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月が太陽に置き換わり、自然の摂理のままにデジタルワールドの時は朝へと転じる。
夜明けの光がベアモンの家の中を穏やかに照らし、それによってユウキは目を覚ます。
「……朝か」
外の明るさを確認すると気だるそうに体を起こし、両手を上げて背伸びすると共に大きなあくびが出る。
それらはユウキにとって、普段通りの動作で普段通りの日常の始まりを意味するものだった。
ほんの、昨日までは。
「……夢じゃない、か……」
夢ならば、今自分を取り囲んでいる状況にも納得する事が出来ただろう。
だが、これは夢ではなく現実。
ふと自分の後ろを見れば、自分に寝床を与えてくれたデジモンである、青み掛かった黒色の熊のような外見をした獣型デジモンのベアモンが、平和そうに鼻先からちょうちんを出しながら眠っているのが見える。
思わず、深いため息が出た。
(至近距離に怪しい奴が居るってのに、バカっぽい奴だな……)
ユウキはそう内心で呟くが、そんな事は幸せそうに笑顔まで浮かべて寝ているベアモンには関係無い。
ふと、自分とベアモン以外この場に居ない事を思い出すと、ユウキは自分の体をじっくりと確認する。
指はニンゲンのように肌色の五本指ではなく、三本の白く鋭い爪の生えたもの。不思議な事に、指のように細かく自分の意志で動かせる。
試しに握り拳を作ろうと意識してやってみると、まるで百円で遊べるUFOキャッチャーのアームに少し似た形になった。
殴打に使えるかどうかは実際にやってみなければ分からないが。
足は前に三本、後ろに一本の爪が生えていて、尻尾に関してはまだ慣れていないが多少は動かす事が出来るようだ。
(……とりあえずは、何とかなるもんだな)
人間としての記憶による補助もあって、身体の動かし方は本能的に分かった。
問題点があるとするなら、まだデジモンとしての『攻撃手段』が格闘ぐらいしか使えない事だ。
(にしても、何でこうなったんだ? 昨日は色々ありすぎて考える余裕が無かったけど……)
自分が何故デジモンと言う、人間からすれば架空上の存在に成ったのか。
それに関しては現状だと調べようが無く、持っている知識から作り出される想像ぐらいしか手がかりと呼べそうなものは無かった。
もしユウキの記憶にある『アニメ』と同じ理屈ならば、この世界に来た理由は『選ばれたから』で説明はつくだろう。
だがその『アニメ』の中には必ず、ある『アイテム』が存在していた。
(……デジヴァイス)
架空の設定上では、デジタルワールドに選ばれし者の証。
闇を浄化する、聖なる力を秘める――という『設定』の情報端末。
それが今自分の手元に無い以上、自分が『選ばれて』来たわけで無い事は明確だった。
(そもそも、俺は公園であの青コートの奴に気絶させられたんだったよな。それが何で、異世界に転移なんて結果を招いてるんだ?)
分からない、未知の部分が多すぎる。
手がかりになりそうなのは、やはり最後に出会った人物ぐらいだが、青いコートを着ていたという事と肌が恐ろしいほどに冷たかった事ぐらいしか覚えていない。
(……訳が分かんない)
自分は何故ここに居るのだろうか。
この世界で何をすればいいのだろうか。
両方の前足で頭を抑えながら自問自答するが、やはり納得のいく答えは得られない。
「……クソッたれが」
ユウキはベアモンを起こさないように静かに、それでもキリキリと奥歯を噛み締めながら、苛立ちに満ちた声で呟く。
その言葉に、自己満足以外の意味は含まれていない。
続けて呟いた言葉が、彼の現状を物語っていた。
「やれる事が無い……」
一方、エレキモンは赤色と青色が混ざった体毛を早朝の風に靡かせ、朝の眠気を残した呆け顔をしたまま、ベアモンの家に向かって哺乳類型デジモンの特徴とも呼べる四足を進めていた。
「ふぁ~、ねみ~……」
まだ起きたばかりだからか、やはりまだ眠いようだ。
(……ったく、昨日面倒そうな奴を拾っちまったせいで面倒な事になったなぁ。村に来る事を提案したのは俺だけどよ……)
内心で自分の行いに後悔しつつも、四足を止める事無く考える。
(確か、アイツの種族名はギルモンっつ~言ってたな……んで、個体名はコーエンユウキねぇ……)
種族としての名前だけでなく、個体としての名前も持っていて。
自身の事をニンゲンと言い、何処かデジモンとしての違和感を感じる怪しいデジモン。
村に来るように提案したのは単に助けるためだけでは無く、その危険性を実際に確かめるため。
(個体名を持つって事は、どっかの組織に所属してたって事なのかね……)
デジタルワールドにおいて、個体名――言うところの『コードネーム』とは、組織や友達など信頼関係を持つ相手との間で一個体としての自身の存在を示す物である。
自分自身の種族としての名前は、デジモンならば誰もが生まれた時から知っている。
だが自分の姿を見て、それを信じられないような反応を見せる相手を見たのは、エレキモンにとって初めての光景でもあった。
(……アイツ、マジでニンゲンなのか……?)
