
「アフターサービス、ですか?」
「そうそうそう、結構レアで高額なメモリを買ってくれた個人がいてね。事情を聞いた感じだとあなたのサポートが必要そうなの」
これがその資料、と夏音から渡された書類を見て、杉菜は思わず声が出そうになった。
「……これは、いや、そもそもなんでこんな子供にメモリを売ったんですか」
資料に映っていたのはまだ小学校も出てないような子供だった。
「買うからだけど。買う客がいるから売る。何か変なことがある?」
その夏音の言葉に杉菜は思わず眉間にしわをよせてしまった。
「今後は同じ場所での営業を増やすことも検討してるの」
「病院ですよ……? そんなのって……」
「そうだね。つまり、メモリを使わなくてもいずれ死ぬ人達。最後の夢を見せてあげるのは悪いこと、なのかしら?」
夏音の笑顔は、機械的で冷たく、しかし圧だけはおぞましいまでに感じさせた。
「悪いに、決まってます」
思わず後退りしそうになるのを堪えながら、杉菜はそう言った。その際、杉菜は思わず夏音を睨みつけてしまったが、夏音はそれを見ても何も感じていないようだった。
「そうかな。君が売ってきた人に売るよりは大分マシだと思うけれど」
夏音はそう言うと、手元のタブレットを操作して杉菜が売ってきた人間達を画面に表示した。
「君が選んで売ってきたのは、メモリの毒で死んでも構わない様なクズばかりだった。一見立派な感じだけども……クズだから全く関係ない人の被害は多いわよね」
そんなことはわかっていた筈だった。わかった上で飲み込んだ。杉菜は力が欲しかった。
だから、杉菜はなにも言えなかった。
「じゃあ、行ってくれるわね」
「……わかりました」
杉菜がそう言って部屋から出ていく背に、駒としても潮時かなとポツリと夏音の呟きが聞こえてきた。
その病院に着くと、待っていた一人の看護師に連れられて杉菜はある病室に通された。
ベッドの上に座る少女は、今にも消えてしまいそうな儚げさを持っていて、杉菜はまた飲み込んだ筈のものを吐き出しそうになった。
「……お姉ちゃん?」
杉菜の顔を見ると、少女はそう呟いて、目を輝かせてベッドから起きあがろうとして、そしてそのままうずくまった。
「永花ちゃん、無理しちゃダメよ……」
看護師の女性はそう言いながら永花と呼ばれた少女の背中をさすった。
「……でも、お姉ちゃんが」
「……私は、姫芝杉菜。メモリ販売組織から来たものです」
杉菜は、そうペコリと頭を下げると、ベッドの脇で中腰の姿勢を取って永花と目線を合わせた。
「……そっか、お姉ちゃんじゃなかったんだ。ごめんなさい……でも、杉菜お姉ちゃんって呼んでいい?」
「いいですよ。なんとでもお呼びください」
ちょっと、と看護師に促されて杉菜は廊下に出た。
「……姉がいたという話は聞いてませんでした」
「永花ちゃんが懐いていた別の病棟の女の子です」
杉菜の問いに、看護師の女はそう答えた。
「なるほど、その方は転院か何かを?」
「永花ちゃんにはそう言ってますが……実際は亡くなりました」
「病気で、ですか?」
「いえ、久々の外出日に……知りませんか? ビルが倒壊して、その後下のガス管か何かが爆発した事故。巨人が飛び出すところを見たなんて話もあったやつです。アレで、二回目の爆発の時に飛んだ瓦礫が頭に当たって……」
それは杉菜もよく知っている。ビルを崩壊させたのは杉菜が使ったダイナマイトで、その後下から飛び出したのは親友だった風切王果。
杉菜が殺したようなものに思えた。
「……ご愁傷様です」
「私は、身内とかではないので……アレなんですが、永花ちゃんのお父さんはいつからか顔出さなくなりましたし、永花ちゃんにお母さんはいませんし……それで、なるべく顔を出してもらうことはできませんか?」
