俺は九十九(つくも)タゴロウ。デジモン大好きな16歳の高校生だ。
デジモン、すなわちデジタルモンスター。
闘争本能を持つデジタル生命体を育成する、歴史の長い小型液晶玩具シリーズだ。
餌をやり、トレーニングを重ね、ウンチの世話をし、バトルを重ね、進化させる。
これがゲームの大まかなルーチンで、強いデジモンを育成するのが目標となる。
スマホアプリ〝デジモンサウザンズ〟は、その歴史を結集したゲームだ。
タイトルに違わず、1000種類にも及ぶデジモンを育成することができるのだ。
デジモンたちは画面上をチョコマカ動き回り、見ているだけでも楽しい。
ネットワーク接続によるアップデートなどにより、遊び方とボリュームは無限大。
デジモンは毎回異なる進化を辿り、遊び直すたびに全く違った育成体験が楽しめる。
幼少からデジモン好きの俺もすっかり夢中になり、毎日デジモンを育成している。
学校を終え、帰宅したある日のこと。
玄関に放り出されたままの弟妹の靴を揃え、手洗いうがい、制服からの着替え。
次いで俺を含めた三人分の夕食を用意し、賑やかな食卓を終える。
うちは共働きなので、両親の帰りが遅いときは俺が食事を作っているのだ。
弟妹はまだ小学生なので、長男の俺が何かと面倒を見ている。
おかげで部活などといった青春とは無縁だが、チビどもの面倒を見るのが長男の役目。
俺は己の領分を受け入れる男なのだ。残念ではあるが、仕方ない。
さて、夕食の片付けを終えたら、ようやく自由時間。上機嫌で自分の部屋へ戻る。
スマホのホーム画面から、デジモンサウザンズのアプリを起動する。
画面上にはデジモンのタマゴ……デジタマが映り、規則正しく動いている。
つい先日まで最終進化、究極体だった俺のデジモンは、今やデジタマになっていた。
デジモンはどれほど進化しても10日〜20日ほどで寿命が訪れ、死んでしまう。
だが愛情を込めて世話をしたデジモンは、こうしてデジタマを残すのだ。
同時に育成していた2体を合体進化(ジョグレス)させ、奇跡的に誕生した俺のカオスモン。
定期開催されるネット大会でも優勝を収めた、俺にとっても思い出深いデジモンだ。
おかげで死亡の喪失感から数日立ち直れず、まだデジタマを孵化させられていない。
クラスの友人には、たかがゲームのキャラでそこまでしょげるか、と言われた。
だが俺に言わせれば、バーチャルのキャラにすら感情移入できるのが人間の美徳だ。
俺はバーチャルに魂が宿ることを本気で信じているタイプの人間だ。
バーチャルライバーの名を検索したときサジェストに「前世」と出てみろ。
俺は般若の形相で衆生の愚かさを嘆き、無粋者たちを心の中で呪うだろう。
……なんの話だっけ。
ともあれ、いい加減新たな俺のパートナーに向き合ってやらねばなるまい。
生まれたての幼年期デジモンは、頻繁に世話をしてやらなきゃいけない。
成長期、成熟期、完全体、究極体と進化するにつれ細やかなお世話は不要になる。
なので新しいデジモンを育成するなら、翌日が休みの金曜日と決めていたのだ。
そしてまさしく、今日が金曜日。
意を決し、デジモンサウザンズ……通称デジサウを操作し、デジタマを孵化させる。
いつ聞いても語呂が悪いな、この略称。
……ところが、デジタマの孵化時間である1分が経っても、デジタマが孵らない。
操作を間違えたかともう一度試すも、やはり駄目。
おいおい、もしかしてバグか?
ここ数日ネット回線の調子が悪かったし、アップデートに失敗したのだろうか。
初めてサポートセンターに頼るべきかと思ったその時、スマホに着信があった。
ショートメッセージを開いてみると、文字化けした送信元からの珍妙なメッセージ。
『キミノ チカラ カシテ クレ タゴロウ』
ポケベルかな?
まるで世代じゃないが、古いガジェットが好きなので咄嗟に例えに出てきてしまった。
ここまで直球の迷惑メッセは久々に見たかもしれない。
もっと日本語を頑張れ、業者諸君。AI翻訳だって最近はそれなりの質だぞ。
俺の名前まで書いてあるということは、どこかのサイトの登録情報が漏れているのか。
ため息をついたその時、俺は怪奇現象に遭遇した。
パソコンのモニターが、発光している。
何かの比喩とか、輝度調整を間違えたとかではない。
モニターから部屋全体を覆うほどの光が放たれ、目を開けていることすら困難なのだ!
