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時は少し遡る。
自身の所属する組織『ギルド』のリーダーであるデジモン――レオモンの命令を受け、個体名で『レッサー』と名乗るミケモンは水棲生物型のデジモンと共に多くの水源が目に映る山――『滝登りの山』へと、やって来ていた。
「……こっちも特に異常は無しっと」
周囲の木々や生息しているデジモンの様子を見てミケモンはそう呟き、通り縋った際に木に成っている所を見つけた黄色い果実を齧りながら、獣道を坦々と歩く。
歩いている最中に見られる風景は木々や草花といった自然界の産物のみで、特に異常を感じさせるような物体は見えない。
野生のデジモン達も、特にいがみ合ったりなどの問題を起こさずに平和を満喫しているように見える。
ここ最近は『凶暴化』だとか『崩壊』だとか、物騒な情報をよく耳にするが、とてもその情報が本当とは思えないほどに自然で平和な風景だとミケモンは思っていた。
「……ん?」
少なくとも、前方の遠い地点から平和とは程遠い印象がある荒々しさを感じさせる吠え声を聞き取り、それによって生じた音の発生源を察知するまでは、特に疑問を抱く事も無くそう思えた。
ミケモンのような、ネコ科の動物に似た一部の獣型デジモンの耳の形状は頭の上から立つ形のものであり、両方の耳を前方に向ける事で高い指向性を発揮する事が出来る。
ただ歩いているだけでも周囲の音声情報を細かく取り入れる事が出来るため、ミケモンは自分の居る位置から遠い位置に居る標的との距離と方向を知る事が出来た。
声の性質から判別して、何らかの竜型のデジモン。
更に足音から判別して、重量級のデジモン。
「……?」
そして、よく聞くとその荒々しい声を漏らしているデジモンの近くからは、三体ほどのデジモンの危機感の篭った声も聞こえる。
最近会った事のある、自分自身が期待している三人組の声のように聞こえた。
「……マジかよ」
思わずぼやくと、ミケモンは|齧《かじ》っていた果実を咥えたまま、前足を地に着けて疾走する。
耳で得た情報を元にして素早く移動を続けていると、ミケモンの目は遠方にて3対1の戦闘を繰り広げているのデジモン達の姿を視界に捉えた。
三体ほどのデジモンの正体は昨日『ギルド』の本部へ訪問して来た、ベアモン・エレキモン、初対面の何故か個体名を所持していたギルモンで、荒々しい声を漏らしていたデジモンの正体は、鎧竜型デジモンのモノクロモン。
(……げっ!?)
来た時には、既にその3対1の戦闘が終結しそうになっている時だった。
ベアモンは左足に、ギルモンは背中に大きな火傷を負っており、唯一目立つほどの怪我が見えないエレキモンも、少し前に転倒でもしてしまったのか、直ぐに体勢を立て直せるような状態では無かった。
そして今、襲撃者(と思われる)モノクロモンは、自身の角を前に突き出した状態で襲い掛かろうとしている。
それからギルモンとエレキモンの二体を守ろうと、ベアモンが盾になるように立ち塞がる。
(この距離じゃ間に合わねぇ……!!)
目に見えていても、ミケモンが走って間に合う距離では無かった。
モノクロモンの角がベアモンの体を貫く未来図が、容易に想像される。
「!!」
しかしその時、ベアモンの体から蒼い色の光が溢れた。
突進して来たモノクロモンを弾き飛ばしたその光は、デジモンなら誰もが知っている現象の合図。
(進化……か?)
