足元から針のように伸びた水晶が迫るのを見て、ディコットは盾を持った左手でザッソーモンメモリのボタンを押す。
『ヒュドラモン』
『ディヴィジョンブレイク』
右脚を地面を覆う水晶に叩きつけ、できたひび割れに足の裏から伸びたツタが入り込んで伸びていき内側から水晶を割る。
そして、さらに安奈へとその矛先を向けて伸びていく。
安奈がおもむろに手を伸ばすと、ツタはその指に触れた瞬間、水晶に固められて動きを止める。
「あの子達には怖くてしてこなかったんだけどッ」
水晶になったツタをディコットを思いっきり引き寄せながら頭の高さで振り回す。
「たかいたかい、好き?」
安奈はそう笑みを浮かべる。
「……ッ、たった今嫌いになりました」
『ロゼ「そう、じゃあやめましょうね」
猗鈴がボタンを押し電子音声が終わるより早く、安奈は振り回す方向を斜めに変え、床から尖る様に生やした水晶の塊に向けて振り下ろす。
ディコットは咄嗟に水晶に盾を叩きつけて串刺しこそ逃れるも、背中から砕かれて尖った破片の中へ打ち付けられる。
「ぐっ……」
全身に小さな水晶の刃が刺さり、立ち上がるだけで傷口を開く。
痛みの中でディコットはやっと電気を帯びた剣を構えると、床を流れる血に目を見開いた。
安奈の両手足は自身の流血で染まり、足元にも血溜まりができていた。
「……その血は?」
「人間の肉体は脆いから、ちょっと力入れただけなのに皮膚に筋肉、血管が裂けるの。でも安心して、あなたが立つより早く治ってるから」
服はダメになるけど仕方ないわよねとさらに安奈は呟いた。
でも、と安奈が言うと、地面を覆う水晶から鋭く伸びた枝がディコットの太ももに突き刺さりそこから身体を覆う様に広がっていく。
「余所見はダメよ」
急いで刺さった水晶の根本を切るも、その間に今度は足元から、足元を砕いている内に太ももに残ったそれから、対処するより早くディコットの身体を水晶が覆っていく。
「……それにしても、あなたはなぜ平気なのかしら?その答えをちゃんと聞いてないんだけれど」
首元まで水晶で固められたディコットに悠々と近づき、安奈はそう問いかけた。
吸血鬼王の能力に対抗する方法は基本的に二種類、一つは能力に対しての抗体、X抗体。もう一つはそもそも効かない脳の構造。
一つ目は安奈の子である公竜やその公竜から作った抗体を鳥羽から受け取った猗鈴のもの。
二つ目は本人も知らぬ事だがデジモンの血が覚醒遺伝していた王果や吸血鬼王の存在を見越して改造されていた善輝が該当する。
杉菜はそのどちらにも該当しない。効く筈の構造、効く筈の潜伏期間、効いていた時もある。
「……分かりませんが、今は怖いより悲しいです」
ピシリと、全身固め切った筈の水晶のどこからかヒビが入る音がした。
「二十五年前ならば、五年前、いや、つい一年前でも知っていればあなたの虐殺は止められた。小林さんと未来さんと三人で過ごせた。でももう、戦う事でしか止められなくなってしまった」
水晶全体にヒビが広がっていく。安奈が無言で少し目を見開いて水晶をさらに上から固めようとする。
「それが悲しい」
「ありがとう、答えにはなってなかったけど」
さらに顔のすぐそばまで覆われると、剣のまとった稲妻が男を激しくさせた。
そして、一際大きく空気を割く音を鳴らすと、剣からディコット自身の全身を電撃が伝い、水晶の隙間に入った空気を熱して膨張させ、すでに入ったヒビから伝播させて水晶の拘束を砕く。
水晶が細かい破片になって砕け散り、天窓から入る陽光を浴びてキラキラと輝いた。
それを目眩しに、ディコットの左足が安奈の足を払おうと振るわれる。
安奈はそれを避ける為に咄嗟に翼を生やして後ろに飛び退く。
ディコットはその隙に持っている剣を一度盾に戻して再度抜き直す。剣の刃が花開き、内に秘められていたエネルギーが剣の形を取って顕れる。
しかし、安奈はディコットの剣など見ず、思わず生やしてしまった自分の翼を見て、その笑みを失わせた。
「……私は人間でいたいのに」
