「……姫芝さんは?」
公竜がそう聞くと、天青は首を横に振って、部屋の隅に毛布にくるまって震えながら壁を見ている杉菜を指差した。
「そこの隅で震えてる。一応何があったかは話してもらったけど、私達は吸血鬼王の声を聞くわけにいかなくて肝心の瞬間は聞かないようにしてた。小林さんには録音を代わりに確認して欲しい」
わかりましたと公竜は盛実からヘッドホンを受け取り装着する。
「……というところです」
「姫芝の言ってたことと基本的に変わらない。やっぱり猗鈴さんは……」
公竜から仔細を聞き、天青はそう口にして目をるせる。
「……斎藤博士のエカキモンの能力でどうにかなりませんか? 死者の復活は各地の神話や聖書にもある普遍的に想像されてきたテーマ、想像できない、ということはないと思うのですが」
盛実はホットチョコレートを飲みながら、なんとも言えない顔をした。
「近いことはできます、けど……でも、エカキモンの能力は、『想像したものを出す』であって、『想像した事象を起こす』とは違う。私が『猗鈴さん復活』の絵を描いて能力を使っても、猗鈴さんと同じ見た目と能力と性格の偽物しか出せない」
そうですかと公竜は呟いた。
「……可能性自体はあるんです。手段がわかって、どう機能するかを明確にできて、それに対してみんなの想像力、そうあって欲しい想いを集められれば、私の身体にきっかけになり得るカロリーの貯蔵さえあれば実現できます」
盛実はさらにホットチョコレートを飲むと、お代わりと天青にマグカップを差し出した。
「斎藤さん! ドライフルーツ増し増しで上面にちょっとココナッツオイルと砂糖振った激甘パウンドケーキ焼いてきました!」
さらに、ユーノーの扉を開けてキッチンペーパーで包んだパウンドケーキを山のように持った便五が入ってくる。
「……斎藤博士、カロリーを溜め込む必要は理解できますが、血糖値を高め過ぎると思考がまとまらなくなりますよ」
君もだと、公竜は切り分けるんでだいどころ借りますと走って行こうとした便五の手からパウンドケーキを取り上げる。
「……でも、僕が今美園さんの為にできることはこれしか」
「そんなことはない。想像は他人と共有できる、斎藤博士の能力なら多少突飛なぐらいならば形にできる。創作でもなんでも復活や蘇生に関する逸話や方法を探してリストを作って欲しい。何もないところから考えるよりはマシなはずだ」
公竜がそう頼むと、便五はパソコンとってきますとまた慌ただしく出ていった。
「助かります。ちょっと止めきれなくて」
天青の言葉に、いえと公竜は首を横に振った。
「僕も動揺してるところを見て多少落ち着いているだけで動揺している。彼も茫然自失になっておかしくないのによく頑張ってる」
そうですねと天青は頷いて、盛実の前にホットチョコレートの代わりに水を置いた。
「猗鈴さんに関しては、彼が叩き台を持ってきてから。彼女が残した言葉から察するに猗鈴さんは何かに気づいた、その何かを私達は拾い上げないといけない」
「吸血鬼王の謎は私の謎じゃない。まず美園さんの謎とはという話になると思うのですが……」
天青はそれはと、自分の目を指差した。
「猗鈴さんは目の能力もあって、トリックとか方法についての推理を得意としてたからおそらくそういう話だと思う。特に動機面は姫芝に丸投げしていた時もあります」
今はそんな状況ではないですけれどと、部屋の隅で震える杉菜を見た。
今の杉菜は恐怖に屈している。それは、自分の部屋で一人でうずくまっていることさえできないほどのもので、今この場にいるのもここに天青や盛実、誰かしらがいるからに他ならなかった。
「母の、吸血鬼王の動機ですか……」
「やったことといえば、柳真珠に海外にいるところに連絡を受けてこの街に戻り、柳真珠の望みらしい組織を潰すような行動をしながら、時折公竜さんや未来さんを探して警察を壊滅。柳真珠には好意的かと思えば、妊娠していると思い込む残酷な催眠をかけていて……今回はさらに本庄義輝を返り討ちにして番犬にした」
一貫しているとは思えないと天青は呟いた。
「そうですね。僕には事前に聞いていたデジタルワールドでの振る舞いのように、特別な理由なく行き当たりばったりで誰かの思惑を手伝ったりくじいたりを楽しんでいるようにしか見えない」
公竜の言葉に、盛実も流石にとうなずいて、近くに置かれていた小林一家の家族写真や指輪を何枚か取り出した。
「でも、未来さんや公竜さんを探したりしてたけど、ここの家族写真は数はいっぱいあるのに一枚も吸血鬼王は映ってないし、そもそも、人間界に来て何もしてない期間が長過ぎるし、今までの行動に一貫した動機があるとはちょっと……」