言っている間に光の繭は内部から切り裂かれ、中からベアモンよりも大きな獣型のデジモン――グリズモンが現れる。
モノクロモンはグリズモンに対して強力な火炎弾を放つが、グリズモンはそれを爪の一閃で切り裂き左右に分け、そのままモノクロモンに対して上段から鉄槌のような打撃を決め、モノクロモンの顔面を地に叩き付ける。
モノクロモンは角を突き立て必死の抵抗を心見たが、グリズモンはそれを軽くいなすとそこから更に連続で打撃を加え、シメに正拳突きを叩き込んだ。
(……あの格闘のキレ具合といい、身を挺してでも仲間を守ろうとする姿勢といい、やっぱり俺の知るあのベアモンか)
グリズモンに殴り飛ばされたモノクロモンは更に気性を荒々しくさせ、再度グリズモンに向かって角を突き立てながら突進する。
(……にしても、あのモノクロモン……『狂暴化』してやがるな。何が原因なんだか……)
辺りの地を鳴らしながら突進してくるモノクロモンの角を、グリズモンは両前足で掴む事によって受け止めるが、勢いと重量を殺しきる事が出来ていないのか徐々に後ろへと下がっている。
だが、
(……勝ったな)
グリズモンは四肢に力を命一杯注ぎ込み、重量級デジモンであるモノクロモンの巨躯を投げ上げた。
空中で前足と後ろ足をバタバタと動かすモノクロモンの姿は、最早何の抵抗も出来ない事を示しているようでもあって、グリズモンは浮いて落下して来るモノクロモンにトドメを刺すために構えている。
そして、決着は着いた。
グリズモンの右前足による一撃がモノクロモンの顎へと炸裂し、轟音と共にモノクロモンの巨躯が吹き飛ばさせ、仰向けの状態となって倒れる。
その喉からは、先程まで聞こえていた荒々しい竜の声など聞こえてはいなかった。
(最後まで諦めない意思……『感情』の力が、欠けたパズルのピースを埋め合わせるように、『進化』が発動するのに足りない『経験』を補う。あの小僧に、まさかここまでのポテンシャルがあったとはなぁ)
命の危機にでも瀕する逆境に出くわさない限り、電脳核を急速回転させて『進化』を発動させるほどの『感情』のエネルギーは生まれない。
だが、だからと言って、何の『経験』も積まずにただ『感情』だけを昂らせただけでは進化は発動しない。
本当の意味で進化を望み、|切磋琢磨《せっさたくま》した者達にだけ、その奇跡は訪れる。
(オイラの目に狂いは無かった。アイツ等は、鍛えれば十二分に面白い奴等になりそうだ)
そんな思考と共に口に咥えていた果実を一口齧るミケモンだったが、目の前でグリズモンの体が光に包まれるのを見て、齧っていた果実を再び咥えながら疾走していた。
そして、現在に至る。
「……まぁ、こんな感じだ」
「ふ~ん……なるほど。レオモンさんの命令で来たんだ」
ミケモンからこの場に現れた経緯を聞いて、ベアモンは納得したようにそう言葉を返した。
「まぁ、この辺りは『ギルド』の情報でも安全と聞いてたんだがな。まさかこんな所で、暴走してるモノクロモンを目にするとは思わなんだ」
「僕も、何でなのか分からないんだけど……何で、モノクロモンが暴走して突然襲って来たんだろう」
「さぁな。少なくとも、お前等が悪いわけじゃないって事は確かだろ」
「さぁなって……まぁ、いつかは分かるかもしれないからいいけどさ。『ギルド』の情報網では分かってないの?」
「まだ、完全にはな」
ミケモンはそう言ってから、聞き耳を川の方へと立てる。
透明な水が心地良い音と共に流れる川の方では、先ほどの戦闘で背中に大きな火傷を負ったギルモン――ユウキが、エレキモンの手によって火傷の応急処置を行わされていた。
「痛っ!! 水かけぐらいもうちょっと優しく出来ないのかよ!?」
「つべこべ言うな。これ意外に治療法が無いんだし、その程度の火傷で済んだだけ良かったと思え」
