私はお風呂から出ると決まってすぐ体重計に乗る習慣を最近始めた
勢いよく乗った反動でガタガタンと体重計が鳴る
だいぶ古い昭和の時代を思わせる錆だらけの体重計。メーターがグルグル回りカタカタとゆっくりと針が数字を刻む
そして見たくもない数字を指す
「太ったかも」
昨日より1kg増えたことを嘆く少女
彼女は今年10歳を迎える
まだ成長段階では未発達ながらも少女は肩や胸を大きく露出した大人の女性に憧れを抱いていた、だが
「もっと太らならなくちゃ」
今月父親に痩せすぎだ、食べる量を増やしたらどうなんだ?と言われたのだ
目標は65kgオーバー
食べ過ぎは良くないのでフルーツを中心とした食後のデザート(パフェ)を試しに食べ続けてみたがどうやら体重が増えたのはフルーツのお陰ではなくトッピングされたクッキーやチョコ、プリンだろう
少女に母親はいない
父が男手ひとつ私を育ててくれた
父は産まれた時から私の為に寂しくないように色んなことをしてくれた
「おなかすいた」と言えばオヤツを買ってきてくれたり
「あそびたい」と言えばお馬さんごっこもしてくれたり
「パパとおなじ"データ"をたべたい」って言ったら困らせたこともあったっけ
大好きなパパ
最近パパとの間に目に見えない溝が出来ていた
その溝が何なのか分からない
相談するたびに頭を抱えるパパ
困らせたこと言っちゃったかな
「こんな小さな体じゃパパの役に立たない
パパくらい大きくなれたらいいのに」
うちはお金はたくさんあるのにパパいつもお腹空かせてる
闇の世界で生きるパパは人間のことよく知らない
けど私が着る服や食べ物は好きなだけ通販で買ってもいいって言ってた
そこで知ったんだけど"人間"ってパパより小さいんだ
キラキラした化粧して露出した服を着る
人間の文字読めないけどこれが人間の当たり前なのかな?
パパが買ってきてくれたどの雑誌を見ても私が知らない世界ばかり
けどだからって私は大好きなパパから離れたくない
だって空が青いだなんて恐ろしい世界だわ
私にとってパパが全て、ずっと一緒にいて
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「あれから10年経ってしまうのか」
冥界(ダークエリア)を統べるプルートモンは人間の娘に頭を悩ませていた
「悪人を咀嚼することを悦びとする俺が親代わりなんてそもそも無理な話だったんだ」
「えー!そういう割に餌も身の回りの家具も全てあの子に合わせて用意しちゃってるし、10年で五体満足、健康に育てちゃってるところ案外子育て得意なのかもよ」
愚痴り相手の宿敵ユピテルモン
いつもそう言って茶化すが面倒見てる側にもなってみろってんだ
例え人間であろうと罪があれば問答無用に俺は捕食してきた
しかし罪人の腹から出てきた赤子は別だ
純粋無垢な存在を捕食する気にはなれない
「そんなに面倒見るのが嫌なら最初から手放せば良かったのに」
「責任をほおり投げるのは簡単だが俺は幼子を見捨てるような悪人以下なデジモンにはなりたくないのでね」
腹から出てきた赤子の産声を聞いた瞬間プルートモンは捨てることも誰かに頼ることもしなかった
そうだ!将来悪人になるよう育てて捕食しよう
コイツは保存食だ
学校にも行かせず人間同士の接触も外部との情報もほとんど興味を持たせないように管理しようと"考えていた"
だが人間の赤ん坊のお世話は大変だった
最初のうちはミルクだの、離乳食だの、夜泣きやおしめの取り換えには苦戦した
何より娘が初めて高熱、おたふく風邪、アトピーにかかった時は流石の俺もコイツの命終わった…と思ったよ
他のデジモンは信用できんから仕方なくオリンポス十二神に頼る羽目になるとはな
死ぬほど嫌だったが娘が悪人に育つまで勝手に死んでしまっては困るからな
俺が娘の世話をする姿をオリンポスの奴らは生暖かい目で見つめてニヤニヤしてたのを今思い出すだけでも腹が立つ
まぁ、お陰で敵対していたユピテルモン達とは毎週会話する仲にまでなった(直接会う度に菓子の差し入れを渡される)
立って、歩いて、ひとりで食べて、人格が芽生える
デジモンなら長い年月をかけて進化と退化、転生を繰り返すが人間の命は一生に一度しかないらしい
だからこそ簡単に人間の命を奪うことに躊躇うようになってしまった
不思議ことに娘が立てるようになってから俺は人間やデジモンを食えなくなった
声を発してから遊びながらコミュニケーションをとり健康な体を維持させることに集中するも次第に文句やワガママな言動も使い始めてきた
とても良い、とても兆候なのだが…何故だろう胸が痛い
この子の悲しむ姿が見るのが辛くなってきた
最近は服が合わなくなったと言われ仕方なく人間世界のファッション雑誌とやらを数冊購入した
それ以外はほとんどダークエリアのゴミ捨て場から持ってきた物。勿論、健康被害がないよう補強したり除菌してから贈ってあげたよ
昼が来ない、太陽がないダークエリア
地獄の監禁生活(?)を10年
俺は大勢の人間が此処を訪れて悲鳴を上げて逃げ出す姿を目にしてきた
なのに娘は「暗いとこ好き!」だの「ここはパパの匂いと同じだから嫌じゃないよ」だの「私パパの子供で幸せよ」だの「パパ大好き」だの言って俺を大変困らせる子に育ってしまった
「10年待ったのに全然腹も減らないし
悪人になるよう育てたはずが悪人になってくれない、俺の教育は失敗したのか…?」
「最初から誰しも悪になるわけないよ」
「汚れた環境やちょっとしたストレスを与えれば闇落ちするかと思ったんだがな」
だが俺は諦めないぞ!