先日ベアモンの言っていた通りならば、彼は本来デジモンではなく人間だったと言う事にもなる。
だがエレキモンの知る限り、人間がデジモンに成るなどと言う話は、伝説や神話などの御伽噺が書かれた文書でも見た事が無い。
(デジモンに『進化』する話が載った文書なら知ってるが、デジモンに『変わる』なんて出来事は文書ですら出て無いぞ……?)
進化と変化。
頭の文字以外は一致している似た言葉ではあるが、その意味はまったく異なる物だ。
(ベアモンは割とマジに、アイツの事をニンゲンだと信じちまってるが……判断材料が少なすぎる)
疑問の原因となっている者が悩んでいるのと同じように、デジモンとしての常識を持つ彼も悩みに悩んでいた。
だがその疑問を解決する事が出来るわけも無く、やはり答えは出ない。
(……とにかく、この事は町長にも聞いてみるか)
内心でそう呟きながら、エレキモンは四足をベアモンの家に進めるのだった。
ユウキはベアモンが起きるまでの間、ベアモンの家の中にある物を興味本位で見てまわる事で暇を潰していた。
結局の所、一匹で考えていても何も解決しない事を悟ったのだろう。
(場所が場所なだけあって、自然の物から作られた物しか無いな……)
周りにあるのは木で作られた物ばかりで、家の中というのにまるで外に居るような錯覚すら覚える。
扉が無いのは単に素材不足なのか、それとも別の意図があるのか、はたまた面倒くさいだけなのか、元は人間だったユウキには分からない。
そしてその家に住んでいるベアモンの心境も、全く理解する事が出来ない。
「……ハァ」
思わずユウキは、この世界に来てから何回目になっただろうか覚える気も無いため息を吐いていた。
そんな時、まるで救いの手を差し伸べるようなタイミングで家の入り口から一匹のデジモンが顔を見せる。
それはエレキモンだった。
「う~っす、どっかのバカと違ってお前は早起きだな」
「心配事とか色々多すぎて、安眠出来なかったんだよ。正直あと一時間は寝ていたい気分だ」
「ふ~ん……ま、そういう気分になってるところ悪いけど、ちょいと俺と一緒に来てほしいんだが」
「……何でだ?」
エレキモンの発言に対して、ユウキは率直な疑問を投げかける。
「お前がいつまで住むつもりなのかは知らないが、町に住む以上は町の長に顔を見せとかないとダメだろ」
「……要するに、顔合わせか」
デジタルワールドでの足がかりとなる物が現状では無いため、しばらくはこの町にお世話になる。
だが勝手に住まう事は流石に拙いのだろう。ユウキは面倒くさそうに思いながらも納得し、エレキモンの言う町の長の家へと向かう事にしたようだ。
「ところで、このベアモンはどうするんだ? まだ寝てるけど」
「あ~そっか、コイツは寝てるんだったな……まぁいいだろ」
「いいのか?」
「いいんだ。コイツを起こすだけでも時間が掛かるし」
いまだに眠りの世界でお花畑な夢でも見ているのだろうベアモンをよそに、ユウキはエレキモンと共に家の入り口と出口を兼ねた穴から外に出て行く。
「で、町の長の家ってのは何処に?」
「いちいち教えるよりは実際に行って見た方が早いと思うぜ。何より、滅茶苦茶分かりやすい目印があるからな」
「?」
ベアモンの家から出て、早数分後。
二匹は発芽の町で最も大きな木造の家の前に来ていた。
誰でもここが町長の家だという事が解るようにするためなのか、入り口の左側には大きく『ちょうちょうのいえ』と書かれた看板が設置されている。
ひらがな表記なのは、まだ子供のデジモンにも解るようにするためなのか、それともこの町の町長の知能レベルがそういうレベルからなのか、ユウキには分からない。
と言うか元は人間だったのだから、デジモン達の常識にツッこみを入れるだけ無駄だろう。
内心で不安になりながら、エレキモンと共に町長の家らしき建物の中へ入り口から入る。
