
「調子はどうですか?」
事件の報告を杉菜に任せ、猗鈴はベッドの上で何をするでもなく座っている未来の見舞いに来ていた。
「全体的に力が入らないけど、立って歩くぐらいはできるかな」
「それはよかったです。盛実さんは?」
「さっきまでいたけど、限界来てベッドに倒れ込んでいびきかきはじめたから、筋肉質な医者に仮眠室まで担がれていったよ」
なら、と猗鈴はベッドの横の椅子に座った。
「聞きたいことがあります」
「……夏音のことなら、えと、昨夜話した以上のことは知らないけど」
「今、一番の脅威は吸血鬼王です」
「……うん。そう、だね」
「でも、私達は吸血鬼王の目的も何も知らない。柳真珠がこの街に呼んだ。おそらく連絡先はメフィスモンが公安の出の本庄から手に入れていた。それぐらいしか予想もできていない」
「ママは、吸血鬼王グランドラクモンの今の行動は、私にはわからない。私が覚えているママは、その、絵本を読んでくれたり、ピクニック行ったりする普通のママだったから」
なんで柳真珠に呼ばれて来たのかも、何もわからないと未来は言った。
「アレにまともな人間的理由を求めるだけ無駄ですよ」
開いた窓からふとそんな声がして、優しげな風貌の男が入って来る。
「本庄、義輝……」
「君が倒されたと知って、飛んできた。具合は?」
未来は何も答えずナースコールに手を伸ばし、猗鈴はベルトに手をかける。
「動かないで」
人のままの、義輝から放たれた電撃が二人の身体をその場に固まらせる。
「組織の建物が軒並み破壊され、警察病院も吸血鬼王の物、メモリの研究もしている病院はこちらとしてもあってくれないと困るからね。手短にしよう」
『レガレスクモン』
メモリのボタンを押されただけで、まだ挿してもないのに本庄の左腕がカニのそれのように変形した。
そして、ハサミを開くとその片方を未来の胸へと突き刺した。
「今の君なら、殺せるんだろう?」
未来が口から黒い血を吐き出す。
「未来、さん」
そう口にするのがやっと、猗鈴の手は痙攣していてメモリを落としたあと握られた手は指をまともに開けもしない。
「大丈夫、次は君だから」
善輝が猗鈴に一瞬目を向けると、ごぽっと粘性の水音がした。
未来の傷口から溢れた血が、紫色と赤色の泡になって善輝の腕を覆って本体まで伸びていく。
「やらせない」
「……ただの人に戻ったと思っていたんだが、やっぱり化け物は化け物なのかな」
未来の肉の泡は確かに善輝の全身を覆っているがそれに力はない。
「とはいえ、この姿の僕ですら今は止められない手負の化け物みたいだけど」
「私は化け物で、人、そう友達が教えてくれた」
パキと音がして、肉の泡から水晶の塊が生じる。
肉の泡は針の筵と化し、善輝の全身を水晶が貫く。
「あっ?」
善輝が血を吐き、電流が止み、猗鈴の手が窓の方へ伸びた。
「姉さん!」
猗鈴の声に窓から駆け込んできたトロピアモンメモリが善輝の頭を思い切り蹴り付けて壁まで吹き飛ばし、そしてそのまま猗鈴の手に収まる。
「……痛み分けってことに今日はしようか。流石に君も死ぬようだし」
腕から電気を放ち、体にまとわりついた肉の泡を焼き剥がしながら善輝は窓から逃げ出すように跳び出ていった。
残された未来の身体がベッドに倒れ込む。肉の泡を胸元へと戻して血を止めようとするも血は止まらず、指先も動かない。
猗鈴は一瞬窓の外を確認したあと、すぐにナースコールを押した。
雷の異様な音を聞いてか、ナースコールを押して数秒もたたず看護師が現れ、状況を見てサッと顔を青ざめさせた。
「胸を突き刺されました。早く、医者を……!」
「圭先生、圭先生、軽井未来さんが病室で襲われました!」
筋肉質な医師が飛び込んでくる頃には、未来の胸から噴き出る血の勢いはおさまりつつあった。止まったわけではなく、もう噴き出すほどのちがないの血がないのは顔色で明らかだった。
「未来さん……」