盛実はそう言ったあと、水をちょっと飲んだ。
「……そうだ、父の結婚指輪。調べ終わったのならばなるべく手元に持っておきたいのですが」
公竜が思い出したようにそう言う。
「あ、えっと……あの、これどっちがどっちかわかります?」
「Vi et animo、という刻印の後にイニシャルが入ってるはずです」
「じゃあ……これは吸血鬼王のぅぷっ」
暴飲暴食のせいか、吐き気を感じて盛実は急いで口元を抑える。
その拍子に、手に持っていた黒ずんだ銀の指輪が盛実の手を離れて杉菜の足元まで転がった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です、けど、ごめんなさいごめんなさい。すぐ拾うので許してください……」
「怒ってないですから、無理に動くと吐きますよ」
盛実が慌てて杉菜の足元まで駆け寄っていくのを、公竜は苦笑して見る。
「……ちなみに、Vi et animoというのはどういう意味なんですか?」
天青にそう言われて、公竜はぱらぱらと手帳を開いた。
「身も魂も共に、だそうです。今思うと、皮肉で彫ったのかも知れませんね」
公竜がそう言ったあと、うぷっとまた盛実の口から不穏な音が漏れた。
「ごめ……姫芝、それ取って」
杉菜の目がちらりと転がってきた指輪に向き、拾い上げる。指輪の内側は特に黒ずんでいる。
Vi et animo、身も魂も共に。結婚指輪に彫る文言としては特に突飛でもない。
人間の身に吸血鬼王の魂、彼女がそれを言うと確かに意味は変わってくるが。
不意に杉菜はその場で勢いよく立ち上がった。
そして、指輪を盛実に渡すと家族写真の山を一枚一枚確認する。
「そうか……猗鈴はこれに……」
礼拝堂の中央、日の光が当たるところで彼女はぼうっと立って自身の左手を見ていた。
そして、ふと侵入者に気付いて振り返った。
「……よく、来られたわね」
扉のところに立つ女を彼女は知っている。
「恐怖でここに近寄ることすらできない、そう思ったんだけれど」
姫芝杉菜は既に腰にディコットドライバーを装着した状態で立っていた。
「今も怖いですよ。でも、これを返さなきゃと思いまして」
杉菜はそう言って、黒ずんだ銀色の結婚指輪を吸血鬼王に投げ渡す。
「……これは、何のつもりかしら?」
彼女はそう言って杉菜を見た。
「小林安奈さん。それはあなたを小林安奈さんという人間に繋ぎ止めるミッシングリンクです」
その女、小林安奈は手の中にある指輪をちらりと見て、指には付けずにポケットにしまう。
「言ってる意味がわからない。そもそもなんであなたはここに来れているの?」
「私達も、組織も、みんながあなたをデジタルワールドで暴虐を奮った吸血鬼王として見ていた。本当は小林安奈という一人の母親としてしか動いてなかったのに」
安奈は杉菜の言葉に何も返さない。
「未来さんが育った家に保管されていたあなたたち家族の写真を見ました。とてもいっぱいの幸せな家族が写った写真があって、そしてその中にあなたの写真はなかった。これを、私達はあなたに家族への情がなかったからだと判断したけれど、あなたは写真に映ってないだけだった」
カメラには撮る人間がいる。写真に子どもの笑顔が正面から映ったものが何枚もあったならば、それは子どもがその笑顔をカメラを撮る人間に向けていたからに他ならない。
「あなたは愛しい家族の一瞬一瞬をカメラで撮って残した。あなたは家族を愛していた」
「……私は、家族を捨てた女よ? 写真を撮ってくれる親切な人なんてどこにでもいる」
安奈はそうため息混じりに呆れた顔をした。
「それは、公安の魔の手が子供にも及ぶと思ったから、ですよね」
しかし杉菜は真っ直ぐにそんな安奈の目を見ていた。
「あなたは取引をした公安職員と共に海外にいた。しかし、柳真珠からの連絡でその職員にも知らせずに手を出していたことを知った。あなたはそれでこの街に戻ってきた。そして、愛情を子供に向けているという事が利用されるものだとわかったからあなたは今、私の言葉を否定している」
安奈が真珠から連絡を受け、街に戻り夫の死を知った。自殺とされていたが公安に消されたのだと気づいた。
「……そうだとして、なんなのかしら。わかっているから仲良くしましょうとでも言いたいの?」
安奈の言葉に、杉菜は眉根を寄せた。それは恐怖でもなく怒りでもなく、悲しみの顔だった。
「あなたが、ただ人間の母親だったならそうできた。でも、家族から離されたあなたはどんどん感情が人間から離れていったんじゃないですか?」