ミシミシと音を立てて安奈の爪が鋭く尖り、膝下の脚は獣の様に肥大していく。
「姫芝、入れ込み過ぎて動き鈍らせないでよ?」
「……大丈夫、私は今、安奈さんにこれ以上化け物だと自覚させるのが一番怖い」
「なら、いい」
ディコットが光の剣を構え直す。
「どうして、私を人間でいさせないの?」
安奈が一度目を瞑り、開く。真っ赤に染まった目の端から、血が一筋垂れて落ちた。
剣を打ち合う度、空気が震える。
公竜も善輝もそれでも互いに本気でないことは悟っていた。相手の出方を伺い目の前の一撃より次を意識した打ち合い。
ふぅと息を吐きながら公竜は半歩下がると、剣を両手で持つ様に持ち替え、しっかりと静かに構え直す。
それを見て、善輝はナイフの様な歯をぎりぎりと擦り合わせた。
「……本当は、怒りでいっぱいなんじゃないか? 鳥羽恵理座を名乗った彼女も君の妹も、殺したのは僕だ。君の大切な人達の仇、そうだろう?」
羨ましい、妬ましい。
自分には手に入らないものを持っていた。それを自分と同じで失ったはずなのに、その仇を目にしているのに感情に流されない。
欲しがって欲しがって結局何も掴めなかった自分と同じ、家族を失った何もない、惨めな負け犬。
持ってるもの達への妬み僻み、救済してくれるかもしれない誰かへの傾倒、道理を投げ捨て自分に言い訳しながら感情のままに非道に至る道は幾らでもあるのに。
公竜は動かない。
善輝が最近手にした資料では母への憎しみ、妹への複雑な愛憎、距離の近い悲惨な過去を持つ相棒、それらの怒りや溜まっていく何かを仕事にぶつける。自分と同じただの人間とも言えないデジモンでもない中途半端な存在。それが小林公竜だったはずなのに。
相棒と妹を失った今、座天使派か熾天使派かと派閥が違うだけで、自分と同じはずなのに。
「怒りはある。赦す気もない」
公竜はそれだけ告げて、大きく踏み込みながら剣を振り下ろした。
善輝の剣がそれを受け止める。片手では足りず、掴むには向かない鋏も無理やり使って剣を支える。
そうして善輝が受け止めたのを見て、もう一度公竜は剣を振りかぶって振り下ろす。
「でも、今は些細な事に過ぎない」
二撃目に耐えられずに善輝の持った剣が折れ、引いた鼻先を剣が掠めて縦に小さく赤い線が走る。
「ぎゃッ!?」
血が垂れる、折れた刃が地面に刺さる。
「……君だけは無様に死んでくれッ!」
善輝は今ついた傷口を消したいかのように掻きむしりながらそう叫び、鋏から予備動作もなく稲妻を公竜に放つ。
電撃を受けて公竜の身体が一瞬硬直する。その隙に善輝は鋏を剣に絡ませるとそのままひねって公竜の手から剣を取り上げ、投げ捨てる。
剣が地面に落ちて鈍く重い音を立て、自由を取り戻した公竜の拳が善輝の腹部に深々と突き刺さる。
「僕は死なない」
懐に潜り込んだ公竜の首にかみつこうと本庄が顎を大きく開く。
『ライズグレイモン』『X(クロス)』『ヴァンデモン』
ブレスドの上半身のスーツを象るように赤紫色の光が走り、そのまま浮き上がって独立した腕となって善輝の顎を下から突き上げる。
その間に腹に突き入れていた拳を引き戻し、今度は光をまとったまま善輝の腹を殴りつける。
大きく体を曲げ、威力を足で受け止めきれずにレがレクスモンの巨体が飛んで洋館の壁に激突する。
盛実の設計におけるヴァンデモンXメモリは、あくまで追加パーツ。ザミエールモンメモリに対して独立した効果で協調するための部分を抽出していた。
一方のブレスドXは、特殊な硬質ラバー装甲を持つサイバードラモンX、全身からエネルギーを吹き出し一部は武器としてまとうライズグレイモンX。どちらも服が本体のヴァンデモンXとの相性を考えて未来が用意したもの。
壁を崩しながら善輝は弾けるように立ち上がり猛然と走り出す。迎え撃つ様に公竜も走り出す。
折れた剣をナイフのように逆手で善輝が振りかぶり、公竜は拳を腰だめに構える。
『サイバードラモン』『X(クロス)』『ヴァンデモン』
拳を覆う赤紫色の光の密度が増し剣を拳が正面から受け止め、押し負けた善輝の手から剣が落とされ、勢いに押されて尻もちをつく。