今からならまだ悪人への道も開けるはず
そうだな、次は何にしよう
この俺がお前の本当の父ではないとカミングアウトするとか?いや、それだと流石に可哀想だ
なら飯に苦手な野菜を出すとか?最近好き嫌いが多いからな、良い機会かもしれん
それともベットの下に虫の玩具でも仕込んで置く……とその前に片付けだな、俺の娘はよく散らかすからなぁ
プルートモンの悩む姿にユピテルモンはクスクス笑う
「何がおかしい」
「別にw随分と丸くなったなぁとしみじみ感じちゃってねw」
「俺はプルートモン様だぞ!!
昔みたいに半分食われたくなければお前も考えるの手伝え!!」
「ふふ失礼したね、ではこんなのはどうだ
パートナーのユノモンから聞いた話なんだが、女性はある事があると心が落ち込み簡単に闇落ちするらしいんだ」
「それはなんだ?」
「昨日より体重が増えてると起きるらしい
どうだい、いっその事10kg増やして娘を絶望させて…「そんな事したら可哀想だろ!!!!」
このプルートモンは過保護というか親バカというか何だかんだ立派な親をやっている
たぶんこの先も人間も食べないし、子を思う親のままでいるのだろう
何故なら娘のことを語っているプルートモンはとても幸せそうな笑みを浮かべているのだから
ユピテルモンは笑いだしてまた彼に怒られる
悪とした者に神罰を与えるユピテルモンが今のプルートモンに対して敵対心を抱かないのも善寄りでこの先も悪に染まらないと判断したからなのだ
本人は娘に夢中でそんなこと疑問にすら考える暇は無いのだろうけれど
「パパ!お話終わった?」
娘がプルートモンの部屋にやってきた
プルートモンは時計を見ると慌ててユピテルモンと通話している端末を隠す
「ああ、今終わらせるところだ…話はまた今度だユピテルモン。これから娘とオヤツを食べながら映画鑑賞する時間なんだ」
「そうかいそうかい、こちらもゆっくり考えとくから楽しんできな」
「べ、別に楽しくなど…」
「パパ!早く昨日のデジキュアの続き見ようよ!!!」
「待ってろ、今アイス持ってくるから」
プルートモンは冷蔵庫からカップアイス(バケツサイズ)を取り出し娘を肩に乗せ、タブレットでアニメを見始める
デジモンと人間、姿形は違えど
どちらも心を持った生き物である
全ての生き物は孤独に生きていけないのが世の摂理
オスにはメス、雄しべと雌しべ、鉱物では+と-
そしてデジモンにはパートナーを
幸福とはひとりでなく、ふたりじゃないと感じない
プルートモンよ
分かち合い、愛の対象に出会えて良かったじゃないか
次に会話する日を楽しみにしているとも
「アナタ、最近楽しそうですね。何かあったのですか?(ヒステリックモード30%)」
「ユノモン、私はあの親子が微笑ましくてな
そうだ!久しぶりに人間世界でハイキングしないか?ここのところ一緒にいる時間が少ないし」
「えぇ、喜んで///(ヒステリックモード0%)」
私はオリンポス十二神族の1体で天空を統べる神にして雷と気象を司るデジモンがお忍で地上に降りる
人間世界は今が紅葉のシーズン
人の姿に化けたユピテルモンとユノモンが手を繋ぎデートをしながらふと呟く
「プルートモンは変わったな、昔はあんなに殺し合った仲だったのに」
「アナタも変わりましたよユピテルモン」
「そうなのか?」
「ええ、ここ10年表情が明るくなりましたよ」
「……そうか」
ユピテルモンとユノモンは互いに寄り添い合う
ユピテルモンもプルートモンも愛しい存在の暖かさに胸がいっぱいになる
枯葉は1枚ではただの枯葉に過ぎない
枯葉は枯葉同士たくさん集まり束ねてこそ山は美しい光景を作りだす
命も別の命と出会うことで世界は彩られている
「パパ」
その名を呼ばれ度にプルートモンは安心する
すれ違っているデジモンと人間の親子
互いの肌の温もりを感じ合い
明日も君が隣に居てくれますよう願うのであった
【完】