人間たちが住む現実世界とデータ生命体"デジモン"が住む異世界『デジタルワールド』を繋ぐ|門《ゲート》が出来て早20年。
当世の子供たちをはじめとした人々がデジモンとパートナーとなり、共生関係となった新世代。
今では人間とデジモンが共に暮らすことが当たり前になった。
だがしかし、いつの時代も事件と災いは起きるもの。
人が、デジモンが、誰しもが心がある限り、争いは起きる。
だが悲しむことはない、争いによる不幸をよく思ってない者は必ずいる。
そしてその中には戦いを以て戦いを終わらせようと立ち上がる者がいた。
その名は、『バディリンカー』。
デジモンを相棒として絆を結び、戦いに赴く者たちをそう呼ぶ。
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秋葉原、とある街道。
いくつもの人々とデジモンが行きかっている日常が続いていた。
昨日と何一つ変わらぬいつもの日常、今日も続くと思われていた。
だが、そんな当たり前を崩すように耳障りな爆音が聞こえてきた。
「おらおらおら! チームE-FANG《イーファング》のお通りだ!」
『『『ギャォオオオオ!!』』』
そこに突き進むのは、自動車などお構いなしに道路を突き進んでいくデジモン達と彼らを駆る相棒らしきフードを被った少年達。
赤い体色をした肉食恐竜型デジモン・ティラノモンや深緑色と角が特徴の草食恐竜型デジモン・トリケラモン、そしてリーダー格の少年が乗っている翼竜型デジモン・プテラノモン。
恐竜の姿形をしたデジモン達が秋葉原の道路を突き進んでいく光景に通行人は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「へっへっへ! ここ秋葉原に俺達の拠点建ててやるぜ!」
「いいねぇ! 荒しついでに乗っ取ってやろうじゃねえの!」
「そうだ。まず手始めに秋葉原を根城にしているやつらをぶったおして……」
イーファングの少年達は次なる標的を定めていると、視界に入ってきたのはキツネを思わせる小さな黄色いデジモンを抱えた一人の少女。
どうやら逃げ遅れた様子でその小さなデジモン・ポコモンを大事そうに抱えている。
イーファングの少年達はそんな少女とポコモンを見てもお構いなしか、恐竜デジモンの走る足を速めた。
「おらおらおら! どかねぇってんなら死にたいようだなぁ!」
「くたばっておっちんじまいなあ! ガキがぁ!」
容赦ない罵声を上げながら迫る恐竜デジモン達。
少女は悲鳴を上げる間もなく、ただ大事な友達のポコモンを庇うために身を挺す。
目撃者は誰もが息をいきをのみ、背筋を凍らせる。
だが、一人だけ足を踏み出し、少女の元へ駆けつける人影があった。
人影は手にした漆黒色の機械である"ソレ"を取り出し、構える。
―――その時、黒い影が一瞬視界を覆いつくす。
その刹那、耳障りな斬撃音と共にティラノモンやトリケラモンといった地上にいた恐竜デジモン達が倒れ伏した。
彼らの上に乗っていたイーファングの少年たちは勢いあまって投げ出され、地面へと叩きつけられる……前に光の輪が彼らを宙に拘束した。
唯一空中にいたため逃れたプテラノモンとリーダー格の少年は何が起きたのか困惑していた。
「な、なんだ!? どうしたんだよこれ!?」
『そりゃ、お前たちの悪行が今から返ってくる所だからよ』
「えっ、ぎゃふぅん!?」
謎の第三者の声が聞こえてきて、リーダー格が振り返ると……そこに映ったのは自らへ振り下ろされる鉄の剣。
剣の腹がプテラノモンをも纏めて直撃し、間抜けな声と共にリーダー格の少年は意識を手放した。