その人生を歪められた状況の相似もあって本当に娘同然に思った柳真珠が、生きる支えを失いつつあるのを案じて『我が子(生きる支え)』がいる様に催眠で刷り込んだ。
自分と同じ血を引く公竜の側に、自身の能力への抗体であるX抗体を保つ危険な存在がいたから関係性を考えずに排除した。自力でそれに抗った風切王果も子供にも危険かもしれないから、犠牲を考えずに排除した。
本庄義輝が娘を殺したと聞いていてもたってもいられず警察を動員して復讐して、わざわざ弱点を多く持った吸血鬼にした。
母親としての動機までは人間なのに
「Vi et animo、身も魂も共に。その銀の指輪に刻まれた言葉には二つの意味があった。夫婦として一緒にいようという意味と、共に人間でいようという意味と。皮脂で黒ずむ銀の指輪はプラチナの指輪に取って代わられ結婚指輪ではあまり使われない。それでもあえて銀にしたのは、安奈さんが吸血鬼王ではなく人間として生きたかったから」
でも、と杉菜はザッソーモンメモリを取り出して構えた。
「家族と離れたあなたは家族への愛はあっても、人間として生きていくにはあまりに罪を重ねすぎた」
安奈は少しだけ微笑んだ。
「……そうね。そうかも。つまり、これから私が何もしなくてもあなたは私を放置しておくわけにはいかないというのよね?」
「……はい。あなたはまた必ずなにかします。あなたを嵌めた公安は本庄だけでもない、人間らしくあるほどあなたには犯罪を犯す理由が生まれる。かといって吸血鬼王らしくあるほど、あなたは社会から外れた存在になる」
確かにそうねと安奈はうなずいた。
「たった一人でどうやってするつもりなのかしら。顔色を見ればまだ怯えがそこにあるのはわかるわ。それとも、公竜にでも戦ってもらう気なのかしら」
「いえ、私達があなたをここで止めます」
杉菜はそう言ってメモリを握る手に力を籠める。
「私、達?」
「えぇ、私達です。そうでしょう、猗鈴!」
『ザッソーモン』
ザッソーモンメモリをベルトのスロットに挿し込む。
『サンフラウモン』
反対側のスロットに黄色いメモリが出現する。
『サンフラウモン』『ザッソーモン』
そして杉菜がベルトのレバーを押すと、身体がディコットのそれへと変わっていく。
「姫芝、よくわかったね」
ディコットの口からそんな猗鈴の声が出る。
「えぇ、米山君がディコットのモデルのにした特撮で似たような話があったと見つけてきたんですよ」
「……盛実さんじゃなくて?」
「まぁ、盛実さんは最初あなたが消化されてるなら変身時のデータ転送での復活は難しいと思って諦めていたらしいですが……」
安奈はディコットの中に猗鈴がいるのを察し、自分の胸を触ってなにかを確かめるようにしていたが、すぐに視線を戻した。
「小林安奈は、礼拝堂に一日中こもって娘の死を悼む人間の母親でした」
杉菜の言葉に猗鈴はそっかと納得の呟きを漏らした、
「X抗体は排除したくても、人間にはない吸血鬼由来の身体機能は可能な限り使いたくなかった。故に私のデータは体内で消化されずそのまま保存されていて転送可能だった」
猗鈴がそう言い終わると、空いた天窓からアルティメットメモリが入ってきて、ぐるりと二者の頭上を旋回してディコットの手に収まる。
『アルティメット』
安奈はふうと一つため息を吐いた後、指を口に咥え、ピィと鳴らした。
直後、洋館本館から、言葉にできない男の絶叫が聞こえた。
「……本庄を私達にぶつけるつもりですか?」
「えぇ、人間の私は自分をただの人間と思ってくれる人はなるべく殺したくないの。敷地から出られない様にはしてあるから、逃げていいわよ」
あんなの言葉にディコットは首を横に振る。礼拝堂の外には目もくれない。
「本庄はここには来ません」
『アルティメット』
ベルトにアルティメットメモリが挿さり、花が咲くと共にディコットの姿が変わる。
「あなた自身、罪をわかってるから指輪を求めたはず、精算の時です」
「……屍の王として何千年生きても満たされないものが満たされたの。これより重い罪はないわ」
吸血鬼王の足元を中心に放射状にパキパキと床が水晶で覆われていく。
「ちょうどいいからあの世で夫に説明してきて、安奈はあなたと子供達を愛していたから家を去ったと」
ディコットの足元あらゆる方向から水晶の針が飛び出し、その心臓を狙う。
少し時間は巻き戻る。
「ここは通すわけにはいかない」
公竜は礼拝堂の扉を背に、いつものクロンデジゾイドのトランクを脇に置いていた。