わけもわからず、眩さに視界がくらんで、目を閉じて。
「うわまっぶ」
そんな、ドラマティックの欠片もない、眩しさへのしょうもない感想が漏れて。
そのひとことが、俺のデジタルワールドでの冒険の幕開けになったのである。
目を開けると、そこはデジモンの集落だった。
……唐突すぎると言われても困る。この唐突さに直面しているのは俺自身なのだ。
吹けば飛びそうな茅葺き屋根の家があちこちに建ち、四方八方にデジモンの姿。
しかもデジサウの画面上に表示されるような、ドット絵の姿ではない。
3Dグラフィックよりさらにリアルに描画された、実写のデジモンたちだ。
ウパモン、タネモン、コロモン、とりからボールモン……幼年期デジモンが中心だ。
なんか変なの混じってたな今。
「よく来てくれましたね……勇者タゴロウ」
後ろから聞こえた声に振り返ると、巫女服を着た狐面の女性が立っていた。
すらりとした長身に長い髪。その艶姿を持つデジモンを、俺は知っている。
「サクヤモン……!」
「サクヤモン:巫女モードです」
「……サクヤモンですよね?」
「サクヤモン:巫女モードです。デジモンの正式名称を略すのは無礼ですよ」
「あ、はい。ごめんなさい……」
考えてみたら人間だって初対面の相手に愛称で呼ばれたら嫌だもんな。
俺もタゴロウという名前で生まれてきてしまったので、そのあたりはよくわかる。
相手がデジモンだからといって、先入観を持っていた自分を反省する。
「で、サクヤモン:巫女モードさん……これは、夢とかではないですよね?」
「夢ではありません。紛れなく現実です。現実世界では、ありませんが」
「じゃあもしかして……デジタルワールド?」
「ふふ、話が早いですね。さすがは選ばれし伝説の勇者です」
俺の問いかけにサクヤモン:巫女モードはスルスルと答える。
オーケイ、完全に理解した。俺は昔から聞き分けが良く呑み込みが早いと評判なのだ。
どうやら俺は、デジモンたちの世界……デジタルワールドに来てしまったらしい。
デジモンを題材とした物語では定番の展開だが、まさか俺自身がそうなるとは。
人間、非現実的すぎる事態に直面すると一周回って冷静になってしまうようだ。
「ところで……俺のこと、勇者って言いました?」
さっきから何度か聞こえた男の子ゴコロをくすぐる一言を、俺は聞き逃さなかった。
今昔ともに、異世界からの召喚物語は人類みんなが愛している。
そして異世界から呼ばれた勇者の役割といえば、そう……世界を、救うことだ。
「ええ。勇者タゴロウ……あなたにはこの、ハシッ孤島を救ってほしいのです」
「ハシッコトウ……?」
「デジタルワールドの端っこの孤島。ゆえにハシッ孤島。孤島からが漢字です」
ハシッ孤島。恐ろしく歯切れが悪い。デジサウの略称より歯切れが悪い。
ハシッコ島じゃダメだったのだろうか。
あと話が一気にスケールダウンした気がする。
「……えーと。俺はそのハシッ孤島で何をすればいいんでしょうか」
「うむ……実はこのハシッ孤島に封印された、災厄デジモンが復活しつつある」
「災厄……デジモン……!」
一瞬テンションが盛り下がりそうになったが、にわかに俺の中の男の子が騒ぎ出す。
異世界から呼び出された人間と災厄の戦い。いいじゃないか……いいんじゃないか?
「あなたにはパートナーとなるデジモンと共に、厄災の復活してほしいのです」
「なるほど……。災厄デジモンが復活すると、どうなるんスか」
「……デジタルワールドZB-6-1803地区の秩序が乱され、混沌に呑まれます」
「…………?」
「その影響は現実世界にも及び、修復は困難を極めるでしょう……」
「すんません、もうちょいわかりやすく」
「あなたの家のインターネットが一カ月ほど使えなります」
「すげえ具体的かつ嫌な被害!」
いよいよ話の規模がカッスいことになった。
だが悲しいかな、「世界の危機」と言われるよりよほど被害が身近で嫌らしい。
俺はインターネットに依存しきった昨今の現代っ子なのでそいつは普通に困る。
弟は友達とゲームのネット対戦をするのが趣味だし、妹も最近動画配信をやっている。
当然、両親も仕事にインターネットを使うわけで、家族全員が悲しい顔をしてしまう。
となれば、この時点でもう、俺に「やらない」という選択肢は残されていない。
「……詳しい話を聞かせてもらえますか」
「さすがは勇者ですね。では、仔細を伝えましょう。お茶を飲みながらどうぞ……」
サクヤモン:巫女モードの案内で、茅葺き屋根の小さな家に通される。
素朴な内装だが落ち着く空間。幼年期デジモンたちが入り口からじっと見ている。
ちゃぶ台を挟んでサクヤモン:巫女モードと向かい合う形で腰掛け、薄い茶を啜る。
サクヤモン:巫女モードの話を三行で要約すると、こうだった。
『災厄復活しそうでヤバい。デジモンたちも凶暴化し、無事なのはいくつかの村落だけ。
島に伝わる勇者の神器を三つ集めれば、災厄の封じられた祠に入れる。
パートナーデジモンと共に神器を集め、祠へ向かい、災厄を討伐してほしい。』
他にも色々説明されたが、話が長かったのでいったん省略することとする。
これからの旅の中で、適宜思い出してゆけばいいだろう。
しかし、まとめてみると、思った以上に大変な状況だ。
だがひととおり話を聞き終えた俺は口元に手を添え、ニヤリと笑ってみせた。
いま鏡を見たら、渾身のドヤ顔が映り込むことだろう。
仕方あるまい。これにテンションが上がらずにいられようかというものだ。
俺はデジモン大好き高校生、本当にデジモンがいればと、何度夢見たことか!
デジタルワールドに呼ばれた少年がデジモンと共に冒険……これぞ王道!
「燃えてきましたよ……サクヤモン:巫女モードさん!」
「気合充分ですね、勇者タゴロウ。その前に、あなたにこれを授けましょう」
ババモンが机の上に何かを置き、俺に差し出してくる。
四角い形状に、窪んだ液晶、縦に並んだ三つのボタン。
俺はこの液晶玩具を知っている。昔、復刻版を買ってもらったのだ。
「デジモンペンデュラムだ……!」
「この世界では、これを〝デジギア〟と呼びます。デジモン育成の万能ツールです」
「これを使ってデジモンを育てるんスか?」
「ええ、デジモンの餌となるニクや体調管理機能、全部詰まった優れもの。しかも……」
「しかも?」
「戦いの前にこれをシャカシャカと振ることで、デジモンを強化できるのです!」
「どういう原理かは全くわからないけど、すげえ!」
「確かデジモンが持つ固有の信号にシンクロするとか……ああ、そうでした」
「まだ何か?」
「勇者の三神器の一つは、この集落にあるのです。〝勇気のゴーグル〟を授けましょう」
ゴーグル! 主人公といえばゴーグルというのは一種の伝統だ。
男の子というやつは、何故だかわからんが無性にゴーグルのヒロイックさに憧れる。
俺もまた例に漏れない。ワクワクしながら、差し出されたそれを凝視する。
テーブルの上に置かれたのは、ゴムバンドの付いた、小ぶりのゴーグル!
「…………あの、サクヤモン:巫女モードさん」
「サクヤモン:巫女モードです」
「ゴーグルはゴーグルでも、これ水泳用……」
「伝説のデジモンテイマーが着けていた神器、〝勇気のゴーグル〟ですが……?」
いや、確かにゴーグルといえば、一般に流通してるのはどう考えてもこっちだけど。
俺にとっても非常に馴染み深い形状だけどさあ。塩素の香りが懐かしいけどさあ。
男の子としてテンションが上がるゴーグルって、もっとでっかくてさあ……!
