
デスメラモンがデジタルワールドからリアルワールドへやってきて数ヶ月。
彼はデジモンの派遣会社「ハッピーワーク」の紹介で、家政夫として働いていた。
家政夫の仕事にも慣れてきたある日、派遣先である本庄家の子、香奈が彼に言った。
「おじさん、あのね、今週の土曜日に授業参観があるの」
「ジュギョウ……何だ?」
窓を拭きながら、デスメラモンは首を傾けた。
今日は日曜日で本来なら香奈の両親が家に居るのだが、二人共休日出勤をすることになり、香奈に謝りながら出勤していった。
その為、家には香奈とデスメラモンの二人だけだった。
「えっとね、学校の授業をお父さんとかお母さんが見にくるの」
「ジュギョウを……面白そうだな」
「それでね、お父さんとお母さんは仕事だから行けないって」
「で、俺を誘ったのか」
「うん」
デスメラモンは雑巾を水で洗いながら言った。
「しかし、俺はそのサンカンというやつに行ってもいいのか?」
「うん。お母さんはいいよって言ってたから。おじさんは行きたくない?」
「そうではないが……」
デスメラモンは少し考えた。
他のコドモ達は父親と母親が来る。
そんな中で親でもない自分が居たら、香奈は他のコドモに嫌なことを言われるかもしれない。
もしかしたらいじめられるかもしれない。
(俺のせいで香奈が傷つくのは嫌だ)
デスメラモンはそう思い、断ろうとした。
そんな胸中は知らず、香奈は期待の眼差しをデスメラモンに向けていた。
デスメラモンはそのきらきらとした眼差しに負けた。
「……分かった。行けばいいんだな」
「うん!」
笑顔になった香奈を見て、デスメラモンは仕方がないと苦笑した。
「おじさん、絶対に来てね。約束だよ」
「約束だ。絶対に行く」
デスメラモンの大きな指と香奈の小さい指で約束の指切りをした。
そして当日。
デスメラモンは家事を終わらせた後、香奈の通う小学校へ向かった。
小学校へ続く並木路を通りながら、彼は学校という場所について考えていた。
ニンゲンのコドモが集められ、様々な知識を身につける。
オトナになっても困らない為のキョウイクだと、園田は言っていた。
デスメラモンが幼年期だった頃は好戦的なデジモンに襲われることばかりで、自分を守る手段は実戦で身につけるしかなかった。
ニンゲンの世界とデジタルワールドを比べるのは些か無理があるが、幼い者が成長した時に必要な事を学べる環境があるのはいい事だと彼は思った。
そんなことを考えているうちに、小学校の校舎が見えてきた。
クリーム色の大きな校舎に立派な門。
ガッコウというのは随分と豪勢な所なのかとデスメラモンは思った。
校門を通り、建物の入り口は何処かと辺りを見回す。
校庭には警備と書かれた腕章を身につけたデジモンが幾人かいた。
あのデジモン達に聞いてみようと思った時、人間の警備員が声をかけた。
「すみませんデジモンさん、学校にご用ですか?」
「ああ、ジュギョウサンカンというやつで来た」
「授業参観に……身分証はお持ちですか?」
「身分証……これでいいか?」
デスメラモンは、大きな体には小さいショルダーバッグからデジモンハッピーワークの社員証を取り出した。
彼の使っているショルダーバッグは会社からの支給品で、中には会社の社員証と財布にIC定期券、会社の連絡先を書いた手帳等、貴重品が収められている。
ハッピーワークでは社員証を紛失するデジモンが多かった為、バッグに入れて持ち歩くよう指導するようになった。
そのため、デスメラモンも厳つい外見には似合わないショルダーバッグを身につけていたのだった。
「ああ、ハッピーワークの……はい、ありがとうございます。保護者の方は生徒さんとは別の入り口になりますので、案内します」
「宜しく頼む」
警備員に連れられ、保護者用の入り口へと向かった。
入り口の扉は開かれていて、来客用のスリッパが並べられていた。
デスメラモンが校舎内に入ると、開かれた本が置かれており、その上には人形のような小さな何かが立っていた。
「こんにちは」
本の上に立っていたのは、ローブを纏ったデジモン 、ワイズモンだった。
「あんたもハッピーワークの?」
「いえ、私は光明コーポレーションです」
「こうみょう……」
「ハッピーワークと同じ、デジモンの派遣会社です」
(そういえば、デジモンのホゴ活動をしている団体は他にもあるんだったな)
デスメラモンはハッピーワークの社員、玄田の話を思い出した。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
「ジュギョウサンカンに来たんだが」
「了解しました。生徒さんとはどの様なご関係でしょうか?」
「俺はカセイフとして雇われている」
「成る程。生徒さんが何年何組かご存知で?」
「確かサンネンニクミと言っていた」
「確認しましょう」
ワイズモンは校舎の見取り図を取り出した。
「ここが現在地です。三年生の教室は東棟にあります。ここから廊下をこう進んで……」
ワイズモンは、自分よりも大きい見取り図の上を歩いて道順を示す。
デスメラモンは忘れないように、ワイズモンがなぞった道を自分の指でもなぞって確認した。
「ここだな、分かった。感謝する」
デスメラモンは会釈すると、教室に向かって歩き出した。
廊下を歩いていると、授業参観に来たのであろう、着飾った成熟期……オトナが多数いた。
デスメラモンは自分の格好を改めて確認した。
大きな体に不釣り合いなエプロンを着て、これまた似合わないショルダーバッグを肩に掛けている。
(もしかして、場違いな格好なのか?)