「俺の種族は炎の属性に耐性を持ってるっぽいからな……っていうか、せっかく助けてやったんだから、もうちょっと愛想良く接せないのか?」
「……まぁ、確かに助けてくれた事には感謝してやるさ」
「おいおい、何だよそのツンの要素しか無い台詞。対して可愛げも無いお前がやってもちっとも価値無いし、普通に誠意ある言葉でほら、言ってみろよ」
「………………」
「何無言になって……痛ってぇ!? 何だよデレの一つも無しで常時ヤンかよせっかく体張ったのにィャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
何やら水の弾けるような音と共に馬鹿の悲鳴と電撃の音が聞こえたが、ベアモンとミケモンは気にしないし目も向けない。
二体の赤いデジモンの喧嘩を余所に、彼等は話を続ける。
「完全にって事は、何か分かっている事はあったりするの?」
「ここ最近の異変が、何らかの『ウィルス』によって引き起こされている物って事ぐらいだ。黒幕が居るのか、自然発生した産物なのか、そこまではまだ明確になってねぇ」
「そうなんだ……あんなのが自然発生してたら、町とかにも被害があると思うんだけど」
「だから、高い確立で黒幕が居ると俺達も見ている。だが、可能性は複数用意しておくに越した事は無いだろ」
確かに、とベアモンは素直に思えた。
この数日、自分の事を『人間』だと名乗る不思議なデジモンを釣り上げたり、お腹が空いたという理由で外出した先で命を奪われかけたり、そこで一度も戦闘を経験していないはずのデジモンが『進化』を発動させたり、そして今日、また命を失いかけた実経験を持つベアモンにとって、こういったトラブルに対する心構えは常に用意しておくべきだという事は嫌と言うほどに理解している。
そうでなければ、様々な状況に応じて仲間を守る事など出来はしない。
野生の世界では、泣いて叫ぶ者を命賭けで助けてくれるような都合の良い勇者など常に存在はしないのだから、失いたく無い者が居るのなら、その場に居る『誰か』が勇者として戦うしか無いのだ。
ベアモンはそう思った所で、ミケモンに対してこう言った。
「ところでミケモン。僕等はこの後、食料調達を再開するわけなんだけど、そっちはどうするの?」
「どうするっつってもなぁ。オイラはお前等の戦闘する音を聞いて来たってだけで、やってた事はただのパトロールだぞ? 丁寧に来た道を戻るのも面倒だし、このまま『メモリアルステラ』のある場所を確かめに行くさ」
メモリアルステラ。
デジタルワールドの各地形や環境といったデータの流れを、永続的に記録する一種の巨大な保存庫の事で、覗き込むことが出切ればこの世界の情報を全て握る事が出来ると言われている石版のような形状の物体の事で、それに何らかの異変が起きれば環境そのものにも影響が及ぶ可能性も秘めているらしい。
ここ最近の異変に関係があるとするなら、確かに調べるのは得策だろう。
もっとも、環境そのものに変化は見受けられないし、そんな変化があれば『ギルド』の情報網が既に情報を掴んでいるはずなので、何らかの情報が得られるとも思えない。
だが。
「ねぇミケモン。もし良かったら、僕等もミケモンに着いて行っていい?」
「? 別にオイラは構わないが、何か理由でもあんのか?」
「ユウキに『メモリアルステラ』の事を見せてあげたいんだ。彼、色々と知識不足だから」
「……今のご時勢でアレの存在を知らないとかあるのか……?」
ミケモンは当然と言わんばかりの反応を見せたが、発案者であるベアモンは普段通りの口調を崩さないままこう言った。
「彼、実は『記憶喪失』なんだ。自分の名前以外の事を覚えてなくて、デジタルワールドの常識にも乏しいんだ。だから、この機会に見せておきたくてね」
「……あぁ、前にあのギルモンが言ってた『複雑な事情』って、そういう事か」
ベアモンの発言(大嘘)で合点がいったのか、気の抜けた声と共にミケモンはそう返す。