「……わかりました。確か使用者は永花さんですけれど、手続きを代理で行ったのはあなたでしたものね。アフターサービスの一環です。私、姫芝が確かに承りました」
ある意味それは杉菜にとっても渡に船だった。
「ねぇねぇ、杉菜お姉ちゃん、私と×モンしよ!」
杉菜が病室に戻ると、永花はそう言って、部屋の隅に山と置かれた段ボール箱とその中に溢れているカードを指差した。
「初めて聞くカードですが……私はTCGは強いですよ。地方大会で入賞したこともあります」
「じゃあ、お店の大会とかだと優勝したりしたの!?」
「……3位なら何回か」
杉菜はどんなに小さな大会でも優勝したことがなかったので、苦虫を噛み潰した顔のまま、無理やり笑った。
「私は場に出した『バンバンシー×』の効果で、自分の手札を全て墓地に送って、杉菜お姉ちゃんの『雑草鳥・痛鳥』、『雑草獣・怨獏』と手札を一枚ブレイク」
永花はそう言って、姫芝の場のカードを2枚、手札を一枚取って墓地へと落とした。
「……ふふふっ、私の場の『雑草』モンスターが破壊されたので、私の墓地で『除草罪』が発動! 条件を満たすセメタリーの『雑草』モンスターを3体まで呼び出すことができます」
その条件はATK0であること、と杉菜は墓地から、三枚のカードを抜き取って場に出した。
「『雑草塔・鴉乃煙塔』と『雑草塔・雀乃炎塔』、そして今さっき手札から墓地に送られた……」
杉菜はそう言ってカードを取り上げながら、袖の中に仕込んだライトを使ってカードのホログラムをキラキラと光らせた。
「『雑草蛇妖・毒蛇魅』を呼び出す!」
場のカードを一掃する筈が寧ろ増えましたねと杉菜は笑う。
さらに、『鴉乃煙塔』と『雀乃炎塔』がそろっていて他に雑草モンスターがいるこの時発動する効果がある、と杉菜は続ける。
「このターンに召喚された相手モンスターは次の相手ターンまで効果が無効になります!」
まだまだ、と杉菜は続ける。
「『毒蛇廻』は1ターンに一度戦闘で破壊されず戦闘で受けるダメージは相手が受ける効果と、セメタリーからの特殊召喚に成功したターン、攻撃可能な相手モンスターは毒蛇廻を攻撃しなければいけない効果がある!」
ふふふと杉菜は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「新しいモンスターを出しても効果は無効、『バンバンシー×』の攻撃による反射ダメージで、私の勝ちです!」
すると、永花はふっと笑った。
「それはどうかな。私がセメタリーに捨てたカードをちゃんと見た?」
「まさか……」
「私がセメタリーに捨てたのは、『点心天使』! このカードはセメタリーに送られた時一度だけ、既に場にある×を持つモンスターの下に置くことができる! そして、これで『バンバンシー×』はもう一度効果を発動できる様になるよ!」
羽根の生えた点心が描かれたカードを、永花は『バンバンシー×』の下に置いた。
「くっ……いや、まだです!『バンバンシー×』の効果は手札を全てセメタリーに送って初めて発動する効果の筈! 手札0の今、発動はできません!!」
「できるよ。私がセメタリーに送ったもう一枚、『跳ね月餃子』の効果は、手札からセメタリーに送られた場合このカードをデッキの一番下に置き一枚ドローする!」
あっと杉菜の口から思わず声が漏れた。
「『バンバンシー×』の効果発動ッ! んー……杉菜お姉ちゃん、なんかいい技名ない?」
「……ふむ、確かバンバンジーは四川料理が元……四川では複雑な味を怪しい味と書いて怪味(ガイウェイ)と言うのが使えるかもしれないですね」
杉菜がそう言うと、いいねと永花は笑った。
「じゃあね、ガイウェイスクリーム! 『毒蛇魅』と『鴉乃煙塔』を破壊して、手札も捨てる!」
「私の『毒蛇魅』がぁ……」
「これで、バトル! 『雀乃炎塔』にバンバンシーで攻撃!」
