❖あらすじ❖
ジュレイモンの山には悪戯好きのデジモン・ピノッキモンがいた。
ある日、山にレアモンというデジモンがやって来る。
レアモンは【黄金の楽器】を持つデジモンに自分の進化を取り消してもらう為、通称〝迷いの森〟を行く手がかりを探していた。
〝迷いの森〟に行く為には嘘をつけばいいらしい。
しかしレアモンは自ら放つ悪臭のせいで、嘘をつくどころか、会話もまともに出来ない状態。
そんな中、ピノッキモンが代わりに嘘を吐くとレアモンに同行するが……?
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嘘つき人形と泥人形のヘンシン
――むかーし昔のお話をしよう。
昔、ピノッキモンという悪戯好きなデジモンがいたそうな。
ピノッキモンはデジタルワールドの深ーい山奥で、ジュレイモンと一緒に暮らしておった。そして山に来たデジモン達に次々と悪さをしては、それを見て楽しんでいた。
❖
「──ねえ、ここ、さっきも、とおらなかった?」
「そ、そんなこと、ないよ……」
その日、不幸にも山に足を踏み入れてしまったデジモンが2体。一頭身ほどの大きさしかない彼ら(デジモンに性別という概念はないが、便宜上として)は、どうやらまだ幼年期(コドモ)のようだ。
「こんなにくらくっちゃ、ドコいけばイイか、わかんないよぅ……」
昼間であったとしても山には背の高い木々が生い茂っている。幼年期達の目線では巨木当然にそびえ立って、陽の光を阻んでいる。加えて、少しでも風が吹けば、ざわざわと梢が鳴り、不気味な音を奏で始める。
「ひぃっ!!」
2体の幼年期デジモンは互いに身を寄せ合い、体をぶるぶると震えさせる。
すると突然、1体の幼年期デジモンの体が宙へと浮かび上がった。
「ぅわあっ──!!」
「カ、カプリモン!」
残された幼年期デジモンが慌てて頭上を見上げる。
何か罠でも引っかかったのかと思うと、そうではない。捕縛用の網も無ければ、縄に引っかかった訳では無く、〝まるで木の中に吸い込まれるように浮いている〟のだ。
「ふぇっぅうええええええぇぇ~~~~っ!! たすけてえええっ! おろしてぇぇっ!! おろしてよぅっ!」
遂に泣き出した幼年期デジモン――カプリモンがじたばたと暴れる。
その時。
「こらっ、ピノッキモンッ!!」
鋭い怒号と共に、浮上を進めていたカプリモンの動きがピタリと止まる。次いでコロンッと、カプリモンが地面に転がった。
「カプリモン! だいじょうぶ?」
「こわかったよぅ! うええええぇぇぇ~~……っ!」
「よしよし、こわかったか。すまんことをしたのう」
幼年期デジモン達に差し掛かる影。2体が見上げると視線の先には大きな木が1本。近場の大木かと思った2体だが、大木との距離が〝不自然に近い〟事に気づいた。
不意に、縦に裂かれた幹の穴から2つの光が不気味に灯る。
「ぎゃあああオバケ(バケモン)だーっ!!」
「ボ、ボクたちなんて、たべてもオイシくないよぅっ!!」
驚いた幼年期デジモン達は再び互いに身を寄せ合い、怯え始める。
完璧にトラウマになってしまったようだ。
子供達を見遣り、大樹──ジュレイモンは溜息を一つ吐く。
「見てみなさい、ピノッキモン。お前さんの悪戯のせいで、こんな怯えて……」
「アハハハハハハッ!! コレがいいんじゃない、ジュレイモン!」
楽しそうな笑い声と共に、さきほどカプリモンを吸い込もうとした木の中から影が降りてきた。
木で作られた人形のような形をしたデジモン――彼こそがピノッキモンだ。
「小さな子達が、こーんな暗くて深い森に来ちゃアブナイんだよって、ボクなりに教えてあげてたんだよ!」
「……………………はあ」
──とまあ、御覧の通り。
お世辞にも、性格の良いデジモンとはとても言い難い。しかも、これで最高レベルの究極体だというのだから、更に呆れてしまう。
「ピノッキモン、そんなことをしなくても、このエリアを荒そうとするデジモンはいないよ?」
幼年期デジモン達を、山のふもとまで送り届けた帰り。ジュレイモンは駄目元で、やんわりとピノッキモンを宥めてみる。
すると、ピノッキモンはムッと顔をしかめて、強く言い返してきた。
「そんなヤツ、ボクがぶっ飛ばして、二度とこの山に近づけないようにしてやるよ! でも、その前からこの山は危ないって知っておけば、そんなヤツは来ないでしょ?」
最後はえっへん、と胸を張る。
ジュレイモンは、ピノッキモンがまだ幼年期の頃から彼の成長を見続けている。いわゆる育ての親という立場だ。だから、彼の行動の全てが悪意では無いと理解している。
彼なりに住処である山を守ろうとしているだけなのだ。ただ、やり方が度を越した悪戯になっているだけで。
当然ながら周囲に住むデジモンは、その心意を知らない。
知ったところで納得するデジモンは、果たしてどれぐらいいるだろうか。彼らとピノッキモンの間に、そこまでの信用性があるとは思えなかった。
実際、事情を知らないデジモン達はひそひそと口々に言う。
「この間も、ジュレイモンの山を散策したデジモン達が、ピノッキモンの悪戯で……」
「ジュレイモンも、たまにはガツンッと言えばいいのに……」
「完全体のジュレイモンじゃあ、強く言えないわよ。逆らったら殺されそうだもの」
「ピノッキモンがいる間は、あの山は通れないわ。困ったわね」
噂というのは、まるで病魔のようにあっという間に広がっていくもの。悪い噂であれば余計に広がるスピードも速い。
こうして、ジュレイモンの山に近づく者はいなくなっていった。
これに、ジュレイモンは思ったより悲しさや寂しさを感じていなかったらしい。それ以上に、ピノッキモンの印象が悪くならないことを安堵していたようだ。
──ジュレイモンの山から悲鳴が聞こえなくなって久しくなった、そんなある日の事。
❖
「うわあああああああ!!」
ここしばらく平和だった山に、突如として響く悲鳴。
事情を知らない来訪者が、ピノッキモンの悪戯の被害に遭ったのか。
ジュレイモンはすぐさま悲鳴が聞こえた方へと駆けつけた。
「何事じゃ!?」
そこで、ジュレイモンが目撃したのは──。
「なっ──ピノッキモン!?」
驚くべき事に、あのピノッキモンが仰向けに倒れていた。
ああ、遂にピノッキモンの悪戯に耐え切れなくなったデジモン達が強いデジモンを引き連れてやって来たのか!
ジュレイモンは咄嗟にそう思ったが、どうやら倒れているピノッキモンの様子がおかしい。確かに顔付近を抑えてはいるものの、攻撃を受けて悶える感じはしない。
「あのぅ……」
ずるり、と。
大木の間から大きな影が見えた。体を重たげに動かして、こちらに近づく。
その瞬間、強烈な悪臭がジュレイモンに襲い掛かって来た。
「!?」
ジュレイモンは反射的に数歩、影から遠ざかった。それでも悪臭は風に乗って、尾行するように纏わりついてくる。
久々の来客に申し訳なさを感じながら、ジュレイモンは口元を手で覆った。それから、未だに倒れているピノッキモンを見る。
なるほど、とジュレイモンは状況を把握した。ピノッキモンはこの悪臭をまともに嗅いでしまい、倒れたようだ。
「アア、すみませン。ワタクシ、ニオイますよネ。ゴメンナサイ……」
おずおずと姿を現したデジモンを見て、ジュレイモンは顔を歪める。喉元まで出かかった嗚咽を、息と共に呑み込む。
そのデジモンに、足は無かった。足どころか、体という区別がつけられる部位が見当たらない。唯一分かるのは手と顔だけだ。手も、地を這うだけで、満足に動ける程の長さは持たない。
形としてならジュレイモンも似たようなものだ。しかし、足は一応木の根の形として存在しているし、当然ながら体もある。
もっとも何もかもが不定形な姿をしている相手と比べたところで、不毛ではあるのだが。
「ワタクシ、『レアモン』とイイマス。ここは【黄金の楽器】がある〝迷いの森〟で間違いないデスカ?」
レアモンと名乗ったデジモンは端的に尋ねてきた。自身が発している匂いを自覚している為か、必要以上にその場から動く素振りは無い。
思った以上に礼節を弁えたデジモンのようだ。見たくれと臭気さえ気にしなければ、人柄は良い方だと感じられる。
──相手のデータの一部分、いや一欠けらでも良いから、ピノッキモンにあげれば少しはマシになるか?