「大方、記憶が無くて行き場も無いから、お前の家に居候でもさせてもらったんだろ。それなら、まぁ納得がいく。オイラとしてもお前等が近くに居るってだけで守りやすいし、構わないぜ」
「ホント? 何から何まで、ありがとうね」
どうやら、理由に納得する事が出来たらしい。
ベアモンが言った事は当然その場で作った嘘に過ぎないが、事実ユウキには『デジタルワールドでの記憶』がほぼ無いに等しいため、半分は嘘では無い。
ミケモンの『見回り』に同行する事が決まり、ベアモンは何だか静かになった川の方を向く。
視線の先では話題にも上がっていたギルモンのユウキが、何故か川の上でうつ伏せのような体勢になっていた。
よく見ると、何らかの電撃を受けてガクガクと痺れているのが分かる。
わざわざ原因を調べるために考える必要も無かったので、ベアモンは素早い動きでユウキを川から引き戻し、言う。
「ちょっとおおおおおおお!? エレキモン、お前何してくれてんの!?」
「ちょっとムカっと来たから」
「いや何冷静に、清々しいほどの笑顔でそんな事言ってんの!? ほら見てよ、ユウキの口から白い泡が漏れてるんだけど!! てかお前、さっきユウキに助けられたのに何でこんな事してるんだよ!?」
「……誰だったかなぁ。こんな言葉を言っていたデジモンが居たんだ」
「何? ってかそんなのどうでもいいから、水を吐き出させるのを手伝ってよ!?」
「……あぁ、思い出した……昨日の友は今日の敵」
「逆だからね!? あと別に昨日も今日も敵じゃなかったからね!?」
「少なくとも俺はそいつの事を完全に信頼してるわけじゃないから、あと友達って認めてるわけでも無いから、つい」
「つい!? 昨日あんな出来事があったのに、エレキモンとユウキの信頼関係はそんなに脆かったのか~!!」
そんな二人の言葉の応酬を傍から見ているミケモンは、呟くようにこんな事を言っていた。
「……やっぱ、こいつ等面白いな」
ひと時の休息を終え、三匹の成長期デジモンと一匹の成熟期デジモンは再び山を登り始めていた。
歩く獣道の傾斜もほんの僅かだが角度が広くなっているような気がして、ふと横目に見える川の水が流れる速度や音も、山を登るにつれて増しているように見える。
剥き出しの岩肌の上や緑の雑木林などに生息している、野生のデジモンの数は山の麓や中腹と比べてもそれなりに増えていて、土地の関係からか果実の成っている木の本数が多い事が理由なようだった。
無論、そもそもの目的が『食料の調達』にあったギルモンのユウキ、ベアモン、エレキモンの三人は、進行中に見つけた木に成っていた果実を取って食べながら歩いている。
それぞれが大自然の産物を吟味している中、ユウキは一人、黙々と思考を廻らせている。
それを見て不思議に思ったのか、ベアモンが声を掛ける。
「ユウキ、何考えてるの?」
「……ん。いや、進化の事を考えてた」
「進化の事?」
「ああ。さっきの闘いで、お前は進化をしていたよな。お前等の情報曰く、俺も昨日は進化を発動させていたらしいが、俺はその時の実感が無い。お前には自我があったけど、俺は進化した時に理性が無かったらしいからな……違いが分からん」
「あ~……なるほど。僕もその辺りは分からないんだけどね」
そこまで返事を返すと、先頭を歩いていたミケモンが唐突に話に割り込んで来た。
「進化の際に自意識が失われるってのは、そこまで珍しいもんでも無いぞ」
「? そうなの?」
ミケモンは、何やら人生の先輩的なポジション的な立ち回りが出来る事を内心で嬉しがっているのか、それとも単に『ギルド』の留守番で退屈だったからなのか、何処か調子の良い素振りを見せながら喋る。