「えーと……このゴーグル、何か特別な力をもたらしてくれるんスか?」
「いえ。神器は三つ集めて初めて力を発揮します」
いよいよただの水泳ゴーグルじゃねえか。
溢れ出そうになるツッコミを、俺はめいっぱいの自制心に抑え込んだ。
まだ冒険を掻き立てる真のワクワクが待ち受けているからだ。
「ヘイヘイ、サクヤモン:巫女モードさん、サクヤモン:巫女モードさん」
「サクヤモン:巫女モードですとも」
「そろそろ、〝アレ〟……お披露目してくれてもいいんじゃないスか?」
「……ふふ。パートナーデジモン、ですね?」
「話がわかるゥ!」
そう、これからデジタルワールドで共に冒険をする、相棒。
勇者として召喚された俺が背中を預けることになる、パートナー!
一体どんなデジモンがパートナーになってくれるのだろう。
やはり王道をゆく恐竜型のアグモンや、爬虫類型のガブモン?
小悪魔型のインプモンや、令和最新のプテロモンだとしても面白い。
さあ、来い……俺の冒険心をくすぐる、カッコいいパートナー!
「おいでなさい……バーガモン!」
おかしいな。
今、およそ勇者のパートナーとは思えない名前が聞こえたような気がする。
聞き間違いかな。
バーガモンって確か、ハンバーガーを作るのが大好きな食物型デジモンだったよな。
まかり間違っても世界を救う旅の主人公になるようなデジモンじゃないと思うんだが。
「バーガじめまして! 僕がバーガモンだバガ!」
入り口から入ってきたのは、頭にパティを被った珍妙な二足歩行の生物。
紛れもなく、成長期デジモン、バーガモンだった。
もうおしまいだ。
あと「バーガじめまして」はいくらなんでも無理があるだろ。
「……あの。なんでバーガモン?」
「他のデジモンはみな凶暴化してしまいました。幼年期たちでは戦力にもならず……」
「サクヤモン:巫女モードさんは……?」
「私は幼年期デジモンたちを守るため、ここに残らねばなりませんから」
そんなことある?
勇者の旅立ちに連れ添う最後の希望がハンバーガーなことある?
RPG的に言うなら戦士でも魔法使いでもなく、炭火焼き職人が仲間になる感覚。
大事な職業だけど魔王討伐に加わっちゃダメだろ。
「……うう。やっぱり、僕じゃだめバガか」
バーガモンがうな垂れ、落ち込む。考えが露骨に顔に出すぎてしまったのだろうか。
……そうか、そうだよな。
こいつだって、災厄の討伐なんて重荷を背負わされた健気なデジモンだ。
なのにパートナーとなる俺がしょげてたんじゃ、可哀想だよな。
「タゴロウ……やっぱり僕じゃ、不安バガ?」
「いや……任せろ。俺が必ず、お前を強く進化させてやる!」
デジモンの大きな特徴の一つに、自由な進化ルートがある。
恐竜型デジモンのアグモンが2体いたとして、同じデジモンに進化するとは限らない。
グレイモンという強大な恐竜に進化を遂げるのが、確かに王道。
だが獣人型のケンタルモンや、天使型のエンジェモンへの進化もあり得る。
最新アプリのデジモンサウザンズともなれば、進化ルートはさらに無限大。
どんな姿に進化するかは、育ててみるまで、わかりっこない。
バーガモンも同じことだ。こいつが、超カッコいいグレイモンになる可能性もある!
まあ俺はどっちかというとティラノモン派なのだが。
「ほんとバガ? 僕、強くなれるバガ?」
「ハッ……俺は最大でデジモン15匹同時育成を行ったことのある男だぜ?」
俺の趣味は液晶玩具コレクション。
デジモンの液晶玩具を大量に集め、いっときは15個同時に育成していたこともある。
弟と妹には引かれた。兄としての尊厳を代償にしたテイマー道の思い出だ。
「すごいバガ! 僕、勇者のタゴロウの期待に応えられるよう、頑張るバガ!」
バーガモンがつぶらな瞳をキラキラ輝かせて、まっすぐ俺を見つめてきた。
な、なんだよ。こいつ、ちょっと可愛いじゃねえか。
「……ふふ。話はまとまったようですね、勇者タゴロウ。それにバーガモン」
微笑しそうに口元を弛め、サクヤモン:巫女モードが立ち上がる。
「あなたたちにはまず、残る二つの神器を集めてもらうことになります」
「その神器っつーのは、どこにあるんスか?」
「デジギアに地図機能を入れておきました。地図上の光る点を目指してください」
サクヤモン:巫女モードが俺の隣に立ち、デジギアを操作してみせた。
美人のお姉さんに隣に立たれるとドキッとしてしまう。デジモンに性別はないのだが。
デジギアの画面上には、ハシッ孤島の地図が表示されている。
ハシッ孤島は、南米極細国家チリもびっくりのほっっっっそ長い地形をしていた。
最南端に俺たちの現在地が青い点で表示されている。
そこから北へ向かうにつれ、白い点が二つ。最北端に、赤い点が一つ。
「この二つの白い点に、神器の守護者たちがいます。彼らから神器を受け取るのです」
「すると、この赤い点が……」
「ええ。あなたがたの旅の最終目的地……災厄の祠です」
どうやら結果として、真っ直ぐ一本道を辿る旅となるようだ。
わかりやすいのは嫌いじゃない。
俺は自由度高めのオープンワールドより、一本道のRPGの方が好みだ。
「それと、勇者タゴロウ。旅の最中、あなたの糧食の心配はありません」
「え、どういうことッスか?」
「あなたの世界と時間の流れが異なります。空腹や喉の渇きを覚えることはありません」
「俺の肉体は現実世界準拠で時間が流れる……ってことッスか」
「ご明察ですね。あなたの世界における1日が、この世界における1年にあたります」
「ハシッ孤島の最北端までは、歩いてどのぐらいなんスか?」
「順調にゆけば、数週間もかからないでしょう」
なるほど、なんとなく察しがついた。
デジモンたちは育成ゲームにおいては、1日に1つ歳をとる。
その法則が、そのままデジタルワールドにも当てはまっているらしい。
ざっくり計算するに、現実世界での1時間はこっちにおける約15日分に相当する。
……合ってるよな? 俺は数学が大の苦手なんだ。間違っていても知らん。
ついさっき夕食を食べたばかりの俺なら、飢えにも渇きにも悩まされまい。
「他に、旅に出るにあたって気を付けるべきこととかあります?」
「集落を一歩出れば、災厄の瘴気で凶暴化したデジモンに溢れています」
「遭遇したら……やっぱりバトルに?」
「ええ。戦いは避けられないでしょう。デジギアで、バーガモンを強化してください」
「デジギアをシャカシャカ、でしたっけ……」
「はい。強敵に打ち勝つことで、バーガモンもいずれ進化するでしょう。あとは……」
その後も俺はサクヤモン:巫女モードからいくつかの説明を受けたが、割愛する。
旅の中で、適宜思い出してゆくこともあるだろう。
そんなことより、今は……冒険の幕開けだ!