ジュレイモンはひっそりとそう思いつつ、尋ねられた質問にいや、と首を左右に振る。
「ここは〝迷いの森〟ではないよ。そもそも、ここは山だ。確かに、森と呼べるほどの木々はあれど、残念ながらお探しの【黄金の楽器】はないよ」
するとレアモンは視線を伏せて、残念そうに「そうデスカ……」と呟く。
「ジュヘイモン、【ホーゴンノハッヒ】って、はひ?」
ピノッキモンがなんとか地面を這いずりながら、ジュレイモンの元へやって来る。鼻をつまみながら喋っているので、投げかけられた質問は少し聞き取りづらい。
そこはピノッキモンと付き合いが長いジュレイモン。相手が何を聞きたいかは、だいだい察しがつく。
「【黄金の楽器】とは、デジタルワールドに伝わる秘宝の一つだよ。その楽器が奏でる美しい旋律は、聞いた者の身も心も浄化してくれるそうだ。あるデジモンが持っているとされており、そのデジモンがいるのが、通称〝迷いの森〟と呼ばれる場所」
「〝迷いの森〟はその名の通り、侵入者を迷わせるのデス。一度迷えば、二度と森から出られるコトはナイと聞きましタ。てっきり、ココがそうかと思ったのデスガ……」
ピノッキモンはなんとか身を起こすと、いそいそとジュレイモンの後ろに隠れた。顔だけひょっこりと出し、「なんで、そう思ったのさ?」と聞く。
「ふもとで、デジモン達が話しているのを、聞いたのデス。『悪いことをすると、悪戯小僧がいる森に連れて行く』と。『そうしたら、もう二度と帰って来られないんだからね!』と」
「ちょっと、悪戯小僧ってもしかしてボクのコト?」
失礼しちゃうなー、と頬を膨らませるピノッキモン。
「でも、その〝迷いの森〟って一度入ったら二度と森から出られないんでしょ? なんで自分から行こうとしてるの?」
続けざまに尋ねたピノッキモンの言葉に、ジュレイモンは表情を強張らせる。
その質問は無粋だと、ピノッキモンは解っているのだろうか。
いや、彼の声に悪意は微塵も感じられない。ただの純粋な好奇心で聞いたのだ。相手がそれを分かってくれることを、ジュレイモンは心から願った。
レアモンは怒ることもなければ、困惑した様子もなかった。ピノッキモンをじっと見つめて、一言答える。
「──浄化を」
「浄化?」
「ワタクシは、進化する前は『ドラクモン』というデジモン、でしタ。アナタのように、イタズラが好きなデジモンだったのデス」
それが悪かったのデショウカ、とレアモンは物憂げに視線を伏せた。
「こんな醜いデジモンに、進化してシマウ、なんて……」
「お前さん、種族とレベルは?」
「あ、アンデッド型で、成熟期デス……」
ふむ、とジュレイモンは口元にたくわえた髭──のような茂みを撫で、考える。
進化とは、デジモンの在り方で決まる。住んでいる環境に左右される事もあれば、元々持っている特性や考え方を変える事で、本来するはずのない進化も可能だ。
ドラクモンと言えば、確かアンデッド型の成長期デジモンだ。特性としては吸血を好むという。
レアモンは恐らく、良くも悪くも自分の在り方を徹底したのだろう。どちらかと言えば、悪戯好きという在り方を強く引き継いでしまった結果が、今の姿と言っても過言ではない。
吸血の特性が強ければ、また別の可能性もあっただろうが。
「だから、【黄金の楽器】で浄化を──この進化を、無くして欲しいのデス」
ジュレイモンは眉根を寄せた。進化を無くす──?
「そのようなことを、安易に口に出すものではないぞ。場合によっては退化ではなく、デジタマにまで戻される。それは、つもり──」
ハイ、とレアモンは静かに頷いた。それから真っ直ぐジュレイモンを見て答える。
「最悪、ワタクシは死にマス」
あまりにも真っ直ぐな眼差しには、一切の迷いも曇りも無い。
ジュレイモンは杖を握っていない方の手を自身の額にあてる。
「成熟期であれば、更に進化出来るだろう。それは考えなかったのか」
「鍛えれば、たしかに進化デキルかも、しれまセン……デモ、ワタクシは、それまでこの姿で過ごすなんて、デキません……」
確かに、と納得してしまうのは『レアモン』という存在に失礼だろうか。
姿かたちだけなら、まだ成熟期最弱と言われているヌメモンの方がマシかもしれない。彼らは攻撃方法こそ酷いものだが、生活においてはレアモンほど支障はないだろう。
「────……」
誰も喋らない、静かすぎるほどに重い沈黙が落ちる。
「──ねえ、ジュレイモン」
声を上げたのは、まさかのピノッキモンだった。
「その〝迷いの森〟って、海よりも深くて、空よりも広いの?」
ジュレイモンは眉を跳ね上げてピノッキモンを見る。てっきり〝迷いの森〟の所在について聞いてくるのかと思えば、違うことを聞かれた事に驚いた。
「〝迷いの森〟というのは、あくまでも通称であって、本当に森の形をしているかどうかさえ、怪しいんだよ」
「じゃあ、黄金色の音って、聞いたことある?」
「待てピノッキモン。先ほどから話の要領を得んのだ。どこから、そんな話が出てくる?」
「前に、この山に入って来た幼年期デジモン達が不思議な歌を歌ってたんだ。森って言ってたから、もしかしたらって思って……」
「それは、どんな歌なのデスか?」
ピノッキモンは促されるまま、その時に聞いた歌を口ずさむ。
【ライアー・ライアー!
嘘つきは どこだい?
ダウト・ダウト・ダウト!
嘘つきは ここさ!
嘘つきは グルグル回る
口も 頭も グルグル回る
嘘つきに ピッタリな場所があるよ!
さあさあ、
連れて行こう!
ライアー・ライアー!
その森は 海より深いよ
ダウト・ダウト・ダウト!
その森は 空より広いよ
さあさあ、
お耳を拝借!