トゥルルル……と言いながら杉菜が計算機で自分のLPを計算し、デンとまた口にして0以下になった数値を永花に見せた。
「私の勝ちー! 杉菜お姉ちゃん、強いのに弱いね!」
その言葉に、杉菜は思わず呻いた。確かに杉菜は負け続けていた。うまく回れば永花はそれ以上にうまく回り、うまく回らない時はあり得ない程うまく回らない、その結果杉菜は八割強負けていた。
「まぁ、勝負は時の運ですからね……私と『雑草今生』デッキは大切な時にはきっと負けませんから」
杉菜は少し強がってそう言った。
そう言うと、永花は少し明るさの下から不安さを覗かせた。
「……本当に負けないでくれる?」
「えぇ、負けませんよ」
「じゃあね……じゃあね、私、今度の花火大会に行きたいんだけど連れてってくれる?」
それを聞いて、杉菜は一瞬迷った。永花はベッドの上から動ける体調ではないのを杉菜は知っている。
だけど、その為に彼女はメモリを手にしたのだ。長くない余生を少しでもよいものとする為に。
「えぇ、行きましょう。私に憑いていれば安心ですよ」
「……そしたらね、花火大会の時にね、寄り道もしたいの。いい?」
「構いませんよ」
「ありがとう、杉菜お姉ちゃん。 じゃあ、デッキ選び手伝って!」
「……デッキ選び? 花火大会では?」
「でも、要るの。花火大会の日にはね、×モンの大会もあるの。それで、お姉ちゃん以外誰にも言ってないんだけどね……私、外に結婚を約束した男の子がいるの」
まだ体調良かった頃に、おもちゃ屋で会ったのと永花は幸せそうに微笑んだ。
「×モンもね、その子に教えてもらって……一回しか会えなかったけど、またねって約束したの。大会にも出て、花火も一緒に見ようねって。三年前に約束したの」
「それは、会わないとですね」
「うん、会わなきゃいけないの。もう私、長くないんだもん」
「……それは」
「知ってるよ、私のメモリのこと。シェイドモンって、他の人の命で生きるデジモンなんだよね。私は私の命だけじゃもう長くないから、きっと買ってくれたんだよね」
「大丈夫ですよ、私がついてますから。私は人よりしぶといのが強みなんです。私の命を使えば、永花さんの命にもきっと勢いがついて、すぐに治ります」
「……そうかな」
「きっと、そうです」
「じゃあ、それまでちゃんと生きててね? お姉ちゃんみたいにならないでね?」
「知ってたんですか?」
「うん。みんな隠すの下手だから」
そう言って、永花はふわっと微笑んだ。
「……私は、私は死にませんよ。絶対に」
杉菜は、永花の小さくて折れそうな手を握ってそう言った。
「じゃあ、花火大会の日におもちゃ屋であるカード大会、杉菜お姉ちゃんも一緒に出てね」
「いいですよ。でも、私が優勝しても知りませんよ?」
「大人の部と子供の部分かれてると思うから大丈夫。二人でどっちも優勝しようね。お姉ちゃんはできるかわからないけど」
二人はお互いに顔を見合わせてあはは声を出して笑った。その側で、杉菜のデッキそのものがほんのりと脈打つように光を放っていたことには誰も気がつかなかった。
Twitterでよく見るカードショップに行った時の彼女の反応四択じゃねーか!(※彼女ではない) どうも夏P(ナッピー)です。
既にもう一話投稿されている中で遅くなりすみません。カードが光を放ったとか魂のカードとか言うから、これはてっきり「勝ちゃんの手が光った!?」なデュエルマスターズ的な展開が来るのかと思いきやそんなことは無かった。好きな子と好きな遊びやるとついつい喋り過ぎてしまいますよねえ便五くん、気持ちはわかる。でも捕らぬ狸の皮算用で先走って外堀埋めすぎや!
猗鈴サン御令嬢だったんか……翔ちゃんではなく園咲家側の人間だったんか……そーいや妹(怖い姉がいる)だったな……。
早めに次話まで行きます。