ゴーグルを装着し、俺とバーガモンは意気揚々と集落を旅立つのだった。
……帽子なしで水泳ゴーグルを着けると、ゴムバンドが髪を噛んでちょっと痛かった。
前略、勇者として集落から旅立った俺とバーガモンは、街道沿いに歩いていた。
細長いハシッ孤島は、この道を辿ってゆくだけで北端に到達できるらしい。
左右を見渡すと、道の脇に見える林がバグったように歪み、異常な風景だ。
このバグったような乱れを、確かグリッチと呼ぶのだったか。
どうやらグリッチだらけの見た目になるのが、瘴気に侵されている証のようだ。
街道は基本的に無事らしく、ますますもって寄り道の理由はなさそうだ。
「タゴロウ、タゴロウ。ハンバーガー食べるバガ?」
一方、世界を救う使命を託されたバーガモンは、無邪気に俺を見上げる。
差し出されたハンバーガーからはうまそうな香りがする、のだが……。
「悪い、晩飯食べたばっかなんだ……」
俺の腹具合は満タンに近い。流石にハンバーガーを食う余裕はなかった。
「……そうバガか……」
バーガモンが露骨に肩を落とし、瞳を潤ませた。
「……それはそれとして、俺はデザートにハンバーガー食う派なんだよなあ!」
罪悪感が芽生えてしまって、バーガモンの手からハンバーガーをもぎ取った。
ガブリと食らいつくと、ジューシーな肉汁とシャキシャキした野菜の味が広がる。
「うおっ……メチャクチャ美味いな、これ」
控えめに言っても、今まで食べたハンバーガーで一番美味かった。
腹が減っているわけでもないのに、スルスル食べられてしまう。
俺が元運動部の男子高校生でよかった。美味いものは別腹で食えるのだ。
「エヘヘ、よかったバガ。集落のみんなにも好評なんバガよ!」
バーガモンが誇らしそうに胸を張ってみせた。
……考えてみれば、俺とこいつはさっき会ったばっかりだ。
こいつなりに、俺と仲良くしてくれているのかもしれない。
「そりゃ……また美味いバーガー振る舞えるよう、世界、救わなきゃな」
「バガッ!」
今のは「YES」でいいの?
だがぺろりとハンバーガーを平らげ終えた途端、異変が起きた。
地響きと共に、ヌッと俺たちを覆う、大きな影。
いつの間にか……目の前に、二足歩行の恐竜のようなデジモンが立っていたのだ。
こいつは成熟期、魔竜型デジモン、グラウモン……それも橙色の亜種だ!
「オレの名は……グラウモン(橙)!」
「グラウモン(橙)……!?」
そこ発音するんだ。
ツッコみたくなったが、グラウモン(橙)の体はあちこちにグリッチが生じていた。
こいつは、瘴気によって凶暴化したデジモンなのだ!
「この道を通りたければ、このグラウモン(橙)を倒してみるがいい!」
口調こそ理性が残っているように見えるが、その瞳は焦点が合っていなかった。
一目で「話が通じない」と本能が訴えかけてくる。生まれて初めての経験だ。
いつの間にか、バーガモンが俺の飛び出し、両腕を広げる。
「任せるバガ、タゴロウ……僕がタゴロウを守るバガ!」
「バーガモン、お前……」
およそ戦闘向きではなさそうな成長期なのに、成熟期を前に全く臆していない。
……だったら俺も、男気を見せなきゃな!
「デジギア、スタンバイ!」
俺はデジギアを手に構え、今考えたばかりの決め台詞を口にする。
「ペンデュラム……スタート!」
そして、バーガモンに力を与えるべく、デジギアをペンデュラムする!
デジモンペンデュラムと同じなら、成長期に最大の力を与えるには、8回振る!
シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ…………。
無音、無言の中、俺がデジギアをシャカシャカする音だけが響き渡る。
なんだろう、このシュールで気まずい時間は。
やっていることがただデジギアをシャカシャカするだけなので、絶妙に恥ずかしい。
グラウモン(橙)も正気を失っているくせに律儀に待ってくれている。
「ウオオオオオオオ物凄い力が湧き上がってきたバガァ!!」
が、この地味な工程で合っていたらしく、バーガモンから物凄いオーラが噴き上がる。
「終わったようだな。ならば散るがいい! エキゾーストフレイム!」
だが準備が終わった途端、グラウモン(橙)が爆音と共に火炎を吐き出す!
距離を取っていた俺ですら、思わず後ずさってしまう火力がバーガモンを呑み込んだ。
「バーガモォォォン!!」
俺は思わずバーガモンの名前を叫ぶ。
成長期が成熟期の必殺技を真正面から受けたら、ひとたまりもないのではないか。
だが、俺の心配をよそに、炎が引いたあとも、バーガモンは仁王立ちしていた。
「オレの最大火力を受けてなお、立っているだと!?」
「甘いバガね……直火焼きは、ハンバーガーの美味しさを引き立てるだけバガよ!」
どういう理屈?
俺がそう口にするより先に、バーガモンが跳躍する。
「デリシャスパティだオラァ!!」
「ぐあああああああッ!!」
そして巨大なパティでグラウモン(橙)を挟み込み、その中に練り込んでしまった。
待って、バーガモンの必殺技ってそんなエグいの!?