黄金色の音が聞こえたら
それが森への招待券さ!】
「ふむ、黄金色の音か。【黄金の楽器】である確率は高いな」
ジュレイモンの言葉にレアモンの表情が嬉しそうに綻ぶ。
「アリガトウゴザイマス、ピノッキモン。おかげで〝迷いの森〟の手がかりが、分かりましタ!」
レアモンが礼を言えば、ピノッキモンは照れ臭そうに顔を背ける。
でも、と続けると、レアモンの表情がまたも暗くなる。
「ワタクシには少し、むずかしいかも、デス……ウソをつく前に、みんな、逃げていきマスから……」
どうして、とは、さすがのピノッキモンも言わなかった。
レアモンが放つ悪臭は距離を十分に取ったとしても、風に乗って嗅覚を容赦なく刺激する。現にジュレイモンもピノッキモンも、相手に近づけないでいる。
仮に逃げないデジモンがいたとしても、最初のピノッキモンのように昏倒してしまう可能性が高い。ウソを吐く前に、まともに会話が出来る状況にならないのは目に見えて明らかだった。
しょんぼりと項垂れるレアモン。
ジュレイモンが視界の端でピノッキモンを見る。どうしたものかと困惑した様子でレアモンを見つめ、数拍。戸惑っていた目が決然と引き締まる。
「──わかった!」
ピノッキモンはジュレイモンの後ろから飛び出し、一歩レアモンに近づいた。そして、ハッキリとこう告げる。
「ボクがやってあげるよ!」
「え、デモ……ア、アナタ、確か、ワタクシの匂いに、真っ先に昏倒してマシタ、よね……?」
「あっ、あれは突然だったから驚いただけ! 本当は、別にヘーキなんだから!」
ほらっ、とレアモンに徐々に近づいていくピノッキモン。なんとも形容しがたい、ただ不快だけが募る悪臭を認識する度に、彼の顔が露骨に歪む。
だがピノッキモンは、レアモンに触れられる距離まで近づくことが出来た。
見守っていたジュレイモンは二重の意味で驚いていた。
まずピノッキモンが自ら同行する事を申し出るなんて、予想だにしていなかった。少なからずレアモンの事を気にかけ始めていたのは、それとなく気づいていた。本人が言いださなかったら、ジュレイモンがそれとなく促す予定だった。
次は、レアモンの悪臭を受け入れようとしている。先ほどまで頑なにジュレイモンの後ろから動こうとはしなかったのだ。一歩近づいただけでも、目を見張る変化だ。
「ほら、大丈夫でしょ?」
得意気にそう言ったピノッキモンの顔は少し引きつっていた。見るからに、やせ我慢をしているのが分かる。
それでも、とレアモンはそっと目を閉じて、嬉しさを噛みしめた。
「アア──……」
いつぶりだろう──。まともに会話をしたのだって、とても久しぶりで。ましてや、自分に近づいてくれる人(デジモン)がいるなんて。
「アリガトウ、ゴザイマス」
動けば更に臭気が増して、折角近づいてくれたピノッキモンが離れてしまう。そんな不安がありながらも、レアモンは頭を下げずにはいられなかった。
ピノッキモンは離れず、傍にいてくれた。
❖
ピノッキモンとレアモンは下山した。あのまま山で犠牲者(来訪者)を待ったとしても来ない、とジュレイモンが言ったからだった。
現にレアモンが来るまで誰も来なかったのだ。周りが徹底しているからか、好奇心旺盛な幼年期さえ来ない。
気長に待つにしろ、それでは先にレアモンを進化させた方が早いのではないか。
──という訳で。
「山のふもとで、テキトーに嘘をついて回ろう! そうすれば、あっという間に〝迷いの森〟に行けるね!」
「そうデス、ネ」
レアモンは自分の前を歩くピノッキモンを見ながら、ふと思うことがあった。悪い予感、というべきか。
「あ、いたいた!」
ピノッキモンの嬉しそうな声に、レアモンは視線を上げる。
レアモンの視界からも、ピノッキモンが見つけたであろうデジモン(フローラモン)の姿が映る。
「じゃ、レアモンはここで待っててね! テキトーに嘘ついてくるから!」
そう言うと、ピノッキモンは「おーい!」と駆け出して行った。
声に気づいたフローラモンがピノッキモンを見る。
「あのさ、さっき向こうで──」
「キャアアアアァァァァァッッ!!」
ピノッキモンが言い終える前に、フローラモンは悲鳴を上げた。しかも、どちらかと言えば身の危険を察したような甲高い悲鳴だ。レアモンの匂いを嗅いだピノッキモンの悲鳴ですら、ここまででは無かった。
え、とピノッキモンは目を丸くさせる。
「な、なに? まだ何も言ってないけど……」
「ピノッキモンよ! ピノッキモンがジュレイモンの山から下りてきたわーッ!!」
「ちょっと待っ──!」
ピノッキモンが制止する間でもなく、フローラモンは猛スピードでその場を走り去っていった。舞い上がった土煙がピノッキモンに覆いかぶさる。
……余談だが、フローラモンの足は植物型デジモン特有の形をしている。ジュレイモンもそうだが、植物型デジモンの足は基本的にみな、木の根のような形をしている。端的に言えば、物凄く走りづらい──はず。それなのにも関わらず、フローラモンの姿はあっという間に地平線の果てまで、見えなくなっていた。
ピノッキモンは盛大にむせながら、フローラモンが去って行った方向を唖然と見つめる。
「ゲホッゴホッ!──なっ、なんだよ、一体……!」
ピノッキモン、とレアモンが不安そうに呼びかける。
ピノッキモンはレアモンを一瞥すると、ふんっと荒々しく鼻を鳴らす。
「別に一人ぐらい逃がしたって、他の奴を見つければいい事だからね! だから、心配することもないよ、レアモン!」
「──……、…………」
レアモンは口を開きかけたが、思いとどまってすぐに閉じた。
──それから。
「おーい、」
「うわあああピノッキモンだ!! 逃げろーッ!!」
見かけたデジモンに片っ端から声をかけても。
「あ、あのさ──」
「ひえええええぇぇぇッ!!」
御覧の有様。
みなピノッキモンを見るなり、脱兎の如く逃げてしまう。
あるデジモンは水が苦手なのにも関わらず、自ら川に飛び込んでいったり。
あるデジモンは収穫したばかりの肉リンゴを差し出して、その隙に逃げた。
嘘をつくどころか、会話さえまともに成立しない状況が続く。
「もうー! なんだよなんだよ、みんなして!!」
結局、まともに取り合ってくれるデジモンなど1体も出会えず、夜を迎えた。
ピノッキモンは焚火で焼いた肉リンゴを乱暴に食べた。口の中に旨味たっぷりの肉汁が広がる。気分的には幸せなのに、モヤモヤとした気持ちは晴れない。
「ここの連中はみんな、融通がきかないね! ジュレイモンみたく、ヒトの話はちゃんと最後まで聞かなきゃ!」
「デモ、このままでは〝迷いの森〟に行けまセン。どうしまショウ?」
「隣のエリアに行こうよ! ここの連中はボクを見るなり、どっか行っちゃうからさ」
最後に呟いた言葉に、レアモンは少し寂し気に目を細める。
「寂しくナイ、デスか……?」
自然と零れてしまった言葉に、レアモンはハッと慌てて口を噤む。恐る恐るピノッキモンを見ると、キョトンとしていた。
「寂しい……?」
〝寂しい〟という言葉の意味を聞いている訳ではない。未だに胸の内にあるモヤモヤとした気持ちが、果たしてそうなのか。
しばらく考えた後に、ピノッキモンは顔をしかめた。
「そんなことないよ! 話もまともに聞いちゃくれない、あんな薄情な連中に相手にされなくて寂しいなんてさ! アイツらと関わるのも、どうせこの先ないんだし。今回は仕方なく、だもんね」
「デモ、少しダケ、ピノッキモンが羨ましいデス。ワタクシは、ココしばらく、誰とも会話をしていまセン、カラ」
ピノッキモンの場合は、自分で蒔いた種が自分の返って来ているだけだ。素行を正せば逃げられることは無くなるだろう。
対し、レアモンは醜い見た目と悪臭のせいで誰も寄り付かない。
「レアモンは、やっぱり寂しいから、進化を取り消そうと思ったの?」
「そう、デスネ。最初は、それこそピノッキモンと同じで、イタズラをしてきたデジモン達にどう思われようが、関係ありまセンでしタ。デモ、この姿に進化したら、目の前で逃げられて……さすがにショックでしタ」
それこそピノッキモンを見るなり逃げたデジモン達のように。
「場所が悪いカラと思って、別のエリアに移動しましタ。デモ、見た目とニオイで逃げられ……そうしてだんだんと、この姿が、キライになりましタ」
レアモンはゆっくりと息を吐く。どうしても発してしまう悪臭を、最小限に留める為だった。