「……くそッ」
鋏から電撃がほとばしり、公竜の身体を貫く。
電撃に筋肉が固まり動きが止まる。もう一組の腕が機能したとしても足が動かなければ腕も届かない。
それに気づいて善輝は醜く歪んだ笑みを浮かべた。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
威力を高めるには時間がかかるからと、絶え間なく、しかし仮にもlevel6のメモリ、サイバードラモンXの装甲をもってなお公竜に蓄積していく。
「ぼ、くは、死なない」
痙攣する身体をおして公竜が一歩前に歩めを進めると、善輝は尻をついたままずりずりと同じだけ下がる。
「level6の、それもレガレクスモンの電撃だ! level5なら通常一撃くらえば死ぬ! いくらなんでも、耐え続けられないだろう!? そうだろう、小林公竜ゥ!!」
もう一歩、あと一歩、届きさえすればと公竜が思うのに善輝は獣じみた笑みを浮かべ、自身の醜さなどどうでもいいとばかりに後退り続ける。
電撃の強さを語る善輝は、だから大丈夫と自分に言い聞かせている様だった。
何分経ったかその間に何百の電撃を喰らったか、後退りを続けた善輝の背中が洋館の壁に当たる。
「え?」
あと少し歩けばいい、公竜がそう考えると、安堵からか不意に手足から力が抜けた。
歩みが止まると、電撃を喰らいすぎて朦朧とした意識が暗い闇の中へ溶けていく。
その姿を見て、善輝は自身の勝利を確信し、高笑いした。
『ダメですよ、私の分まで長生きしてもらわないと』
高笑いを掻き消すような突風の中に、公竜は見知った声を聞いて閉じかけた目を開く。
「目がッ……!」
風に流されてきた灰が善輝の目に入る。ハサミから放たれた電撃の狙いがそれて公竜の身体から離れ、脇を通って地面を叩く。
灰色の風が公竜の頬を撫でる。
『サイバードラモンX』『ライズグレイモンX』『ヴァンデモンX』
『サバイヴ』
公竜の上半身を覆う光がマントの様に伸びていく。
『ブラッディドレイン』『X(クロス)3』
公竜の上半身を覆う光が強くなり、公竜の右腕の周りに光の爪がぐるりと配置され、ドリルの様に回転し出す。
公竜が腕を思いっきり正面へと突き出すと、光の爪は眩い光を伴って射出され、善輝の身体に突き刺さる。
十の爪が善輝の身体からレガレスクモンのデータと共に、死体を吸血鬼垂らしめるために送り込まれたデータをも吸い上げていく。
「嫌だ、僕はまだ、自分がだれ、かっ……も……」
そう口にしながら、人の姿でどこかへと逃げようとする善輝の身体にひびが入っていく。
最後の言葉に公竜は善輝の事情を察したが、寄り添う事なく背を向け、手の中に少し掴まれていた灰を見る。
「……ありがとう、」
その後に公竜が口にした名前は、善輝が爆発する音にかき消されて誰の耳にも届くことはなかった。
しかし、公竜の胸の中には公安に名前と人生を奪われながら他人の為に全てを使い切った彼女がいた。
さらさらと、善輝がいたところに現れた灰の山が日光に溶けて消えていく。
それを確認する余裕もなく、公竜はブレスドの変身を解くとその場で膝をついた。
盾の表面を音を立てて爪が削る。光の剣で焼き切った翼が数秒後には再生する。怪我を気にせず安奈はディコットに襲いかかる。
しかし、ディコットもまた、剣から安奈のデータを吸い陽光をエネルギーに変え、傷を癒やし力にする。
有効ではあってもお互いにほとんどの攻撃は決定的な攻撃になり得ない。
「そろそろ諦めてくれないかしら。あなた達に私は殺せない。この肉体が失われても、私はただの吸血鬼の王に戻るだけ、なにの解決にもならない」
安奈はうんざりした顔でそう言った。
繰り返した再生は確かにその体力を削りもしていたが、肉体が灰になっても魂が朽ちないことは既にデジタルワールドで安奈は試して知っている。
元々、火山での自殺も人間になるのも、吸血鬼王という動くだけの屍体の最たるものとしての生を終わらせる為だった。