謎の非行少年達達によるデジモン進撃があっけなく終わった後、その現場に駆け付ける者がいた。
黒髪に空のような青い瞳を持つ赤を基調とした服を身にまとう男性は周囲の状況を確認した後、傍らにいた白装束の衣装を身にまとう人型のデジモンと、何処かギリシャっぽい蛇の鎧を身にまとった少女の姿をしたデジモンにねぎらいの言葉をかけた。
「お疲れ、バアルモン、ミネルヴァモン」
『ああ。被害は思ったより少なく済んだようだな。ジェイ』
『全員拘束、当然だけど生存確認してるよ』
「とはいえ、よくもまあ荒してくれちゃって……」
赤い服の青年……『ジェイ』は非行少年集団イーファングが及ぼした被害に苦笑をしていた。
デジモンとの共存する社会となっている今、デジモンを使った人間が引き起こす犯罪。
そんな彼らを取り締まる捜査機関"ディーハンター"である自分の仕事だ。
自身の二体の相棒であるバアルモンとミネルヴァモンと共に事後処理を行うとするが、ミネルヴァモンが声をかけてくる。
『そーいえばジェイ、地上のデジモンなんだけど妙な斬撃を受けた傷があったよ。【例のアレ】だ』
「ああ、なるほど……いわば陰の功労者ってヤツか」
ミネルヴァモンの証言を聞いて何かを察したジェイは再び周囲を見渡した。
そこで、とある光景に目が留まった。
ポコモンを連れた小さな少女に、一人の年若い少年が膝をついて話しかけていた。
「大丈夫か?」
「うん、助けてありがとう。おにーちゃん」
『ありがとっ』
感謝の言葉を言われて黒い髪と黒いジャケットを身にまとた少年は笑顔で返した。
そんな彼を見てジェイはため息をつきながら近づくと、気さくな口調で話しかける。
「よぉ、お前も来ていたか。クロト」
「あっ、えっ、ジェイさん!?」
後ろから話しかけられ、振り向いて視界に入った途端、ジェイからすぐさま離れる少年。
その少年……『藤原クロト』はジェイ達から距離を取って離れたのち、一目散に近くの裏路地へ逃げて行った。
ジェイは無駄とわかっていても呼び止めようとする。
「おい、クロト! ちょっと待て! お前にも話が!!」
『ふむ、追いつくのは難しいな。どうする?』
「……いいや、やめておくよ。俺が言いたかったのは感謝の言葉だったんだけどな」
バアルモンの言葉を聞いて、ジェイは彼を追いかける事を断念すると、不思議そうに見つめる少女に声をかけてお話という事情聴取を取り始めた。
―――彼らの頭上で、クロトを乗せた黒い人影が大空の向こうへと飛び去って行った。
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秋葉原、某所。
何処かの公園に足を踏み入れたクロトはとある場所へと向かっていた。
空中に浮かぶ拡張現実による立体モニターには最新情報が映し出されている。
『ドッカンパンチ!花嵐笑里のソロシングル発売!』
『デジモンディーチューバーAstraのノレルーツ!今日はチームロムルスのルーツを探っていくぜ!』
『先程秋葉原中央通りにて起きたデジモンの暴走事件ですが、死傷者0とのことです。警察によると少年らは全員取り押さえられ……』
様々な出来事が映し出されている中、クロトはとある場所にたどり着く。
そこは、総務線の高架下に建てられたとある喫茶店。
『一番星』と書かれた看板を引っさげているその店の扉を開けた。
店内は畳を敷いた集団席や緑茶を中心としたお品物などどこか和風の雰囲気の内装が広がる。
そしてカウンター席では二人の人物が座っていた。
一人は紅色の和服を身に纏う黒髪の大人びた美少女、もう一人はファーのついた上着を着たこげ茶髪の少年。
クロトが店内に入って来たのを二人が見つけると、少女のほうが立ち上がる。