「イタズラをし続けたカラ、この姿に進化しタ。途中で改めたら、あのデジモン達は、ユルして、くれタのか。タスけて、くれタのか。それは分からナイけど、分かったコトはありましタ。ワタクシは今独りなんダ、と」
「ひとり……」
「一人ではなく、独り──孤独だったのデス。みんないるのに、自分だけが取り残される、寂しさ」
ピノッキモンは今日まさに取り残された気分を味わった。みんないるのに、そこに自分がいない。それを実感した途端、モヤモヤした気持ちが生まれた。
ピノッキモンは自分の胸に手を当てる。モヤモヤとした気持ちは、まだそこにあった。
「余計なお世話ダとは、思いマス。ダけど、言わせてクダサイ。ワタクシのようには、ならないでクダサイ、ネ」
独りは思った以上にツライデス、と付け加えて、レアモンは苦笑する。
ピノッキモンは、なんて返せばいいのか分からなかった。ただ誤魔化すように肉リンゴを食べ、眠ることしか出来なかった。
❖
隣のエリアに着いたのは、翌日の夕方頃だった。
まず目についたのは、今まで見てきたような風景を持つ小さな集落だ。そこに住むデジモン達は、地元で見かけたデジモン達とは少し毛色が違うように見える。
ピノッキモンとレアモンはすぐに集落には入らず、少し離れた茂みの中に身を潜めていた。
「どうして、隠れるんデス、カ? ウソはまだ、ついていまセン、よ?」
レアモンが問うと、ピノッキモンは目を輝かせて言う。
「どうせならさ、すんごいウソをつこうよ、レアモン!」
「スゴいウソとは、どんなウソを、つくんデスか?」
「えへへ! レアモンも一緒に出来るウソだよ!」
「ワタクシも?」
「うん!」と頷くピノッキモンの笑顔は、無邪気な子供そのものだった。
❖
「た、大変だぁあ──ッ!!」
ピノッキモンは悲鳴にも似た声を上げながら集落の中へと入る。ただならぬ様子に、住人の誰もが手を止めてピノッキモンを見た。
ピノッキモンの近くにいたデジモンが、驚きを隠し切れない様子で尋ねる。
「ど、どうしたんだ?」
「大きなデジモンが現れたんだ!! 急いで逃げなきゃ、みんな食べられちゃうよ!!」
ピノッキモンが両手を広げて大袈裟に言うと、聞いてきたデジモンは「なんだって!?」と更に驚愕した。
その言葉を聞いた他の住人達も、不安そうに周囲と顔を見合わせる。
「大きいデジモン?」
「でも、逃げるほどのものかな?」
「みんなで力を合わせれば怖くないよ、きっと」
瞬く間に穏やかだった空気が緊張を帯びて、ざわめき始める。大抵は、そんな不安感が満ちた場を静めるまとめ訳が出てくるのだが、それらしいデジモンは現れない。
ピノッキモンは内心ニヤリと笑いながら、演技を続ける。
「ホントなんだって! もうすぐそこまで来てるよ!! 早く逃げなきゃ!!」
その時。
「グォオオオオオオ──ッッ!!」
地鳴りのような咆哮が、存在感を示すように木霊する。途端に住人たちは怯え始めた。
「なんだなんだ!?」
「あ、あれ!」
1体のデジモンが指し示した方に、その場の全員がそちらを見る。
集落の周りには、背の高い木々がまばらに並んでいる。偶然にも取り囲むようにある木々は天然の柵と化していた。そんな場所に、突如、巨大な影が浮かび上がる。
体は山ほど大きくて、炎のようにドロドロと揺らめいている。影の真ん中──丁度口らしい場所がパックリと開いた。
「グォオオオオオオ──ッッ!!」
「っ、ひあああああっっ出たああああああっっ!!」
1体のデジモンが悲鳴を上げると、それを皮切りに住人達は逃げ惑う。特に避難場所を決めている訳ではないので、彼らは無作為に四方八方へと散っていく。
気づけば集落に残っているのは、ピノッキモンだけになっていた。
「フフフフッアハハハハハハハハハ!! やった!! やったよ、レアモン!!」
ピノッキモンが後ろを振り向き、林に浮かび上がる影に呼びかける。
影が動くと、木々の隙間からレアモンが這い出てきた。その傍らには焚火があり、レアモンが動くとまた林に浮かび上がっている影も動いている。
単純で、簡単な影による脅迫だ。その程度に驚くなんて、ここはよほど平和なんだろう。
それでも立ち向かったり、信じないデジモンがいたら、レアモンがヘドロを吐く予定だった。信じる信じないは別として、放たれた悪臭には誰も立ち向かえないはずだ。
「うまくいきましタ、ネ、ピノッキモン」
「うん! ねえ、次行く所も、また同じウソにしよう! そうしたら、レアモンも〝迷いの森〟に行けるでしょ?」
「ワタクシの為に、アリガトウゴザイマス」
「いいよいいよ! ボクだって楽しいし! これでボクとレアモンはー……えーと、こういうのなんていうんだっけ?」
「共犯者デス、ピノッキモン」
「そう、それ! レアモンとボクは〝キョーハンシャ〟だね!」
子供のように無邪気にはしゃぐピノッキモン。
レアモンはそんな彼を見たあと、次いで誰もいなくなった集落を見渡す。ウソに翻弄されたデジモン達が逃げ惑う姿は、遠目からでもよく見えていた。不思議と罪悪感はなかった。寧ろ、楽しいとさえ思った。
──そうだ。自分は今、楽しいのだ。久々に誰かにイタズラが出来て、嬉しいのだ。
ピノッキモン、とレアモンは笑みを向けて言う。
「やはり、イタズラは楽しいデス、ネ」
ピノッキモンもまた「楽しいね!」と笑って返してくれた。
❖
「大変だー! 大きなデジモンが現れたー!」
次に辿り着いた村でも、ピノッキモンは同じような嘘を大声で叫ぶ。村のデジモン達はピノッキモンの嘘を信じ、最初の集落と同じように脱兎の如く逃げて行った。
「大変だー!」
次の村も。その次の村も。誰も嘘だと疑うこともなく。次々と空っぽの村が出来上がっていく。
だが、いつまでも経っても黄金色の音は聞こえてこなかった。
「順調デス、ネ」
ピノッキモンとレアモンは道中で見つけた小川で休憩をしていた。続けて声を張り続けているので、喉を潤す為に川辺で水分補給する。
ピノッキモンは流れる川の水を両手ですくい、一気に飲む。それからレアモンの方を振り返った。
「でも、なかなか〝迷いの森〟に行けないね。どうしてだろう? 違うのかな?」
「──お兄さんたち、〝迷いの森〟に行きたいのかい?」
突然聞こえてきた声にピノッキモンとレアモンは驚いた。キョロキョロと見渡すレアモン。ピノッキモンは迷わず声がした方に視線を向ける。究極体というのは身体能力だけではなく、感覚などもアップする。
川辺の近くには木が何本か、まばらに生えている。その枝に止まっていた1体のデジモン──一瞬、鳥型かと思えば違う。顔は鳥──というより、獣を連想させるようなものばなく、天使型のようなヒトっぽい造形だ。背中から広がっている羽のようなものは、よく見ると魚の尾びれみたいな形をしている。
「アレは、確かセイレーンモン、デス、ネ。ああ見えて、完全体デス」
初めて見るであろうピノッキモンに、レアモンがさりげなく教える。
セイレーンモンは大きな目を丸くさせて、ピノッキモンとレアモンを見下ろしていた。
「じゃあ、もしかしてお兄さん達かい? 最近、別のエリアから来て、行くとこ行くとこに『大きなデジモンが出たー』って言いふらしてるの」
「そうだよって言ったら、〝迷いの森〟に行く方法を教えてくれる? ま、あんたが知ってるんだったらの話だけど」
「なんで行きたいの? あそこは一度入ったら出られないから〝迷いの森〟なのに」
セイレーンモンは続けざまに質問を投げかけてくる。それにピノッキモンはだだん苛立ってきた。
「なんで、そこまで教えなきゃ──」
「【黄金の楽器】を持つデジモンに、会いに行くためデス、ヨ」
ピノッキモンの言葉を遮り、レアモンが答える。
「【黄金の楽器】を持つデジモンに会って、どうするの?」
「……【黄金の楽器】は聞けば、どんなモノも浄化スルと、聞きマシタ。それは進化も、例外ではナイと」
「その口ぶりだとお兄さんは、今の進化に不満があるみたいな言い方だね」
「アナタは、ワタクシのこの姿を見て、──何を思いマシタ、か?」
レアモンが少しだけ身じろいだ。たったそれだけでも周囲に悪臭が漂う。それでもセイレーンモンは嫌な顔一つせず、ただ静かにレアモンを見据えていた。
「──……」
しばし、セイレーンモンとレアモンの視線が交差する。真っ直ぐとした瞳で、互いの心意を交わすように。
数拍の間を置いて、セイレーンモンが口を開き、歌を紡ぐ。
【ライアー・ライアー! 嘘つきは、どこだい?