その中で、今まで生きてすらなかったことを知ったのだ。
「それでも、あなたをこの街にこれ以上放置してはいられない」
ディコットは剣のスロットザッソーモンメモリを盾のスロットにサンフラウモンメモリを突き刺した。
『ヒュドラモン』『インテンスランテール』
『ケレスモン』『バーニングブラッドシェル』
ディコットが突き出した剣に添える様に盾を構える。その周りを砲を模る様に蔦が回っていき、ディコットの足元も岩と蔦とで固定していく。
光の剣は泡立ちながら赤い焔をも含み、さながら火山の噴火口を構えている様だった。
「……そう」
呟きと共に安奈の足元から水晶が広がり、安奈の前に円錐状の盾を形作っていく。
肉体を失えば安奈はもう安奈に戻れないかもしれない。魂だけになっても吸血鬼王として復活できてしまう。わかっている筈なのにそういう選択をした二人に対して少し失望していた。
彼女達の倒すが、安奈から吸血鬼王の部分だけを殺すものであれば、それもいいかもしれないと少し期待していた。
内心を理解され、少し過剰評価してたのかもと安奈は思い直す。
そもそも、不死の吸血鬼王を殺すことは本人にも原初の天使にも魔王にも聖騎士にもできなかった。
殺した上で都合よく人間としての自分は生かしてもらえるかもなんて贅沢過ぎる。
そして光が溢れる。
光の剣はその形を崩して前方に絶え間ない光の筋となって降り注ぐ。共に噴き出されたマグマと共に、その熱で水晶の盾を溶かし崩していく。
安奈はそれにただただ水晶の盾を追加で作り続ける事で対抗する。
どれだけ押し込まれても肉体が消し飛ばなければ再生できる。逆にディコットにはそれ以上の手がない。
押し込まれ、背中が壁についても安奈は取り乱しさえしなかった。
「天青さん、今です」
安奈は、猗鈴の声に次いで礼拝堂の壁の向こうにいる誰かが息を呑む声を聞いた。
『マスティモン』
『カオスディグレイド』
直後、安奈がもたれていた壁が後ろに崩れ出す。
その先には裂け目があった。
暗く黒く、その縁を彩る赤と青の光がなければ立体感もなにもない光さえ落ちていく様に見える空間に空いた穴。
それは異世界へのゲート、吸われてはいけないものだと安奈は知っている。
「この世界に居させられない。殺しても蘇ってくる。だからゴミ箱に送り込む、そういうことね」
安奈は失望を露わに呟いた。
正面から押してくる光と背後で吸い込むゲートと、水晶の盾を絶やさずにそれを耐え切る。
すぐに不可能だと安奈は結論付けた。
ディコットの放った光はマグマを伴った。まだ熱を持ち柔らかいマグマが盾で飛び散らされ、礼拝堂の壁も床も熱で溶け崩れた。
爪を立てる場所がない、つかめる場所もない。それでいて、柔らかいままつもるマグマのせいで抜け出すこともできない。
マグマに直に触れれば人間の身体は耐えられない。人間の身体ではこのゲートには抗えない。
もういいんじゃないかしらと頭の中で声がする。
あっという間に安奈のボロボロの服が肩から弾け、腕が肥大化する。人間のサイズに合わせなければ、自身の指は深く突き刺さる。
人間を丸々掴める腕を、礼拝堂の床を貫通させて地面に突き刺し、地面を水晶に変えていく。
「猗鈴!」
「わかってる!」
ディコットが左脚を一度上げて強く地面に打ち付ける。すると、安奈が爪を立てた地面が熱く柔らかいマグマに変わって崩れ出す。
また吸血鬼王(私)になったとして、また身体を捨てて人間になればいいじゃない。
また声がする。
ただゲートに吸われないだけなら彼女はどうとでもできる。
完全に吸血鬼王になればいい。
味方を巻き込まないためか、はたまたそれが限界なのか。
彼女にはわからなかったが、天青の開いたそのゲートは人間なら飲み込めても吸血鬼王が本来のサイズで現れれば飲み込むことはできないサイズに過ぎなかった。
ズボンが破れるのも構わず、まだ地に着いている脚の片方を肥大化させ、地面に爪を食い込ませる。
腕をまた地面に刺して、順次なっていけばもう吸われることはない。