「どんなデジモンにも、潜在的に色んな性質が電脳核に宿ってる。癇に障る奴が居たら叩き潰したいと思う感情とか、その逆であまり戦いを好まずに出来る限り大人しくしていようとする感情とか、尊敬する誰かに仕えようとする感情とかな。だが、そういった感情が単純化され過ぎていて、ほとんど思考もせずに感情を表に出すタイプも存在する。脅威を感じた相手に対して反射的に威嚇したりする事とか、縄張りを侵されただけで理由とか考えず即座に排除しようとする事とかは、その極形だ」
まるでよく吠える犬とあまり吠えない犬の違いみたいだな、なんて事を思って、他人事を聞いているような顔をしているユウキに対してミケモンは指を刺しながら。
「お前さんの種族はそういった『本能』の面が濃いんだよ。多分『感情』のエネルギーで進化したんだと思うが、念を押す意味でも言っておこう」
ミケモンは一泊置いて。
「『感情』のエネルギーによって発動する進化は、発動したデジモン自身に強い感情を抱きながらも平静を保とうとするだけの『意思』が無いと制御出来ず、その時に昂った『感情』に呑まれる可能性がある。お前さんが進化をした時に自我を失っていたのは、お前さんが進化を発動させた時に有ったのが感情『だけ』で、それを制御しようとする自分の『意志』を持ってなかったからさ」
「……感情『だけ』?」
ユウキが『う~ん……』と疑問に対して何らかの答えを出そうと言葉を作っていると、今度は彼の進化を間近で見ていたエレキモンが口を出してくる。
「要するに……あれか。あんまり考えずに突っ走った結果がアレって事か」
「一応『感情』を生み出す過程で何らかの『目的』と、それを果たすために必要な『方法』が頭の中にあったんじゃないか? そのギルモン――ユウキって奴が進化した時の状況をオイラは知らんけど」
「……言われてみれば」
当時、フライモンとの闘いの際にユウキは進化を発動させて、成長期のギルモンから成熟期のグラウモンに成っていたが、その時のグラウモンには理性が感じられなかった。
だが実際、理性が無いにも関わらず、グラウモンはフライモンを撃退した後にベアモンとエレキモンを背に乗せるという行動を起こし、更に間違う事も無く町に向かって走り出していた。
最終的に町へ到達する目前でエネルギー切れを起こしたが、その行動には何らかの理性が宿っていたとしか思えない。
理性の無い竜に明確な目的を与えたのは何か、考えると意外と簡単な事が分かっていく。
当時、ベアモンを助ける方法を求めていたユウキに対してエレキモンはこう言っていた。
『町に行けば、解毒方法ぐらい簡単に見つかる』
『だから今は急いで戻る事だけを考えろ!!』
この言葉で、進化が発動する前のユウキ――ギルモンの電脳核に、目的を達成するための『方法』が入力されたのだとして、その後にユウキを『進化』に至らせる要因となった『感情』は何か。
つい最近の事でありながらおぼろげな記憶をなんとか掘り返し、ユウキは呟く。
「……『悲しみ』と『悔しさ』だ。多分、あの時に俺が抱いていた感情を表現するんなら、それが適切だと思う」
「どっちも処理の難しい感情だな……ウィルス種であるお前の電脳核は、そういった『負』の感情に同調しやすい性質を持ってる。ハッキリ言って危険だぞ。聞いた感じだとお前さんが進化した時の目的は『仲間を助ける』って所だったんだろうが……」
念を押すように、刃物なんて比では無い危険な兵器の使い方を教えるように、ミケモンは言う。
「その『目的』が別の何か――例えば『敵の殲滅』とかになって、お前さんが『感情』を制御出来なかった場合、お前さんを止めに掛かった仲間すら『邪魔』と認識して傷を付けかねない。それどころか、殺しちまう可能性だって高いな」
「な……」
「言っておくが冗談じゃねぇぞ。過去にもそういった理由で、敵味方構わず皆殺しにしたデジモンが居るって情報はそう少なくない。ウィルス種のデジモンだと得にな」
思わず絶句した。
ユウキ自身、自分の成っている種族の危険性ぐらいは他の三人よりも理解しているつもりだった。