デスメラモンはそう思ったが、今更着替えに帰るのも面倒だ、別に自分がジュギョウを受けるわけでもない、と開き直った。
そのまま先程教えられた道を進み、三年二組の教室にたどり着いた。
「三年二組、此処だな」
デスメラモンは教室の扉を開けた。
三年二組の教室では、香奈がそわそわと落ち着かない様子で椅子に座っていた。
もうすぐ授業が始まる時間だが、おじさんことデスメラモンの姿がない。
他の生徒は親に手を振ったりして楽しそうにしている。
(おじさん、来てくれるよね。指切りしたもんね)
でも、もしかしたら迷子になっているかもしれない。
もしかしたら、怖いデジモンに追いかけられているのかもしれない。
もしかしたら……。
香奈は段々と不安になっていた。
その時、教室がざわめいた。
香奈が後ろを向くと、デスメラモンが教室内へ入ってきたところであった。
デスメラモンは扉に頭をぶつけないように屈んで入り、他の保護者の横に並んだ。
(おじさんが来た!)
デスメラモン……おじさんが来てくれた!
香奈は嬉しくてたまらなかった。
突然大男が現れたことに周りの生徒や保護者が気になって注目する中、香奈は教科書で顔を隠すとにへへと笑った。
先生が来るとチャイムが鳴り、授業が始まった。
授業参観の科目は算数だった。
生徒達は教科書を開いて、教師の解説を聞いている。
デスメラモンは教室を見渡した。
真面目に授業を受ける生徒、後ろが気になって何度も振り返る生徒、窓の方を向いている生徒など、様々だった。
香奈の様子を見ると、黒板に書かれた内容を熱心にノートへ書き写している。
(香奈は勉強熱心だな)
デスメラモンはうむうむと頷いた。
「では次の問題です。おにぎりが十個あります。これを五人で分けると、一人分は幾つになるでしょうか?」
教師の問いに、生徒達は次々と手を挙げた。
香奈も元気よく手を挙げている。
「では、本庄さん。答えてください」
「はい。えっと、二個です」
「正解です」
やった、と香奈は呟くと、後ろに立っているデスメラモンに手を振った。

デスメラモンも小さく手を振って応えると、香奈はにへっと笑ってノートに花丸を書いた。
両親が共働きで授業参観に来てもらえなかった香奈にとって、デスメラモンが来てくれたことがとても嬉しかった。
彼女にとってデスメラモンは大切な家族になっていた。
一緒にいてくれる、大きくて優しいおじさん。
おじさんが見てくれていると思うと、退屈な授業も楽しく感じる。
心がわくわくして、温かくなって、香奈はにへへと笑った。
授業が終わり、ホームルームが始まった。
教師が黒板に明日の予定や授業で使う物のリストを書き込んでいく。
香奈は早くホームルームが終わってほしいとそわそわしていた。
「――連絡は以上です。これでホームルームは終わりです。起立!」
生徒は立ち上がり、さようならと礼をした。
ホームルームが終わると、香奈は急いで荷物をランドセルに詰め込み教室を出た。
廊下にはデスメラモンがいて、他の父母に囲まれていた。
「貴方、何方のご家族で?」
「香奈の家のカセイフだ」
「香奈……本庄さんのお宅ね」
「家政夫とのことだが、家事が得意なのかい?」
「家事はまあ、それなりに」
父母達の質問にぶっきらぼうに答えるデスメラモンだった。
香奈はデスメラモンに駆け寄った。
「おじさん大丈夫⁉︎」
「ああ、これくらいなんてことはない」
デスメラモンの言葉に、香奈はほっと胸を撫でおろした。
同級生が香奈に近寄ると、デスメラモンを眺めた。
「なあ本庄、このデスメラモンお前のパートナーなのか?」
「パートナー……?」
同級生の言葉に、デスメラモンは首を傾げた。
「パートナーのこと知らないの?」
「ああ、知らない。パートナーとはなんだ?教えてくれるとありがたい」
「いいよ!えっと、パートナーっていうのは、人とデジモンが特別仲良しになったらするけーやくで、パートナーになるとずっと一緒にいられるんだ」
「ケーヤク……?」