そこまで考えて、ふと、ズボンの破れた切れ端、そのポケットに何かきらりと光るものを見た。
Vi et animo(身も魂も共に)、そう刻まれた黒ずんだ銀の指輪はあっという間にポケットから滑り出て吸い込まれていく。
それを捕まえようと、安奈は身を翻し腕を振るう。
吸血鬼王の手では壊してしまうから、即座に人間の手に戻して。
「あ」
脚が浮く。
気がついた時には安奈は脚も戻していたし、翼もしまっていた。
まだ吸血鬼王になれば間に合ったかもしれないが、安奈はそれよりも手の中の指輪を確かめて、微笑んだ。
「私、まだ人間なのね」
安奈を飲み込みゲートが閉じる。
惨憺たる有様になった礼拝堂と、静寂だけがそこに残された。
「……安奈さん」
杉菜がそう呟いて変身が解かれるのとほぼ同時に、ゲートの裏にいた白と黒の機械をまとった天使が崩れ落ちて天青に姿を変える。
「天青さん!」
「私はいつもだから大丈夫、それより早くここを出ないと……」
天青の言葉に周囲を見渡すと、礼拝堂の火は建物全体に広がり始めていた。
杉菜が猗鈴の方をと見ると、猗鈴はその場で立ったまま動きさえしない。
「猗鈴……?」
ごぷっと音を立てて猗鈴の口から血が溢れる。
「……ちょっとふらつくけど、大丈夫。でも、天青さんは姫芝お願い」
ふらりとなりつつも猗鈴は踏みとどまり、礼拝堂の入口の方へと向かう。
「皆さん、大丈夫……ではなさそうですね。国見さんは僕が連れて行きましょう」
燃える礼拝堂の扉を開けてボロボロのスーツに身を包んだ公竜が入ってくると、地に突っ伏した天青を拾い上げて肩に担ぐ。
猗鈴は杉菜の肩を借りながら公竜の後ろをなんとか歩いていく。
「……母は、倒したんですね?」
ふと、公竜がそう口にした。
「……いえ、傲慢の魔王の居城に送っただけです」
「それは、ほぼ同じでは?」
公竜の言葉に、天青は身をゆだねたままいいえと否定した。
「あの自称神様は、自分を素直に頼る人間には寛大なので、彼女次第では本当に人間になることも……」
果たしてそれがいつになるかはわからないけれどと天青が締めくくると、そうですかと公竜は静かにうなずいた。
燃える洋館を背負うように、四人はそろってその場を後にし、門を出る。
「ちょっとあなた達、大丈夫……って、あら、探偵さん!?」
門から出た四人に声をかけてきたのは、友崎だった。
「あー……これは……」
「あれ、もしかして君、公竜くん?」
友崎は公竜の顔を見ると、嬉しそうにそう口にした。
「……はい。お久しぶりです」
大きくなったのねー、と友崎は笑う。
十歳にもならない子供の頃の面影で判断つくなんて思ってもいなかった公竜は、咄嗟に言葉が出てこなかった。
「……実は、あの後小林公竜さんからも同様の依頼を受けまして、この洋館を探していたんです」
猗鈴はそうすらすらと血で汚れた口元で嘘を吐き出した。
「そうなの……って、そんな話してる場合じゃないわよね!? 救急車は呼んだ? 何があったの!?」
「小林さん、家を大分放置されていた様で、おそらくですがガス漏れに断線してるのに気づかず電気をつけようとした事で引火……ガス管を通じて礼拝堂まで。という事だと思います」
猗鈴はさらにそう続けた。
「……まぁそういう感じです。救急は呼んでありますし、警察は僕がそうなので、通報は不要です」
公竜も猗鈴に乗っかる形でそう話すと、そうなのねと友崎は安堵で胸を撫で下ろした。
「その、今話す事じゃないかもなんだけれど……お母さんとは話した? 二人のこと、すごく心配してるみたいだったのよ?」
友崎の言葉に、一瞬公竜は言葉を詰まらせた。
「実は、また病気が悪化して海外の専門病院に行ってしまったので今は会えないのですが……」
公竜は軽く目を伏せながら嘘を吐き、一度ゆっくりと瞬きした。
「でも、未来と会いにいくつもりです。必ず、会いに行きます」
そう柔らかく公竜は笑った。
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挿絵(そろってないけど)はこちらです。