中はベアモンの家と比較するとかなり広く、机や本棚といった人間界にも存在する木造の生活用品が揃いに揃っている、住む事に不足している要素が見当たらない家のようだ。
二匹の視線の先には、大きな樹木に腕を生やし顔を付け足したような姿のデジモンが居た。
「町長」
エレキモンは早速、数歩前に出てそのデジモンに声を掛けた。
この発芽の町の町長と思われるデジモンはその声に反応すると、その手に持った木の杖を使って器用に体の向きを二匹の方へと向ける。
後ろ姿だけでは分からなかったが、黄色い瞳の目を持った不気味な人面がそのデジモンには存在していた。
「……っ」
ユウキにはそのデジモンの姿に覚えがあった。
(……ジュレイモン!?)
町の長と言うだけあって強いデジモンである事はユウキにも予想出来ていたが、実際そうだったらしい。
彼はベアモンやエレキモンといった『成長期』のデジモンより二段も上の位に位置する『完全体』のデジモンだ。
その姿をユウキは『アニメ』ぐらいでしか見た事は無いが、実際に目にしてみると存在感が明らかに違っていた。
体の大きさもあるが何より、自分とは生きた時間のケタが違う事を、目にしただけで理解出来るほどの風格を放っていたからである。
もっとも、外見からして老人くさいのだから当然なのかもしれないが。
ユウキは思わず息を呑むが、ジュレイモンはエレキモンの姿を見ると共に老人のような口を開いた。
「お主は……あぁ、ガレキモンじゃな」
「エレキモンです。ホントに居そうなのでその間違いはやめてください」
「……おぉ、そうじゃったな」
外見通りにお年なそのジュレイモンが言い放った天然染みた発言に対して、エレキモンは電撃の如き早さで指摘を入れる。
遅れて間違いに気付いたジュレイモンだったが、エレキモンは流れでコント染みた会話になってしまう前に自分の方から口を開く。
「今回はちょいと野暮用で来たんです。主に、俺の隣に居るコイツの事で」
「……む?」
エレキモンはそう言うと共に振り向き、自分の斜め後ろで緊張した目をしていたユウキを前足で指差す。
植物型デジモンは疑問の声を上げつつ、視線をエレキモンからギルモンのユウキへと向けた。
「そこのギルモンの事かの?」
「はい。個体名があるらしくて、コーエン・ユウキって言うらしいです」
「ふむ……それで?」
「ちょいと事情があって、コイツをベアモンの家で住まわせてほしいんです」
「……何故じゃ?」
スラスラと並べられたエレキモンの言葉に、植物型デジモンは町長として当たり前の疑問を返す。
「コイツは昨日、俺達が海で釣りをしてた時に、溺死しかけの状態で偶然見つけたデジモンなんです。何とか救助したんですが、コイツは行く宛も帰る宛も無いらしく……一応怪しい奴では無いんで、ひとまずこの町で住まわせてやりたいんです」
「ふむ……それで、何故ベアモンの家を指定したのじゃ?」
「コイツを助ける事を真っ先に決めたのが、ベアモンだからですよ。アイツ自身もコイツを自分の家に迎え入れる事に異論は無いはずですし……」
エレキモンの証言を聞いたジュレイモンは、一度目を閉じて思考をするような仕草を見せると、返答が決まったように目を開き言葉を発する。
「……深くは聞かないでおこうかの。良かろう、そのギルモンがこの町で暮らす事を許可する」
「あざっす」
「……ふぅ」
ひとまず住む場所が確保出来たユウキは、安心したように胸を撫で下ろし、緊張感を吐き出すように深くため息を吐いた。
尤も、まだ問題は山積みなのだが。
「……町長さん」
「……む? 何じゃ?」
それ故に、ユウキは勇気を出してジュレイモンに声を掛ける。
少しでも手がかりを得るために。
「『人間』について何かご存知無いですか?」
一方、ユウキとエレキモンが町長と話をつけていた頃、新たに一匹を迎え入れる事となる予定の家の持ち主はと言うと。
「いない……?」
自分と一緒に眠っていたはずのデジモンが、家の中から消えている事に対して疑問形で呟いていた。