デスメラモンはますますわからなくなり、髪をわしゃわしゃと掻きむしった。
「パートナーの説明にしては不十分ですね」
不意に誰かの声が聞こえて、皆は声のした方を見た。
すると其処には、先程会ったワイズモンが居た。
「あんたはさっきの……」
「先程ぶりですね。さて、パートナー制度について簡単に説明致しましょう」
ワイズモンは訥々と語り始めた。
「パートナー制度というのは、人間とデジモンの『繋がり』を尊重した制度です。繋がりにも種類がありますが、お二人の場合ですと、『家族』という繋がりになります」
「カゾク、か」
ワイズモンは頷いて話を続ける。
「パートナー契約をすると、デジモンと人間は同じ家で暮らせるようになります。現在はデジモンの住まいを保護団体や派遣会社が提供していますが、より深い繋がりになるよう、パートナーになった人間の家へ住まいを移すことになります」
「つまり、俺が香奈の家に住める、ということか。」
「ええ、そうですね」
そうワイズモンが言うと、香奈は目をきらきらと輝かせた。
おじさんが毎日一緒にいてくれる……。
そうすれば寂しくないし楽しい!
「他にもパートナー契約をすると、デジモンと人間それぞれに特別な待遇があります。但し、手続きが必要になりますので、詳しくは派遣会社の方に説明をしていただいた方がいいでしょう」
「そうか、教えてくれて感謝する」
「いえ。重要な決まりごとですので、お忘れなく」
そうして話をしていると、廊下にいた人々が騒めいた。
何事かとデスメラモンが顔を向けると、香奈より年上であろう生徒が、大天使型のデジモン、エンジェウーモンを連れているのが見えた。
生徒はデスメラモン達に近づくと、じろりと香奈を見た。
「僕以外の生徒がデジモンを連れて来たと聞いたから見に来たけど、ふうん、デスメラモンねぇ」
その生徒は値踏みするようにデスメラモンを眺め、にやりと笑った。
「大きい体格にエプロンとバッグなんて、ダサいなぁ。僕のエンジェウーモンを見てよ。綺麗な羽でしょ?天使なんだよ?すごくない?」
そう言って踏ん反り返る生徒に、エンジェウーモンも得意げに微笑んだ。
「そんなことないもん!おじさんの方がすごいもん!」
香奈は懸命に言い返すが、生徒は鼻で笑った。
デスメラモンは首を傾げて生徒を見た。
「羽があるとすごいのか?デジタルワールドには天使型も羽のある奴も大勢いるが?」
その言葉に、生徒は真っ赤な顔になった。
その場に居た大人達はおろおろしながら様子を見ている。
「僕のエンジェウーモンは特別なんだ!お父さんが特別優秀なデジモンだって言ってたんだ!強いし何でもできるんだ!」
「見たところ、お前の後ろを歩くことしか出来ないようだが」
生徒は地団駄を踏んで声を荒げた。
「おいお前!その態度はなんだ!僕は我孫子誠司だぞ!」
「悪いがお前に会ったのは今日が初めてだ。名前なんて知らん」
デスメラモンのそっけない返事に、我孫子誠司は更に顔を赤くしてデスメラモンを睨んだ。
「こんな世間知らずのデジモンより、僕のエンジェウーモンの方が強いんだからな!調子に乗るなよ!」
「強い、か」
デスメラモンは誠司を宥めるエンジェウーモンを見た。
見た目は普通だが、特別優秀と言われるくらいなのだから、実力はあるのだろう。
「本当に強いなら、当然俺より強いのだろうな」
「当たり前だろ!誰よりも強いんだ!お前なんてあっという間にやっつけるぞ!」
「なら戦ってみるか?」
デスメラモンの言葉に誠司はうっと小さく声を漏らしたが、すぐににやにやと笑って言った。
「戦ってもいいよ。どうせ僕のエンジェウーモンが勝つに決まってるし」
「そんなことないよ!おじさんの方が強いもん!」
香奈は誠司にそう言うと、デスメラモンを見上げた。
「おじさんならあのエンジェウーモンに勝つよね?強いもんね?」
心配するような表情になる香奈の頭に、デスメラモンは大きな手をぽん、と置いた。
「大丈夫だ。俺は強いからな」