ダウト・ダウト・ダウト! 嘘つきは、ここさ!】
セイレーンモンの歌声に合わせて、背から伸びている尾びれのような羽から金色の粒子が飛び交う。
【嘘つきは、グルグル回る。口も、頭も、グルグル回る】
歌詞に則って、粒子はグルグルと回り始める。
【嘘つきに、ピッタリな場所があるよ!
さあさあ、連れて行こう!】
回っていた粒子が、5本の線が引かれた光の帯に変わる。それは2つに別れると、ピノッキモンとレアモンに向かって伸びていった。
【ライアー・ライアー! その森は 海より深いよ。
ダウト・ダウト・ダウト! その森は 空より広いよ。
さあさあ、ご拝聴!】
パチンッ、と指を鳴らすセイレーンモン。すると、突如として顕れた複数の音符達。それらはセイレーンモンのハミングに合わせて踊り、光の帯に付属されていく。そうして瞬く間に5本の線の上には音符達で埋め尽くされ、一つの楽譜が完成する。
【黄金色の音が聞こえたら──それが、森への招待券さ】
セイレーンモンが歌い終わった直後。
黄金色の音と言いながら、音も無く景色が変わる。川のせせらぎが聞こえていたはずなのに、ピタリと聞こえなくなった。それどころか、川自体が無い。
ざっと辺りを見回せば、木、木、木。鬱蒼とした深い森が眼前に広がっている。昼間なのに薄暗いのは、周りを囲む木々の背が高いからだろうか。
「ここが〝迷いの森〟……」
ピノッキモンはハッとセイレーンモンを見た。だが、セイレーンモンがいたはずの木には、何もいない。
自分達が唖然としている間に、何処かに飛び去ったのだろうか。だとしても、飛び立った羽音さえも聞こえなかった。
「アア……ようやくデス、ネ」
そう呟いたレアモンの声は静かで、とても安らいでいた。
彼が求めていた場所へようやく辿り着いた。本来であれば嬉しいはずなのに、ピノッキモンは何処か物悲しさを感じていた。
「ピノッキモン……?」
レアモンの呼びかけにハッとすれば、彼が数歩先に進んでこちらを振り返っているのが見えた。
「どうか、しましタ?」
ピノッキモンは慌てて首を振った。
「ううん、大丈夫! さ、【黄金の楽器】を持ったデジモンをさがそ!」
レアモンの脇を横切り、森の奥へと進むピノッキモン。
そんな彼を不思議に思いつつもレアモンは何も聞くことなく、後を追うようにして進む。
❖
行けども行けども同じ風景。
ジュレイモンの森で同じような光景を毎日見ていたはずなのに、この森は一向に見慣れない。
ピノッキモンはここが森という名の得体の知れない場所だと思った。少しでも生まれた不安を解消する為に、黙々と進むレアモンに尋ねる。
「ねえ、レアモン……さっきもここ、通らなかった?」
「通りましタ」
「だよね、気のせい──え……?」
レアモンの声があまりにもあっさりとし過ぎたせいで、ピノッキモンは思わず聞き返す。
「どうしてわかるの!?」
レアモンは立ち止まり、「コレを見てくだサイ」と自分の近くにある木を指す。ぱっと見では他の木との違いに気づかなかったが、よく見てみるとハッキリと×印が刻まれている。
「木に印があるね?」
「ワタクシが付けた訳では、ありまセン。元々、ついてありましタ。丁度いいので、覚えていたのデス。成長期の頃の、名残なのか、この見た目の割に、記憶力は良い方なのデス」
──それにしても。
レアモンは空を見上げる。薄暗さは木の高さのせいだろうが、時が進んでいる感じさえしないのは気のせいだろうか。
実を言うと、この木の印をまた見たのはこれで8回目だ。ぐるりと森の中を一周していたと仮定するならば、一周するまでそんなに時間はかかっていない。しかしそれが8回となれば、当然その分の時間は経過しているはず。
空の色は木が邪魔をして分からない。夜とまではいかないが、それでも夕方ぐらいにはなっていてもおかしくない。
チラリとピノッキモンを見る。周囲を落ち着きのない様子で見回し、どうしようと戸惑っている様子が見てとれた。
自分はいい。【黄金の楽器】を持つデジモンを見つけるまで、ここまでいれば良いのだから。
──でも、ピノッキモンは違う。彼はただ自分に付き添って、ここまでついてきただけだ。彼だけは必ず帰してやらないと。
「今度は、あっちを見て、みましょウ」
無意識のうちに同じ道を通っている可能性もある。
悪路になってしまうが、ピノッキモンには少し我慢してもらおう。
うん、とピノッキモンがレアモンに続いて歩こうとした。
「……──え」
その時、レアモンの体にザザッとノイズが走るのを目撃する。
ピノッキモンは目の錯覚かと思って目を擦った。だが、ノイズは消えなかった。
ノイズ自体は小さいものの、しかし確実にレアモンを──彼の今の形を構築するワイヤーフレームを変形させていた。
本人は至って平然としているから、レアモン自身はその事象に気づいていないようだ。
ピノッキモンは慌ててレアモンに駆け寄り、手を伸ばす。
「レアモン!!」
え、と振り向く彼の手を掴む。悪臭など気にしてられなかった。もう慣れたのだろう。
──だが。
「ピノッキモン……?」
そう呟いたレアモン──否、〝レアモンだったデジモン〟が不思議そうにこちらを見る。
寸前まで接していたから分かるが、今目の前にいるデジモンにレアモンの面影など欠片も無い。かろうじて頭のシルエットぐらいが似ていると感じるぐらいか。それでも、なんとなく似ている程度に過ぎない。
レアモンの時と比べると、体は明らかに小さくなっている。それでも備わっている手足は自由に動けそうだ。口は白く塗りつぶされていて、歯を見せて笑っている印象を受ける。色の違う左右の目は、まるで目の形だけを描いた絵のように見受けられた。
「レアモン、でいいんだよね……?」
「そういうアナタは、ピノッキモン──ですよね?」
まさかの質問返しに、今度はピノッキモンがえ、と呟く。
相手の容姿ばかりを気にかけていたからか、〝相手の目線がほぼ自分と同じ〟である事に気づかなかった。
レアモンは恐らく成長期の姿──ドラクモンの姿だろう。
──ならば自分は?
