザサキ タスク。
十六崎 奨。
『選ばれし子供達』のリーダー格の少年であり――俺が最も憎むデジモンのパートナー!
「お前は俺が力を得るために手を貸し、俺は手に入れた力でお前の世界を壊し尽す。……どうだい?」
「わかった」
リンドウは返事を躊躇わなかった。
モルフォモンも、俺への警戒こそ怠りはしなかったが、主の意に背くつもりは無いらしい。
俺は、手を。差し出した。
クラモン達を介して乗っ取った、ゲイリー・ストゥーの--リンドウの大好きな『オトウサン』の手を。
「ようこそ、『スー&ストゥーのお店』へ」
リンドウは迷わず、握り返す。
この手が、何よりも求めていた手を。
「歓迎するぜ、我が娘」
ああ畜生! なんてことだ、クソッたれめ!!
組実です。
洋ゲーなら上の台詞が英語と字幕で表記されたことでしょう。
第一部お疲れ様でした。ここからハッピーエンドに行くまで胃腸何個あれば足りるのかしら。
小山茉美さんか榊原良子でボイス変換されてるレンコさん、一部ラスボスに相応しい戦いでした。さらば老兵の夢。
メアリーが選ばれし子供達の宿敵の姿になって無双するの胸熱でした。やっぱりメアリー・スーは最高だ!推しです。
ちなみに今話を拝読してて一番「うーーーわっ!!!!!!」ってなったのはリンドウちゃんの出自。なんでこんなことするんです?現実えぐすぎなんですけど。
伏線がほんと凄くてびっくりしました何度でも読み返せちゃう。まさかこれも計算のうちですか。流石ですね。メアリーが推しです。
第二部もどの様な最高&ロックな展開になるか楽しみにしています。
お疲れ様でした!!メアリーが推しです。