「クロト君!」
クロトの名を呼びながら駆け寄ると、思いっきり飛びついて抱き締める。
その際に彼女の豊満な胸がおしつけられてしまい、布越しでも分かるような柔らかい感触にクロトは少し照れてしまう。
少年はいつも見慣れた光景に同情を孕んだ視線を向けながら特に口出しもせず見守っていた。
引き剥がそうにも意外と力強い彼女……『神和木ミコト』に事情を聞き始める。
「どうしたんだよミコト。いきなり飛びついてきて」
「だ、だって! クロト君が買い物出掛けた所に事件が!?」
「えっ、事件って何が?特に何も……」
「何も無かった、なんて言わせはしないですよ。クロト先輩」
「どういうことだよ、ダン」
ミコトに抱きつかれ、心当たりがない事に戸惑うクロト。そこへこげ茶の髪の少年……『加藤ダン』はタブレットPCに映し出されたものを見せる。
そこに映し出されていたのは、倒れ伏した恐竜型デジモンとしょっ引かれる持ち主の少年たちの画像だった。
「さっき起きた白昼堂々のデジモン珍走族事件。犯人はE-FANGっていうここ最近東京近辺で暴れ回っていたチーム……これ片付けたのクロト先輩でしょ?」
「……あー、ああ。あいつらか?」
「ああ、やっぱりか。その様子だと誰かを助けるついでにやっちゃったわけだ」
「いやその、オレは小さい子が巻き込まれるのが見えて、それで咄嗟に」
「とっさの勢いで悪さしてたチームを呼吸するかの如く潰すなんてね。ここまで来ると誇らしくなってきますね、ホントに」
ダンの生暖かい視線を向けられ、何とも言えない気持ちになるクロト。
反論しようと彼の元へ向かおうとするも、ミコトが未だに抱き着いているせいか上手く身動きが取れない。
そのミコトは顔を見せないようにしたまま、呟くように声を出した。
「クロト君……危ないことはしないでください。じゃないと私、悲しくなります」
「いや、その、あの……おい」
「イヤですよ。他人の恋路を邪魔するなんて危険を侵すほど忍者は愚かじゃないんで」
「こいじって……ともかく、オレは無事なんだからいいだろ!」
抱き着いているミコトを離そうとしながら、クロトはジンに向かって叫ぶ。
三人がいつものやりとりを繰り広げていると、店の奥から一人の壮年の男性が現れる。
ウェーブかかった長い茶髪をしているグラサンをかけた男性……『高見沢マヒロ』は、三人へ声をかけた。
「三人とも、お前たちにお客さんだ」
「はーい。さて、行きますか。クロト先輩、ミコト先輩」
「…………むぅ」
「むくれるんじゃないっての。ほら、いくぞ」
マヒロの言葉を聞いて先に店の奥へと進むダン。不満そうにむくれるミコトを連れてクロトも後に続く。
三人が団体客用の奥座敷の部屋に通され、そこにいたのは一人のショートヘアーの女の子とピンク色の羽毛に覆われた鳥型のデジモン。
マヒロが座っている少女の元まで向かうと挨拶を促した。
「さぁ、事情を話してごらん。このお兄ちゃんたちに」
「はい……あの、初めまして。私の名前は|志士神 愛空《シシガミ・アイラ》って言います。こっちはパートナーのピヨモン」
『よろしくね』
その赤毛のショートヘアーが特徴の少女・志士神アイラと鳥型デジモン・ピヨモンは三人に挨拶を告げた。
三人が挨拶をしたのち、アイラは振り絞る声で言い放った。
「あの、お兄ちゃん達を助けてください!」
「お兄ちゃんを?」
「お兄ちゃん……レイジって名前ですけど、最近頻発している神隠し事件に友達が巻き込まれて、それで取り戻すと言って家に帰ってこなくて」
疑問符を浮かべたダンの言葉にアイラは答える。