眠そうにたれ下がった目蓋のまま、理由を予想するために思考を働かせる。
(……もしかして、エレキモンが連れていったのかな。僕も起こしてくれたら付いて行ったのに)
眠っている間に物事は進んでいた事に気付いたベアモンは、不服そうにほっぺたを膨らませながら内心で呟く。
当の本人達が町長の家に向かった事をベアモンは野性の勘で予想出来ていたのだが、だからといって自分が今向かった所で後の祭りだろう。
ならば今の自分に出来る事とは何か。
それを考えようとしていた、その時だった。
「……おなかすいた……」
まるで思考を断ち切るように、ベアモンの腹から空腹を意味する効果音が鳴る。
それと共にベアモンの視線は、昨日帰ってから部屋の隅に置いて放置していたバケツの方へと向けられる。
「…………」
食欲のままにバケツの中を覗き込むと、眠そうにたれ下がっていた目蓋が一気に開かれた。
思わず無言になったベアモンは、右手を自身の額に押し付けてから一言。
「……お~……」
釣っておいた魚が昨日の帰り道で、自分の分だけではなく赤色の大飯喰らいの分まで消費したおかげで、もうバケツの中から先日釣った魚の八割が消費されてしまっていたのだ。
また海に向かい、釣りをすれば魚を手に入れる事は然程難しい事では無い。
だが、その海岸は発芽の町から一時間近くの時間を必要とする距離があり、現在ハングリーなお腹をしているベアモンには、そこまで向かおうと思える気力は存在していなかった。
ベアモンはひとまず、バケツの中に僅かに残っていた雑魚を一匹、また一匹つまみ取り、少しでも空になった腹を満たす事に専念する。
しかし、雑魚ではたった数匹食べた所で腹八分目にすら届くはずもなく、バケツの中に残っていた魚を全部食べたベアモンは自分のお腹に左手のひらを当てていた。
「……う~ん」
困ったように声を出しながら、この事態をどうやって解決するかを考える。
また空腹の脱力感が襲ってくる前に。
「……よし、昨日は海に行ったんだし、今日はそうしよう」
やがて、ベアモンは方針を決めたように頷くと右手の爪を一本だけ地面に突き立て、何かを画くようになぞり始めた。
気分をラクにするためにか、鼻歌まで漏らしながら。
やがて土をなぞり終えると、ベアモンは普段通りにベルトを両腕と肩に巻き、五文字のアルファベットが書かれた愛用の帽子を後ろ向きに被り、一度体慣らしをした後に家を出た。
「……美味しいのがあればいいな~」
願望を呟きながら、腹ペコ子熊は食料を確保するために町の外へと出るのだった。
「人間について、じゃと?」
「はい。何かご存知無いでしょうか?」
ジュレイモンはユウキの問いに対して、当然の反応を見せていた。
しかし、何か事情があるのだろうと察したジュレイモンは、特に考える事もなく即座に言葉を返す。
「存じているも何も、それはおとぎ話で活躍する伝説の勇者の種族の事じゃろう? それがどうしたのじゃ?」
ジュレイモンの返答を聞いたユウキは、特に素振りを見せずに内心で思考を練ると、自分の最も聞きたかった質問をぶつける。
「……それじゃあ、その人間がデジモンに成った話とか、記録とかは無いんですか?」
またもや意外な問いが来た事に大して、素直に疑問ばかりが脳裏に浮かぶジュレイモンだったが、返す言葉を選ぶとそれを淡々と告げ始める。
「……ふむ、面白い事を言うのう。じゃがワシは長生きした中でも、人間がデジモンに成ったという記録が記された書物を見た事も無ければ実際にそういう事があったと言う話も聞いた事が無い。『進化』した話ともなれば話は変わるがの。仮にそのような事が出来る存在がおるとしても、それは神様ぐらいじゃろう」
「神様……?」
「そもそも、人間と言う生物自体が多くの謎に包まれておるのだから、ワシには理解しかねるのじゃよ。実際に会えるのならば、生きている内に一目見てみたいものじゃな」
「……そうですか」