そんな公竜の前に現れたのは人の姿のまま、肌の色を変色させ制御できてないのか電気をまとった善輝だった。
「小林、公竜……」
そう呟き、善輝の黒目がぎゅるりと動いて公竜に焦点を合わせ、瞳孔が縦に割れる。
「君も、公安だろう? 僕達は本来、戦う必要なんてないはずだ」
「……自分が今誰の為になにしてるかわかってそれを言っていますか?」
「あぁ、■■■■■■様の為だよ。グランドラクモン様が暴れれば■■■■■■様がこちらの世界に現れる理由になる」
自分がグランドラクモンにも様をつけていることにも気づいていなさそうな善輝に、公竜はゆっくりとまばたきをした。
公竜はブレスドのバックルと共に縦に長いメダルが三枚入りそうなスロットのあるガジェットを取り出して装着する。
そして、三つの異なる赤色のメダルを取り出してスロットに滑り込ませる。
『サイバードラモン 』『X』
『ライズグレイモン』『X』
『ヴァンデモン』『X』
けたたましい音を聞きながらダイヤルを回す。
『サバドラ!』『ライグレ!』『ヴァンデモン!』
音に合わせて、それぞれを抽象化したような光るマークが宙に浮かんで組み合わされる。
『X(エックス)!』
『X(クロス)!』
『DigiX(デジクロース)!』
公竜の身体を新しい装甲が覆っていく。三色の赤で彩られたその姿はどこか気品があった。
『ブレスド!』『X(クロス)!』『サッバーイヴ!!』
「……そのふざけた音声は、君の趣味か?」
『レガレクスモン』
金色のメモリを身体に挿すと、本庄の姿がミシミシメキメキと音を立てて変わっていく。金の仮面を被ったシーラカンスを思わせる頭部、筋骨隆々の体躯で右腕にのこぎり状の剣、左腕に巨大な鋏を付けた半魚人へと成った。
「可愛い妹とその友人の趣味です」
「僕が殺した未来くんの趣味なんだ。それは復讐にも身が入るね、うらやましいよ」
鋭い歯列を見せつけながら本庄は笑う。
そんなあからさまな挑発をされても心が全く動かないことに公達は内心少し驚きながら、ダイヤルをまた一度回した。
「復讐の為に戦うつもりはありません」
『トライデントリボルバー』
公達の手に銃と一体化したような長剣が現れる。
「公安として、小林杏奈の子として、そして大切な人達の信頼に応える為に。あなたは僕が終わらせる」
「あぁ、本当に……うらやましいなぁッ!」
剣と剣がぶつかり合う。
二人の足元の石畳が圧力に耐えられずひび割れを生じ、空気が割れた様な轟音が鳴る。
弾き合うように剣を引き、お互いに肩からぶつかり合い、さらに頭突きをぶつけ合う。
「復讐や怒りで歪まないなら死んでくれ、小林公竜ッ!」
「お断りします、僕は生きていてくれと願われている」
投稿が早すぎますが跳ね上がるサイクロンの力に無理やりジョーカーでついていった翔ちゃんの如く「俺は二度と折れねえぞ!」と追随する夏P(ナッピー)です。
前回の時点で前フリされていたミッシングリング(リンクじゃなくて)ってこれかぁ!
ここまでの流れや溜めは全てここに結実したと言ってもいいでしょう。便吾君がオイPC取りに行くって言って戻ってこないまま話が進んだんだがと戦慄しましたがきっちり役に立っていた。何気に作品の頭脳が喫茶店に全員集まっているのもあってか、吸血鬼王の動機や行動指針みたいなものも次々と予測が建てられていく様が心地良い(姫芝この間ずっとうずくまってますが)。
でも
>「じゃあ……これは吸血鬼王のぅぷっ」
ここ初見でどう考えても敵がいきなり奇襲仕掛けてきて博士後ろからブッ刺されたのかと思いました。Fateでキャスターの名前を学園内で出した途端、相手刺殺して自決するようになってた一成みたいな。単なる喰い過ぎというか糖質過多だった。エカキモンの性質に関する解釈と活用は面白く、是非参考にさせて頂きたいです。
安奈さん? 吸血王だろ? と思っていたら本当に安奈さんだった。動機を解くのはいつも姫芝だったという前フリがここで聞いてくる。猗鈴サン戻ってくるの確信してザッソーモンメモリを装填、それに呼応するかのようにサンフラウモンメモリが出現するのカッコ良過ぎる。なお母上は意外と冷静だったので「そ、そんなバカな!?」的なベタな反応はして頂けない模様。
公竜サン、お母様と向き合うのではなく決戦の邪魔立てはさせない道を選んだんだ。というか、つまり本庄=ミックという図式で爆笑したのは内緒。
それではこの辺りで感想とさせて頂きます。次回も早そうな……?
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