一歩間違えれば、自分は核弾頭一発分に相当する破壊を何回も撒き散らす化け物に変貌してしまう可能性についても、別に考えてなかったわけでも無い。
だがそもそも、予想の土台自体がフィクション上での情報に過ぎなかったわけで、心の何処かで『そこまでの事にはならないかもしれない』と楽観視してしまっていた。
まだ、この世界の法則がどういう物なのかを理解しているわけでも無いのに。
デジモンに成っている今、ミケモンから伝えられた事実は人間だった頃と変わらない『現実』で感じた物と同じ物として受け入れられ、そこから伝わる責任感や恐怖心は紛れも無く本心だ。
まるで、見知らぬ誰かに重々しい火器を渡され、その引き金に指を掛けさせられているような錯覚すら覚える。
銃口を向ける相手を間違え、引き金に込める力が一線を越えた瞬間、取り返しの付かない事態に成りかねないのだ。
ユウキが自分自身で想像していた以上の恐怖心を抱いている一方で、ミケモンの言葉に何となく不安を覚えたベアモンが、思考に浮かんだ言葉をそのまま述べた。
「さっき僕も進化したけど、自我はちゃんとあったよ? 暴走なんてしてなかったし」
「そりゃあ、お前が抱いていた感情はそいつと明らかに違う物だっただろうし、そもそもお前みたいなワクチン種のデジモンは『負』の感情よりも『正』の感情に同調しやすいからな。余程の事が無い限りは危険な事にもなり難いし、あとは単純に精神面での違いだろう」
聞いて、またもやベアモンとの実力の差を実感し、溜め息を吐きながらユウキは言う。
「精神面……かぁ。俺って、そっちの面でもお前に負けてるのな」
「ふっふ~ん。君と違って、僕はそれなりに鍛えられているからね!!」
誰かに勝っている部分がある事がよっぽど嬉しいのか、『えっへん!!』とでも言うように上機嫌で威張るベアモン。
そんな彼を放っておいて、エレキモンはミケモンにこんな事を言った。
「随分と『感情』の『進化』について詳しいが、その知識はアンタ自身の経験からか?」
「いや? 当然、オイラ自身も『進化』の事に関してハッキリとまでは分かってない。今言ってた事も、所詮はヒマな時とかに読んだ書物とかからの引用が殆どだ」
「その書物は信用出来るものなのか?」
「歴史書とか図鑑とかそういう物は大抵、ダストパケットみたいにデータ屑が集まり自然発生した物じゃなくて、過去に生きたデジモンが自分の記憶を未来まで知恵を残すために書き記されたもんだ。結構信憑性のある内容だし、俺は信じてる」
「ふ~ん……俺はそういう文献とかに興味が無いからなぁ。目にする事のある本なんて、ベアモンの家か長老の家にある面白い物語が書かれた本ぐらいだ。面白いのか? そういうの見てて」
「興味が沸いたりして面白いぞ? 暇潰しとかに厚めの本はもってこいだしな」
「……アンタ、留守番中に居眠りだけじゃなくて読書までしてんのか?」
「もう殆ど読み終わったから、最近は寝てる事が多いけどな」
そんなこんなで雑談を交わしながらも、一行はこの『滝登りの山』の頂上までやって来た。
周辺の地形は斜面から平地に近くなり、周りの樹木が謎の材質で形成された石版のような物体を外部から覆い隠すように生えていて、その石版の周りには明らかに自然の産物とは言えない材質の台座が存在していた。
明らかに他の空間から浮いているような印象しか受けない、それでいて神秘的な雰囲気すら思わせるこの物体こそ、この世界の環境の情報が束ねられし保存庫――『メモリアルステラ』である。
今、この場に来たメンバーの中で唯一この物体の事を知らないデジモンであるギルモン――ユウキに対して、ベアモンは質問する。
「アレが『メモリアルステラ』なんだけど……本当に見覚えは無い?」
「無いっていうか、初見だからな。遺跡とかにありそうな石版としか思えないが……」
本人からすれば当然の反応をしたに過ぎないのだが、その一方でユウキの事情を(本当の意味では)知らないミケモンは、本当に驚いたかのようにこう言っていた。