「この一撃……まさしくメガヒット級、バガ」
バーガモンの着地と同時に、巨大なパティが煙となって消失してゆく。
パティが消えた後には、デジタマだけが残されていた。
デジモンは命が尽きるとデジタマとなり、輪廻転生してゆくのだ。
「えっと、確かデジタマになったら……」
俺は一歩前へ出ると、デジギアをデジタマへとかざしてみせた。
すると、デジギアの画面が光を放ち、デジタマがそこへ吸収されてゆく。
これでデジタマが集落へ送られ、瘴気の浄化処理が行われるのだという。
旅立つ前に、サクヤモン:巫女モードが説明してくれたことの一つだ。
「タゴロウ、やったバガ! 僕でも成熟期に勝てたバガよ!」
「ああ、やったな! やるじゃんか、お前……って、あれ?」
喜ぶバーガモンとハイタッチをしようとしたら、バーガモンの体が輝き始めていた。
長年デジモンを育ててきた俺の勘が告げる。
間違いない……こいつは成熟期に打ち勝ったことで、進化しようとしているのだ!
「内側からパワーが溢れてくるバガァ!」
さあ、これでいよいよハンバーガー姿ともお別れだ。
これはこれで可愛かったが、デジモンが姿を変える瞬間ほどのワクワクはない。
さあ、バーガモン……お前はどんな姿に進化する!
やがてバーガモンを包む光が晴れると、そこには新たな姿となった俺のパートナー。
オーバーオールと赤いマフラーを小粋に着こなし、頭部は大きなジャガイモ。
頭にはフライドポテトを散らしたようなヘア・スタイルが輝く、食物型デジモン。
「バーガモン、進化……ポテモン!」
サイドメニューになっちゃった……。
どうしよう。ものすごく順当な進化を遂げてしまった。
……いや、だがまだ成熟期、進化は2回残されている!
ここからカッコいい姿になって挽回してくれる可能性だってあるさ!
第一、強さに文句はなかったんだ、この姿でも頼れるに決まってる!
「やったな、ポテモン……この調子でガンガン進んでいこうぜ!」
「任せるポテ、タゴロウ!」
やっぱり語尾も変わるんだ。
いまいち締まらないパートナーと一緒に、俺は再び歩き出してゆく……。
その日、俺とポテモンは街道脇の安全な場所で野宿をしていた。
デジギアは便利なもので、焚き火や寝袋までその場に出現させられる。
焚き火を挟んで向かい合い、ニクを食べるポテモンの姿をぼーっと眺める。
ジャガイモがニクを食っているのは非常に珍妙な光景だ。
……しかし、ポテモンかあ。
男の子的には、やっぱりグレイモンやガルルモンと旅をするのに憧れるが。
ふと、ポケットの中から細長い物体が転がり落ちる。つまようじだ。
これもまた、サクヤモン:巫女モードから受け取ったアイテムの一つだった。
◯
旅立つ前、サクヤモン:巫女モードがバーガモンをその場から外させる場面があった。
なんでも、俺に渡したい伝説の道具がもう一つあるのだという。
シリアスな表情でサクヤモン:巫女モードが、俺に細長い物体を手渡した。
尖った先端部に、凸凹に掘られた末端部を持つ、ごく小さな木製の細い棒。
「勇者の剣とも呼ばれる伝説の道具、デジピックです」
「つまようじですよね?」
「このデジピックを使えば、デジギアのリセットボタンを押すことができます」
「つまようじですよね?」
どこからどう見ても、つまようじだった。家の棚に200本ぐらいあるやつ。
しかし聞こえた単語は、やや不穏だった。
「……リセットボタン、っていうのは?」
「デジギア表面部にある小さなボタンのことです」
「デジモンペンデュラムのリセットボタンと同じッスね……。押したら、どうなるんスか」
「デジモンが一段階、退化します。消滅はしないので、ご安心を」
そこまで聞いて、俺はなんとなく、用途に察しがついた。
「進化が気に入らなかったら……こいつを使え、ってことッスか?」
「さすが勇者、ご明察です」
「……でもそれって、なんか、エゴっぽくないッスか」
「まがりなりにも世界の危機なのです、タゴロウ。手段は選んでいられません」
確かに、これに関してはサクヤモン:巫女モードの言う通りだ。
実感は湧かないが、一つの島が危機に瀕している。
ついでに俺の家のインターネット回線の危機でもある。
災厄を打ち倒すために、俺はバーガモンの進化先を厳選する必要がある。
いざという時はこいつに頼り、より強力な進化を目指すべきなのだろう……。
◯
事のあらましは、そんなところだ。
つまよ……デジピックを拾い上げて、ぼうっとサクヤモン:巫女モードとの会話を思い出す。
「……タゴロウ。やっぱり、もっとカッコいい進化がよかったポテ?」
そんな俺を見て、ポテモンが口を開いた。
ポテモンはあの場にいなかったが、つま……デジピックの役割を察したのだろうか。
……パートナーを不安にさせてたんじゃ、テイマー失格だな。
「バーカ。カッコ良さってのは見た目じゃなくて、行いについて来るんだよ」
「行い、ポテ?」
「ああ。お前は成長期(バーガモン)の時点で成熟期に完勝した。なら、最高にカッコいいだろ」
「そ、そんな……照れるポテ!」
ポテモンがその場でぴょこぴょこ飛び跳ね始めた。
やっぱり、動作もいちいち愛嬌があって、憎めないんだよなあ、こいつ。
「……エヘヘ。嬉しいポテ。僕、バトル大好きだけど、全然戦う機会なかったポテ」
「そうなのか? デジモンといえばバトル! ってイメージだけど」
「僕はバーガー作りが得意だったポテから。みんなのご飯作るのが役目だったポテ」
あれだけ美味いバーガーを作れたんだ、なんとなく想像はつく。
バーガモンに戦闘向けというイメージもない。
「みんなにバーガーおいしいって言ってもらうのは嬉しかってポテ。でも……」
ポテモンがその場に座り込み、じっと遠くを見るような顔をした。
「本当は僕もたくさんバトルして、強く進化したいって……言い出せなかったポテ」
バトルからこいつを遠ざけ、調理担当に据え置いたのは、集落の連中の優しさだろう。
相手のイメージからその役割に押し込めるなんて、人間の世界でも珍しくない。
でも、その優しさが、当事者の気持ちを見失わせてしまうこともある。
〝らしさ〟に押し込まれていた方が、時には楽ですらあるのだ。
……俺が長男として「弟妹の面倒」を理由に、部活を諦めてしまったように。
「だったら、みんなに知らしめなきゃな。お前と俺が、勇者だってこと」
ニヤリと笑って、ポテモンの方に軽く拳を突き出してみせる。
我ながらクサい台詞を吐いてしまって、ちょっぴり照れくさい。
「……もちろんポテ! タゴロウ、ポテト食べるポテ?」
「んじゃ、一個だけな。何を隠そう、俺にはポテトを食べるためのつまようじもある!」
デジピ……つまようじを手に、ポテモンが渡してきたフライドポテトを一つつまむ。
アツアツ、ホクホクのポテトは、俺に冒険の活力をもたらしてくれるかのようだった。
街道を辿ってゆくうち、俺たちはデジギアが示す二つ目の神器が眠る土地に到着した。
デジモンたちが住む小さな村……ニバンメノ村。名前が直球すぎねえか。
ともあれ、ここは瘴気に侵されていない、数少ない土地の一つらしい。
どうやらサクヤモン:巫女モードのように、守護者にあたるデジモンがいるのだとか。
入り口で出迎えでくれたデジモンの案内を受け、俺たちは守護者に会いに行く。
ニバンメノ村でもひときわ大きな石造りの家に通されると、熱気が俺たちを襲う。
家の中には、大きな炉の前で金槌を振るう、多腕の神人型デジモンの姿があった。
間違いない。〝オリンポス十二神族〟に数えられる、究極体デジモン。
デジタルワールドの鍛冶神、ウルカヌスモンだ!