デスメラモンの言葉に、香奈は安心した笑みを浮かべた。
エプロンとバッグを香奈に預けると、デスメラモンはエンジェウーモンと向き合った。
「学校を警備してるデジモン相手のバトルに飽きてたんだ。エンジェウーモン、あいつをぼこぼこにしてやれ!」
「おじさん頑張って!」
状況を見ていた人々も戦えと囃し立てた。
二体のデジモンは構えると、相手を睨みつけた。
デスメラモンがエンジェウーモンに飛びかかろうとした時、
「何事ですか⁉︎」
警備員が多数のデジモンを連れて、群衆を押しのけながら近づいて来た。
警備員は誠司に言った。
「我孫子さん、校内での争いは控えていただけると……」
「僕に口答えするのか?お前なんてクビにしてもらうぞ」
「ひっ!すみません」
警備員は縮こまり、警備のデジモンも怯えるように誠司を見ている。
(警備員もこいつの言いなりか)
デスメラモンははあ、とため息を吐いた。
「こんな役立たずの奴らなんて放っておいて、バトルをするぞ!エンジェウーモン!」
誠司の言葉を受けて、エンジェウーモンは聖なる弓矢を構えた。
「エンジェルアロー!」
エンジェウーモンの放った一撃を避けると、デスメラモンは拳を握って相手の鳩尾を狙う。
それに気づいたエンジェウーモンは宙を飛んで躱した。
(なるほど、それなりに戦えるのか)
デスメラモンは拳を構えると、一歩後ろに下がった。
校舎内の狭い廊下で、エンジェウーモンは飛びにくそうにしていた。
「ここだと上手く飛べないだろう、場所を変えるか?」
デスメラモンの提案に、エンジェウーモンは首を横に振った。
自分に不利な状況でも勝てるという自信の現れだろうか、彼女は不敵な笑みを浮かべていた。
エンジェウーモンは再び聖なる弓矢を構えた。
デスメラモンは地面を蹴って跳び上がると、矢が放たれる前にエンジェウーモンの腕を掴んだ。
そして腕を引っ張り、地面に叩きつける。
「エンジェウーモン!」
誠司はエンジェウーモンに駆け寄ろうとした。
「来るな!まだ戦いは終わっていない!」
デスメラモンにそう言われ、誠司はその場で立ち止まった。
デスメラモンは起き上がるエンジェウーモンに拳を振るった。
エンジェウーモンは背中の羽で自分の身を包み、デスメラモンの攻撃を防いだ。
「ヘブンズチャーム!」
エンジェウーモンから放たれた聖なる光を両腕でガードしたデスメラモンだったが、光によって彼の腕は焼け爛れた。
「おじさん!」
香奈の叫びに、デスメラモンは大丈夫、というように振り返って手を振った。
デスメラモンはエンジェウーモンに跳びかかった。
咄嗟に宙へ逃げようとする彼女の羽を掴んで、引きちぎろうと手に力を込める。
「ぐっ!」
エンジェウーモンの呻きに、誠司は駆け寄りたい気持ちを唇を噛んで堪えた。
エンジェウーモンの羽根が少しずつ抜けて地面に落ちる。
それを見た周囲の人間がざわついた。
なんて凶暴だ。
エンジェウーモンがかわいそうだ。
そんな言葉が人々の間で広まった。
香奈ははらはらしながら二体の戦いを見ていた。
普段とは違うデスメラモンの姿に、彼女は少し怯えていた。
(おじさん、強いけどちょっと怖い……)
そんな事を思う香奈に、ワイズモンは言った。
「お嬢さん、戦いは遊びではありません。戦うということは、傷つけること。傷つくことです。傷つけあって自分を守るのです。デジタルワールドでは皆そうやって生きています」
「傷つける……」
香奈は手を握りしめて、戦いを見守った。
デスメラモンは羽を一気に引き裂こうとしたが、エンジェウーモンは聖なる光を放って彼を引き離した。
エンジェウーモンはデスメラモンの懐に飛び込むと、腹に弓を押し当てた。
「これで終わり!エンジェルアロー!」
ゼロ距離でのエンジェルアローの衝撃に、二体は吹き飛んだ。
「おじさん!」
「来るな!」
香奈はびくりと体を震わせた。
デスメラモンは自分の腹を確認する。
火傷のような傷ができているが、衝撃の割に腹が抉れていたり、穴が空いている様子はなかった。