「お前さん、本当に知らないんだな……こりゃあ重症だわ。常識が足りてない」
「?」
「あ~気にしなくていいから。そんな事より、始めて見るんだしもっと近づいてみてみない?」
「あ、あぁ」
ベアモンに手を引っ張られる形で、ユウキは『メモリアルステラ』の近くまで近づいていく。
「……おぉ」
(……本当に初めて物を見る目だ)
近くに寄ると遠くから見ている時点では神秘的に思えた物体が、不思議と近未来的な雰囲気を帯びた電子機器のようにも見える。
ユウキは思わず関心の言葉を漏らし、そんな彼の横顔を見てベアモンが内心で呟いている。
その少し後ろではエレキモンが二人の様子を眺め、ミケモンは『メモリアルステラ』の方へと視線を送っていた。
「まぁ、やっぱり見た感じ『メモリアルステラ』に異常は見られないな……平常稼動しているみたいだし、ここ最近の異変にアレは関連性が無いって事かねぇ……」
「となると、やっぱり何者かの仕業って事になるのか?」
「そう考えるのが妥当だろ。自然的な問題なら『メモリアルステラ』に異常が起きててもおかしくないし、まず何者かによる意図的な原因があるに違いねぇ。あのモノクロモンが異常なまでに興奮してるって時点で、そう考えるのが普通だろ」
「……チッ、本当に最近は災難続きだな……」
だが、一日の中で流石にこれ以上の災難は起こらないだろう、とエレキモンは思う。
というか、自分は一日に二回以上の災難に遭遇するぐらいに運の無いデジモンでは無いのだと、エレキモンは切実に思いたかった。
どうもどうも、プロローグに引き続き第一話の感想を喋らせていただきます。
とりあえず思ったこととして……一話が濃い!!!
一難去ってまた一難からの二度あることは三度ある一難! 『進化』があるとはいえ、成長期3体(+α)で一日に成熟期4体との立て続けのバトルとは……。その中でも初戦でユウキを庇い、続く二戦で進化を果たしたベアモンのタフさが際立ちますね……! 体力ザッソーモンかよ(誉め言葉)
大切な仲間同士で庇い合う構図、友情としては美しいけれども、いつか取り返しのつかない事態に発展してしまいそうでお父さん心配です(突然の父性)。とりわけベアモンの博愛っぷりは、タフネスゆえに自分の限界超えて動いてしまいそうで読んでいてハラハラしますね……。
ザッソーモンと言えば(大胆な話題転換)、第一話の三つのお話で全てに植物型デジモンを出してくださったことに感謝を申し上げたい。怪しい何者かに時計型麻酔銃(アサルトライフル)を撃ち込まれたウッドモンも、きっと元々は村長のジュレイモンと同じく穏やかな性格だったに違いない……合掌。しかしそのウッドモンとガルルモンを暴走させた奴……一体何ンドラモンなんだ……。
一話の中でたっぷり修羅場を潜り抜けてきたおかげか、ユウキも少しずつ『デジモン』らしさを身に着けてきた感がありますね。特にモノクロモンとの対戦経験から自分の必殺技をイメージするところなんか、デジワーの技習得のくだりっぽくてニヤニヤしてました。とはいえ赤ちゃんプレイを強要されて露骨に拒否したり、ちょっと厨二臭さのあるネーミングセンスとか、良い意味で年頃の人間の男の子らしさはまだちゃんと残ってて一安心。……大丈夫だよね? これから先、『進化する度に人間としての記憶や感情が消えていく』とか無いよね……?
他にも、『メモリアルステラ』という文字列を見て僕の中の進〇ゼミが覚醒したり(リデジでやったところだ!)、エレキモンの進化先が意外だったけど納得したり(尻尾の形状とか色合いとか)、レッサーをCV:平田広明で再生してたらまさかの本家の方(レオモン)が現れて焦ったりといった感じで、第一話の感想とさせていただきます。
想像以上に投稿ペースが早かったので、今後も気合入れて読まなきゃですねコレヴァ