姿が変わってしまったという自分を、見える範囲で観察する。まず体が全体的に小さくなっていることに気づく。それなのに頭が少し重いと感じた。感覚的にではなく、物理的に重いのだ。不自由はないが、いつもと比べると少し動きにくい。
ピノッキモンの脳裏に、あるデジモンの姿が横切る。何回か、そのデジモンを見かけたことがあった。その度にジュレイモンから「ピノッキモンも昔はああだったんだよ」と言われて、辟易していたのを思い出す。
そう、レアモンがドラクモンに退化しているのと同じように、ピノッキモンもまた成長期であるマッシュモンに退化していたのだ。
「なんで!? 【黄金の楽器】がないと、そういうことにならないんじゃないの!?」
マッシュモンの言葉に、ドラクモンは心の中で頷いた。
ふとセイレーンモンが歌っていた歌詞を思い出し、ハッとする。
──嘘つきは、グルグル回る。口も、頭も、グルグル回る。嘘つきに、ピッタリな場所。
まさか──!
ドラクモンは印がある木を見る。木を起点として、自分達は約8回ほど森の中を〝グルグル回って〟いた。それが原因で退化したとでも言うのか。
これが浄化?
では【黄金の楽器】は?
セイレーンモンは確かに黄金色の音を発していたが、楽器など持っていなかった。それとも【黄金の楽器】というのはあくまでも例え話で、実際はセイレーンモンの歌声を【黄金の楽器】といっていたのか?
不意に、どこからともなく音楽が聞こえてきた。低く響いてくるのに、恐ろしさはない。寧ろ、柔らかさがある音色だった。
音がする方を見ようとして、辺りを見回せど正確な位置が割り出せないドラクモンとマッシュモン。成長期に戻ってしまったから感覚が鈍ったのか──そう思ったが、違う。
その音色は四方八方どこからでも等しく聞こえてくる。まるで森全体が音楽を奏でているかのようだった。
「ド、ドラクモン……」
マッシュモンが震えた声と共に、ドラクモンの後ろを指す。
考える間もなく、ドラクモンは後ろを振り向き。
「────────」
ゆっくりと、息を呑んだ。
いつから、そこにいたのか。
そこには1体のデジモンがいた。ケモノ型のシルエットに、風貌はムースモンやゴートモンといった獣型デジモンのそれに近い。よく整えられた美しい毛並みや、自然の一部をそのまま切り取ったかのような大きな尾。そして、何よりも目を引いたのが大きな角だ。
体長ほどの大きな〝黄金色の楽器〟が角と同化して、天に伸びている。聞こえてきた音楽は、そこから発せられているものだとすぐ理解出来た。
今まで会ったどのデジモンより神秘的だった。天使達とは別の意味で、神々しい。
──目が、離せなかった。
音楽が止まっても、ドラクモンとマッシュモンは動けないでいた。瞬きさえも忘れて、呆然とそのデジモンを見つめる。
「──なにかご入用があると、聞き及んで参上致しました」
そのデジモンは表情一つ変えることなく、淡々とした様子で尋ねる。
そこでようやく我を取り戻したのはマッシュモンだった。慌ててドラクモンの脇をつつき、彼の意識を現実に引き戻してやる。
「さて、ご用件は?」
穏やかな声でありながら、厳然とした雰囲気が一切の無駄を取り払う。
先ほど、このデジモンは誰かから聞いて参上したと言っていた。セイレーンモンが〝迷いの森〟への道を知っていたのは偶然ではないだろう。
ドラクモンは一歩前に出ると、跪いて恭しく頭を下げた。
「浄化を、お願いしたく思います。【黄金の楽器】を持つ御方」
「どのような浄化を望むというのですか?」
「わたくしは、とても醜いデジモンに進化しておりました。それが、とても耐えられないのです。ですから、わたくしが望むのは、進化の浄化でごさいます」
「……──」
【黄金の楽器】を持つデジモンはしばらくドラクモンを見つめて、何も言わなかった。
ドラクモンは頭を下げたままで、相手の表情を見ることは出来ない。
相手の表情が見える位置にいたマッシュモンは、そのデジモンが目を伏せるのを目にする。一瞬だけだが、表情が変わった気がした。何故か悲しそうにも見えたし、どこか寂しそうにも見えた。
どうして、そんな顔をするんだろう、と不思議に思う。【黄金の楽器】を持つデジモンにとってドラクモンが何を願おうと、心を痛める必要はないのに。
まるで自分のことのように、悲しそうな顔だ。
「進化の浄化を望むという事は、今の自分を否定するという事。それを、知らない訳ではないでしょう?」
「存じています。だからこそ、なのです。それぐらい、わたくしには耐えがたい事なのです……!」
「──本当に?」
たった一言の疑問。その言葉には、なんの感情も無い──はずなのに。
【黄金の楽器】を持つデジモンの声は、どこまでも澄み切って聞こえる。責める訳でも、叱る訳でもなく、ただ純粋な疑問だけが静かに落ちる。
──ぽちゃんっ。
水滴が、何処かの水たまりに落ちる音が聞こえた。
まるで自分の心境を表しているようだ──そう思った瞬間、ドラクモンは生まれて初めて〝後ろめたさ〟というのを実感する。
今までだってそんなことは無かった。イタズラをすることは悪い事だと理解している。だが、それを止めるのは自身の在り方を否定するのと同じだ。今でも、自分の行いについて反省はあれど、後悔は無い。
では、自分はどうして後ろめたさを感じているのだろう……?
長い、長い沈黙。
その間、ドラクモンは一度たりとも頭を上げずにいた。
「…………、……………………はい」
長い沈黙を経て、ドラクモンがようやく口にした返事は相手と同じく、たった一言。
思う所は沢山あった。
【黄金の楽器】を持つデジモンが、何故そんなことを聞くのかも不思議でならない。自分は、その為にここまで来たのだ。それがどうして、今更引き返せよう。
「そうですか」
そう答えた【黄金の楽器】を持つデジモンの声は、何も変わらない。
「どのような理由であれ、進化を拒むということは、今の生を否定するという事。よって貴方の生は、ここまで」
相手が少しだけ身を動かした。自分の背後に出来た道を、ドラクモンに見せるように。
ドラクモンは視界に入ってきた光の眩しさに、目を細めた。ゆっくりと顔を上げて、目の前に広がる光景を見る。
変わらない闇を作り上げていた森が不自然に途切れていた。その先は陽光が差し込み、彩の花が道を作っている。
「これより先は、次への輪廻。ここから先に進む事で、貴方はデジタマに戻り、もう一度生を享けるでしょう」
【黄金の楽器】を持つデジモンの視線がマッシュモンに向けられる。それに気づいたドラクモンは慌てて、その視界に割り込んだ。
「彼はわたくしの付き添いです! 嘘どころか、他のデジモンとの会話も、まともに出来ないわたくしの代わりに、ここまで協力して下さったのです! だから、どうか彼だけは森から帰してあげてください!」
またもあの長い沈黙が訪れるのかと思えば、今回はすんなりと言葉が返ってきた。
「では、貴方はそのまま後ろを向いて進みなさい。そうすれば元の空間へと戻るでしょう」
視界の端で後ろを確認する。背後に広がっている光景は、前方のものとは打って変わって、相変わらずの深い森だ。
マッシュモンと目が合った。その瞬間、彼の表情が悲しそうに歪む。
「────────」
ドラクモンはすぐに視線を逸らした。
この機会を逃せば、進化するまでレアモンのままだ。しかも、進化だって必ず出来るものでもない。そんな不確定な事に懸けるより、もう一度最初からやり直した方が早い。
「さあ、こちらへ」
促されるままに前に進むドラクモン。
久方ぶりに、大地を踏みしめた。足の裏に感じる土の感触に、不覚にも感動してしまった。
──ああ、これではもう。
引き返す事なんて出来ない。あの姿に戻りたくないと一層強く思ってしまう。
近づけば近づく度に、不気味な森と幻想的な自然との間に、ハッキリと引かれた境界線を感じる。その境界線を跨いで〝向こう側〟に行けば、また少しずつ退化していって、最後にはデジタマになるんだろうと察した。
境界線を越えるまで、あと一歩。
「──〝レアモン〟ッ!!」
後ろから、手を引かれた。
反射的に後ろを振り向いたドラクモンの目に、マッシュモンが映る。悲痛に歪んだ顔が。
マッシュモンは一瞬、自分が何をしているのか分からなかった。
気づけば、彼のあとを追いかけていた。
気づけば、名前を呼んでいた。
気づけば、その手を掴んでいた。
どうして、という疑問より前に浮かんだのは──。
「いやだ、いやだいやだ!! 行かないで!! 〝レアモン〟!」
駄々をこねる子供のような、身勝手な想いだ。
ほかに何か、彼を納得させられるような言葉があったはずだ。それなのに口から出たのは、ストレートな願い。
ドラクモンが歩き始めた瞬間、マッシュモンの脳裏にふもとで出会ったデジモン達に逃げられた記憶が蘇った。
寂しい──。
今度こそ取り残される。自分は、独りになる。そう思うと胸が苦しくなった。
「ごめっ……でも、行かなっ……で、ほし……て……っ!!」
マッシュモンの目からボロボロと涙が零れ始める。
「レアモ……ッ、おねが……ッ、い……! ぼくを……ひっく、ひとりに、しないでぇ……ッ」
嗚咽で言葉が詰まるマッシュモンの手を、ドラクモンは振り払わなかった。そっと相手の手を重ねる。
マッシュモンの言葉にドラクモンはもう一度、彼が戻らねばならない深い森を見た。
先ほどよりも森は暗く、深そうに見えた。この中をマッシュモンは帰らねばならないのか。たった、ひとりで。
「ぼくと、レアモンはっ……、〝キョーハンシャ〟でしょう……っ!?」
この機会を逃せば、進化するまでレアモンのままだ。体の自由がきくのも、今の内だけだ。
──だが。
「申し訳ありません、【黄金の楽器】を持つ御方」
名前を、呼ばれた。
あの醜い姿をした自分の名前を。
付き添いであっても、一緒にいてくれた。
その間、自分は何を思った?