「……来たようだな。勇者タゴロウと、ポテモン。俺はウルカヌスモン」
「知ってるんスか、俺たちのこと」
「守護者同士はポケベルで連絡を取り合っているからな」
「ポケベル……」
「現実世界で遺物となったガジェットは、デジタルワールドへ流れ着くのだ」
いつの時代だよ、という俺のツッコミを遮るようにウルカヌスモンが説明してみせた。
夢があるような、寂しいような、奇妙な感覚だ。
守護者ということは、ウルカヌスモンもまた村を守るために前線には出れないのだろう。
「ウルカヌスモン様。第二の神器を賜りに、罷り越しましたポテ」
ポテモンが膝をつき、慇懃な態度でウルカヌスモンに用向きを伝えた。
やはりというか、こいつ、俺よりずっとしっかりしたデジモンだ。
「……わかっている。だが、第二の神器は経年により、劣化してしまった」
「えっ……そ、そんな!」
「案ずるな。古びたなら、直せばいい。俺を誰だと思っている」
ウルカヌスモンが俺たちを振り返り、ギラつくような眼光を向けてきた。
おお……か、カッコ良い。鍛冶職人の意地ってやつが、視線から感じられる。
「だが、材料が足りない。神器にはクロンデジゾイドが使われているのだ」
「クロンデジゾイド……!」
俺が思わず感嘆の声を上げる。
クロンデジゾイドといえば、デジタルワールド最強・最硬の超合金。
人気デジモンの多くがクロンデジゾイド製の武具を身につけている。
クロンデジゾイド装備は、強力なデジモンの代名詞のようなものだ。
第二の神器にもそれが使われてるなんて、テンションが上がるじゃないか。
「なら、俺たちはクロンデジゾイドを手に入れてくればいいんスね!」
「ああ、より正確にはその材料となるクロンデジゾイトを手に入れてきて欲しい」
「……ん?」
一瞬聞き間違えそうになってしまった。
ウルカヌスモンが集めてきてほしいのはクロンデジゾイトらしい。
つまりデジタルワールドに伝わる超合金の名前がクロンデジゾイド。
そしてそれを精製するのに使う鉱石がクロンデジゾイトなのだ。
そういえばそんな設定だったっけ。
なんてややこしい一字違いだよ。
「クロンデジゾイド精錬に使うクロンデジゾイトは西のクロンデジゾイト鉱山でのみ採れるがクロンデジゾイド目当てのクロンデジゾイト採掘が後を絶たずクロンデジゾイドの入手は困難になってしまった」
「なんて?」
「クロンデジゾイドが欲しければクロンデジゾイトを持ってこい。もっとも、クロンデジゾイド精錬に値するクロンデジゾイトの中のクロンデジゾイトが手に入らねばクロンデジゾイドにはならんがな……」
「わざとやってます?」
話がまるで頭に入ってこない。
仮にこれが小説で俺が読者なら読むのを投げ出すレベルだ。
音で聞いても「ド」と「ト」はまあまあ聞き間違えやすいというのに。
「西の鉱山で、合金を作るための高品質な鉱石を取ってきてほしい、ってことポテね」
ポテモンがわかりやすく要約してくれた。逐一優秀だなコイツ。
こうして、俺たちはニバンメノ村の西にある鉱山へ向かうことになったのだった。
「バッシュドポテトだオラァ!!」
アツアツの巨大ハッシュドポテトを叩きつけられ、警備のガードロモンが撃沈する。
鉱山前はマシーン型デジモンのガードロモンたちが守っていたが、たやすく全滅。
ポテモンの戦闘能力は俺の予想をはるかに上回っていた。
これだけ才能がありながらバトルができなかったのだから、燻っていたのも納得だ。
瘴気に侵されていたガードロモンたちがデジタマになった先から、デジギアをかざす。
「来たはいいけど、クロンデジゾイトはどこで取れるんだ……?」
「聞いたことあるポテ。クロンデジゾイトは、ローダーレオモンが採掘するって」
「なら、ローダーレオモンがいないか探してみるか」
俺たちは鉱山へと踏み入り、中の探索を始めた。
中はいくつものトンネルで構成されており、迷宮のように入り組んでいた。
作業用の明かりがあるおかげで視界には困らないが、道の所々がバグっている。
鉱山内まで、瘴気の汚染が進んでいるのだろう。
「タゴロウ、何か聞こえるポテ!」
ポテモンの声に応えて耳をすませると、確かに奥の方から地鳴りのような音がする。
よくよく耳をすませると、それはドリルか何かの掘削音であるようだった。
「ローダーレオモンかもしれない……行くぞ!」
「ポテェ!」
音を辿ってゆくと、俺たちは拓けた場所にたどり着いた。
部屋中、床どころか壁や天井にも縦横無尽に穴が掘られた異様な空間だ。
「見つからない……見つからないでローダーレオォ!」
そして突如、部屋の中央に穴が開いたかと思うと、中から大きな影が飛び出す。
削岩機となったタテガミに、建機を思わせる黄色のメカニカルボディを誇る獅子。
完全体、マシーン型デジモン……ローダーレオモンだ!