「流石にもう、死ぬかな……」
未来が持ち上げた指の先が、細かな灰になって崩れようとし始める。
「兄さんと、盛実さんにありがとうって伝えといて」
「伝えるのは自分でするんだ」
『スプラッシュモン』
『ドリッピン』
そう口にすると、医師は懐から注射器型の機械を取り出すと、未来へ向けてレバーを押し込んだ。
すると、外見からはあり得ない量の液体が溢れて未来をすっぽり包み込み、スライムのようにその場にとどまった。
「斎藤博士は私にこう言った。『灰からでも蘇生したい』と。この機械とメモリは、君の灰を飛散させない。灰から復活する吸血鬼の伝承も決して珍しいものではない」
未来は液体の中で、崩れかけの顔で笑った。猗鈴には笑っているというよりも泣いて見えた。
「……じゃあ代わりに、いつかの明日に、またねって、盛」
最後まで言い切れず、未来の身体の全てが灰になる。溢れた血の一滴さえも、全て。
ベッドの上に鎮座したその液体の中には朧げに人の形が見える灰と、病院着だけが浮いていた。
「……本当に蘇生できるんですか?」
猗鈴の言葉に、医師はうなずきも首を振りもしなかった。
「……いつになるかはわからない。それを彼女も察したから『いつかの明日』といったのだろう。だが、生きた彼女のデータもある小林さんも協力してくれるだろう。絶対助けると軽々しくは言えないが、ただ灰を保存しておくだけしかできないわけではない」
医師は看護師に指示を出し、注射器のような機械からスマホにコードを伸ばしてなんらかの操作をしながらそう言う。
「そうですよね、斎藤博士」
猗鈴が振り向くと、看護師に呼ばれて駆けつけたのかひどい寝癖の盛実がいた。
「……未来さんはなんて?」
「『いつかの明日に、またね』と」
ふっと盛実の口角が上がった。その場にいる誰もなんで笑ったのかわからなかった。
「……クソオタクめ。十年と言わず五年で復活させてやる
そう言って、盛実はどうすればいいかわからない様子の看護師を見た。
「えと、ちりとりとほうきを、持って来てください。他に同じ状態の人も遺体もないから、外に散らばった灰も調べる為に欲しいです」
そして、看護師がちりとりとほうきをとりに行ったのを確認して、猗鈴を見た。
「猗鈴さんには悪いんだけど、できるなら次は吸血鬼王を優先したい。その……」
「わかってます。未来さんの言う通りなら組織の方はあの姉さんの様な何かが止めてる限りリヴァイアモンは来られない。データを採って、未来さん蘇生の研究に使うのに反対する理由もないです」
猗鈴も吸血鬼王のことは気になっている。未来のことも公竜のことも、柳真珠の心を弄んだこともある。
ただ、このままで勝てるかという不安も確かだった。
暗闇の中、パトカーのサイレンと赤色灯が周りを囲んでいる。それはいい、善輝もそれは組織に入った時からあるだろうと思っていた。
でも、今の陽都において警察には違う意味がある。
「……グランドラクモン」
「失礼ね、今の私はただの未亡人でただの母親よ」
パトカーから降りて来たその女は警察とはとても言えないスーパーに買い物でも行くような格好をしていた。
「以前は戦いを避けてくれたのに、今回はどういう風の吹き回しかな」
「愛しい愛しい娘の人生を公安に弄ばれて挙句殺されたことに怒っていることがそんなに不思議?」
「だってそういう生き物じゃないだろう?」
善輝はそう嗤った。
知っているのは最早不思議でもなんでもない、メモリで攻撃されて苦しむ一般人を装わせれば、医者は人を救おうとする生き物だから必ず内に入れてしまう。幾らでもスパイを送り込む余地はある。
その女の目は以前と変わらずそこに特別な感情を善輝は読み取れない。
おそらく、家族なんていうのは口実、僕が反撃を受けて弱ったからこの機に処理しようという腹だろう。
「公安が君との約束を反故にしたのを怒っているんだろうけど、今の僕は公安じゃない、とばっちりだ」