ずっとあの醜い姿を捨てる事だけを考えていたのか?
いや、自分はあの時確かに、こう思ったはずだ。──楽しかった、と。
それだけで、十分だった。
「わたくしは、まだこの生を謳歌したく思います。心変わりした事をどうか、お許しください」
ドラクモンが【黄金の楽器】を持つデジモンの方を振り向くと、そのデジモンはそっと口元を綻ばせ、微笑んでいた。そうですか、と返した声はやはり淡々としていたが、柔らかさが増した気がする。
「悪事を働くなとは言いません。嘘を吐くなとも言いません。ですが、友は大事になさい」
ドラクモンが返事をする前に【黄金の楽器】が演奏を始める。初めて聞いた時より穏やかな音だった。
緩やかな旋律を聞き入っていると、次第に目元が重く感じた。体から力が抜けるような感覚に、ドラクモンは崩れ落ちそうなマッシュモンを抱えながらゆっくりと膝を突く。
不意に光を遮断するように、影が差し掛かる。【黄金の楽器】を持つデジモンの大きな尾が、2体を囲むように包んでいた。
「今はただ眠っていなさい」
言われるがままドラクモンは目を閉じた。うとうとと意識が微睡む。
睡魔に耐え切れず、ドラクモンはマッシュモンの頭に自分の頭を預け、共に眠りについた。
【黄金の楽器】が奏でる旋律は、いつまでも2体の傍らに寄り添っていた。子どもを守る、子守唄のように──。
❖
――むかーし昔のお話をしよう。
昔、ピノッキモンという悪戯好きなデジモンがいたそうな。
ピノッキモンはデジタルワールドの深ーい山奥で、ジュレイモンと一緒に暮らしておった。
その山にはピノッキモンとジュレイモンと、もう1体デジモンがいた。少し前──といっても、数年ほど前ぐらいからか。ある事情で山にやって来たそうだ。
うん?──前と話している内容が違う?
あれからだいぶ時間も経っているから、少しぐらい内容も違うことはあるだろう。
では、もう1つ、その時とは違う事を話してあげよう。
その山にはピノッキモンとジュレイモンとそのデジモン以外、誰もいない。以前は多少なりともデジモン達が住んでいたが、ピノッキモンが山から下りてくることが分かって、次々と別の場所に移っていったそうだ。
そしていつしか、こんな噂が流れるようになった。
『ジュレイモンの山には、珍しいお宝が眠っている。同時に呪われた品物でもあるから、取り扱いには注意するべきだろう』
ピノッキモンに仕返しをしたい誰かが意図的に言いふらしたものかどうかは定かではないけど、その噂は風に乗って様々なエリアまで流れて行った。
静かだったはずのジュレイモンの山には、招かれざる客が日々押し寄せてくるようになった。
でも、相手が悪かった。ジュレイモンの山にいるのはピノッキモン。子供心を忘れていないデジモンとはいえ、レベルは最高レベルの究極体。
そして、もう1体は──。
❖
身丈ほどの大きなバケツに入ったデジモン──ガーベモンが、ある山の中を走っていた。バケツに入っている時点で足はないので、正確には飛び跳ねていたが正しい。
傾斜が強い道もなんのその。器用にバケツを動かして、転がり落ちることなく山の奥へ。
実はこのガーベモン、ある噂を聞きつけ、この山にやって来たのだ。
『ジュレイモンの山には、珍しいお宝が眠っている。同時に呪われた品物でもある』
ガゼネタである可能性は十分高い。なにせ、その噂が出回ってから随分経つのに、そのお宝を目にしたというデジモンは誰もいないからだ。
でも、本当だったら?
呪われているのはお宝自体ではなく、空間そのものだったら? 俗に言う空間の歪みの類であれば、並大抵のデジモンでは手に入れるのは困難だ。
ガーベモンが入っているバケツは、あらゆる物体を飲み込めるブラックホールの能力もある。いざとなれぱ、この山ほど飲み込めば良い。
不意にひらけた場所へ辿り着いた。
今まで通って来た道は碌に整えられていない悪路だったのに対し、そこは整地されている。雑草さえ生えていない。
空間の中央付近には池がポツンとあった。近くに人ひとり座れるぐらいの切り株がある。
ガーベモンは直感で察した。ここがお宝が眠る場所だと。
ここだけが、まるで別世界のように空気感が違う。
ではお宝が眠っていそうな場所は──。
ガーベモンは迷わず池の方へと近づいて行った。
宝探し(トレジャーハンティング)はこれが初めてではない。大抵は水底にあると相場が決まっている。
念のため、池の様子を軽く覗き見る。水辺に住むデジモンも少なくない。門番代わりにいる事もざらにある。奇襲でもされたら大変だ。
池は目を見張る程に綺麗に澄んでいた。ぱっと見では深さまでは分からない。底の方が少しだけ暗くなっているのを見つけると、そこそこ深いと推測する。
ますますお宝が眠ってそうな場所だ。
「池の水はいつも通り、全部抜いちまおう」
そう言うと、バケツから出るガーベモン。池にバケツを向けた、その時。
ぶくぶく……と池が泡立った。それから間もなく池の底から何かが沸いて出てきた。
大きな影がガーベモンの眼前に立ちはだかる。
一見、大きな植物が出てきただけだと思った。だが、茎だと思っていた部分が3つに分かれると、黄金色に輝く無数の目が一斉にガーベモンを捉えた。
目を逸らすことも出来なければ、体も石のように動かない。
口から零れたのは「ひゅっ……」と風を切ったような音。これが精いっぱいの悲鳴だった。
本能で察する。コイツは究極体だ。完全体である自分が勝てる訳がない──!