体のあちこちにグリッチが生じており、既に瘴気に侵された後らしい。
「ムムッ……テメエら、何者でローダーレオか!」
その語尾は流石にしんどくない?
「さてはクロンデジゾイト泥棒でローダーレオね……そうはさせないでローダーレオ!」
無闇に長い語尾のせいで気が抜けそうになるが、相手は瘴気に侵されたデジモン。
紛れない敵意の前に、俺たちも臨戦態勢を取る。
「タゴロウ、行くポテ!」
「ああ……ペンデュラム、スタート!」
デジギアを構え、本体を振る。成熟期なら、えーと……4回とかか?
シャカシャカシャカシャカ……。
これまた何故か律儀に待ってくれるローダーレオモンの視線が痛い。
「あれ……前の時ほどパワーが出ないポテ」
くそっ、メガヒットならずか! 3回か、あるいは5回だったか?
さすがに敵も、やり直す猶予までは与えてくれないらしかった。
「泥棒め、覚悟するでローダーレオ……ボーリンストーム!」
ローダーレオモンがタテガミを高速回転させ、突進してくる!
ポテモンも俺も間一髪のところで回避し、反撃に転じようとする……が。
「あっ、穴の中に逃げたポテ!」
ローダーレオモンはそのまま地面に開いた穴に飛び込んでいった。
そのまま岩盤を掘削して移動したのか、数秒後、すぐに別の穴から飛び出してくる!
「もう一度……ボーリンストームッ!」
穴から穴へと縦横無尽、そして穴から飛び出す行動自体が完全体の強烈な攻撃。
地中を移動されるとこちらからは手出しのしようがなく、反撃のチャンスが来ない。
このまま回避に専念し続けたら、先に体力切れになるのはこっちだ……!
「た、タゴロウ、どうするポテ!?」
「待ってろ、今考える……!」
ペンデュラムでポテモンを強化してやれなきゃ、俺はただの足手まといだ。
体張って戦うポテモンのために、俺はせめて小さい頭をフル回転させないと!
ローダーレオモンはポテモンを狙っているため、俺には観察の余裕があった。
穴から穴へ飛び出すあの機動、何か隙は……。
――そうだ!
「ポテモン! バッシュドポテトで、地上の穴を全部塞ぐんだ!」
「わかったポテ! バッシュドポテトだオラァ!!」
俺の指示を疑うこともせず、ポテモンが必殺技を連発する。
それにしてもこいつ、必殺技を放つときだけオラつくのがちょっと怖い。
目もガン開きである。秘めたる戦闘本能の発現なのだろうか。
ともあれ、地上の穴を全てアツアツの巨大ハッシュドポテトで塞いだ。
これで……。
「ボーリンストー……うわっ、一体どうなってるローダーレオか!?」
巨大ハッシュドポテトを突き抜けて現れたローダーレオモンが、バランスを崩す。
そのまま壁を掘って逃げようとしたが、掘削機がうまく機能しないようだ。
狙いが上手くいった。
ハッシュドポテトを掘り抜いたことで、奴の掘削機にポテトと食用油が絡まったのだ!
ポテトと揚げ油まみれになったタテガミ掘削機では、もはや岩盤を掘り進めない!
……自分でも何を言っているかよくわからんが、とにかく上手くいったのでヨシ!
「今だ、ポテモン!」
「シュバシュバポテトだオラァ!!」
ポテモンが跳躍し、手裏剣のごとく切れ味鋭いポテトをローダーレオモンへ飛ばす!
切れ味鋭いポテトって何?
「グアアアアァッ! ふ、不覚でローダーレオ……せめて、油を差していれば……!」
「お前には、サラダ油がお似合いポテ――」
ポテモンが着地し、背を向けた瞬間、ローダーレオモンが大爆発した。
どういう因果関係での爆発か全くわからんが、俺はもはやツッコミを諦めていた。
巨大ハッシュドポテトの香りが漂う空間においては、もはや些事だ。
だが、このシュールな空間において勝利の余韻に浸る暇はなかった。
ローダーレオモンが大爆発した瞬間、一帯が激しく揺れ始めたのだ!
「まずいポテ……崩落しちゃうポテ!」
ただでさえローダーレオモンが岩盤を掘りまくってバランスを崩していた状況。
そこに大爆発の衝撃が加わって、鉱山が崩落しようとしているらしい。
こうなってはもう、クロンデジゾイトどころじゃない!
「タゴロウ、早く逃げ……何やってるポテ!?」
「先に逃げてろ、ポテモン!」
大爆発のあとには、ローダーレオモンだったデジタマが残されている。
崩落に巻き込まれたら、あのデジタマだって、ひとたまりもない。
ローダーレオモンも瘴気に侵されていただけなんだ。助けられるなら、助けねば。
駆け寄り、デジギアをかざすと、無事にデジタマが転送されてゆく。
「よし、これで……」
「タゴロウ、危ないポテェ!」
ポテモンの悲鳴が響くと同時に、俺の頭に鈍い痛みが走る。
頭上から落ちてきた瓦礫の破片が頭に直撃したのだ。
視界が黄色く染まり、足がふらつく。容赦なく天井が崩落し続けるのが見える。
――あ、やべ。これ、死ぬかも。
最後に俺の目に映ったのは、頭上から落下してくる巨大な瓦礫と。
視界の外側で、何かが激しい輝きを放つ様だった――。
……目が覚めると、青い空が広がっていた。
意識を手放す前の光景をハッキリと覚えている。ならば、ここは天国だろうか?