「ワシから言える事はこれだけじゃ。ワシの家には色々なおとぎ話の書物が置いてあるから、気が向いたら読んでみるとよいじゃろう」
そこまで言った所で、ユウキとジュレイモンの会話は終わった。
エレキモンも家に来た時には町長であるジュレイモンに質問をしようと思っていたが、先に問いを出したユウキが自分の聞く予定だった事を大体聞いてしまっため、わざわざ自分も話題を出そうとは思えなかった。
兎も角、この家に来た当初の目的は全て終えたため、二匹はもうこの家に居る必要も無い。
「それじゃあ町長、今回はありがとうございました」
「うむ。また何時でも来るといい」
エレキモンは一度ジュレイモンに声を掛けた後に、ユウキは礼儀正しくおじぎをした後に、町長の家から外へと出た。
望みどおりの回答も得られず、自分が人間からデジモンに成ってしまった原因を知る手がかりは大して掴めなかったが、ユウキの表情はそこまで暗くなってはいなかった。
早々に手がかりが掴める事など無いと、薄々気付いていたからだ。
(……まぁ、生きている限り何か手がかりは掴めるだろ……生きている限りは)
内心でそう呟いたユウキだが、やはり多少は残念なようで深いため息を吐く。
そんなユウキに、同行者であるエレキモンは声を掛ける。
「なぁ、とりあえずベアモンの家に戻らないか? そろそろアイツも起きてるだろうし」
「……だな。用も済んだし、戻ろう」
そう返事を返し、ユウキはエレキモンと共にベアモンの家へと戻っていった。
そして、それから約五分が経ち。
「……なんだこりゃ」
ベアモンの家に戻ったユウキとエレキモンが目撃したのは、土の床に画かれた複数の記号だった。
細長い四角の上に大きめの三角を乗せただけの物が複数書かれた、その単純な印の意味は、元人間のユウキにすら理解出来るほどに簡単で、何より自分の向かった先の事を示しているのならば、それ以外に思いつく場所は存在しなかった。
「「……森?」」
此処は、発芽の町から十分ほどで到着する小さな森の中。
前後左右に茶色の木々が多く並び、風が吹くと心地よい音が耳にささやき、緑色の落ち葉が低空を舞う。
ベアモンは一匹、視界に映る緑色のグラフィックを楽しみ、鼻歌を交えながら歩を進めていた。
獣型のデジモンである自分に最も適した環境に居るからか、とてもご機嫌な様子だ。
「ん~……やっぱり森の中はいいなぁ。気分が落ち着くし、果実は美味しいし」
彼の掌の上には、森の中で拾ったのであろう赤色に熟された林檎が、一部欠けた状態で存在していた。
視界を左右に泳がせて、食料となる果実を探しながら、彼は林檎を一口かじる。
瞬間、林檎特有の甘酸っぱさが舌を通して味覚へ伝わり、それによる発生する満足感に表情を柔らかくしながらも「むしゃむしゃ」と食べ進める。
(早起きしてたらよかったなぁ。そしたら、ユウキやエレキモンも一緒に来れたかもしれないのに)
つくづく自分の睡眠時間の長さに心の中でため息を吐くベアモンだが、睡眠という生理現象に対する解決策など、あるとすれば早寝早起きか、この世界には存在するかも分からない目覚まし時計というアイテムを使うぐらいしか存在しないだろう。
寝なければいいじゃん、などという回答は当然ながらノーサンキューである。
そのような事をしてみれば、きっと今は純粋な青少年の心を持っているベアモンが、昼型から夜型に変わってグレてしまうかもしれない。
もしくは「寝ない子だぁれだ」と何処からか不気味な声が聞こえて、そのまま幽霊の世界に招待されてしまうかもしれない。
前者はともかくして後者はとても考えられないが、何しろ物理法則も常識もひったくれも無いのがこの世界なのだから、もしかするともしかするのかもしれない。
まぁ、それはどうでもいい事なのだが。
ベアモンは自分の手に持つ林檎を芯ごと噛み砕いて飲み込み終えると、ふぅ、と一息を入れる。
(そういやあの二人、もう僕の家に残しといた『アレ』を見てくれたのかな?)