……話によると、ここ最近東京近郊で起きている小学生や中学生をはじめとした子供たちが消失する行方不明事件。
共通点は年若い子供たちという点以外何一つつかめてないまま警察の操作は難航していた。
その中にはアイラの兄・レイジの友達や同級生が巻き込まれたという。
大人達が何もしてくれない今、"頼れるのは自分だけ"だとレイジは家から飛び出して、それ以降家には何日も帰っていないという。
その話を聞いて、ある事に気づいたミコトは訊ねる。
「お父さんやお母さんには相談しなかったの?」
『アイラのお父さんもお母さんも海外に仕事で、家にはいないの』
「それに、お父さん達がいたとしても、話さなかったと思う。お兄ちゃん、二人に迷惑かけたくなかったから」
ミコトの質問にピヨモンが答え、アイラが続いて言葉を紡ぐ。
自分たちの父と母ははっきり言ってしまえば誇らしい人間だ。
特に父に至ってはデジモンと共に大きな仕事をしているそうだ。
そんなヒーローみたいな両親を持ったからこそ、二人には迷惑をかけたくなかった。
そう思った兄は相棒のデジモンと共に、友達の行方を追うことになった。
だが、もしもその兄もすら失ったら……。
そう思ったとき、アイラは泣きそうになる。
目尻に涙を浮かべ、堪えるには年が若い……そんな中、クロトの声が耳に届いた。
「そっか、お兄ちゃんは友達の事を大切に思ってるんだね」
「えっ……」
「だって君のお兄ちゃん、友達のために動いたんだろ?」
クロトが向けた笑顔に、アイラは目を見開いて少し驚く。
少し無鉄砲ながらも誰かのために動く兄の事を褒めてくれたことに何処か嬉しさを覚えると、兄の話を続ける。
「お兄ちゃん、お父さんに似て仲間や友達の事を大切に思っていて、よく私達と同じぐらいの時に似ているってお母さん言っていた」
「あれ、ということはお父さんとお母さんは幼いころから知り合って、それで結婚したの?」
「うん、そうだよ」
「わぁ、素敵! 長い付き合いの男女が結婚するなんてロマンチックですね」
ミコトはアイラの両親の慣れそめ話の聞き惚れ、クロトとダンはあきれた表情を浮かべた。
そこへ二人の人物が入ってくる。
黒髪と唇の髭が目立つ『桜井コウヤ』と、茶髪と眼鏡をかけた『フリージア坂崎』。
この喫茶店の従業メンバーである彼らは、クロト達三人に向かって話しかける。
「おーい、若造ども。情報は仕入れてきたぞー」
「ほら、頑張らねえと今日のまかない奮発してやらねーぞ?」
「……ということだ。準備は良いか?」
マヒロの言葉に、三人はアイラに視線を向ける。
そして、彼女に元気づけるこう告げた。
「アイラちゃん、オレ達に任せろ。君のお兄ちゃんはオレ達が戻す」
「あなたの大切な人、きっと取り戻すからね」
「そういうことだから、ここでゆっくり待っていてくれよ。あとココの"オムそば"と"ゆであずき"は美味しいから味見してみなよ」
クロト、ミコト、ダンはそう言い残すと、部屋から出て行った。
アイラは呼び止めようとするが、その手をピヨモンが止めた。
『大丈夫よ、アイラ、彼らなら』
「ピヨモン……」
『だって彼らだから私とあなたは頼ったんでしょ?』
「うん……!」
ピヨモンの勇気づける言葉にアイラは力づよくうなずいた。
一番星から出ていくクロト達三人……その背後には彼らに付き従う謎の影。
クロトには【鎧武者にも似た黒い竜人】の姿が。
ミコトには【金色の鎧を纏った狐の麗人】の姿が。
ダンには【漆黒に染まった片翼を宿した鳥人】の姿が。
三人は彼らと共に、争いの不幸を正して終わらせるべく動き出した。
―――彼らの名は【チーム・イズモ】
―――八百万の神が集まる聖なる地の名を冠するバディーリンカー達である。