「――ゴロウ……タゴロウ!」
だが、揺り起こしてくる感触と、聞き覚えのある声が俺を引き戻す。
どうやら俺は鉱山の外で、地面の上に寝かされているらしかった。
ゆっくり深呼吸して身を起こすと、俺の顔を心配そうに覗き込むパートナーの姿。
「無事だったジャガね、タゴロウ! よかったジャガ!」
語尾が変わっている。いや、違う。姿も変わっている。
ジャガイモのような表皮に芽のような尻尾、四足歩行でつぶらな瞳。
ポテモンは、進化したのだ。
完全体、植物型デジモン――ジャガモンに。
「タゴロウを助けなきゃって思ったら……この姿に進化したんジャガ!」
原料になっちゃった…………。
ハンバーガーからサイドメニュー経由して、原材料になっちゃった……。
相変わらずカッコいい進化からは縁遠くて、思わず顔を覆ってしまう。
……いや、でもジャガモンはデジモンペンデュラムで初登場したデジモン。
歴史は長いし、可愛い見た目のわりに戦闘力も高い。ギリギリ、イロモノではない。
炭火焼き職人から大道芸人ぐらいまでは一気に格上げされたと言っていい。
王道ではないが、十分有力かつ「あり得る」選択肢だ。
それに……。
「ジャガモンが……俺を助けてくれたのか?」
「そうジャガ。ローダーレオモンが掘った穴を掘り進んで、脱出したジャガ」
……こいつは進化してまで、俺の命を助けてくれたんだ。
そんな進化を笑ったり、茶化したりするわけにもいかない。
意識を手放す前に見た輝きは、ジャガモンへ進化する際のものだったのだろう。
「……タゴロウは無茶ジャガ。倒した敵のために、危ない目に遭うなんて」
「しゃーねえだろ。俺は、デジモンが好きなんだ」
ベタだが、考えるより先に体が動いていた、というやつだ。
目の前でデジタマが消えていくのなんて、俺は見たくはなかった。
その結果ピンチになってたんじゃあ、格好がついたものでもないが。
「……ジャガフフ。タゴロウが僕のパートナーでよかったジャガ」
「うるせえ、さっさと村に戻……待って今の笑い方なに?」
こうして、俺は進化した相棒、ジャガモンと共にニバンメノ村へ戻るのだった。
クロンデジゾイトが炉で溶かされ、精錬されてゆく。
鍛冶場には槌と金属のぶつかり合う甲高い音が絶え間なく響き渡っていた。
立ちこめる熱気の中、集中し切ったウルカヌスモンの後ろ姿に見入ってしまう。
顔も見えないのに、鬼気を感じる迫力が醸し出されている。
少しでも邪魔をしたら、俺の方があの金槌で殴られてしまいそうだと思った。
その作業風景に呑まれ、見惚れているうち……やがてウルカヌスモンが槌を下ろす。
「質の良いクロンデジゾイトだった。お陰で、最高傑作がここに出来上がった」
「最高傑作ッスか……!」
「ああ……受け取れ。第二の神器、〝友情の兜〟を!」
兜! これまたいかにも勇者らしい音の響きだ。伝説の兜なんて、定番も定番だろう。
ウルカヌスモンが俺に差し出した友情の兜を、おそるおそる手に取る。
柔らかな材質。純白に染まった半球の形状。
メッシュのおかげで通気性にも優れており、フチの部分はゴムバンドでよく伸びる。
小ぶりだが、その伸縮性のおかげで、俺の頭にもよく馴染みそうなそれは……。
紛れもない、スイムキャップだった。
「どこにクロンデジゾイド使ったんだよ!!」
「クロンデジゾイド繊維を織り込むことで装着者の脳波を大幅に増幅してだな……」
本当かなあ。本当にクロンデジゾイド必要だったかなあ!?
ていうか揃っちゃったなあ、ゴーグルとスイムキャップがなあ!
「タゴロウ……よく似合ってるジャガ……!」
しょうがないから一応被ってみたが、ジャガモンからは大好評だった。
そりゃそうだよね。スイムキャップと水泳ゴーグル揃ったら似合うよね。
悲しいかな、ゴムバンドが髪を噛まなくなって快適性はグッと増してしまった。
「勇者タゴロウ……北へ向かえ。古代闘技場で、最後の神器がお前を待つだろう」
俺の心中など知るよしもなく、ウルカヌスモンがキリッとした顔で両腕を組む。
やり遂げた感やめろ。ラーメン屋のタオル巻かすぞ。
いやあの自信からして、実際これが神器なんだろうけどさ。
どうしよう。俺、三つ目の神器がどんなんか、予想ついてきちゃったかもしれない。
いまいち上がりきらないテンションのまま、俺はジャガモンと出発してゆく――。
(To Be Continued...?)
初めまして、予てよりこちらでお世話になっております夏P(ナッピー)と申します。
ペンデュラム時期はまさに自分もデジモンに最も心奪われていた時代である故、そこに斬新なアプローチを仕掛けていく物語。というか、巫女モードがサクヤモンとの間に:あったの初めて意識しまた。そこ:あったのか! グラウモン(橙)含めて正式名称大事!!
バーガモンといえば、フロンティアで突然1話使って主役回組まれたりもしているデジモンですが、とりからボールモンが地の文で先んじて紹介されていたのは伏線でしたか。最初の挨拶で「バーガじめまして! 僕がバーガモンだバガ!」と初対面で突然バカと煽られたのかと戦慄しましたが、律義に自己紹介しているだけだった。タゴロウ君はデジモンが好きと明言していたり、理不尽に与えられた水泳用ゴーグルとスイムキャップをしっかり着用しているのを見るだけでも、“いい奴”であることがわかりますね。いやむしろ瘴気に侵されたという敵性デジモン達も、逐一ペンデュラムしてる間待ってくれているので、この世界は紳士集団なのか……!?
バーガーからポテト、そしてジャガイモと原材料に戻っていく進化ルートは見事でしたが、テンポがいいため小気味良い。ウルカヌスモン出てきた時は「ええ!? オリンポスいるならハシッ孤島の平和は自力で守れませんか!?」と一瞬なりましたが、インターネットの為なら仕方ない。クロンデジゾイドに熱い拘りのある猛者だったのでしょう。種族名で鳴くアニメのポケモン宜しく、この世界のデジモンは種族名を語尾に付けなければならない生態らしい……サクヤモン:巫女モードさん?
既に続きも投稿されているということなので、早めに追い付きたく存じます。
それでは今回はこの辺りで感想とさせていただきます。