エンジェウーモンの様子を窺うと、彼女も体を起こして自分の体を確認していた。
歪んだ羽を何度か動かし、体の傷の深さを見ている。
お互いに体勢を整え、戦いを再開しようとした時、
「そこまで!」
ワイズモンはそう言って、二人の動きを止めた。
「何で止めるんだ!まだ決着は着いてないぞ!」
「これ以上はいけません。お二方が怪我をしています」
「なんだと!僕に逆らうのか!」
「我孫子さんはパートナーの身を案じていらっしゃらないと?」
「ぐっ……」
誠司はぐうと唸ったが、にやりと自信満々な笑顔になった。
「どうだ、すごいだろ?あのまま戦っていたらお前なんてあっという間に倒されていたぞ」
誠司は得意げに言った。
デスメラモンは誠司を見た。
「戦ったのはエンジェウーモンで、お前は何もしていないだろう?どうしてそう偉そうにしているんだ?」
「なっ……!」
デスメラモンは言葉を続ける。
「確かにエンジェウーモンは強い。だからと言ってお前が横柄な態度をとっていい事にはならない。エンジェウーモンを気に入っているのなら、お前の方が天使のパートナーに相応しくなったらどうなんだ」
誠司はデスメラモンを睨んだ。
「おいお前!覚えたからな!僕を怒らせたことを後悔させてやるから!」
誠司はエンジェウーモンを連れて、ふんと鼻を鳴らして去っていった。
「おじさん!おなか大丈夫?」
香奈が駆け寄り、心配そうにデスメラモンを見た。
「大丈夫だ。少し痛かったが、この程度なら寝れば治る」
「本当に?」
「ああ、だから心配するな」
デスメラモンはそう言ったが、香奈は彼の爛れた腕を見て不安になった。
腕の怪我を見たワイズモンはデスメラモンに言った。
「保健室で診ていただきましょう。デジモン専門ではないですが、怪我の手当てならできますので。案内いたします」
ワイズモンはデスメラモンの肩に乗り、彼らは保健室に向かった。
「ところで、さっきのコドモはなんだ?随分と偉そうだったが」
「目をつけられてしまいましたね」
ワイズモンは淡々と話し出した。
「彼は我孫子誠司。デジモン関連の事業を展開する大手企業、アビコグループの御曹司です」
「それは凄いのか?」
「そうですね。デジタルワールドで言うと『ロイヤルナイツに所属するデジモンに進化する成長期』というところでしょうか」
「それは凄いようなそうでないような立場だな」
「ええ。私達から見ると普通の子どもですね」
ワイズモンは話を続けた。
「この学校の校長が彼の父親から昔大変世話になったそうで、頭が上がらないそうです。それを悪用して我儘放題をしています。教師が指導しようにも、父親を恐れている校長に彼の好きにさせるようにと釘を刺されている為、何もできないのです。学校にパートナーを連れて来ることも黙認されているので、ああして見せびらかせているのです」
そう言ってワイズモンはため息を吐いた。
「私も目の敵にされていまして……校舎内で技を使おうとしたエンジェウーモンに注意をしたところ、彼が怒って辞めさせろと抗議したのです。その時は校長が説得して事なきを得ましたが、危うく職を無くすところでした」
「つまらないことで怒る奴だな」
「ええ、全くもってそうです」
二人は顔を見合わせて苦笑した。
(そういえば、あのエンジェウーモンは無口だったな)
言葉が話せないデジモンは稀にいるが、技名は言っていたので彼女はそういうことではないらしい。
(彼奴もあんなパートナーに付き合わされて、大変だろうな)
デスメラモンは彼女に少し同情した。
――
保健室の扉を開けると、以前に健康診断をした病院の医者がいた。
「あんたは……」
「おや、お前さんはハッピーワークの。奇遇だのう」
医者は笑うと、椅子に座った生徒の頭を撫でた。
「手当は終わったぞ。怪我をしないように気をつけて遊びなさい」
「はい、先生ありがとうございます」
生徒はデスメラモンをちらりと見て、保健室を出て行った。