心の中でひっそりとベアモンは呟くが、彼自身は既に町長との会話を終えたユウキとエレキモンが、家の中に残された暗号を目撃している事を知らなかったりする。
(まぁ、ユウキっていうギルモンにはエレキモンが一緒に居るんだろうし、危険な所には行ってないでしょ)
自分で出した問いに、自分なりのプラス思考で答えを出して解決させると、ベアモンは一度周囲を見渡し始めた。
周りには樹木が並んでいるが、その殆どには食料となる果実が成っていない。
空は普段通りに蒼く果てしなくて、白い綿のような雲が気ままなほどにゆったり流れている。
平和だなぁ、とベアモンは内心で呟いていた。
きっと自分が今まで見てきた青色の先には未知の景色が存在しているんだろうなぁ、と夢を描きながら。
(……そういえば、ニンゲンの世界ってどんな世界なんだろうなぁ……)
ベアモンは思う。
先日出会ったギルモンが本当に人間だったのなら、デジタルワールドとは別の、人間が住んでいる世界は実在するのだろうと。
想像のままに風景や状況を妄想するだけでも、彼の好奇心は強く刺激される。
(帰ったら、あのユウキって子に色々聞いてみよっと)
彼はゴム風船のように想像を膨らませながら、緑と茶の色が広がる森の中を進んでいった。
遅くなりまして申し訳ございませんが、今回から感想を書かせて頂きます、夏P(ナッピー)です。
序章から濃密! 結構前に書かれた作品と聞き及んだ気がしますが(テイマーズのアニメが“十年ほど前”扱いなので2010年代前半かな……)、ちょうど勇輝と雑賀がプレイしていたゲームはドラゴンボールのZENKAIみたいな感じでしょうか。Butter-Flyの歌詞も出てきたので、デジモンアニメが存在する世界観ということかしら。新デジモンカードが出てくる前に書かれた小説だろうにデジモンカード云々の話が出てくるとは出来る! そして謎の男性は何だ……?
ここまでで序章! 濃密! というわけで1話まで読ませて頂きましたが、戸惑いながらもテンポよくまた心地良くストレスなく進んでいくのでスムーズに読み進めることができました。デジモン化して釣り上げられるところを敢えて描写されなかったおかげかしら……何はともあれ、ベアモンは最後「一緒に強くなろうよ」と言ってくれましたがオメー現時点で十分つえーだろと私は言いたい。フライモンに怯まず足止めしようとしたエレキモンも腕っぷしは大したこと無いと言及されてますけど絶対強いって! フライモンはかつてマヒ効果でミレニアモンをも封殺した凶悪デジモンだぞ!? というのはともかく、テイマーズを下敷きにしているのかグラウモンは「成長期に戻れるのか?」ということにも焦点を置かれていてニヤリ。ウルトラマンより制限時間短いのか初進化……。
まだ現時点でデジモン化の謎どころか、何が起きてるのかも判然としませんがこのテンポの良さだと既に投稿されてる分で判明するかしら……?
またこの続きも近々読ませて頂き感想を記します。