「嘘が下手、座天使が人間界に出る口実を作りたいのは知ってる。未来を駒にしてリヴァイアモンを呼んでも、私との約束を反故にして怒らせ、私に大それたことをさせてもいい」
今していることが大それたことではないというその女に、善輝は苦笑しながらメモリのボタンを押す。
『レガレクスモン』
「……やっぱり声と目じゃダメね。壊れた心は操れない」
ちらと善輝の視界が瞬いた。
「それならそれでいい」
視界の色がおかしくなっていく。
「操れないから、もっと壊すわ」
そしてさらに、善輝の視界がぐにゃりと歪む。急いでメモリを挿して肉体をレガレスクモンに再構成。
視界は治れど不快感はおさまらない。
「……一体、何を」
「前と同じよ。ただ、時間が経ったから、あの時仕込んだウィルスがあなたに馴染んだだけ。鈍化して見つけにくかったあなたの恐怖を嗅ぎつけて、それを元にあなたのトラウマを掘り出すの」
サイレンの音とパトランプの点滅する赤が気持ち悪く、視界が歪んでぼやけた。
目の前で血塗れで突っ伏すのは、世界を壊しかねない女だと聞いていた。
普通の女子高生の様で、人間界とDWを繋ぎ魔王を呼びかねない、その力を手に入れてしまい、危険思想もあると。
空想を具現化できてしまうエカキモンの特殊個体を宿した女子高生、それを僕は狙って、友人達とただ屈託なく語らう様子に思わず手元が狂って急所を外した。
太ももを撃たれてひどく無様に、先程までの楽しげな様子からかけ離れて苦しむ彼女を見て、そのぶちまけられたカバンの中身の年相応さを見て、彼女は違うと察してトドメを刺さずに逃げた。
物心ついた頃には親がいなかった。家族が欲しかった。
蝶野が親代わりだった。だから、相談しようとした。今までも何度も仕事してきたけど、彼女はきっと間違いだと思うと。
『……またか』
蝶野はそう言った。そして、ふと思い出せる古い記憶を辿った。今年三十になるはずなのに二十五年前に中学生ぐらいだった記憶があった。
蝶野に年齢を操作されていた。汚れ仕事をさせる中で、耐えられなくなったら時間を戻す。
『オファニモン様が人間界に来たら俺達は救われる。人間の中に馴染めない半端者(俺達)は、今の世界に居場所はない』
問い詰められた蝶野はそう言った。そうでなければ自分のしてきたことがただのクズの所業になると自覚して、妄信していた。
同じ様にする事に抵抗があった。公安をやめて、どこかに逃げて、憧れた家族を手に入れようとした。でも、◾︎◾︎◾︎◾︎が◾︎◾︎◾︎して、◾︎◾︎◾︎◾︎の◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎を◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎で◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
オファニモン様の為に公安はやめられなかった。
二人目の時は、確かに心臓を撃ち抜いた。耐えられないと思っていたけれど、画面越しに見ている様な他人事感があって、何も思えなかった。
家族が欲しかった。◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎は◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎で、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
オファニモン様が人間界に降臨する理由として、リヴァイアモンを人間界に来させる。熾天使も智天使もそうまでなれば見ていろとは言えない。
その過程で『家族』を集めよう。強くて、普通じゃなくてオファニモン様の得となる者を。