「こんな所で何をしているんだ?」
デスメラモンは首を傾げて聞いた。
「校長に頼まれてな、臨時で保健医をやっとる。お前さんは?」
「ジュギョウサンカンに来た」
デスメラモンがそう言うと、医者はくつくつと笑った。
「授業参観か。どうだ、面白かったか?」
「まあそれなりに」
デスメラモンはぶっきらぼうに答えた。
医者は彼の体を見ると、ほうと頷いた。
「何か無茶をしたようだな。ほら、こっちに来い」
デスメラモンは医者の前にあった椅子に腰掛けた。
「そういえばまだ名乗っていなかったな。私は白山。白い山と書いてしろやま、だ」
医者……白山は、空中に指で字を書きながら言った。
「ところで、その傷は一体どうした?事故にでも遭ったか?」
「いや、実は……」
デスメラモンは、我孫子誠司のことやエンジェウーモンと戦ったことを説明した。
「ほう、あの我孫子のチビ助がなあ……」
「あのコドモのことを知っているのか?」
「あの子の父親と昔親交があってな」
そう言いながら白山は液体の入った瓶を鞄から取り出すと、ガーゼに液体を染み込ませた。
「その水はなんだ?」
「デジモン用の治療液だ。傷の治りを良くする効果がある」
白山はガーゼをデスメラモンの腕に貼った。
ガーゼを包帯で固定させる。
腹の傷を確かめて、同じようにガーゼを貼り、包帯を巻いた。
「傷は五日もあれば完治するだろう。あまり無茶をしないように」
「わかった。感謝する」
デスメラモンは腹を撫でた。
「何だ?傷が気になるのか?」
「ああ。強い一撃をくらったのに、この程度の傷で済んだのが不思議だと思ってな」
「ふむ、そういうことか」
白山は腕を組んだ。
「デジモンの力はこちらの世界では弱体化する、という研究結果がある。実際にデジモンへの調査では、力が弱くなったと感じる者が多かった」
「そうか……」
「この世界で生きるだけなら強い力は無くても問題ない。それとも、力が無いと困るか?」
「いや、大丈夫だ」
デスメラモンの返事を聞くと、白山は香奈を見た。
香奈は心配そうにデスメラモンを見ている。
「まあ、このお嬢さんに心配をさせないよう、自分の体を大切にしなさい」
「……気をつける」
デスメラモンはこくりと頷いた。
――
怪我の手当てが終わり、デスメラモンと香奈は保健室を後にした。
二人は廊下を無言で歩く。
デスメラモンの少し後ろを歩く香奈に、デスメラモンは不思議に思って声をかけた。
「どうした、手を繋がないのか?俺の手なら空いているぞ」
「あ、あの……」
香奈は悲しそうな表情でデスメラモンを見た。
「おじさん、ごめんなさい。そんな怪我すると思ってなかったの」
「何故謝るんだ?俺が勝手に戦って怪我をしただけだ。お前が気にすることはない」
「でも……」
俯く香奈を見て、デスメラモンは少し考えた。
(香奈が元気になる方法……)
そうだ、と思いついたデスメラモンは、ひょいと香奈を抱き上げると肩車をした。
突然のことに香奈は驚く。
「おじさん⁉︎」
「どうだ、高いだろう」
香奈は辺りを見回した。
天井が近くて、色々なものを見下ろす視界。
「高い!」
香奈の楽しげな声に、デスメラモンは安心した。
(香奈を悲しませないようにしないとな)
デスメラモンは改めてそう思った。
肩車をして校舎内を歩き、靴箱の並んだ昇降口に着いた。
香奈は地面に降りると、靴を履き替えた。
デスメラモンは香奈に尋ねた。
「今日は何が食べたいんだ?」
「えっとね、えっと……」
香奈はむむうと考えると、パッと笑顔になって言った。
「ビーフシチューが食べたい!」
「びいふ……?」
デスメラモンが首を傾げると、香奈は楽しそうに言った。
「お肉と野菜を煮込むやつだよ」
「ほう、カレーではないのか?」
「似てるけど、からくないよ」
「わかった。じゃあ今からスーパーに行くか」
「うん!」
香奈はデスメラモンの手を握ると、笑顔になった。
こうして二人は学校の門を出て、手を繋いでスーパーへ向かったのだった。