──あ、これ死んだわ。
こうなったらガゼネタであって欲しかったとか、遺言書の一つでも書き残す時間あるかなー、とか色々と考える。
その背後に忍び寄る人影が、両手に握ったハンマーを大きく振りかぶり──高らかに叫ぶ。
「ブリットハンマー!!」
ガーベモンがその声に気づいて後ろを振り向いた時には、ハンマーはすでに横っ面に叩きつけられていた。
そのまま文字通り、ガーベモンは空へ吹き飛んでいく。最後にキランッと星が輝いた気がした。
「お疲れさまー、〝レアモン〟!」
ピノッキモンは笑顔で、池から出てきたデジモンに話しかける。
そう、出てきたデジモンはレアモンが進化した姿だ。
ピノッキモンと同じ究極体。三つ首の毒草竜。名をヒュドラモン。
悪臭は毒へ、ドロドロだった体は毒草のような体に変化した。これもまたレアモンが自分の在り方を貫いた結果だと言える。
しかもピノッキモンとの間に強い絆が結ばれた事も影響し、新しい特性も得た。
その形が、この進化だった。
ヒュドラモンは目元を緩ませて微笑む。
「今日もお疲れ様です、ピノッキモン」
ピノッキモンは池の傍らにあった切り株に腰を下ろすと、足をブラブラと動かす。
「アイツらも毎日毎日飽きないよねー。お宝なんてないのにさー」
「でも、そのおかげで、わたくしはこうして進化出来たのですから」
ピノッキモンは動かしていた足を止め、じっとヒュドラモンを見つめる。
視線に気づいたヒュドラモンは「どうしましたか?」と首を傾げた。人格を持っているのは真ん中の首だけだが、左右にある首も意思があるように自由に動く。
「あの時、どうして一緒に帰ってくれたの?」
こうなると予想がついていた訳ではなかった。
一生レアモンのままだった可能性はあったのに。寧ろ、その可能性だけしか残っていなかったはずなのに。
「心変わりをしただけです。それにピノッキモンが言ってくれたんでしょう? 〝共犯者〟だと。ならば、一緒にいるのは当然じゃないですか」
「たった、それだけで?」
「それだけで十分。それとも、今更あれは嘘だと言いますか?」
「ち、違うよ! あれは嘘じゃないよ!」
そこでピノッキモンはハッと気がつく。嘘つきと呼ばれ続けていた自分が唯一、あの時だけは真実を口にしていた事に。
あそこまで必死になったのは、生まれて初めてだった。寂しさを覚えたのも。
そうだ、とピノッキモンは手を打って、ある提案を口にした。
「今度ああいう奴らがきたら、またあのウソを吐こうよ! あの影のやつ! 今のレアモン、大きいから更に迫力あるって!」
「そうですね。久々にしましょう」
「うん! 楽しみだね!」
嬉々として頷くピノッキモンに、ヒュドラモンも三つ首を同時に動かして首肯する。
「わたくしたちは〝共犯者〟ですからね」
その一言があったから。
今もまだ、あなたがあの醜い姿でのわたくしを呼んでくれるから。
だから。
──わたくしは今、ここにいる。
❖ 終わり ❖
❖
──こうして嘘つき人形と泥人形は、見事な【変心】を遂げました。
めでたし、めでたし。
最後まで聞いてくれて、ありがとうございます。
貴方の世界では、こういった話はよくある話でしょう?
デジタルワールドでも、こういった話はよくある話なので、もしかしたら新鮮味を感じないかもしれません。
え、このあと山はどうなったのか、ですって?
あくまでもお伽噺の中なので、その先はご想像にお任せいたしましょう。
お伽噺らしく、〝幸せに暮らしました〟でもいいですし。
でも、2体の在り方というものは変わっておりません。根っからのウイルス種ですから、更に噂が悪い内容になっている可能性もあります。もしかしたら、聞きつけた正義のデジモンに倒された、なんてこともあり得ましょう。
『語っているのは誰?』ですか。
ああ、申し訳ございません。
ここまで語りながら、自己紹介がまだでしたね?
わたしは『ケルヌモン』といいます。
音楽と共に、こういったお伽噺を伝えるものです。貴方がたの世界では、そういった役職を『吟遊詩人』と言いましたか。
ええ、わたしはただのしがない吟遊詩人です。
わたしの角が話の中に出ていた【黄金の楽器】に似ている、と?
偶然ですよ。
言ったでしょう? わたしは、ただのしがない吟遊詩人だと。
また面白そうなお話を聞いたら、語ってさしあげましょう。
それまで、ゆっくりとお休みなさい──。
❖あとがき❖
「【単発作品企画】Changeovers from S」https://digimonsalon.wixsite.com/digimonsalon/top/dezimonchuang-zuo-saron/dan-fa-zuo-pin-qi-hua-changeovers-from-s
↑コチラの企画への参加作品となります。
新参者である為、不備がございましたらコメント等で教えて頂けると有難いです。
誤字脱字は常に発生するので、その点も教えて頂けると嬉しいです。
また今回の「あとがき」にはネタバレも含む発言があります。
作品をまだ読まれていない方は読後推奨です。
-------------------
❖テーマ「変化」について
分かりやすい且つ、王道的に「心境の変化」を取り上げました。
全体的に見れば「成長」とも捉えられますが「成長」とは「心の変化」ともいえるのではないかと。
進化を取り消す為に【黄金の楽器】を持つデジモンに会いに行ったものの、ピノッキモン(マッシュモン)の言葉で、やっぱり進化を取り消すことを考え直したレアモンの心境の変化。
悪戯大好きで大嘘つきなピノッキモンが山を下りる事で改めて孤独感や寂しさが知れた、環境の変化。
ピノッキモンも見方によっては心境の変化も含みます。
ゲーム的に言えば友好度が低かったらレアモン(ドラクモン)を止めることは無かったでしょう。
そして話のオチとしてレアモンの進化。
それこそ「心境の変化」があってこその進化ではないかと作者的に考えました。
タイトルでの「ヘンシン」の意味は「変心」でもありますが「変身」も兼ねています。
レアモンの進化でその点が回収されたらな、と思いました。
❖裏話
最初【黄金の楽器】を持つデジモンではなく、リュウグウモンの予定でした。
話のモチーフも「金の斧と銀の斧」だったのですが、
(いや、これピノッキモンが答える必要ないな??用事があるのはレアモンなんだし)
↑と書いている途中で気づき、且つどうせピノッキモンならと【黄金の楽器】を持つデジモンにスポットを当てました。
あとピノッキモンを始め、パペット型って火や水って弱そうだよねという考えがありました。
なので〝迷いの森〟という舞台も、最初は湖であったり砂漠であったりと場所が右往左往してました。
レアモンのポジションになる予定のデジモン候補も沢山いました。
第一候補、筆頭がヌメモンであったり。
ただ作中でも書いてある通り、レアモンの方が生活に支障ありそうというイメージ(偏見とも言う)でレアモンに決定。
最後の最後まで進化するかどうかは未定でしたが【黄金の楽器】を持つデジモンの進化元を考えたら、このデジモンかなと。
それこそレアモンの特徴を、更に進化させたら実現できなくはないと思いました。
ピノッキモンが誰かと旅をするに辺り、地味な課題として立ちふさがったのか「どうしたらピノッキモンが部外者に懐くか」でした。
精神が子供寄りであるなら保護者っぽい人に懐くのではないかと仮定しました。
結果、行きついた結論が「バブみがあるレアモン」でした。
レアモンに、バブみ……??(宇宙猫顔)
書き終えた今となって見直せばバブみよりも同類で懐いた気がしますね…!
余談ですが作中に出ている歌詞は完全オリジナルです。
ちなみに小ネタとして森の周回回数が8回なのは無印の「選ばれし子供たち」の人数にちなんでいます。
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今回のあとがきは少々長くなってしまいましたが、ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
なにかございましたらコメントにてご一報ください。
また私信且つ今更ではありますが「デジモンナイトウェイ」と「デジモンデュエリング」を読んで頂き、、本当にありがとうございます。
また感想の方も、とてもとても嬉しいです。
時間差ということもあり、レスポンスを返さず申し訳ございません。
この場を借りて、もう一度改めてお礼を。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。