家族って、そうだったっけ? もっと◾︎◾︎◾︎で、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
軽井命がどういう人物だったかを知ったのは、未来を手に入れた後。
オファニモン派の裏切り者、任務での死亡を偽装して未来を連れて逃げようとした女。
彼女と未来は家族だった。家族だとどちらも自認していた。その関係の発端の歪さは年月の長さと関わり方で埋められていた。
子供の頃には眠れないと絵本を読んでくれたとか、一緒にテレビを見たとか、些細なことで喧嘩したこともあるとか、好き嫌いがどうとか、組織に入りたての未来は命のことを聞かれると嬉しそうにそういうくだらない話をした。
それは、求めているオファニモン様の為の『家族』とは違って、いや、本当に◾︎◾︎だったかな…… 僕も本当は……◾︎◾︎◾︎な家族が◾︎◾︎◾︎◾︎、◾︎◾︎◾︎、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
ただ、その関係を認められなくて、旧組織の殲滅を忙しくもないのに未来に任せた。未来が命について話す、その顔が消える様に。
「……気持ち悪い」
吸血鬼王が呟くと同時、飲み込まれかけていた善輝の意識は覚醒する。
「一定以上の心理負荷で強制再起動、デジモン以外は本当どうでもいいのね、座天使様は」
指をくるりと回すと、足元の瓦礫がクリスタルに包まれふわりと浮かび、マシンガンの様に射出され、爆音が一つの音に聞こえる程に連なる。
「……やっぱりこの身体のままじゃ、決定打に欠けるわね」
煙が晴れた後、善輝のレガレスクモンの身体は表面こそ煤けていたが大した傷もなく、立っていた。
「……目が覚めたよ、ありがとう」
家族が欲し◾︎◾︎、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
オファニモン様の為に。『家族』も作らなきゃいけない。
善輝の眼はどんよりと黒く濁り、自身を包み込んでしまえそうなレガレスクモンの巨躯も、最早吸血鬼王にはただの歩く屍に見えていた。
「人形相手に自分の手を使うなんて、やっぱり馬鹿馬鹿しいわね」
吸血鬼王はそう呟いて、片方の手を挙げた。
『オメガシャウトモン』『ジークグレイモン』
機械音声に続いて、パトランプより紅い炎が夜空を染めた。
昨日からの流れで一気にep38来ました。夏P(ナッピー)です。
いや前からの気もしますが最早病院といえど安全地帯とは言えねえぜ陽都。Wやオーズというより一期ライダーに近い治安の悪さ、真面目に仕事してたら謎のエネルギー弾が飛んできて「悪いけど全員まとめて命貰うよ」と幹部怪人に襲撃されそうな危険さですな。
トロピアモンメモリ大活躍、というか未来さん的には「化け物だけど人だと言われた」というのが集大成だったのでしょうか。切なく辛いながらも所業を思えばこうなるのも必定……は? ドリッピン? 吸血鬼を超越してオルフェノクの如く灰化した肉体を『不死鳥は灰の中から蘇る』と言わんばかりに確保した上で『いつかの明日でまた』という遺言が博士に伝わって。
ちょっと待ってくれ理解と精神が追い付かない。
それ本当に届く奴か~!? 本当に『いつかの明日に手が届く!』する奴か~!?
どんな時も冷静で自然に対処する猗鈴サンが今回完全に動きを封じられていたような。変身自体を妨害するとは卑劣な、いやでも38話だからそういう奴が出てきてもおかしくない時期か!
吸血鬼王こわっ! というかトラウマほじくり返せるの含めてこわっ!
と思っていたら最後の二つ! やっぱり出てきたシャウトモン系列! しかも組み合わせ的にDXだ!
余談ですが、レガレスクモンはレガレクスモンでいいのでしょうか……?
それでは今回はこの辺でというか既に超速で39話投稿されており戦慄しましたが、この辺で感想とさせて頂きながら早めに追い付きます!